●リプレイ本文
●準備の準備
「キアンさんとの一連の件‥‥私達と受けたオーク討伐依頼の後で劇的な変化があったのは明白だけど、2人の距離は本当に急接近したのね」
「急接近というより、キアンさんがようやく物事が見えてきたんでしょうね」
感心したようなサトリィン・オーナス(ea7814)の言葉に、頬に手を当て頷くクリミナ・ロッソ(ea1999)。
「そか、キアンとディース上手くいったか。‥‥なんつーか馬鹿息子に嫁サン貰うよな気分」
軽く目頭を抑えつつ、様々な布地を手にしたヒサメ・アルナイル(ea9855)の感想。
実年齢はともかく、外見年齢は年端も行かない少年にそんな感想抱かせるほどの『馬鹿』っぷりだったのだろうが。
「おめでたいお話ですもの。喜んでお手伝いさせて貰うわね」
皆の正直な感想に苦笑するミランダに、柔らかな笑顔で応じたサトリィン。
「そうそう。親父さんの病状も安定してるそーだし、良い事づくめで派手に祝わねぇとな♪」
――‥‥勿論『普通』で済むとは思うな。
そんな企みを秘めたヒサメの笑みに、祝われる当人たるキアンが気付けるはずも無かった。
折角だし二人の晴れ姿見てぇよな‥‥と、徹夜を覚悟で常の仕事を抱える傍ら、ヒサメはキアンとディースのためにとっておきの衣装を作り始めた。
専門家には劣ってしまうだろうけれど、と笑顔でクリミナも手伝いを申し出。
「手伝ってくれるのは助かるけど‥‥無理はすんなよ?」
布へ鋏をいれる手は止めずに、ヒサメは軽く笑って礼と気遣いを口にする。
糸と針を確認していたクリミナは、その言葉に顔を上げ。そしてにっこり微笑んだ。
「一人より二人、時間は有限ですわよ」
一瞬ヒサメは目を瞠り。
「‥‥そうだったな。ありがたい、助かるよ」
キアンへ伝えた言葉、想い。人は決して1人では無く、また‥‥。
抱える想いやこれまでの思い出を胸に、ヒサメはドレスにはあの羽飾りを使おうか‥‥色々と思い巡らせ、再び布を断ち始めるのだった。
エーディット・ブラウン(eb1460)は、先日依頼で訪れた山村に来ていた。
彼女の目的は、この村で作られたワインや葡萄を購入する事だった。
そのために慣れぬ馬を駆り、遠路を急ぎ訪れたのだ。
「自分達で頑張って護った葡萄畑のワインでお祝いする方が、思い入れも変わりますよね〜」
祝い事に使うものなのだから、お金は惜しまない‥‥請求先は決まっているし(何)。
先日村の葡萄畑を冒険者に救ってもらった事は、村人の記憶にも新しい。
その時に尽力してくれたエーディットの頼みを、村人達は快く聞き入れてくれた。
村人に歓待を受けた彼女は、彼らからのお祝いの言葉も預かりつつ、祝い事に十分な量のワインを用意する事が出来たのだった。
「折角『銀花亭』って、いうんだから、ぱーっと花で飾っちまおうぜ!」
「いいわね」
腕一杯の花束を抱え準備に訪れたハルワタート・マルファス(ea7489)の提案に、店内の飾り付けを手伝っていたサトリィンが頷く。
「やっぱ、皆で祝ってやれるのっていいよな」
自ら摘んできた花をサトリィンに預け、ハルはテーブルの移動などの力仕事を手伝い始めて。
「そうね。色々と慌しい時だからこそ、仲間のおめでたい話は良い事だと思うわ」
飾るため花を選り分けながら、彼女は心からそう思った。
通い合う想いがあれば、人と人との絆が確かなものであれば‥‥きっと、人はデビルになど負けないのだと。
●再びの来訪
「いらっしゃいませ〜♪ ご予約のお客様ですね、此方へどうぞ」
明るく朗らかな声に迎えられ、仏頂面のキアンと晴れやかな笑みを浮かべたディースが銀花亭を訪れた。
「あら、新しい給仕の子が入ったのね。今日はよろしくね」
「‥‥どっかで見た顔だな‥‥ぁぐっ!」
耳元で結わえられたリボンも可愛らしいエルフの女性給仕。
顎に手を当て、キアンは半ば訝しげにまじまじと彼女を見ていたが、不躾な視線はディースに思い切り足を踏まれ遮られる。
にこやかな笑みは崩さずに、彼女はキアンらを店内へ案内すると、二人の来訪を告げるため、店の奥へと戻っていった。
その女性給仕はといえば、
額の冷や汗を拭いつつ、持参の料理を皿に盛り付けていたクリミナや、酒のグラスを用意していたサトリィンに、来訪を知らせる。
「ばれなかった‥‥よな? いやぁ‥‥この店でまたこの格好することになるとは思わなかったぜ」
「ヒサメさんもハルワタートさんも、とてもよくお似合いです〜‥‥」
繁々とウェイトレスの服を見下ろし感慨深げなハルに対し、ワインの瓶を出しながらうっとりと感想を述べたエーディットの頬がほんのり赤く染まっているのは気のせいではないだろう。
ハル直々の化粧で、目の下の隈を誤魔化したヒサメの姿も、ハルと同様女性給仕の支度だった。
両サイドの結わえたリボンまでお揃いという気合の入り具合は、まるで金銀対の存在である。
「ちょっと気合入れて頑張っちまったからな‥‥。そうそう、俺らの正体はばらすなよ?」
「‥‥ばらすもなにも」
ヒサメの念押しに、苦笑するサトリィン。
やがて銀花亭には、キアンやディースの顔なじみの客の姿も幾人か。
「そろそろ、始めろや〜」
と店主に急かされ、皆其々祝いの宴の為に動き始めた。
●宴の始まり
「こないだ顔合わせたの結構いるんじゃねぇか」
お祝いの旨、迎え出でた面々にキアンは笑う。
「ミランダさんから、お二人のお祝いって聞いたものだから」
「ありがとう」
祝いの言葉と共に酒を勧めるサトリィンに、ディースは礼を述べて受け取って。
そうして和やかな歓談の時間が始まる。
「随分迷惑をかけたみたいね」
謝罪するディースに、サトリィンは笑って首を横に振る。
「神の前では同輩だもの、気にしないで」
ふと、エーディットはディースがキアンと離れていた時、どうしていたのか問い掛けた。
「キアンさんは冒険の間中、『ディース〜、戻ってきてくれ〜』と枕を濡らしていた事間違いなしなので〜、ディースさんもそんな感じとか〜?」
「いや、してねぇから」
間髪入れずつっこむキアン。
先ほどから眉間に皺が寄りっぱなしなのは、気のせいではないだろう。
「またまた〜、隠さなくってもいいんですよ〜」
「隠してねぇよ」
「まあ、また故郷に戻られるんでしょう?」
「ええ。歓待するから、近くに来たら寄っていってね」
クリミナに、そうディースは笑って申し出たのだった。
「結婚決まったのよね?」
「‥‥多分ね」
ミランダが、リュートを爪弾きつつディースに訊ねると、曰く付のワインを美味しそうに飲みつつ、彼女は素っ気無く答えた。
「でもでも、キアンさんは、何て求婚されたんです〜?」
「本人に、聞いてみて♪」
にっこり微笑み、ディースはあっさりとキアンに水を向ける。
「あ、そうですよね〜。こういう場ではお約束ですから〜。キアンさんならきっと快くやってくれるに違いないです〜」
エーディットの笑顔の裏に、何か別な物が見えた気がした‥‥のは、キアンだけではなかったようだ。
「いや、そういうもんじゃないだろ?」
「それはどうかしら?」
この中で真っ当な人物だと判断したか、サトリィンに助けを求めてみるも、さらり笑顔で逆に退路を封じられてしまい、キアンは空気を求める魚のように口をぱくぱくさせる。
「あーら、それはもう情熱的な台詞を聞かせてくれたんじゃないかしら? さんざん待たせたんだし、ねえ?」
「そ〜ですよね〜」
酒や場の勢いは怖い物で、台詞を作るエーディットとそれに答えるミランダにより、ちょっとした寸劇が繰り広げられていく。
クリミナは、「まあ、そんなことを?」等とのんびり相槌をうつし、ディースやサトリィンは止める事無く、時折寸評まで入れる始末。
うろたえるキアンを前に、ある事無い事口にしつつ盛り上がる女性陣の様子に、呟かれた感想。
「まあ、女に口で勝てる男なんざそう多くはないわな」
「‥‥あ?」
キアンが声の主を不機嫌極まりない顔で振り仰ぐ‥‥と、降って来たのは――酒。
その上、その苦情を言う間もなく、両腕をがっちりホールドされる。
「ちょっとまて。何だこれは?」
「あ、申し訳ありません! 直ぐにお着替えを!!」
有無を言わさず、ずるずるとキアンを連行していくのは、新顔の女性給仕。
女性に見合わない力の強さにいぶかしむ間もなく。
「随分、馬鹿力の‥‥」
「馬鹿力のウェイトレスって‥阿呆、俺らだ。驚いたか」
苦情を言うため、口を開いたキアンから出た言葉。
「‥‥‥‥お前らそういう趣味だったのか?」
「「違う」」
明らかに1歩ひいたキアンの声に、ツッコム2人。
そして用意されていた服を見て明らかに肩を落とすキアンに、ヒサメが精一杯可愛らしく申し出る。
「御召替えのお手伝い致しましょうか?」
「‥‥いや、いいよ。酒臭くて仕方ねぇからどっちにしろ着替えたいしな。‥‥って、これもわざとか」
●パリでの誓い
「‥‥ちゃんと、着れねぇのかよ」
タイに伸ばされたヒサメの手を、「これでいいんだ」と鬱陶しそうに払いながら別室から出てきたキアン。
既に銀花亭の舞台を祭壇に見立て、そこにはジーザスの礼服を身に纏ったクリミナが立っていた。
その意図を理解し、盛大に顔を顰めるキアンを、クリミナが苦笑を浮かべたしなめる。
「きちんとしたお式は二人の故郷で挙げるとの事。その際に神様には永遠を誓うのでしょうけれど、勿論皆さんにも誓って下さいますよね?」
キアンが『否』を言う前に、周囲からの否定を許さない喝采が入る。
そして喝采が、感嘆のざわめきに変わり。
皆が視線を向ける先には、壮麗な衣装に身を包んだディースの姿。
ヒサメが、夜を徹して作った衣装は、彼らにとても良く合っていた。
「見直したかしら?」
「馬子にも衣装ってジャパンの言葉だな」
憎まれ口を叩きつつも、ディースを迎えたキアンの瞳は柔らかく笑んでいたから、ディースは殴らず差し出された手に手を重ねる。
そうして、クリミナを向き直った二人に、彼女は柔らかな笑みを向ける。
うつくしいミランダの祝歌を、背景にクリミナが進める結婚の誓い。
「健やかなる時も病める時も、死が二人を別つとも、永遠の愛を神に‥‥
そして汝らの友人ミランダに。
二人の混乱を時に少々のおせっかいをもって見守った我々冒険者仲間に。
誓いますか?」
「「誓います」」
皆の祝福の言葉と拍手と共に、友人や仲間を前にした彼らの誓いは交されるのだった。
「幸せは皆で分かち合うもの。けして一人で気張って作るものではないのですよ、キアンさん?」
クリミナの釘さしに、祝いの言葉だからと顔を顰めつつも、キアンは頷く。
「とりあえず、こんな格好のままだし一言だけ」と前置かれて。
「キアン、猪みたいに突っ走る癖は直せな、ディースが何時までも追いかけてくれるとは限らないんだからよ。ディースも苦労するだろうけどお幸せにな」
ディースには、朝摘みの野草で作ったハーブの花束を贈りながらのハルの言葉。
「本当にそんな格好で言われたらありがたみも何もなくなるよ」
「そんな事言わないの。ありがとう」
花束を手にしたディースの笑顔が、何より礼かもしれない。
「そうそう。結局そういう所は直りようもないのね。キアンさん‥‥最初は半ばお節介だったかもしれないけど、こうして出逢って結び直されたご縁で私達もう知人同士よ。貴方を信じて付いて来てくれた彼女の事、これからもずっと強く護ってあげてよね。それと、地位や名誉だけに拘るのでなく、縁の下‥‥本質を支える力持ちでいて欲しいわね」
「本当クレリックてのは、説教が好きだよな」
本当に永久にお幸せにね、と微笑み浮かべるサトリィン。
憎まれ口を利きつつも、キアンは彼女の言葉に小さく頷く。
「凹む事も多いが、けど生きてりゃ幸せもある。大事なモン見つけたんだ、今度は手放すんじゃねーぜ」
「お二人とも末永くお幸せに〜♪ もうディースさんに逃げられたらダメですよ〜♪ ‥‥子供が生まれたら呼んでくださいね〜?」
頬を染め次の祝いを待つエーディットの言葉に、キアンは苦笑を浮かべるのが精一杯だった。
ヒサメの言葉には、何だかんだとディースの手を離さぬ『今』で、返答とする事にしたらしい。
「それと‥‥全部仕組んだミランダに感謝しろ」
にっこりというよりは、にやりの方が近い人の悪い笑みを浮かべ、ヒサメはミランダを示した。
「あらあら」
キアンとディースの視線を受けて、ミランダは困ったように微笑んだ。
けれど、彼らより先にクリミナの声が響く。
「‥‥うふふ。おばさん、歌っちゃおうかしらぁ〜♪」
頬染めて上機嫌なクリミナの手元には、空のジョッキ。
「ちょっ‥‥まて、てか、クリミナに酒渡したの誰だ?!」
「あら、お祝い事は楽しくなくちゃ」
「「司祭役に飲ませたんか?!」」
しれっと言い切ったのはミランダ。ハルやヒサメの苦情もさておき、甘く深い音色を響かせるリュートを、今日は陽気に奏で弾く。
「歌っちゃうわよぉ〜♪」
2人をとりもつ司祭役のクリミナの陽気で朗らかな歌で、再び銀花亭は賑やかな祝いの宴の場へと変わったのだった。
●真白き未来へ
「そんな事だろうと思ってたけど、ありがとう」
「内緒にしてねって最初にお願いしたのに」
ディースからのお礼の言葉に、ミランダは少々恨めしそうにヒサメを見る。
ミランダの声は、言葉と違い穏やかな声音だったから、ヒサメは苦笑ではない笑みを浮かべられた。
その向こうでは、エーディットにワイン代を請求されて頭を抱えるキアンがいた。
「祝いじゃなかったのかよ‥‥」
「世の中そう甘い事ばかりじゃないんです〜」
幾分酔いがまわったか赤らむ頬を抑えつつ、グラスを傾けるエーディット。
「はいはい、その辺にしといて納得なさいな」
キアンがエーディットに一言も反論する間も許さず、ディースが間に入る。
そして、彼女らにお礼だといって小さな包みを皆に手渡した。箱の趣が、幾つか異なってはいたのだけれど。
「女の子と男の子で中身が違うの。最も、今日の様子を見ていたら皆おそろいで良かったのかもしれないわね」
ヒサメとハルの可愛らしいウェイトレス姿に、ディースは楽しそうに笑った。
キアンは、請求書にもディースのお礼にも納得がいかないのか、ぶつくさ不貞腐れつつワインの杯を重ねる。
せっかくのヒサメの餞の礼服ですら、既に着崩してしまっているキアンの様子にディースの笑顔が苦笑に変わり。
「彼らがいなければ、貴方、私を追いかけてきてくれなかったでしょう?」
2人の指に在ったのは、永遠の愛を誓う男女の姿が彫られた銀製の指輪。
以前の彼らの元には無かったもの。
意地っ張りに差し伸べられた手を、お節介だという者もいるだろう。
けれど、人は決して一人では生まれ出でる事も、育まれるものもないのだから。
巡る縁に、祝福を‥‥。