【遠い日の唄】水と光の導
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■シリーズシナリオ
担当:幸護
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月17日〜11月24日
リプレイ公開日:2004年11月26日
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●オープニング
江戸・冒険者ギルドの番台で――。
「ナキチ、冒険する! ゼニもらう」
小さな河童が一人‥‥いや、一匹? ギルドの女を困らせている。
「‥‥冒険するって言ってもねぇ、ギルドから仕事を貰うには冒険者登録をしなきゃ駄目なんだよ」
膝を折り、目線の高さを合わせて幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくり優しく言い含める。
事実、眼前の河童はとても小さく、年齢は判らぬが子供であろう。
「とうろくする。しごとできる? ナキチ、とうろくする!」
大きな瞳をぱちぱちとしばたたかせて、魚吉は水掻きの付いた手を挙げた。
「あのね、魚吉。登録するには入会金がいるんだよ。分かるかい? お金だよ。これは安くないんだよ‥‥それに‥‥」
屈託のない笑顔を向ける幼子を前に、小さく溜息を落とした女は苦く表情を崩して言い澱む。
呑み込んだ言葉を胸まで落とし込めて、眉根を寄せた。
小首を傾げる小さな河童の緑色の皮膚は湿っており、背には甲羅、手には水掻き、頭には皿――改めて言うまでもなくそんな姿だ。
首から大きな瓢箪をぶら下げており、揺れる度に、とぷったぷん、と水音がする。
人間とは違う意味で、河童にとって水は命を左右する大切なものである。
当然ながらその事実を、この小さな河童も本能で分かってはいるようであるが、少々生い立ちが複雑な彼は、どこまで理解しているのであろうか。
と言うのも、どうやら魚吉は仲間の河童とははぐれてしまい、人間と暮らしていたようなのである。
自分が河童であるという事を‥‥人間ではないという事を理解出来ているのであろうか。
「ゼニ‥‥ナキチ、ゼニない」
「だろう? こっちも信頼が大事でね、登録してない者をまわす訳にはいかないんだよ。良い子だから分かるね?」
「冒険者なる、ゼニいるわかった。ナキチ、ゼニあつめる、あつめてとうろくする」
こくこくと頷いた子河童は再び笑みを浮かべる。
「――本当に分かってるのかしら‥‥」
銭を集めると言ったって、簡単に落ちているものでも、降ってくるものでもない。
子供が、それも河童の子が金を稼ぐというのは安易な事ではないのだ。
ひょこひょこと歩いていく魚吉の背を見送るギルドの女は長い息を吐いた。
□■
「今回の依頼はね、小さな村の娘さんからだよ」
その村の娘が、隣村に働きに出ている父親に手紙を届けて欲しいのだと言う。
隣村と言っても険しい山を一つ越えなければならない。
この時期に峠を越えるのは、それだけでも十分危険なのではあるが、それに加えてこの山には小鬼が出没するのだと言う。
母親が病で倒れ、それを父に報せたいのだが村の者は小鬼に怯えてしまい誰も引き受けてくれぬのだそうだ。
「この村には医者はいないんだが、隣村にはいるらしいね。苦しんでるおっ母さんの為にも手を貸してやってくれるかい?」
内容の説明を終えて、真剣な眼差しを向けたギルドの女に冒険者達は頷いて返した。
「ナキチがんばるっ!」
並んで話を聞いていた冒険者の後方から、その声は聞こえた。
「えっ?! なっ、魚吉?!」
「ナキチ、行く。てがみとどけるてつだう」
――あぁ、矢張り。
「あのね、魚吉‥‥さっき説明しただろう? ギルドからの依頼は‥‥」
「ちがう。ナキ`、冒険者てつだう! だめ?」
言い掛けた女に、魚吉は首をひとつ振って見上げる。
「‥‥冒険者をねぇ‥‥それだったらあたしは口が出せないね。あんたが冒険者を手伝って小遣いを貰おうが、それはギルドの知ったこっちゃないからねぇ」
やれやれと肩を竦めてみせた女は言葉とは裏腹に微笑を浮かべる。
「ま、そういう訳なんだけど‥‥魚吉をどうするかはあんた達次第さ。こっちは仕事さえこなして貰えりゃ文句はないからね」
●リプレイ本文
「一つ‥‥聞きたいんだけど。登録に必要な金額って‥‥いくら、かな?」
「私もいいかな? この依頼をお手伝いしたらどの位の報酬が相場なのか教えて欲しいの」
二条院無路渦(ea6844)が自然に下りてくる瞼をこすりながらギルドの女に訊ねるとリゼル・メイアー(ea0380)も身を乗り出した。
「そりゃまた変な事を聞くねぇ? 入会金はあんた達が払ったのと同じ10Gさ。増えちゃいないから安心おしよ。って言っても、あんた達も知ってる通り依頼の報酬は経費込みの後払いだからねぇ‥‥必要な物は事前に自分で用意しなきゃならないだろ? その分も頭に入れて貯めなきゃ登録しても仕事は出来ないよ。報酬はそれぞれだから一概にゃ言えやしないけど‥‥そうさねぇ駆け出しの冒険者なら一度に1Gも貰えないだろうね」
●遥
「まずは娘さんの所へ急がなくてはいけませんね」
「うん、そうだよね。病気のお母さんを早く助けてあげなくちゃ」
空を仰いだ手塚十威(ea0404)が手を翳すと藤浦沙羅(ea0260)も眩しそうに目を眇めた。
「私の名を覚えているか魚吉? 瓢箪、身に着けていてくれるとは嬉しいぞ」
「チサト、わすれない。ひょうたんくれた。きゅうりくれた。きゅうりすき。きゅうりおいしい。きゅうりみどり。きゅうり‥‥はらへった。ナキチきゅうりたべる。きゅうりどこある?」
腰を屈めた白河千里(ea0012)を見上げた魚吉は既に胡瓜で頭が一杯らしい。
「魚吉、冒険者になるのだろう? 仕事は時に己の寝食より重んじねばならない。遊びではないのだ。‥‥腹が減ってるのなら道々にな。胡瓜は仕事が終わってからだ、良い子だから分かるな?」
「しごとだいじ、わかった。しごとおわるナキチきゅうりたべる」
千里に窘められた魚吉はこくりと頷いて差し出された干し飯を受け取ると歩き出した。胡瓜にかなりの未練があるようではあったが。
「魚吉くん、久しぶり。元気でやってる? ‥‥今回は特別だけど、駄目って言われたらあんまりねだりすぎないようにね」
橘由良(ea1883)が穏やかに微笑し、ぽりぽりと音を立てて干し飯を噛んでいた魚吉は瞳を瞬いて動きを止めた。
「きゅうりダメ?」
いや、胡瓜からは離れろ。
「そうではなくて‥‥あんまり無理をしないようにって意味なんですけど‥‥とにかく、頑張って依頼達成しよう」
ぐっと拳を握って鼓舞する由良の袖を引いた魚吉は、彼の気持ちを知ってか知らずか屈託のない笑顔を浮かべて小さな手を広げる。
「メシおかわり」
由良は苦笑を落とすと麻の袋から干し飯を一つ取り出して魚吉の手に乗せてやった。
「魚吉さんと思い掛けずこんなに早く再会出来てとっても嬉しいです! 元気にしてましたか?」
「魚吉くん、こんにちは☆ また逢えて嬉しいの♪ お手伝いしてくれるんだね。とっても頼もしいよ♪」
十威とリゼルに声を掛けられ、魚吉は笑顔を向けた。
「魚吉はいくつなのでしょうか?」
高槻笙(ea2751)に問われ、顔を上げた魚吉は小さな指を一つ、二つと折って「にじゅう」と答えた。
「二十歳? そうは見えませんが‥‥童顔なのでしょうか」
「河童に童顔ってあるんですかね?」
渋く唸り声を上げた笙の肩越しから栄神望霄(ea0912)が覗き込んで、魚吉と目が合うとひらひらと手を振る。魚吉は一度首を傾げながらもそれに応えて手を振り返した。
「ナキチ、きゅうりにじゅうたべる。すごい?」
やっぱり胡瓜の話か! ってのは心の内で全員が思ったのではあるが、相手は河童である。そこはぐっと堪えて。
「では、寒い冬から花が咲いて暖かくなったのは何度でしょうか?」
「ふゆさむい。水こおる、ナキチこまる。とけて花さいた、よんかい」
魚吉の記憶にあるだけで四度、冬から春を迎えたようである。
「五、六歳といった所でしょうか‥‥」
笙は黒曜の視線をついと流し、静かに息を吐いた。
●風
昼過ぎ、冒険者達は村に入った。通り掛った村人に尋ねると娘の家はすぐに分かった。
草葺の小さな小屋だった。
「依頼を受けて参った者で白河千里と申す。此方は河童の魚吉。心配ない、母殿の事は任せてくれな」
「きっととーさまにお手紙届けてね」
娘は圧し掛かる感情を押し留めようと必死に耐えている表情だった。大きな瞳をぐっと見開いて唇を噛んでいるのは涙を堪えているからだろうか。
流せない涙。そんな娘の様子は泣きじゃくるよりもはるかに冒険者達の胸を痛めた。
「俺はお医者様じゃないですから治療は出来ませんが、これでも看護が生業でして、宜しければお母さんを診て差し上げたいのですが」
十威の申し出に娘は縋るような眸で頷く。
「熱が高いですね」
「風病でしょうか‥‥」
母親の額に手を当てた十威は表情を曇らせ由良に視線を注いだ。由良も双眸を伏せて頷く。額の手拭いを新しく取り替えてやり部屋を温めた。
「大丈夫、きっとお父さんとお医者さんを連れてくるからね」
沙羅が陽射しのような笑顔で娘の頭を撫でた。娘はゆるゆると顔を上げてぎこちなく頷いた。
「百戦錬磨の精鋭ゆえ安心して待っててくれ♪」
千里の言葉に、少女の顔に笑みが浮かぶが、すぐに視線を彷徨わせ俯いてしまう。合わせた両の手に力が込もる。指先が白く色を失っていた。
無理に笑おうとするほど、顔がくしゃくしゃに歪むのが自分でもわかって、これ以上は顔を上げていられなかったのだ。
一刻も早く父親と医者を連れてきてやらなければ――。
村人に母娘を頼み、冒険者達は山へと歩を進めた。
「濡れないようにですか‥‥これでどうでしょうね?」
娘から預かった手紙を望霄が油紙に包でやり、それを受け取った十威は真新しいバックパックに詰めて魚吉に背負わせる。首には巾着を掛けた。
「巾着は俺が作ったんですよ。集めたお金を入れられるでしょう? ‥‥ちょっと不格好になっちゃいましたけど、使ってもらえます?」
「トーイ、つくった? ゼニいれる。ありがとう。ここ、きゅうりついてるナキチうれしい。ここ、きゅうり」
魚吉にねだられた十威は、今回の仕事を終えたら巾着の真ん中に胡瓜の刺繍をする事を約束した。“させられた”と言った方が良いだろうか。
「魚吉くん、寒くないかな? 私のマント貸してあげるね♪」
リゼルに首で紐を結んで貰った魚吉は、外套が気に入ったようでくるくる回って跳ねた。
外套にバックパックに巾着に瓢箪。姿だけは一端の冒険者のようで頼もしい。
「魚吉、『大好き』は覚えたよな。手紙とはその大好きを遠くに居る人に伝える事が出来る物‥‥娘さんの大好きを父殿に伝える大任、しっかり頼むぞ」
「その手紙は私達に託された仕事‥‥あの母娘の命そのものです。お母さんと娘さんを助けてあげましょう」
千里の真剣な眼差し。笙の言葉。重大さが伝わったのだろうか、魚吉はただ静かに頷いた。
魚吉にとって『大好き』は亡くなった貫太郎おんじだ。或いはオンジの顔が脳裏に浮かんだのかもしれない。
「河童というと‥‥馬とか人の尻小玉を抜くというあれですか?」
連れている驢馬を見て不安げな表情を浮かべた望霄は胡乱な視線を向けて魚吉に釘を刺す。
「俺のはなちゃんにだけは悪戯しちゃだめだからね」
「ムジカ! あいつ、ナキチしりなでるいった!」
目を大きくしてすかさず言いつける辺り子供だ。しかも尻を撫でるなんて誰も言っちゃいない。
魚吉の隣りを歩いていた無路渦は突然の騒ぎにビクッと身体を揺らした。どうやら気持ちよく微睡んでいたらしい。歩きながら器用である。
「大丈夫‥‥私、魚吉の味方。ちゃんと‥‥信じてる。魚吉が困った時は私‥‥助けてあげる‥‥安心、して」
無路渦の言葉に安心したのか、魚吉は大人しくなって再びペタペタと足を進めた。
信じてくれる人が居る。助けてくれる人が居る。それが、ただの言葉であってもこんなにも温かく心を包み込む。
「魚吉の手、不思議‥‥可愛いね」
「かわいい? ムジカすき? ナキチのて、ムジカあげる」
ふと手を覗き込んだ無路渦に、はにかんだような仕草をして水掻きの手を伸ばす。
「本当? じゃ、大切にしなきゃ‥‥ね」
二人はそのまま手を繋いで歩き出した。正直な所、無路渦は見慣れない水掻きに興味津々であったのだが‥‥。
“可愛い”や“良い子”という言葉は貫太郎おんじが残してくれた物の中でも魚吉にとって大切な宝物だ。
そう言ってくれる時のおんじの顔はとても優しかったから。触れるぬくもりが失くなった今も、胸にこみ上げる優しさは変わる事はない。
「ナキチつかれた。ムジカおんぶ」
「‥‥無理」
時には厳しいのが世間であり躾だ。
子供からすれば大人の世界は矛盾だらけ。矢張り最終的に自分を守るのは己自身である。頑張れ子河童。
●祈
鬱蒼と茂る木々に陽射しを阻まれて、山は奥へ進むほど暗かった。これで陽が落ちてしまえば月明かりなどは届かず真っ暗闇であろう。
「明るいうちにできるだけ距離を稼いで野営できそうな場所も確保しましょう」
少し息をあげる由良の言葉に、望霄は「ええ」と短く返答した。
魚吉を中央に配し、一行は黙々と足を進める。前列を行くのは十威と笙。由良、望霄が続き、真ん中は無路渦と魚吉。後ろは沙羅、千里、リゼルの後衛組である。
険しい山道に体力は徐々に削がれ、口を開く余裕は無かった。
ただ周囲の気配に気を配し、一度止めてしまえば二度と動かなくなってしまうだろう疲れ果てた足を前へと進める。
「このままだと多分雨は降らないから大丈夫だよ。雨が降ったら足元がぬかるむし、体力も奪われちゃうから大変だよね」
風を読んだリゼルが伝える。
日も暮れかかり辺りは一層色を深めて、一度真紅に染まった空は急速に藍に塗り替えられてゆく。幕を下ろすかのように。
「今日はこの辺りで休みませんか? 丁度場所も良いですし」
由良が口を開いた時、皆の荷物を積んだ馬達が前脚を高く上げて嘶いた。
「はなちゃん?」
「権兵衛、どうした?」
気配に気付いた冒険者達も息を凝らして身構えた。四方から葉の擦れる音が近付いてくる。その音が迫ってくる一足毎に空は重みを増す。
千里は手にした短刀に炎の力を込め、リゼルは素早く矢をつがえた。
沙羅、由良、望霄、十威、笙は得物を抜き正眼に構え、無路渦は鞭を手に茂みを睨めつける。
飛び掛ってきた小さな黒い影を得物もろとも薙ぎ払った千里が身を翻すと、再び風が唸り襲ってくる。その影に沙羅が白刃を振り下ろした。
土を叩く音がして黒い飛沫が飛び散る。
無路渦は鞭で小鬼の足を絡め取った。地面を引き摺られながらも足掻いて抵抗する小鬼にリゼルが矢を放つ。
耳障りな唸り声が木々の間を抜けて空へとのぼり、鳥が一斉に羽ばたく。
飛び上がった小鬼の黒い塊を一瞥した笙は手を流れるように右に薙いだ。切り裂かれた肉塊が黒い粘液を撒き散らす。
十数頭はいただろうか小鬼らを全て片付けた時には周囲は闇。沙羅が提灯に火を灯した。すぐに千里と笙も火を入れる。
「やれやれ、やっと休めるという所でとんだ大仕事でしたね。‥‥ところで魚吉君は? 途中から姿が見えないんですよ」
何しろ真っ暗で‥‥と望霄が明かりを手に見渡せば、大きな木の下で丸まって震える魚吉の姿が見えた。
「魚吉くん‥‥怖かった? だけどこれも冒険者のお仕事のうちの一つなの。冒険者ってお金をもらえるだけじゃなくて、つらいことも多いんだよ。わかってね?」
「ナキチこわかった」
沙羅が声を掛けると魚吉は彼女の胸にしがみついた。
「傷付く事も傷付ける事も‥‥とても恐ろしい事です。それでも戦わなくてはならない。冒険者である限り迷ってはいられないんです‥‥これは逃れられない因果ですね」
十威は誰に言うでもなく呟いた。葉が風にさやさやと音を立てている。
その想いは誰もが同じであろうか。
「さあ、準備をして夕餉にしましょう。明日もまた歩かなくてはなりません。ゆっくり休んでおかなくては身が持ちませんよ」
笙の言葉で一斉に野営の準備を開始した。火を焚いてテントを広げ、用心の為、周囲に縄を張り木板を取り付ける。
用意したテントは四人用が二つ。一つは沙羅、リゼル、無路渦の女性用。もう一つが男性用だ。都合が良い事に定員を超える男性陣が交代で見張りをする事になった。
食事を済ませ、色々な話をして魚吉も落ち着いた頃、皆は明日に備えて眠りについた。
深夜――。
「あっ」
テントから由良の声がして、見張りをしていた千里は緊迫して「何事だ?」と顔を突っ込む。
「いえ‥‥魚吉くんがお漏らしを‥‥」
「漏らしたのか? ‥‥仕方のないヤツだな。先に寝小便をなおさねば冒険どころじゃあるまい」
苦笑する二人をよそに魚吉はすやすやと寝息を立てている。
そんな調子ではあったが、無事に父親に手紙を届け、帰路は医者と父親を伴って村へと戻った。
行きに小鬼と出くわしたのは幸運であったろう。
医者の煎じた薬で母親もじきによくなるだろうとの事だった。
父親が帰ってきた――それだけでも母娘にとってどれだけ心強いものだろう。
「とーさまにお手紙届けてくれてありがとう」
安心したのだろうか、初めて涙を零した娘の頭を撫でて、冒険者達は村を後にした。
「さて、魚吉くん、冒険者がどんな仕事をするのかは分かったでしょう? それでもまだ冒険者になる気はありますか?」
こくこくと首肯する魚吉を見て、由良の顔に花が咲いた。
「そっかー、良かった♪ 魚吉くん、ちゃんとお手紙届けたもんね。責任もって仕事をこなしたというこの気持ちを忘れず、立派な冒険者さんになってね」
「ご苦労様、無駄遣いしちゃだめだよ」
「報酬は、頑張った人に頑張った分だけ。貯金は‥‥努力と我慢が、大事。‥‥私、出来ないけど」
沙羅、望霄、無路渦の言葉に魚吉はふるふると首を横に振った。
「ナキチたたかう、にげた。おもらし、した。てがみ、にかいおとした。‥‥ゼニいらない。つぎ、がんばる」
「私達冒険者は、人々の昏き迷いの森へ光を見出す手助けをし、乾き疲れた心を潤す清水‥‥小さな導なのかもしれません。お金を稼ぐ為だけでなく、託された想いを預かる“冒険者”の意味を、魚吉ならいつの日かきっと理解できるでしょう。これからも共に学びましょう」
笙は遥か空を見上げた。
標はいつだって遠く空の向こうだ。歩き続ける限り、いつか手に出来るだろうか。
「では魚吉、金の代わりに良いものをやろう。筆記用具は冒険者には大事な道具‥‥文字の書けるお前には必要だ。おんじにも手紙を書いてやるといい」
「ありがとう、チサト。てがみかく」
遠くても、迷いながらでも歩き続ける限り、きっと――いつか会えると言ったのは嘘ではなく。