【遠い日の唄】終霜に暁紅射して
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■シリーズシナリオ
担当:幸護
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月04日〜04月11日
リプレイ公開日:2005年04月12日
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●オープニング
「ナキチ、におう? におう?」
「“匂う”じゃなくて“似合う”だろう?」
番台の前でくるくる回ってみせる小さな河童に、ギルドの女は仄かに笑って目見を細めた。
「然し、あれだねぇ‥‥こうして見るとあんたも立派な冒険者に見えなくもないねぇ。大したもんじゃないのさ」
子河童・魚吉は、真新しいバックパックを背負い、襷掛けにした巾着を得意気に揺らして見せた。
冒険者見習いの見習い――ではあるが、見て呉れだけは一応“其れなり”だ。
「ナキチ、冒険するみえる? つよいみえる?」
女の言葉に気を好くしたのか再び跳ねる様に回る。嘴がかちかちと高い音を立てて節を奏でているかのようだ。
首からぶら提げた大きな瓢箪は、魚吉が初めて己で手に入れた正真正銘“彼の物”である。それと同時に、これは河童である魚吉にとって命を守るとても大切な物だ。
「その巾着はどうしたんだい?」
魚吉が大切そうに撫でている少々不恰好な麻の巾着には、彼の大好きな胡瓜の刺繍が施されている。ちょっぴり歪(いびつ)なのはご愛嬌。
「ここ、ゼニいれる。きゅうりついてる。ナキチ、におう? トーイつくった。トーイじょうず‥‥きゅうり、おいしい。きゅうり、たべたい。どこある?」
「‥‥さっき言ったろう? 匂うじゃなくて似合うだよ。胡瓜の話はもう仕舞い‥‥そんな事より、他の連中とも上手くやってるようじゃないさ」
まぁ、寧ろ苦労してるのはあんたじゃなくて面倒をみなくちゃならない冒険者の方なんだろうけどねぇ――そんな女の呟きは幸い(?)にも魚吉の耳には届いていなかった。
「ナキチ、なかよしなった! メシくれた。おかわり、くれた。ぴらぴら(外套)かしてくれた。ムジカかわいい言った」
くりくりの眸を何度もしばたたかせて一息に言葉を羅列する河童の話は、半分も伝わらなかったのではあるが、水掻きの付いた小さな手を忙しく動かして懸命に語る仕草にギルドの女から思わず笑みが零れた。
「随分楽しかったようだねぇ」
「みんないっしょ、たのしい! ‥‥冒険たいへん。ナキチ、こわい。にげた。でも、てがみとどける、おぼえた」
あどけない顔は人のそれと同じように豊かに表情を変える。
「ナキチ、つぎ、にげない。がんばるっ」
「頑張るのは大いに結構だけど、それぞれ役目ってもんがあるんだ。魚吉には魚吉の出来る事がちゃんとあるんだから無茶はするんじゃないよ。誰にだって大切なものや信じるものってのがあって、その為には命を懸けたって構やしないって思う時だってあるかもしれないけどね、いいかい? “仲間”が居るって事をよく覚えておくんだよ、そうじゃなけりゃあんただけじゃない、仲間だって危険な目に遭わせる事になるんだからね。それが冒険者としての第一の心構えだよ」
「やくめ? こころ、がまえ? がッぶ! イタイ‥‥」
精一杯首を傾げた河童は、揺れた瓢箪の重みで体勢を崩して蹌踉けた後、盛大に転んで床と馴染みになった。
「大丈夫かねぇ‥‥」
――恐らく、あまり大丈夫じゃあない。
□■
「さて、今回の依頼は簡単に言えば留守番だよ」
ギルドの女は手に取った雁皮紙からゆるりと上げた視線を冒険者達に注いだ。
「留守番‥‥とは?」
「何の事は無い。文字通り“留守番”さ。ちょいとした事情で一家七人、家を空ける事になっちまった御仁からでね、空き家にしとくのは物騒だってんで留守の間、五日間寝泊りして家を守って欲しいそうだよ。掃除さえすりゃ家のもんは自由に使って良いそうだしね、悪い話じゃないだろう?」
まるで肩透かしを食らったようで困惑を浮かべた冒険者は無言のまま同胞と視線を交わす。
そんな彼等の後方から、期待を裏切らずその声は上がった。
「ナキチ、るすばんするっ!」
「そう言うだろうとは思ってたけどね。‥‥前にも言ったけど、『あんたが冒険者を手伝って小遣いを貰おうが、それはギルドの知ったこっちゃない』とだけは言っておくよ。‥‥ところで魚吉、何を書いてんだい?」
床に寝そべって紙(ギルドで出た反故を貰った)に筆を滑らせている河童を覗き込んだ女は眉宇を上げた。
「これチサトもらった。ナキチじかけるから言った。ナキチ、冒険した、かく」
「へぇ? 冒険日誌ってとこかい? 何て書いたんだい?」
――おもらし(←かろうじて読める)
「前途多難だねぇ‥‥」
●リプレイ本文
●再会
「魚吉くんお久しぶりですっ。今回は一緒にお留守番がんばりましょうね」
「サラ! ひさぶりっ、ぎゅ〜っ」
「きゃあっ」
にっこりと抱き締めた藤浦沙羅(ea0260)の腕に、小さな河童は嬉笑してしがみ付いた。
「今回は‥‥お留守番なんだね。とっても大事なお仕事だよね、しっかりお家を守らなくちゃね♪」
「うち、まもる? うち、よわい?」
リゼル・メイアー(ea0380)の言葉に首を傾げた魚吉がぱちぱちと眸を瞬く。
「家は私達の生活の場、ただの匣(はこ)に非ず。家を守るとは、則ち、家族を‥‥生活を守るという事です。リゼルさんの仰った事、解りますね? 皆で頑張りましょうね」
「だいじわかった。ナキチまもる、がんばるっ」
膝を折り、目線の高さを合わせた高槻笙(ea2751)の差し伸べた手に、沙羅の腕から離れた魚吉は水掻きの小さな手を重ねた。
握手のつもりが“お手”になってしまったが、互いの気持ちは通じた筈だ。‥‥きっと、たぶん。
「魚吉、格好良いぞその姿。一人前に見える。立派、立派♪」
腕を組み、満足げに河童を眺める白河千里(ea0012)が何度も頷く。
「魚吉はおんじとの生活経験はあれど複数とは未だ無いよな。丁度良い機会だ、今回の仕事は簡単に申せば、皆で家族のように過ごす。集団生活‥‥人との繋がりの中で果たすべき役割や協力する事を学ぶのだぞ」
ニッカと笑う千里につられて魚吉も破顔した。
実は‥‥というか矢張りというか、千里の言っている事の大半を理解出来ていなかったのではあるが、それは追い追い体験する事で吸収してゆくであろう。
「ところで‥‥冒険日誌を今一度見せてくれるか?」
――おもらし
「おもらし‥‥うーむ、河童の水難とはこれいかに。やはり寝小便を真っ先に治さねばいかんな‥‥五日間、私と特訓だ♪ 魚吉、良いな?」
「チサトとっくんする? ナキチ、おうえんするっ」
「いや、頑張るのはお前だぞ?」
苦笑する千里の横で魚吉は無邪気に笑う。そんな様子に仲間の顔にも知らず笑顔が浮かんだ。
「お留守番の間の炊事は俺に任せて下さい! ここ最近家事の腕前もぐっと上がったんですよ。毎日の献立考えたり、お掃除したり〜♪」
手塚十威(ea0404)は腕の見せ所とばかりに拳を握った。
受難体質などと一部では有名(?)な十威であるが、日々修練を重ね、冒険者として立派に‥‥そう、立派に『家事』の腕を上げていたのだ。
「トーイ! ここ、きゅうり! きゅうりつける、ナキチうれしい」
くるりと背を向けた魚吉は背負ったバックパックを揺らして、またもやおねだり。
「そっちにも胡瓜を刺繍するんですか? それじゃ、後でやりましょうね」
こうして実際に重宝される技能なのである。
「魚吉君、はじめまして。人見梗です。仲良くしてくださいね」
屈んで、魚吉の眸を真っ直ぐに捉えた人見梗(ea5028)が眦を下げて微笑むと魚吉はぴょこぴょこと跳ねた。
「コウ、おぼえた。なかよしする!」
「ほら、梗さん。緑で蛙みたいに跳ねて愛らしいでしょう?」
「しょっ、笙様! ‥‥緑ですけれど、力の限り、否定のしようもなく緑ですけれど‥‥魚吉君は、か、かかか、か(口にすら出来ないらしい)‥‥ではないですっ」
耳元で囁かれた笙の言葉に途端に目を潤ませて慌てる梗の様子を小さな河童は不思議そうに見上げる。
その傍らでは千里が「やれやれ」とばかりに肩を竦めていた。
「魚吉久し振り、良い子にしてた? ‥‥会わない間に、花、咲いちゃったね」
「ひさぶり! はなさいた、ムジカうれしい?」
「うん。魚吉と‥‥皆と一緒に見れて‥‥よかった」
遠く野辺を見晴るかす二条院無路渦(ea6844)の切り揃えた髪が初夏の風に揺れて頬をくすぐる。
彼女の見詰める先に何があるのだろうと魚吉は背伸びをしてみたが、眩しい新緑がただ続いているばかりだった。
「ぽかぽか暖かいと‥‥眠くなっちゃう‥‥よね」
いや、君は寒くたって眠そうだったが。
「魚吉くん、元気だったかな? 今回もよろしくね。‥‥ところで皆さん、一番大切な事をまだ決めていません」
穏やかに再会の挨拶を済ませた橘由良(ea1883)の表情が俄かに険しくなり冒険者達の視線が一斉に彼に注がれた。
そんな訳で、急遽開かれた青空会議――。
「ええ。そんな感じで良いのではないでしょうか」
「いやいや、ここは少し考えた方が良いのでは?」
「そうですね、少々難しいかもしれませんね‥‥」
「‥‥だったら私がやるよ♪」
肩を寄せての真剣な話し合いは続き、ようやく決定した案に皆は満足げに頷いた。
途中で飽きてしまい、野で戯れていた魚吉を呼び寄せて千里がコホン、と一つ咳を払い発表する。
●今回の役割分担(またの名を配役)
千里 :一家の大黒柱。職人気質の頑固一徹親父。必殺技→困ったときのちゃぶ台返し
沙羅 :笑顔を絶やさず家族を見守る姉。母亡き後、陰に陽に家族を支え、婚期を見事に逃した
リゼル:完璧な姉に秘めた劣等感を抱く妹。座右の銘は「鳴かぬなら鳴かせてみせよう下克上」
十威 :実は血の繋がった兄だとは知らず嫉妬に燃える弟。趣味→かさぶた剥がし
由良 :ひ・み・つv
笙 :お早うからお休みまで、柱の陰から家族を逐一見詰める住み込みの下働き
梗 :縁側でまどろむ飼い猫のタマ。かれこれ十年、家族から雄だと思われているが実は雌
無路渦:縁側で日がな一日茶を啜る祖父(ちょい呆け気味)口癖→「よし子さん(誰)飯はまだかい?」
「‥‥と言う訳でな、魚吉は『優秀故に孤立し次第に屈折しはじめた兄。好物→納豆』の役になったのだが良いか?」
――何が。
「はーい、しつもーん! この由良さんの『ひ・み・つv』っていうのは何かな?」
「あぁ、それは‥‥、俺が想定している設定では魚吉くんには刺激的すぎるので心に秘めておくということで」
首を傾げて訊ねたリゼルに爽やかな笑顔で由良が答えた。笑顔に騙されるな、言ってることは爽やかじゃないぞ。
――さて、悪ノリ(主に記録係が)はここまで。連帯責任につき、後で反省文、各自三枚書くこと!
●本編(ここから)
「では私は薪割りをするかな。魚吉、手伝ってくれるか?」
千里と魚吉が薪を割る間、他の仲間もそれぞれ作業を開始した。
リゼルと沙羅は掃除を、十威と由良は厨の確認と準備を、笙と梗が風呂焚きの用意を始め、無路渦は昼寝。
実に見事な分担と協力である。何かに気付いても――気にするな。
「私が割った物を一箇所に纏めてくれ魚吉。後で笙達のところへ運ぶぞ」
「わかったナキチまとめる、はこぶ!」
野営を含み、一日歩いた疲れもあって初日は早めに夕食をとり、順に風呂に入る。些細な失敗や騒動は絶えず、けれどそれ以上に笑いは溢れ、賑やかに時が過ぎる。
並べた夜具の中、色んな話をのべつ語り合い、心地よい疲れにいつしか自然に眠りについた。
「魚吉‥‥眠いだろうが頑張って起きろ」
「‥‥チ、サト‥‥おもらし、した?」
寝惚け眼をこすった魚吉がのろのろと布団から這い出て首を傾げる。
「‥‥遅かったか、漏らしたのはお前だ! 仕方ない、ほれ、せっかく早く起きたのだ、来光を浴びようではないか」
遥か東の山々から黄金の陽の光が顔を覗かせて、目映い光華が大地にそっと手足を伸ばす。
天の口付けを受けた草木がきらきらと輝き、同じく陽を浴びた千里と魚吉の髪も梔子色に染まる。
「どうだ? 力強く美しいとは思わぬか? 朝陽に照らされ、空気さえも光って見えるだろ?」
一日の始まり。
当たり前の事が当たり前に続く、それは何物にもかえがたい素晴らしい事。
「つぎ、みんなみたい」
「そうだな、明日は皆で早起きしよう」
日々新たな哀しみは生まれ、憎しみや痛みがこの世から消える事は決して無いのかもしれない――それでも我らは生きている。
その生命に心から感謝して。
「魚吉、おはよう」
顔を洗い終えたのだろうか、手拭いを手にした笙が戸口から顔を出して声を掛けた。
「ショー、おはよう」
笙は笑顔を向けた魚吉の髪を撫でて目見を細める。
「良い挨拶です。集団生活は互いに声を掛け合う事が大切‥‥魚吉は「ありがとう」を知ってましたね。おんじは宝物を残してくれたのですよ」
首を傾げる小さな河童に笑みを落として笙は空を仰いだ。
「言葉は気持ちを伝えるもの。互いの想いが伝われば、この空のように澄んで美しい。挨拶は心と心を結ぶ‥‥仲良しになれるのです」
魚吉は笙の言葉に耳を傾けながら頭上いっぱいに広がった空を見上げていた。
さて、こちらは朝食の準備に精を出す十威と由良。
「由良さん、だ、大丈夫ですか?」
袖を襷でからげ、鉢巻を締めた由良の危なっかしい手付きに十威が思わず汗を流す。
「これでも俺は花嫁修業をしている身です。心意気で何とかなります」
「‥‥花嫁修業って“あの”噂の物の怪‥‥」
返す言葉を失くした十威であるが、それは致し方ない事である。
心意気とか、それより何より花嫁って女性じゃなかったかな――とかツッコミ所は満載ではあるが、ここは流した方が良さそうだ。
千里に促され、出来上がった食事を魚吉が運び、皆で揃って朝食を頂く。
「いただきまーす♪ みんなで食べるとそれだけでとっても美味しいね☆」
「ほんとに美味しいですねっ」
「一仕事した終えた後だしな、労働の後の食事が一番だ♪」
リゼルは近くの小川で水を汲み、千里と笙は昨日に続き薪割り、沙羅と梗は拭き掃除と、それぞれ朝の役目を果たしていた。
「そう言えば、無路渦様のお姿が見えませんでしたけれど何処にいらしたのでしょう?」
箸を止めた梗が、のろのろと重い瞼をこすり食事を口へと運ぶ無路渦へと目を向けた。
「ムジカ、じっとすわる、みた。ナニした?」
嘴の周りに沢山の食べかすを付けた魚吉が、同じく米粒を沢山付けた手を啄ばみながら問う。
「座禅‥‥精神統一してた。それからまた寝たけど」
「ナキチ、ムジカいっしょ、せしんとーつ、する!」
手を上げた河童を見て、瞠目した無路渦はすぐに普段の眠り目に戻り「うん、いいよ」と応えた。
「それは良いですね、明朝からは皆で瞑想するのは如何でしょう?」
笙の提案に仲間は揃って同意し、残りの三日間、冒険者達は来光を臨み、その後座禅を組むのが日課となった。
●習業
「魚吉さん、あのね、前に字の書き方を教えてくれるって約束覚えてるかな? 教えてくれると嬉しいな♪ 十威さん‥‥十威先生もね、字を教えてくれるんだ☆」
「ナキチ、リゼル字おしえる! トーイおしえてくれる? わーい!」
リゼルと魚吉は手を取りきゃっきゃと跳ねて準備を始める。
「いいですか? それでは俺の書いた見本の上に紙を重ねて、なぞってみましょうか。最初は『いろは』ですよ」
真剣な表情のリゼルと魚吉の筆を持つ手が僅かに震え、見守る十威も息を詰める。
ぐにゃり
「あぁっ☆ へにょってなっちゃうよ‥‥筆って難しいな。確か、失敗したら顔に書かなくちゃいけないんだよね?」
うねった文字を恨めしく見詰めたリゼルが溜息を吐いた。
「えっ‥‥リゼルさんそれは違っ‥‥」
「決まりは決まり‥‥目の周りに丸でいい?」
何か勘違いをしているらしいリゼルを止めようと慌てる十威を制して、無路渦がリゼルの顔に筆を入れた。
「ぷっ」
「くくくくっ」
無路渦と魚吉が笑う。
「ムジカもかく! きゅうりっ」
「魚吉のほっぺは‥‥うずまき」
「よーし、私だって負けないよ♪」
こうして暫く後――様子を窺いに訪れた沙羅が目撃したのは顔に落書きだらけの生徒三人と、涙を浮かべる十威先生だったとか。
気を取り直して、お次は梗先生の絵画指南。
「お教えできるような状況ではありませんが‥‥絵は心ですよねっ!」
梗は一人、拳を握る。
実は桜を描けば梅と間違われるような腕前らしい。負けるな先生!
「お天気も好いですし、外で好きなものを描きませんか?」
お天気の日に家に閉じこもっていては勿体無いですからね――微笑む先生の言葉に生徒三人の目が輝く。
「絵を描くには対象をよくよく観察することが必要ですから、普段あまり注意して見ないような物を見ることは新しい発見を呼ぶと思うのです。け、けれど難しく考える必要はないですよっ、描きたいと思ったものを描けば良いですから」
「「「はーい!」」」
元気な返事を残して生徒達はそれぞれ散らばってゆく。
「私は何を描きましょうか‥‥」
ついと瞳を遊ばせた梗は深呼吸をした。
「ええと‥‥梗先生、それは何の絵‥‥不可思議な‥‥もしや未確認新生物ですか?」
「っ! しょっ‥‥! な、ななっな、何かと言いますと、に、人間ですっ」
背後から覗き込んだ笙に突然声を掛けられ、顔を上げた梗はわたわたと慌てる。
言い終えて無性に恥ずかしくなり下を向いて、誤魔化すように熱を帯びた頬をぺしぺしと叩いた。――何より顔が近い。
「ひょっとして‥‥見えませんか?」
「‥‥世の中には‥‥変わった人もいるのですね」
因みに、その『変わった人』とは笙自身だったりする。何せ梗が描いたのは笙だったのだから。
――人のよるのを 市という
――肩にかつぐを 荷ぃという
――女のだいやく さんという
響いてきた歌声に皆が耳を傾ける。魚吉は声のする方へと駆け寄った。
「サラ、なにしてる?」
「これはね、お手玉ですよ。魚吉くんもやってみる? こうやって三つのお手玉をね‥‥ほらほらっ見てv」
――頭のでものを はちという
――心配するのを くぅという
――やけた火箸を 水につけたら じゅうという
「ね、一から十まであるんだよ。楽しいでしょ?」
「たのしい、ナキチおぼえる」
歌声はやがて沢山になり野辺が茜に染まるまで続いた。
その後も、魚吉は笙と川で魚を獲ったり、由良に頭の皿に自分で水をかけるのを習ったり、おもらしで汚した衣を沙羅と洗濯したり、無路渦と鬼ごっこをしたり――色々な体験をして学ぶ。
留守番最後の日、いつもより念入りに掃除を済ませ、弁当を拵えた冒険者達は揃って花見へと繰り出した。
「きれいだね‥‥」
呟いた無路渦の表情はいつもと変わらなかったが、花見を誰よりも楽しみにしていたのは彼女だ。
まだ赤子の時分に捨てられ、寺で育った無路渦にとって家族というものは特別な意味を持っている。
覚えたてのお手玉を、沙羅と披露する魚吉とそれを見守る仲間達の笑顔。
初夏の風は暖かく吹き抜けて花を揺らすけれど、胸に咲いた花は凛といつまでも咲き続けるだろう。
“魚吉と‥‥皆と一緒に見れて‥‥よかった”
【魚吉・冒険日誌 其の二】
――タマあそび
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