【花嫁修業】撫子の段

■シリーズシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2004年09月30日

●オープニング

 秋の風は金色の風。
 凍てつくにはまだ遠く、たなびく雲の隙間から射す光は柔らかい。
 けれど微かに冬の気配を含んで閑かに心に沁み入る。
 まるでため息のやうなそれは、忍び寄る足音にも似て。
 伸びた影を落とす尾花の揺れる音が高天原に消えてゆく。
 長の月は物想う季節ぞ――。

 そんな訳で、暑い夏が過ぎたらやってくるのは秋である。
 が、彼女らの暑さ‥‥いや、“熱さ”が和らぐかどうかはまた別の話。


◆    ◆    ◆


「一大事だ」
 息急き切って駆け込んで来た女子に、一瞬間、ギルドの時が止まったが、当の女子が「こほん」と一つ咳を払うと再び繕ったように元の時間が流れる。
「あら? 映さん、そんなに慌ててどうしました?」
 顔馴染みのギルドの娘が机上に落としていた視線を上げて、書き遣る手を休めた。
「婆から文が届いた」
「婆と申しますと、小町さん‥‥でしたかしら?」
「物の怪小町だ」
 ギルドの娘に「映さん」と呼ばれた女子は、名を『秋篠・映(あきしの・はゆ)』と言い、さる武家の総領娘(長女)である。
 男勝りな性分で、普段から袴姿に大小を腰に帯び、馬を駆って過ごす彼女に、「このままでは嫁の貰い手がない」と嘆いた母親がその筋で有名な『遣り手婆』のところへ花嫁修業に行けと言いだしたので困っているとの事で、過去に二度ギルドを訪れている。
 遣り手婆というのは、門人に容赦のない鉄拳を見舞うので有名で、名を『小町』というらしいが、その風貌から、通称『物の怪小町』と呼ばれているようだ。
「先日は皆さんでお茶屋をされたのでしたね。今度は何が?」
「季節も好い折り、野遊山に出掛けようと申しておるのだ」
「それは良いではないですか。この季節でしたら紅葉狩りでしょうか?」
 手を打ち鳴らして顔を綻ばせたギルドの娘に、映は苦虫を噛み潰した顔で低く唸った。
「しかし‥‥手作り弁当を持参の上、現地では歌を詠めと言っておるのだ」
「まぁ、それは‥‥風流ですけれど‥‥」
 映の重苦しい嘆息を受けて、ギルドの娘はただ苦笑するしかなかった。
「そういう訳で、此度も共に参ってくれる者を頼みたい」
「わかりましたわ。せっかくですもの、楽しんでいらして下さいね」
 笑おうと努力したらしい映の顔は、けれど、やはり曇りが晴れる事はなかった。

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0912 栄神 望霄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2001 佐上 瑞紀(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2775 ニライ・カナイ(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea4083 橘 雪菜(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6393 林 雪紫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「方々、支度はよかろうな?」
「「「応!」」」
 婆の声に威勢よく声を張り上げた者達は、襷で袂をからげて『花』の文字の刻まれた鉢金付きの揃いの鉢巻。
 ってだから、ここは陣中ではなく陣痛でもない(←当たり前)
 ‥‥ある意味戦場にかわりは無いかもしれないけれど。
 仮にも花嫁になろうという方々なのです――なのです、が。花嫁御陵(見習い)は冒険者だったのです。

●お弁当大作戦
「俺の大好きな人が『私は嫁に行かんし、婿もとらん』って言うものですから‥‥俺が嫁に行くことにしました」
 にーっこり笑んだのは栄神望霄(ea0912)。花も恥らう十九歳、僧侶、男性である。さらっと流せ。
 どうしたらそのような答えに至るのであろうか首を捻りたくなる所ではあるが、恐らく追求しても無駄なのであろう。
 やる気になりゃ人間(羽根妖精だってエルフだって)やってやれない事はない。
 やっぱり出来ない事もあったりするのが世の常ではあるが、やってみる前から諦めるのでは何も生みはしない。
「そんじょそこいらの女性には負けない自信はあります。立派に嫁に行って見せます」
 ぐぐぐっと拳を握ってみせる彼はどうやら真剣(と書いて『マジ』と読む)らしい。
「‥‥主の思う花嫁の心得を申してみよ」
「心意気ですっ!」
 婆がこめかみを押さえ問えば、すかさず返ってくるのはこんなお言葉。
 とは言え伊達や粋狂ではないらしく、差し向かうのは一途な蒼の双眸である。
「ふむ、良くぞ申した。合格じゃ」
 花嫁は心意気らしい‥‥ここで修行して花嫁になれるものなのか甚だ疑問だ。

「映さんってホント、渓おねえちゃんみたい」
「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」
 じっと見上げる美芳野ひなた(ea1856)の視線に気付いた映が慌てて顔に手をやる。
「えと、ひなたのお友達のお姉さんに似てるんです。きっと映さんと親友になれますね♪」
「左様か。是非一度会ってみたいな。しかし、俺はどんな印象なんだ?」
 映は満面の笑顔で言った後、ふと思い至り鼻の脇を掻いて苦笑した。
「えーっと‥‥。あ! ここに来る前に小豆とお砂糖を買ってきました。お砂糖は高かったけど、ひなた餡子が大好きだし奮発しちゃったです。これで、おはぎを作ります♪」
 さり気無く話題を変えてみたりしたのは、ひなたの心遣いという事で。
「砂糖とは珍しい。それは楽しみだな」
 人数分用意したので本日の出費は合わせて2G。確かに少々懐は痛むが偶の贅沢は良しとしたい。
「あら。お砂糖? 本当に珍しいわね。でも珍しさだったら私も負けてないわよ」
 後ろからこんな言葉を発したのが他ならぬ佐上瑞紀(ea2001)であったから聞き捨てならない。
 何しろアレとかソレとかコレとか、ちょいと巡らせただけでも色々有り過ぎる程に前科があるのだ。
「瑞紀殿、此度は一体何を‥‥」
「ふふふ、内緒」
 笑顔なのに取り巻く空気が瘴気を発するかの如く黒いのは気のせいであろうか。
 言葉は無くとも、爛々と輝く意思の強い瞳が雄弁に物語っている。
 婆は嘆く視線を向け、溜息を吐き出して大きく肩を揺らした。
「もしもの為じゃ。お主ら、ほれ、保存食を預けよ。持っておるじゃろう?」
 まったくもって信用がないらしい。
 そして残念な事に『もしも』などではなく『必然』に違いない。

「さて〜、ではお弁当を作りましょう〜」
 槙原愛(ea6158)がのんびりと口を開けば、橘雪菜(ea4083)と静月千歳(ea0063)が頷く。
 他の仲間も思い思いに作業を開始したようだ。
 彼女らが厨で作業する姿は実に微笑ましくあるが、耳を澄ませばとんでもない会話が聞こえてくるので要注意だ。
 そうじゃなくとも黒い空気が漂っていたり、ドンガラガッシャーンと大きな音が響いていたりする。
 さすが物の怪小町の厨である。いや、婆のせいではないが。
「物の怪小町殿もあっと驚くような弁当が出来ると良いな」
 ニライ・カナイ(ea2775)は真剣な面持ちだが、そんな驚きはいらない。
 驚きには“嬉しいもの”と“そうじゃないもの”の二種類ある。婆が驚く結果になるならば、それは後者に相違ない。
「とりあえず定番の梅からですか〜?」
 愛が材料を手際よく並べる。まず最初におにぎりを作るようだ。
「えっと‥‥思う所がありまして参加しました。色々教えてくださいね‥‥皆さん、宜しくお願いします」
 雪菜の頬が上気して染まり、消え入りそうに言葉を紡いで瞳を伏せる。花嫁修業に思う所があるとなれば、理由とか動機とかそんなものはただの一つだ。
 とは言え、この面々においては、むしろ動悸・息切れってのが正解だと思われる。
「雪菜さん、大丈夫ですよ〜、おにぎりはそんなに難しくないですから〜」
 にっこり笑みを返す愛の手にしているのが生昆布だったりまだ青々とした梅だったりするのが謎だ。ちっとも大丈夫じゃない。
「野菜を煮れば良いのですよね」
 煮物を担当する千歳は黙々と作業の手を進めているが、鍋を覗けばそのままの形で湯の中を踊っている野菜たち。
 煮物には違いないが、正真正銘ただの茹で野菜である。しかも、切ってすらいない。
「千歳殿、それは姿煮とかいう料理だな。見事なものだ」
「ええ。そうです高級料理ですよ」
 感心しきりに頷くニライにしれっと首肯する千歳がどこまで本気かは計り知れない。
「‥‥くんくん。匂いがするです!」
 ぴきーん! と立ち上がった林雪紫(ea6393)はこの騒音の最中、今の今まで寝ていたらしい。かなり神経が図太‥‥いやいや逞しいようだ。
「久し振りの火事です〜じゃなかった、家事です〜!」
 実は雪紫は、数日前に家が火事で焼けてしまったのだという。
 なんでも七輪で焼いていた秋刀魚を猫に盗まれ、慌てて追いかける際に七輪を倒してしまったらしい。
 火事と喧嘩は江戸の華とは言えど、これからの季節に宿無しでは不憫である。
 しかも彼女、これでいて忍びだと言うのだからお笑い草‥‥いや、侮れない。
「今日はタダでご飯が食べられる上にお給金が貰えると言う事で参加させて貰いました! 映さんありがとう!腹心の友よ! 物の怪小町ちゃんも宜しくお願いしまー‥‥」
 映の手を握りブンブンと振って、婆に声を掛けた途中で再び眠りに落ちそうになる。
「あぁ、よろしく頼む」
「あやつは‥‥大丈夫か?」
 寝る子は育つとは言ったものの‥‥婆の心配は尤もだ。

 雪紫が婆の家に向かう道すがら摘んで来たという草花や、ニライの持ち込んだ芋、人参、蓮根、柿、栗がおにぎりの具として握られていく。
 素敵な事に全部ナマだ、生。
「前回はちょっと量を多くしすぎたみたいだけど、今回は量を抑えたから外れ感が強まったわね‥‥」
 さも楽しそうに呟くのは瑞紀。料理は富籤じゃあない。当たり外れって何だ。
 そんな訳で、色んな空気を醸し出しながら花嫁見習いのお弁当大作戦は続いた。

●秋の野辺に
「未だ棺桶は必要ないようだな、物の怪小町殿」
 恭しく述べたニライの直球ど真ん中の言葉を訳すなら『息災でなにより』となる。‥‥らしい。
 表情は相変わらず読めないのであるが、心配してくれていると取って良いのであろう。
「棺桶に片足突っ込もうが、まだまだ当分逝けそうにないでのぅ」
 何しろ手のかかる門人を多数抱えている。やれやれ、とばかりに婆が首を振る。
「寿命が縮むといかんので現地までは私のユタに乗れ、引っ張ろう」
「お主の物言いは身も蓋も無いのぅ。‥‥はて、ゆた? 何じゃそれは」
「馬だ。偶には異なる目線も新鮮だと思うぞ?」
 敬老精神からの申し出のようだ。皆と共に歩くつもりの婆であったが、善意を断るのも憚られ素直に馬に乗る事にした。
 婆の荷物は、名目上は『もしもの為』となってはいるが、間違いなく必需品となる皆の保存食だ。
 こうして準備も整い、一路秋の野辺へと出立した。

「はなちゃんは俺の大好きな人の名前から一文字もらったんだよね」
「野裟斗、偶には一緒に遠出もいいわね」
 驢馬を引きながら、その鼻先を撫でて望霄が言えば、瑞紀も愛馬の首を撫でる。
「あ〜、雉虎〜もう少しゆっくり〜」
「ははは。愛殿の馬は元気だな」
 愛は元気の良すぎる馬に半ば引きずられているような状態であり、映がその様子を見て破顔する。
「そうなんです〜。映さんの馬はお利巧さんですね〜」
「これは兄者に貰った馬でな、俺とは違って賢いんだ。な、八咫」
 映に見上げられた馬は、フン、とばかりに鼻息を吐く。
「‥‥とまぁ、まだ兄者のようには心を許してくれておらんのが悩みだ」
 苦笑する映に皆が笑顔を向けて、和やかな空気になる。愛馬や仲間と共に爽やかな自然に遊ぶのはとても心地が良いものだ。
「花嫁修業も大事だけど、秋の景色を楽しむ余裕が一番大切ですよね」
 ひなたの言葉に馬上の婆も眦を下げて頷いた。
 九月(旧暦なので十月下旬)の秋空の下、色付く草木を愛でながら乙女達(若干微妙)の賑やかな徒歩が続いた。

「こっちです! こっちですよ!」
 疾走の術を使い、先に現地で場所を探していた雪紫が皆の姿を発見し手を振った。
「お弁当を広げるのに良い場所を見付けたですよ」
 馬の背に積んできた大きな茣蓙を広げて早速準備にかかる。
 正味四時間は歩いただろうか。身体の疲労は勿論だが、空腹も頂点に達している感じだ。それが最後の頼みとも言える。
「‥‥見事な景色だな」
 やっと落ち着いたところでニライが目を見張った。
 視界に飛び込んでくる数多の色が、自然とはこんなに沢山の色に溢れているのかと感慨を覚えさせる。
 作り出されたものはとは違う本物の色だ。
「まるで燃えているような鮮やかな色だな」
「本当にあんな感じでした‥‥火事‥‥」
 思わず漏らした言葉にずっしりと重い口調で雪紫が続けたので映が慌てて話題を変える。
「で、では、腹も減ったし弁当を頂くとするか」
 
「このような景色の中で食せばさぞや弁当も‥‥歯応えがあるな。まあ食えない事はない」
 バリボリとおにぎりにしては有り得ない音を立ててニライが頷く。
 その様子に安心して、いびつな握り飯を一つ手に取り口に運んだ雪菜が涙目になった。
「く、栗がそのまま‥‥」
 食べられやしない。
「香ばしくて美味しそうな匂いがします」
 味噌の塗られた焼きおにぎりを一口食べるなり肩を震わせた千歳の顔が見る見る赤くなり瞳には涙が滲んだ。
 やっとの思いで喉へと落とし込んで「結構な‥お手前で‥‥」と気丈に言い残したものの目を回して倒れてしまった。
「あれ? これ何でしょう?」
 ひなたの食べかけのおにぎりから出てきたのは、何とも毒々しい極彩色の物体である。
「あぁ、それね。前に依頼で採ってきた大紅天狗茸よ。珍しいでしょ?」
 さらりと言う瑞紀。見た目が超絶に毒々しいだけで大紅天狗茸に毒は無く、食べても問題はないが如何せん視覚的に問題アリだ。
 その後、あちこちで悲鳴のようなものが上がり倒れた者も千歳だけでは済まなかった。
「主ら‥‥」
 婆の額に青筋が浮き上がるが、今ここで何を言っても無駄な事。
 持ってきていた保存食を広げて「空腹では帰れぬぞ」と溜息を漏らした。
 花嫁への道は果てしなく遠い――気がする。
 
「食事も“無事”‥‥に済みましたし、次は歌ですね」
 回復した千歳が『無事』の部分を強調して言ったのはきっと気のせいではない。

 ――秋山に 食べた料理は 極楽を 我に見せたる 極上の味

 まずは私から、と詠んだ千歳の歌ははっきり言って深い恨み節であった。
 知らぬ者が聞けば、どんなに素晴らしい料理であったのかと思うかもしれないが。
「なるほど。次は俺が‥‥」

 ――華陰に 愛しき姿 重ねつつ 思いをはする 君は何処に

「旅に出た方の無事を祈り詠みました」
「そうか‥‥大切な人なのだな。息災であると良いな」
 風が望霄の髪を揺らし、映が空を見上げ遥かに視線を送った。
「はーい! 次はひなたが詠みます☆」

 ――秋忍び 映える紅葉の 紅に 花詠む人の 萩こそ想ふ
 
「映さんの名前を読み込んだり、秋と萩で韻を踏んだり、『花詠む』から花嫁、『紅』から花嫁さんの唇を飾る薄紅を掛けてみたりしました♪」
 少し照れながら頬を染めたひなたの頭を撫でた映は「美しい歌だ」と微笑んで返した。
「紅く染まる木々を眺めているだけでも時を忘れてしまいますね。では私も‥‥」

 ――風吹けば 紅き雪降る 風景に 足を止めて 時を止めて

 詠んだ雪菜の眼前には見事に染まった木々が揺れている。
「素直な歌じゃのぅ。確かに時を忘れて見入ってしまうものじゃ」
 婆が目を細めて見上げた。
「歌は五・七・五・七・七に区切るのか‥‥」

 ――物の怪小 町殿の叫 びが響く 色づく葉は落 ち熊もビック

「次は二番だ」

 ――リそよそよ と秋風吹く‥‥

「何じゃそれは‥‥二番とは何じゃ、二番とは! この虚け者が!」
 ニライ・カナイ、ロシア王国出身。彼女は和歌を理解していなかった。
 節まで付いた歌は朗々と続いているが婆により強制終了。一発お見舞いされる羽目になった。
「和歌なぞ知らんのだ、手より先に口で説明してくれ」
 やはり無表情のままだが気持ちよく歌っていた所を止められて些か不満のようだ。
 婆に和歌の手解きを受けて、ふむふむ、と頷く。
「では、理解した所で仕切り直しだ」

 ――紅に 色づく婆のしっぺ跡 秋風に舞う もみじの如し

「お主‥‥」
 ギリギリと歯噛みする婆の白髪が逆立っているのは‥‥怖いので見なかった事にしよう。
「みんなやるじゃないの。私も負けないわよ」

 ――物の怪の 誘いで呼ばれた 紅葉狩り 傍では愛馬の 歩き回る音

「野裟斗は普段はつないでる事が多いからね‥‥たまには少しでも自由に動ける様にしてあげないと」
 瑞紀の愛馬は自由というか自由すぎるというか、すごい勢いで駆け回ってたりするのだが止める気はないようだ。
 気付けば他の馬も走り回っていて大変な状態になっている。
「次は私ですね〜。雉虎〜、あんまり遠くに行ってはだめですよ〜って、あ〜!!」

 ――紅葉の 林の下を 馬行けば 物の怪小町 吹き飛ばしてく

 愛さん暢気に歌詠んでる場合じゃありません。
「はっ! あんまり気持ち良いから春花の術で皆さんにも暖かな春の如き風をお届けしたいと思ってたら私が寝ちゃってたです!」
 きっと術なんか使わなくても安眠してたに違いない気はするが、騒動で目を覚ました雪紫が周囲を見渡し一首。

 ――夕暮れに 揺れる薄穂 金の波 撫子達は 今日も屍

 因みに、江戸へ帰ってから彼女らがこってり絞られたのは言うまでも無い。