【新型ゴーレム製造】始動

■シリーズシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月10日〜01月15日

リプレイ公開日:2009年01月19日

●オープニング

 カオスどもの侵攻が徐々に勢いを増し続ける現在、各国各地ではその勢力に対抗する有効な手段を模索している。特にこれまで絶大な戦果を挙げてきたゴーレム兵器も、その中核をなす一つである。
 だが、混沌の侵食が激化した昨今、現在のゴーレム兵器では対応が難しくなっている。特殊な黒霧を纏った魔物は勿論、武器耐性を持つ魔物の増加、新種の魔物、そしてカオス地やアスタリア山脈麓を初めとした辺境地域では精霊たちの暴走なども確認されており、従来のゴーレム兵器では対応できない、というのが現状である。
 

 ゴーレム増産計画によって各地にゴーレム兵器が配備される中、スコット領南部の西方地域ではある計画が動き出していた。
 『新型ゴーレムの製造計画』。
 目的は、カオスの軍勢に対抗し得る新型ゴーレム兵器の製造である。



―――メラート工房
「今更新型ゴーレムの製造じゃと? とうとう耄碌したか?」
「黙れ。私は大真面目だ」
 先ほど帰還したゴーレム小隊の騎体が次々と工房内へと搬入されていく。広さ高さ共に数十メートルはある巨大格納庫。地方の工房ではあるが、フロートシップも管理できるほどの大きさを誇っている
「時間が足りるわけがないじゃろうが。今から創り初めても完成は来年の春頃、化物どもの侵略も終わっておるじゃろうて。‥‥何をさぼっとるか! さっさと運べ、そっちの3騎は武装解除後、素体は破棄しておけ。もう使い物にならん」
 のらりくらりと横になった状態で運ばれていた5騎の騎体だったが、ギル・バッカートの指示が飛ぶや否や過半数が疾風のように踵を返して外へと運ばれていく。鬼工房長と言われる呼ばれる男の檄は建物を軋ませるかのようだ。
 方や、その前をぴんっと張った背筋のまま、涼しい顔で歩き進むのは老年の女性、リンド・バッカート。名前を見れば一目瞭然であるが、彼女こそギルの妻、夫を凌ぐ突拍子もないその行動力から『工房の鉄火姐御』と謳われている人物だ。
「既存の騎体をモデルとして作成してもらう」
「‥‥要するに改造計画というわけか?」
「最初は、だ。開発に従って素体は勿論武装も大きく変化していく。模倣こそが創造の原点。開発を重ねていくうちに、それは自然と新型となっているものだ」
 それにだ、とリンドは眉間に皺を寄せたまま、振り向きもせず、夫を尻にしいたまま歩き続ける。
「私たちに十分な時間は残されていない。ゴーレムとは素材でそのほとんどが決まる。それ即ち、新型を作るということは、新しい素材を見つけ出すところから始まるということだ。だが、そんなことをしていては一年どころでは済むまい。‥‥やつらがのんびり屋ならば、それでもよいのだが」
「そのための既存兵器からの出発か」
 既に完成している素体を出発点とすれば、開発期間を大幅に短縮することができる。わざわざ1から作るよりも、既に完成して大量に存在する素体各部を削るなり溶かすなりして開発を行ったほうが、余計な手間が省けるのだ。
「新型の開発か‥‥工房員全員をフル稼働させれば、武装程度ならば短期間の内に一から製造することは出来るからのぅ、まぁ、何とかできるか」
 作業の合間に話を盗み聞きしていた工房員の一人が首をかしげ、それを目ざとく見つけたリンドが一喝‥‥の代わりに質問した。
「お前! バガンとモナルコス、二つの性能の違いがわかるか?」
「は、はい! モナルコスの方が耐久力に優れる一方で、機動性に関してはバガンが上であります!」
「それはなぜだ?」
 再度問われて言いよどむ。両騎体とも素材は同じ石(ストーン)。にも関わらず、性能には明確な違いがある。
「素材の微妙な調整もあろうが、違いを生み出しているのは両騎体の武装じゃ。恐獣などの大型の敵を相手するために、メイのモナルコスの武装はバガンよりも厚く、防御力を重視しているからなの。もっと勉強せい」
「武装だけではない。腕の良いゴーレム二ストが集まれば、素材は勿論武装に新たな改良を施すことも可能かもしれんな」
「ぬ? もっと判りやすく説明せい」
 リンドと違い、ギルはゴーレム製造には詳しいものの、その根底にあるゴーレム二ストが扱う魔法に関してはほとんど知識がない。
「『防御力制御』というものを知っているか?」
「知らん」
 きっぱりと、ギル。
「簡単にいえば、装甲を強化する魔法だ。通常全ての武装にはこの魔法が掛けられるが、工房にいる者よりも腕のよいゴーレム二ストがこの魔法を使えば、通常より強力な武装を作ることができるやもしれん」
「新しい素材の捜索期間がない以上、既にある素材で新型を作るしかあるまいのぅ。武装を強化するのも良かろう。だが、それでは騎体の限界性能を上げることはできん。最前線の連中が納得せぬぞ」
「ならば、別のやり方で冒険者の能力を引き出すまで」
 きっぱりと返したのは、リンド。
 いつの間にか、ギルの前には大きな布に覆われた巨大な木箱が立ち塞がっていた。
「ドラグーンの実戦配備もようやく現実化の目途がたったが、それでも各地域に配備されるのはせいぜい1騎。ヴァルキュリアも同じくらいだ。今後、国がこの方針を変えることはまず100%ないだろう。それでは依頼に応じた冒険者の内、たった二人程度の能力しか、最大限に引き出していないということにある。あまりに不公平というものだ。客観的に見ても、前線で活躍する冒険者たちの操縦技術は、古参の騎士たちを凌いでいる。‥‥圧倒的にな。ゴーレムの稼働時間は平均で1、5時間。だが、それはあくまで平均に過ぎず、上もいれば下もいる。操縦能力が達人の域に達しているものならば、3時間近い連続稼動が可能だが、よほどの長期戦闘でない限り、冒険者たちはその3時間というゴーレム稼動可能時間の全てを費やすことなく、戦闘を終える。1時間の戦闘しかなかった場合は、2時間もの余剰稼動時間を無駄にしたまま、帰還してしまうのだ」
 乱暴な手つきで布を引っぺがすと、中から現れたのは何だろう、四角い箱のような装置だ。
「中央のゴーレム工房にあったのを、無理をいって引っ張り出してきた。数年前に実験がなされたものだが、操縦者への負担とコストが問題視され、一般配備は見送られた代物だ。
 名は推進力発生装置。通称『ランドセル』。一時的に推進力を得て加速、数倍の跳躍を実現する。原理はフロートシップやグライダーと同じだ。数日前の実験では、最大10mの跳躍に成功している。冒険者たちの能力ならば、更なる上昇が期待できる」
「‥‥正気か?」
 我が妻ながら、とんでもない提案にギルも目を大きく開いたり、閉じたりと大変である。
「勿論だ。ただの跳躍力飛躍システムにするかは冒険者たち次第だ。こいつは使い方次第では最強の兵器になる。それこそ『重い盾(モナルコス)』のような下級騎体であっても、『戦乙女(ヴァルキュリア)』と互角に戦えるような兵器に、な」
 確かにこれは画期的という一言に尽きる。だが、それだけ操縦者にかかる負担も大きい、いや大きいというものではない。下手をすれば、身体が壊れる。
「何度もいうが、こいつは使い方次第だ。ただこちらの言ったことに従っているだけでは、何の役に立たない鉄屑だ。操縦者の能力はもとより、アイデアが重要となる。4ヶ月という訓練期間の間に、こいつを完全に使いこなし、そしてこいつの使い道の全てを引き出してみせろ」

●今回の参加者

 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4532 フラガ・ラック(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec3467 ガルム・ダイモス(28歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●集合
 メラート工房に集まった冒険者三人。ギルとリンド、開発計画の主担当である夫婦両名と簡単な挨拶を済ませると、すぐさま依頼に取り掛かることになった。
 推進力発生装置の装着作業は着々と行われている。跪いたモナルコスの背後に上った作業員たちが、背面の装甲に穴を開けて四角い箱を埋め込み、装着させていくのが見える。発動中は相当の負荷が騎体に掛かるため、簡単な接合では何かの拍子で装置が外れかねない。
「ランドセルですか。これは以前の追撃戦の時に使われたものと同型でしょうか? しかしこれが実用化できればゴーレムの使用環境も一変しますね」
「まぁ、大量生産できんというのが欠点ではあるがな。これだけの性能を持っているならば、それも仕方なかろうな」
 フラガ・ラック(eb4532)と肩を並べていたリンドが怒声を上げて作業員たちに指示を出していく。騎士の姿を模倣したモナルコス。その背中に人間が乗っているというのは、いかに兵器とはいえやや複雑な気持ちだ。
「追撃戦というものがどれを指しているのかは知らんが、こいつが実戦で使われた記録はないな。中央の連中が非公式に用いた可能性も否定はできんが、少なくともこの資料には載っておらん」
 リンドが針で留められた資料の束を、ぱらぱらと振って仰いでみせる。頬に当たる風圧は決して小さいものではない。中央の工房がデータ公開を拒否したと聞いていたので、リンドが今手にしている資料は彼女が独自に実験して手に入れたものということになる。中央から帰ってきて一ヶ月も経っていないのに、よくもまあそれだけのデータを集めきれたものだ。‥‥それに付き合った鎧騎士たちにも同情するが。
「非公式に、ですか?」
「怪我人が出た時に責任問題になるだろう? 不完全な実験段階の代物を実戦に投入し、敵方の攻撃で負傷したのならともかく、装置のせいで負傷したともなれば、さすがに上層部の連中が黙っていないだろうからなぁ」
 片頬だけを浮き上がらせたリンドの表情に、シュバルツ・バルト(eb4155)が思わず喉を鳴らしてしまった。今の話だけでも、これから自分が扱おうとしている物が普通のものではないことは容易に想像がついたからだ。
「ゴーレムニストとしての初仕事が、新型ゴーレム開発となる事は、光栄の極みです。皆様の期待に応えられる期待を作り出す為に頑張ります」
 ガルム・ダイモス(ec3467)が恭しく礼を取ると、装置接続中の二騎に見入ってしまう。これからどのようなゴーレムができるのか。新型のゴーレムを作ることはゴーレム二ストたちにとってある意味で一つの目標でもある。これほど名誉なことはないだろう。
「現在のゴーレム使用環境は、ゴーレム乗りにとって、魅力的な状況とはとてもいえません。そのせいか、かつては冒険者ギルドであれほど見かけたゴーレム乗りも、今ではめっきり姿が減りました。ですから、この後のカオスとの対決に備えるためにも、なんとしてもこの依頼を成功させ、魅力ある環境を作り上げ、鎧騎士たちをメイのギルドに呼び戻さなくてはなりません」
 長いゴーレム乗りとして最盛期を経験してきたフラガだからこそ言える言葉に、バッカート夫妻も迂闊に何かを口にすることを控えた。彼の言う通り、冒険者の鎧騎士が減少の一途を辿っていることは紛れもない事実である。元々、ゴーレム兵器に関してはウィルよりも一歩も二歩も遅れているこの国で、開発を行おうとすることが自体が無謀であるとの声もある。中央の工房からはそのような陰口が上がっているのも、また事実だ。
「ランドセルの引き取りに行った時も、中央の連中は良い顔をしていなかったからな。まぁ、それだけこいつがヤバイ代物だということだろうが、地方の工房がしゃしゃり出てきて面白くないというのが本音であろう」
「覚悟なら、ございますよ」
 この依頼のためにポーションを幾つも用意してきている。数回死ぬ程度の傷ならば、無理矢理にでも治療してみせよう。


 




●ランドセル起動
 訓練場となったのはメラート兵舎。数百名の兵士や騎馬隊、10騎近いゴーレムを搭載可能な大型フロートシップが着艦できる広さである。シュバルツとフラガの乗るモナルコスの2騎が独占するには広すぎるくらいだ。
 ランドセル訓練生はシュバルツとフラガの二名。用意してあったモナルコス3騎のうち、1騎は工房に置いてきて‥‥はいない。
「それではこれからランドセルの操縦訓練を開始する! まずは起動からじゃ。各自騎体を起こしたのち、ランドセルの出力を徐々に上げてみせい!」
 ガルムとリンドが工房内で開発案に関して話し合いをしているため、ギルがランドセルの訓練担当者として赴いていた。
「幸い一騎だけじゃが、騎体が残っておるからの。壊れても乗り換え可能じゃ、思いっきり死んで来い!!」
 励ましているんだか脅しているんだか、よくわからない激励らしきものを受けて二人がいよいよ制御胞内で集中を高め始める。
 ランドセルの操作に特別なレバーなどはない。騎体の手足を動かすのと同様、後部についてあるランドセルに意識を集中するだけで装置は起動する。意思を吹き込むだけで操作できるという仕組みは精霊砲と同様でもある。
「おお、そうじゃそうじゃ。ちょっと止まれ、二人とも」
『‥‥?』
『どうかしましたか?』
 肩透かしを食らった二人が、がっくりと顔を伏せた。今まさに装置を初起動させようとしていたところなのに、いきなり何事だ?
「ランドセルの起動じゃがな。二人同時にやってはいきなり病院送りという可能性もある。どちらか片方が先にやってみろ」
『なぜです?』
「やればわかる」
 大きく腕を組んだまま、胸を仰け反らせるギルに、嫌な予感をひしひしと感じつつも、その命令に従うことになった。簡単な話し合いの後に男性であるフラガが最初にやることが決定、危ないから離れていろというギルの言葉に従ってシュバルツ騎が広場の端に移動した。
「骨は拾ってやる! さあ、やれい!!!」
『‥‥』
 何なのだろうか、この状況は。
 フロートシップも着艦できるほどの巨大な広場の中央に取り残されたフラガ。端に移動(避難)したギルが大きく手を振り、その背後では工房員十数名が両耳を塞ぎながら、地震にでもあったかのようにしゃがんでこちらを心配そうに見守っている。
『で、では。参ります』
 異様な不安感に心が騒ぐのを押さえつつ、目を瞑ったフラガが背面に付けられた装置へと意識を集中する。それと同時に、騎体に微小の揺れが伝わってくるのがわかった。制御胞内のシートが感電したかのようにびりびりと震えている。通常のゴーレムは背面からの推進力に耐えられるよう、設計されてはいない。そのため、ランドセルが生み出す震動のほとんどがフラガの身体に伝わってきていた。
 ズズズズズズッズ、という震動音が高まっていくが、一向に飛行する兆しは見られない。
 低出力でまずは少しだけ飛んでみようとしていたのだが、出力が弱すぎるのか。
 そう思い、少しだけ装置に意識をやったときだ。

『‥‥っ!』

 突然、視界に変化が生じた。目線の高さにあったはずのシュバルツ騎が今は遥か下に見えるのだ。
‥‥浮いて、いる?。
 そうまさしく浮いている。いや、フラガは飛んでいた。
 ‥‥‥‥‥‥‥その高さ、地上から約15m。
『‥‥‥‥なっ!?』
 フラガからすれば、起動させようとしただけ。それはゴーレムでいえば、歩くことわけでもなく、膝をついている騎体をただ起き上がらせるだけの行動に近い。その僅かな意識を受けた装置は、命令に従って己の能力を解放したのだが、
(まずいっ!!!)
 ‥‥明らかにやりすぎだった。
 止まるようフラガが命令した瞬間、ランドセルは起動を停止した。自然、推進力を失った騎体は重力に引かれてものの見事に落下していく。騎体の損傷を防ごうと少しでも噴射を試みるが、ランドセルは些かの反応も示さない。



ドォォォッォォォォォォン!!!!


 重さ数トンのモナルコスが広場の地面に『落下』した。
 落雷か地割れでも起こったかのような地響きと衝突音に、周辺の兵舎が巨人に揺らされたかのように、びりびりと上下に震動してしまう。
 あちこちにひびが入り、少々隆起した兵舎の広場。
 その中央に、肩から落下したモナルコスに、幾人の作業員たちが駆け寄って言った。
『フラガさん、無事ですか!?』
 唯一声を張り上げながら近寄ってきたシュバルツ騎に、フラガの意識が覚醒する。身体のあちこちが痛むものの、咄嗟に受身を取ったおかけで大事には至っていないらしい。
『こちらフラガ‥‥何とか無事です』
「一度ハッチを開放して下さい。騎体に損傷が無いかチェックしますから」
『りょ、了解しました‥‥』
 悲鳴を上げるでもなく、てきぱき行動する工房員たちを見るに、どうやら彼らはこの事態を予想していたらしい。冒険者たちが来るまでの間に、何回か実験を行ったと聞いていたから、多分その時にでも同じような光景を目撃したのだろう。
 うつ伏せ気味に倒れていたので騎体のハッチを外部から抉じ開けてもらい、制御胞から脱出したフラガの元に、シュバルツが心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「幸い怪我はありません。しかし‥‥」
 先ほどまで乗っていた自騎を横目に、息を吐く。正直、何がなんだかわからなかったというのが感想だ。
 肩から落下したために、右腕の関節が反対側に折れてしまっている。これでは最早修復は難しい。
「装置の加減を誤ったんじゃよ」
 予想通りといわんばかりの顔でギルが大きく鼻から息を吐いた。
「加減、ですか?」
「そうじゃ。あれはな、本来フロートシップまでとはいかんが、その半分くらいの出力を秘めておる。ゴーレムを遥か上空まで飛ばすことなんぞ楽勝じゃわい。加減を間違えれば、先ほどのお前さんのように、飛びすぎてしまう。最大出力を出せば、今の数倍の高さまで飛ぶことが出来るじゃろうな」
「数倍‥‥」
 背中を冷たい汗が流れた。想像するだけでも手に汗を握ってしまう。
「これ以上は言わんでもわかるじゃろう? まずはどれくらいの意識を込めれば、どれだけの出力が出るのか。その加減に慣れてみせろ。それが出来んと、話にならんからな」
「‥‥了解しました」
「項垂れている暇はないぞ。次はシュバルツ、お前の番じゃ。くれぐれも加減を間違えるなよ!」
 遠くから全てを見ていただけに恐怖も倍増している。ギルの言葉に、やや冷や汗をかきつつも、シュバルツがモナルコスに乗り込むのだった。

●開発案提案
「何だか、外が騒がしいですね‥‥」
「気にするな。大方、制御に失敗したやつらが地面にめり込んでいるのだろう」
「め、めり込む?」
「だから気にするなと言っている。貴様は貴様の仕事をすればいいのだ」
 『ドゴォン!』とまた何かが落下する(実はシュバルツが地面に落下した音)がここまで聞こえてきたが、それは取り敢えず置いておく。ガルムについっと向けられた目線は中々の迫力を秘めていた。さすがはあのギルの妻というだけはある。
 ガルム以外に開発計画に参加した者はいないため、彼の案がそのまま開発の草案として提出されている。大まかな内容は以下の通りだ。

 モデルとなる騎体‥‥ヴァルキュリア
 素材‥‥シルバー
 素体‥‥女性をモチーフにした人型。
 能力‥‥武装や素体自体の軽量化を図ることで機動性や反応速度を重視。
 武装‥‥従来メイで重視されていた重厚化を一変し、高品質や高性能による軽量化を行い、それによる防御力、攻撃力等の低下を軽減する
 武器‥‥剣と盾

「今までの騎体の形から、女性の筋肉構造を参考に、スラリとした形状に外見フォルムを変えてみるつもりです。関節の各部を強化することで機動力重視により低下した防御力と長時間の稼動にも耐えられるよう設計します。ナーガの方々にも協力を仰ぎたいのですがいかがでしょうか?」
 ガルムが一区切りを終えたところで息をつく。提出された資料の束を一枚一枚捲りあげながら、視線も上げずにリンドが言葉を返した。
「ナーガの連中に話をつけるのは容易ではないな。そもそも、外部からの要望であやつらが工房の外に出ることはまず有り得ない。頭の固いというよりも、警戒心が非常に強いやつらだからな。国もそれを許可せんだろう。何より、そんなことをすれば、中央のメンツがたたん」
「メンツ?」
 不思議そうな顔をするガルム、リンドが初めて顔を上げた。
「ここメラートはメイの国の中でもかなりの西端に当たる。言ってみれば、首都の連中からすれば、地方の田舎工房といえるところだ。そんなわけのわからないやつらが自分たちを差し置いて新型ゴーレムの開発を行っている現状ですら、中央のやつらは快く思っていない。それに加えてナーガの連中まで地方で開発に参加しようものなら、中央工房のメンツは丸つぶれ、庶民たちから何をやっているだと叩かれるのは目に見えているからな」
「ですが、カオスの勢力が各地で現れているのです。そのようなことを言っている場合ではないでしょう?」
「それでも、だ。中央で新型の開発が行われているのかいないのか、それはわからんが、少なくとも公には新型の開発は行っていない。民衆からどう見えるかが問題なのだよ。名がなければ、実は生まれない。それが国というものだ」
 言い終えたリンドが草案を机の上に放り投げた。工房の端に作られた机をはさみ、二人は計画書の内容を吟味している。作業員たちの喧騒が直接聞こえるこの場所をこよなく愛し、工房の者たちと共にいたい、開発は決して自分たちだけで行えるのではないというリンドの心情の表れでもあった。
「単に開発といっても、一筋縄ではいかないのですね」
「ゴーレムとは国が管理する兵器だからな。周りから文句を言われるのが嫌なのなら、依頼からさっさと降りることだ」
 正面から笑いかけてくるリンドに、冗談の色はない。そしてガルムも、それで諦めるような心は持ち合わせていなかった。
「ご冗談を」
 ふっと笑いあった二人。
 作業員たちの声が、一瞬だけ遠くなった気がした。






●暴れ馬
 訓練4日目。ランドセルの訓練生として参加していた二人は、ギルに呼ばれて工房内の一室に招かれていた。
 長いすの椅子に座ったところで、目の前の机上に幾つかの資料らしきものが突きつけられる。
「これは?」
 シュバルツが眉を顰めて手に取ってみると、その表面には様々な数字や図が書き込まれている。隣のフラガの物にも同様の物が書かれているが、微妙に差異が確認できた。
「この四日間の間にお前たちの操縦を見学させてもらったんだが、それを基に二人の連続稼働時間とランドセル起動時に必要となるエネルギー値を計算してみた。後は実験から分かったランドセルの詳細だな」
「‥‥‥‥」
 じっと資料を眺める二人だが、その顔には困惑の色が浮かんでいる。相当専門的で難解な内容らしい。
「ランドセルじゃが、二人のおかげで漸くその詳細が掴めて来た。まずは出力について。これは初日にいったと思うが、あの装置はかなりの出力を秘めておる。ゴーレム数トンの重量など物ともしないほどの物じゃ。加減には細心の注意を払うことじゃな」
 初めにそれを経験したフラガが何度も頷く。あれは精神的にも肉体的にも痛い思い出だ。
「出力に関しては了解しましたが、連続起動に関してどうなっているのですか?」
 四日目にして漸く加減を掴んできたフラガが、着陸時の衝撃を減らすために、着地寸前に噴射を試みたのだが、どうしても上手くいかなかったのだ。
「一度ランドセルを発動した場合、二度目の起動を行うには10秒前後の時間が必要になるということが判明した。空中での方向変換をしたいといっておったが、それも難しいじゃろうな」
 内部に蓄えられた風力を一斉に噴射口から噴出させることで推進力は発生している。だが、肝心の噴射は大きく角度を変えられるよう設計されていない。つまり、この装置では直線状の移動しかできないということである。
「少々の方向変換は出来るじゃろうが、大きく角度はつけることは難しいな。噴射口の調整もやってはみるが、何しろ未知の装置じゃ。改造には時間がかかろう」
 大きく息を吐いたフラガが目の前の資料にもう一度視線をやった。ある程度の跳躍や飛翔には成功したものの、空中を自由に動くことには彼もまだ成功していない。それに、精神の集中から装置を発動させるまでには、細心の注意が必要のためまだ20秒近い時間がかかっている。まだまだ訓練が必要だろう。
「ランドセルのエネルギー充電時間、それと使用回数に関しては?」
 シュバルツが手を挙げて、ギルに説明を求めた。彼女はランドセルを利用した突撃や緊急回避を実験しようとしていたのだが、それらはまだ成功していない。正確には言うならば、彼女もまだフラガと同じくらいのレベルで垂直上昇しか出来ないのだ。装置の操作も困難を極めるため、噴射口を動かすこともできていない。一度だけ試してみたのだが、噴射口の角度を少し動かすだけで直線起動が大きく変化してしまい、危うく兵舎の外に着地するところだったのだ。もう少し装置に慣れる必要があるようだ。
「資料の一番最後を見てみろ」
 二人が言われた通りの個所を見れば、そこには幾つかの数字と式、そしてグラフやらがみっちりと書いてある。
「さっきも言ったが、四日間の訓練状況から、お前たちの連続稼動時間を算出してみた。今回の訓練データから推測するに、お前たちの連続稼動時間は細かいところは切り上げてだいたい3時間。常人の約1、5倍から2倍ほどじゃな」
 そこで一度、切って更に下を見るよう促す。
「ランドセル稼動に掛かるエネルギー量を分かりやすくするために、数値を出してみた。お前たちがゴーレムを一分間行動させるために必要な精神エネルギーを1としよう。お前たちの連続稼動時間が約3時間だから、そこから換算すればお前たちの所持しているエネルギー数値は凡そ180ポイント。ここまではわかるな?」
 問い掛けに対し、大きく頷く二人。
「うむ。重要なのはここからじゃ。昨日の訓練でお前たちは1時間ゴーレムを稼動させ、その間に6回ランドセルの装置を発動させた。その後はどうなったか覚えておるか?」
「‥‥‥‥疲れ果てて兵舎で寝ていましたね」
「うむ。つまり、1時間のゴーレムの稼動、6回のランドセルの起動でお前たちは自分の持つ180ポイント全てを使い切ったということになる。ということは‥‥」
 机の板に直接ギルが式やら数字を書き込んでいく。
 それは以下の内容を示していた。

1時間の行動=60p
6回のランドセル起動=180−60=120p
 ⇒1回のランドセル起動に必要なエネルギーp=20p

「‥‥今のお前たちがランドセルを一回起動させることに必要となるエネルギーは約20ポイント。つまりゴーレムを20分連続稼動できるほどのエネルギーを一回の起動に使用しているのじゃよ」
「燃費が悪いですね‥‥」
「じゃな。だが、これはまだランドセルに慣れておらん状態での数値。これから訓練していき、慣れていくことで消費エネルギーは大幅に減らせることになるじゃろう。いやそうしなければならん。でなければ、実戦で使用するどころではないからな」
 一人豪快に笑うギルに対し、二人は苦笑い。様々な用途がある装置ではあるが、その前にクリアしていかなければならない課題は膨大に積み重なっている。まさしく、前途多難だ。



●課せられた宿題
 訓練期間は瞬く間に終了した。そう感じざるを得ないほど、三人は依頼に夢中になっていたということだろう。
 ガルムの案は大まかには問題なしとされた。強いて言うならば、武装と武器の素材をどうするかということ。武器に関しては銀を使用するということだが、先日中央の工房から、魔法金属であるブランとの合金で作成した武器の試作型が完成したという報告があったから、それを踏まえて改めてどうするか決定してほしいとのことだ。
 細部については、実際に試作型を作成中、もしくは作成後に調整していくことになるだろう。勿論、全てが上手くいくことはないだろうから、その度出てくる問題に関しては柔軟に対応してほしいとの言葉も受けた。
 ランドセル訓練生の二人は、垂直飛翔には成功したので、次は起動までの時間を短縮することと噴射口の微細な制御に慣れ、的確な方向転換が行えるよう努力することが課題になると予想される。各々試したいことはあるだろうが、まずはそれが出来ない限り、二人の望むような動きは叶わないはずだ。

 工房員たちに別れを告げて三人はメラートを後にする。
 次の依頼が出てくるまで、とりあえず一息つくことにしよう。