●リプレイ本文
●はじまりましたよ!!
──ドレスタット郊外
カイゼルカップ・・・・。
いよいよ神聖歴999年冬G1も最終戦。
今回のレース、コースは草原に作られた楕円形コースで、距離2000m、平坦な草原と、最高の条件が揃えられた。
それゆえ、レース展開は全て騎手の判断による所が大きく、騎手としての実力がもっとも大きく出る可能性もある。
最初の直線は500m、そこから500mのカーブ、再び500mの直線と、また500mのカーブ。
綺麗に作られた、もっともレースとして適しているであろうコース。
そしてこのコースを元に、南西ノルマンのプロスト領では、現在パリ開催G1の為のコースが急遽作られているらしい。
今回の依頼に参加した冒険者一行は、コースの下見をおこなったのち、それぞれが自分達の厩舎へと移動、対策を練り始めていた。
──アロマ厩舎
「本当に、『怒りのブライアン』はスタミナの化け物だね・・・・」
久しぶりの再会。
厩務員に『怒りのブライアン』の体調について質問したカルナック・イクス(ea0144)。
多少の疲れは残っているだろうと考えていたものの、厩務員はにこにことしながらこう告げていた。
「いつでも本戦に参加できるぐらい回復していますよ」
兎に角、スタミナだけは抜群の『怒りのブライアン』。
静かに毛並みを整えると、カルナックはヒョイと『怒りのブライアン』にまたがる。
「これが最後のレース。どうやら次のG1はパリでの開催らしいね・・・・」
そのまま手綱をゆるめると、プライアンはゆっくりと馬なりで歩き始める。
厩舎を出て、外の調教用コースに向かうと、『怒りのブライアン』はスタートラインでじっとなにかを待っていた。
『早く走ろうぜ・・・・』
そう『怒りのブライアン』がカルナックに語りかけている感じがする。
「よし。行きますか!!」
──パシィィィン
手綱を使って『怒りのブライアン』に合図を送るカルナック。
ゆっくりと走り出すと、カルナックは静かに『怒りのブライアン』の背中から見る風景に瞳を奪われていた。
「今まではずっとレースに勝つ為に走っていたのに・・・・こんなに綺麗な世界が広がっているんだ・・・・」
そしてカルナックは、最後の特訓を開始した。
──オロッパス厩舎
静かに『天空のヴァルク』の手綱を引いて厩舎の外に出たのはカイ・ミスト(ea1911)。
「今までご苦労様です。これが最後の戦いですね」
静かに笑みを浮かべつつ、愛馬『希望のバンブー』に乗ってカイを待っていたのはオロッパス卿である。
「確かに今期は最終戦かもしれませんが・・・・私達や馬・・・・特にこのヴァルクはこれから先がありますからね」
そう告げつつ、カイは『天空のヴァルク』の体調を確認。
蹄鉄まで細かくチェックをいれると、静かに『天空のヴァルク』に跨った。
「そうですね。でも、次の『春・G1シリーズ』はパリ開催。もしよろしければ、私はあなたに引き続き『天空のヴァルク』や『風のグルーヴ』の騎手を務めて頂きたいのですよ・・・・」
そのオロッパス卿の言葉に、カイは静かに肯く。
「私は冒険者です。もし卿がギルドに依頼を出して頂けたなら、私は直にでも申し込むことにしましょう・・・・」
社交辞令なのか、それとも本心なのかは判らない。
けれど、カイもいくつもの戦いを共にしてきたこの馬達と別れるのは辛かった・・・・。
そして調教は続けられた。
ヘビーウェイトによるスタミナ強化、いくつもの馬との『併せ』による闘争心の向上と勝負所の見極め、そして体調をいつもベターな状態にキープできるようにと、カイ自身が『天空のヴァルク』の手入れを行う。
「走れなくなった『風のグルーヴ』の為にも、頑張りましょうね・・・・」
『まかせとけ』
カイは、そう『天空のヴァルク』が呟いているように感じていた。
──オークサー厩舎
「気が付けば、とうとうここまで勝ち星無しで来てしまいましたね・・・・。私の腕のせいと言われてしまえば、全く反論出来ないのですが」
厩舎でそう『レディエルシエーロ』に話し掛けているのは氷室明(ea3266)。
いくつものレースを経ても、いまいち成績の上がらない自分を責めての呟きなのであろう。
──ペロッ
と、『レディエルシエーロ』は氷室の顔を舐め上げる。
『楽しいから』
そう瞳が呟いているようににも、氷室は感じている。
「勝負は時の運。今までのレースはこの最後のレースの為に。そう考えると、気が楽では?」
厩舎入り口から、オークサー卿がそう氷室に話し掛けていた。
「すいません。私が至らないばかりに・・・・」
そう頭を下げる氷室の肩を、オークサー卿はポン、と叩いた。
「私は勝負に勝つ為に走ってもらっているのではないのですよ。確かにレースで負けて落ち込むことはありましたが・・・・それでも、私は馬が好きなのです。勝ち負けよりも、頑張って走っている姿がね・・・・貴方も、最後のレース、気持ち良く走ってください!!」
そのオークサー卿の言葉に、勇気を貰った氷室。
「はい。オークサー卿には申し訳無いのですが・・・・、私達は気持ちよく走る事だけを考えていきましょう。最善を尽くせれば結果はついてくるはずです」
「それでこそ。では、宜しくお願いします」
そして氷室は最後の調教を始めた。
体力的な部分の調整、そして常にベストな状況を維持できるような、無理をしない走り。
『レディエルシエーロ』の走りたいように走らせる。
それが氷室の調教ペースであった。
──ディービー厩舎
「頑張っていますねぇ・・・・」
「ええ、あの子は頑張っていますよ・・・・」
トレーニングコースを駆け抜けているガレット・ヴィルルノワ(ea5804)を眺めつつ、ディービー卿と厩務員の二人はそう呟いている。
やがて仕上げの走りを終えたガレットが、静かに二人の元にやってくる。
「御無沙汰していますディービー卿!!」
「はい御無沙汰ですね。調子はどうですか?」
そうにっこりと挨拶をしてくるガレットに、ディービ卿も挨拶を返す。
「順調です。最後こそ、私の手でウィニングランを走りたいですからっ!!」
そう告げると、ガレットはもう一度頭を下げると、そのままコースへと戻っていった。
そして午前中のダッシュ訓練を終えたガレット。
最終戦への調整も順調である。
すでにコースの下見も終え、ほんの僅かではあるがコースに若干の起伏が付いていることを、ガレットはその脚で確認した。
普通には全く判らないであろう起伏。
その緩やかではある起伏が、馬の脚にどれ程の負荷を掛けるのか、ガレットは判っていた。
「知らずにいつものペースで走ると、後半は体力が激減するわね・・・・」
いつもの通りケアを行うと、ガレットは厩舎に毛布を持ち込み、『旋風のクリスエス』の横にゴロンと寝転んだ。
そして窓の外から差してくる月光をその身体にうけつつ、静かに口を開く。
「あのねクリス。あたしは赤ん坊の時に両親を亡くして、親の冒険者仲間だったエルフのお父んとお母んが育て親なんだ・・・・」
ゆっくりと自分の事を離し始めるガレット。
「実際育児をしたのはシフールのマグ姉だけど。だからかなぁ? 兄弟全員血は繋がりはないけど仲いいし・・・・クリスにも、一杯家族がいるんだよね・・・・」
やがてガレットは静かに眠りについた。
その夢の中で、ガレットは『旋風のクリスエス』とウィニングランを走っていた・・・・。
──マイリー厩舎
「あのー。マイリー卿、マイリー卿ってば・・・・」
静かに遠くを眺めているマイリー卿に、マピロマハ・マディロマト(ea5894)は後ろから声をかけていた。
「あ、ああ・・・・これはマピロマハさん。どうですか調子の方は?」
そう元気なく返事を返すマイリー卿。
(うわ、やっばい・・・・ずっと勝てずにここまできたから、かなり落ち込んでいるし・・・・)
あんた、他の厩舎の貴族を見習いなさいって。
立派な貴族じゃないですか。
「あ、だ、大丈夫です・・・・今回のラストラン、見事マイリー卿に有終の美を飾ってみせますよッ。それではっ!」
素早くそう叫ぶと、マピロマハは横で待機していた『最強のキングズ』に飛び乗ると、いきなり全速力。
グン、と全身が後方に引き込まれる。
(こ、この速力・・・・勝てない脚じゃないのに・・・・)
そのまま特設コースに向かうと、マピロマハはあらかじめ用意してあったマイリー卿の厩舎の馬達と共に、『併せ』での調教を開始。
「では、手加減無用と言うことで」
「宜しくおねがいしますね」
そうマピロマハに挨拶をおこなうのは、今回マイリー卿が特別に頼み込んで練習に付き合ってもらう調教騎手の『オクァベ氏』と『エヴィナ氏』。
二人の騎乗する馬はマイリー卿所有の『最高のウィーク』と『全能なるプロイ』。
つまり、マイリー卿所有の最強馬が3頭並んだのである。
あ、ここでもドリームマッチ。
「では、いきます!!」
そう叫ぶと同時にマピロマハは一気に加速。
だが、それに併せるように二人も加速、その間をゆっくりと詰めていく。
「前に出るだけではない・・・・レースというのは、他の馬との駆け引きもあるのです」
「その馬の速力を生かした走りを身につけるのが一番。距離もまた然り・・・・貴方はまだ若いっ!!」
そして二頭が『最強のキングズ』を一気に抜き去り、コーナーを曲っていく。
「『最強のキングズ』だけではない、二人で走る・・・・」
そう呟くと、マピロマハは勝利にこだわることを捨て、『最強のキングズ』と共に一緒に走り出した・・・・
──カイゼル卿
「前回はありがとうじゃよ。だがの、競技の勝敗は大事と言えど鈴鹿の命には代えられぬのじゃ。・・・・無理だけは駄目じゃ」
精一杯の愛情を込めて、身体を撫でるのは龍宮殿真那(ea8106)。
「競技や戦場で早馬から身を引き、子供達も一杯生んで母としての役目も終えた後で、お婆さんになった二人また一緒に走ろうの。だから死んでは駄目じゃよ」
そう告げつつ、これからのトレーニングの準備をする。
「この前のレース、見事でした。祝賀会での貴女を見て、これを差し入れに来ましたよ」
と、カイゼル卿が、調教前の準備運動をしている真那に差し入れを持ってきた。
「これはカイゼル卿。ありがたいのう・・・・」
そのまま受け取ったバスケットには、大量の菓子が入っている。
「こ、これは見た事もない菓子じゃのう・・・・」
ゴクリと咽がなる真那。
──パクッ
「ええ、パリのさらに向うに、月道でジャパンから渡ってきた人たちの棲む村があるのですよ。そこの銘菓『アーモンド団子』と『蒸したてノルまん』だそうです。まあ、練習の途中ででも食べてください・・・・」
あ、もう食べている。
「おや? その馬は売り物ではないのですか?」
と、カイゼル卿の後ろから、商人らしき人がやってくる。
「ええ。この馬はレース用です。戦いに使いたくはないのですよ」
そう丁寧に告げるカイゼル卿。
「血筋は?」
「父が『沈黙のサンデー』です」
その言葉に、商人はいきなり落胆する。
「なんだ、あの死に馬の血ですか。でしたら、長くは持たないでしょうから・・・・」
そう告げると、商人は後ろを向いて歩きだす。
「ちょっと待つのじゃ!! 今なんと申した?」
鋭い剣幕で、真那が商人に向かって叫ぶ。
「はぁ? ああ、死に馬の事ですか? その馬も『沈黙』の血を引いているのでしたら、長くないですよ。あの馬の子供達は何故か、心臓が弱いのです。『沈黙』の血統を持つ馬は長くないのですから・・・・」
そう告げられて、真那は馬から飛び降りて商人に向かって走り出した!!
「もう一度言ってみよ!!」
今にも殴りかかりそうになった真那を止めたのは、『静かなるスズカ』である。
──グイ
その服の襟を加えて引くと、じっと真那の方を向く。
『ダイジョウブダカラ・・・・』
そう、真那に語りかけているような視線。
「ふぅ・・・・判ったぞよ・・・・商人どの、すまなかった・・・・」
そう頭を下げる真那。
「はい、そこまで。商人殿も、貴方に売った馬を連れてそろそろお引き取り下さい・・・・」
カイゼル卿の介入で、どうにか其の場は丸く収まった。
そして真那は再び調教に戻る。
前回の結果を診察し、まずは疲れを取る様に務める。
真那の最終的な目標。
それは『戦場でも競技でも死なない、壊れない柔軟な馬体』。
どんな険しい道を全力一杯に走っても、脚や体を痛めぬ柔軟性を持った筋肉とバネ。
それを持った馬。
その可能性を、『静かなるスズカ』は秘めていた。
毎日馬房に泊り込み、マッサージや筋肉の冷却に勤めていた真那。
調教も順調、あとは本番を待つのみとなった・・・・。
●レース当日〜エモン・クジョーの『俺に乗れ!!』〜
──スタート地点
レース当日。
今回はあいもかわらず大盛況。
スタート地点には大勢の人が集っていた。
「お待たせしました。今の所一番人気は前予想通り、『静かなるスズカ』だぁ。ついに前回、悲願の優勝を果たした『静かなるスズカ』、その過激なまでの走法に魅入られた野郎共は少なくない。そして二番手は帰ってきたぜ『最強のキングズ』。賭けの受付ばそちらの帽子の男性の所へ。オッズは右の掲示板をご覧くださいだっ!! それではっ」
最終戦。
気合の入ったエモン・クジョーの熱い語り。
その横で、真那は、『静かなるスズカ』に賭けた。
小さな木製の『賭札』には、『静かなるスズカ』の名前が焼き印で押されている。
「これは記念じゃよ・・・・ではな」
そう告げると、真那は静かに『静かなるスズカ』の待つパドックへと戻っていった。
各馬一斉にスタートラインに到着。
そして今回のレースの主催者である6貴族から、レースタイトルである『カイゼルカップ』主催のカイゼル卿が代表として前に出て挨拶。
そしてそれが終ると、各馬一斉にスタートラインにつく。
「それではっ。よーーーい、すたーーーとっ!!」
各馬一斉にスタートしました。
先頭を走るのは、やはりこの馬、『静かなるスズカ』。いきなりの加速に驚かされます。続く二番手は『旋風のクリスエス』。その差なんと3馬身。さらに2馬身差で『最強のキングズ』『天空のヴァルク』『怒りのブライアン』『レディエルシエーロ』と続きます。
やや早めのペースでのレース展開となりそうです。
「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
心の中で絶叫を上げるガレット。
スタートからのスーパーダッシュ!!
後続の馬などものともせず、一気に加速を開始したものの、それよりもスタートダッシュが早い『静かなるスズカ』。
「あんな走りじゃ、後半はバテるはず。なのにどうして?」
カルナックもその驚きの走法に瞳を疑っている。
「目的の場所には付けましたが、トップとの差が大きいですね・・・・しばらく引っ張ってもらいますよ・・・・」」
カイも取り合えずはOKポジション。
「前に・・・・前にでなくちゃ!!」
少し前方をスーパーダッシュで駆けあがった『旋風のクリスエス』が走っている。
マピロマハは、少しでも間合を詰めようと、『最強のキングズ』に鞭をいれる。
「♪〜」
そんな激しい展開などものともせず、氷室は『レディエルシエーロ』で悠々とした走法。
残り1500m、順位に変動なし
第一コーナー突入。
距離はいっこうに縮まるところか、トップはぐいぐいと後列を大きく離していった。
「まだスタミナは温存しておる。しかし、今回は随分とハイペースぢゃのう・・・・」
只ひたすら前を走る真那。
後方から来る重圧などなんのそのである。
「ああ・・・・また離されていく・・・・」
スーパーダッシュが限界に達した『旋風のクリスエス』。
そのまま通常走行に切替えると、後方から一気に真横まで駆け昇ってきた『最強のキングズ』に警戒。
「いいぞ、その調子だよ『最強のキングズ』・・・・」
後方は相変わらずの団子状態。
『怒りのブライアン』はそんな中、大外にポジションを取って混雑から逃れようとしている。
残り1000m、順位に変動あり
トップは以前『静かなるスズカ』。
その後方4馬身を『最強のキングズ』が追い上げてくる。
『旋風のクリスエス』は無念の3位だが、それでも後方とは2馬身差。
「いきますよブライアン。一気に前に出ますっ」
──ビシィッ
『怒りのブライアン』に激しく鞭が唸る。
刹那、いきなりかそく開始する『怒りのブライアン』と、それにおくれないようにペースを上げる『天空のヴァルク』と『レディエルシエーロ』。
「今回のレースは、随分と展開が早いです・・・・」
いい季節。
前方を賭けている馬達よりちょっと左。
綺麗な花が咲き始めている。
氷室はそれらを一つ一つ眺めつつ、今のペースを維持。
あくまでも馬に負担をかけないようにと、馬なりでの走法を心掛けている。
「・・・・ちっょとおかしい・・・・」
残り500mちょっと前、最終コーナー直前で、ガレットはトップを走っている『静かなるスズカ』の異変に気が付いた。
「脚に負担が掛かっている・・・・どおしてそんな走りをするの?」
乗っている本人には判らない無理な走法。
綺麗な馬体は即ち、体力の限界の証し。
そして先天的な弱い馬体。
本来ならば、『静かなるスズカ』はもう走れる身体ではないのかもしれない。
先天的に弱い心臓。
彼の血筋、『沈黙』の血統を持つ馬は長くない。
駿馬を売買している商人から聞いたその言葉。
それが真那の耳にいつまでも離れなかった。
残り500m。順位に変動あり!!
──バギッ‥‥
それは断末魔の音。
突然失速した静かなるスズカ。
その後方から追い上げてくる『最強のキングズ』に、いとも簡単に先頭を譲ってしまった。
「どうしたのじゃ!!」
その真那の声に、『静かなるスズカ』は最後の気力を絞り出す。
「故障? 今がチャンスっ!!」
一気にトップに駆けあがった『最強のキングズ』。
そしてその横をガレットの『旋風のクリスエス』が駆けあがっていく。
最終コーナー突破直前
『静かなるスズカ』は再び加速開始。『旋風のクリスエス』と『最強のキングズ』を射程に取らえた!!
「鈴鹿、調子が悪いのか?」
そう問い掛ける真那。
──ゴギッ・・・・
そして再び先頭へと追い付いた時、二度目の断末魔の音が。
それは真那の耳にも届いた。
だが、それでも『静かなるスズカ』は走った。
「‥‥鈴鹿御前・・・・おぬし脚が!! 止まれ、止まるのじゃ!!」
だが、『静かなるスズカ』は止まらない。
折れた左手を前に伸ばし、苦痛に耐えながら。
一人、また一人と敵は『静かなるスズカ』を越えていく。
それでも、『静かなるスズカ』は走りつづけた。
「もうよい。スズカ、2度と走れなくなるから‥‥もういいのじゃ‥‥止まっておくれ‥‥頼む・・・・後生じゃ・・・・」
真那の頬を涙が伝う。
それでも、スズカは走った。
何故?
2度と走れなくなるかも知れないのに?
どうして?
真那には判っていた。
スズカは、自分の為に、勝利を得た自分の顔を見たかったのであろう。
その為ならば、その命が燃え尽きようとも‥‥。
──ギュッ
手綱から手を放し、後ろから首を抱しめる真那。
ようやくスズカの速度が落ちていく。
残った3本の脚で、それでもなおゴールを目指して歩いていくスズカ。
残り400m、全馬横一閃!!
鈴鹿はすでに後方。
残った馬もそれぞれ最後の力を振り絞る。
「これに勝てば・・・・」
ガレットが鞭をいれる。
「トップは渡しません!!」
氷室は『怒りのブライアン』に喝をいれる。
「君の好きに走っていいのに・・・・」
最後に来ていきなり加速を付けた『レディエルシエーロ』。
その能力である『超追込み』がここに来て開花した!!
「このまま持ちこたえて下さい・・・・」
そう心の中で祈るカイ。
そして。
(・・・・一か八か・・・・)
じっと正面を見つめるマピロマハ。
──キィィィィィン
と、突然視界がスローモーになる。
触れてはいけない禁断の世界。
奇跡の領域・・・・。
そしてマピロマハは『最強のキングズ』を栄光の道へと導いていく。
──そして
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉるっ」
トップは『旋風のクリスエス』。ガレット念願の勝利です!!
そして二着は『怒りのブライアン』。
同着だったものを、審判がそう判定した。
1着:『旋風のクリスエス』
2着:『怒りのブライアン』
3着:『レディエルシエーロ』
4着:『最強のキングズ』
5着:『天空のヴァルク』
6着:『静かなるスズカ』
トップと5着との差は鼻二つ。
どの馬が勝利をもぎ取っていてもおかしくはなかった・・・・。
そしてレースの終幕、ウィニングランだが。
全ての馬が、走ることを止めて、じっとゴールラインを見つめる。
「頑張って・・・・」
氷室達は、歩くのも限界である筈の『静かなるスズカ』を静かに見守っていた。
「もうよいぞ。そなたの気持ちは判った・・・・一緒にゴールしようぞ・・・・」
失格覚悟で馬から飛び降りると、真那は手綱をゆっくりと引いた。
その脚は、既に歩くのも限界であろう。
それでも『静かなるスズカ』は歩いた。
──左手根骨粉砕骨折
致命的な怪我。
そして、夢は終焉を迎えた。
最後尾でゆっくりとゴールを抜けるスズカ。
途中で棄権することはできなかったのか?
そのままゴールを越えて、スズカは倒れた。
大勢の観客の拍手がスズカと真那を迎え入れた。
でも、今は拍手はいらない。
「誰かスズカを、この子を見ておくれ!! 助けておくれ‥‥」
その首に抱きついたまま、真那は泣き崩れた。
そして事の重大さに気付いた仲間たちが駆け寄っていく。
神速の駿馬『静かなるスズカ』。
そのレース馬としての人生に、終りを告げた。
何故、最後まで諦めずに走ったのか?
痛みに耐えぬいてでも、主人のために栄光を見せたかったのか?
答えはただ一つだった。
全てを失っても‥‥辿り付きたい所があった‥‥。
ゴールの向こうには、真那の最高の笑顔があったのだから・・・・。
──そして翌日
厩舎には、大勢の人たちの泣き叫ぶ声があった。
静かに横たわっているスズカ。
真那は抱きながら声を上げて泣いていた。
冷たくなったスズカ。
怪我は治った筈。
それなのに?
生まれついての心臓の弱さ。
それが、最後のレースによる限界を越えた走りで、終焉を迎えた。
スズカは天へと掛け昇っていった。
●神聖歴999年冬G1・全成績(1着−2着−3着)
『旋風のクリスエス』 2−0−2
『静かなるスズカ』 1−2−1
『風のグルーヴ』 2−0−1(特別ルールにより、『天空のヴァルク』と成績を統一)
『怒りのブライアン』 0−3−1
『最強のキングズ』 1−0−0
『レディエルシエーロ』0−1−1
・神聖歴999年G1最優秀馬
『風のグルーヴ』
・神聖歴999年G1最優秀騎手
カイ・ミスト
・神聖歴999年優駿特別賞
故『静かなるスズカ』
・アットホーム賞
『最強のキングズ』
・アットホーム騎手
マピロマハ・マディロマト
そして
全ての競馬を愛する皆さんに感謝の気持ちを込めて。
レースは、まだ終らない。
〜To be continue Next Stage