【スコット領侵略】鷹と鷲(後) 第一小隊

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月14日〜10月19日

リプレイ公開日:2008年10月23日

●オープニング

「状況は皆も知っている通りだ。未知の魔物降下部隊の奇襲によってわが軍は半壊し、バの軍勢はすぐそこにまで迫っている。我らは窮地に陥っているのだ」
 スコット領南部侯爵補佐にして北方地方統治者のマリク・コランが南方地方最終防衛拠点、城塞都市ラケダイモンに集結したスコット領南方軍、並びに北方より援軍として駆けつけた西方騎馬隊、魔術師隊を前に沈痛な顔を浮かべていた。
 未知の魔物降下部隊とは、先日為されたモルピュイ平野での戦の折、終盤に降下してきた突然変異型モンスターのことを指している。予期せぬ奇襲に陣容は崩壊し、結果カルマの撃破に当たっていた冒険者三隊も陣形を乱されて敗戦した。オクシアナ地帯以北で防衛線を形成している以北軍には、既に南方軍敗北の報は伝わっており、メイの国中に広まるのもそう遠くはないだろう。
 マリクの演説に、どの兵士たちも暗い影を隠せないでいる。
「バの軍勢は前線をゴーレムと突然変異型の魔物で固め、こちらの城壁を一気に破壊するつもりである。ここを落とされれば、オクシアナ以北地帯をも蹂躙されることになろう。また、南方地方も完全にバの手に落ちることになる。それだけは何としても避けなければならぬ」
「‥‥‥‥くだらん内容だな」
 すぐ近くから聞こえてくるマリクの演説に、巨躯の男が壁に掛けてあった大刀で石床を小さく鳴らした。
 同じ城壁の上ではあるものの、兵士たちからは見えないよう見張り台の陰に姿は隠している。当然言葉が届くはずも無い。
「少々お言葉が過ぎるのではありませんか?」
「本当のことを言ったまでだ」
 悪びれた様子もなく、巨躯の男、スコット領南方地域総責任者ベイレル・アガがはき捨てた。諌めたベルトラーゼも諦めに似た表情を浮かべている。
 ここ見張り台に身を潜めているのはベルトラーゼとベイレルのみ。他の隊長格か指揮官たちはマリクの威厳と軍の士気が健在であることを示すため、城壁に沿って整列している。
「負け戦の後に、あんな面を見せられれば誰でも嫌になるのは当然だろうが。やるなら、猛練習してくるべきだったな」
「‥‥」
 言い方こそ辛辣だが、ベイレルの言い分ももっとものように思える。ただでさせ絶望的な状況にあるのに、追い討ちをかけるような内容にあんな悲痛な顔を見せられれば、誰でも不安になるだろう。
「あの化物の強さは前の戦で経験した通りだ。人形どもにも攻撃されれば、こんな城壁一日も経たずに粉砕されるだろう。それに後ろの重装隊の連中は攻城兵器を用意している。空のフロートシップと連携されれば、半日持つかどうかも怪しいな」
「ベイレル様、誰がどこにいるとも知れません。そのような発言は控えて下さい」
「笑わせるな。下の連中が聞いている内容に比べれば、まだ幾らかマシだと思うが」
 肩まで伸びた無精な荒い髪は本音しか語らない。力自慢の巨人族とも遜色劣らない体格はこの人物の性格そのようにも思える。何事にも布を着せようとしないのだ。
 バの軍はもう数日もしない内に攻めて来るだろう。だが、勝敗は絶望的である。
 モルピュイ平野での敗北後、メイ軍はラケダイモンまで撤退した。戦線で活躍していた傭兵師団の被害は著しく、迎撃約の西方騎馬隊も負傷兵が数多く見られ、後方に待機していた魔術師中隊のみが唯一まともに行動可能といった状態だ。
 それに比べて、バの軍は前線のゴーレム大隊と重装部隊に被害が出ているものの、こちらの被害に比べれば微々たるものだ。しかも平野に設けられた本陣にはバの本隊、クシャル・ゲリボルの誇る騎兵団『黒き鷲』が控えている。万が一、ここで勝利することができたとしても、それを迎え撃つだけの兵力があるとは到底思えない。今でこそ動く気配がないが、仮に攻めて来ることがあれば、ラケダイモンを放棄して撤退することも考慮しておかなければならないだろう。
 一つだけ朗報があるとすれば、バの前線指揮官であるドスロワ・グランカッツァの搭乗する『カルマ』が翼にダメージを受け、飛行能力を失っていることくらい。尤も、それも言い方を変えれば、戦闘能力自体は一分も衰えていないということなのだが。
「勝っても負けても得られるものはほとんどなし‥‥。これならばバに寝返ったほうが楽かもしれんな」
 この戦に勝利できても、ベイレルが得るものはほとんどない。それ程に南方地方が受けた被害は想像を絶するものである。三分の一もの住民が『血飛沫の鋼鎧』によって虐殺され、すでに領土の半分をバに制圧されている。ラケダイモンを死守できたとしても、それらの領土が返って来ることはない。荒れ果てた土地の領主になることが、この男に課せられた義務だ。
 同情の余地はないと、ベルトラーゼは思う。この人物が事前に拠点を各地に配置し、防衛ラインを形成していれば、バの侵攻はもっと小さいものに食い止められただろう。領民たちに、これほどの被害が出ることもなかった。
「ベイレル様は‥‥」
 そこまで言って一度言葉を切る。
「何だ?」
「‥‥領民を守る義務が、己にあると自覚なさっていますか?」
「無いな」
 遠慮がちなベルトラーゼとは反対に、ベイレルは少しも躊躇せず答える。
「俺が言われたのは、攻めて来るバを蹴散らせという命令だけだ。それ以外は知ったことじゃない。それでも良いと承知して、おれをここに配置したのは他でもない上のやつらだ。文句があるなら、あのじじぃどもに言ったらどうだ? それにいつ戦場になるとも知れぬこんな場所に住んでいる連中を、わざわざ助けてやる必要がどこにある?」
 そうであったとしても、領主である以上領民を守る責務がある。そう言おうとして、ベルトラーゼは口を閉じた。傭兵という根無し草を長年してきた人物だ。おそらくそれを判ろうとはしないだろう。適材適所という言葉があるが、戦場では最強と謳われるこの人物を領主に任命した中央の貴族会の方にも問題がある。ベイレルを責めないというわけではないが、この惨状を引き起こした要因は数多くあるだろう。
 戒められるだけの言葉を持たないことがこんなにも口惜しい。全ての者と判りあうことができるとまでは言わないが、前の領主様のことといい、やはり感情は理性とは異なるものだ。
 これ以上の論議は無駄と悟り、今はそんな場合ではないとも気持ちを切り替える。
「ゴーレム隊と私たちがカルマまでの道を作ります。ベイレル様は冒険者たちと共に遅れて戦場に突入して下さい」
「子細承知している。足を引っ張るなとやつらに伝えろ。邪魔になるようなら、貴様らから先に始末してやるともな」
 追い詰められたメイ軍が練った作戦は、人によっては非道とも取れるものだった。
生き残った全兵力で城壁を固め、バの前線軍をひきつける。その後、城壁に迫った前線指揮官ドスロワの搭乗するカルマへと近くの山間に潜んでいた決死隊が左右から突撃して撃破する。
 両軍のゴーレムと突然変異型の巨大魔物部隊。巨人たちのひしめく城壁前の戦場に生身で突撃するというのだ。下手をすれば戦闘を開始する前に潰されるだろう。上空は互いの放つ精霊砲や大弩弓で覆われ、一撃でも食らおうものなら、重傷は必至。死と隣合わせの過酷な任務。
 大剣を担いで去っていくベイレル。任務に失敗したベルトラーゼにはそれを見送ることしかできなかった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●地上部隊出撃
「ベイレル様、ベイレル隊長!」
 敵フロートシップ群接近の報を受け、都市近郊の山中に配置した決死隊。その中心的存在であるベイレルが、同小隊の馴染みの男にゆっくりと腰を上げた。
「何だ?」
 息を切らしている仲間にベイレルは水袋を投げ付け、喉を潤すよう言った。
「すみません‥‥」
「礼はいい。余程の知らせか」
「ベルトラーゼとかいう若造の編成した航空隊の連中が、敵艦を落としています」
「‥‥数は?」
 喚声と驚愕に騒ぐ周囲とは反対に、ベイレルは驚かなかった。
「2隻、いや3隻。中に積んでた化物ども暴れさせて墜落させたみたいです」
「やりやがったな、あいつら!」
 巴渓(ea0167)がばんっと両の拳を打ちつけた。
 たかが5騎でフロートシップに奇襲を仕掛けるなど無謀だと一笑された冒険者たちだったが、見事な戦果を挙げていることにシャルグ・ザーン(ea0827)が大きく息を吐いた。
 フロートシップ奇襲部隊にはスニア・ロランド(ea5929)と導蛍石(eb9949)が参加していたが、どうやら上手くやってくれたらしい。
「次は俺たちですね」 
 ファング・ダイモス(ea7482)が呻くように言うと、固唾を呑んだ。
 知らぬ間に、柄を握る手に力が入っている。緊張ではない。これから為す任務の危険に、身体が滾り、心が高ぶっているのだ。
「偵察隊の話では、無事に敵艦を排除しているんだろう。あいつらがそう簡単にくたばるたまか」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)のいう通り、奇襲部隊として上空で戦闘している導、スニア共に達人の域に足を踏み入れた人物だ。
「撃墜数は3隻‥‥半数にも満たないか」
「たった5騎、10人でそれだけやってくれれば十分だぜ」
「左様、我輩たちがカルマを足止めし、奇襲部隊が帰ってくるまで持ちこたえられれば、勝機は一層高まる」
 木々の間からラケダイモンに視線をやれば、ゴーレム大隊が荒野の向こうに姿を現していた。先にカオス隊を降下させ、少しでも城壁を破壊しておこうという算段だったのか、その進行は遅々としたものだ。
 あの部隊が城壁に接近すれば、いよいよ決死隊の出番である。
 他の決死隊の連中にも、緊張が走り、口数が減っていく。さすがは自ら危険な任務に志願するだけのことはある。
 暫しの沈黙。
 やがて、ラケダイモンからの伝令がベイレルに馳せ参じる。
 高々と上げられた大剣が突撃の号令となり、掛け声に応じて決死隊から怒号が巻き起こる。
 そして生死を賭けた作戦が開始された。


●巨人の戦場
 砂塵が舞う。
 百にも至る戦を経験したラケダイモン周辺に、緑はない。人馬の蹄に踏み荒らされた大地は荒れ、そこは荒野が広がっている。
 怒号と悲鳴、火柱と粉塵が巻き上がる戦場に向け、決死隊が進軍する。
 ゴーレムを越えるラケダイモンの城壁。
 数十の敵ゴーレム大隊が盾を前に、整然と横一列の陣形を保ったまま接近していく。
 城壁の麓では航空隊が討ち漏らしたカオス隊、突然変異型モンスターが石の城壁を突き破るべく攻撃を仕掛け、異常な破壊力に城壁は確実に削られていた。
 一方、城壁側でも雨霰のごとく精霊砲が火を吹き、大弩弓の巨矢が唸りを上げる。マリク率いる魔術師中隊も強力な広範囲魔法を発動させていく。
 同時に後方に控えたバの重装隊『血飛沫の鋼鎧』も同様の兵器で城門へと砲火を放ち、応戦する。
 互いに向かう砲火の雨。ゴーレムの装甲を打ち砕き、巨大な化物の肉を殺ぎ、強固な城壁を粉砕する。生身で一撃でも受けようものなら、重傷瀕死は間逃れない。鳴り止まぬ轟音は大地の悲鳴のようだ。
 人智の結晶である『兵器』による猛攻に次ぐ猛攻。人間如き小さな存在が入り込める領域ではない。
 天に届くが如き城壁、人型兵器ゴーレム、それに匹敵する魔物群、鋼鉄の攻城兵器、魔法による爆炎。
『巨人の戦場』(ジャイアント・ウォー)。
 人ならざるモノたちで犇くこの戦いはそう呼ぶに相応しい。
「悪ィ、いちいち狙い撃ってられねェからな‥‥圧倒させてもらうぜ!」
 閃光のように直進したオーラショットが最前線の敵ゴーレム『バグナ』の足元で土煙を巻き上げる。その僅かな穴を狙って決死隊はゴーレム大隊の中に侵入、戦闘は間も無く混戦へと突入した。
 城壁の精霊砲によって運の悪かった者たちが火達磨になって倒れ、ある者は大弩弓の矢に胸を貫かれ絶命する。だが、決死隊の猛者たちは怯むことなく敵部隊の中へと殺到する。巨大なゴーレムの間に入ってしまえば、砲火の盾にできるという目論みもあるが、決死隊突撃後も城壁からの砲火が止まらないことは全員が承知済みの内容だったからだ。
 戦況は五分と五分。ゴーレムと生身の者たちの勝負だが、それでも五分である。
 熟練の騎士、歴戦の傭兵、達人級の魔法を操る魔法使い。騎馬に跨った騎士たちが攻撃を撹乱し、傭兵の鉄槌が脚部を砕き、鉄をも溶かす魔法の火球がゴーレムの装甲を溶解させる。人型兵器の強烈な攻撃に、二回と耐えられない生身だが、それを圧倒するほどの戦闘力が決死隊にはあった。
 20の小隊の中でも一際高い戦闘力を誇る5つの小隊。ベイレル隊の傭兵小隊、ベルトラーゼの騎馬小隊、そして冒険者の三隊である。
 ゴーレム大隊の足元を駆けつつ、その攻撃を掻い潜り、冒険者たちがひた走る。
 彼らの狙いは前線指揮官たるドスロワが搭乗する『カルマ』のみ。
 カルマの元に到着した時、すでにベイレル小隊が戦闘を開始していた。
 驚くべきことだが、ベイレルがカルマを相手に優勢のことを運んでいた。
 荒れくれ者の多い傭兵たちの中でさすがは讃えられているだけのことはある。カルマの巨体を真正面からベイレルが対峙し、鉄槌を背中に盾を持った屈強な傭兵が側で補助として控え、後方には魔法使いらしき男女が二人、ファイアーボムによって牽制を仕掛けている。
 冒険者たちもすぐさま参戦、予め練っていた作戦に従ってそれぞれが己の役目に取り掛かる。
 第三小隊のオルトロスに搭乗したフィオレンティナ、ベアトリーセと共にシャルグがオーラシールド片手に防御に徹し、ファングがベイレルと肩を並べて襲い掛かる。加えて上空からはトールがグリフォンを操り、果敢な攻めを見せる。
 戦いはこちらの優位で進み、上空の奇襲部隊が合流したことでそれは確実となった。
 邪魔となる周囲のゴーレムや化物は、三小隊で選ばれた者たちが対カルマの邪魔にならないように攻撃し、その間にベイレル隊と共にカルマに傷を与えていく。強靭な金属の表面には幾つもの傷がつき、カルマは確実に疲弊していた。
 三小隊の巧みな連携があったからこその展開であった。互いの動きを把握し、攻守共に穴ができないように互いに連携して戦を運ぶ。呆気ないと思えるかもしれないが、18人もの冒険者たちが見せる見事な連携の前では、さすがのカルマも苦戦を強いられていたのである。
(‥‥おかしい)
 一方的な優勢に見えるが、その実そうではない。少しでも気を抜こうものなら、戦況は一気にひっくり返される紙一重の攻防が続いているのだ。こちらが優位に立っていることは密な作戦が効を為したからに他ならない、シャルグもそう考える。
 だが、本当にこのまま勝ててしまうのか?
 これまで散々苦渋を舐めさせられてきた宿敵であるカルマは、こんなものだったのか?
 ただの杞憂なのかもしれない。だが、何かがおかしい。
 シャルグの疑問に答えが出るよりも早く、いよいよ衰えてきたカルマへとファングが必殺の一撃を狙うべく動き出した。
「ドスロワ貴様をこれ以上行かせない、此処で討つ」
 騎乗したファングが、助走をつけて大地を駆ける。
 チャージによって破壊力を強めた、ゴーレムをも越える一撃が風に唸りを上げて疾風の如く大地を滑る。
 振り上げられた右の大爪。
 常人ならざる回避力はそれをいとも容易く回避して、その懐に潜り込む。
 ゴーレムをも粉砕する超人の一撃がカルマの胴体、そのほぼ中心に叩きつけられた。


 


●世界に見捨てられたモノ

「浅いか。外装は破壊した! 後は制御胞内部にいるドスロワを倒すだけだ!!」
 陽光に煌く得物を掲げ、ファングが雄々しく声を上げた。
 打ち砕かれた装甲の間から、搭乗者であるドスロワの姿が見ることができる。
(‥‥‥‥何なのだ‥‥)
 冒険者たちが殺到してくる中、制御胞内部でドスロワはぐったりと項垂れたまま、戦意を無くしていた。あれほどまでに激しかった闘争本能はどこにいったのかと自問自答するが、答えは出ない。

(なぜ、こんなことになった‥‥)

(戦いを望んでいたのは俺でないか‥‥。それなのになぜ、おれはこんなにも迷っている?)

 真摯な心が、ドスロワに語りかける。
 手加減したわけではない。勝てなかった言い訳ではない。確かに相手は強い。
 だが、何かが枷となっているのは確かだ。
 最強の騎体と謳われたこのカルマを与えられ、人間を越えた存在になるためにカオスとも契約をした。それでこの世に勝てない存在はいないとそう確信していた。
 今対峙している者たちと戦い思ったのは、自分が最強ではないのだということ。生まれて初めて味わう屈辱。強いられた苦渋がこんなにも心を苛立たせるものだとは思いもよらなかった。
 破壊。
 混沌。
 死。
 孤独。
 仲間からも見捨てられ、それを承知で自ら孤独の生を歩んできた。
 その果てに掴んだ結果がこれか?
 こんなあっさりと、俺は死んでしまうのか?
 思い浮かぶのは過去の記憶。
 騎士として、民のために、祖国のために、戦乱の世を終わらせてみせると意気込んでいた若かりし時の自分。
 そのために圧倒的な力が必要だった。
 人は弱く、例え数百人の強き仲間がいようとも、乱世を統一することは叶わない。それほどに世界は広く、冷たく、残酷だったから。
 戦に破れ、最愛の仲間たちの骸に囲まれながら死を覚悟していた時、それは言った。
 望みを叶えたくはないか、と。
 人であることをやめるのと引き換えに、人を超えた力を手に入れた。
 人間がどんなに団結しようとも、手に入らない力を用いてこの世界を統一する。
 そう、それがあの時、やつの前で誓ったことだ。
 いつからだ?
 なぜ忘れていた?
 肉体も魂も、人であることすら捨てて、やっとここまで辿り着いた。
 終わる? 
 こんなところで?
 全てを賭けて仲間たちの罵声すら厭わない覚悟できたこの俺がこんなところで終わりを迎える?
 これが世界の望みだと、そういうことか?
 それが貴様の望みであるというならば――――
「―――――――――――――っ」
 沈んでいく意識の底で
 灼熱の傲炎が、弾けた。




 誤解されがちだが、カオスの魔物と契約を結んだものは契約後も人間であり続けることが多い。
 契約は種族と理性の喪失ではなく、人間の枠組みから抜け出るために必要な架け橋の構築に近いものであり、肉体的な意味で契約した存在が己の種族から離脱するには相当の期間と大量の魂が必要となる。
 一見無秩序に見えるカオスの魔物たちの中には、一種の階級主義が浸透しており、下位の魔物たちは上位の魔物たちに絶対の服従を強いられる。同様に、契約した人間の地位は主である魔物の召使いや手先という枠に当て嵌められ、同様の服従を強いられることになる。ドスロワも例外ではなかった。
 国への忠誠とバの武力による統一と平和。
 崇高な理想に起因する気高き魂を持っていたがゆえに、ドスロワはカオスの魔物から契約を持ちかけられ、彼の存在は歪んだ思想の元に捻じ曲がった理想実現に向け、実に良き働きを見せた。収奪した魂はすでに百にも登り、彼の肉体は人ならざるものへと着実に近づいており、そしてそれは主である魔物の目論見通りのことでもあった。
 だが、『罪と業』という搭乗騎の名称がこの者の暴力の源であったことは、カオスのものどもすらも測りえぬ偶然であったという他ない。
 この時起こった現象が、混沌との契約によるものかは定かではない。
 ただ一つはっきりしていること、
 それは荒野に響き渡った百獣の如き雄叫びが、この人間、ドスロワ・グランカッツァが精神の根源的な意味で人間という種族から解放された瞬間であった、ということである。






「ひゃ はは は は   はははは!!!!!
 は  は   ははは        !!!!!!!」
 冒険者たちは動きを止めた。止めざるを得なかった。
 狂った笑い声が風にのって、取り囲む彼らの鼓膜を打ち付ける。
(‥‥何という殺気だ)
 狂気に満ちた咆哮が巨人の戦場に撒き散らされていた。その異常さに囚われた全ての存在が固まったように動けずにいる。
 世界に見捨てられた子供が、泣きながら鳴いて
 魂に根付いていた闘争本能が、遂に目を覚ましたのだった。
 笑い声が止んだ。
 獄炎の如き戦意の波が、円状に大地に覆いかぶさり、対峙する者たちの戦意を萎縮させる。
 来る!
 誰もがそう確信し、構えを取る。
「――――――――っ!」
 冒険者たちに戦慄が走る。
 跳躍。
 片翼がないことは把握済み。膨大な脚力によって飛翔と変わらぬ高度まで上昇したカルマの咆哮が降り注ぎ、凶悪な爪が重力に引かれて落下してくる。
 シャルグとオルトロス二騎が弾けたように横へ跳んだ数秒後、落雷の如き轟音が周囲に鳴り響いた。
 突き立った大爪を中心に、大地が崩壊していた。岩が砕け、外縁部が隆起し、騎体の重量を推進力に放たれた一撃は平坦な大地に巨大なクレーターを生み出していた。
「馬鹿げてる‥‥」
 ファングが暗澹たる声で呟いた。 
 ドスロワの猛攻はすでに始まっていた。大地を焦がす灼熱の如き凄まじい攻めは今まで防御に成功していた三人の盾を圧倒的な戦闘力で一蹴していく。
 速度やパワー自体が増したわけではない。一変したのは騎体ではなくドスロワ。その圧力は大地を震撼させるほど。まさしく殺意の塊だ。
 突進してきたカルマの猛撃によって二騎のゴーレムが大破した。
 足が止まったことにベイレルが大剣を薙ぐが、その一撃を見越していたカルマは上体を屈めると、容易にその攻撃を回避した。
「もらったぁ!!」
 突撃したファングの轟撃が煌き、交叉時にまだ突き出されたまま残されている左腕の肘を粉砕。だが、片腕を失ったにも関わらず、カルマの戦意は些かも衰えることはなかった。
 大破したフィオレンティナ騎にとどめを刺そうと大爪が引き寄せられる。
 間に入ったのはシャルグだった。オーラシールド片手に、生身の身体でその攻撃を受け止める。彼が超人的な肉体と格闘能力を有していることは否定しようがない。岩をも握りつぶすほどの力を秘めたシャルグにとって、ゴーレムの一撃を受ける止めることは不可能ではない。
「ぐああああっ!?」
 鼓膜を突き破るような激しい衝突音の果てに、何かが上空へと舞い上がった。
 砂塵に塗れて汚れていくそれは、くるくると風車のように回転しながらやがて降りてくる。片端から撒き散らされている液体が、カルマの頭部に付着して赤模様を描いた。
 片膝を付き、苦しそうに息をするシャルグ。その右肩から先に、あるべき腕は付いていなかった。
 出血を止めようと、左の掌を添えるが、吹き出した鮮血は止まるところを知らない。
『ぅかあああああああああああっ!!!』
 再び大爪が鳴った。
 たった一撃。
 その一撃によってベイレルの盾役を務めていた三人の戦士たちが盾ごと身体を両断され、その後ろに隠れていたベイレルも胸元を大きく裂かれて膝を付いた。
「‥‥やきがまわった、か」
 カルマの右足にベイレルの身体が吹き飛ばされ、大きく弧を描きながら地面の上に倒れ落ちた。
 完全に無防備に見える背中へと、ファングの突撃(チャージング)が襲う。
 だが、鋭い奇声を発したかと思うと、カルマは準備動作なしで空中へと垂直に跳躍、逆さまの状態で兇暴な爪を振り下ろす。
「――――――っ!?」
 馬ごと横滑りの体勢で大地を滑り、ファングが馬を起こしたとき、その肩を鋭利な亀裂と真っ赤な血が染めていた。乾いた荒野に血の斑点が染み入っていく。
「ローリンググラビティー!!」
 エルの重力魔法が発動。
 静止を狙い、城壁のマリクの号令が精霊砲砲手に広がった。
 戦場を揺り動かすほどの爆音と発射音が空気を砕く。同時に身動きの取れないカルマの全身に、精霊砲の火の玉が無数に直撃、足元の地面ごと騎体を粉砕していった。
 ‥‥しかし、
「無傷!?」
 土煙の中から最初に飛び出してきたのは大爪を接続した凶悪な右の腕。
 霧が晴れていくように、出現したカルマの装甲には傷一つ刻まれていなかった。
 不意に、戦場に悲鳴が沸いた。
 何事かと思い、冒険者たちが空を見上げるのよりも早く大地が地響きに襲われ、体勢を保っていられない。
 震動が止み、正気を取り戻した冒険者たちの前にあったのは巨大な空の箱舟フロートシップ。機関部をやられたのか、外壁自体に損傷はほとんど見られない。
 上空のルエラが素早く警告を出してくれたおかげで冒険者に怪我はない。
 呆然とする決死隊だったが、すぐさま気持ちを切り替え、戦闘を開始する―――はずだった。
 墜落した入れ物の後部外壁が醜くひしゃげ、中から何かが現れた。




●巨人
 スニアが苦々しく唇を噛んだ。
 握る弓が小さく歪む。
「矢が効かない‥‥いえ、生半可な攻撃ではきりがありませんか」
「私の疾風斬もほとんど効果がないように見える。再生能力とは厄介な」
「早く導さんたちの援護に行かなければならないというのに‥‥!」
 戦況は一変していた。
 きっかけは墜落したフロートシップ。いや正確にいうならば、その後部に積まれていた化物だ。
 周囲を一瞥すれば、カルマ以外の部隊の対応に当たっていた冒険者たちが近くの者と臨時の小隊を組み、個別に応戦している。
 モンスターの数は全部で5匹。その内一匹だけこれまでとは違う化物が混じっていた。
 従来の魔物4匹と戦闘しているのは、アマツ、巴、スニア組、シュバルツ、スレイン組、トール・シファ・ルエラ組、そしてレインフォルス。
 一方、新種の化物の対応に追われているのは、導、白、クリシュナという魔術師組。
「あいつらだけじゃ死んじまうぜっ、どきやがれ、オーラショット!!」
 自慢の拳を頼りに、巴のオーラショットが化物の胸に炸裂した。苦しそうによろめいた隙に巴がその場から離脱する。
「渓、一体どこに!?」
「導たちのところに向かう。あいつらだけじゃやられちまうだろうが!」
「このまま押し切りましょう。目前の敵を倒し次第、巴さん同様援護に向かいます」
「承知!!」


 

「‥‥なんて圧力!」
 突起が唸り、無骨な大棍棒がホーリーフィールドを圧迫していく。
 新種の魔物は明らかに従来の魔物と異なっていた。飛び出した骨や肥大化し過ぎて飛び出した筋肉など、従来の化物はその異常性ゆえに、肉体の均等が全く取れていなかった。部位のバランスが崩れ、口だけ異常に発達して奇妙な牙を縁として円状に開いた花を思わせる口などはその代表例だ。それに比べてこの魔物は肉体の均等が取れている。両肘と肩から突き出た白骨は曲線を描いて鎧の飾りのように身体を装飾し、膨れ上がった二の腕の筋肉は身体の負担になることなく、強大なパワーを化物に供給している。二つ目がつながり、一体化した一つの目は『一つ目巨人(サイクロプス)』と呼ばれる魔物を連想させる。ゴーレムを越える巨大さと剛体は一つの種として確立されているようにも思える。
「お二人とも、後退し―――」
 咄嗟の声に対応できない。氷が砕けるように割れて消失した結界。容赦なく振り落とされた棍棒が白の身体を無造作に抉っていた。
「白さ―――!」
 導が横薙ぎの一撃に吹き飛ばされる。同様の傷を受けて、倒れ伏しているクリシュナへと巨人がゆっくりと迫っていく。仲間の援軍はない。白も瀕死の傷に動けずにいる。
 ペガサスを呼んだ導はその背にしがみ付くと、風のように彼女の元へと飛び込んだ。
 ペガサスがホーリーフィールドを展開。白ほど強力ではない結界の強度では、数秒とも持ちこたえられない。
 窮地に陥った導の心を支配したのは、恐怖よりも仲間を助けなければという強い思い。
 上空へと退避しようするが、予想以上に敵の動きが速い。紙一重で避けた棍棒だが、先端についていた突起に肩を抉られ、思わず悲鳴が漏れ出た。
「もう、いい、ッスよ‥‥。導さんだけでも、にげて‥‥」
「生憎、そういう選択肢は俺にはありません!」
 回復する暇がない。何とか時間を作れれば‥‥。
 そんな時、視界の向こうから飛んできた光の軌跡が巨人の頭に直撃して動きを制止させた。
「よく言ったぁ!! 無事か、二人とも!」
「ケ、ケイ‥‥」
「よくもおれのダチに好き勝手やってくれたな、こらぁ!!」
 二度目のオーラショットが巨人の胸元で炸裂。だが、巨人は大棍棒を右に左に揺らしながら、勢いよく突撃を開始。回復を終えていた導とクリシュナ、巴が三方向に散った。
「させるかぁ!!!」
 狙われたクリシュナの前に躍り出たのは巴だった。自身の体ほどある棍棒を身で受け止める。腕が砕け、受け止めた上半身の骨のあちこちが異様な音を立てて砕け散る。だが、仲間を助けきれたとあれば、彼女も本望だ。
「ケイ!!」
「うる、せっ、喋ってる暇があった、ら、早く、逃げっ‥‥」
 
 ドォン!!!!!

 振り下ろされた三つ目の剛撃。
 それが巴に届くことはなかった。
『トールさん!』
「いちいち言われないでわかっている!!」
「二人ともこちらに!」
 巴の視界が突然暗くなっていた。気付けば、ルエラのペガサスによってその場から避難させられていた。
 導とルエラに治療されていく中、距離を取ったところで理解した。死を覚悟したあの瞬間、駆けつけたシファ騎が棍棒を受け止めてくれたのだ。
 魔物を仕留めた小隊員たちが漸く導たちの元に駆けつけてきた。
 モナルコスの全てが腕や肩を破損して満足な状態ではなく、スニアやアマツも負傷している。無事なものは誰一人としていない。
 ここに、三小隊混合の12人が集結、一つ目巨人との戦闘が開始された。
 数においては圧倒的な優勢。12対1という普通ならば瞬く間に勝利できる戦闘状況。苦戦するとはいえ、必ず勝利できると誰もがそう信じて止まなかった。
「何なんだこいつは!?」
『トールさん、危ない!!』
「ちぃ!!」
「結界を張ります、こちらへ!」
『であ――――――!!』
「炎の鎖‥‥食いなさい〜〜!!」
「オ〜ラショットォォォ!!」「疾風斬!!」
 各々が持ちえる最大の技で攻撃を開始する中、スニアは一人回復役に徹する導を庇うように立ち、そして衝撃を受けていた。
(効いていない‥‥?)
 戦闘が開始され、数分が経過しただろうか。魔物の巨体を上空陣が円を描きながら飛び回り、魔法が発動する。炎が跳び、光が生まれ、結界が遮断し、高速の槍と剣が、巨腕から放たれるゴーレムの大剣が肉と骨を粉砕する。
 だが、その乱風に揺れる嵐の中心で、一つ目の瞳孔が見開かれ、獲物を屠っていく。
 包囲網を打ち砕く巨人の一撃が地面ごと上空を飛行するグリフォンを叩き落とし、聖なる結界を破壊、火炎の鎖はまるでそよ風のごとく、煌く斬撃は胸元を切り裂こうとも数秒後には再生してしまう。
 並び立つ戦を背にスニアが意を決して矢を筒の中に入れ込んだ。言葉にするよりも早く、導が同じ意見を口にする。
「ペガサスで上空から支援を。俺はもう、この場から動けません‥‥」
 巨人の棍棒とゴーレムの大剣がぶつかり、衝撃の波が地面を波立たせ、導の髪が大きく翻った。反対に身体の衣服はぴくりとも動かない。導の血を吸って重量が増しているためだ。
 どうとか言う余裕も時間も、気持ちもなかった。スニアは導のペガサスを借りると、その背に跨りすぐに飛翔を命令する。
「堪えて!」
 棍棒が翼の先を掠り、ペガサスの白羽が空中に飛散する。矢を前に、弓に番え、空を駆ける風が強く激しく鳴り響くほどに天馬を動かし、敵を翻弄していく。
 そして、真上。地上第三小隊のゴーレムに気を取られた隙を狙って一気に降下。棍棒射程圏内に危険も省みず入り込んだ。
「はっ!!」
 一閃の風が鳴る。風が矢を運び、重量と相成ってその速度は音速にまで接近する。
 頭上より煌いた風の矢が巨人の大目、その中心に突き刺さり、咆哮が大地に響いた。



●決着
 ベイレル隊はほぼ全滅していた。隊長であるベイレルも地面に伏して動かない。
 盾であるオルトロスは大破し、シャルグも片腕を失ってまともな行動など不可能の状態である。回復役である導も一つ目巨人の対応に追われ、こちらを援護する余裕はない。
 唯一、中傷で怪我を止めていたファングが単身カルマとの戦闘を継続していた。
 総合的に見れば、能力面においては狂気と化したカルマもファングの超人的な能力には叶わない。だが、全ての局面を一撃で逆転させるだけの攻撃力がカルマにある以上、ファングも慎重にならざるを得なかった。一人ならば
 尚更だ。
 両者の攻防を一進一退。
 だが、長期戦となれば、ファングが不利となるのは明白。狂気と変貌したドスロワは己の命が消滅するまで戦いと勢いをやめないだろう。
 多量の出血に、シャルグの意識は混濁していた。両者の戦いは遅れて認識され、稲妻の如きその動作は残像の尾を引いて目に映ってしまう。
(‥‥‥‥これ、までか)
 乾いた大地に膝を付き、額が大地に張り付く。
 そんな中で、ぼんやりとした視界に入ってきたのは大破したオルトロスの残骸。その制御胞の中から、出てくる人影だった。
 剣を手に、赤く染まった髪を風に流しながら、戦意を失うことのない瞳。それは第三小隊のベアトリーセ。
 仲間のゴーレムを盾に、ファングの虚を突いたカルマがその身体を一蹴、戦意挫けぬベアトリーセの気配を察してそちらへ突撃してくる。
 騎士としての心か、義の魂か。
 その全てに突き動かされたシャルグが片腕をひっさげて立ち上がる。
 まだ、終わりではない。
 仲間を守らずして何が騎士か。
 身分など関係ない。
 戦が如何に残酷で、勝利のために犠牲が必要であろうとも、
「我輩を侮るではないわぁ!!!!!」
 騎馬もなしに強引に間に入ったシャルグの気迫がカルマの全注意を引き戻す。
 交錯するカルマとシャルグ。
 雷の爪が真っ直ぐに胴体へと迫り、左腕のオーラシールド、闘気の盾が押し出され、衝突する。
 互いの力が相殺し合い、強大過ぎる力の波にシャルグの左腕が軋みを上げる。骨が砕け、筋肉が千切れ、肩に至る全ての細胞が悲鳴を上げて殺されていく。
 衝突は僅か一瞬。だが、時間の凝縮、死を隣り合わせすることで得られる生死の境という次元の狭間をシャルグは確かに垣間見ていた。
 未だ突き出した右腕を収めることもないほどの時間に、ドスロワが勝利を確信して笑う。
 対してシャルグも笑みを浮かべていた。
 なぜ、笑う?
 死を前に正気を失ったか?
 静と動の狭間でドスロワが思考する。
 が、そのどれもが正解ではなかった。
「‥‥勝機‥‥!」
『―――――――その動けない身体でなにが―――――』
 予期せぬあらぬ方向からの一撃に、ドスロワの体勢が崩され、地面の上に片膝が落下した。
 静止した一瞬を付き、ファングが突撃によってカルマの脚を粉砕したのだ。
 左腕と片足を失ったことでカルマは姿勢制御をも無くしていた。
 助走をつけ、逆進してくるファング。かなりの距離を取っている。これで終わらせる必殺の構え。あれを受ければ、この騎体といえど戦闘不能になることは間逃れない。
 それを認めたカルマが姿勢を起こそうと騎体に命令を出し、腕を足代わりに立ち上がることに成功する。
「!!」
 足代わりの腕に衝撃が走る。重傷のベイレルが身体に鞭を打ち、愛用の大剣を打ちつけていた。
 二撃、三撃、衝突の力に耐え切れなかった刀身が半ばから折れ、最早動けぬベイレルの頭上へと爪をかざした。
『受け取って――――――!!!』
 正面から飛来してきたのはゴーレムの大剣。大破したフィオレンティナが自らの大剣をベイレルへと投げ寄越こしたのだ。
 爪に直撃し、落下する大剣をベイレルが掴み取る。風車の如く振り回し、遠心力をつけた渾身の一撃がひびの入っていたカルマの右腕にとどめをさす。
「これで最後だ」
 両腕と片足を失ったカルマに防御の手段はない。
 血湧き立つドスロワが迫り来るファングの一撃をスローモーションでしかと目に焼き付けていく。

(―――――――これが、終わりか)

 死を前にドスロワの狂気の面が抜け落ちる。
 数十年ぶりに味わう笑みを浮かべて―――
 混沌の名を冠する騎体と共に、バの鎧騎士ドスロワ・グランカッツァは憎むべき世界から消滅した。





●終結
 ラケダイモンの戦は集結した。
 戦はメイの勝利で終わり、決死隊の活躍によってバのゴーレム大隊とカオス隊は壊滅。ラケダイモンの城壁を突破する術を失ったバ軍はモルピュイ平野まで撤退した。
 前線指揮官ドスロワ・グランカッツァは戦死。搭乗騎であるカオスゴーレム『カルマ』も冒険者三隊の捨て身の活躍によって大破。ここに、メイの絶対的な脅威であったカオスゴーレムの一騎が姿を消した。
 これをもって両軍は膠着状態へ突入。結果的に、スコット領南部の南半分を未だバの軍に制圧された状態でのにらみ合いとなった。
 双方ともに失った戦力は小さいものではなく、再戦を臨むメイ軍も今は動けない状態となっている。

 メイの国。
 バの国。
 暗躍するカオスの勢力。
 新たなる巨人。
 未だ謎に包まれたカオスの地。

 再び両軍が刃を交えることになるのは何時の事か。

 スコット領巡る戦いは更なる激戦の一途を辿ることになることだけは、確かである。