【スコット領侵略】鷹と鷲(前) 第二小隊
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月20日〜09月25日
リプレイ公開日:2008年09月29日
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●オープニング
清澄‥‥そういうには余りに辛い。
群青色の夜空が視界の外にも永遠に続いている。
雲はなく、疎らに散らばっている星の輝きが異様に目に付く、不思議な夜だ。
作戦会議を終えて自陣に戻ってから数刻。
無茶苦茶な命令を受けた心は、一様に晴れてくれない。
自分の心を気遣ってくれているのだろう。アルドバやルシーナ、他将校たちも皆テントの中で身を休めている。
不意に地面を擦る音に振り返ると、魔法使い特有のローブが目に入った。
「マリク様‥‥‥!?」
「礼は不要です。そのままになさい」
片膝を付こうとしたベルトラーゼを侯爵補佐、マリク・コランは制した。肩書きこそスコット領南部の北方統治者だが、実質はスコット領南部の最高責任者である侯爵補佐、つまりはこの領で第二の権限を持つ人物である。各領を治める四貴族の中でも一番の権力者だ。
「このような所では気も削がれましょう。どうぞ中へお入り下さい」
「気になさらないで下さい。何の連絡もなしに突然参ったのですから、無礼に当たるのは私の方。気遣いは無用です」
優しく微笑んだマリクの表情は、戦場には不似合いなものだった。迂闊にもベルトラーゼはそれに見惚れてしまった。
そんな青年の様子を軽く一笑し、マリクは数歩距離を詰める。踏み荒らされた大地には雑草さえ生えておらず、その身を晒していた。
「マ、マリク様‥‥?」
突然の出来事に見張るベルトラーゼが間の抜けた声を出してしまった。
近づいてきたかと思うと、マリクが頭を下げているのだ。
「申し訳ありません。貴方には迷惑をかけました」
「お止め下さい、そのようなことは‥‥」
「あの騎体のことは私も前から注意を払っていました。そしてグランドラの戦いで貴方がどんな犠牲を負ったのかも知っています」
顔を上げないマリクだったが、声色からその顔が沈痛なものであることは容易に想像出来た。
一瞬、あの戦いが脳裏でフラッシュバックしたが、それもすぐに驚きと平穏に摩り替わってしまう。目の前で心の底から申し訳なさそうに頭を下げているこの女性を見ていると、あの戦に対する恐怖心も収まっていった。
「ベイレル卿はあのように申しておりましたが、必要とあれば兵を回しましょう。他に要望あれば可能な限り叶えましょう。アナトリア卿からも協力してくれるとの言葉をもらっています」
ベイレルが彼にした命令。それは、カオスゴーレム『カルマ』をベルトラーゼたちのみで撃破せよ、というものだった。
グランドラでカルマの脅威を目の当たりにしたベルトラーゼは、カルマへの対応を進言した。だが、自らの傭兵師団に絶対的な信頼を寄せるベイレルはそれを却下。あの戦の二の舞を避けたいベルトラーゼは再三に渡り説得を継続。それが功を成し、遂には対処が成されることになった。だが、それは上記したように無謀とも言えるものだった。
「偵察隊の報告によれば、カオスゴーレム『カルマ』が敵陣内にいることは確実です。各隊から精鋭を集め個別に応戦、もしくは一大隊を別に編成し、一気に数で押し込むのが最良なのでしょうが、それも今となっては無理な願いです」
自分自身で言いながら、圧倒的な不利を改めて自覚する。前回の戦では『ヴァルキュリア』という高性能の騎体があったからこそ、粘ることが出来たが、今回それはない。敵ゴーレム大隊を迎え撃つために、メラートのゴーレム小隊からゴーレムを譲ってもらうことは難しい。国から借り受けた僅かなゴーレムで応戦するしかないだろう。
あの戦は今でもベルトラーゼの中に深い傷跡を残している。精神的外傷(トラウマ)といってもいいかもしれない。あれだけの犠牲を払ったにも関わらず、結局倒すことが出来なかった。長年付き添ってきた仲間たちの体が、すぐ前で両断されるあの瞬間は、一生忘れることはないだろう。
「まだ時間はあります。貴方が望むのであれば、ベイレル卿ともう一度作戦の練り直しを致しましょう」
ありがたい申し出だったが、ベルトラーゼは頭を振った。南方遠征時、自分はベイレルの命令に背く形で勝手な行動を取ってしまった。表向きは命令違反となっていないが、実質はそう捉えられて仕方ない。それを根に持っているベイレルがこちらの言い分を聞くことはないだろう。
「‥‥せめて兵だけでもお渡ししましょう。腕利きの者たちがおりますし、私の弟子たちも強力な魔法使いです。お役に立てるはず」
「いえ‥‥。おそらくカルマとは乱戦の中での対峙することになるでしょう。広範囲の魔法では味方まで巻き込んでしまいますので、ほとんど使えないはず。それに中途半端に数を増やしても、やつの餌食になるだけです」
ベイレルはいかに敵を倒したかで傭兵たちの報酬を決めていると聞いた。予想に過ぎないが、ゴーレムの首は通常の兵の数十人分に値するだろう。そしてカルマという最上部類に入るゴーレムならば、一生を遊んで暮らせるほどの賞金が掛かっている可能性がある。そうなれば、乱戦の中で傭兵たちが群がってくることも否定出来ず、余計に戦いが困難になるだろう。
「‥‥‥‥‥」
既に覚悟を決めているベルトラーゼを見て、マリクもそれ以上何も言えなかった。まだ若いと言わざるを得ないこの青年がこれほどに決意を固めている。あまりに真っ直ぐな思いに当てられて、思わず目頭が熱くなってしまう。
「死んでは、なりませんよ」
「‥‥承知致しました」
松明の向こう側へ、夜の闇の中へと消えていく後ろ姿を見送ってから、佇まいを崩す。
別れ際に感謝の言葉を受け取ったが、それはこちらの台詞だった。
今まで味方らしい味方もほとんどいなかったが、今はそうではない。
わざわざここに来てくれたマリク様を初め、アナトリア様、西方騎馬隊の中にも自分を慕う者たちがいること知っている。
だからこそ、ここで弱音を吐くわけにはいかない。
あの苦い過去を払拭するためにも、ここでやつを倒す。
サイラス卿以下、自分を庇い死んでいった者たちの名を心の中で呟く。必ず仇を討つ、その決意を込めて。
「――――――――――見ていてくれ」
この世から去った仲間たちに語りかけるように、ベルトラーゼは夜空の星に囁いた。
●リプレイ本文
●戦場の静謐
正午とは、不思議な時間だ。
規則正しく流れる絶対的な時間に従って、陽精霊は世界を照らし、月星は輝き、人は生活する。朝が来てその次に昼、そして夜。闇の中にはカオスの魔物のような邪悪な存在が蠢いているのだと人は自ら妄想し、それが真実であるのかすら確認することなく、暗黒の中に飛び込むのを控えてしまう。それとは対照的に昼間の中心に屹立する正午の中では、人は何の不安も抱くことなく積極的に行動する。光か闇か、両者の間にあるのはただそれだけの違いに過ぎないのにだ。事実、邪悪な存在は昼にも夜にも行動する。人もまた然り。闇の中に邪悪が存在するという思考は、人が生み出した想像でしかなく、その結果悪が闇に集結したに過ぎないというのに。結果と原因が逆であるだが、世界にそのようなことは関係ない。生まれ出(いずる)事象をただ呑み込んでいくだけだ。
平和な正午の下で人が死んでいく。刃を前に互いの命のやり取りをする戦士たち。その数、実に数千にものぼる。
大地を震わせる悲鳴と鋼鉄の打撃音。
なだらかな丘の上に控えるのは18人の冒険者たち。生々しい戦争という事象を五感で捉えている彼らの心は、お世辞にも穏やかなものとはいえない。これから始まる任務のことを考えれば、その傾向は一層強くなっていく。
戦が進むにつれて、出撃の時間が近づいていると察した各小隊が最後の打ち合わせを行っていく。ベルトラーゼも追従する騎士たちと最後の確認をしていた。
「ふむ‥‥ベルトラーゼ殿か。若くして斯様な試練に立ち向かわねばならぬとはな。同じ騎士、貴殿が無辜の民の為に盾となるならば助力せねば我が恥ぞ」
刀を手に黙するのはアマツ・オオトリ(ea1842)。陽光に反射する切っ先の光が、彼女の額に小さな白模様を浮かび上がらせる。悪友といえる友たちと戦場で共に戦えるというのはそうあることではない。
「そなたそうは思わぬか?」
「それはそうなんだけど‥‥‥‥‥‥‥‥知恵と勇気でも‥‥無理な事もあるんじゃ〜!!」
緊迫感が漂う丘の上に、‥‥何か楽しそうな声が響き渡った。声の主はクリシュナ・パラハ(ea1850)。彼女曰く、最早凶運体質と言うに相応しいベルトラーゼに怒りや呆れを通り越して感心すらしている始末。 多分今回も予想外なことが起きるに違いないだろう。
「‥‥まぁ、だからこそ作戦も立てたんだ。私とトールさんで空から牽制をしかけるから、何とかなるでしょう」
「後は運次第だな」
それぞれベガサスとグリフォンに騎乗し、空から攻撃を仕掛けるのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とトール・ウッド(ea1919)。地上と空、二つから攻撃をしかければ、敵にも隙が生まれやすくなる。後は敵を破壊できる攻撃力があるかが問われるのみ。
「カオスの力を持ったゴーレムですか‥‥。そのようなものがあるとは驚きですが、御仏に仕える者としてそのような邪悪な存在を許す事はできません。必ず浄化して差し上げましょう」
白銀麗(ea8147)が整然とした趣でそう伸べた。カルマとはまだ戦闘経験のないが、彼女の使う強力なホーリーフィールドならば、あのカルマの強烈な一撃を受け止めることも可能だろう。ちなみにカルマの目標となりそうな人物たちが他の小隊にいるので彼らにミミクリーを施そうとも思ったが、十分な時間と意思疎通が叶わなかったため、今回は白紙となっている。
戦士と見紛う格好をしているのはこれでもウィザードであるエル・カルデア(eb8542)。グランドラ戦において苦い思いをしたことから、用心のため変装を施しているのだ。カオスの魔物を警戒してバイブレーションセンサーを発動させるが、それらしい反応はない。どうやら今回の敵は人間だけになりそうだ。
(何だろう、この違和感は‥‥)
心の中に引っかかる何かがある。大事な何かを見落としているような、そんな焦燥感。
「上空にフロートシップが出現! 敵ゴーレム部隊の降下も確認されております!」
やがて異質なゴーレムが戦場に降下をするのを確認。
ベルトラーゼによる作戦開始の号令が放たれ、同時に三つの小隊が丘を駆け下りていった。
●再戦
最前線で活躍するベイレル率いる傭兵師団。
その中央部に降下したカルマの元に、ベルトラーゼ隊と三つの小隊は急行。すぐに戦闘は開始された。
予想通りカルマの首に懸けられた報酬を狙った傭兵たちが、三小隊よりも先にカルマへと攻撃を仕掛けていった。しかし、何の統率もない傭兵たちの敵うような相手ではなく、カルマが爪を一振りする度に十人近い傭兵たちがその身体を横に真っ二つにされて絶命していった。そんな仲間たちの姿も、金に目が眩んだ傭兵たちにはさほど意味がなく、彼らは自ら死地に飛び込んでいく。
それらの行動が邪魔になり、いつまで経っても作戦を開始できない第三小隊だったが、スニア・ロランドを初め第一小隊が傭兵たちを牽制してくれたおかげで傭兵たちの暴走は徐々に鎮火。地面に転がった無残な死体の姿も重なって怖気づき始めた傭兵が周囲から後退した機を見逃さず、即座に作戦が発動した。
「疾れ‥‥絶影! 舞え、我が斬奸刀!! 我が一撃に断てぬものなし!」
「ビートブレイク!」
アマツの放ったソニックブームが大地を走る。同時にルエラによって空から放たれた真空の刃が大気を裂く。狙うはカルマ周辺の敵ゴーレム部隊。先頭のバグナ目掛けて二つの真空の刃が当たるが、効果は低い。しかし、敵を牽制するには十分だ。
第一小隊がたちまち一騎のバグナを撃破。それに続くようにトールが上空を旋回して隙を窺ってく。
「ルエラ!!」
「了解!!!」
共に空を回っていた二人が同地点が停止し、示し合わせて一気に降下する。
「突げーき!」
「セクティオ!」
完全に敵の背後を捉え、一切の反撃の可能性を摘み取った上での突撃。トールの一撃が胴体を粉砕し、ルエラの針の一撃が肘を切断する。突撃の勢いもあったトールの一撃は凄まじく、バグナ如き下位のゴーレムを破壊するには十分な威力を誇っていた。
ものの数分でカルマを除く敵ゴーレムのほとんどが破壊されていた。
早くも残るはゼロ・ベガのみ。
エルの指示に従って急降下したルエラ。第一小隊のファングに動きを合わせたエルが重力魔法を発動させる。
「ローリンググラビティー!!」
たちまち横転したゼロ・ベガ。それが起き上がるよりも早く詰め寄った戦士の一撃が、ゴーレムを粉々に粉砕した。
●異界の魔獣
「‥‥‥‥ん、何スか?」
周辺のゴーレムを破壊し、第一、第二小隊がカルマへの集中攻撃を行うべく、体勢を整えていたときだった。
魔法と優良視力を用いて、クリシュナが上空を見上げると地上に布陣するバ軍の遥か向こう側、白い雲の下を何か巨大な物体が飛んでいた。
「アマツちゃん、あれ!」
「‥‥船か?」
戦場のあちこちで疑問の声が上がっていた。戦の真っ只中にも関わらず、あちこちで戦闘が停止している、
怪訝な瞳で上空を見上げるメイの軍勢。だがそれはバの兵士たちも同様だった。
巨大なフロートシップ群が上空を覆っている。バ軍所属のものに他ならないのだが、全くの予想外なのか、バの軍にも動揺が広がっている。
戦は終盤に差し掛かっていた。両軍ともに策を出し尽くした。既に敵ゴーレム大隊は降下を完了し、メイ側も当然全ゴーレムを投入し終えている。見た限り、地上に攻撃兵器は装備されていない。
戦争を経験したものならば、この異様な光景に気付かない者はいないだろう。これだけのフロートシップが、しかも熟練の弓使いならば、地上から甲板を狙えそうなくらいの低高度にいる。普通ならありえないことだ。
上空の二人が船との接触を避けて高度を落とす。甲板に何人かの兵士が見えるが、攻撃を仕掛けてくる気配はない。
不意に、全てのフロートシップの後部ハッチが一斉に開放される。あまりの壮観に、敵味方関わらず一部からは喚声が上がり、素直に感嘆する者も現れた。
だが、一時の平和に包まれていた戦場は叫喚することになる。
ハッチから落とされた大きな何かが地面に激突し、ドォンッという巨大な音が戦場のあちこちに沸き立っていく。
投下された巨大な何か。
それは‥‥
ロニア・ナザック率いるゴーレム第二小隊がかつて太古の森と、カオスの穴付近の施設で目撃した、あの突然変異型の化物に他ならなかった。
あまりの突然の出来事に、両軍の兵士たちはまったく反応できない。
だが、そうこうしている間にも、異質な化物は両腕を縛っていた鋼鉄の手錠を引き千切り、ゆっくりと身を起こしていく。
そして、魂の根源を震わせる、化物の咆哮が戦場に鳴り響いた。
「オオオオオ―――――――――――――――――ッ!!!!」
止まっていた時が一気に動き出し、戦場に悲鳴と絶叫が響き渡った。
巨大な棍棒を振り回しながら、猛烈な攻撃を仕掛けてくる化物に混乱し、まともな反撃もできないメイ軍の陣形が次々に崩壊していく。一方、バの軍も自軍への損害はほとんどないものの、どうしてよいか全くわからないといった状態だ。
「オオオオオオッ!!!」
化物の攻撃とは反対に、混乱したバ軍の攻撃は停止していた。アナトリアやマリクが高い指揮能力を発揮して陣形は立ち直りつつある。ここで戦線崩壊を防げば、まだ反撃の機会は残されていた。
「はぁあ!」
ゴーレムよりも大きな巨体が地響きをたてながら突進してくる。アマツの放った刀から真空波が生まれ、その胴体を切り裂いたが、化物は止まることはない。それどころか、苦痛を咆哮に変えてそのまま風を震わせる一撃を振り下ろした。
ゴーレムの武器にも劣らない巨大な棍棒がアマツの細身を容赦なく叩き切る。咄嗟のことに回避しようにも、化物が跳梁闊歩する現在の異常状態の中、陣形も対策もない冒険者たちではまともな反撃を行うことは不可能だった。
「ぬ、‥‥くっ」
「下がれ! クリシュナ、結界の中に頼む!」
白が大型のホーリーフィールドを展開し、攻撃の届かない安全地帯を形成している。瀕死の傷を負ったアマツをつれて、クリシュナが結界の中に入り込む。
上空に待機していたトールとルエラの二人が、仲間たちを守るべくゴーレムを粉砕した同時突撃を開始する。
ルエラの剣が化物の右腕を切り落とし、狂ったように咆える背中へとトールの強烈な一撃が叩き込まれた。
「グゥウゥゥォオオオオ!!!」
「な‥‥!?」
激痛を訴えて悶え苦しむ化物だったが、異常な再生能力と、巨躯が生み出す、まさしく化物染みた耐久力がトールの一撃を即死に結ばせなかった。上空に退避しようとするグリフォンへと巨大な棍棒が横薙ぎに叩きつけられる。頭蓋骨の側面に直撃した一撃が、仮面ごとトールの肩を粉砕、バランスを失ったグリフォンが地上へと落下した。
「トールさん!?」
「!? ルエラさん、前!」
ペガサスの後ろに乗っていたエルが叫んだ。気付けば前に回りこんだ化物が凶悪な棍棒を振り上げている。慌ててエルがグラビティーキャノンを展開し、その動きを封じたものの、既に振り下ろされていた一撃はルエラの盾ごとその身体を地面に叩きつけていた。
「‥‥‥‥あっ、ぐあっ」
モナルコスの装甲を貫く一撃に、生身の身体が耐えられるわけがない。肋骨が折れたのか、呼吸が上手くできない。とどめを刺そうと化物が接近し、それを認めたエルが高速詠唱を開始しようとした。
「二人とも、こっちにくるッス!!」
側面から飛んできた炎が、化物の巨体に巻きついてく。まるで鎖のようにその体に絡まっていく炎はクリシュナが生み出した魔法の炎だった。
トールの一撃にも耐えた化物だったが、炎にもめっぽう弱いらしく、苦しそうに絶叫しながら地面で身悶えている。
これを好機と見た白が結界を発動させながら、仲間たちに撤退の意を呼びかけた。
既に戦の勝敗は見えていた。化物の攻撃に耐え、反撃しつつあるメイ軍だが、三小隊は予想外の事態に化物の攻撃をほぼ無防備で受けたため、最早カルマを撃退できる力は残されていない。見たところ、今は動きが止まっているが、カルマもすぐに回復してまた攻撃を開始するだろう。
カルマを抑えていた第三小隊は、化物の襲来で陣形を崩されてすでに4騎のモナルコスが大破している。第一小隊も被害こそ少ないが、撤退の動きを見せ始めていた。
「第一小隊の方々に、三人を運ぶ人手を頼んで下さい。一刻も早く撤退しないと全滅します」
白の結界があるからこそ彼女とクリシュナは無事で済んでいるが、なければ二人とも瀕死、あるいは化物にふみつぶされて死んでいる。瀕死の傷を負った三人を辛うじてとはいえ、生きさせているのは彼女のおかげといえる。その意味では、白がこの小隊の中での一番の功労者だろう。
クリシュナの炎によって化物を牽制しつつ、三小隊は示しをあせて後退していく。炎を扱える彼女がいたのは僥倖であったという他ない。
戦線を離脱した冒険者たちはそのまま戦場を後にするのだった。
●戦の跡
かくしてモルピュイ平野の戦はバの勝利で幕を下ろした。
一時混乱したバの軍だったが、カルマの参戦によってメイの戦線が崩壊したのを見るや否や、攻撃を再開。これによってメイ軍の敗退は確実となり、ラケダイモンまで後退することを余儀なくされた。
ベイレル・アガ率いる傭兵師団は多大な損害を受け、アナトリア率いる西方騎馬隊も被害は大きい。
突然出現した化物による損害も大きかったが、やはり戦線に躍り出たカルマの攻撃も無視はできないだろう。
モルピュイ平野戦の後、バの軍は部隊を再編し、すぐに進軍を再開する。目指すは勿論、南方地域最終防衛ライン、ラケダイモン。
オクシアナ以南の命運をかけて、ラケダイモンで再び決戦が為されることになる。