●リプレイ本文
●いざ、たどらまじ儔(ともがら)の道
「子守り‥‥ね。子供の相手なら依頼を受けてない時は生業でやってるとは言え‥‥」
「そう言えば、瑞紀殿の生業は何であったか?」
「教師よ。今回は普段やってる様な事はちょっと出来そうにないわね‥‥」
普段やってる事って‥‥いや、聞くな。聞いちゃいけない。
「然し瑞紀殿。子供とは言え、人として全力で相手致すのが礼儀ではあるまいか?」
「‥‥それもそうね。ま、場合によっては容赦はしないわよ。その方が子供の為になるでしょ」
「「「‥‥‥‥」」」
佐上瑞紀(ea2001)と秋篠映の何気ない会話に、仲間は言葉を失い、色んな意味で戦慄を覚えた――かもしれない。
彼女らの言ってる事は間違っちゃいない。‥‥いないのだが、何しろ件の二人は普段が普段だ。信用ありゃしねぇ。
「ちっちゃい子供は大好きですよ」
「ええ。私も子供は大好きです」
静月千歳(ea0063)が口を開けば、橘雪菜(ea4083)もしなやかな指を口元に添えて微笑む。
艶やかなぬばたまの黒髪。肌理細やかな白い肌。まるで人形のように愛らしい彼女らの笑顔にドキリとせぬ男性など居ないのではなかろうか。
違う意味でドキリとさせられるのは時間の問題やも知れぬが。因みに、そのドキリは心臓に好くない方のドキリである。
幼い兄妹の待つ家へと向かいながらの撫子達のやり取りは実に微笑ましいものではあるが‥‥物の怪小町は大仰な溜息を漏らす。
「なんですか、小町ちゃん? 安心して私達にどーんと任せてくださいですよ!」
「そうですよ! ひなたも頑張るです」
林雪紫(ea6393)と 美芳野ひなた(ea1856)が胸を叩いてみせるが、婆は胡乱な視線を向けて再び大きな息を吐いた。
どーんと任せられるものなら溜息など吐きゃしない。
「無い胸を叩かれてものぅ‥‥」
「ひどいっ! 小町ちゃんそれは言い過ぎですっ! 無い胸でもちくちく痛むですよ。寒いこれからの季節、胸が無ければ家も無い私は一体どうすれば‥‥」
認めてどうする雪紫よ。しかも話ずれてます。
「大丈夫ですよ。俺も胸はないですから」
にっこり笑んだのは栄神望霄(ea0912)だ。アンタは無くて当然だから。
「栄神おにいちゃんは男の人だけど色っぽいです! だからいいんです」
首を振ったひなたが、羨むような口調で言い、ふと自分の胸を見下ろして肩を落とした。
遮る物は何も無く、悲しいかな足の爪先まで眺めは良好だ。嬉しかない。
「心配しなくたって、ひなたちゃんもすぐに大きくなりますよ。そんなものはちょっと揉まれ‥‥ごふっ」
「教育的指導じゃ〜!!」
婆の飛び蹴りが望霄の脳天に見事命中☆ 物の怪小町は今日も元気だ、善き哉、善き哉。
「ご健勝で何より‥‥。でも俺も負けません。海の向こうのあの人の為にも、やりぬいて見せます! 師匠、今回も御指南の程をよろしくお願いします」
痛む頭頂部をさすりながら気合を入れる望霄に、婆は無言で扇を揺らした。
「正直、子供の相手は慣れていないので勝手が分からん。己の子供時代を振り返ってみようにも五十年も昔を思い出すのは、なかなか難しいものだ」
眉一つ動かさずニライ・カナイ(ea2775)は真っ直ぐな視線を前へと向けたまま呟いた。
「物の怪小町殿の幼少時を想像するよりは、遥かに容易いかもしれんがな。‥‥何せ、幼少時どころか若年時さえも想像し難い」
相も変わらず生来の素直さゆえに一言多い。歯に衣着せぬ物言いは本人に一切の悪気はないのではあるが、明らかに失礼だ。
とは言え、これはここに居る誰もが思っている事である。直接本人に言ってしまえる人物はニライくらいのものであろうが。
「何を申すか。若い時分は日々熱烈な恋文に埋もれた程じゃぞ。今も面影が残っておろうが」
「熱烈な濃い文? ‥‥さすが物の怪小町殿。若かりし頃から物の怪っぷりを遺憾無く発揮されておったのだな」
「お主。勘違いしておろう? 物の怪っぷりって何じゃっ!」
扇でピシリ。
やはり今回も婆の愛の鞭を受けるニライであった。
こうして意気揚々と徒歩を進める彼女らの額には揃いの鉢巻。当てられた鉢金に刻まれた『花』の文字が陽に照らされて輝いている。
なぜ花嫁修業に鉢金が必要なのかは謎ではあるが‥‥。
●花も花なれ、人も人なれ
「へぇ? ちったァ、骨がありそうだな」
「おーおー、小生意気にいっちょ前な事を言いよるのぅ。すっかり大きゅうなって‥‥婆が襁褓(むつき)を換えたのは覚えておるまいのぅ?」
家の前では主税が腕組をして待ち構えていた。その足元に隠れるように妹の思音が顔だけを覗かせている。
「なんだァ? この婆ァは化けモンか?」
「「「ぷっ」」」
素直な子供の開口一番に思わず吹き出す冒険者達。あんまりと言えばあんまりだ。
「小町ちゃんは、顔は物の怪でも、多分‥‥人間(仮)ですから、泣かなくても大丈夫よ。怖くないのよ」
一番ひどいのは笑顔でこう言い切った雪紫であろう。
「えっと、ひなたは皆さんが二人の子守りに専念できるように、掃除洗濯、風呂炊きにお料理。家事仕事を済ませておきます」
「‥‥お主がやってくれるなら安心じゃ。わしも手伝おうぞ」
ひなたは物の怪小町の門人には珍しく、この面子の中でもただ一人家事が得意だ。
「それでは私たちはお邪魔にならないように、まずは外で遊びましょうか」
千歳が膝を折り、子供達の視線に合わせて笑いかけた。――が。
「けっ。冗談じゃねェ。ちんたら女の相手なんかしてられるか! いくぞ思音」
「あ。ちーにーたん、まって」
べしゃ。
慌てて駆け出した思音は転んでしまい、大きな瞳にみるみる涙が滲む。
「えぅ‥‥ことね、なかない‥‥でしゅ」
「思音ちゃんは強い子ですね」
雪菜は思音をそっと抱き起こしてやり頭を撫でた。
「にーたん、ないたら、よわむちっておこゆ。ねーたまもおこゆ?」
「いいえ。泣かない事が強さではないです。弱虫さんは傷付く事に臆病になってしまう事です。だから泣いてもいいですよ? お兄さまは男の子だからきっと人前では泣けないんです。その分、思音ちゃんが代わりに泣いてもいいんですよ」
「えぅ‥‥いちゃい」
ぽろぽろと涙を零す思音の擦り剥いた膝を濡らした手拭いで洗ってやり、雪菜は小さな童を膝に乗せた。
「お兄さまって、きかんぼさんなんですね‥‥」
「ちなうもん。にーたん、やちゃちいもん」
雪菜を見上げると思音はふるふると首を振る。
「強くて優しい素敵なお兄さまなのですね。‥‥兄妹っていいですね。私は一人っ子だからとても羨ましいです」
「ねーたま、にーたんほちい? ねーたまのとこにも、にーたまがうまれゆといいね」
自慢の兄を褒められ快くした思音は兄の言葉を忘れ、すっかり打ち解けて色々な話を一生懸命に話す。次第に笑い声も混ざり辺りに響いた。
「ちっ、思音のヤツ‥‥」
妹が気掛かりで木の陰から様子を窺っていた主税は舌打ちして顔を顰める。
「ちんたら女の相手はしてられないんでしょ? これならどうかしら?」
にっこり不気味なまでに笑んだ瑞紀が咄嗟に振り上げた足を主税は寸での所でかわした。
「ふぅん? さすがガキ大将。筋は悪くないわね。でも、まだまだね」
「なっ、なんだと?!」
気付けば、事も無く乗せられて、瑞紀の格闘技指南の開始である。こうなってしまえば少年は夢中だ。
一頻り暴れた二人は大きく肩で息をして、視線が合うとどちらからともなく大声で笑う。
「あははははっ。お前強ェな。‥‥ホントは男だろ」
「ソードボンバーぶちかまされたいのかしら?」
サラリと洒落にならねぇ。ともあれ、少年の心は開かれたようだ。
「思い切り身体を動かして疲れたでしょう? お茶にしませんか? お菓子も用意しましたよ」
千歳が手招きすると主税と思音の顔が輝く。菓子を嫌いな子供はいないものだ。
「これは主税くんの、こちらが思音ちゃんの。これが私。後は皆さんご自由に」
さっさと三人分の茶を手にした千歳の笑顔がやけに晴れ晴れとしており、かえって恐ろしくもあったのだが和やかに茶会は始まった――かに見えた。
「げほっ!! 何、これっ!」
「あら。佐上さん、手が滑って山葵が入ってしまったかもしれないわ。ごめんなさい」
どう手が滑ったら山葵が茶に入るのやら。奇襲作戦によりまんまと先日の仕返しに成功したようだ。
「お口直しにお菓子をどうぞ。‥‥けほっ、なぜ私のお茶にも山葵が‥‥」
子供らに渡らないように気を配ったまでは良かったが、自分も引いてりゃ世話がない。
静月千歳、目下連敗街道ひた走り中。
「ねーたま、おかちたべゆ?」
静かに茶を飲んでいた望霄に気付き、思音が食べかけの菓子を差し出して首を傾げる。
「ありがとう。でもね‥‥俺はお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんなんだよ」
「「「えっ?」」」
どうでもいいが、驚きの声を上げたのが主税と思音の二人だけじゃなかったのは気のせいか。
そもそも恐ろしい事を子供に教えるな。夜泣きしたらどうするんだ(マテ)
「衝撃の事実ですよ! 今週のびっくりどっきり情報ですね!」
そりゃアンタがいつも寝てて聞いちゃいないからだ。他の仲間はみんな知ってたよ。誰とは言わないが宿無しくノ一その人だ。
「ところでさァ‥‥。なんであの姉ちゃん、じっとこっち見てんだよ?」
居心地悪ィとでも言いたげに主税が指差した相手は、食い入る様に彼とその妹を凝視しているニライだ。
あまり真剣に見ているので、その視線も刺し貫くように感じられる。
ニライはまずは子供らを『知る』事から始めようと思ったようで、こうして二人を観察しているらしい。
「気にする必要は無いぞ、主税殿。続けて、続けて」
「んな事言ったって‥‥」
――そりゃ無理というものだ。
●遠き山に陽は落ちて
「お前は一緒に遊ばねェのかよ?」
茶の時間を終えて、再び家事へと戻るひなたに主税が声を掛けた。
「まだ家事が残ってるです。終わったらお姉ちゃんも一緒に遊びましょうです」
「姉ちゃん? お前が? ‥‥思音より乳ねェじゃん。あと、アイツとアイツも」
主税が千歳と雪紫にも次々と指を差す。
「くっ‥‥二歳児以下は問題有りです」
問題はそこじゃないが落ち込む三人の姿はこの上なく悲愴が漂っている。
「くすん‥‥ひどいです。そりゃあ同年代の女の子より発育悪いし、背も低いです。ひなただって、スッゴク気にしてるのに」
「だから、そんなの揉めばすぐ‥‥げぇほっ」
「お主は口を開くな。良いな? 良いなっ?!」
婆の教育的指導は本日二度目。今度は鳩尾に肘鉄を食らった望霄は「負けませんよ‥‥」と虫の息。何と戦ってるんだ。
「なんだ、揉めばいいのか‥‥ほれっ。これででっかくなるかもな喜べ」
「「「きゃぁぁ」」」
ひなた達の胸をむんずと掴んだ主税はそのまま逃走を開始した。
「待ちなさーいっ!」
流石に見かねた瑞紀達が追いかける。
「ああ、主税くんを追いかける皆さんの胸が豊かに揺れてます。‥‥ひなた、立ち直れません」
いや、だから傷付く場所が違うような――。
気付けば、家の中は追いかけっこの末しっちゃかめっちゃか。ひなたと婆の苦労は一瞬にして無に帰った。
「こんな時はちゃっぴいに慰めて貰うんです」
ひなたの周囲に白煙が巻き起こり、視界が開けると巨大蛙が『ゲコッ』と一鳴き。
ちゃっぴいってコレですか。
「ねーたま、いいこ、いいこ」
「思音ちゃんも慰めてくれるんだ。うう、ありがとうです」
落ち込む度に、ちゃっぴいを出されては傍迷惑かもしれない。
「‥‥よし、何となく分かったようなそうでもないような気がする」
一人頷いたのはニライだ。
「私も童心で接するとしよう。ことね、ニーねーたんとおしょとあしょびいく? じんじゃ、どんくりいーぱい。ひろてたべゆ。おばけばーたん、じんじゃいってい? め?」
「お主気でも狂うたか?」
婆がこめかみを押さえると、主税は脱力してその場に崩れた。
「化けモンの婆ァ‥‥変なモン連れてくるんじゃねェや」
「ん? どうした主税殿、何か変か? 腹が減っては居留守も出来ぬとジャパンでは言うらしいではないか」
そんな言葉は聞いた事がない。
「居留守ならぬ本物の留守番だ、しかと食べて備える為にも団栗拾いに行くぞ。栗や椎もあると良いな」
「おしょと、いく♪ にーたんと、ねーたまと、みんなでいっしょいく」
「ことね、にーたんよりたかい、する?」
「もう良いわぃ」
婆に叩かれつつもニライは喜ぶ思音を肩車して、皆で近くの神社へ向かう。
途中、望霄が熱心に毒草を教え(もちろん婆の鉄拳を食らったが)、雪菜が照れからかぶっきらぼうに払う主税の手を引いて色んな話をして。
(「誰かさんにそっくりですね。あの方も、小さい頃はこんな子だったのかな?」)
「雪菜さん顔が赤いわよ?」
覗き込まれて双頬を更に染めると瑞紀は意味ありげに口端を上げて「青い春ね」と呟く。
「駆けっこなら、お姉ちゃん負けないぞ〜疾走の術でひとっ走り☆」
雪紫が術を使い駆け出せば、負けん気の主税も追いかける。
「お‥前っ‥‥速過ぎっ」
息を上げた主税が観念して足を止めた。
「当たり前ですよ、エヘン☆ 早く走れるコツは‥‥朝起きて寝て、昼起きて寝て、夜起きて寝て、そういう毎日の鍛錬です」
「それのどこが鍛錬なんだよ」
寝る子は育つのだ。だから良いのだ。とは雪紫一人の見解ではあるが。
「丁度良い若木がありますね。新しい遊びをやってみましょうか? この若木を毎日飛び越えるのです。次第に跳躍力を得て、立派な忍びになれます」
「俺べつに忍びになる気はねェんだけど‥‥」
楽しいのに‥‥と残念そうに呟いた雪紫はふと若木に視線を止めた。
「あ、これは山茶花の木だったのですね。冬前に咲くお花‥‥はらりはらりと花弁が散る姿は雪のようで綺麗ですよ」
「お前は山茶花ってよりは椿って感じじゃねェか?」
悪戯っぽく笑んでみせた主税に目を眇めた婆が「して、その心は?」と訊ねると、返ってきたのは――。
「ぼたり、ぼたりとよく落ち(寝)る」
「雪紫よ、これは主税に一本取られたのぅ」
遠い山に陽が落ちるまで、賑やかな笑い声が途切れる事は無かった。
「もう帰っちまうのか。また、いつでも遊んでやるから来いよな。物の怪一座!」
――いつからそんなものになったのであろうか。
さり気無く思音を抱き上げて持ち帰りを決め込もうとした千歳も婆に見付かりしっぺを食らい、冒険者達は手を振り帰ってゆく。
星の瞬く頃。今夜は、幼い兄妹も撫子達も楽しい夢を見て眠るに違いない。