【スコット領侵略】鷹と鷲(前) 第三小隊

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月20日〜09月25日

リプレイ公開日:2008年09月29日

●オープニング

 柵の向こうを、小さい影が動いていた。兵士たちのテントやゴーレム配備用施設で凹凸に溢れる地表の大地。その中でも一際大きな人工物、フロートシップの入り口に向かって足を進めていく。
(あれは‥‥)
 相手からも小さく見えるだろう自分の姿。それよりも更に小さな唇から声が漏れた途端、艦入り口の一歩手前から異質な空気が立ち上った。
 脳天を境に左右に分けられた金の長髪は、肉体の性に逆らうように生物的な嫌悪感を間逃れない。均等な角度で図られた時計版の文字のように、明確に計算してセットされた髪型が戦場という局地では否応なしに目立っているが、男にそれを気にする様はない。
 男がただ者ではないことは一目でわかった。
 風貌もさることながら、体中から立ち込める空気は殺気立つ兵士たちの気すら飲み込んでしまいそうなほどで、他の者たちがなぜ気付かないのか、不思議でならない。
 いつの間にか止まっていた男が、こちらを振り向いた。
 面倒臭そうに、嫌な仕事を押し付けられた時の自分のように、ゆっくりと流された顔にあったのは奇妙な笑み。一瞬でしかなかったのに、視線が合ってから男が再び歩き出すまでの時間が果てしなく長く感じた。背筋が凍る感覚というのはこういうのを言うのだろう。
 入り口で任務に従事している兵士の間を入っていったのを見送って、騎士は正面を向き直った。
 忘れかけていたが、隊長からの収集を受けてここに来ていたのだった。
「アストラ様、見知らぬ騎士、いや得体の知れぬ男が艦内に入っていきましたが‥‥」
「グランドラ戦の功労者だそうだ。その腕を買われ、此度も本国から派遣されてきたらしい。見て見ぬ振りをしたわけではない」
「だから何なのです? あのように我らの陣内を歩き回られ、悔しくはないのですか」
「口を慎め」
 ゴーレム大隊の分隊降下用として使用されるフロートシップ。旧型のものだが、積載量では最新型のものに劣ることはない。外装板に傷が目立つものの、それも戦場を潜り抜けてきた証ともいえる。
「お前たちは知らないだろうが、フェルンデス様から懇意を受けている人物だ。下手なことをすれば、首を落とされる」
「命を惜しんでいては、騎士は務まりません!」
「クシャル閣下からのご命令でもか?」
 思いもせぬ名前に青年は生唾を飲み込んだ。
 口にはしないだけで同様の疑問を持っていた他の騎士たちも顔を伏せた。近くで雷の轟きが落ちたように静まり返った場でアストラと呼ばれた騎兵隊副隊長は戦況を報告し始める。
 フェルナンデスによって『粛清』という名目で殺された者は百を越える。だが、胸に上がる名はそれすらも無いものとする。
 アストラを前に、以後口を開く者はいなかった。






「――――――――し、―――――――――――もしも〜し」
 執拗な声に、血の臭いが揺れた。
「‥‥てめぇは」
「てめぇは、じゃないっての。こんなところで何堂々としてるのかねぇ」
 これまでにも場所を考えろと散々忠告してきたが、当然この男が人の言うこと聞くわけがない。見つかったということに切羽詰った様子も窺えなかった。
「飯の邪魔されるのが嫌いだと、前に言っただろうが」
「あらま、それは失礼しました〜」
 楽しい食事を満喫していたのに、それを邪魔されたことで男の機嫌が悪そうだ。
 軽快に首を傾け、足元を見る。水溜りみたいに広がった血の流れに遡っていき、上流に見えたのは人間の足先。履いている靴やズボンからそれがバの一兵だとわかる。
「貴様が俺のところに来たということは、また命令か?」
 右手に掴んでいたものを邪魔臭そうにそのまま床に落とす。落とされたそれは息絶えた人間の頭。頭と体は繋がり、人型の姿を失ってはいないものの、腹ばいにひっくり返されれば、臓物が引きずり出されているのがわかる。既に意識はないようだが、口からは声らしき何かがまだ漏れていた。どうやらまだそんなに時間がたっていないようだ。
「あらぁ、あんたまだ人間じゃなかったっけ? こんな所を誰かに見つかったらただじゃおかないじゃないの?」
「知らんな。肉欲と性欲を同時に処理出来る、効率的な方法だと思っている」
 咀嚼していた何かを飲み込み、立ち上がる。吐き捨てられた唾には赤い血が混じっているが、それが男のものでないことは一目瞭然だ。
「前の戦いで負けちゃったことがそんなに悔しいのかねぇ。それ以上人間離れしちゃったら、軍の中に居られなくなっちゃうよん」
「てめぇほどいかれちゃいねぇよ」
 前から異常だったが、あのグランドラ戦以降、拍車がかかったようだ。己の力を最強と自負していたこの人物にとっては敗北という苦渋は耐え難いものだったらしい。
「用件は?」
「ああ、そうそう。金髪のお姫様から出撃の要請だよ〜ん♪」
「死ねと伝えろ」
 カオスゴーレム『カルマ』を駆って挑んだあの戦い、あの屈辱を清算しなければ先には進めない。そう自分自身で誓いを立てていた。
「そう言わずにさぁ、手伝ってやってよぉ。僕ちゃんの立場もちょっとは考えてくれない?」
「はっ、それもご主人様の命令というやつか。気持ち悪いんだよ、クソ野郎が。陰でこそこそやってる陰気なやつと仲良くするつもりはねぇ」
「そう言わないでよ。こっちはこっちで大変なのよぉ。やること多くてもう嫌になっちゃう」
 気持ち悪い、と素直にそう思う。口調だけではなく、その雰囲気も、仕草も、何もかもが人間離れしていて吐き気がする。狂気に囚われている自分を自覚しているが、こいつは自分以上だ。
 失せろ、と険しい顔で吐き捨てて男は再び食事に戻るべく背中を向けた。
「あんたが殺したがってたお坊ちゃんたちも出てくるみたいよ」
 男の動作が止んだ。その現金さに呆れつつも、金髪の騎士、ボルパールは喜色を浮かべる。交渉などする気はない。結果的に相手をコントロール出来ればいいのだ。
「確かだろうな?」
「もっちろん。こんなことで嘘をついたってあたしには少しも得はないじゃない」
「‥‥いいだろう」
「そうこなくっちゃ♪」
「貴様は出ないのか?」
「さっきも言ったでしょ〜。やること多くってさぁ、手伝ってくれると嬉しいんだけどなぁ♪」
「あの女のところに入り浸っていると聞いた。何の命令を受けた?」
「さぁ〜、私はただのご主人様のお使い係だしぃ♪」
 相変わらずのテンションではしゃぐ使いを、憎憎しげに睨み付ける。瞳に込められているのは誤魔化されているという怒りなどではなく、純粋な憎悪と嫉妬。
「それだけの力を持ってる野郎が、ぬけぬけとほざいてんじゃねぇよ。地位も、名誉も、血すら求めてねぇ。てめぇみたいな変態が一番安心できないんだよ」
「そんな怖い顔しないでよぉ。私はか弱い男の子よ♪」
「‥‥お付の『騎士様』とやらはどこにいった? お前が殺ったんじゃねぇのか?」
 帰ろうと背中を向けていた使いが、わざとらしく足を止めた。
 三日月のように裂けた口元は、当然のように鎧騎士、ドスロワ・グランカッツァには分からない。
 この使いの口を割らせるなど誰にも出来ないだろう。そんな行為は、天に唾を吐くようなものだ。
 床の死体に手を伸ばすドスロワ。
 それを確認してから、魔物からの使いたる男は扉の向こう側に消えていった。

●今回の参加者

 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)

●サポート参加者

奥羽 晶(eb7699

●リプレイ本文

●戦場の静謐
 正午とは、不思議な時間だ。
 規則正しく流れる絶対的な時間に従って、陽精霊は世界を照らし、月星は輝き、人は生活する。朝が来てその次に昼、そして夜。闇の中にはカオスの魔物のような邪悪な存在が蠢いているのだと人は自ら妄想し、それが真実であるのかすら確認することなく、暗黒の中に飛び込むのを控えてしまう。それとは対照的に昼間の中心に屹立する正午の中では、人は何の不安も抱くことなく積極的に行動する。光か闇か、両者の間にあるのはただそれだけの違いに過ぎないのにだ。事実、邪悪な存在は昼にも夜にも行動する。人もまた然り。闇の中に邪悪が存在するという思考は、人が生み出した想像でしかなく、その結果悪が闇に集結したに過ぎないというのに。結果と原因が逆であるだが、世界にそのようなことは関係ない。生まれ出(いずる)事象をただ呑み込んでいくだけだ。
 平和な正午の下で人が死んでいく。刃を前に互いの命のやり取りをする戦士たち。その数、実に数千にものぼる。
 大地を震わせる悲鳴と鋼鉄の打撃音。
 なだらかな丘の上に控えるのは18人の冒険者たち。生々しい戦争という事象を五感で捉えている彼らの心は、お世辞にも穏やかなものとはいえない。これから始まる任務のことを考えれば、その傾向は一層強くなっていく。
 メイの中でもトップクラスの装甲を誇るオルトロスが2騎。その制御胞の中でフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)がじっと身体を丸めていた。二の腕を掴んでいた手にぎゅっと力が込められる。バの再侵攻が開始された直後為された城塞都市グランドラ攻防戦。カルマの圧倒的な戦闘力を前に、その迎撃に当たった独立部隊は壊滅的な被害を受けた。そして彼女もその隊の一員だったのだ。グランドラの悪夢が蘇り、自然と背筋を寒くなる。今度こそ食い止めなければ。
 任務の目的はカルマの撃破。凄まじい戦闘力を持つカルマの力をもってすれば、戦線はあっという間に崩壊する。戦の勝敗は、ここにいる18名の冒険者に託されていた。
「質に量をぶつけるのは悪いわけではないけれど、今回は他に敵のゴーレムもそれなりにいるからそれだけじゃ厳しいと思うな。まあ、だからこそ作戦を立てたわけだけど」
 丘の端に足を進めた龍堂光太(eb4257)が憮然とした表情で呟いた。戦況は五分と五分。目標であるカルマの姿はまだ確認できなかった。この戦いで敗れれば、メイ側はオクシアナ山岳地帯以南の最終防衛ライン、防衛都市ラケダイモンまで退かざるを得なくなる。それは事実上、南方地域の統治権をバの侵略軍に奪われてしまうということ。そんなことを許すわけにはいかない。
「鎖ならば、十二分に用意して頂きました。作戦の実行に不備はありません」
 搭乗予定騎モナルコスの足元に転がっている鎖を見つめるのはシファ・ジェンマ(ec4322)。部位によっては彼女の胴体ほどありそうな太さを持つ鎖。工房員が言っていたように、これならばすぐに鎖が破壊されるということは無さそうだ。
 量産騎であるモナルコスやオルトロスでは、カオスゴーレム『カルマ』には到底叶わない。攻撃力、機動力、装甲、限界数値、あらゆる点で雲泥の差があり、撃破はおろか攻撃を当てることすら容易ではない。そこで冒険者たちが思いついたのが、鎖を巻きつけて動きを封じる作戦だった。先ほども述べたように、鎖の丈夫さに不安はない。問題は動きが止まった隙をついて攻撃を重ねられるかだけだ。
「とはいえ、本当にモナルコスの攻撃が当たるのでしょうか?」
「当たる当たらないではありませんよ。当てるんです」
 不安げ色を浮かべるシュバルツ・バルト(eb4155)に、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が力強い声で答えた。どんなに速い騎体であろうと、無理矢理動きを止めてしまえばどうということはない。そのために作戦を練ったのだ。それに、モナルコスがカルマの一撃で粉砕されてしまうことはグランドラ戦で既に証明されている。その教訓を活かして今回の作戦では数こそ少ないが、オルトロスでカルマの攻撃対応する作戦を取っている。実に効率的で実戦的な、良い案である。
「上空にフロートシップが出現! 敵ゴーレム部隊の降下も確認されております!」
「‥‥きたか。ようやく出番だな」
 スレイン・イルーザ(eb7880)がモナルコスに搭乗するのを見て、他の者たちもそれぞれに騎体への搭乗を開始する。
 やがて異質なゴーレムが戦場に降下をするのを確認。
 ベルトラーゼによる作戦開始の号令が放たれ、同時に三つの小隊が丘を駆け下りていった。





●再戦
 最前線で活躍するベイレル率いる傭兵師団。
 その中央部に降下したカルマの元に、ベルトラーゼ隊と三つの小隊は急行。すぐに戦闘は開始された。
 予想通りカルマの首に懸けられた報酬を狙った傭兵たちが、三小隊よりも先にカルマへと攻撃を仕掛けていった。しかし、何の統率もない傭兵たちの敵うような相手ではなく、カルマが爪を一振りする度に十人近い傭兵たちがその身体を横に真っ二つにされて絶命していった。そんな仲間たちの姿も、金に目が眩んだ傭兵たちにはさほど意味がなく、彼らは自ら死地に飛び込んでいく。
 それらの行動が邪魔になり、いつまで経っても作戦を開始できない第三小隊だったが、スニア・ロランドを初め第一小隊が傭兵たちを牽制してくれたおかげで傭兵たちの暴走は徐々に鎮火。地面に転がった無残な死体の姿も重なって怖気づき始めた傭兵が周囲から後退した機を見逃さず、即座に作戦が発動した。
 オルトロスに搭乗したベアトリーセとフィオレンティナが大盾をもってカルマの攻撃を凌ぎ、その間にモナルコスに乗り込んだほかの者たちが鎖を投げ付けていった。
 結果から言えば、作戦は成功だった。鎖の速度を遥かに上回る機動力と、飛翔能力から放たれるほぼ死角からの攻撃。何の作戦もなければ、その強烈な攻撃でものの数分で全滅していた第三小隊だったが、他小隊の援護に加えてオルトロスに搭乗した二人が操縦技術も然ることながら、周囲や自分の取るべき行動を頭の中で明確に想定していたため、カルマの猛攻を見事に凌いでいく。二人の放つフェイントアタックの連携に、シファの果敢なそれも重なって力任せのドスロワは完全に翻弄されていた。得意の怪力で盾をぶち壊そうにも、高い重量と防御力、オルトロスの持つ性能を遺憾なく意識した動きを見せる二人を崩すには決め手が足りない。時折放たれる攻撃をわざと受け止めてカウンターを仕掛けようにも、それではどうぞ鎖を巻きつけて下さいと言っているようなもの。ご馳走を前に、檻の中に閉じ込められた猛獣のように、ドスロワはただ悶えていた。
また他の二小隊の活躍によりゼロ・ベガはとっくに破壊され、残るバグナの撃破も時間の問題。後はカルマ残すのみ。
『うぜぇっ!!』
 絡み付いた鎖を逆手に取り、フィオレンティナを引き寄せようとしたが、それを逸早く察知したベアトリーセが彼女の騎体にしがみ付き、重量を利用して阻止した。同時にシファが攻撃を仕掛ける振りをして注意を逸らし、その隙に体勢を立て直す。見事な連携プレーだ。
 カルマの動きが確実に鈍っていた。絶えず鎖に狙われる緊張感に、動き続けなければならない状況がドスロワの神経を、削っているのだ。
 焦れたドスロワが特攻してオルトロスの防御壁を破壊しようと、獣のようにしゃがんだ。だが、その止まった一瞬を狙い放たれたシファの鎖が巻きつき、それから次々と放たれたスレイン、龍堂の鎖がカルマの動きを封じ込める。
『シュバルツさん!』
『この一撃に全てを賭ける!』
 ひたすら機会を窺っていたシュバルツのモナルコスが巨大な斧を両腕に掴み直すと、カルマ目掛けて一気に突撃した。
 ドスロワが迎撃しようと意思を送り込むが、鎖で雁字搦めにされ、ゴーレムの重量を錘に封じられた騎体はぴくりともしない。
 最早回避不可能と察したドスロワが咄嗟に背中の翼で胴体をガードする。しかし、渾身の力が込められたシュバルツの一撃は翼を粉砕し、カルマの肩口にまでめり込んだのだった。




●異界の魔獣
『‥‥なに、あれ』
 念願のカルマの撃破を目前にして、心震えるフィオレンティナの瞳に異常な光景が映っていた。
『どうかしたか?』
『‥‥‥‥何だ?』
 龍堂が顔を上げ、スレインがそれにつられて上空を見上げる。
 戦場のあちこちで疑問の声が上がっていた。戦の真っ只中にも関わらず、あちこちで戦闘が停止している、
 怪訝な瞳で上空を見上げるメイの軍勢。だがそれはバの兵士たちも同様だった。
 巨大なフロートシップ群が上空を覆っている。バ軍所属のものに他ならないのだが、全くの予想外なのか、バの軍にも動揺が広がっている。
 戦は終盤に差し掛かっていた。両軍ともに策を出し尽くした。既に敵ゴーレム大隊は降下を完了し、メイ側も当然全ゴーレムを投入し終えている。見た限り、地上に攻撃兵器は装備されていない。
 戦争を経験したものならば、この異様な光景に気付かない者はいないだろう。これだけのフロートシップが、しかも熟練の弓使いならば、地上から甲板を狙えそうなくらいの低高度にいる。普通ならありえないことだ。
「何が始まるって言うの?」
 大盾を構えるのも忘れて、ベアトリーセがそう呟いた時だった。
 不意に、全てのフロートシップの後部ハッチが一斉に開放される。あまりの壮観に、敵味方関わらず一部からは喚声が上がり、素直に感嘆する者も現れた。
 だが、一時の平和に包まれていた戦場は叫喚することになる。
『‥‥なっ』
『あれ‥‥は』
 ハッチから落とされた大きな何かが地面に激突し、ドォンッという巨大な音が戦場のあちこちに沸き立っていく。
 投下された巨大な何か。
 それは‥‥
 ロニア・ナザック率いるゴーレム第二小隊がかつて太古の森と、カオスの穴付近の施設で目撃した、あの突然変異型の化物に他ならなかった。
 あまりの突然の出来事に、両軍の兵士たちはまったく反応できない。
 だが、そうこうしている間にも、異質な化物は両腕を縛っていた鋼鉄の手錠を引き千切り、ゆっくりと身を起こしていく。
 そして、魂の根源を震わせる、化物の咆哮が戦場に鳴り響いた。



「オオオオオ―――――――――――――――――ッ!!!!」



 止まっていた時が一気に動き出し、戦場に悲鳴と絶叫が響き渡った。
 巨大な棍棒を振り回しながら、猛烈な攻撃を仕掛けてくる化物に混乱し、まともな反撃もできないメイ軍の陣形が次々に崩壊していく。一方、バの軍も自軍への損害はほとんどないものの、どうしてよいか全くわからないといった状態だ。
「オオオオオオッ!!!」
 化物の攻撃とは反対に、混乱したバ軍の攻撃は停止していた。アナトリアやマリクが高い指揮能力を発揮して陣形は立ち直りつつある。ここで戦線崩壊を防げば、まだ反撃の機会は残されていた。
 狂ったように突撃してくる化物に、第三小隊が正気を取り戻し、すぐに応戦を開始する。だが、カルマ以外の降下部隊など、全く想定していなかった冒険者たちは、まともな反撃を行うことは敵わなかった。
『まずいっ、オルトロスの二人はカルマを‥‥!』
『シュバルツさん!!』
 龍堂が指示を飛ばすよりも早く、既に正気を取り戻していたカルマが起き上がり、最も近くにいたシュバルツの制御胞を貫いた。
『ちぃっ!?』
 臨戦態勢を取ったスレインだったが、盾を超えて潜り込んできた爪が頭部を粉砕、とどめに離れた稲妻のような蹴りが搭乗者のいる胸元を叩きつぶす。慌てて剣を取った龍堂だったが、その視界には後ろの化物が入っていなかった。
『ぐぁううあっ!?』
 ゴーレムの武器に遜色劣らない巨大な斧が、モナルコスの肩を粉砕した。龍堂が後退気味に剣を振るったが、すぐに傷は再生してしまう。突撃してくる化物の肩に刃が突き刺さったが、その行動を止めるには至らなかった。
 崩れ落ちる三騎のモナルコス。それを見たシファが一目散にカルマに真正面から突っ込んだ。
『シファさん!?』
『三人を回収して下さい。私が足止めします!』
『そんな、無理だよ!』
 フィオレンティナの静止も聞かずに、シファのモナルコスが突撃する。第一小隊に猛攻を仕掛けていたドスロワだったが、新たな獲物が自ら飛び込んできたことに標的を変え、凶悪な左の大爪が振るわれると、簡単に右腕が吹き飛んだ。
『くっ!!』
 もう一つ、右の大爪がシファの乗る制御胞に迫ってくる。しかし、それをあえて自ら受け止めることで威力殺したシファは何とか戦闘不能に陥るのを回避する。同時に捨て身の覚悟で突進していた彼女の騎体は、そのままカルマの巨体に体当たりをして吹き飛ばした。
『はやく、皆さん今のうちに!』
『このガ‥‥キ‥‥っ!』
 ぼろぼろになったシファに止めを刺そうとしたドスロワだったが、不意に強烈な眩暈が襲った。稼働限界が迫ってきている前兆だ。普段ならばあと20分以上の行動が可能だったが、鎖の用いた作戦によっていつも以上に体力と精神力を疲労していたことが原因だった。
「くそったれが‥‥っ」
 とはいえ、まだ10分近い稼動時間が残っている。予想以上体力が減少しているが、少し休めばまた戦線には復帰できる。
『三人を回収しました! 早くこちらへ、撤退します!』
『あとはワタシに任せていいから、急いで!』
 互いにコンビネーションで無敵の化物の攻撃を凌ぎつつ、瀕死の三人の回収に成功したフィオレンティナとベアトリーセが、シファの後退を促す。
 既に戦の勝敗は見えていた。化物の攻撃に耐え、反撃しつつあるメイ軍だが、三小隊は予想外の事態に化物の攻撃をほぼ無防備で受けたため、最早カルマを撃退できる力は残されていない。見たところ、今は動きが止まっているが、カルマもすぐに回復してまた攻撃を開始するだろう。
 化物の攻撃を往なしながら、三小隊が後退していき、運よく第二小隊に化け物の弱点である炎を扱う魔法使いがいたため、十分な対応が可能であり、戦線を離脱した冒険者たちはそのまま戦場を後にするのだった。



●戦の跡
 かくしてモルピュイ平野の戦はバの勝利で幕を下ろした。
 一時混乱したバの軍だったが、カルマの参戦によってメイの戦線が崩壊したのを見るや否や、攻撃を再開。これによってメイ軍の敗退は確実となり、ラケダイモンまで後退することを余儀なくされた。
 ベイレル・アガ率いる傭兵師団は多大な損害を受け、アナトリア率いる西方騎馬隊も被害は大きい。
 突然出現した化物による損害も大きかったが、やはり戦線に躍り出たカルマの攻撃も無視はできないだろう。
 モルピュイ平野戦の後、バの軍は部隊を再編し、すぐに進軍を再開する。目指すは勿論、南方地域最終防衛ライン、ラケダイモン。
 オクシアナ以南の命運をかけて、ラケダイモンで再び決戦が為されることになる。