新たなる道1〜ドーマ傭兵団〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月11日

リプレイ公開日:2008年01月06日

●オープニング


 ドーマ傭兵団という名の傭兵団がある。
 規模は傭兵団としては大きめ。傭兵団に属しながら冒険者として活躍する者、才能ある者の育成に励む者、時には全く関係ない町村の外壁作成手伝いをする者など、彼らの仕事は雇われて戦うだけではない。冒険者とあまり変わりが無いと言えたが、彼らは自分が『傭兵』である事に誇りを持っていると言う。
 いわく。
「我々は傭兵。雇われし兵士だ。1度雇われれば、雇用主が悪だろうが詐欺師だろうが契約期間が終わるまでは付き従うのが礼儀であり、我々が傭兵である証。それから、金を貰えない仕事はしない。金と仕事が比例するならば文句は無いが、その辺りは割りに合わずとも仕方ない。だが、無償で仕事をするな。それはクレリックの仕事だ。我々は『傭兵』。雇い主が望めば彼らの親身にもなるが、望まれないのに余計な事はするな。だが、与えられた仕事は全力を尽くせ」
 普段は数人、十数人単位で動いている傭兵達だったが、何ヶ月かに1度、本拠地に集合する日がある。現在100名を優に超えるというドーマ傭兵団員達は、森の中にある小さな村を彼らの本拠地としていた。人々と近すぎず、離れすぎず。その村に住む者達は全員傭兵団員であり、近隣の村までは徒歩で1日から2日掛かる距離にある。森の中には時折獰猛な獣やモンスターが徘徊する事もあり、良い訓練となっているらしい。
 その本拠地で、小さな砦と化している塀の上から、彼らの長。つまり団長が居並ぶ者達を見下ろして声を上げていた。
「傭兵たる者、相手の顔色声音で素性を判断せねばならない。我々の雇用主の性質が計れなければ、後に待つのは『不名誉』と『死』である。良いか。1度雇われた者に対して、雇用期間中に裏切る事は許されない。だがしかし、無用心にも愚かなる者に雇われ傭兵団の名を汚す事にも注意せねばならない。何より、自分の為に。自分を守る為だと心得よ。我々は傭兵。昨日の味方が今日の敵になるのはよくある事だ。何より他人を当てにするな。まずは自分。自己を鍛えよ。その上で、自らの命を掛けても信用できる味方であるならば、協力せよ。協力を仰ぐ事だ。他人を信用すると言うのは、そういう事だ。自分の命を預けても良い相手であると言う事だ」
 団長はまだ若かった。いや‥‥若いかどうかは、同族でなければ分からないだろう。彼はドワーフであり、その髭ひとつを見ても他種族には歳を計る事など出来ないからだ。よく顔を近づけてみれば、半分見える顔に皺が少ないとか、そういう事は分かるのだが。
「さて‥‥。私からは以上だ。続いて副団長より話がある。今回新たな取り組みを始める。その説明だ」
 団長の隣に、彼よりは背の高い女性が立った。『樽と棒』と団員達が密かに呼ぶ団長と副団長のコンビなのだが、その女性はエルフ。線の細い美しいエルフだ。
「今年はノルマン各地で様々な事がありました。私達は多くの場所で雇われ、時には悪魔崇拝者を追い払い捕らえ、時にはデビルと相対しました。良き仕事も多く、多くの稼ぎを得る一方で、他の多くの団員を失う事にもなりました。一度は、ひとつの町を我々が一丸となって戦うような‥‥大規模な仕事もありましたね。150人から成る団員を最善の形で動かすのは私としても困難な仕事のひとつでした。結果は皆さんの知る通りです」
「いや、あんたは頑張った!」
「そうだそうだ。町は守られたし、住民の被害はほとんど無かったじゃないか!」
 彼女の言葉に即座に下から声が上がる。傭兵団の男女比は3対2だから女性である為に応援されたわけではない。
「ともあれ過去は過去。失われた同朋は帰ってきません。日頃仕事を行う上では増員の必要性を感じませんが、又、大規模な仕事が舞い込まないとは限りませんし、その他に1つの可能性を考えています。‥‥『冒険者』を新しい団員として迎え入れます」
 たちまちざわざわと声が波打った。冒険者を兼任する傭兵も居るが、『冒険者』から『傭兵』になった者は居ない。彼らにとって冒険者は食い扶持の上ではライバルだったし、彼らの実力は認めているものの、自分達の領域に踏み込まれたくないという気持ちもある。傭兵は冒険者よりも合理的でなくてはならない。つまりかき回されたくないという事なのだが。
「『冒険者』がこれまで歩んできた道を、敢えて違う道を歩むよう教育し、育成します。ファイターがウィザードに。レンジャーがファイターに。そうして縦ではなく横の広がりを持たせる。『傭兵』にも幅は必要です。様々な事が出来なければならない。その為の目安であり、模範であり、一例である。そういう事です」
「つまり‥‥新しい団員とは言え、即戦力にならないと言う事ですか?」
「即戦力にならないわけでは無いでしょう。元々の実力をきちんと持つ者達を迎えます。その上で、新しい事を学んでもらう。挑んでもらう。肉体的にも精神的にも以前の道を捨てる事にきちんと決着をつけ、新たなる道を歩む。その覚悟がある者だけを最終的に『ドーマ傭兵団』に迎えるという事です」
「しかし、冒険者は冒険者だろう。傭兵としての仕事は疎かになると思うが」
「名を広める機会にもなります。それに私達は傭兵。他の傭兵も仕事をする上でのライバルですよ」
 副団長の言葉に、笑い声が上がった。隣に立っている者も、いつ敵になると知れない。それは仕事を取る上での競争の面でもだし、実際の仕事上でもだ。それでも彼らは互いを恨まない。恨む事は愚かな事だ。すべては実力勝負。傭兵の世界では、それが全てなのだから。


「とは言え、人の心も必要だ。他人の気持ちを思いやる必要が‥‥最近の仕事でもぽつぽつと見えてきたな」
「だからこその冒険者ですか?」
 くすと笑って、『樽と棒』の『棒』が『樽』を見下ろした。
「彼らは些細な仕事も引き受けると言いますからね。人の心の機微に敏感な者も居るでしょう」
「それを知った上で尚、精神的に強くなければならない。これからの傭兵は‥‥それが求められるだろうな」

●ドーマ傭兵団員募集
 冒険者の中で、我はと思う者は手を挙げよ。
 今とは違う道を歩みたい者は足を踏み出せ。
 自らの進退を決めるのは他人では無い。自分自身である。
 今までの道を極める事よりも、新しい物を求める者は横に足を出せ。
 極める事だけが道では無い。ただ力を求める事だけが、知を高める事だけが道では無い。
 その道を。自らの力で切り開け。
 我らはその手助けをする。

●今回の参加者

 ea3120 ロックフェラー・シュターゼン(40歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3916 ヒューゴ・メリクリウス(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文


「ようこそ、ドーマ傭兵団へ」
 森の中にある本拠地。その砦の門で彼らは冒険者達を迎え入れた。立ち並ぶは強面の戦士だけではない。すらりした体躯で片手に巻物を持った者達も、来訪者達を見つめていた。
「私は団長のマーカスだ。こちらが副団長のイリス。見た所、人間3人にハーフエルフ1人のようだが、うちの傭兵団はジャイアントからシフールまで完備していてな」
「完備」
 思わずエメラルド・シルフィユ(eb7983)が呟いたが、団長は真面目な顔つきのまま続ける。
「性別年齢種族所属国問わん。傭兵に必要なのは実力と運のみだ。これを兼ね揃えた者を我々は必要としている」
「運かぁ‥‥」
 自分についているのは果たして悪運なのか凶運なのか。いやいや良運がついていると信じたいロックフェラー・シュターゼン(ea3120)の呟きに、副団長のエルフが微笑みかけた。
「運は、自分で切り開き作るものですよ」
「ま、そうかもしれねぇな」
 頭の後ろに両手をやって、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は砦を見上げる。傭兵団が作ったと思えない大きな砦だ。
「あの弓座。結構でかいですね」
 同じように見上げていたヒューゴ・メリクリウス(eb3916)が気付いたのは、固定式の大弓。見張り台にもこれ見よがしに置かれているが、実は隠すようにして密かに高台に置かれている事も見過ごせない。
「本当に、戦う為の砦なんですね」
 そして4人は建物の中へと案内され、この傭兵団での生活を始めたのである。


 今回、新たな道を目指してドーマ傭兵団の募集に参加したのは、正確には3人だ。彼らはそれぞれファイター、ナイト、陰陽師(元はジプシー)だったが、その道を捨てて違う道を進む事を決めている。とは言え、今日昨日思いついた事ではない。
 例えばロックフェラーの場合。
「挨拶回りはいいか。何が変わるわけでもないし」
 冒険者というより既に『本職鍛冶屋』を名乗っている彼にとって、この新たな道は必然だった。鍛冶屋をやっていて限界にぶち当たる。一般的な鍛冶屋ならそうでもないのだろうが冒険者であるからこそ出来る事もあるわけで、そんな彼が望むのは鍛冶屋としての『幅』。鍛冶の腕だけ磨いても、扱う素材の良し悪しも分からない。大小様々な物の設計図も作れない。美術センスも無い。つまり勘と腕と経験だけに頼る鍛冶に限界を感じてしまったのだ。
「魔法の物品を扱うことにでもなりゃ、錬金術だって必要になる事もあるし、今のままじゃいろいろ足りないんだよな」
 頭を使った、知識を使った仕事がしたい。学問を学び、それを生かしてより優れた鍛冶師となる為に。その為にレンジャーの道を進みたいのだと彼は告げた。
「隠密やりたいわけじゃないんだよな。だから、出来れば学問を中心として修行したい所だけど」
「まぁレンジャーは広く浅い職業だと思ってますよ。けれど、傭兵団に入っていきなり『隠密しません』とは勇気があるというか」
「どんな優れた軍隊だって、鍛冶師がいなけりゃいつかは負けると思うよ」
「分かりました。ではウィザードからも教師役を1人呼んできましょう」

 ヒューゴの場合。
「この国は来たばかりなんですけどね」
 楽しい所だといいなと思いつつ、彼は少し肌寒そうに身を震わせた。
 エジプト出身のヒューゴにとって、ノルマンは充分北国だ。時には砂漠の熱い日差しを懐かしく感じる事もあるだろう。そんな彼がこの国に来て傭兵団の募集に参加した理由。それは。
「我流でちょっとは隠密っぽい事も出来るんですけどね。ちゃんとプロに教えて頂こうかと思いまして」
 我流では限界がある。勿論我流には良い点もあるが、教えて貰ったほうがより身につく事、知識も多い。
「で、君もレンジャー志望か」
「はい」
「理由としては主流だな」
 笑って団長に答えながら、しかし彼のレンジャー志望の本当の理由は‥‥その奥に隠されているのかもしれなかった。例えば彼はエジプトの太陽神を日中は信仰しているが、夜は一変。盗賊神を信仰しているのである。尤もこれは秘密の話。勿論生業が泥棒なんて絶対に知られてはならない事なのだが、レンジャーとして基礎を固めるまではしばらくお休み‥‥のつもりである。だが『盗みは太陽の沈んだ夜。あくまでスマートに軽やかに』を信条としているものの、窃盗中毒だったりもするのでどれだけ我慢出来るか謎なのだが。

 そしてシャルウィードの場合。
 ナイトや神聖騎士、或いはクレリックが道を違える時。それは彼らの主との別れを示している。シャルウィードもナイトであるから、きちんと郷里に帰って挨拶、剣を返すが筋なのだが。
「ここ10年、騎士としての活動ゼロだからな」
 と、ノルマンに居てノルマン騎士でありながら彼女はあっさり言うのである。
 多くの騎士がそうであるように、彼女も生まれは騎士。貴族の家に生まれ、騎士になるべく育って抵抗無くナイトとなったが、ノルマンが神聖ローマに負けた事から彼女の考えは変わっていった。決定的だったのが復興戦争の時。まだ10歳足らずの少年を王に据えようとする事に違和感を感じた。『王の血筋』。それへ剣を捧げる事が不自然に思えるのは、彼女が人々に虐げられてきたハーフエルフの『血を持つ者』だからかもしれない。混血というだけで差別を受けた。それでも負けじと騎士らしくあろうとした。だが、先代の息子というだけで、何の力も無い子供が王になった。脈々と受け継がれる騎士の血。王の血。そんなものが嫌になったのかもしれない。それへ剣も心も命も懸ける事が馬鹿馬鹿しくなったのかもしれない。復興戦争後、彼女は騎士の道を放り出して自由気ままに生き始めたのだった。
「とっくに除名されてるだろうって思ってたんだけどさ。まだ騎士を辞めてない事になってたみたいだから、一応手続きだけしてきたけどな」
「元騎士なら、うちにも居るぞ。家業を継ぎたくない奴は意外と多いもんだ」
「ま、騎士なんてガラじゃないしな」
 傭兵も騎士に対して良い印象を持っているとは言い難い。しばらく『間抜けな騎士の話』などで盛り上がった後、シャルウィードはファイターの教師を紹介された。

「で?」
「仮入団だ」
 唯一、興味本位‥‥いや、今回来訪出来なかった友の為にやって来た者が居た。
「別に道を変えるつもりが無いなら、居てもらう必要はないんだが」
「待ってくれ。仲間にレンジャーになりたいと言っていた者が居たんだが、今回別件で遠征をしていて来れなかったのだ。彼の為に下見と、それから‥‥私は傭兵とは対称的な立場に居る者として、後学の為にいろいろ学びたいと思っている」
 食い下がって中に入れてもらったエメラルドは、一通り砦内を案内してもらった。
「『無償の仕事はクレリックの領分』と言ったそうだな。私は神聖騎士のわけだが‥‥正直耳が痛い」
 望まれないのに余計な事をするタイプだという自覚はある。だがそれを直す気は無かった。
「けれども他の意見は幅広く聞いてみたいと思う。そして私に出来ることはどんどんやって行きたいと思う。それが報酬の無い仕事であっても、過酷で苦しいものであっても、私が『神聖騎士』だからではなく、『私』だから避けて通りたくないと思うのだ」
「傭兵が報酬にこだわるのには理由がある。だが金額じゃない」
「どういう事なんだ?」
「一種の『傭兵の誇り』だ。金をもらってきちんと仕事をこなす。それが傭兵の精神だな。金を貰わずに仕事をした傭兵が居たら、他の傭兵まで足元を見られる。そういう事でもある」
「‥‥ふむ」
 神聖騎士と傭兵。全く違うようでいてどこか似ているのは、きちんと通したい筋があるからだろうか。自分がそうである事に誇りを持っているからだろうか。団長と話をしながら、エメラルドは動き回る傭兵達を眺めた。


「『7日でわかる、がくもんたいぜん』‥‥」
 主に座学中心となったロックフェラーは、目の前に並んでいる羊皮紙に目が釘付けになった。
「本当にあったのか‥‥!」
「‥‥違うと思いますけど」
 羊皮紙を嬉々として見始めるロックフェラーに、横からヒューゴが突っ込んだ。
「え? だって、『がくもんたいぜん』だぜ? ありとあらゆる学問の書を詰め込んだものに決まってるだろ?」
「そういうのって、もっと難しい事書いてあるんですよ。僕みたいにゲルマン語があまり読めない人間でも読めるなんて変じゃないです?」
 パリとの往復に時間を取っているから、この砦内で学ぶ期間は実際7日も無い。『7日で分かる学問大全』とかあったら便利だったんだがなぁと呟いたロックフェラーに、翌日教師がこの羊皮紙を手渡してくれたのだった。ここに居る間に、学問をやる為の基礎力を出来る限り身につける。その闘志に燃えるロックフェラーだったが、予想していた通りそれを短期間でこなすのは結構無理があるのだった。
「とにかく学問は、繰り返しが大切。どんな事でも体が覚えこむ為の復習は欠かせないが、学問は体と頭に覚えこませる。とにかく復習しなさい。何度でも何回でも同じ問題を解きなさい。書きなさい。素材を見極めたいならば、同じ種類の石を100個は見なさい。毎日です」
 言われた通りに素直に実行しながら、彼は鍛冶に関わる事を優先的に学んで行った。

「珍しい特技だと思いますよ」
 一方ヒューゴが教師に披露したのは、陽魔法を使った隠密行動である。
 インビジブルで姿を透明にして忍び歩きで進めば、視覚頼りの敵には感づかれないだろう。障害物の無い開けた場所への偵察は通常困難だが、この技を使えば難なく行える。しかも真昼間にでも。
「後は、感知系の魔法ですね。魔力や敵意を帯びた存在を見分ける事が出来ます。魔法の効果を得た敵は手強いですから、それが事前に分かるだけでも違いますよ」
「成程。これでレンジャーとしての力を高めれば、更なる飛躍が見込めるということですね」
 勿論魔法にも弱点はある。だから、魔法に頼らない力をきちんと身に付ける必要もあるのだ。
「スクロールも、少しなら読めますよ。戦闘は正面切って戦うのは辛いですけどね」
「透明になって敵に忍び寄り、不意打ちで戦うと良いかもしれませんね」
「はい」
 泥棒としてはやはり正面から正々堂々となんてとんでもない話である。相手の意表をつく、或いは存在に気付かれないようにするのが仕事だ。
「‥‥あ、そうだ。ひとつお聞きしたい事があったんですが」
 話をしている内にふと気付いて、ヒューゴは教師に尋ねる。
「盗賊団を例えば討伐したとして‥‥。その盗賊団の持ち物をどうするかとか、その辺の決まりごとってあります?」

「とりあえず、殴り合おうか?」
 開口一番、シャルウィードはそう告げた。
「教育は躾からって言うだろ?」
 いきなり言われては、教師役も構えるというものだ。いきなり拳で語り合えとはどういう事かと。いや、ファイターだからそれでもいいのかもしれないが。
「ファイターに必要なものなんて分からねぇし。だからとりあえずぶちのめして‥‥」
「俺をぶちのめしてどうしたいんだ?」
「あたしをだよ。順応させてくれたほうが効率いいだろ」
「‥‥」
 そんな事を言い出す者を見た事が無いのだろう。教師は変な顔をした。
「あぁ、心配しなくても、あたしはタイマンじゃかなり格下のはずだからさ」
「つまり耐久力をつけようという話か?」
「ちょっと違うけどな」
 ナイトである彼女がファイターとして何が必要か。そう問われても答えなど出ようはずが無い。ナイトもファイターも、肉体的に必要なものは変わらないからだ。後は精神的な問題。だが身も心もナイトを捨ててしまって長い彼女にとって、心の問題も無いに等しく。
 結局彼女にとって、この新たな道は『真の自由』を勝ち取る為だけにあるのかもしれなかった。

「セーラ様はいつも見ておられる。我らの行い、言葉、態度。派手な生活を慎み、質素に生きる事こそが心の安住をもたらすのだ」
 聖書ひとつ持ってきて居ないし、クレリックがするように人々に教えを説く為の教育を受けた事も無かったが、エメラルドは傭兵達に神の教えを説いていた。傭兵の中には無信を貫く者も居るらしいが、多くはやはりジーザス教の徒である。勿論信仰度合いは様々だが、彼女の話は概ね受け入れられた。教会の無いこの砦内で、彼女は神の教えを説いて回る。難しい話はしない。厳かな話もしない。だがその祈りには力がある。彼ら傭兵には無い神からお借りした力が。エメラルドには備わっているのだ。
「私は傭兵の流儀や技術を学び、皆は私から冒険者の信条やジーザス教徒の生き方を知識として身につける。互いに無い部分を補完出来る。それから互いのコネにもなるだろう」
 団長にはそう言って最初にその活動を断っておいたのだが、団長は笑ったものだった。
「我々は無法者ではない。神の教えに逆らって生きているわけではないからな」
 では、とエメラルドは貴族の社交界の話をしたりもした。彼女にとってみれば、ここで交流を深める事に意味がある。そこから学ぶ事があるはずだと思うからだ。社交界の話は結構盛り上がり、彼女はこの短期間のうちに4人の中で最も顔を覚えられている人物となった。


 時間が経つのは早い。
 冒険者達が砦を出る日がやって来た。その短い期間の教育と生活を省みて、傭兵団のほうでも計画を練り直したりするらしい。
「次は1月に来てもらおう。実践も兼ねてな」
 にやりと団長が笑い、4人も頷いた。
「でも、『盗賊団の宝は山分け、ただし依頼人の意向にも依る』か。ん〜‥‥」
「何だそれ?」
「何でもありません〜」
 ヒューゴの呟きに怪訝な顔をしたシャルウィードだったが、拳で殴りあった教師に大きく手を振られて、軽く手を上げた。
「顔も殴るとは、男の風上にもおけないな」
 そんな彼女にリカバーをかけたエメラルドは、それを苦い顔で見つめる。まぁ表情通りの心情かは謎である。戦場でそんな事を言ってるのはナイトや神聖騎士くらいのものだろうから。
「‥‥それで、その羊皮紙は」
「『7日でわかるがくもんたいぜん』だ」
「‥‥それはこの前聞いた」
「『先生が1日で書いた、7日でわかるがくもんたいぜん』だ」
「‥‥そうか」
 つまり、学問の基礎などが書かれていたのだが、ロックフェラーにとっては貴重な資料でもある。
 そう。学問は予習復習が大切。簡単だろうが難しかろうが、繰り返し読んで書いて時には声に出して身につける事が大事なのである。だから例え他人にどうこう言われようと、笑われようとも。
 これが大事な学問の一歩になる事は、間違いが無いのだった。

 そして、冒険者たちは新たなる道を目指して進み始めた。
 その道が穏やかで順風満帆に進むか。それとも嵐に巻き込まれて波乱万丈に突き進むのか。
 それは彼らの進み方次第である。