Love is blind〜時は優しく微笑む〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 57 C

参加人数:7人

サポート参加人数:9人

冒険期間:06月05日〜06月15日

リプレイ公開日:2008年06月13日

●オープニング

 1つ目は、空を飛ぶもの。
 2つ目は、服になるもの。
 3つ目は、古い物。
 4つ目は‥‥何かの花

 さぁ、幸せの扉を開きましょう。
 あなたの為に。


「歌‥‥扉、か」
 シメオンは呟き、軽く首を振った。
「あの扉を指している事に間違いは無さそうだ」
「貴方の話では、この歌の詞は2種類あって、どちらも門外不出であったとか」
 腕を組んで壁にもたれかかっていた男が指摘すると、シメオンは頷いた。
「言うなれば表と裏の歌。表の歌は、裏の歌を隠す為の物なのだろう。あの扉には、くぼみが4箇所あった。そこに『遺産』を置く事で開くようになっている事は、ほぼ間違いない。全ての遺産を探し出してでも嵌めてみたいが‥‥シャトーティエリー領は易々と貸してくれはせんだろうからな」
「実際、その扉の向こうに何があるか知れませんが、その先をデビルが狙っているというのは間違いないのでしょうね?」
「間違いなかろう。でなければ縦横無尽に掘るものか。我々が動かずとも、奴らは動く。先に開けられては話になるまい」
「ノルマンを守る者としては、脅かすものを放置しておくわけには行きませんな」
「シャトーティエリー領はデビルの介入を受けているだろうと言ったな。ならばあそこの遺産を得る為に手段を選んでいる場合では無いだろう。何故、出向かん?」
「証拠がありません。冒険者に内情を探ってもらいましたが、『どこまで』デビルの影響を受けているのか不確かです。どちらにせよ、4つ遺産が揃わなければ開かない扉ならば、先に違う物から探すべきでしょう」
「あまり時間は無いと考える」
 低く呟いて、シメオンはゆっくり立ち上がった。
「冒険者に不可解な通り名がついたとも聞いた。あれはデビル側の目印だろう。狙われるか或いは尾行されている可能性がある。その名が広まれば広まるほど、奴らも標的を探しやすいという事だ。堂々と妨害工作もされよう」
「ただの目印ならば良いのですが」
「時間は無い」
 杖を持ち、シメオンは扉に手を掛けた。
「先に4つ、敵に取られてはこちらの負けだ」
「その場合は扉の前で大決戦という手もありますが」
「あんな狭い場所でどう戦う。冒険者に伝えるのだ。あの扉に嵌まる遺産を探し出し、敵より先にあの先を解明せよと。私はしばらくここを離れる。気になる事があるのでな‥‥」
「それは?」
「あれ以降何度か迷宮に下りて、ある物を見つけたのでな。それについて‥‥どこかで古い話を聞いたと思ってな‥‥。まぁ、これは私の仕事だ。君は君の仕事をしたまえ」
 そう言い残し、シメオンは旅立って行った。

●ギルドより冒険者へ
 現在までに判明した事実と、冒険者より寄せられた情報を公開する。

『パリへの護送途中、ラティール領元領主とピールが殺害された。犯人は不明だが、金髪の男である可能性が高いとの事。又、ドーマン領領主の娘、リリア嬢がパリ郊外の家から連れ去られ、現在行方不明。シャトーティエリー領領主は病で伏せているが、その姿を見た者は最近居ない』

『通称呪われた装飾品の一部は、遺産である可能性が高いとの事。文字が記載されている物がそれだが、元々刻まれた文字の上から単語が刻まれている物が迷宮の扉の鍵となっている模様。又、これを狙う者が存在する可能性も高く、不安な者は騎士団に提出する事』

『3領地には1つの歌と曲、13のメダルと装飾品があるようだ。尚、これは本来ならば3領地の貴族のみが知っている事である為、情報の取り扱いには充分注意する事』

『各場所に合致する鍵やメダルに関しての情報は、当ギルドは関知していない。調査者より直接聞く事』

『ドーマン領に攻め入った『妖虎盗賊団』がその後も攻め入ったという情報は無い。しかし主力は残存していると考えられる』


「どこに行っていたの‥‥ローラン」
 暗闇の中に蝋燭の灯りだけが揺らめく部屋で、女は微笑しながら問いかけた。
「鳥を愛でに行っておりました」
「貴方は私の薔薇。勝手な行動をしちゃ駄目よ‥‥」
 金の髪の男は静かに頭を垂れ、その表情は窺い知れない。
「‥‥もうすぐ、私の願いが叶う‥‥。ねぇローラン。そうしたら、貴方の願いも叶えてあげるわ‥‥」
「私の願いはただ1つ」
 無機質な、凍えるような声で男は告げる。
「主の歓びは私の歓び。主の望みは私の望み。主の為に生き、主の為に死にましょう。それが私のただ1つの願いです」
「そう‥‥嬉しいわ‥‥」
 女は笑い、男は無表情にただ佇む。


●片道
パリからラティール領 馬車1日半
パリからシャトーティエリー領 馬車1日半
ラティールからシャトーティエリー 徒歩1日半
パリからドーマン領 馬車2日
ドーマンからシャトーティエリー 馬車1日
レスローシェからシャトーティエリー 徒歩数時間

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8642 セイル・ファースト(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214)/ ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ セシル・ディフィール(ea2113)/ レムリィ・リセルナート(ea6870)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ リディエール・アンティロープ(eb5977)/ リスティア・レノン(eb9226)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ 呂 明信(ec2902

●リプレイ本文

 君の人生は、君だけのものだ。
 臆せずに、大切なものの為だけに生きろ。

●ラティール
『ごめんなさい、私は行けません』
 粗末な白の司祭服を着た女性は、静かにそう告げた。
『事情は説明した通りよ。ドーマン領主の一人娘リリアは誘拐された。彼女の口から貴女がエリアと懇意だった事が知られている場合、貴女も狙われる危険性がある』
 テレパシーでそう呼びかけるレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が居るのは、教会が見える宿屋の一室だ。窓から眺めて不審者が教会付近に居ないか確認してからテレパシーを送った。
「‥‥どうだ?」
 窓側に立つレティシアの近くの壁に寄りかかっているのは尾上彬(eb8664)。だが、何度説明してもクリステルの返事は変わらなかった。
「教会を守りこの町を守る司祭だから、ラティールを離れない。‥‥思ったより頑固ね」
「護衛は一箇所のほうが楽なんだがな」
「無理矢理縛ってでもパリに連れて行く?」
「アリスが居たら、スリープで強制護送という手もあったんだが」
 しばらく怪しい会話が続いたが、結局2人は一旦その場を離れる事にした。

 次に2人が向かったのは、領主代行オノレの屋敷である。
 オノレは比較的屋敷に居らず領内を駆け回っているのだが、元々小さい領内の事。少し待った後に会う事が出来た。
「そういう事ならば護衛をつけよう。司祭に何かあっては、領民にも多大な影響を与えるだろうからな」
 聖女が降り立った町として希望に満ちているこの領内では、白の教会に通う人が日に日に増えているのだと言う。まだ貧しいながらも人々は、クリステルの教会の建て直しにとお金を貯めているらしい。
「信仰は人の心を救う。同時に人の心を蝕む事もあるが」
「でもほっとしたわ。本当にあの教会は酷い有様だったから」
「司祭殿は簡単な修繕でいいと言っていたが、そうも行かないだろうな」
 本当にこの領内は明るくなった。以前の闇が嘘のように。

●パリ郊外
 リリアが攫われた屋敷に、エミールは滞在していた。そこを訪れたリリー・ストーム(ea9927)は、貴族らしい笑みを浮かべてエミールに相対する。
「ここに居るなんて大胆ですわね」
「俺が迂闊にも護衛をちゃんと付けてなかったからリリアは攫われた。叔父貴にも顔向け出来ないからな」
「‥‥でも、ここは安全じゃないですよね‥‥? 大丈夫ですか?」
 後ろから不安げに鳳双樹(eb8121)が声を掛けた。
「どこも大丈夫とは言えないよな」
「エミール様。風を起こしてみようと思っていますわ‥‥。残るのは荒廃した大地か、肥沃な大地か分かりませんけど」
 リリーはラティール領主が所持していた別邸に行き、エミールから借りた首飾りを地下の鍵に合わせたが嵌まらなかった事を告げる。
「その『遺産』は、レスローシェの地下とシャトーティエリーの地下しか嵌まらねぇよ」
「領主の館の地下‥‥ですわね?」
「‥‥行くのか」
「貴方のお兄様に謁見してみようかと思いますの」
 小悪魔を思わせるような笑みを浮かべ、リリーは話を続けた。
 自分は目立つのでミシェルも彼女がエミールと会っている事は知っているだろう事。その危険を承知で賭けに出る事。その波紋がエミールまで及ぶかもしれない事。
「一応言っておく。リリアは俺の婚約者だ。兄貴が攫った犯人と手を結んでいるとは考えにくい。兄貴にとっても『地下の遺産』は大事な物だろうからな。その点を突けば、兄貴も協力するかもしれない」

 長閑な田園風景の中、彬は『家』に来ていた。
 突然やってきた冒険者に『家』の大人達は驚いたようだったが、そこは元冒険者。察してリシャールを呼ぶ。
「お前の兄貴に頼まれた。難を逃れる為に、一緒に来ないか?」
 彬は簡単に事情を説明した。彼の母親と思われるエリアの事。その親戚の娘が攫われた事。よって敵に狙われる可能性がある事。
「悪いが、守らせてもらうぞ?」
「分かった」
 真っ直ぐに見つめて、リシャールは頷く。既にミフティアによって注意を促されていた為か、あっさりしたものだった。尚、彼女のサンワードは特に反応が無かったとの事。
「アンリ。皆を頼む」
「うん。行ってらっしゃい」
 笑顔の少年に見送られ、2人は『家』を後にした。

●パリ
 パリ出発前、シメオンと彬が描いた『鍵穴』の絵と、皆が持っている『遺産』を比べて当てはまるものが無いか確認はしていた。別邸に該当する物は、その中には無いようだったが、念の為リリーは出かけたのである。
「この前は、本当に楽しかったです」
 穏やかな笑みを浮かべ、エリザベートはアリスティド・メシアン(eb3084)に駆け寄った。
「僕も‥‥嬉しかったよ」
 初めて会った時、この娘はまだ大人になりきれていなかった。だが状況が彼女を大人にさせた。それを思う。
 教会の彼女の部屋に入り、石の中の蝶を確認してから彼は幾つか尋ねたい事をやんわりと告げた。
「別邸の地下の事は余り‥‥。鍵があるなら父か兄。或いはラティールの館にあるかもしれません」
「そう。少し古い話になるけれど、お兄さん関係の黒髪の美女は、いつ何処で見たの?」
「見たのは2回だけです。兄と一緒に居る館の薔薇庭で。その1週間後に兄はその女と出て行きました。後を追おうとしたけど、怖くて出来なくて」
「エリアの事は知っている? 恋の相手とその顛末を」
「エリアとリリアは私より少し年上で、仲良くしていたわけでは無いので‥‥。ただ、ハーフエルフの詩人と駆け落ちしそうになったとは父から。その直前にエリアは閉じ込められてしまったみたいですけど」
「‥‥閉じ込められた?」
 一瞬、何かの予感が過ぎる。
「まさか、それからずっと‥‥?」
「分かりません。ただ、私はそれから会った事がありません」
「じゃあ、最後は‥‥君の事」
 静かに見つめるアリスティドに、エリザベートは頷いた。
「まだ、何か抱えているんだね。君が罪だと思っているその事を、話して欲しい。地下にあったこの角笛の事も」
 角笛と共に置かれていた手紙には、アリスティドに渡して欲しいとあった。それを書いたのはエリザベートである。
「私の罪は、兄に呼ばれて館の庭で会った時、兄について行くと告げた事です。呼ばれたのは必要とされていると思ったから。でも兄は言いました。『君の人生は君だけのものだ』と。兄は、来るなと言ったのです。残された私がやるべき事は何か考えた時、父と兄がやった事を償うべきだと感じました。だからここに」
 エリザベートが渡したペンダントは、ローランが持っている物と対になっている。その2つが合わさって開く扉が館の地下にはあるが、そこへ行く扉を開く鍵がその角笛らしい。巧みに隠されていて分かりづらいらしいが。
 アリスティドは彼女と別れて教会を出た。度々合間を見ては外で警護をしている。もう1つの白の教会も。

 もう1つの白の教会の地下牢。
 アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は、1人でそこにやって来ていた。初日にエルディンが1日掛けて『デビルに繋がる重要参考人だから、処刑は取り止めを』と頼み込んで、ようやく3日目で面会の許しが出たのである。
「悪魔崇拝者に肩入れすれば、貴女の立場も危うくなりますよ」
 見張りとして付いてきた神官が静かに告げた。黒の神官であればもっと容赦無い言い方になっただろう。
「悪魔崇拝者になるのは理由があっての事だと思います」
「勿論理由はあるのでしょうね。では理由があれば、人を殺そうとした事実が赦されると?」
「でも情報を引き出して道具みたいに捨てるなんて嫌です」
 牢屋は開けられる事無く、アーシャは中に居るやつれた男と対峙した。石の中の蝶を確認、タリスマンで結界を張る。探知系アイテムには特に引っかかる所は無かった。
「これを見て」
 金の腕輪を見せ、『エリアも似た指輪を持っていて、指輪の所為で彼女は気がおかしくなった』と告げる。
「そうさせたのはセザール。貴方ですか?」
「知らんな」
 男は見張りを見ながら答えた。
「‥‥その指輪は、プーペから誰かの手に渡ったそうです」
 男が何も答えないので、アーシャは護符を取り出し渡そうとする。しかし、それを見張りが止めた。牢人に差し入れは厳禁である。
「‥‥沢山の人に嫌われても1人でも自分の事を気に留めてくれる人がいるのなら、生きるのを頑張れると思わない?」
「お嬢ちゃん。1つ忠告だ」
 見張りから目を逸らし、男はにやりと笑った。
「悪魔は死の間際にやって来る。魂を喰らい恐怖を広める為。それは真紅の光を放つ」
「はい‥‥?」
「もういいだろう」
 見張りに止められ、強引にアーシャはその場を離れる事になった。

●ドーマン
 領主屋敷をセイル・ファースト(eb8642)は訪れた。
 冬に盗賊団の襲撃を受けた領内の建て直しは、それなりに進んでいるらしい。焼き討ちにあった村などは大変なようだが。
「先日の盗賊団との戦いの折には、殲滅まで至らず禍根を残す形となり、申し訳ない。貴領の安全の為にも盗賊団を追いたいと思うので、協力を願えないだろうか」
「兵を貸す事以外ならば協力しよう」
 捕らえた盗賊は全てパリに連行された。あらかじめパリで騎士団を通して会わせてもらっていたが、その中には『山猫傭兵団』の幹部が2人いた。
「初めから、裏切るつもりだったのか? あの時から‥‥」
 幹部達と行動を共にした事はほとんど無い。だが、親しげに見えていたと言うのに。
「強いほうにつくのが当然だろ」
 あっさり彼らは言った。開き直りにも見える。
「あの人には世話になったけど、自分の命は惜しいしな」
「性根まで盗賊か」
「元々俺達は盗賊団だからな。シャーが傭兵団にしただけさ。それに、後1人残ってる」
 幹部はシャーを含めて5人居た。1人は既に死に、2人は捕らわれた。だが後1人は行方も知れないと言う。その名はシアン。
『奴はシャーの忠犬みたいなもんだったからな』
 結局彼らも捨てゴマだったという自覚はあったようだ。妖虎盗賊団の内部事情には詳しくなかった。
「何か変わった事はなかったか?」
 領主ついでに伝令シフール兄弟とも顔を合わせた。
「一番下の弟が、どうやらオーガに恋をしたらしくて‥‥困ってます」
 彼らの最大の懸念がそれらしい。確かに大事だが、領内とは関係ない話のようだった。

 グリー村では人々が生気なく仕事をしていた。次々と降りかかる災難に、疲れ果ててしまっているらしい。
 双樹と合流したセイルは、皆から預かった『遺産』とメダルをしっかり身につけ、村から地下迷宮へと降りた。
 ここを調査していたパリから来た兵士達はもう居ない。2人は静かな迷宮を進むが、そもそも2人だけでは『ハーフエルフの扉』も『人間の扉』も開かない。だが、その扉の先へと繋がるような抜け道を悪魔崇拝者達が掘っており、前回セイル達はその道がどこから始まって繋がっているのか確認済みだった。メモ片手に進み、時にはメダルを使って通り抜けて目的の場所に着いた。
「‥‥静かですね」
 双樹が握り締めている指輪は、彼女の友達から貰ったものだ。友達は、山賊退治をして見つけた宝物の中からこれを貰ったと言っていた。だが詳しい経緯は分からない。でも今、自分の手にある以上、責任を持たなければならないのだ。
『これ、私がうっかり盗まれないようにちゃんと覚えておいてね。お願いね』
 愛犬たろにオーラテレパスで伝える。責任感はあるのだが、自分の力には自信が無い。だから匂いを嗅がせて覚えこませた。
「見張っているわけないよな」
 石の中の蝶を確認し、何かの気配が無いか察知しようとする。しかし如何せん2人はその方向に疎かった。双樹は匂いには敏感だが、犬が居るからそちらを頼ったほうがいいだろう。
「‥‥この指輪。模様‥‥ありましたね」
 シメオンが書いてくれた『扉』の鍵の文字。双樹が持っているローズリングには、文字が刻まれていた。それはこう読むらしい。
「『汝、後ろを見よ』」
 そっと置くとぴったり嵌まった。他の借りた『遺産』は形が違うようだ。
「2つ、ですね」
 アーシャが持っている物と双樹が持っている物。残りは2つ。
「‥‥それにしても、不気味だな」
 前回あれほどアンデッドと遭遇したのに、今回は全く出てこない。
 油断せぬよう2人はその場を後にした。

●シャトーティエリー
 彬とリリーは別々にその町を訪れていた。
 彬はその前にリシャールを伴ってエミールと会っている。勿論オノレから紹介状を貰っていた。
「パリは、ティエリーがデビルに侵されていると見定めたようだぜ?」
 兄への反逆を企む共犯者にならないかと唆す彬に、エミールは笑う。
「お前、兄貴に仕えているんだろ?」
「‥‥誰かがあいつを止めてやら無いとな。でないと可哀想だ」
 自身の破滅も覚悟でデビルと手を組んだのではないか。そう彬は推測していた。
 領主代行補佐のガストンは、元々領主に仕えていたが代行になってからはミシェルに仕えているのだと言う。冷静冷酷な男で、罪人には容赦が無い。真面目だが何を考えているか分からない所がある。
 そのまま彬はリシャールをエミールの元に預けて行き、人遁で姿を変えて領主館を訪れた。声質も変えてエミールの従卒のフリをしている。使者の証と手紙、見舞いの品を渡して彬は屋敷に入った。奥方へのご機嫌伺いと領主への見舞いが表向きの理由であるが、どこへ行くにも見張りが付いてきた。1人で行けると言っても離れようとしないので、仕方なくトイレと称して1人になる。龍晶球を使ってデビルが居ないか確認するが、特に反応は無かった。
 外に居るレティシアからテレパシーを飛ばしてもらう予定だったが、館周辺は厳重警備で近づけずテレパシーは届かない。奥方は最近調子が悪くて臥せっているとの事で会う事は許されず、領主の見舞いも部屋の扉前での挨拶で終わった。
 そのまま補佐官の部屋を監視しようとしたが、常時見張りがつく有様で結局彬は何も出来なかった。

「ドーマン領の民に大きな被害を出す事なく済んだのは、ミシェル様が逸早く『有力かつ確実な情報』を手に入れ知らせたからと聞き及んでおります。流石ですわね‥‥」
 聖女の名前を使ってミシェルと会ったリリーは、淑やかに挨拶した後そう言った。
 情報網の素晴らしさに感嘆して訪れた。リリアが攫われた事から、ドーマン襲撃自体が陽動で同じ手の者では。その足取りを掴みたいと告げる。
「私もリリアの行方は追っています。お望みならば情報を共有しましょう」
 ミシェルは穏やかにそう答え、食えない女の印象を刷り込もうとしたリリーに微笑を返した。


「2人の事を思えば止めるべきかもしれないわ」
 レティシアは、佇むクリステルにそう呟く。
「でも、2人が望むなら祝福したい。誰が呪おうとも」
 エリアと詩人に友人の事を重ね合わせて告げる彼女に、クリステルは微笑んだ。
「そう望む貴女にも、神のご加護があらん事を」