刹那の命、永遠の魂〜人形工房〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月23日〜09月28日

リプレイ公開日:2007年10月01日

●オープニング


「その人が、このパリの片隅に小さな工房を開いたのは‥‥3ヶ月前の事でした」
 1人の女性が、手袋を嵌めた両手を胸の前で重ね、沈痛な面持ちで話し始めた。
「預言でパリが騒がしい‥‥。よりにもよってそんな時にと、誰もが彼を止めました。でも彼は、人々を守る『兵士』という職務を離れ、1人店を構えたのです」
 脚の怪我により、まともに戦えなくなったから、と男は笑ってから呟く。『やっと、自分の夢を叶えられる』と。
「殺伐とした今の世の中に、せめて子供達だけでも優しい心、穏やかな心を保って欲しいと。その為に彼は『人形』を作るのだと私に言いました。『人形は。親が、子の健やかな成長を願って作る物。子供の苦しみも、痛みも、その人形が分かち合ってくれるように』。子供が人形を大切にすればするほど、人形も応えてくれる。彼は‥‥そう信じていました」
「それで‥‥その方の行方が分からなくなってから‥‥何日になるのですか?」
 受付員に尋ねられ、女性は僅かに涙を零した。
「もう‥‥10日になります‥‥」
 馬車でギルドまでやって来た事を知らなくても、その身なりの良さから彼女の背景は見て取れる。貴族‥‥でなければ、金持ちの娘。自らの手足となる使用人を持っている身分だ。恐らくその使用人達に命じて探させたのだろうが見つからず、こうして彼女自らギルドまで足を運ぶ事になった。『元兵士の人形職人』との間柄は気になるが、そこはこちらから尋ねる事では無いだろうと受付員は自制する。
「私は2日に1回、彼の店を訪ねていました。でもその日‥‥店の扉は閉まっていて、私は裏に回って家のほうに声をかけたのですけれども‥‥。その日から、彼の姿を見たという人は誰も」
「その日までに、近所の方で彼を見たという人は?」
 女性は静かに首を振った。男は近所付き合いがあまり良くなく、一日中工房にいる事もあったと言う。小さな工房内にはずらりと人形が並んでいたが、そのほとんどが彼の作品では無く汚れた物も多かったので、女性がそれらを買う事はほとんど無かったけれども。
 それでも彼は女性が来てくれる事を喜び、その飾られた粗末な人形のほとんどが、母親が子供を思って作った人形なのだと教えてくれた。子供が大きくなって必要が無くなった人形を貰い、役目を終えた後の余生をここで過ごさせているのだと、冗談交じりに笑って言う。
「家の鍵を開けてもらって‥‥中に入ったのが5日前でした。でも‥‥やはり彼は居ませんでしたし、彼が今でもまだ生活しているような、きちんと整理された部屋でした。賊に荒らされた形跡も無く、私‥‥守衛の方にお願いしたんです。彼を探して欲しいと。でも‥‥」
「ご自分で出て行かれたように見えるから、事件性は無いだろうと言われたのですね」
「はい‥‥」
 10日前に突如姿を消した男。その姿は目撃されておらず、まるで自分でどこかに出かけたかのような家の形跡。
「店のほうは、ご覧になったのですか?」
「はい。でも、工房内も全く変わった所は‥‥」
 無い、と言いかけて、女性はふと顔を上げた。
「いえ、1つだけ。‥‥並んでいる人形の中で、1体だけ無くなっていました。でも‥‥売れたのかもしれませんし、それは分かりません」
「全部の人形を憶えていらっしゃるんですか?」
「いいえ、憶えていません。ただ‥‥棚で、そこだけ空いていたので‥‥。確かその棚は、全て埋まっていたと思いましたから‥‥」
 とにかく、何も言わずいきなり行方をくらませるような人では無いと。だから彼を探して欲しいのだと彼女は受付員に強く頼んだ。
「分かりました。ではこの依頼は冒険者に公開しておきます。最後に、貴女のお名前と、男性のお名前を教えていただけますか?」


 その日、美しい黒髪を持った女が1人、小さな工房を訪れた。
 男は、まるで流れる川のような髪だ、と思う。
 そして女は男に告げた。
 世にも美しい人形を作って欲しいと。
 この世に他と無い、美しい人形を。
 男は思う。今までに、この女の髪より美しい髪をした人形さえ見たことが無いと。
 女は告げる。
 その人形を作る為の材料は、全て私の屋敷に揃っている。足りないのは、職人だけだ。
 そして、更に続ける。
 お前が、朽ち果てるのを待つべく漂っていた人形を、ここに足止めしているその理由。
 それを私は知っているよ、人形職人。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2838 ブリジット・ラ・フォンテーヌ(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ジャンヌ・シェール(ec1858

●リプレイ本文

 イレーヌ。
 人形にも魂がある。俺達ヒトにも魂はある。けれども、人形の魂は目に見えない。心は見えない。そう、ヒトの心も見えないな。じゃあ‥‥同じじゃないか? 同じイキモノじゃないのか?
 人形は。生きているんだよ。


 その椅子には、貴族風の女性が座っていた。
「ギルドの方から、お話は伺いました」
 女性の前には、これまた女性が3名。
「私はレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。こちらがパール・エスタナトレーヒ(eb5314)とブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)。貴女にお願いしたい事があって‥‥」
 ギルドを通して依頼人の女性イレーヌに連絡を取ってもらった3人は、酒場を集合場所とした。下手に室内で密談するのは避けたい。彼女達は、この依頼人を心底信頼しているわけではないようだった。
「ガルドさんの似顔絵を作りたいと思っています。それでご協力を」
 ブリジットが依頼人に簡単に説明をした。まず、出来る限り詳しい容姿を聞いたレティシアが、ファンタズムでそれを再現。それを見た依頼人から助言を貰い、徐々に本物らしく近づけて行く。ただし。
「まだ専門魔法は使いこなせるレベルじゃないから、ちょっと失敗したりはするかも」
 そのちょっとがどの程度になるかは見当がつかないが、ともあれ完成したものを素早くブリジットが絵にする。6分と言う時間はなかなか短いが、1枚描ければ後は写す事で今回依頼に参加した冒険者6人分の絵を用意する事が出来るのだ。
「後は、髪や目の色、顔つきや背格好のメモも要りますねー。絵じゃ分からない部分ですし」
 パールが木板にそれらをメモし始める。髪は黒。目は茶。背はとても高く、足の怪我の後遺症か走る事は出来ないのだと言う。
「そんなに大きいなら、町の中歩いてても目立ちますよね。‥‥確認したい事があるのですけど、イレーヌさんは依頼をする前に、どの辺を捜索したんですか? もう一度その場所も探してみたいですし、それからガルドさんが兵役していた頃の同僚や友人さん等も紹介していただけたらと思うですよ」
 流れるように絵筆を動かすブリジットの横で、レティシアは手持ち無沙汰に指輪に触れていた。楽器を置いてきてしまったから、音を奏でて依頼人の気持ちをほぐす事も出来ない。
「まるでバラの香りが匂ってきそうな、不思議な指輪ね」
 ふとそれに気付いたイレーヌが、少し寂しそうに微笑んだ。
「昔、私の婚約者も同じような指輪をしていたわ」
「婚約者? ガルドさんは違うのですか?」
 思わず顔を上げて、ブリジットが尋ねてしまう。
「逃げられてしまったの。‥‥でも、だから‥‥ガルドと親しくなれたんだわ」
「話してみて。素敵な思い出なんでしょう?」
 バードであるレティシアの言葉と発音は、歌っていなくても音楽のように流れて行く。
「えぇ‥‥。長い、話よ‥‥?」
 イレーヌは嬉しそうに微笑んで、レティシアに向かって静かに話し始めた。


 一方、ガルドの工房の前には、アリスティド・メシアン(eb3084)、スズカ・アークライト(eb8113)、アイシャ・オルテンシア(ec2418)の3人が立っていた。この工房を貸し出している人を近所の人達から聞いて、中に入る許可を得ているのだが。
「依頼人さんが一回中に入ってるって言ってたわね‥‥」
 スズカが工房を眺めながら呟いた。
「でも、何か出るかもしれませんね〜」
「何かって何?」
「それは私の口からは恐くて言えないのです」
「先に聞き込みして回ろうか」
「さてはアリスティドさん。中に入るのが怖いんですね?!」
 アイシャに言われてアリスティドは苦笑した。
「一度、他の皆と合流するんだろう? それまでに少しは情報を集めておきたいな」
「そうね。似顔絵が出来るまでは、聞き込みよりも中を調べたほうがいいかも」
「‥‥分かりました〜」
 心なしか大人しくなったアイシャが、2人の後に続いて工房の中に入った。
「ほんとに凄い量ね。埃もひどいけど」
 手で埃を払いながら、スズカは棚や道具を見始め。
「‥‥1週間前だと、もうガルドは居ないはずだけど」
 パーストで何か情報を得られるかもしれないと、アリスティドは人形棚の前に立ち。
「‥‥」
 2人が居る所とは逆側で、アイシャが人形を突いていた。
「‥‥やっぱり1週間前は変化が無いな。少し日にちをずらして後からやってみるよ」
「あ。こっちは見つけたわよ。道具」
 スズカが小さなテーブルの上に載っている物を手に取って皆に見せる。
「でも、これ1本だけ。後は持って出て行った感じがしない?」
「するね」
「ひゃあ!」
 突然、彼らの背のほうから悲鳴が上がった。瞬時に身構えて振り返った2人の視界に、何となく体勢がおかしいアイシャが立っている。
「‥‥あ、ちょっと滑っちゃって。それで‥‥こんな絵が落ちてました」
 薄暗い工房内では、床のほうは見えづらい。半ば隠すようにして置いてあった絵を3人は見つめた。


 まだ新しい地図の傍で、ブリジットは真剣な表情でダウジングペンデュラムを取り出していた。地図をイレーヌに用意してもらい、ガルドの居場所をこの占いで探ろうというのである。
 振り子は一瞬ゆらゆら揺れたが、ややしてから1つの方向を指した。
「パリですねー」
 横から覗き込んでいたパールが呟く。その地図は広範囲を描いたものだったので、次はパリ周辺の地図を借りる。
「ん〜‥‥パリ、なの?」
 次の地図もやはりパリを指していた。だがパリの地図で行っても振り子は動かない。
「‥‥どういう事でしょうか」
 困ったように皆を見回したブリジットは、そこに工房組の3人がやって来たのを発見して笑顔を見せた。
「必ずしも真実を指すわけじゃないと思うよ、それは。目安になるだけで」
「パリであって、パリでないもの‥‥。最後の地図は動かないのではなく、動けないのかもですね。振り子の真下に居るのかもしれないです。後は、パリ近郊という事も考えられるですよ」
 アリスティドとパールに言われ、ブリジットも頷く。
「イレーヌさん。ガルドさんのご家族はいらっしゃらないのですか?」
 一方、絵を持ったアイシャは、イレーヌに尋ねていた。
「この絵の方が‥‥もしかして、妹さんとか」
「あの人は家族を故郷に残しているはずだけど‥‥でも、妹が居たかどうかは分からないわ」
「作っている人形の元になった子とか?」
 絵を眺めたレティシアの感想が、一番近いのではと皆は感じる。まるで、着飾った人形のような子供の絵だった。
 ともあれ皆は依頼人と別れ、それぞれ布や木板に書かれた似顔絵を持って酒場を出た。


 酒場組3人がまず向かったのは市場だった。
「布とか木を扱う商人の出入りは無い?」
 レティシアが注目したのは、人形作りの材料を取り扱う商人だ。最もそれを専門にしている商人は居ない。人形は端切れでも作れるし、ガルドが1人から仕入れているとも限らない。
「こんな顔の方、最近見かけていませんか?」
 ブリジットは自分の母親くらいの人達に、似顔絵を見せつつ話しかけていた。子供を持つ人の所にガルドが訪ねて行って人形を貰った可能性がある。偶然会える可能性は低いが、万にひとつという事もあるだろう。
「お話を聞かせて欲しいですよー」
 市場や酒場を回った後、3人は兵舎や衛視の詰所に出かけた。ガルドの兵士仲間から話を聞く為である。
「ガルドさんはどんな人でした?」
「人形職人になった経緯も教えていただけませんか?」
 神聖騎士とクレリックに尋ねられては、黙っている兵士は居ないだろう。
「ガルドはそんなに明るい奴じゃ無かったが、結構人に気を使ってくれる奴だったよ。でかい図体の癖に、昔から人形や装飾品に興味があるって言ってたなぁ。祭りの時の飾りつけなんかは率先してやってたよ。そういや意外と子供に好かれてたなぁ」
 気さくに話した元ガルドの同僚は、人形職人になった詳しい事情はよく分からないと告げた。盗賊と戦った際に脚を負傷したが、動けなくなるような深い傷では無かったのだと言う。
「人を守る仕事を辞めてまで、人形作りたかったんかね。俺にはよく分からんよ」


 工房組も、工房の近所や職人通りなどを回って聞き込みをしていた。
 やはり子供の持っていた人形を渡した者が居ないか、ガルドの印象、最近工房を訪ねた人物が居ないか、普段見慣れない馬車等を目撃しなかったか、そして。
「ん〜‥‥雨が降っていたような気がするなぁ‥‥」
 失踪した日前後の天候。
「雨に紛れて馬車で移動したら‥‥車輪の音は小さくなるわね」
「最近工房に行っているのはイレーヌさんだけみたいですね。近所でも評判のお2人だそうですよ」
「人形を彼に渡した事がある人は、まだ見つからないな」
 ガルドの印象は、酒場組が得たものとあまり変わらなかった。近所付き合いはあまり無いものの、工房に人形を見に行った家族は、微笑が優しい印象だったと話した。近所の人達も悪い印象は持っていない。ただ、元兵士で人形職人で貴族風の娘と付き合っているらしい、というのは興味深い事であるらしく。
「で、あの2人は結婚するんかね?」
 逆に訊かれる事もあった。
「とりあえず今日は工房に泊まりましょうか」
 日も暮れ、3人は工房へと向かった。


 パールは棲家で寝泊りする事を告げた。ブリジットは迷ったが、後の4人は工房泊まりだという事で一蓮托生。寝袋や防寒服を工房内に運んだ。この時期、まだ防寒着が必要と言うわけではないが、夜は油断すると冷える。1人もこもこになりつつ、彼女は夕飯後、神に祈りを捧げていた。
 パリの外ならともかく、パリ内では全員が揃って何があるか分からない場所で寝泊りする必要は無い。万が一、何かが起こって5人が対処出来なかった時、パールが後からギルドに応援を呼びに行くことも出来るわけだ。その猶予があればの話だが。
「‥‥どう? パーストは」
「今は書付が残っていないか探しているよ」
 ベッドの下を覗きこみながら、レティシアに問われたアリスティドが答える。
「高そうな人形もありませんでしたね。あの、1体分だけ空いている場所に居たのかもしれませんが」
 ブリジットも工房から家へと戻って来て皆を見回した。
「でも‥‥あんなにたくさんの人形を集めて、その全てを放って出て行った‥‥または攫われたんですよね? すぐに帰ってくるつもりだったのかもしれませんが、でも‥‥」
 ブリジットが言葉を濁すのは、闇の中で眠る人形達を見ていて心が落ち着かなくなったからなのかもしれない。四方から人形に見つめられて仕事をしていたガルドは。本当にそれが落ち着ける空間だったのだろうか。
「ちょっと皆さん、来てください!」
 そこへ、アイシャの声が飛んできた。
「この人形、この絵の子に似ていませんか?」
 工房内に5人も入ると身動きも取れない。仕方なく家へと人形も持って移り、5人はじっくりそれを眺めた。
「似てるわね」
「髪が赤すぎる気もするけど」
「やっぱりこの絵には、何かあるんですよ。この絵の子、探してみませんか?」


 2日が経過した。
 情報収集はパリ内だけに留まらず、パリ近郊の村にまで足を伸ばす。近郊ならば行って帰っても半日だ。ジャンヌが皆のペットの世話を買って出たので、彼らはすぐに出発する事が出来ていた。
「ここだと思いますよー」
 パールが地図を広げ、一点を指す。
「もう夜ですから、明日踏み込んだほうがいいかもですね。まずは外から様子見ですけど」
 ガルドが女性と共にある屋敷に入っているのが目撃されていた。背が高く格好良いが表情が沈んでいたので気になったのだ、とは目撃者の言である。その屋敷はパリ近郊にあり、屋敷の背後には森が広がっているのだと言う。
「案内されて遠くの空中から見てきたですけど、思ったより大きなお屋敷でしたねー」
「大きくても屋敷なら、テレパシーは多分届くわ。巨大な庭園の真ん中に建ってるなら無理だけど」
「お庭はそんなに大きくなかったですよ」
「まずは、わたしとアリスで空から偵察ね。正面から訪ねた後になるけど、屋敷の近所の人の評判はどうなの?」
「近所が居ないのですよー。たまに農作業に来る人が通るくらいだそうです」
 では翌日に行くことにしよう、と話がまとまり、彼らは再び別れた。


「‥‥アリスさん?」
 声が聞こえる。
 一瞬にして現実世界へと舞い戻ったアリスティドの意識は、それがアイシャの声だと認識して自然笑みが零れる。
「何か掴んだ?」
 スズカの声に、彼は頷いた。
 何度目かのパーストだった。1日に数回行ってきたが、今までは何も引っかからなかったのだ。
「‥‥子供がいた。多分‥‥」
 その目が、壁に立てかけられた絵に注がれる。
「その子供だ」

『イタイ‥‥ヨ‥‥クルシイ‥‥ヨ‥‥』
 パーストで見る事が出来る時間はせいぜい10秒だ。だが子供は告げた。その口から言葉を吐き出したのだ。
『タスケテ‥‥』
「どうしますか?」
 ブリジットは十字架を片手で握りながら、そっと皆に尋ねた。
「まだみんなが起きてて良かったわ‥‥」
 スズカがゆっくりと剣を抜く。
「でも‥‥」
 アイシャが言い淀んで、レティシアに視線を向けた。だがレティシアは首を振る。
『イタイヨ‥‥イタイヨゥ‥‥』
 声は、辺りを支配するように響く声は、冷たささえも感じさせた。『痛い』と言っているのか。だがあまりにも温度が無い。
「‥‥救う事は出来るだろうか」
 アリスティドが呟いた。ブリジットは哀しそうな目を向け、小さく頷く。
「浄化は‥‥倒す事でしか」
 パーストで見た時から、その子供がアンデットだという事は分かっていた。
 それでも工房内に再び姿を見せたその子供は、アンデットというのはあまりにも痛々しすぎた。その半透明の姿には、傷の痕は見当たらない。だが無表情な顔と口から発せられる言葉は、彼らに重くのしかかる。
『タスケテ‥‥オカアサン‥‥』
 ゆらりと子供が動いた。そのまま真っ直ぐアリスティドへと向かって動く。とっさにブリジットがコアギュレイトでその動きを止めたが、次の行動は躊躇われた。
『オトウサン‥‥』
 呪縛が解けた瞬間、子供は目を見開きアリスティドへと突進した。そしてその手がアリスティドに触れた瞬間、彼は僅かな痛みに身を引いた。
「ごめんなさいね!」
 更に手を伸ばす子供の後ろから、声が飛んだ。同時にその背に紫の刃が降り落とされる。
「可哀相だけど、仕方ないわ」
 アンデットの悲鳴が辺りを埋め尽くす。だが皆が見つめる中‥‥その姿は薄っすらと消えて行った。
『‥‥マタ‥‥シンジャッタ‥‥』
 小さなその声だけを残して。


 アンデットはまだ滅んでいないと思うとブリジットは告げた。しかるべき場所に連れて行ってあげる事が出来れば、或いは浄化出来るかもしれないが。
 そして、6人は屋敷が見える場所に集合した。
 ガルドがそこに居るのかどうか。
 それはまだ分からない。