古鏡の幻夢、泡沫の故郷5〜人形工房〜
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■シリーズシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:12 G 67 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月20日〜03月29日
リプレイ公開日:2009年03月31日
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●オープニング
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森の中、男は手下を従え娘を連れて佇んで居た。
ゆっくりと、森の一角が開いて行く。否、そこは見えないように隠されていた空間。封印を解かれ、そこに姿を現したのだ。
だが、男はその中に入って顔を顰めた。そこにあるのは巨大な『鏡』。だがそれを細かい紫の光が覆って、何者をも寄せ付けない。
「『至宝』はここに在ると言うのにな‥‥。やはり『鍵』が全て必要か」
そう呟き振り返った男の傍らで、娘は息を潜めてそれを見守っていた。だが突如、叫ぶ。
「『護って』! この森を『護って』!」
「止めろ!」
叫び光の中に手を入れた娘を、男が引き剥がした。娘の手には無残にも貫かれたような細かい穴が開き、血が流れている。
「死ぬ気か。お前は『最後』なんだろう。お前が死んだら守護者は居なくなるぞ」
その手を取り魔法を唱え始めた男を、娘は不思議そうな顔で見上げた。
「私が死んだほうが都合が良いのでしょう‥‥? デビルに忠誠を誓う人が、何故治癒魔法を私に?」
「お前を連れてきたのは俺だ。だから俺には責任がある。お前の事は前から知っていたよ、フォレディエス。お前が兄弟の中で尤も優しい娘だと言う事も。だからお前を助けた。俺の素直な欲望を、あの方は笑って許して下さった。だから今、お前はここに居る」
「何の話‥‥」
「この『森の至宝』を望んだのはあの方だ。手に入れたら楽しそうだ、とそれだけの理由だが、それがあの方の全てだ。単純な欲を素直に表現するあの方が俺にはいつも眩しく思える。だがあの方とはここ最近連絡が取れない。‥‥右腕の男も随分走り回ったようだ。多分‥‥あそこに居るんだろうと言っていたが‥‥」
「‥‥『森の至宝』は、これ一つではありません」
静かに、娘が呟く。
「『澄んだる鏡』と『紫石の麗玉』。これらが全て揃ってこその『森の至宝』なのです。だから例え、この『鏡』を手に入れることが出来たとしても、何の力も発揮する事はありません」
「森を促し、栄えさせる力だったな。‥‥だが過度な成長は死を早める」
「だから、動かしてはならないのです。森を死なせては‥‥駄目」
「‥‥冒険者の持つ残りの『鍵』を奪えば良いだけだ。どの道、これをどう使うかは‥‥あの方が決める。もうとっくにこんな玩具の事など忘れているかもしれないが」
男の表情に翳りを読み取って、娘はその横顔を見つめた。
「何があったのですか?」
そして、男に尋ねる。
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心身ともに弱っていたイレーヌは徐々に回復し、故郷に帰って行った。ある男に渡された写本を読むうちにガルドへの思いが募り攫った後、夢が覚めたと思った後も夢の中に居たと彼女は言っている。黒教会に囚われていたガルドは、パリに戻ってきて傷を癒した後、鍛錬を始めた。そして彼はイレーヌにはっきりと告げる。『自分には大切に思う女が出来た。人形じゃない。君でも無い。けれども、君には感謝していた』と。
ガルドは変わらず白教会の庇護と警戒、両方を受けている。人形を作る時間は日に日に減っていった。けれども彼は、時折楽しそうに人形を作る。教会を訪れる子供達にそれを渡し微笑む。人形を大切にしてやって欲しい。その気持ちが最初だった。その素直な気持ちを人に伝えて行きたいと彼は言う。でも、自分の大切な人と大切な人形。どちらかしか選べないとしたら、その時はその人の手を取って欲しいのだとも。
フェリシーが紫玉のアクセサリーと共に攫われた後も、冒険者宛には何の連絡も無かった。鍵を持って来いと言うだけ言ってその後音沙汰も無いとは、実に馬鹿にした態度である。
だが半年も経てようやく。
連絡が来た。
「ギルドを通すわけには行かなかったんだ、悪いね」
男は微笑みそう言った。
この男と、そうと分かって会った事がある者は、冒険者の中には恐らく居ない。だがその顔を知っている者は居る。彼の顔を知る者の記憶から得られたその姿は写し絵となり、その記憶も広がって行ったからである。
「君達に頼みが」
言いかけた男に、その場に居合わせた冒険者達は様々な表情と態度を返した。
ここはパリの路地裏。人通りは滅多に無いが、この場所に冒険者達は呼び出されたのであった。
「攻撃準備、捕縛準備、殺害準備をしたい気持ちはよく分かる。自分の立場は十二分に承知の上だよ。それでも尚、君達に頼みたい事があるんだ」
「聞きたいこともある」
冒険者の1人が静かに言うが、男は首を振る。
「時間が無い。それに、私も君達に聞きたい事は沢山ある。‥‥話し合っても相容れる隙間も無い私達だ。今更、手を取り合って共に戦う事も無いのだろう? 必要なのは説明だけだ」
そして、男は説明を始めた。
デビルロード。ドーマン領の端に突如現れた場所。
そこに男は足を踏み入れた。だが『主』より借りた手下は役に立たなかった。低級デビルは彼の言う事を全く聞かなくなってしまったからだ。
そこで次に、『人』の手下を連れて中に入った。彼らは低級デビルやアンデッドなど物ともしなかったが、『罠』に嵌って先に進めなくなった。
男は考える。強き心、弱き心、善き心、悪しき心、全てを兼ねた上で尚、強き力を持つ者。
そんな者達は、冒険者しか居ない。
「私の『主』が『塔』の中に閉じ込められている。私は『主』を助けたい。その『塔』の前には『黒き門』がある。そこを越える為には、『罠』を抜けなくてはならない。『愛する者を殺した事がある者は通れない』という罠だが、この罠の真実は、『罠』に引っかかった『愛する者を倒した者』も通れないという事だ。この罠は、『河原』に『鍵』がある。鍵である『人を助ける』事をしないと、罠も作動しないが門も開かない。罠が作動すると門も開くが、罠が無くなるまでは1人入れる幅しか開かず、大量に敵が出てくる。この間、門に触れなければ門が開く事は無い。『罠』を何とかする方法は、今のところ3つしか思いつかない。一つは、1人が『愛する者を倒す』役となり、残りの者は罠の攻撃に耐え続けるというものだ。倒した者は門を潜ることは出来ず、そこに待機するしか無いから色々危険でもある。又、罠はそこそこ攻撃力もある。罠を倒すだけの力量も必要だな。私は塔の中に入りたいから、この役にはならない。二つ目は、罠が発動する前に、鍵を倒す、だ。これは出来る時間が限られている。恐らく十数秒程度だ。この役は私が行ってもいいが、失敗すると一つ目の策に移る。前もって『倒す役』は決めておいたほうがいいな。三つ目は、門を強行突破だ。これはかなり難しい。1人ずつしか入れないから中に入ると集中攻撃を食らう。そもそも入れるかどうかも怪しい。下手すると全滅だな。無事、『黒き門』を通って『塔』の中に入ると‥‥」
その後の事は男にも分からない。
「私は『主』を助ける事が出来ればそれでいいが、君達とは利害の一致を見ないだろう。互いに信じる『正義』があるのだから、それは構わない。‥‥君達が追っていた『人形』の事も、『主』が趣味で人形師を攫って遊んでいたのは間違いないと思う。私をここで教会に突き出すかい? そして君達だけで『デビルロード』へ? その選択は、余り賢いとは言えないかな。私は『主』の為ならば‥‥何でもする男だから」
そう言うと、金髪の男ローランは微笑んだ。
●リプレイ本文
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その森は、深く静かに閉ざされていた。
アリスティド・メシアン(eb3084)とブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)は、静謐さを漂わせる古鏡を見つめる。それが『至宝』である事はすぐに分かった。
「フェリシー‥‥」
傍に倒れる娘に近付こうとしたブリジットに、声が飛ぶ。
「来ては駄目。これは罠なの」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)がパリでローランに、ジェセフとミシェルの情報が欲しいと告げた。すると彼はあっさりジョセフの居場所を教える。罠かと勘繰ったが確かめる術は無い。
「ずっと、泣いていたよ」
その場でアリスティドはローランにローブを手渡したが、彼は受け取らなかった。
「彼女の未来は君が守ってくれ」
そして彼は、皆に2つずつ宝石を渡す。いつか使う事になるかもしれないからと彼は告げた。自分は使えないだろうからとも。
イレーヌの様子を見に行った2人と神聖騎士は、彼女の周囲におかしな動きが無い事に安堵した。リシーブメモリーでも強い負の感情は感じ取れなかった。彼女は日々教会に通い、過去を悔いる日々だと言う。だが彼女の記憶にジョセフの姿があった事から、彼女が利用され尽くした上での今である事は間違いない。ブリジットは強い憤りを感じた。そんな2人に、イレーヌはジョセフが最近尋ねてきた事を告げる。森の奥にある『願いの叶う至宝』の所に居るから、来たくなったらいつでも来るといいと言われたが、
「罠だろうね。‥‥行ってみるかい?」
「フェリシーは助けたいです。でも指輪との交換条件にならないよう、注意を払わないといけませんね‥‥」
ジョセフの居場所が『森の至宝』のある村跡である事はローランから聞いていた。だがここでイレーヌも行きたいと言い出す。
「何が起こるか分からない。君を守りきれる保証が無いんだ」
「私は魂と引き換えに、願いを叶えて貰う約束をしました」
「‥‥何て言う事を‥‥」
「叶えて貰います。‥‥教えて貰ったんです、デビルに。このままではガルドが危ないと」
再度彼女の記憶を読んだが、『デビル』の姿は曖昧だった。スリープで眠らせてでも置いていくべきだったが、一人ででも特攻しそうな気配だったので、仕方なく連れて行く。
そして一行は、滅んだ村の跡でそれを見つけたのだった。以前は無かった大木の中に空洞があり、そこに古鏡が置いてある。紫の光が覆う中、それは暗い光を携えていた。
「行っては駄目‥‥。それは罠よ」
一行の後方からフェリシーが歩いて来る。前方には倒れたまま顔を上げているフェリシー。
「‥‥黒教会に『フェリシー』が居た同じ時間に、白教会にもフェリシーが居た事がありましたね」
攻撃もされた。それを思い出し、ブリジットが呟く。
「双子かな」
「ジョセフは悪魔崇拝者にして黒クレリックです。彼の居た教会に居たのですから‥‥ただの双子とは思えません」
聖剣の柄に手をやり、近付いてくるフェリシーに向かって彼女はコアギュレイトを唱えた。固まった方は一先ず置いて、倒れている方へと近付く。
「助けに来ました。帰りましょう」
「‥‥罠なのよ、これは」
「罠ならば打ち破ります。置いては帰れません」
アリスティドには、どちらが本物か見分けが付かなかった。だがイレーヌが動いたのを見てとっさに抱きすくめる。ガルドを助けてと叫ぶ彼女は物凄い力で脱出して鏡に触れた。悲鳴と血しぶき、後方で止まっていたフェリシーが魔法を唱える構えを見せ、前方のフェリシーが立ち上がる。ブリジットは後方へと剣を薙ぎ、再度コアギュレイトを掛けた。同時に魔法が飛んできてイレーヌが転がる。アリスティドのスリープは後方のフェリシーに効かなかったので、彼はイレーヌにポーションを使おうと彼女を抱き上げようとして、前方のフェリシーに止められた。
「‥‥大丈夫。治ります。‥‥私も鏡も、止まっていてはいけなかったんです。守りたいなら、抗わなくてはいけなかったんです。‥‥ブリジットさん。鏡の封印を解きます。指輪を」
「‥‥貴女の身に大事が起こらないと約束できますか」
「約束します」
ブローチを握り締め、イレーヌは頷いた。
●
彼らは塔まで来ていた。
川は空飛ぶ絨毯その他で越えた。勿論川の中から攻撃もあったが、そこは絨毯に乗っていない者が交代で魔法を飛ばしたり色々して解決した。丘もさっさと越え、黒の門がある黒の塔の位置を確認した後、青の塔を探す。
砦で領主とシメオンが戻っているか尋ねたが、見当たらないという返事を貰っていた。ならばまだここに居るのかもしれない。砦に騎士達が集まる前に出て行ったのかもしれないが。
青の塔の位置が分からなかったので、両隣だけ探す事になった。塔と塔との間はかなりの距離がある。見渡す限りの荒野を抜けてレティシアがテレパシーを唱えたが返事は無かった。
尾上彬(eb8664)はその間も河原で拾った領主を背負っている。はっきり言って重い。代わるか? とガルドが言ったが彼は断った。
「でも、何でついてきたんでしょうね〜‥‥」
ひそとアイシャ・オルテンシア(ec2418)がレティシアに囁く。
「殴って置いてくるべきだったかもしれないけど‥‥まぁ、アレじゃない?」
「アレですかねぇ‥‥」
2人の視線は、アフィマ・クレス(ea5242)に向けられた。
ガルドとアフィマは久々にパリで出会った。
「いい人形作るようになったね」
笑って褒めたアフィマに、ガルドは笑みを浮かべる。数分後には『好きな人って誰よ』という質問が続いたが、それには答えなかった。そして、
「守りたい人が居るから付いていく」
と、皆に告げたのである。ブリジット達がここに居て話をしていたら、揃いも揃って頑固な2人だなと皆は思ったかもしれないが、この日の為に鍛え直したというガルドを、皆は仕方なく連れて行く事にした。実際彼は背の低いジャイアント並の体格をしていたし、装備もきちんと整えてきたのである。
「ん? 何?」
「あ、ブレスセンサーで索敵の時間です〜」
「あ〜、あそこに見えるのは黒の門じゃない〜?」
レティシアの目には実際に黒っぽい門が見えているが、他の者には見えていない。
「何の相談? あっやしぃ〜」
門の前には赤い霧が漂っている。ローランが迷わず門に手を掛けた瞬間、領主が変化し始めた。皆が身構える中、門は完全に開いたのだが‥‥。
「お前かー!!」
レティシアの体から怒りの炎が上がったように皆には見えた。瞬時にムーンアローを達人レベルで叩き込む。
「見てないです〜‥‥気になるけど見ないですよ〜‥‥」
彬の懐に潜り込んだパール・エスタナトレーヒ(eb5314)は目を閉じていた。
「レティシアお姉さんの愛の鞭って凄いね〜」
げしげし踏みつけているレティシアを眺めながら、アフィマは踏まれている巨大な人形にも目をやった。懐かしい人形だ。どこか胸が痛む。
「来たぞ!」
門から出てきた敵を見、彬がそちらへ向かう。パールがホーリーフィールドを展開し、アイシャはライトニングサンダーボルトを唱えた。レティシアは、げしげししながらムーンアローを打ち込んでいる。それへ水ウィザードのオコウが加わり、『鍵』は逃げる間も無くゲル状のぶよぶよした物体に変化し、そのまま動かなくなった。
敵を全て倒すのには時間が掛かったが、何とか倒して皆は一度休憩を取る。
門の中に入れなくなったレティシアとオコウと護衛として斧使いアントンを置いて、皆は塔の中に入った。
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「今だから言うが‥‥思えば、俺が忍びの生を捨て生き始めたのも、パリの、この依頼のおかげかもしれないな‥‥」
塔に入る前に彬が呟き、『そんな死亡フラグは要らないわ』とレティシアに言われるなどひと悶着(?)あったが、彬は妙に感傷に浸っていたのかもしれない。
「あの『鍵』。ローランは何に見えていたんだ?」
ローランの前を歩きながら、彬が声を掛ける。
(「愛する女の為に堕ちる‥‥。悪くない)」
そんな生き方をしてみたい。そう、思うのかもしれない。
「妹だ。いつも」
「妹、か‥‥」
塔は今までに見た事が無い程太い造りだった。1階部分だけでも充分広い。奥に螺旋階段があり、明かりを灯して進む。
2階に上ると、即座にインプの大群に襲われた。その後はネズミに似たデビルの大群。3階では姿を消すグレムリンの大群に苦しめられた。ケガをしても同行したクレリック、ティルトが回復してくれたが、やはり人数不足が痛い。
「‥‥敵になったら要注意、ですね〜‥‥」
彬の懐に入ったままのパールが、ぼそりと呟く。ローランの機敏で無駄の無い動きは、味方であれば頼もしい。鎧も殆ど着けていないから身軽だ。
「ふぅ〜‥‥やっぱきついねー」
適当に暴れて逃げ回っているアフィマが汗を拭う。ガルドが時折守ってくれたが、彼が持ってきていた槍は折れ、今は斧で戦っている。立て続けの戦いで皆は疲れていたが、4階に上がった所で扉に初めて行く手を塞がれた。
「また『鍵』ですかね〜?」
だが黒塗りの扉は、押せば開いた。
そして皆は、その向こうに座る女性を見る。
背筋を冷たいものが流れるような、押されるような美貌の持ち主だった。彼女は気だるそうに指を上げたが、ローランに気付いてその手を止めた。
「あら、ローラン」
声を掛けた後、彼女は微笑む。
「ここは退屈だわ。‥‥面白い宴を催してくれる?」
「貴女が望むならば何時でも」
「ちょっと待って下さい〜」
不穏な空気を察知したパールが、声だけ割って入る。
「依頼主のローランさんは、貴女を助けにという願いだったのですが、黒髪の君。お名前をお聞かせ下さい。そして今回、塔から出たいですかー?」
「えぇ、勿論」
「依頼主の願いは叶えたいです。塔から一緒に脱出しましょう。でもその前に、塔の天辺に何かあると思っているのですが、ご存知無いですかー?」
パールの大胆な発言に、皆は動きを止めていた。誰かが動けば自分も動けるようにする為、皆の間に緊張が走る。
「交換条件? 生意気な蝶ね‥‥。まぁ、あの扉を開けてくれた礼に、教えてあげるわ。塔の頂には『甘美なる選択』が置いてある。塔の外からは決して辿りつけない頂は、3種の道を示す場所。全ての道を選んだ後‥‥『赤きもの』が降りてくる。そういう場所よ」
「他の塔とテレパシー出来ませんか?」
「それなら途中に天盤があったと思ったわね」
そこまで言うと、彼女は立ち上がった。
戦うならば、塔の外。中も外も分は悪いが、味方の人数を考えると外のほうが都合が良い。
皆は平然と歩いていく女と傍を歩くローランを監視しながら後を付いて行った。誰も口を開かない。重苦しい空気が流れる中、一行は塔を降りて外に出た。
「やっと身軽になれたわ‥‥」
女は微笑み、塔と門の間で立ち止まる。
「ありがとう。お礼をしないとね‥‥」
そして女は彬を見た。パールがとっさにホーリーフィールドを展開し、アイシャも剣を構えたが、次の瞬間、彬の体は鳥へと変化した。慌ててそれをアフィマが抱え、アイシャが女に斬りかかったがそれはローランに受け止められる。
「彬さんを元に戻して下さい!」
「煩い呪い子だこと‥‥」
「レティシアお姉さんっ!」
アフィマが叫んだ。後退する人々を追ってゆっくり歩いていた女に、ムーンアローが突き刺さる。同時に門を越えてアントンが走ってきた。フードを煩わしそうにしながらも斧を横薙ぎにする。
鳥になるのが早いか、攻撃が当たるのが早いか。パールがビカムワースを唱え、ムーンアローが飛び、アイシャとアントンとガルドが武器を振る中、後方に居たアフィマの視界の端が歪んだ。
「なに‥‥?」
それは、塔の周囲に張り巡らされた高い塀の一部。塀が突如、姿を変えたのだ。
そこから光が零れ出した。やがて光の放出は徐々に強くなり、皆を飲み込むほどに広がって行き、そして。
「フェリシーお姉さん‥‥?」
「アフィマさん!」
自分の身の丈ほどはあろうかという鏡を持ったフェリシーが、叫んだ。
「最後の一つを私に!」
●
「大切な物なんだろうけど、もうこれなんかよりずっと本当に大切なもの、無くさないでね」
早口でアフィマが言いながら、人形アーシェンを取り出す。その中からネックレスを出して渡すと、あちこちに切り傷を作っていたフェリシーは受け取ってそれを鏡に嵌めこんだ。ブリジットがレジストデビルを展開し、アリスティドはローランにスリープを唱える。イレーヌと神聖騎士も出て来て塀際に留まった。
「それは『至宝』か‥‥。面白い。それを動かすと言うのか」
「人は人形では無いわ。私達は、貴女の人形にはならない!」
「人形使いの名において。本当の人形遊びを教えてあげましょ」
アフィマがアーシェン片手に、彬鳥をもう片手に持って、びしっと人形で指差す。
「目覚めよ!」
鏡が強い光を放った。
既にある程度の傷を受けていた女は、その傷口から伸び始めた蔓に面白そうな表情を浮かべる。同時に、大地から草が伸び根が這い始めた。アリスティドに促されて、皆は門まで逃げる。各々の手段で大地から飛び見守っていると、ペガサスに乗ったブリジットがフェリシーを乗せ飛んだ。大地はひび割れ、あらゆる穢れを伴うような草や蔓が女達を襲い、やがて彼女達の姿はそれに埋もれて見えなくなった。
倒したかどうかは分からない。だが皆は、そのままデビルロードを後にした。
どのような魔法を使って皆は合流できたのか。
「ジョセフが、『門』を開いた、のかな」
「門?」
アリスティドが一応説明したが、本人もはっきりとは分かっていない。ジョセフが森の中に『門』がある、と言って、それを開いたようなのだ。そこにどのような魔法、手品があったのかは分からないが、そこを抜けるとデビルロードに繋がっていた。
「強い、強い思いが必要でした。私には、そんな思いは無かったから‥‥」
そう言い、フェリシーはイレーヌを見る。鏡の封印を解くのはフェリシーだが、イレーヌの叫びに揺り動かされなければ封印を解こうとは思わなかっただろうと言うのだ。
彬も無事人間に戻った。フェリシーは森へ、イレーヌは故郷へ帰ると言う。
全てが解決したわけでは無い。だがここに、ひとつの終わりと始まりを迎える事が出来たのだ。
「‥‥どう?」
レティシアは、帰りに丘の上の赤い花をそっと持って帰っていた。
「解毒剤は出来そう?」
「これは‥‥見たことの無い花だな‥‥」
薬草師は首を捻り、調べておくと告げた。
だが数日後、彼は赤い花に埋もれて死の旅へと向かっていた。
●
「‥‥いつか、近しい頃にお会い出来るかもしれませんが‥‥」
男が1人、塔の前に佇んでいた。
「‥‥その時までは‥‥私が」
巨大な茶色い蛹のような物と化した植物の前で、男は静かに呟いた。