古鏡の幻夢、泡沫の故郷4〜人形工房〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月29日〜09月05日

リプレイ公開日:2008年11月24日

●オープニング


 彼女の名はフォレディエス。
 同時にそれは、彼女達を指す言葉。

「とりあえず‥‥教会に連れて行こう」
 金髪の冒険者が呟いた。刹那、冒険者達の前に倒れていた女、イレーヌから何かが飛び出す。
 それは、一瞬霧のようにも見えた。だがその姿は尋常ならざる美貌を持ち、それでいて誰かに似ている。
「‥‥エ‥‥」
 その名を呼びかけた冒険者の脇を、女の冒険者が叩いた。
「それは幻よ!」
「デビルか」
 別の冒険者が、武器を手に斬りかかる。しかし魅了するかのように一人を見つめていたそれは、攻撃を予想していたのだろう。素早く森の奥へと逃げて行った。
「追うわ」
「駄目だ‥‥」
 去っていく影を見送りつつ、冒険者は呟き未だ倒れたままのイレーヌを見下ろす。
「イレーヌを置いては行けない」
 何より、大事な者を持つ者は、あれに魅了されやすいのではないか。その翳りが胸の内に広がる。
 そして、彼らは彼らの後方に立ち尽くしていた娘へと振り返った。顔を両手で覆い、うずくまっている娘。皆にフェリシーと名付けられた美しいエルフの娘は、皆の視線を集めてゆっくり顔を上げた。

「‥‥私の名は、フォレディエス」
 帰り道の馬車で、彼女はぽつりと語り始めた。
「先ほど見た‥‥あの焼かれた森の村に‥‥住んでいました」
 その美しい横顔には表情は浮かんでいない。長い間心を閉じ込めていた娘は、簡単にそれを取り戻す事が出来ないようだった。
「私達、村に住む者の中で、私の一族は、全員『フォレディエス』と呼ばれていました。姓も名もありません。一族の中で生きている者が複数居る時は、『1人目』『2人目』『フォレディエスの子』などと呼んでいました。‥‥貴方は、少し‥‥『2人目』に似ていて‥‥痛い、です。まだ‥‥心が」
 彼女は1人の冒険者を見つめ、深く息を吐く。
「『フォレディエス』だけじゃない。あの村に住む全ての者が殺されました。襲撃を受けて‥‥」
 そして、フェリシーは未だ意識の戻らないイレーヌを見つめ、その耳に手を当てた。
「『これ』も、『これ』も‥‥あの日、村に残された‥‥残してしまった物ですね‥‥」
 イレーヌの耳に光るアメジストのピアスと、その服の胸元に光るブローチを取る。そして、ピアスを冒険者の1人に渡した。
「預かって‥‥無くさないで下さい。ブローチは私が」
 そして、彼女は目を閉じブローチを握って祈る。
「これ以上の災厄が‥‥起こりませんように」


 イレーヌは心身共に衰弱していた。
 教会で熱心な看護が行われ、ようやく正気を取り戻したかのように見えたが、彼女は繰り返し呟く。『ガルドはどこ‥‥私のガルドを返して‥‥あんなに幸せだったのに‥‥』と。
 そのガルドは、一向に何処に行ったか知れない。だが、最近田舎の教会で働いているはずのジョセフ達が消え、彼らの姿が離れた場所で目撃されたらしい。そこにある黒教会は、かなり偏った思想の持ち主が集まる場所となっており、『デビルに死を。それに従う者、惑わされる者に死を。弱き者全てに死を』と言って憚らない。その黒教会は山中にあるが、近くの村に住む者達は日々彼らに怯えて暮らしている。だが、その村ではジョセフ達の姿以外に、神官達が犯罪人を運ぶようにして1人の男を連れていたのが目撃されていた。その背格好、片足を引き摺っている様から、それがガルドだろうと思われたが‥‥。
「その黒教会に連れて行かれたなら、最早あの男は生きていまい」
 黒の神官は苦虫を潰したような顔でそう呟いた。同派とは言え、その過激な言動を嫌う者も多いのだ。勿論ガルドはデビルに唆されたとは言え、人を殺している。それについてとやかく言う神官も少なくない。だが、『弱き者全てに死を』という極論に眉を顰めるのだ。
「まさか、ジョセフ達が最初からそこと通じていたとは思わないが‥‥」
 恐らく田舎で唆され、彼らの思想に影響されたのだろうと神官は告げる。
 どれが真実なのか。
 今はまだ分からない。

 フェリシーは、白の教会で時を過ごしている。
 記憶を取り戻したが、感情を含んだ表情にはまだ乏しい。それでも日々の多くを祈りと奉仕に捧げ、彼女は生きている。
「私が‥‥『最後のフォレディエス』‥‥」
 彼女は呟き、神へと心の底から祈った。
「お願い‥‥『鏡』よ‥‥。私に罪を犯させないで‥‥『森』よ‥‥護って」


 闇の中、女は嗤う。
 闇の中、男は嗤う。
 全ては順調。全ては計画通り。
 実に難なく事は運び、もうすぐ全てを手中にする事が出来るだろう。
 実に楽しい‥‥遊びだ。
 そう‥‥。
 楽しい‥‥人形遊びも、もうすぐ‥‥終わる。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2838 ブリジット・ラ・フォンテーヌ(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文


 歌が流れる。
 夏の終わりと秋の始まりの境目にあるこの季節に相応しい、落ち着きを含みながらも楽しさが滲み出るような歌。
「ガルドは仲間が迎えに行ったわ。帰ってくるまでにしっかりしてないと悲しむわよ」
 繰り返される、歌と様々な物語。レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は一人、教会でイレーヌの世話を焼いていた。
 数日前の事だ。皆で白教会を訪れ、イレーヌとフェリシーを見舞った。
「話せる時期が来たら教えて欲しいわ。その時まで必要なら、力になるから」
 レティシアはフェリシーにそう告げたが、思うより心理状態は安定していると考え、アリスティド・メシアン(eb3084)が2、3尋ねた。
「君達一族の役割、それからもう一人の‥‥黒教会でパール達が遭遇した『君』の事。分かる範囲で教えてもらえないかな」
「本当にそっくりさんだったんですよー。心当たりは無いですかー?」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)が重ねて言ったが、フェリシーは小さく首を振る。
「私には分かりません。私は『最後のフォレディエス』。私以外の者は全て殺されました。私は襲撃者にそのまま攫われ、『至宝』も奪われたはずでした」
「至宝?」
 自称『メイド志士』のアイシャ・オルテンシア(ec2418)が目を大きく見開いた。実に志士らしい格好だが、心の底では『今度メイド服貰ってこなくちゃ‥‥』などと考えている。
「私達一族の役割は、森を護る事。森を護る役目を持ちし一族を『フォレディエス』と呼びます。『至宝』は森を護りも壊しもする。だからこそ私達が護り続けてきたのです。襲撃者達の目的は『至宝』。ですがまだ森に影響が及んでいない所を見ると、至宝は動いていないようです」
「その至宝の形は?」
「『鏡』。ですが、動かす為には鍵が必要となります。それがその‥‥」
 レティシアとブリジットが持つアメジストのピアスとリング。それを指し、彼女はブローチを握り締めた。
「『紫石の麗玉』。3種類全てが揃って初めて、『澄んだる鏡』は動きます。この4宝を『森の至宝』と呼んでいました。しかし襲撃者は、鍵までは気付かなかったのでしょう」
「それはおかしい」
 アリスティドが呟く。
「イレーヌは、ピアスとブローチを身につけていた。体内にデビルが入っていた。襲撃者達とイレーヌを攫った者が同じならば、意図は明確だと思う」
「罠ね」
 デビルは逃げたが、追い詰めたからだとは到底思えない。この状態のイレーヌを返す事こそが目的だったのではないかとさえ思われる。ならば、彼女が身に付けていたそれらを持ち主に返す事も又。
「でも、どちらも放ってはおけません。罠であっても」
 書簡を持ってブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)が入ってきた。黒教会宛の、各教会に協力を依頼する書簡を作成して貰い、ガルドを拉致した一団の特徴や紋章も含めて描いた似顔絵を作成し、イレーヌとフェリシー警護に神聖騎士を用意するなど、尽力していたのだが、ようやくそれらも片付いたのだ。
 そして、彼らはレティシアを一人残し旅立った。
 ガルド、イレーヌ、フェリシー。6人の12本の手だけでは、全てを取る事は余りにも難しい。


「これだけ怪しいと、気持ちいいくらいだな」
 話を聞いて思わず言ってしまった尾上彬(eb8664)は、その怪しい集団である黒教会を探るべく、先に現地付近へと向かっていた。村の手前で充分に調査をし、簡易な地図を作成しつつ周囲にも罠が無いか確認する。退路が確保出来るか、敵の加勢が使いそうな道は無いかも探す。退路を塞がれる事は死を意味する。救出出来ても逃亡が失敗したのでは話にならない。
 日も沈み始めてから、彼は村と教会を遠目から見張れるよう、監視場所を設置し始めた。偽装を施しつつ何箇所かに作成していると、後から馬車でやって来た4人もやって来る。
「様子はどうですかー?」
「今の所、目立った動きはないな」
「地図作成と調査、拙いですけど協力いたしますよ」
「あぁ、もう少し詳しい地図を作ろうと思ってたんだ。簡単なのはそこにあるから」
「それにしても、ガルドさんは相変わらずじっとしていられない人なんですねぇ‥‥」
 アイシャが簡易な地図を手に取りながら、山の上の教会を見つめた。その頭の上にちょこんと乗り、パールもふむーと村を眺める。
「暗くて見づらいですけど、あの衣装、黒クレリックのものですよ。ひとりふたり‥‥5人くらいは見えるですね」
 言われて彬がじっくり村を観察した。この程度の夕闇は、彼の視界の妨げにはならない。
「‥‥村の中を見張っているみたいだな。出入り口と‥‥後は村人か」
「村を通らずに山の上の教会に行く道はありますか」
 ブリジットが、変装用の衣装を用意しながら声を潜めた。
「ある。けれど、馬車は無理かな。森の中を通る」
「まずは交渉ですねー。それが決裂したら、潜入。ボクとブリジットさんが表道を通る事になりそうですけど、馬車と馬はどうしますー?」
「偽装して森の近くに隠すしかないな」
「決して分断されないよう、注意して下さい。私達は、私達5人しか居ないのですから」
 ブリジットの強い決意を秘めた双眸に、彬も頷く。置いてきたレティシアの事が一瞬脳裏を過ぎったが、賽は投げられた。もう進むしかない。
「村内での情報収集は困難そうだね。周辺の村への聞き込みだけにしようか」
 ブリジット同様変装したアリスティドが声を掛け、皆は頷いた。この黒教会の方針や監視もあって、周辺の村々も閉鎖的だ。日中に村内をうろうろしたら間違いなく目立つだろう。だから動くならば夜。


「ガルドの優しさは、星の瞬きのような優しさじゃ無かったかな」
 イレーヌは嘆き以外の言葉をほとんど口にしなかった。そんな彼女に、アリスティドは出発前、声を掛けていた。
「元婚約者やガルド、2人の好ましいと思っていた所、沢山あったと思う。良かったら、聞かせて欲しい」
 そんな時でもレティシアの奏でる歌は優しさを内包しつつも明るく響き、イレーヌは僅かながらに表情を変えたものだった。
「‥‥夢の時間が長かったの」
 レティシアは、イレーヌが持っていた書物も読んだ。それはデビルや悪魔崇拝者が出てくる物語で、魂の話など実に物騒な事が書かれていた。だが、それを彼女が熱心に読む理由は感じられない。
「とても幸せな夢」
「恋愛は、幸せなだけじゃないわ。でも、ありふれた言葉は要らないわよね。ガルドは貴女の事が嫌いだったわけじゃない。貴女も頑張りが足りなかったわけじゃない。ただ、貴女は少し道を外しただけ。取り戻そう。これからの貴女を」
「ガルドは‥‥私を許してくれるかしら」
「あの男に『許さない』資格なんて無いと思うけど、許して貰わなくても、いいと思うわ」
 いつまでもあんな男を追う必要も無い、とは言わない。代わりに彼女は歌う。これからの未来を明るく思えるように。
 そんな穏やかな日々が過ぎていく。


 『二人目』の造形は、確かにアリスティドと似ていた。髪形を工夫してその姿に似せたアリスティドと、パリ町人風な格好のブリジット、明らかに目立つ格好のアイシャには地味な服を着せ、パールはいつも通り誰かの中に潜む。そうして4人は近隣の村へ情報収集に出かけた。主な場所は酒場である。だが、夜が更けても酒場内は人もまばらで、ひっそり情報を聞きだせる状況ではなかった。例えば『この辺に住もうと思って』などと情報を引き出す事は出来ただろうが、逆にそうする事で記憶に残るような事は避けたい。それでも、黒教会がどれだけ恐れられているか、そのふもとに位置する村がどれほどに出入りする人を厳重に見張っているかなどの情報は得られた。
「では、行ってきます」
「気をつけて」
 そして、ブリジットとパールが黒教会と交渉する時が訪れた。
 神聖騎士の格好になったブリジットと、クレリックの正装を着込んだパールが、ブリジットの軍馬で去っていくのを見送り、3人は改めて地図を広げる。教会は森に囲まれた山の上。彬の視力で持ってしても、簡単に監視できる場所ではない。それでも森の中に監視場所を設け、彼は度々動向を監視していた。見張りの交代状況、時間、教会に出入りする人の動き、それに加えて、一人になる者が居ないかを見続ける。人遁で猟師風に姿を変えて村に入る事も考えていたのだが、余りにも教会の村に対する監視が厳しいので、それは断念した。
 そうやって得た情報を元に、前日の夜、彬は一人の教会関係者をスタンで捕らえてアリスティドがリシーブメモリーをかけていた。勿論、思い浮かべるように教会内部の話を仕向けるのだ。ただ、捕まえたはいいが、その男を解放するわけには行かなかった。最悪、潜入の際も行動を共にせねばならないだろう。
「やはりこの古道を通って入るしかないな」
 偽装した馬車と馬を視界の端に入れつつ、彬は地図を指す。アイシャが馬達にたっぷり餌をやっている間、アリスティドが縛り上げた男の綱の先を握っていた。
「でも、今までのお話を聞いて思ったのですけど、交渉すんなりと行くでしょうか」
「行かない可能性のほうが高いね。無事に帰って来れる保証も無い」
「‥‥だとしたら、お2人が帰ってきてから状況を聞いて、午後から潜入というのは難しいのでは?」
「後手に回るのも、先走りして失敗するのも、どちらも避けたいな。情報は欲しい。けれど」
 2人の聖職者は、それでも教会を信じている。信じようとしている。出来るだけ穏便に済ませたいし、信仰を問われる場面でもある。だから、交渉の場でいきなり囚われるような事は無いだろうと考えている。だが、仲間から自分達が見えるであろう教会の外での交渉を行うとブリジットは告げた。森の中の監視場所から、との事だろうが。
「テレパシーで情報交換はするよ。行こう。手遅れにはしたくない」
「まだ、俺だけならな‥‥」
 命を懸けるのが自分だけならと彬は思う。だが、自分の命だけで護れるものなど僅かだろう。その為に、仲間がいる。


「こちらの書簡に、仔細の程が記されております。目をお通し下さい」
 威風堂堂と言うには、上品さが滲み出る女性だった。だがブリジットの確固たる信念が溢れる姿に、教会の者達は勢いのまま書簡を受け取る。
「ボク達は、れっきとした使者です。そしてこれは交渉です。圧力でも脅しでもありません。対価が必要ならばお聞きします」
 パールも真っ直ぐに教会の者達を見つめた。彼らの言い分を押さえつけては交渉にはならない。彼らは自分達を正義だと思い込んでいるだろう。そのような者に道を説いても解決はしない。
「対価など不要だ」
 だが、彼らはじっくり書簡を見た後そう答えた。
「何ゆえあのような罪人を放置するのか。お前達の考えが分からん。デビルの甘言に乗せられ罪無き女を殺した者の脆弱さ。死なねば治らん」
「彼は少しずつ改善されていました。それに、今その命を消してしまっては、デビルに繋がる道を失う事になります」
 短絡的なと言いたい気持ちもあっただろうが、そこは神職に携わる者。表情にも見せず交渉を続ける。
 結局、交渉は平行線を辿った。だが彼らは言う。会いたいならば、中に入る事は許そうと。
「ボク達は会いたいわけでは無いのです。返還を求めているだけですから。そういう事でしたら、その旨、パリにお伝えします。再び交渉の場が設けられる事を望みますけど」
 そうしてブリジット達は軽やかに騎乗し、立ち去った。
 勿論、教会の裏には3人の仲間たちが潜んでいる。

『やはり見張りを付けられてるみたいですねー。ボク達が動くと、相手に動きを読まれてしまうと思います。潜入、気をつけて下さいです』
 村まで下りたパールとテレパシーでやり取りをし、3人は再度森を抜けて教会の裏に潜んだ。彬の龍晶球でもデビルの存在は確認出来なかったが、デビルでなくても油断は出来ない。3人は闇に紛れて裏口から潜入した。
 アイシャが、ブレスセンサーを時折使って、弱弱しい呼吸を行っている者が居ないかを確認する。だが実際、該当する呼吸は複数存在した。それだけ多くの者が囚われているという事か。捕らえた教会の者は小屋に閉じ込めてきたが、その者が思い浮かべた景色を頼りに、3人は奥へと進んでいく。
 静かな場所だった。毎晩集会を行っているとの事だから、一箇所に集まっているのかもしれない。潜入前にガルドに向けてテレパシーを放ったが返事は無かった。不安も過ぎるが彼らは地下へ降り、地下牢の番人を声も出させず気絶させて、アリスティドの愛犬が、ガルドの衣類の臭いを頼りに進むのに付いていく。
 進む際、両脇の牢内は極力見ないよう心掛けなければならなかった。それでもアイシャが見てしまい、唇を噛み締める。ただ心が弱いというだけで、このような非道が許されるはずが無い。けれども今、全てを助ける事は出来ない。
 ガルドが居る牢は、最奥にあった。彬が鍵を開け、ベッドの上に倒れる男に近付く。声を掛ける前にアリスティドがリシーブメモリーを彼に掛けた。瞬間見えた光景は。
「‥‥」
 どうした? と口だけ動かして尋ねる彬に、アリスティドは微笑を浮かべる。
「意外かな‥‥。けれど、彼は間違いないと思う」
 逆脇から小首を傾げて見上げるアイシャだったが、すぐにポーションを取り出して男に飲ませた。目を開いた男は、即座に状況を把握したらしい。苦笑しつつ立ち上がる。
「では、ダッシュで逃げましょう〜」
 小声で言いつつアイシャが片手を上げ、4人は牢を抜け出した。
 だが、『行きはよいよい、帰りは‥‥』という歌が、どこかの国に無かっただろうか?


 歌が流れていた。
 どこかで聞いた歌だ。
「『森の歌』っ‥‥?!」
 イレーヌと共に居たレティシアは立ち上がり、フェリシーが匿われている奥の部屋に向かう。だが、屈強なはずの神聖騎士が倒れ伏している。室内を素早く確認した後、彼女は建物の外へと飛び出した。
「フェリシー!」
「久しぶりだね」
 声は、後ろから聞こえた。振り返って後悔する。黒衣に身を包んだ男には見覚えがあった。
「君とは一瞬で魔法合戦になりそうだから、早々にカタを付けるとしよう」
「ガルドの事‥‥罠だったのね? フェリシーを私達の手に渡したのも、イレーヌを返したのも」
「君が生きていたら交換条件と行こう」
 刹那、レティシアは自分の胸から突き出た刃の先を目にした。
「君の持っている『鍵』は貰っていく。残りの『鍵』を持って館へおいで。そうしたら彼女を返してあげよう」
 倒れ伏したレティシアの視界にぼんやりと、複数の男と白いドレスに身を包んだフェリシーの姿が映る。
「良かったよ。彼女の暗示がまだ解けていなくて」
 乏しい表情のまま男に寄り添うフェリシー。レティシアは薄れ行く意識の中、男の表情を見つめ続ける。

 その男の名は、ジョセフ。
 今、ここに居るはずが無い男。