【スコット領侵略】鷹と鷲(後) 第二小隊

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月14日〜10月19日

リプレイ公開日:2008年10月23日

●オープニング

 城塞都市ラケダイモンはスコット領一の強固な城塞として知られている。幾度となく侵略してきたバ軍もこの城塞だけは超えたことはなく、通常の城壁より数倍分厚い石の城壁に、対ゴーレム用として設置された十数の精霊砲や大弩弓、並みの攻城兵器でこの城壁を貫くのは不可能であり、それこそゴーレムの如き強力な兵器が必要となる。それ即ち、敵ゴーレム部隊の殲滅は城壁防衛の達成を意味し、脅威となる攻城兵器を破壊できれば、残りは城壁の上から狙い撃ちにすれば事は足りるのだ。スコット領南部、オクシアナ山岳地帯より北にある以北地帯への玄関口。バから鉄の城塞と恐れられる由縁である。
 城塞外に布陣する部隊はなかった。鉄壁の城壁を盾にその上から敵部隊を攻撃して撃退する。それがほとんどの兵士たちに与えられた任務だ。
 ベルトラーゼは城壁の上で彼方を見る。数日後、この風景一面を敵ゴーレム大隊が埋め尽くすことになる。そして城塞内外にはあの突然変異モンスターが降下し、暴れまわる。そして自分はその巨大な足元を鼠のように駆け回りながら、戦わなければならないのだ。想像しただけでも、気持ちが鬱になる。
 今回の任務は噛み砕いて言えば、以下のようになる。

『相撃ちでもいいから、城壁の脅威となる敵ゴーレム部隊を殲滅しろ』

 この作戦を提案したのはベイレルだった。いかにも傭兵出身の男らしい作戦だが、傭兵師団の尻拭いは自分ですると、自ら小隊を率いてカルマの撃破を買って出た。当然、前回任務を果たせなかったベルトラーゼも協力すると主張。邪魔だと一蹴されたが、粘った結果受諾された。
 死と隣あわせの危険な任務と引き換えに、作成成功の暁には莫大な恩賞が約束されている。言い方は悪いが、それを餌に有志を募って決死隊が結成された。最終的にベイレル、ベルトラーゼ、冒険者三隊を合わせて実に二十近い小隊が編成され、この任務に参加することが決定している。
 以北へ繋がる防衛拠点として強固な守りを誇ってきたラケダイモンの城壁だ。易々と落ちるものではない。白兵戦だけではなく、攻城戦でも強力な兵器となるゴーレムさえ潰してしまえば、後は城壁で防衛線を展開すればいい。一週間もしない内に北方の援軍が駆けつけてくれるから、挟み撃ちにして殲滅すれば戦は終わる。
 問題は‥‥。
『あの人形は俺がもらう。貴様たちは俺たちの邪魔にならない所で遊んでいればいい』
 今回の作戦の最大の障害になるのはあの凶悪なゴーレム、カオスゴーレム『カルマ』。
『駄目だとは言わせんぞ。すでに二度も失敗している貴様の言葉など、当てにできんからな』
 先ほどベイレルが残していった言葉が思い出された。
 承知しております、と口で言う一方、ベルトラーゼは心の中で思った。相手が並みの敵ならば、冒険者たちがとうの昔に破壊しているはずだ。降下部隊に注意が薄く、結果的に失敗してしまったのは確かにミスかもしれないが、そうであっても敵の脅威性に変わりは無い。まして、今回は周囲にゴーレム大隊やあの化物たちがいる。カルマとの戦闘中に、周りの巨体に押し潰される可能性も低くはなく、どんな猛者でもそれから生き残る術はない。
 だが、それでもカルマを撃破しなければ、この戦に勝利はない。城壁防衛の一番の脅威となるあの騎体を撃破すれば、敵の指揮は乱れ、防衛の成功率は格段に上昇する。それができなければ城壁は粉砕され、敗北は間逃れない。
「いつまでそこでぼ〜っとしているつもりだ?」
「ワーズ卿、‥‥ロニア卿も」
「失礼致しました。すぐに声を掛けようとも思ったのですが、あまりに思いつめた顔をしておりましたので」
 背後に鎧騎士であるワーズ・アンドラスとロニア・ナザックが来ていた。二人ともスコット領南部所属ゴーレム第一小隊、第二小隊の隊長である。
 同じ西方地域所属の二人だが、ゴーレムと騎馬隊、畑が違うのもあって今まで深く話しをしたことがない。ワーズとは今までに何度か戦を共にしたことがあったが、ロニアという若者の方はこれで会うのも2、3回目と言ったところだ。
「カルマの撃破に失敗したそうだな。私たちがあれほど頑張ったのに、貴公が負けてしまっては意味がないではないか」
「ワ、ワーズ卿‥‥!」
 ため息混じりのワーズに、ロニアが思わず声を上げた。ただでさえ落胆している者に、その言葉はあんまりではないか。
「‥‥そうですね、申し訳ありません」
 ロニアの心配とは真逆で、ベルトラーゼはその言葉を微少で受け取っていた。ベイレル同様、歯に布を着せない発言だが、その声色には落胆する自分を励まそうとする意図が感じられたから。笑って済まされることじゃないことだからこそ、世間話でもするように簡単に言うことでその重大さも薄れてしまう。その小さな気遣いが、ベルトラーゼには嬉しかった。尤も、堅物の典型である真面目なロニアに、その諧謔が判るはずもなかったが。
「私たちは貴公たちが失敗した尻拭いをすることになっている。あんな化物どもの群れに突っ込みたくは無いからな、できれば貴公で終わらせてくれると助かる」
 ベルトラーゼと肩を並べて、ワーズが顔を向けるでもなくぽつりっと呟く。
 会議では決死隊がカルマの撃破に失敗した場合、全ゴーレムをカルマに集中投入し、撃破することが決定していた。どれほどの犠牲を出そうとも、あれは破壊するという意思表示だ。それ程にメイがあれに抱く脅威は大きい。
 このような状況にも相変わらずの様子を浮かべるワーズが心強く、まるで昔から知っている兄のように思えて思わず笑ってしまいそうになった。
「善処致しましょう」
 お前が必ず任務を成功させろ、といわない辺りがこの人らしい。決死隊が負けても後には自分たちがいるから、気楽にやってこい。そんな言外の意味が含まれていることに、気付けないほど馬鹿ではない。そのような人物であることも、ベルトラーゼは知っている。
「その言葉を聞いて安心した。武運を祈ろう」
「ありがとうございます」
 ここに来てまだ数分も経たないうちに、ワーズはその場を後にした。半ば連行されてやってきたロニアが、もう行ってしまうのかと慌てて一礼してその後を追う。
「ワーズ隊長、一体何が目的だったのです?」
「目的? 何のことだ?」
「貴方に言われたからこうして付いてきたのに、会って少し会話しただけで別れてしまうとは。何がしたかったのです?」
「見ていて判らなかったのか? ただの世間話だ」
「世間ばな‥‥!?」
 あまりに意外な言葉に、ロニアが思わず足を止めてしまうが、ワーズは知ったことかとすたすたと先に行ってしまう。
「この圧倒的劣勢を前に、指揮官ともあろう者同士が世間話など」
「いけないか?」
「そのようなことは御座いませんが‥‥。私などまだ自己紹介などしていませんのに」
「貴公はやつに興味があるのか。そんなに気になるなら、お前も決死隊に志願してはどうだ? 死地を共にすれば見えてくるものもあろう。私は怖いから遠慮しておく」
「こ、怖い‥‥?」
 騎士らしからぬ言葉に、ロニアが再び足を止めてしまう。そんな様子を一向に気にしない相変わらずのワーズ。
 ロニアが振り返れば、視界の向こうではベルトラーゼが心地よさそうに風を受けて微笑んでいる。
 理解の範疇を超えた二人を見たこの時、なぜかロニアは決死隊に志願することを心に決めたのだった。

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)

●サポート参加者

ルメリア・アドミナル(ea8594

●リプレイ本文

●空中戦
 ラケダイモン上空――高度百メートル前後。肉眼でも船員がはっきりと視認できる距離だ。
「くぅ―――――――――――!!!」
 低い悲鳴がルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の喉から押しあがっていくと共に、強烈な風圧が身体全身に叩きつけられる。高速飛行するペガサスの後方を、一騎の敵グライダーが執拗に追いかけてくる。
 数十メートル上から放たれた矢によって、翼を失った敵騎が駒のように回転して地上に落下していく。
「今っ!」
「くらいなさい、デストロイ!!」
 詠唱から発光現象に移行した魔法が発動する。ホーリーフィールドに守られたペガサスが一時的に停止して白銀麗(ea8147)の詠唱時間を稼いだのだ。
 魔物の降下準備に入り、同じく急減速していたフロートシップ後部、開口し始めていたハッチが魔法によって粉微塵に崩壊する。黒い暗黒を帯びていた発光が飛散し、艦外壁である木片が埃のように地上に消えていく。
 空中は冷たく、風切り音で満ちていた。高速移動で生まれる風圧は身体にまとわりつき、着装する衣服を剥ぎ取ろうとしている。有り得ないことだが、あと数分もすれば、意味もなくそれが現実になりそうだから始末が悪い。
 戦場を切り裂くように走るのは導のペガサスだ。先ほど邪魔なグライダーを撃ち落したのは後ろに乗るスニアに他ならない。
(ハッチ開口が絶好の機会っ)
 グレナムが声に出さずとも、後ろのクリシュナ・パラハ(ea1850)も気付いていた。言葉無き意志疎通。風圧渦巻く滑走中では、元より声などほとんど届かない。甲板から放たれる弓矢が余裕の無さに拍車をかけていく。
「ハッチの近くに宜しくッス!」
 騒がしい風の音に混じって聞こえた指示に、グレナムが従う。小さな、細い声だが、鼓膜を震わせたそれは夢想ではない。
 ハッチに近づくグレナム騎へと甲板弓兵の攻撃が集中する。
「切り裂け、疾風斬!!」
「すぐに離脱します、捕まって!」
 アマツ・オオトリ(ea1842)とシファが一撃後、即離脱。甲板の牽制を仕掛けた。大型の船ではアマツの斬撃も効果が薄い。
 油の悪い歯車の不器用にかみ合う音が鳴り、ハッチが開口していく。開口が終了する前に、降下ブロックに弓を構えていた船員を真っ先にスニアが射倒してくれた。これで脅威はない。クリシュナの狙いは船員ではなく、船でもなければ、ゴーレムでもない。
 ハッチの端に現れた巨躯に確信する。
 醜くひしゃげた肉に、無造作に身体中から不規則に突出した白骨の牙。突然変異型モンスターだ。
 ハッチ開放のために敵艦は減速し、ほとんど停止の状態に近い。高速移動する敵艦に、クリエイトファイアーを当てることはできなかったが、今ならば話しは別。
 半分以上開口したハッチを入り口に内部へと炎を侵入させ、中にいる魔物の目を覚まさせる。同時に接近したグレナムが油と一緒にマジッククリスタルを投げ込むことでそれに拍車をかけた。
「効果は薄いか‥‥ファイアーボム!!」
 ストーンのスクロールを構えていたエル・カルデア(eb8542)だったが、ハッチ付近が通常よりも強化されて分厚くされているせいか、いまいち効果が挙げられない。白のデストロイでさえ一撃で穴を開けられないのだから、それも当然といわれれば仕方がなかった。巻物を切り替えてファイアーボムをデストロイで開いた穴に叩き込み、続いて白も火球を打ち込むことでたちまち火炎地獄と化した内部からは悲鳴が上がってくる。
 暫くして船内から兇暴な咆哮と粉砕音が木霊してくる。
 それが降下用モンスターの覚醒と作戦成功の印となった。





●巨人の戦場
 砂塵が舞う。
 百にも至る戦を経験したラケダイモン周辺に、緑はない。人馬の蹄に踏み荒らされた大地は荒れ、そこは荒野が広がっている。
 怒号と悲鳴、火柱と粉塵が巻き上がる戦場に向け、決死隊が進軍する。
 ゴーレムを越えるラケダイモンの城壁。
 数十の敵ゴーレム大隊が盾を前に、整然と横一列の陣形を保ったまま接近していく。
 城壁の麓では航空隊が討ち漏らしたカオス隊、突然変異型モンスターが石の城壁を突き破るべく攻撃を仕掛け、異常な破壊力に城壁は確実に削られていた。
 一方、城壁側でも雨霰のごとく精霊砲が火を吹き、大弩弓の巨矢が唸りを上げる。マリク率いる魔術師中隊も強力な広範囲魔法を発動させていく。
 同時に後方に控えたバの重装隊『血飛沫の鋼鎧』も同様の兵器で城門へと砲火を放ち、応戦する。
 互いに向かう砲火の雨。ゴーレムの装甲を打ち砕き、巨大な化物の肉を殺ぎ、強固な城壁を粉砕する。生身で一撃でも受けようものなら、重傷瀕死は間逃れない。鳴り止まぬ轟音は大地の悲鳴のようだ。
 人智の結晶である『兵器』による猛攻に次ぐ猛攻。人間如き小さな存在が入り込める領域ではない。
 天に届くが如き城壁、人型兵器ゴーレム、それに匹敵する魔物群、鋼鉄の攻城兵器、魔法による爆炎。
『巨人の戦場』(ジャイアント・ウォー)。
 人ならざるモノたちで犇くこの戦いはそう呼ぶに相応しい。
 巴のオーラショットによって抉じ開けられた戦線より冒険者たちは突入、戦闘は間も無く混戦へと突入した。
 城壁の精霊砲によって運の悪かった者たちが火達磨になって倒れ、ある者は大弩弓の矢に胸を貫かれ絶命する。だが、決死隊の猛者たちは怯むことなく敵部隊の中へと殺到する。巨大なゴーレムの間に入ってしまえば、砲火の盾にできるという目論みもあるが、決死隊突撃後も城壁からの砲火が止まらないことは全員が承知済みの内容だったからだ。
 戦況は五分と五分。ゴーレムと生身の者たちの勝負だが、それでも五分である。
 熟練の騎士、歴戦の傭兵、達人級の魔法を操る魔法使い。騎馬に跨った騎士たちが攻撃を撹乱し、傭兵の鉄槌が脚部を砕き、鉄をも溶かす魔法の火球がゴーレムの装甲を溶解させる。人型兵器の強烈な攻撃に、二回と耐えられない生身だが、それを圧倒するほどの戦闘力が決死隊にはあった。
 20の小隊の中でも一際高い戦闘力を誇る5つの小隊。ベイレル隊の傭兵小隊、ベルトラーゼの騎馬小隊、そして冒険者の三隊である。
 ゴーレム大隊の足元を駆けつつ、その攻撃を掻い潜り、冒険者たちがひた走る。
 彼らの狙いは前線指揮官たるドスロワが搭乗する『カルマ』のみ。
 カルマの元に到着した時、すでにベイレル小隊が戦闘を開始していた。
 驚くべきことだが、ベイレルがカルマを相手に優勢のことを運んでいた。
 荒れくれ者の多い傭兵たちの中でさすがは讃えられているだけのことはある。カルマの巨体を真正面からベイレルが対峙し、鉄槌を背中に盾を持った屈強な傭兵が側で補助として控え、後方には魔法使いらしき男女が二人、ファイアーボムによって牽制を仕掛けている。
 冒険者たちもすぐさま参戦、予め練っていた作戦に従ってそれぞれが己の役目に取り掛かる。
 第三小隊のオルトロスに搭乗したベアトリーセと共にシャルグがオーラシールド片手に防御に徹し、ファングがベイレルと肩を並べて襲い掛かる。加えて上空からはトール・ウッド(ea1919)がグリフォンを操り、果敢な攻めを見せる。
 戦いはこちらの優位で進み、上空の奇襲部隊が合流したことでそれは確実となった。
 邪魔となる周囲のゴーレムや化物は、三小隊で選ばれた者たちが対カルマの邪魔にならないように攻撃し、その間にベイレル隊と共にカルマに傷を与えていく。強靭な金属の表面には幾つもの傷がつき、カルマは確実に疲弊していた。
 三小隊の巧みな連携があったからこその展開であった。互いの動きを把握し、攻守共に穴ができないように互いに連携して戦を運ぶ。呆気ないと思えるかもしれないが、18人もの冒険者たちが見せる見事な連携の前では、さすがのカルマも苦戦を強いられていたのである。
 戦いは進み、ベイレル隊と対カルマ班がカルマの胴体装甲を粉砕。
 対カルマ部隊の優勢が進む中、周辺対応班も順調に戦果を挙げていく。
 やがて、戦場に広まった甲高い音響の波。
 ファングの一撃がカルマの胴体表面の装甲を破壊した音だった。


●世界に見捨てられたモノ

「浅いか。外装は破壊した! 後は制御胞内部にいるドスロワを倒すだけだ!!」
 陽光に煌く得物を掲げ、ファングが雄々しく声を上げた。
 打ち砕かれた装甲の間から、搭乗者であるドスロワの姿が見ることができる。
(‥‥‥‥何なのだ‥‥)
 冒険者たちが殺到してくる中、制御胞内部でドスロワはぐったりと項垂れたまま、戦意を無くしていた。あれほどまでに激しかった闘争本能はどこにいったのかと自問自答するが、答えは出ない。

(なぜ、こんなことになった‥‥)

(戦いを望んでいたのは俺でないか‥‥。それなのになぜ、おれはこんなにも迷っている?)

 真摯な心が、ドスロワに語りかける。
 手加減したわけではない。勝てなかった言い訳ではない。確かに相手は強い。
 だが、何かが枷となっているのは確かだ。
 最強の騎体と謳われたこのカルマを与えられ、人間を越えた存在になるためにカオスとも契約をした。それでこの世に勝てない存在はいないとそう確信していた。
 今対峙している者たちと戦い思ったのは、自分が最強ではないのだということ。生まれて初めて味わう屈辱。強いられた苦渋がこんなにも心を苛立たせるものだとは思いもよらなかった。
 破壊。
 混沌。
 死。
 孤独。
 仲間からも見捨てられ、それを承知で自ら孤独の生を歩んできた。
その果てに掴んだ結果がこれか?
 こんなあっさりと、俺は死んでしまうのか?
 思い浮かぶのは過去の記憶。
 騎士として、民のために、祖国のために、戦乱の世を終わらせてみせると意気込んでいた若かりし時の自分。
 そのために圧倒的な力が必要だった。
 人は弱く、例え数百人の強き仲間がいようとも、乱世を統一することは叶わない。それほどに世界は広く、冷たく、残酷だったから。
 戦に破れ、最愛の仲間たちの骸に囲まれながら死を覚悟していた時、それは言った。
 望みを叶えたくはないか、と。
 人であることをやめるのと引き換えに、人を超えた力を手に入れた。
 人間がどんなに団結しようとも、手に入らない力を用いてこの世界を統一する。
 そう、それがあの時、やつの前で誓ったことだ。
 いつからだ?
 なぜ忘れていた?
 肉体も魂も、人であることすら捨てて、やっとここまで辿り着いた。
 終わる? 
 こんなところで?
 全てを賭けて仲間たちの罵声すら厭わない覚悟できたこの俺がこんなところで終わりを迎える?
 これが世界の望みだと、そういうことか?
 それが貴様の望みであるというならば――――
「―――――――――――――っ」
 沈んでいく意識の底で
 灼熱の傲炎が、弾けた。




 誤解されがちだが、カオスの魔物と契約を結んだものは契約後も人間であり続けることが多い。
 契約は種族と理性の喪失ではなく、人間の枠組みから抜け出るために必要な架け橋の構築に近いものであり、肉体的な意味で契約した存在が己の種族から離脱するには相当の期間と大量の魂が必要となる。
 一見無秩序に見えるカオスの魔物たちの中には、一種の階級主義が浸透しており、下位の魔物たちは上位の魔物たちに絶対の服従を強いられる。同様に、契約した人間の地位は主である魔物の召使いや手先という枠に当て嵌められ、同様の服従を強いられることになる。ドスロワも例外ではなかった。
 国への忠誠とバの武力による統一と平和。
 崇高な理想に起因する気高き魂を持っていたがゆえに、ドスロワはカオスの魔物から契約を持ちかけられ、彼の存在は歪んだ思想の元に捻じ曲がった理想実現に向け、実に良き働きを見せた。収奪した魂はすでに百にも登り、彼の肉体は人ならざるものへと着実に近づいており、そしてそれは主である魔物の目論見通りのことでもあった。
 だが、『罪と業』という搭乗騎の名称がこの者の暴力の源であったことは、カオスのものどもすらも測りえぬ偶然であったという他ない。
 この時起こった現象が、混沌との契約によるものかは定かではない。
ただ一つはっきりしていること、
 それは荒野に響き渡った百獣の如き雄叫びが、この人間、ドスロワ・グランカッツァが精神の根源的な意味で人間という種族から解放された瞬間であった、ということである。






「ひゃ はは は は   はははは!!!!!
 は  は   ははは        !!!!!!!」
 冒険者たちに戦慄が走る。
 跳躍。
 片翼がないことは把握済み。膨大な脚力によって飛翔と変わらぬ高度まで上昇したカルマの咆哮が降り注ぎ、凶悪な爪が重力に引かれて落下してくる。
 シャルグとオルトロス二騎が弾けたように横へ跳んだ数秒後、落雷の如き轟音が周囲に鳴り響いた。
 突き立った大爪を中心に、大地が崩壊していた。岩が砕け、外縁部が隆起し、騎体の重量を推進力に放たれた一撃は平坦な大地に巨大なクレーターを生み出していた。
 激化していく戦場。
 ゴーレムは大破し、オーラシールドで臨んだシャルグが片腕を吹き飛ばされ、ベイレルも重傷を負ってしまう。
 下手をすれば仲間さえも巻き込みかねない魔法発動の機会を探りながらエルが移動していく。
「ローリンググラビティー!!」
 重力魔法が発動し、見事にカルマのみに魔法が直撃。
 抗うことのできない効果に静止したカルマへと城壁の精霊砲が煌いた。
「撃て――――――ぃ!!!」
 防衛隊指揮官マリク・コランの号令に従い、精霊砲の火の玉がカルマの巨体で爆発した。
 戦場を揺り動かすほどの爆音と発射音が空気を砕く。同時に身動きの取れないカルマの全身に、精霊砲の火の玉が無数に直撃、足元の地面ごと騎体を粉砕していった。
 ‥‥しかし、
 土煙の中から最初に飛び出してきたのは大爪を接続した凶悪な右の腕。
 霧が晴れていくように、出現したカルマの装甲には傷一つ刻まれていなかった。
 不意に、戦場に悲鳴が沸いた。
 何事かと思い、冒険者たちが空を見上げるのよりも早く大地が地響きに襲われ、体勢を保っていられない。
「‥‥何が起きた?」
 大地を揺るがす震動が、身体の芯を揺り動かしていく。
 途轍もなく嫌な予感が、エルの胸に渦巻いていた。


●贈り物
「げほっげほっ‥‥、くそっ、なんだ?」
 体中についた土屑を、トールが咳き込みながら払っていく。
 膨大な量の土煙が乾いた地面に巻き起こり、視界がろくに確保できない。
 グリフォンに騎乗し、空中から攻撃を仕掛けていた。そして狂ったような笑い声がカルマの方から聞こえたかと思うと、地上からは悲鳴が上がり、忙しく上空に視線をやると巨大なフロートシップがあちこちから煙を上げながら落下してくるのが見えた。
 突然のことに対処できず、巨大さゆえの空気の渦に飲み込まれてグリフォンごと地上に滑るように落下。咄嗟に受身を取ったことで怪我はしていないのは幸いだ。
 再びトールが上空に昇ると、ペガサスに乗るルエラが近づいてきた。
「無事だったか、てっきりあの船に押し潰されたものかと思ったよ‥‥」
「悪運は強いほうだ。辛うじて生き残ったさ」
 竜巻のように漲る砂埃が、完全に地上の視界を閉ざしている。これでは仲間たちがどうなっているのかすら分からない。
 唯一確認できるフロートシップに目を向ければ、相変わらず煙を吹き上げたまま停止したまま、起動する気配がない。戦場のど真ん中に墜落したことで何騎かの敵ゴーレムが下敷きになったようだ。
「‥‥おかしいな」
「何がだ?」
「損傷が‥‥無さ過ぎる」
 声の主であるルエラが上空を見上げるが、メイ側の航空部隊はほとんど見受けられない。地上に帰還した冒険者たちほどの戦闘力もなければ、それに見合う戦力もない。にも関わらず、フロートシップは墜落した。しかも落下した敵艦にはほとんど損傷がない。外壁など万全の状態だ。
「機関部をやられたんじゃないのか?」
「その可能性もあるが‥‥」
 空中戦の折、グレナムが機関部を狙おうとしたが、その規模と耐久性から諦めていた。そのことから考えても、並みの戦力では機関部を破壊することは難しい。白のデストロイ級の破壊力か、内部から直接破壊しない限り、機関部の破壊は事実上不可能に近い。
(‥‥内部から破壊したのか? 一体誰が‥‥)
 この墜落に作為的なものを感じざるをえず、眉を顰めていたルエラが急に顔を上げた。
 晴れていく砂塵に混じり、嫌な風が吹いてくる。
 否応なしに高まっていく緊張感の中、それを証明するかのようにフロートシップ後部、格納庫外壁が醜くひしゃげた。
 







●一つ目の巨人
 戦況は一変していた。
 きっかけは墜落したフロートシップ。いや正確にいうならば、その後部に積まれていた化物だ。
 周囲を一瞥すれば、カルマ以外の部隊の対応に当たっていた冒険者たちが近くの者と臨時の小隊を組み、個別に応戦している。
 出現した魔物は全部で5匹。その内一匹だけこれまでとは違う化物が混じっていた。
 従来の魔物4匹と戦闘しているのは、アマツ、巴、スニア組、シュバルツ、スレイン組、トール、シファ、ルエラ組、そしてレインフォルス。
 一方、新種の化物の対応に追われているのは、導、白、クリシュナという魔術師組。
 新種の魔物は明らかに従来の魔物と異なっていた。飛び出した骨や肥大化し過ぎて飛び出した筋肉など、従来の化物はその異常性ゆえに、肉体の均等が全く取れていなかった。部位のバランスが崩れ、口だけ異常に発達して奇妙な牙を縁として円状に開いた花を思わせる口などはその代表例だ。それに比べてこの魔物は肉体の均等が取れている。両肘と肩から突き出た白骨は曲線を描いて鎧の飾りのように身体を装飾し、膨れ上がった二の腕の筋肉は身体の負担になることなく、強大なパワーを化物に供給している。二つ目がつながり、一体化した一つの目は『一つ目巨人(サイクロプス)』と呼ばれる魔物を連想させる。ゴーレムを越える巨大さと剛体は一つの種として確立されているようにも思える。
「‥‥なんて圧力!」
 突起が唸り、無骨な大棍棒がホーリーフィールドを圧迫していく。
「お二人とも、後退し―――」
 咄嗟の声に対応できない。氷が砕けるように割れて消失した結界。容赦なく振り落とされた棍棒が白の身体を無造作に抉っていた。
「白さ―――!」
 導が横薙ぎの一撃に吹き飛ばされる。同様の傷を受けて、倒れ伏しているクリシュナへと巨人がゆっくりと迫っていく。仲間の援軍はない。白も瀕死の傷に動けずにいる。
 ペガサスを呼んだ導はその背にしがみ付くと、風のように彼女の元へと飛び込んだ。
 ペガサスがホーリーフィールドを展開。白ほど強力ではない結界の強度では、数秒とも持ちこたえられない。
 窮地に陥った導の心を支配したのは、恐怖よりも仲間を助けなければという強い思い。
 上空へと退避しようするが、予想以上に敵の動きが速い。紙一重で避けた棍棒だが、先端についていた突起に肩を抉られ、思わず悲鳴が漏れ出た。
「もう、いい、ッスよ‥‥。導さんだけでも、にげて‥‥」
「生憎、そういう選択肢は俺にはありません!」
 回復する暇がない。何とか時間を作れれば‥‥。
 そんな時、視界の向こうから飛んできた光の軌跡が巨人の頭に直撃して動きを制止させた。
「よく言ったぁ!! 無事か、二人とも!」
「ケ、ケイ‥‥」
「よくもおれのダチに好き勝手やってくれたな、こらぁ!!」
 二度目のオーラショットが巨人の胸元で炸裂。だが、巨人は大棍棒を右に左に揺らしながら、勢いよく突撃を開始。回復を終えていた導とクリシュナ、巴が三方向に散った。
「させるかぁ!!!」
 狙われたクリシュナの前に躍り出たのは巴だった。自身の体ほどある棍棒を身で受け止める。腕が砕け、受け止めた上半身の骨のあちこちが異様な音を立てて砕け散る。だが、仲間を助けきれたとあれば、彼女も本望だ。
「ケイ!!」
「うる、せっ、喋ってる暇があった、ら、早く、逃げっ‥‥」
 
 ドォン!!!!!

 振り下ろされた三つ目の剛撃。
 それが巴に届くことはなかった。
『トールさん!』
「いちいち言われないでわかっている!!」
「二人ともこちらに!」
 巴の視界が突然暗くなっていた。気付けば、ルエラのペガサスによってその場から避難させられていた。
 導とルエラに治療されていく中、距離を取ったところで理解した。死を覚悟したあの瞬間、駆けつけたシファ騎が棍棒を受け止めてくれたのだ。
 魔物を仕留めた小隊員たちが漸く導たちの元に駆けつけてきた。
 モナルコスの全てが腕や肩を破損して満足な状態ではなく、スニアやアマツも負傷している。無事なものは誰一人としていない。
 ここに、三小隊混合の12人が集結、一つ目巨人との戦闘が開始された。
 数においては圧倒的な優勢。12対1という普通ならば瞬く間に勝利できる戦闘状況。苦戦するとはいえ、必ず勝利できると誰もがそう信じて止まなかった。
「何なんだこいつは!?」
『トールさん、危ない!!』
「ちぃ!!」
「結界を張ります、こちらへ!」
『であ――――――!!』
「炎の鎖‥‥食いなさい〜〜!!」
「オ〜ラショットォォォ!!」「疾風斬!!」
 各々が持ちえる最大の攻撃で応戦していく冒険者たち。
 だが、そのほとんどの攻撃が並外れた再生能力によって修復していく。積み重なった攻撃は確実に蓄積し、ダメージとなって魔物を苦しめている。だが、それを積み重ねるのがどんなに困難か。
 上空に舞い上がった弓騎士スニアが巨人の頭上から渾身の一矢を放ち、巨人が初めて苦しみの咆哮を上げた。
 これに勝機を見出した冒険者たちが一気に最後の勝負へと出る。
 一撃を放ち、決死の二撃目の突撃を放つシュバルツ騎。
 大きく肉が裂け、悲鳴を上げる巨人が反撃とばかりに大棍棒を振り回し、騎体を大きく吹き飛ばした。
『これで‥‥!!』
 モナルコスに乗ったシファ騎が巨人に鎖を巻きつける。しかし、素手でゴーレムの装甲すらも粉砕する巨人の力は逆にシファを引き寄せ、制御胞目掛けて棍棒の突起を叩き付けた。
「シファ!!」
「シファさん!」
 上空のトール、ルエラが叫ぶ中、モナルコスが地面に沈んでいく。意識を失ったシファの命を断とうと巨人が大棍棒を振り上げる。
「放て―――――――!!!」
 二人が接近するより早く、鋭い風が地上を駆け抜けた。
 地上を滑走するのは10騎ほどの騎馬隊、先頭を走るのはベルトラーゼ。
 号令と同時に投擲の槍が脹脛に突き刺さり、巨人が思わず地面へと膝をつく。それを見たモナルコス、ロニア騎が背後から接近した。
 騎体の全てを力を押し出した大剣の一撃。背中に一文字を作った攻撃は巨人の敵意を倍増させる。
「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」
 頭上から垂直に、ロニア騎の頭部へと大棍棒が振り下ろされた。強烈過ぎる一撃は頭部のみならず、胴体の半ばあたりまでめり込み、モナルコスを半ばまで半分に粉砕した。
 制御胞間近までめり込んだ棍棒に、ロニアが冷や汗をかきながら、騎体を操作、巨人の棍棒を両腕で押さえ込む。ハッチを開放することで見えなくなった視界を無理矢理に確保していた。
『今のうちに!!』
「お手柄だ!」
「セクティオ!!!」
 トールのランスが首元に突き刺さり、ルエラの技が棍棒を持つ右腕の切断に成功する。
 なおも再生の兆しを見せる巨人に対し、二人は攻撃を仕掛けていく。
「ブラック‥‥ホーリー!!」
 暗い光が生まれ、巨人が苦しそうに身体を痙攣させた。瀕死の傷を負いながら、黙ってはいられないと、未だ回復できないクリシュナと巴の代わりに白が魔法を唱えたのだ。
「仁義礼智信厳勇、全ての徳を携えて!  輝け! 我が竜羽剣!!」
 アマツが剣を振るい、真空刃が胸元に大きな横傷を作り出す。
 それからも戦闘は継続していった。
 トールが強烈な一撃を放ち、再生しつつある身体をルエラが阻止、足元からレインフォルスとベルトラーゼ隊が牽制をしかけ、スニアとぼろぼろになった身体を酷使しながら魔術師たちが援護を行う。だが、それでも巨人は倒れなかった。
 永遠と続くかと思われた巨人との攻防。
 士気は下がり、倒すことは不可能なのではという絶望感が生まれ始める中、突撃した上空の三人に冒険者たちが最後の攻撃を続けた。
 棍棒の突起が掠り、中傷を負ったトール、ルエラ、スニア。一撃でも食らえば重傷は間逃れない。
 半ば強引に足元から頭へと、ルエラが足を刻み、反応した左腕をスニアの矢が押し止める。そして落ちてきた頭へとトールが全身全霊の槍の一撃を巨人の脳天へと突き立てることで、漸く巨人の動きが停止した。
「‥‥もう、動いてこない‥‥よな?」
 グリフォン『ストーム』の背を借りて力なくトールが離れていく。
 あまりの出血に立つこともできず、両膝をついた魔術師たちも悲痛な願いをこめて、動かない巨人の姿を傍観する。
 巨人は絶命していた。
 乾いた大地に膝を付いたまま、脳天を貫かれた状態のまま、まるで彫像のように動かない。
 大破したゴーレムの中から仲間の鎧騎士たちが足や手を引き摺りながらやってきて戦闘が終わったことを確認するや否や、次々に大地に膝をついていく。
 地面に転がった棍棒が、血に濡れて、てらてらと光っていた。ゴーレムの全長ほどあろうかという細長く、それでも人間数人の胴体分はあろうかという太さの大棍棒。
 誰もが実感をもてないまま、戦は終わっていた。
 カルマ撃破の報も入り、後方に控えていた『血飛沫の鋼』が撤退していくのも見える。
 敵ゴーレム大隊は精霊砲と大弩弓によってほとんどが破壊され、残った騎体もすでに戦場にはいない。カオス隊だったと思われる肉塊が地面に散らばり、赤とも黒とも言えない血と肉の塊がからからの大地に染み込んでいく。
 紛うことのない勝利。
 しかし、勝利を掴んだにしては、ここにいる者たちの表情はあまりに暗かった。



●残酷な世界
 戦終結の後、負傷兵たちがラケダイモンへと運ばれていく。
 カルマ破壊は成功し、多大な負傷者が出たものの、戦はメイの勝利で幕を閉じた。そういって間違いない。
 多大な戦功をあげながらも、瀕死の傷を負った白を初め、クリシュナ、導の三人はその場での治療が必要ということで救護班が彼らの元にやってきていた。
「お加減はいかがです?」
「‥‥ええ、随分良くなりました」
 第一小隊のスニアが、白の元にやってきていた。瀕死の状態からの魔法援護、彼女のホーリーフィールドが無ければ、おそらく魔術師隊は全滅していた。スニアを含め、上空の三人もただでは済まなかったろう。
「凄まじい戦いでした。‥‥これほどの戦は久しぶりです」
「‥‥まったくだ」
 後方に控えていたトール、ルエラが身体の血を拭きながら、小さくため息を漏らす。数々の戦に臨んできた二人だが、これほどのものは無かったと思う。
 白が立ちあがり、周囲を見渡す。
 血にそまった大地。ゴーレムの残骸。砲撃によって粉砕され、踏み荒らされた土はそう簡単には修復されないだろう。
「‥‥虚しいものですね」
 心の中で、スニアが同意した。
 メイ側が損失した兵は限りなく大きい。城壁は元に戻せるが、失われた命は帰ってこないのだ。
「愛民の面ではベルトラーゼさんの見解が、戦略の面ではベイレル卿の見解がほぼ正しい。一つの事実を異なる立場から見ているだけなのですから。とはいえ非戦闘員の流した血の量を考えるとやりきれませんね」
 無謀な作戦だったが、スニアの言葉通り、カルマと互角の戦闘を行える騎体がない以上、この作戦は非常に『効率的』なものだった。人を数字として考え、足し算引き算で物事を見た場合、評価されるのはベイレルの方だ。
 今回の戦だけではない。以前に南方地域の人々の救出に向かったベルトラーゼの行動も、その観点から見れば、非常に非効率的といえる。
「ふんっ、上位騎体を温存するために、俺たちが貧乏くじを引かされたというわけか」
 メイにおいてドラグーンはまだ実戦段階にはない。しかし、オルトロスを上回る上位騎体がないかといえば、そうではない。にも関わらず、このような非常事態にも関わらずその騎体を投入しなかったということは、高度な戦略的行動か、単に出し惜しみしたか、そのどちらかだろう。
「‥‥軍の上層部が腐っている、という可能性もあるかもな」
 トールに続き、ルエラが漏らした言葉。
 この惨状を思えば、それも可能性の一つとして切り捨てることはできない。


 躍動する時代は、どこに向かっているのか。


 残酷すぎる世界は、何も語ってはくれなかった。