【大逆の咎人】 相克
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:9人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月16日〜01月21日
リプレイ公開日:2009年01月25日
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●オープニング
ラケダイモンの戦から約二ヶ月。スコット領は大きな変換を迎えていた。
巨人の戦場(ジャイアント・ウォー)と呼ばれたラケダイモンにおける決戦後、バ軍再来に対応すべくスコット軍はラケダイモンにて軍の再編に取り掛かり、カオスゴーレム『カルマ』を失った第二師団長フェルナンデス・リッケンバッカーもモルピュイ平野まで後退した。
しかし、ここで双方が予期しなかった事態が発生する。バの十将軍、『金色の魔笛』の異名を持つクシャル・ゲリボルはフェルナンデス軍のスコット領南方地域での虐殺を遺憾とし、彼の軍を反逆軍と見なし突如『攻撃』を開始。同時にカオスの大侵攻に際してクシャル将軍はスコット領側へ休戦と、フェルナンデス軍に対する共闘を提案したのだった。
先の決戦で戦力を大幅に削られ、またカオスの対応にも追われていたスコット領側も、二面作戦を行うだけの戦力がないと判断してこの提案を承諾。これによって誕生したスコット・クシャル連合軍は、各地で抵抗するフェルナンデス軍を次々と撃破することに成功し、それはまさに破竹の勢いと表現するに値する。
現在、フェルナンデス軍はアスタリア山脈とスコット領の国境線付近、南方地域の西端にまで追い詰められており、周辺の砦を陥落させた後は敵本隊との決戦を残すのみとなっている。
―――連合軍陣地
昼過ぎの定刻、両軍の軍議は開始される。
双方の精鋭騎士たちよって隙間なく警護された中央テントには最早顔馴染み取った面子がずらりと揃い、今後の作戦について意見が交わされている。
入り口より右側、礼節も気にすることなく机に肘を付いているのは南方指揮官ベイレル・アガ。その背後に整然と屹立する青年、ベルトラーゼ・ベク。両脇には補佐官たるアルドバ、ルシーナの姿もある。
その向かい側にいる者は3名。威容に溢れ、金髪に黄金の鎧を纏った将軍クシャル・ゲリボル。左に参謀アルカナ・エンディア。右に若き近衛騎士団長トラキア・オドリュサイ。
停戦と共闘の協約が為されて早二ヶ月。最初こそ困惑と緊張に溢れていたものだが、二ヶ月ともなるとその雰囲気も幾分かは薄れてしまう。共に戦場に立つとは、そういうことだ。
地図上に載せられた幾つかの駒は各勢力を示す記号。アスタリア山脈との国境線ぎりぎりに設けられた砦にいるフェルナンデス勢力。その南から押し寄せるバの別働隊たる黒の駒。北に山と森、東には連合軍勢力が布陣しており、反逆軍に逃げ場はない。
現在議題に挙がっているのは反逆軍が立て篭もる砦周辺に散らばる街や村の対処に関してである。
「斥候の報告によると、進路上にある村や街の全てが死人で一杯ということです。時間稼ぎのつもりでしょうけど、多分フェルナンデスさんの仕業でしょうねぇ」
軍議には不似合いな能天気な声を発するのはアルカナ。慣れないうちは色々と厳しいが、何度も聞いていれば、気にもしなくなる。
「やつは死人を操れるのか?」
「い〜え〜、正確にはあの人と契約しているカオスの魔物だと思います。本当に酷いことしますよねぇ」
「‥‥して、ベイレル殿はいかがする?」
参謀とはうってかわって、表情と同様、感情に乏しい声色で近衛長が問う。
「何がだ?」
「いかに死人とはいえ、元は貴殿たちの国民」
「化物になった連中は殺すしかないだろう。それとも何だ、お前たちにはやつらは救ってやれるとでもいうのか?」
不躾な発言は故意か偶然か、質問の的を射てはおらず、声を荒げようとなったのをベルトラーゼに制されたルシーナが、一咳後口を開いた。
「自国の民たちならば、我らの手で事を済ませるのがせめてもの情けというもの。この度は手出し無用に願いたい」
「決まりだな。‥‥ベルトラーゼ」
「承知しております。この度の作戦は我らだけで」
頷くなり、退席したベイレルを引き止めるものはいない。これも別段珍しい光景ではないからだ。
「‥‥失礼致しました」
「お気に為さらずとも結構ですよ。ベルトラーゼさんもああいう上官を持つとは、災な、こほんっ大変ですねぇ」
見慣れた愛想の良い笑みを向けられて、相変わらず返答に困ってしまうベルトラーゼ。正面に腰を下ろすクシャルの表情にも、嘲笑とは異なる純粋な悦の色が見て取れた。
軍議はいつも通りベイレルが去ってからが本番となる。傭兵師団を率いる男だが、作戦に関してはほとんど口にせず、もっぱらベルトラーゼにまかせっきりで、作戦のほとんどはアルカナとベルトラーゼによって作られるといってもよい。
「街は全部で七つ。ほとんど小村ですから、厄介なのは中央にあるケインという街くらいですねぇ。わたしたちが前曲に出ますから、いつものようにベルトラーゼさんたちは後方で待機してもらって有事の際に出てもらうということでいいですかねぇ?」
「ありがたい申し出ですが、此度の出陣、私たちの部隊も出陣させて頂きます。目標はケイン。皆様には周辺の小村をお任せしたく存じます」
「‥‥ベルトラーゼ卿」
聞きなれない声で名前を呼ばれたことに、ベルトラーゼの動きが固まってしまう。心に直接入り込むような響き、真っ直ぐに向けられる海色の瞳が身体の自由を奪う。
休戦しているとはいえ、敵国の将。臣下のような礼節を取る義務はないが、騎士として一応の態度で臨む。
「貴公の勇名は我が軍内にも轟き、その名を知らぬ者はおらぬ。だが、貴公率いる『鷹の氏族』は新設されて日も浅く、新兵も多いと聞いた。死人如きに無駄に戦力を削がれることは如何なものか。それに次の戦、一筋縄ではいかぬこと、理解していよう。余計な詮索は貴公の価値を貶めることになる。それとも、未だ我らは信任薄く、手を取るに値せぬとお思いか?」
(‥‥次の戦か)
次の戦こそ、フェルナンデス軍との決戦となることは間違いない。しかし、こちらの優位は動かないだろう。たとえ、相手がいかなる策を取ってきたとしても、兵数や包囲の現状を考慮すれば、敵に勝機がないことは最早素人の目にも明らかである。
何より、クシャル率いる『黒き鷲』がいる限り、反逆軍には一縷の可能性もないと断言できる。
この二ヶ月、クシャル軍と連合を組み十にも至る戦場を共にし、数日前にはフェルナンデス本隊と前哨戦ともいえる大戦があった。その際、間近で騎兵団の戦いぶりに接することができたのだが‥。
強すぎる。
その一言に尽きる。それ程にこの騎兵団は強い、作戦など必要がないほどに。おそらくアナトリア率いる西方騎馬隊ですらあの圧倒的な強さの前に為すすべもなく蹂躙されるだろう。クシャル騎兵団の余りの強さを目の当たりにして、多くの将兵たちが畏怖や尊敬を抱き始めている。このまま静観すれば、最悪の事態が起きる可能性まで出てきた。自分たちが先頭に立ってメイ軍が未だ健在であること、バの軍へと傾倒し始めている兵達の士気を引き戻さなければならない。
「アルカナを将とした部隊を出す故、その旨宜しいな?」
「参謀であるアルカナ様が、ですか?」
「あらぁ、何か問題でも〜?」
「‥‥いえ、承知致しました」
顔を伏せながらベルトラーゼは思案する。
数え切れないほどの疑問が脳裏に浮かんでは、形を取ることなく消失する。
答えは出ない。
ベルトラーゼは礼節に従い腰を折る。
ただそれだけ。
それだけの動作にも関わらず、それはまるで自分がこの人物の臣下になったかのように感じさせてしまった。
●リプレイ本文
●笑顔の軍師
メイ陣内に集結した冒険者たち。その顔には、現状に対する幾ばくの不安と躊躇いがありありと浮かんでいた。
作戦会議も終え、残るは出陣の時を待つのみ。
シャルグ・ザーン(ea0827)がばつの悪い表情を浮かべているのも、納得のいくところだ。
「まさか、バ軍と同盟とは‥‥我らの知らぬ間に驚くべき状況になったものであるな」
「うんうん、共闘するなんて思ってもみなかったよね」
元気に頷くフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)の様子は一見明るく見えるも、やはりその調子にはどこか違和感がある。
「黒き鷲、率いるのは‥‥クシャル将軍でしたか。ある意味でベルトラーゼさんの天敵ですね」
同じ騎士であるスニア・ロランド(ea5929)の表情も重い。連合を組む間に敵を内部から崩す行動は非効率的なベルトラーゼとは真逆のものだ。
三人が悩むのも至極当然なことである。メイとバは長年の仇敵の仲。カオス侵攻という非常事態に直面したからといって、まさか同盟を組むことになるとは。
「こんにちは〜♪ ご機嫌如何でしょうか〜?」
「‥‥何だ?」
あまりに暢気な口調に、落胆するどころか疑念さえ抱いてしまう。レインフォルス・フォルナード(ea7641)が眉を顰めるのも仕方がない。
漆黒の鎧に身を包んだ騎士が3人。
「共同作戦を行うことになりましたので、そのご挨拶に参りましたぁ。ベルトラーゼさんとその直属の方々はいらっしゃいますでしょうか〜?」
その中央で、陽気な雰囲気を発する女性。
無防備過ぎるが、警戒するに越したことはない。ファング・ダイモス(ea7482)、トール・ウッド(ea1919)。二人の屈強な戦士がその前に進み出る。
「失礼ですが、突然陣に出向き名指しで人探しとは、どなた様でしょうか?」
「そういう貴方がたはどなたですか?」
「俺はトール、そっちはファング。ベルトラーゼの雇われ組みだ。それで、お前らは一体‥‥」
「ああ、知ってます知ってます! 英傑さんと鬼神さんですよね。噂はかねがね、お会いできるなんて光栄です〜」
「?? ‥‥あ、ああ」
飛びつくみたいに近寄ってくるなり、いきなり手を握られる。二人とも凍ったまま動けずにいる。
「な、何だぁ?」
「わかんないけど‥‥二人のファンかなんかか?」
「バの軍にそんな人たちがいるなんて聞いたことはありませんが‥‥」
状況が全く分からず疑問符をあげまくる巴渓(ea0167)。それにつられるように冗談混じりに首を傾げる伊藤登志樹(eb4077)。最後には真面目かどうか不明のつっこみを入れる導蛍石(eb9949)。
話を聞く限りに、どうやら女性の名はアルカナ。クシャル将軍の参謀であるらしい。
「昨日こちらに来るとの予約を入れておいたはずですが、行き違いになってしまったのでしょうか?」
「あー、あれじゃね。ベイレルとかいうやつのところで連絡が止まってるんじゃねぇの? そういうの適当にやってるっぽいし」
「‥‥大いにありえますね」
伊藤の指摘に、導が大きく頷いた。ベイレルの人となりを知っている者ならば、誰でも容易に想像がつく。
「申し訳ないのであるが‥‥」
「はいはい、何でしょう?」
「何故我輩たちのことを知っているのであるか? 貴殿とは初の顔合わせのはずであるが」
「トールキン、グランドラ、南方遠征、ラケダイモン。カオスゴーレム『カルマ』撃破を果たした貴方がた勇名はこちらの軍内でも十分に響き渡ってますよ。破邪の轟騎士さん♪」
柄にもなく照れた様子を見せたシャルグだが、その背中には嫌な汗が噴き出していた。
(我輩たちの情報が漏れているのか? そうでないとしても、この情報収集力、侮れん)
「どうかなさいましたか?」
「いえ、ベルトラーゼさんとの面会を希望とのことでしたね。こちらへどうぞ、私が案内しましょう」
スニアの申し出をアルカナは快く受け取ると、その背中に追従する。
(妙な動きはなし‥‥か)
背中を向けつつも、その気配に細心の注意を払うが、おかしな様子はない。本当に何もないのか、それともそれを気取らせないのか。
(‥‥強敵ですね)
テントへと向かう足取りは、自然と小さく重いものとなっていた。
●鷹の出撃
ケインの街への進軍が開始されたのはそれから数時間後。
先陣は鷹の氏族、バの軍はその後ろに付くことになった。
作戦は冒険者たちが提案したものと同じ。オルトロス二騎が瓦礫を粉砕しながら先頭を走り、出来上がった道を騎馬隊が一気に進軍して教会まで走る。機動力を武器とする鷹の氏族に相応しい作戦として、否定する要素はなかった。
「『巨人の戦場』の戦いを忘れるな。今こそ我等の勇姿を、南方軍に見せる時『黒き鷲』に遅れを取るなよ。全軍出陣だ」
ファングの号令下、突撃を開始した騎馬隊がケインの街に押し入っていく。
敵は死人の軍勢。統率も指揮もなく、散乱した死人たちが散発的な攻撃をしてくるのみで、敵ではなかった。
中央の街道を突き抜ける騎馬隊。
その道を確保するべく、オルトロスに乗り込んだフィオレンティナと伊藤の二人が死人もろとも瓦礫を粉砕していく。
『苦しませてゴメンね、これで終わらせてあげるから』
『持参したゴーレムの武装には、魔力付与効果のあるレミエラを装着してある。これにより『この武器は、魔法の力が付与』されているはず!? だから、カオスの魔物相手にも有効のはず!』
雄叫びだか何だかよく分からない気合の声と共に、振り下ろされた伊藤の斧が死人に直撃するとものの見事に敵を吹き飛ばした。死人風情に、その威力の如何を見ることは難しい。
「導、怪しい影とかはねぇよな?」
「ええ、魔法に感知するものも死人ばかりで特に怪しい存在はありません」
「‥‥暇だな。先に行って雑魚どもいなしてくるが、構わないよな?」
上空からの援護として控えていたトールだが、暇すぎる。カオスの怪鳥でも現れるかと予想していたが、それらしき影は欠片もない。
「メイ軍の勇猛さをアピールするのが目的なんだろ? だったら、俺たちは俺たちで先に行ってもいいんじゃねぇか?」
「‥‥そうですね」
巴の言うことももっともだ。バの軍は未だ後方から少しずつ迫ってくるだけで特におかしな動きもない。
グリフォンとペガサスが上空を駆け出すのを見てシャルグが天へとランスを持ち上げた。
「上空班に遅れを取るな! 進む、進めぃ!!」
「後ろは見るな!! 我等の戦いぶり、その目に刻み付けろ!!」
ファングの雄叫びがきっかけとなり、騎馬隊の速度は風を追い越すかの如く、大地を走り出した。
邪魔をする死人を突き刺し、粉砕し、ゴーレムの抉じ開けた道の上を導かれるように進み続ける。
そして見えてきた、教会の頭。
「オーラショット〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
教会の入り口付近に密集していた死人たちが、巨大な閃光に吹き飛ばされた。その一瞬の穴へとシャルグ、ファングが飛び込み、道を拡大させる。
「ぬぅうん!!!」
「はぁっ!!」
「周辺の警戒を怠らないよう! 死人とはいえ、侮ってはいけませんよ!」
教会広場に溢れる死人の数はおよそ50。対してこちらは冒険者を除いても100は下らない。勝敗は明らかだった。
地上班入り口を確保する一方で、鐘楼に近づいたトールが加速すると一気に鐘楼へと飛び乗った。
その狭い空間で対峙するのは、白い修道服を着た女性。瞳に生気はなく、肌はぼろぼろに崩れている。
「行きがけの駄賃だ、くらいやがれ!!」
鐘楼の一角ごと吹き飛ばすかのような衝撃波が放たれ、その小さな震動が広場に展開していた猛者たちの注意を引き付ける。
『巴―――――――!!』
「おうっ、トール、受け取れ!!!」
伊藤からペガサスの巴へ、そしてそこから鐘楼の屋根に乗ったトールへ。
「トール・ウッド一番乗り!! おまえら、勝ち鬨を上げろ!!」
●戦場の在りか
「ふあぁ〜〜〜〜〜」
「アルカナ様、一応戦場なのですから、そのような態度は控えるようお願い致します」
「あ、あはは、ごめんごめん」
護衛の騎士に窘められ、アルカナが苦笑いを零す。
メイ軍の突撃から一刻たっただろうか。街の入り口付近でのらりくらりやっているバの軍。完全の高みの見物に入っているのはアルカナの指示に他ならない。
ドンッ、と小さな爆発音。
「おー、いい音がしましたねぇ」
「鐘楼の一部が吹き飛びました。恐らくトールとかいう男の仕業かと」
次に聞こえてきたのは、街全体に轟くほどの凄まじい咆哮。
それが教会制圧の合図であることに、気付かないほど愚かではない。
「所要時間は?」
「‥‥17分02秒。驚異的な時間です」
「すごいねぇ。鷹の氏族っていうのは聞いていたけど、それより厄介なのはベルトラーゼさんの直属の人たちかな」
あ、空になんかふっとんだ。
打ち上げ花火のように地面からお空へと。ファングの渾身の一撃が死人の一団を纏めて吹き飛ばしたのだ。
「貴方なら、教会までどれくらいかかる?」
「‥‥最低でも一刻はかかりましょう。これほどの成果をあげきれるのは、我らの中でもトラキア様、ロットン様、バルバロッサ様、ユリパルス様等の数名しかおられないかと」
「ですよね〜。あ〜あ、もう嫌になってきちゃった」
ベルトラーゼ・ベクが誇る『鷹の氏族(トゥグリル・クラン)』、そして部隊結成以前から集結し、数々の戦場で名立たる戦果を挙げてきた者たち。中でもグランドラで『氏族の名(クラン・ネーム)』を与えられた者たちの名は、文字通りバの兵達の耳に届いている。
「巴 渓に、伊藤 登志樹。この二人も一筋縄じゃいかない感じだし」
「寝返りを計るのはいかがでしょう?」
「無理だと思いますよ〜。陣で顔を合わせた時にその二人のことちょこっと観察しましたけど、そんな金品とかで釣れそうな人じゃなかったですもん」
他の者たちも同様。しかもスニア・ロランドという騎士を筆頭に彼らは独自に正義観で動いている。ベルトラーゼに心酔しているならば、どうにか策を講じることも出来るだろうが‥‥。
「う〜ん、困っちゃいます」
「‥‥口の割りには嬉しそうな顔をなさっていますが」
えへへ〜とはにかむ顔は少女のよう。台詞と顔がバラバラのまま、アルカナは馬の頭を翻した。
黒き鷲に比肩する戦闘力を持つ彼らにもミスがある。戦いは、戦場だけでするものではないということだ。
「ロットンさ〜ん、後お願いしますねー」
「あいあい。軍師様はお仕事かいな?」
「はぁい。クシャルちゃんってば人使いが荒くてですね。もう少し部下の疲労にまで気をやってくれると嬉しいの一言なんですが」
「かっかっか。あんまり愚痴を言うのは止めといた方がいいと忠告しておきます。どこで聞き耳を立てているやつがいるともわからんからなぁ」
「おっと、そうでした。それじゃ、行ってきま〜す」
●敵はどこか
死人の掃討が完了してから、暫くのこと。後方に控えていたバの軍勢とベルトラーゼたちは合流した。
「いやはや、メイ軍の見事な働きぶり感服致しました。これならば、我らも安心して背中を任せられるというものでさ」
「貴方は?」
負傷兵の確認を行っていたベルトラーゼの元にやってきたのは、軽装の男。篭手や具足や胸当てなどだけの武装を施し、大きな斧を担ぐ姿はまるで傭兵。黒い騎士たちを背景に控える様子は実にアンバランスである。
「クシャル将軍様に雇われている傭兵隊の長をやっております、ロットン・ライドンと申しまさ。アルカナ参謀が先に陣に戻られましたので、わしがこうして代わりに」
「陣に? 何か急用でも?」
笑顔でありながらも鋭い眼光を放つスニアに、ロットンと名乗る男性が顎鬚に手を当てる。
「いやいや、メイ軍の働きを見れば最早勝敗は明らか。元々アルカナ様はメイ軍に怪しい動きがあった時に対応策を取るよう派遣されてきた方ですので、それが杞憂と判った今留まる必要もない。身体が冷えるということで先にお帰りになりました」
「部隊を率いる長が、戦勝の言葉も述べずに無断で帰るのはあまりに非礼というものではないか?」
「おい、ふざけんじゃねーぞてめえ。こちとら命だけの戦いを終えたばっかりだってのによ!」
シャルグと巴の厳しい批判に、少しだけ申し訳なさそうに頭下げるロットン。
「お気持ちはわかりますが、参謀もお忙しい身。それに皆さんに敵対の意志がないことはもう十分わかっております。それにこちらにも同盟を反故にする動きはない。昨日こっちの陣を偵察してた、そっちのお嬢ちゃんなら、理解してくれると思いますがねぇ」
ぎくっと思わずファングの影に隠れたのはフィオレンティナ。指摘された通りバの陣内を偵察した彼女だが、ちゃんと両軍から許可をもらってやったことだ。別にやましいことはないのだが、まさか見られていたとは。
「確かに、おかしな動きや気配はなかったけど。でも、それでも一緒に戦ってるんだから、お互いに労う言葉くらい‥‥」
「フィオレンティナさん、もう十分です」
言葉を遮ったのは、ベルトラーゼ。
「ロットン殿、子細了解いたしました。負傷兵の処置が終わり次第、我らも陣へと引き上げます。その旨、アルカナ様にお伝え下さい」
満足そうな笑みを浮かべた後、ロットンの号令に従ってバの騎士たちが街から去っていく。
背中が見えなくなる頃になって、巴がしびれを切らして大声を上げた。
「ったく、何だよあの態度はよ!! それに頼むぜベル! ああーもう、お前だって一軍の大将だろう。部下の前でそんなツラは見せるなよ」
怒りを抱いているのは彼女だけではない。冒険者たちが、それぞれに複雑な様相を見せている。
「非礼というほどのものではありませんよ。メイの中でもそう珍しいことではありません。ベイレル様も、このようなことはしょっちゅうですし」
格段珍しいことはない。直接の上司であるアナトリア、マリクでさえもこのようなことは恥じることなくすること。ロットンという将がこちらに来て労いの言葉を述べただけでも十分に礼節に則ったものといえる。
「私はただ依頼人の命令に従うだけ‥‥ですが」
スニアが再び厳しい目を作った。笑みに溢れるその表情は、これから言う言葉に嘘偽りがないことを告げていた。
「カオス抜きの人対人の依頼しか無くなれば、私は母国に戻るつもりですから」
「人対人‥‥か」
伊藤が漏らした呟きは、天界人らしい響きを乗せている。魔物という悪と戦うのではなく、人と戦う。そこには善も悪もない。見出すことが非常に難しい、戦い。
戦いはメイ軍の勝利に終わり、バの度肝を抜くその戦いぶりは鷹の氏族の名とともに、両軍に知れ渡り、メイ軍の士気を向上させることに成功する。
次なる戦いはフェルナンデス軍との決戦。
相手は人か、それとも魔か。
蠢く闇は、どこか‥‥。