宝物を求めて〜混沌の宝石 Your thing‥‥
|
■シリーズシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月07日〜09月14日
リプレイ公開日:2005年09月14日
|
●オープニング
●暗室
「‥‥要らぬ騒ぎにしてくれたものだ」
「嬢の長患いに、修練以上の魔法の跡。更に先触れのない見知らぬ者の来訪‥‥となれば止むを得まい」
煩わしさを隠す色も無い声に、淡々とした年老いた声が答えた。
揺れる蝋燭の炎が照らし、生み出す影は‥‥2つ。
「他人事のように言ってくれる」
鼻を鳴らし一笑する声は、そのまま老人を責めるもの。
けれど老人は、それをそのまま受け入れ、頷いた。
「取り戻せなんだは、私の手落ち。そのようなつもりではなかったが」
「まあ、戻らぬゆえにそう長くはないだろうがな。‥‥今更情け心など」
「無い」
年老いた男は、はっきりと言い切る。問いかけた方こそが、意外そうに瞳を見開いた。
「少なくは無い同志を亡くした。彼等のためにも、無論我等のためにも、我々には導き手が必要なのだよ」
「そう。全ては、我々一族のため‥‥あの御方のため」
囁かれるような言葉に、老人は瞳を伏せた。
長く連綿と続く流れは、いつしか澱み凝り。
助け繋がる縁の糸は、彼らを縛り捉える鎖となった。
いつ自分たちが歪んでしまったのかも、老人にはもう思い出すことが出来なかった。
いや、心当たりなど多すぎて、流されてしまったのかもしれない。
小さく頭を振り、老爺は瞼を上げる。
過去の栄光ではなく、今を見なければならないと己に言い聞かせて。
「暫し戻らぬ。あの御方にはよく申し上げておくれ」
老人はゆっくりと立ち上がると、そう頼み、部屋を後にしていった。
残された者は、その背を見送り。そして、部屋を見まわす。
うず高く詰まれた、蔵書。探査、研究の後‥‥。残されたのは、老爺の一生に等しいモノ。
「戻らなくても良い、か」
呟き、けれど返る声がもう1つ。
「あれは使い道は色々あるのに‥‥。惜しいわ」
「あれとはどれを指す?」
それ以上の言葉は返らず、含むような笑い声が響く。
老人が残した杖‥‥飴色に磨かれた木の杖に刻まれた真新しい傷跡。
それらを一瞥し、燭台に燈る炎を吹き消した。
今度こそ、人が遠ざかるその部屋‥‥後に残されたのは、暗い仄昏い――闇。
●集場
「これが、『白い石』か‥‥」
不思議な感触を確かめながら、ギースは呟いた。
けれど、それは長い時間ではなく。ギースは石を手に、冒険者とシェラを真っ直ぐに見つめ訊ねた。
「さて、およその話は確認させてもらったつもりだ。シェラ、君は石を手に入れた。そして、届けられなかった。これから、どうするつもりかね?」
ギースの声音は淡々としていて、それがかえって詰問されているように感じられた。
それは、自分の不甲斐なさを自覚しているからなのだろうか‥‥シェラは、白いそれをただ黙って見つめていた。
何を伝えるべきで、何を黙すべきか。
もうそれもよくわからない‥‥それくらい、『皆』に迷惑を掛けた。
訊ねられるから、手を差し伸べられるから、答え、頼った。
訊ねられる前に話し、助けられた分返さなければ‥‥そう思うけれども、どうすれば良いのかわからない。
でも、まだ出来る事が1つだけ。
「間に合うなら、届けたい。約束を守りたいよ。あのね、この間皆を傷つけた火の精霊魔法を使っていた人‥‥シェラ、会った事あるの。‥‥ルベウスちゃんの友達だって、会ったの」
ぽつりぽつり話し始めたシェラの言葉に、ギースは眉を寄せる。
「もしかすると、返したらいけないものなのかもしれない。悪いのはルベウスちゃんなのかもしれない。でも、シェラが一緒にいたルベウスちゃんは、人を傷つけたり、嫌な事はしない人だったから‥‥シェラは、ルベウスちゃんとの約束を守るために頑張りたい」
「そうか。ならば、最後まで目的を果たすために力を尽くす事だ」
揺らがぬシェラの瞳を見て、ギースは僅かに瞳を和ませる。
そして、改めて冒険者らに向き直る。
「それでは君達へ、この石を巡る最後の依頼を頼みたい」
「最後?!」
穏やかでない言葉に驚いたシェラの問いに、ギースは静かに頷く。
「そう、最後だ。君達の推測が正しいのならば、もう時間が少ないからだ。それについては、順を追って話そう」
ギースは柔ら固い不思議な白いそれを撫でる。
「この石については、何も助言はしてあげられない。私には詳しい知識は無いからね。ただ、シェラのいうフレイアという少女についてだが、ルベウスの主人の娘にあたる少女がそういう名だったと記憶している」
ルベウスの主人、それは『家』を取りまとめる存在‥‥その娘だというのだから、それなりの立場なのだろう。
けれど、『家』には問題が1つあった。
数年前に当主が亡くなって以来、その座は空席で、現在は代行を務める者が『家』を纏めているらしい。
「依頼については変わらない。シェラを助け、望む場所へ彼女を連れて行って欲しい。それが全てだ。そして、私が君達を手助け出来る事が1つだけある」
それは、『家』への安全な道を確保する事が出来るだろうという事。
ルベウスは、元々ギースの収集家としての趣味が高じて知り合ったのが縁だった。
それは、ルベウスの『家』との繋がりも同様であり、ウィザードらの冒険の成果をギースが気に入れば買い入れる関係が成り立っているという。
ギースは言う。
目的‥‥自分達の行いと石の所有に対する正当性が説明できるのであれば、その縁故を用い『家』への繋ぎをとっても良い、と。
「そして時間が少ないという理由‥‥フレイア嬢は、今臥せっているそうだ。病では無いらしいが‥‥食が細り、物が食べられず、体が弱る一方だと聞いた」
「どうして知ってるの?」
「多少調べたからだよ。不穏当な情報が有り、話の真偽がはっきりしなかったからね」
鵜呑みにせず、確かめ少しでも情報を得ようとする事は、ギースにとって当たり前の事であるらしい。
「届けるための方法は2つ。私を説得しえる言葉を用意するか、もう1度君達の足で向かうかだ」
自分を納得させる事が出来なければ、フレイアに会う為の『家』の統括者の許しを得る事など出来ないだろうとギースは言う。
また、直接向かう方法を選ぶのであれば、まだ居ると思われる妨害者を退ける事はもとより、屋敷に入る手段等、講じねばならない事は決して少なくは無い。
紹介状も招待も無しに、ただ訪ねて会えるとは思えない相手であり、ギースの話を信じるのであれば、普通に会える状態でも無い。
ましてや、肝心のルベウスが居らず、『裏切り者』という穏便ではない言葉の真偽がわからないのだから。
『裏切りの手助けをし大切なコネクションを失う事』は出来ない。
だから自分を納得させうる言動が見たい‥‥それが、ギースの条件だった。
「‥‥選択肢は2つと言ったけれど、もう1つあった」
「もう1つ?」
「『ルベウスとの約束を忘れる事』だ。」
問いかけに返った言葉に、シェラは瞳を瞬かせた。
「選ぶのは君達だ‥‥さあ、どうする?」
ギースは、シェラと冒険者たちを真っ直ぐに見据え訊ねた。
その手に、彼らが『少女の命そのもの』と思った白い玉を持ち、選択を迫るギースは、さながら運命の岐路を示す存在のようにも見えたのだった。
●リプレイ本文
●道先
ごとごとと重たい音を響かせて、整備されているとは言い難い道を馬車は走っていた。
けれど、整えられた馬車の中は、悪酔いするほど派手に揺れる事も無く――それだけ上等な作りの馬車なのだろう――目的地までの道のりを進んでいた。
冒険者らは、常とは異なる身支度を求められ、馬車に乗せられ進む事数日‥‥過日辿った道とは異なる道を走る事もあれば、思い返すまでも無い道を進む事もあった。
ギースは導くにあたり、彼らに説得の条件を1つ付けて以降、特に何かを口にする事も求める事も無く。
これより先を思ってか、車内は重い静寂と緊張感に包まれたまま‥‥。
シェラはといえば‥‥外を覗く事も許されず、彼女を気遣う同じく背に羽根持つ同胞と座し、ただじっと‥‥壁すら透かすような眼差しで前を見つめ続けるのだった。
●積言
時は遡り。
場所は違え。
喧騒途切れぬパリのギルド内‥‥話交わす依頼人と冒険者の姿。
それは珍しい物ではない。
けれど、彼らが持つものは‥‥
「‥‥成る程。これは石ではなく、悪魔‥‥デビルの手により奪われた魂の一部と言う事なのかな?」
フェリシア・フェルモイの説明をじっと聞いていたギースは、彼女が語り終えるのをみて確認のためか訊ね返した。
「魂では無かったかもしれませんが、デビルの能力にそういった物があるのは確かです。そしてその玉を、奪われた人に返してあげない限り、その人は呪われたままでしょう」
ここでギースを説得‥‥納得させ、彼の協力を得られなければ、仲間達の道行きが危険な物になるのは確か。
自身を頼ってくれたマリオーネ・カォ(ea4335)の為にも、彼女は丁寧に知りうる限りの情報を元に、ギースが手にする『白い石』について語った。
「ルベウスが『裏切り者』って意味は、恐らく悪魔と何かその家が取引してるのではと思うんです。繁栄を約束されたか、あるいは脅しかはわかりません」
その言葉をついで訴えたのは、ガイアス・タンベル(ea7780)だった。ギースに比べて遥かに小柄な彼は、けれどその差を感じさせぬほど真摯に、強く言葉を綴る。
「でも悪魔と取引したって何も良いことはないです。悪魔は常に災いをもたらすもの‥‥悪魔と取引する家をそのままにしておけないと思います。目を覚まさせなくては。それに家の為に少女が犠牲になるのは僕は納得出来ません。彼らだって間違ってるって分かってると思います。対悪魔なら僕達も力になれますから力を貸して下さい。お願いします」
そういって小さく頭を下げたガイアス。瞳を細め、彼を眺めるギースは次の呼びかけに頭を巡らせる。
「ギース伯は正当性を求められた。ギルドで受けた依頼を達成する為に動くのは至極まっとうな事‥‥まして、人の命が懸かっていると聞けば動かぬわけにはいくまい?」
照れくさそうに笑みを含み仲間に応じる飛 天龍(eb0010)はいない。今の彼は強い意志を湛えた瞳でギースを見据え、己が意思を語る。
けれど、それは彼の決意を現すに近い言葉。正当性がそこに在るかは立場により異なる。それを示す事が如何に難しい事かは天龍自身も理解していた。
だからこそ訴え、伝えねばならないと彼は思う。
「一番の理由は『シェラを信じるから』だがな」
「私は、その白い石については詳しく分りません」
天龍の言葉に頷いてから、フェリシア・リヴィエ(eb3000)は正直に話す。それは理で示せという説得には不向きな言葉。
けれどそれと比肩しあげられる、情に通ずる想いを語る。
「『フレイアさんを助けたい』、そして『ルベウスさんとの約束を果たそうとしているシェラちゃんを手助けしたい』というのが行動理由です。私はシェラちゃんを信じているので、ルベウスさんのことも信じます」
『信じる』という言葉に、ギースは僅か口元を歪め笑う。
「説得はあまり得意じゃないけど、ギース卿には一つだけ言いたい事がある」
言葉は挟まず、先を促すように見つめるギースの視線を受け、マリオーネは口を開いた。
「俺はシフールだからあんま難しい事得意じゃないけど、冒険者として重要なのって『人と人との繋がり』だと思ってる。だから、三つ目の選択肢は‥‥俺の中では最初からありえないよ。多分、ここにいるメンバーの誰の中にも」
マリオーネは、仲間を順に見遣って。そしてギースに向き合い笑う。
「勿論あなたとの繋がりも、すごく、重要。何かあったら、いくらでも呼んで下さいよ♪ いつだって道化師は、人のために居るんだから」
「‥‥私を納得させられても、させられなくても君達の取るべき行動は変わらない。そういう事かな?」
「さて、如何でしょう。すべき事は多く見えますが、結局のところ目的は1つですからね」
女性に見紛うかんばせに、些か悪戯めいた笑みを浮かべる香椎 梓(eb3243)の瞳こそ笑っていない。
白い石をフレイアに届け彼女を救う。
そして叶うなら『家』に巣食うデビルを倒す。
それが彼らの目的。
彼らが語る言葉は、手にある白い玉の持ち主が誰であるか、そして戻すべき理由を訴え‥‥何故それを達したいのかの心情の綴り。
「説得出来なければ自分達の足で向かうと君達の顔に書いてある」
呆れたような声音に対し、けれどギースの表情は柔らかな笑みを浮かべていた。
その目は静かに仲間の言葉を聞いていた神剣 咲舞(eb1566)をみていた。
『理』ではなく『義』によって動く咲舞は、自分では正統性を示す事は難しいと説得は仲間に頼み任せていた。
年若い見目に違い、それよりも長く世を見ている咲舞。
進む道が決まれば、それがどちらであれ彼女は迷いを捨てて進むだけ‥‥行動在るのみと、今は主君を頂かない咲舞だけれど武士の意志の強き事が揺らぐ事は無い。
「今度こそ、此の石を届けなければ成りません。それが私達の結論ですわ」
『白い玉』と『シェラ』を前に、冒険者らは、ギースの結論を待つ。
彼らにギースは、幾つかの助言と、そして当主代行者に会うまでの道行きを‥‥約束したのだった。
●家檻
重い門扉の開かれる音。
ゆるゆるとそれを潜れば、聳えるように立つ剛健で大きな家屋敷。
聞けば、過日の応戦した場所とて敷地内だという。
ウィザードを多く擁する一族は、魔法の修練のためも土地を備えているのだろう。
結果的に、先の派手な戦闘で人が気にしなかったのはその辺りの背景があるからなのかもしれない。
マリオーネと天龍にとっては半月ぶり、他の仲間達は初めて見るその構え。
慣れぬ支度‥‥求められた装いを変える事。そのまま、ギースの後に付き案内に従う。
冒険者らの後ろは、一度ギルドで見かけたギースの本当の従者が歩く。
天龍がシェラに問おうと口を開くも、従者に窘められ言葉を紡ぐ事が叶わず。
そして許された部屋の前、屋敷の使用人と思われる案内役が扉を叩き、来訪を告げると中から入室を許す声。
その声を聞き、ギースは冒険者らを振り向いた。
「‥‥君達への約束は果した。これより先は、君達の努力次第だ」
餞にも後押しにも、線引きのようにも聞こえるギースの言葉に重ねられるように、扉が開く音が重なった。
当主代行だという人物は――ジルフィーナと名乗る女性だった。
代行役に就くには、存外若い見目にガイアスは意外に思った。
彼女は取引に訪れたギースを迎え入れ、後ろに並ぶ冒険者らを見て、僅かに眉を寄せる。
「ギース伯、護衛としても多すぎはしませんか?」
8人もで訪れたギースらに対し、彼女達は、彼女とその腹心という騎士然とした男。そして取引を補佐する説明役と物品管理者が2人。
「いいえ。私達は伯の護衛ではなく、医者です」
ギースに代わりフェリシアが答えた。その言葉に、女性は真偽を見定めるように彼女を見据える。
ギースの付けた条件。
それは、『石の存在を伏せ、デビルの介在を示唆する言葉は用いない事』。
『白い石』――正しくは、玉であるらしいそれが正しければ何よりの証になるが、当主代行の身が潔白だとは分らないからだ。
フレイアに戻す前に、奪われる事があってはならない。
医者というのは、嘘‥‥はったりだ。その透かし見る視線に、服の下で汗をかきつつもフェリシアは視線を正面から返す。
「伯は、前当主の忘れ形見であるフレイア様が病に臥せっていると聞きとても心配され、私達を伴ってくださったのです」
梓が後押しするように言葉を重ねる。
何かを考えるように彼らを見つめるジルフィーナに、意外にも更に言葉を積んだのはギースだった。
「嘘ではない。フレイア嬢に関してのみだけれどね」
その名に、家の者達に緊張が走ったように、感じられた。
「貴女が許してくれるならば、治療を試みさせて頂きたい。なに、今まで苦心されていたと聞く。治れば良しと試されてみても?」
領主などという物は如何に上手くはったりを張るかだと話していたギース。
フェリシアの嘘が、一種の真実となる。
マリオーネは、大切に抱える箱を強く抱く‥‥フレイアへの特効薬。
自分達の推測も、彼女の知識も正しいのだから、大丈夫なはずだ。
考える様子のジルフィーナに対し、彼らの言葉を真っ先に受け入れ縋ったのは、取引を助ける為にその場に居た家の者だった。
「ジルフィーナ様、フレイア様が治るのであれば、試すものがあるなら治療をぜひ!」
言い募り訴えるその様子に、決してフレイアが一人きりではなかった事に、咲舞は安堵の息を付く。
ルベウスは味方との混在を迷っていたという――それは、敵とするものも居るが、味方もいるのだという事実。
重ねられる冒険者の言葉、訴えられる身内の言葉。
そしてジルフィーナは結論を口にする‥‥それは‥‥。
●逢瀬
『白い玉』の持ち主と思われる少女は、広い豪奢な寝台の上に横たわっていた。
案内された部屋に付き、今まで大人しく咲舞の服の内に隠れていたシェラが顔を覗かせる。
シェラの目に入るフレイアの余りに記憶と違える様子。
病んだ青白い肌。赤い髪は艶をなくし、頬はこけ、夜着の襟元から覗く浮いた骨が痛々しい。
「フレイアちゃん‥‥?」
ふわり、少女の枕辺にシェラは駆け寄る。
もう一度呼びかけると、うっすらと瞳を開いた。
口元が小さく動いたものの、声として発せられる事は無かった。
生気に乏しいくすんだ気配。
「‥‥‥‥シェラ‥‥?」
僅かに小さく、その名をジルフィーナは口にした。
けれど、それはフレイアの現状を訴える侍女の言葉に重ね消され。
「フレイア様は、体調を崩されてから長い間調子が戻らず、医者に見せても何の病か判断出来なかったのです。段々食欲も無くなって、食べ物もお召し上がりになれず、体力が落ちる一方で‥‥」
フレイアの世話をしていた侍女は、病む前の彼女を知っているからこそだろう‥‥今の様子に声を震わせる。
「よろしいですか?」
梓に問われジルフィーナは小さく頷く。けれどその瞳は、梓らのどんな些細な行動も見逃さぬ様鋭かった。
咲舞が寝台の中へ腕を差し入れ、フレイアをそっと静かに抱き起こす。
マリオーネは、ずっと大切に抱えていた箱を腕に、シェラの隣り‥‥フレイアの枕辺に降りた。
そして開けられた箱の中――白い玉を取り出し、そっとフレイアの口元へ運ぶ。
彼が取り出した白い玉を見て、僅かにジルフィーナは目を見張る。
これが、フェリシア・フェルモイの言う通りの物であれば‥‥玉を飲み込むことで、フレイアは元気を取り戻すはずなのだ。
大人の拳ほどのその玉を、如何様にその身に戻すのか‥‥。
それは、彼らの見守る中――形を変える様子のではなく、その身から切り離されたものを元ある場所へ還すのだ――すっと‥‥少女の口に呑まれ、消えた。
睫が震え、やがて静かにゆっくりと‥‥榛色の瞳が理知の色を持ち、マリオーネらを見つめた。
微かにわななく口元。
求めを察し、梓が水差しを口元へ運んでやった。
「‥‥誰?」
「フレイアちゃん、シェラだよ。後、シェラの大切なお友達。もう大丈夫だから。だから、ゆっくり休んで」
歌うようにシェラは、フレイアに囁いた。
シェラの言葉にフレイアは、僅かに微笑んだように見えた。
元より欲していた真なる休息を求め、彼女はゆっくりと瞳を閉ざした。
青白い肌に、僅か赤味‥‥欠けていた生気が埋められたように――感じられた。
魔法により奪われた我が身を取り戻したとはいえ、肉体的に損なわれ弱り果てた部分は時間を掛けて身内に取り戻していくしかない。
けれど、漸く魂が満ちたのだから、肉体も満ち癒えるはずである。
「ルベウスちゃん、きっと、もう‥‥大丈夫だよね」
シェラの呟きを、ジルフィーナはただじっと聞いていた。
●謝心
眠るフレイアを見届けて、咲舞はゆっくりと彼女を寝台に戻してやった。上掛けを整え外へ零れた手を内へ戻してやる。
「これで、もう彼女は大丈夫なはずだよ」
マリオーネの言葉にシェラは小さく頷く。
「良かったな、シェラ」
天龍のシェラより大きな手が、労うように頭に置かれた。
やはりシェラは頷いて。
「皆が一緒に居てくれたから。力を貸してくれたから。間に合った。約束を守れた‥‥皆に会えて良かったの」
「シェラさんも、頑張りましたよ」
ガイアスの労ってくれる言葉が嬉しい。
常に自分を気に掛け、傍らに在ってくれたマリオーネ、天龍。
信じ、この場へ続く道を後押ししてくれた、ガイアス、咲舞。
力を惜しまず、手を差し伸べてくれたフェリシア、梓。
そして彼らへの縁を繋いでくれたギース‥‥順に、彼らの顔を見上げ、シェラはゆっくりと口を開く。
「ありがとう」
信じるとギースに言い切ってくれたフェリシア達。彼女達の想いに応えられて‥‥白い玉が真実フレイアを助ける物で良かったと、シェラは言った。
気鬱が晴れ浮かべられたその笑みに、梓はシェラのこれからを思う。
依頼を成し遂げる事により、シェラが自分に自信を持てるようになればいい――その願いが、きっと叶う事を。
●穢濁
「もうダメね。アレはもう、使えない。どうするの?」
愉しげなからかう声に、ややあって押し殺した声が返る。
「‥‥終わりじゃない。終らないさ、手は未だあるのだからな」
その声は、暗く重い、決意秘めた声音。
白き玉が持ち主の下へ還った。
白き玉の生み出す混沌は消え。
けれど、消えた混沌を呼び出した波は‥‥。
TheEnd‥‥