●リプレイ本文
●空中戦
(見えた。1、2‥‥4隻!)
グライダーの操縦席でシファ・ジェンマ(ec4322)が落下防止に作られた側面の縁を握る手に、力を込めざるを得なかった。
防衛目標ラケダイモンから数キロの上空。
突然変異型モンスター『カオス隊』に奇襲を仕掛けるべく、出撃した航空隊。3騎のグライダーと2騎のペガサス、何れも冒険者三小隊に所属する者たちであり、並の航空隊では歯がたたない猛者揃いだ。
シファが述べた4つの影とは勿論鳥などではなく、フロートシップ。降下用モンスターを積んだものを指す。側に護衛として飛行する敵グライダーの大きさから比較するに、敵艦の巨大さがありありと実感できる。後ろの雲に黒い影が見え隠れしているところを見るに、あの4隻は全体のごく一部といったところだろう。
5mを越すゴーレムとも互角以上に渡り合う化物を積荷とするほどの船だ。通常の攻撃ではびくともしない。それどころか、接近の際、誤って翼でも接触させれば墜落することは明らかである。
「まるで蟻と象の戦いですね)
例えるシファに、アマツが後部座席から身を上げた。
「臆することはない。戦とは身の大きさで勝敗が決するものではなし‥‥天よ地よ、火よ水よ‥‥我に力を与えたまえ!」
抜きさった剣を正面に突き出し、己を奮い立たせていく。
「左様。私たちは機関部に攻撃を集中する。クリシュナ殿、炎は頼んだぞ」
「了解です! アマツちゃんに負けていらないですよ〜!」
騎体を加速し始めたグレナム・ファルゲン(eb4322)に、後ろに乗るクリシュナが声を上げた。
「ホーリーフィールド展開と同時に射撃をお願いします。甲板に敵兵が集中しているはずですから、俺たちはその対応に向かいましょう」
あれだけの大きさならば、甲板の広さもかなりのものだろう。優に20人近くが配置につけるはず。船体に大きなダメージを当てられないスニアだが、人間を相手に最も堅実な戦績を上げられるのも導とスニアのペアの他にない。
「私たちも張り切って行かないとね!」
一番後方を飛行していたフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)も騎体に力を込める。
「‥‥この戦い、負けれないもの」
「もう後はありません。ここで少しでも敵を減らしておかないと」
エルはストーンのスクロールだけを拡げて、操縦するフィオレンティナを向いた。彼女の表情には、この戦に臨むに当たる決意が見て取れる。
「船に大穴を開けて差し上げます‥‥飛び散った破片に当たらないよう気をつけてくださいね」
「そこから火を投げ入れれば、確実に着火は成功します。ハッチでそれができれば、上手くいきそうですね」
「任せて下さい。魔物どもを降下前に起こして上げましょう」
5つのペアの中で最高の攻撃力を誇る白がシートに座り直す。護衛騎との戦闘が始まれば、結構な斜度の体勢が数分に渡り続くこともある。落ちれば、当然命はない。
「グライダーは俺たちが相手します。皆さんはフロートシップを狙って下さい! ‥‥墜落するのは敵艦だけで!」
導の声を合図に、5つの飛行物体が自らの数百倍はあろう艦影へと飛翔していった。
●地上部隊出撃
心臓の音がうるさい。
木々を頭上に片膝を付く搭乗騎オルトロスの前で、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が一人緊張を強めていた。
先ほど戻ってきたベイレルの側近によれば、先発した航空隊は3隻ものフロートシップを撃破したとのこと。討ち漏らした敵艦は突然変異型モンスター、カオス隊を城壁内外に投下。都市の方向からは精霊砲の砲撃音が聞こえてくる。
「もうすぐ出撃です。各自搭乗を行って下さい」
「了解だ。ロニア卿はどこに配置する?」
「モナルコスではカルマに対応することは難しいでしょう。私はカルマ周辺の部隊に対応するつもりです」
目を伏せてあくまで冷静なロニアを、スレイン・イルーザ(eb7880)は静かな瞳で見つめる。口調とは裏腹に、このような重要な戦に臨み、己の無力さを痛感しているのがよく分かった。
それを察していたベアトリーセもゆっくりと腕を組んだ。いつもの陽気さはない。腰に下げた剣を僅かに引き抜くと刀身に反射した陽光が網膜に焼きついた。
「刃こぼれでもあるのか?」
「‥‥トールさん」
「少しだが、時間はある。不安があるなら、シャルグの旦那に見てもらったらどうだ?」
いつの間にか第二小隊のトールが側にやって来ていた。話題に出ていた第一小隊のシャルグの巨体をその後ろに見ることができる。
「いきなりのお越しとは、どうかなさいましたか?」
「別に。戦う前から死にそうな顔をしているから、気になっただけだ」
「‥‥‥‥‥‥素直に心配だから来たと言えばよろしいでしょうに」
シャルグと同じ隊のファング呆れた口調で嘆息をつく。
「ファング殿、どうか致したのか?」
「用と言うほどではありませんが、こうも人が集まっていれば、誰でも気になりますよ」
言葉の意味が判らず、ベアトリーセが周囲に首を巡らすとこれまた知らぬ間に、周囲に人が集まっていた。上空で戦闘中の者たちを除く冒険者三小隊員、その全員が、だ。
「皆さん、作戦に気になる部分でもありましたか?」
「特には‥‥ですが、出撃前にこうして集まるのも一興でしょう」
シュバルツ・バルト(eb4155)の声に、集まった8名、ロニアを含め9名の勇士たちがそれぞれに頷いた。
‥‥いや、これで10名だ。
「どうやら‥‥私で最後のようですね」
「遅せぞ、ベル。おめぇが遅れてどうすんだよ!?」
巴の嬉しそうな叱咤に、騎馬小隊長ベルトラーゼが微笑を浮かべてやっと姿を現した。冒険者たちとは別小隊として行動する以上、作戦行動に支障をきたしてはならないと、余計な接触を避けていたのだが、どうやらそれも限界だったらしい。
ベアトリーセ、スレイン、シュバルツ、トール、シャルグ、ファング、巴、レインフォルス。
地上部隊として出撃する8名を前に、ベルトラーゼは口を開こうとはしなかった。
真っ直ぐに向けられる瞳は緊張や戸惑いを秘めたものではなく、生死を賭けた極限の戦に臨む者たちと、互いの決意を確かめようとしているように思える。
それが真実であるのか、確かめる術はない。分かったのはここにいる10名の勇士たちのみである。
「そうだっ」
ぽんっといつもの陽気さでベアトリーセが両の掌を胸の前でうった。
「折角集まったんです。いつもみたいに、ベルトラーゼに出撃に当たりお言葉を頂きましょうよ♪」
『武運を祈ります』くらいの台詞を言ってさっさと配置場所に戻ろうとしていただけに、ベルトラーゼの表情が固まった。
「是非お願いしたいですね」
「ふむ、そうすれば、皆も気合が入ると存ずる」
「そうですね、面白そうです」
「ファングさん、それにシャルグさんとシュバルツさんまで‥‥」
「いいじゃないか。けちけちするな」
「できるなら、航空隊の連中がいる時にやればもっとよかったんだが」
「男ならドーンっとカッコいいこと頼むぜ!」
トール、スレイン、巴が煽り、とどめと言わんばかりにレインフォルスがわざと聞こえるように呟いた。
「‥‥出撃3分前」
「‥‥‥‥うっ」
目を輝かせて(?)待つ8名。よく見れば、すぐ近くに配置されてあるモナルコスの麓でロニアがちゃっかりとこちらを見ている。
逃げられないことを悟ったベルトラーゼが覚悟を決めたように肩を下ろす。困った心持ちとは反対に、その口元には小さな笑みが浮かんでいたことを本人は知らない。
彼らが望むものは何だろうか
勲章?
名誉?
地位?
金?
強力な武具?
‥‥否、それらも良いがもっと大事なものがある。
「―――――――無事の帰還を。貴方がたの勝利を、信じます」
生きて帰ることの誓い。
そして、信頼。
呼応の声が山々に響き、作戦が開始された。
●巨人の戦場
砂塵が舞う。
百にも至る戦を経験したラケダイモン周辺に、緑はない。人馬の蹄に踏み荒らされた大地は荒れ、そこは荒野が広がっている。
怒号と悲鳴、火柱と粉塵が巻き上がる戦場に向け、決死隊が進軍する。
ゴーレムを越えるラケダイモンの城壁。
数十の敵ゴーレム大隊が盾を前に、整然と横一列の陣形を保ったまま接近していく。
城壁の麓では航空隊が討ち漏らしたカオス隊、突然変異型モンスターが石の城壁を突き破るべく攻撃を仕掛け、異常な破壊力に城壁は確実に削られていた。
一方、城壁側でも雨霰のごとく精霊砲が火を吹き、大弩弓の巨矢が唸りを上げる。マリク率いる魔術師中隊も強力な広範囲魔法を発動させていく。
同時に後方に控えたバの重装隊『血飛沫の鋼鎧』も同様の兵器で城門へと砲火を放ち、応戦する。
互いに向かう砲火の雨。ゴーレムの装甲を打ち砕き、巨大な化物の肉を殺ぎ、強固な城壁を粉砕する。生身で一撃でも受けようものなら、重傷瀕死は間逃れない。鳴り止まぬ轟音は大地の悲鳴のようだ。
人智の結晶である『兵器』による猛攻に次ぐ猛攻。人間如き小さな存在が入り込める領域ではない。
天に届くが如き城壁、人型兵器ゴーレム、それに匹敵する魔物群、鋼鉄の攻城兵器、魔法による爆炎。
『巨人の戦場』(ジャイアント・ウォー)。
人ならざるモノたちで犇くこの戦いはそう呼ぶに相応しい。
巴のオーラショットによって抉じ開けられた戦線より冒険者たちは突入、戦闘は間も無く混戦へと突入した。
城壁の精霊砲によって運の悪かった者たちが火達磨になって倒れ、ある者は大弩弓の矢に胸を貫かれ絶命する。だが、決死隊の猛者たちは怯むことなく敵部隊の中へと殺到する。巨大なゴーレムの間に入ってしまえば、砲火の盾にできるという目論みもあるが、決死隊突撃後も城壁からの砲火が止まらないことは全員が承知済みの内容だったからだ。
戦況は五分と五分。ゴーレムと生身の者たちの勝負だが、それでも五分である。
熟練の騎士、歴戦の傭兵、達人級の魔法を操る魔法使い。騎馬に跨った騎士たちが攻撃を撹乱し、傭兵の鉄槌が脚部を砕き、鉄をも溶かす魔法の火球がゴーレムの装甲を溶解させる。人型兵器の強烈な攻撃に、二回と耐えられない生身だが、それを圧倒するほどの戦闘力が決死隊にはあった。
20の小隊の中でも一際高い戦闘力を誇る5つの小隊。ベイレル隊の傭兵小隊、ベルトラーゼの騎馬小隊、そして冒険者の三隊である。
ゴーレム大隊の足元を駆けつつ、その攻撃を掻い潜り、冒険者たちがひた走る。
彼らの狙いは前線指揮官たるドスロワが搭乗する『カルマ』のみ。
カルマの元に到着した時、すでにベイレル小隊が戦闘を開始していた。
驚くべきことだが、ベイレルがカルマを相手に優勢のことを運んでいた。
荒れくれ者の多い傭兵たちの中でさすがは讃えられているだけのことはある。カルマの巨体を真正面からベイレルが対峙し、鉄槌を背中に盾を持った屈強な傭兵が側で補助として控え、後方には魔法使いらしき男女が二人、ファイアーボムによって牽制を仕掛けている。
冒険者たちもすぐさま参戦、予め練っていた作戦に従ってそれぞれが己の役目に取り掛かる。
第三小隊のオルトロスに搭乗したベアトリーセと共にシャルグがオーラシールド片手に防御に徹し、ファングがベイレルと肩を並べて襲い掛かる。加えて上空からはトールがグリフォンを操り、果敢な攻めを見せる。
戦いはこちらの優位で進み、上空の奇襲部隊が合流したことでそれは確実となった。
邪魔となる周囲のゴーレムや化物は、三小隊で選ばれた者たちが対カルマの邪魔にならないように攻撃し、その間にベイレル隊と共にカルマに傷を与えていく。強靭な金属の表面には幾つもの傷がつき、カルマは確実に疲弊していた。
三小隊の巧みな連携があったからこその展開であった。互いの動きを把握し、攻守共に穴ができないように互いに連携して戦を運ぶ。呆気ないと思えるかもしれないが、18人もの冒険者たちが見せる見事な連携の前では、さすがのカルマも苦戦を強いられていたのである。
『シュバルツさん!』
『突撃(チャージ)!!!』
ロニアの盾が突然変異型の化物が放った大斧を受け止め、空いた懐へとシュバルツの一撃が叩き込まれた。
底のない耐久力によって尚も止まない攻撃が炎によって息の根を止められる。
「ぃよ〜し、効果抜群〜っ!!」
「クリシュナさん、調子に乗って結界の外へ出てはなりませんよ」
「わかってるッスよ!」
『スレインさん!』
『了解!』
シファの鎖がバグナを絡みとり、そこへとスレインの一撃が突き刺さる。
対カルマ部隊の優勢が進む中、周辺対応班も順調に戦果を挙げていく。
やがて、戦場に広まった甲高い音響の波。
ファングの一撃がカルマの胴体表面の装甲を破壊した音だった。
●世界に見捨てられたモノ
「浅いか。外装は破壊した! 後は制御胞内部にいるドスロワを倒すだけだ!!」
陽光に煌く得物を掲げ、ファングが雄々しく声を上げた。
打ち砕かれた装甲の間から、搭乗者であるドスロワの姿が見ることができる。
(‥‥‥‥何なのだ‥‥)
冒険者たちが殺到してくる中、制御胞内部でドスロワはぐったりと項垂れたまま、戦意を無くしていた。あれほどまでに激しかった闘争本能はどこにいったのかと自問自答するが、答えは出ない。
(なぜ、こんなことになった‥‥)
(戦いを望んでいたのは俺でないか‥‥。それなのになぜ、おれはこんなにも迷っている?)
真摯な心が、ドスロワに語りかける。
手加減したわけではない。勝てなかった言い訳ではない。確かに相手は強い。
だが、何かが枷となっているのは確かだ。
最強の騎体と謳われたこのカルマを与えられ、人間を越えた存在になるためにカオスとも契約をした。それでこの世に勝てない存在はいないとそう確信していた。
今対峙している者たちと戦い思ったのは、自分が最強ではないのだということ。生まれて初めて味わう屈辱。強いられた苦渋がこんなにも心を苛立たせるものだとは思いもよらなかった。
破壊。
混沌。
死。
孤独。
仲間からも見捨てられ、それを承知で自ら孤独の生を歩んできた。
その果てに掴んだ結果がこれか?
こんなあっさりと、俺は死んでしまうのか?
思い浮かぶのは過去の記憶。
騎士として、民のために、祖国のために、戦乱の世を終わらせてみせると意気込んでいた若かりし時の自分。
そのために圧倒的な力が必要だった。
人は弱く、例え数百人の強き仲間がいようとも、乱世を統一することは叶わない。それほどに世界は広く、冷たく、残酷だったから。
戦に破れ、最愛の仲間たちの骸に囲まれながら死を覚悟していた時、それは言った。
望みを叶えたくはないか、と。
人であることをやめるのと引き換えに、人を超えた力を手に入れた。
人間がどんなに団結しようとも、手に入らない力を用いてこの世界を統一する。
そう、それがあの時、やつの前で誓ったことだ。
いつからだ?
なぜ忘れていた?
肉体も魂も、人であることすら捨てて、やっとここまで辿り着いた。
終わる?
こんなところで?
全てを賭けて仲間たちの罵声すら厭わない覚悟できたこの俺がこんなところで終わりを迎える?
これが世界の望みだと、そういうことか?
それが貴様の望みであるというならば――――
「―――――――――――――っ」
沈んでいく意識の底で
灼熱の傲炎が、弾けた。
誤解されがちだが、カオスの魔物と契約を結んだものは契約後も人間であり続けることが多い。
契約は種族と理性の喪失ではなく、人間の枠組みから抜け出るために必要な架け橋の構築に近いものであり、肉体的な意味で契約した存在が己の種族から離脱するには相当の期間と大量の魂が必要となる。
一見無秩序に見えるカオスの魔物たちの中には、一種の階級主義が浸透しており、下位の魔物たちは上位の魔物たちに絶対の服従を強いられる。同様に、契約した人間の地位は主である魔物の召使いや手先という枠に当て嵌められ、同様の服従を強いられることになる。ドスロワも例外ではなかった。
国への忠誠とバの武力による統一と平和。
崇高な理想に起因する気高き魂を持っていたがゆえに、ドスロワはカオスの魔物から契約を持ちかけられ、彼の存在は歪んだ思想の元に捻じ曲がった理想実現に向け、実に良き働きを見せた。収奪した魂はすでに百にも登り、彼の肉体は人ならざるものへと着実に近づいており、そしてそれは主である魔物の目論見通りのことでもあった。
だが、『罪と業』という搭乗騎の名称がこの者の暴力の源であったことは、カオスのものどもすらも測りえぬ偶然であったという他ない。
この時起こった現象が、混沌との契約によるものかは定かではない。
ただ一つはっきりしていること、
それは荒野に響き渡った百獣の如き雄叫びが、この人間、ドスロワ・グランカッツァが精神の根源的な意味で人間という種族から解放された瞬間であった、ということである。
「ひゃ はは は は はははは!!!!!
は は ははは !!!!!!!」
布陣していた3騎のゴーレムが、揺れた。
制御胞の厚壁に守られているはずの操縦席が軋んでいる気がする。
理不尽な世界という親に対して、子供が泣いていた。その純粋無垢な痛みがゆえに、その苦痛は他者である者の魂にも食い込んでしまう。
言い知れない震えが身体を襲う。
狂気と憤怒、崩壊した自我と崩れ去った理想があの騎体に異常な力を分け与えている。グレナムは直感的にそれを感じていた。
狂笑の波が止み、大地が静まり返る。
来る!
誰もがそう確信し、構えを取る。
「――――――――っ!」
冒険者たちに戦慄が走る。
跳躍。
片翼がないことは把握済み。膨大な脚力によって飛翔と変わらぬ高度まで上昇したカルマの咆哮が降り注ぎ、凶悪な爪が重力に引かれて落下してくる。
シャルグとオルトロス二騎が弾けたように横へ跳んだ数秒後、落雷の如き轟音が周囲に鳴り響いた。
突き立った大爪を中心に、大地が崩壊していた。岩が砕け、外縁部が隆起し、騎体の重量を推進力に放たれた一撃は平坦な大地に巨大なクレーターを生み出していた。
驚きを声に出す暇もなく、着地とほぼ同時に弦から弾かれた矢のように、鋼の巨躯がオルトロス二騎に迫る。
「ここはやらせんぞ!」
間に入ったグレナムのモナルコス。
氷の上を滑るようにカルマが減速することなく滑走してくる。肩から先を背中に付けるかのように仰け反らせ、全身の力を腕から先に凝縮させる。
どんな速かろうとこれだけの距離があれば反応はできる。盾を前に、騎体を犠牲にしてでも一撃を受け止めようとグレナムが身構えた。
突き出された、一撃。
「―――――――!?」
精霊砲すら弾き返す盾が、中心から粉砕されていた。
雷光の如く突き出た爪が大盾を貫通し、制御胞にいたグレナムの身体に直接突き刺さる。幸運と言うべきか、肩あたりめり込んだ大型の爪。胴に当たっていれば、命はなかった。
『グレナムさん!』
フィオレンティナ騎が駆け寄ろうとするよりも早く、その懐へとカルマが潜り込む。あまりの速度、身体全体が肉眼で捉えきれないほどのスピードで気付けば、自身の乗る制御胞向けて混沌の爪が迫っていた。
盾を犠牲に何とか回避、距離を取ろうと後退させた脚部を震動が襲う。
『‥‥‥‥う、え?』
体が傾いていく。大地とほぼ水平になるよう設計されたはずの操縦席が傾いている?
そうではない。カルマの水平蹴りに近い足技によってオルトロスの脚部が粉砕されていたのだ。
(―――有り得ないっ)
ベアトリーセが制御胞の中、心の中で叫んだ。
過去最強と謳われるカオスゴーレム『カルマ』、その力と速度の恐ろしさをまざまざと見せ付けられ、非現実的な現象に頭がついてきていない。
武器もなしに足蹴りによってオルトロスの脚部を破壊する。しかも片方ではなく、両足。足を失った騎体は地面に倒れ落ちている。
『――――!』
何度瞬きをしても現実は変わらない。雷の如く突進してきたカルマの爪が空気に火花を散らせるかの如き勢いでベアトリーセ騎の胴体に迫る。身を退いて回避。一切の防御姿勢を崩さず、そのまま体勢で後退するも槍にも似た右足の一撃によって盾の表面が凹み、騎体ごと数メートル吹き飛ばされた。
止まることを知らない猛攻。その様はあらゆるモノを灰と化す灼熱の炎を連想させた。
●巨人
ドスロワ覚醒とほぼ同時刻、戦場に異変が起きていた。
きっかけは墜落したフロートシップ。いや正確にいうならば、その後部に積まれていた化物だ。
周囲を一瞥すれば、カルマ以外の部隊の対応に当たっていた冒険者たちが近くの者と臨時の小隊を組み、個別に応戦している。
モンスターの数は全部で5匹。その内一匹だけこれまでとは違う化物が混じっていた。
従来の魔物4匹と戦闘しているのは、アマツ、巴、スニア組、シュバルツ、スレイン組、トール、シファ、ルエラ組、そしてレインフォルス。
一方、新種の化物の対応に追われているのは、導、白、クリシュナという魔術師組。
新種の魔物は明らかに従来の魔物と異なっていた。飛び出した骨や肥大化し過ぎて飛び出した筋肉など、従来の化物はその異常性ゆえに、肉体の均等が全く取れていなかった。部位のバランスが崩れ、口だけ異常に発達して奇妙な牙を縁として円状に開いた花を思わせる口などはその代表例だ。それに比べてこの魔物は肉体の均等が取れている。両肘と肩から突き出た白骨は曲線を描いて鎧の飾りのように身体を装飾し、膨れ上がった二の腕の筋肉は身体の負担になることなく、強大なパワーを化物に供給している。二つ目がつながり、一体化した一つの目は『一つ目巨人(サイクロプス)』と呼ばれる魔物を連想させる。ゴーレムを越える巨大さと剛体は一つの種として確立されているようにも思える。
最も早く化物を撃退したシファ班が戦場を移動、魔術師隊への合流を急いでいた。
「シファさん、騎体の状態は?」
『‥‥制御胞の一部が潰れましたが、行動に支障はありません。大丈夫です』
化物の棍棒を胴体で受け止めた際、装甲を突き抜けた衝撃で頭を内壁で打ち、出血が生じている。暫くは問題ないはずだが、止血しようにも手段がない。幸いなことは、ゴーレムの中にいるので周りに怪我がばれないということだ。
辿り着くと同時に、見えてきたのは危機的光景。
強力な結界を使い、度重なる危機を救ってきた白もその凄まじい攻撃をで瀕死の傷を負い、地面を血に染めて横たわっている。他の二人も重傷の傷を負い、巴が身を犠牲にして巨人の大棍棒を受け止めている。そして、巨人は今まさに二撃を振り上げていた。
騎体を最高速度まで加速させ、逸早く到着したシファが巴の頭上から振り下ろされた一撃を受け止める。
『トールさん!』
「いちいち言われないでわかっている!!」
「二人ともこちらに!」
ルエラがペガサスを使って負傷した者たちを迅速に救助、回復役の導が各員の治療を行っていく中、シファが新種の巨人と対峙する。
大棍棒の一撃は強烈。モナルコスを越える巨体が携える肉体とパワーは苛烈。
受けることを前提に攻撃を凌ごうとするシファも、長くはもたないことを予感する。
暫くして魔物を仕留めた小隊員たちが漸く導たちの元に駆けつけてきた。
モナルコスの全てが腕や肩を破損して満足な状態ではなく、スニアやアマツも負傷している。無事なものは誰一人としていない。
ここに、三小隊混合の12人が集結、一つ目巨人との戦闘が開始された。
数においては圧倒的な優勢。12対1という普通ならば瞬く間に勝利できる戦闘状況。苦戦するとはいえ、必ず勝利できると誰もがそう信じて止まなかった。
「何なんだこいつは!?」
『トールさん、危ない!!』
「ちぃ!!」
「結界を張ります、こちらへ!」
「炎の鎖‥‥食いなさい〜〜!!」
「オ〜ラショットォォォ!!」「疾風斬!!」
集結した冒険者たちがそれぞれに攻撃を開始する。
『であ――――――!!』
側面から隙を衝いたシュバルツが突撃、片手剣の刃がその懐に潜り込んだ。
盾を構えたのはほとんど反射的だった。
戦士としての直感、命の危機を感じたシュバルツが防御の姿勢に入ると、盾の上から猛烈な衝撃が襲ってくる。
地面に倒れたシュバルツが慌てて騎体を起こすと、盾が真ん中あたりから二つに砕けていることに気付いた。
喉を鳴らしながら巨人の方を見れば、先ほど刻んだはずの傷が再生し始めているのが分かった。
(‥‥強い)
バグナやゼロ・ベガを遥か上回る耐久力と攻撃力。ゴーレム大隊など比べ物にならない。
「だが、退くわけにはいかない!!」
零した剣を手に、シュバルツが再び攻撃を開始した。
●人として、騎士として
瓦礫、
いや、破壊されたゴーレムの残骸の一部が機械音にも似た音響で大地に落ちた。
些細な砂塵の風に、身体が翻弄される。
開口したハッチは、その状態のままぴくりとも動かない。その騎体が息絶えたことを示している。
飛び込んでくる光景は、この世界にとってはちっぽけな、自分にとっては避けることができない、自らが選んだ選択肢の結果。
一人の戦士が大爪を振り回す巨人と壮絶な一騎討ちを演じている。
勝負は互角。あの『罪と業』の称号を冠する騎体を相手にたった一人で。信じがたいことだ。
女性騎士は、ベアトリーセは抜いていた。
剣を。腰に下げた己の誇りを。
例え騎体を失うことになろうとも、退くわけにはいかない。
死ぬとわかっていても、止められない戦いが人にはある。
人の魂を失ったあの人物には、それがわかるだろうか。
朦朧とする意識の中で、巨人が接近してくるのが見える。
無意識に、宙にばらける砂塵を断つように、正眼の構えを取る。
勝てない。
でも負けられない。
力で敗れようと、国を守るための戦で、志の戦いで敗れるわけにはいかない。
大地を踏み荒らす足音が鳴るたびに、身体が上下に揺れていく。
もうすぐそこにやつが迫り、殺戮の爪が風を鳴らす。
まるで人間の断末魔のように聞こえた風きり音に、ベアトリーセが死を覚悟して前へとを右足踏み出そうとして、
その一歩を、大きな影が救ってくれた。
「我輩を侮るではないわぁ!!!!!」
大きく弾け飛ぶ爪が見えたのを最後に、力を失ったベアトリーセが地面の上にゆっくりと倒れ伏した。
「ベアトリーセ殿!」
脇腹から吹き出る血がベアトリーセの周囲を赤く染めていた。
呼掛けにも応えない姿に、グレナムが声を掛け続ける。
「‥‥グ‥‥ムさ‥‥?」
瀕死の怪我ではないものの、傷は深い。息も絶え絶えの姿だが、一命を取り留めていることにとりあえず安堵の息を吐く。
「‥‥戦況、は?」
「ファング殿とベイレル殿が、カルマと交戦中である。シャルグ殿がいなければ、死んでいたところだ。全く無茶をする」
ベアトリーセの右手は未だに剣を握り締めたままだった。途絶えようとする意識の底で、彼女はまだ戦おうとしていた。
カルマとの戦闘は継続していた。ファングとベイレルが左右からカルマを攻め立てているが、このままでは敗北は必死。強固な装甲に守られたドスロワを倒すには、制御胞からやつを引き出すか、騎体ごと破壊するしかない。
「‥‥フィオレンティナさんに、伝えて、くださ‥‥」
「指示?」
「‥‥剣、を」
戦いを一瞥するグレナム。全てを言われずとも彼は走り出し、フィオレンティナにその意図を伝えた。
下半身を破壊されて行動不能になっていたフィオレンティナのオルトロス。足を引っ張ってはと思い、戦線から離脱していた彼女だったが、今一度大破した騎体を再起動させる。
「頑張ってね、もう少し、後少しだから!」
ぎぎっと悲鳴を上げるように持ち上がるオルトロスの上半身。地面を這いずり、転がっていたゴーレムの大剣を掴み取る。
ベイレルの振り回している剣にはすでにひびが入り始めていた。ファングのような回避力がないベイレルではカルマの全ての攻撃を避けることは難しく、必然的に剣などで受け止めることになってしまう。カルマの化物染みた力とベイレルの巨人族にも匹敵する強力(ごうりき)で武器は最早砕ける寸前だった。
失敗は許されない。
カルマの隙を衝き、確実にベイレルに武器を届けなくてはいけない。
カルマに気付かれれば、武器は破壊され、勝機は無くなってしまう。
一撃、二撃、接近した左から接近したベイレルが片足を失い、足代わりにしていた腕に大剣を叩きつけていく。
それを邪魔と見たカルマが腕を上げ、
生じた一瞬の隙。
「フィオレンティナ殿!!」
グレナムの声に、フィオレンティナが全ての願いをオルトロスに込める。
お願いっ!
『受け取って――――――――――――――!!』
左腕で上半身を起こし、振り被られた右腕。
投げ放たれた大剣が大弩弓のように直進し、空を駆け、大地を走る。
混沌の爪が振り上げられ、獲物へと下ろされようとしたまさにその瞬間、爪の軌道を強引に捻じ曲げた。衝突し、落下した大剣をベイレルが掴み取り、亀裂の入ったカルマの右腕を粉砕する。
両腕を失い、片足を失ったカルマ。
行動不能に陥ったその胴体へと叩き込まれたファングの一撃が、混沌を粉砕した。
遠くからでは、ドスロワが何を思ったかを知る由はない。
まるで生き物のように、伸び上がった片翼の羽。
上空を求めるように、垂直に起き上がったカルマの頭部がゆっくりと大地に沈んでいく。
真下に、地中深くへと沈みこんでいくその様はまるで―――
否定され続けてきた小さな子供が、母親の温かな懐へと戻っていく、そんな風に見えた。