●リプレイ本文
●備え
「そりゃあ構わんが‥‥」
貸与の驢馬は不要・引き取り用の荷車だけ借り受けたいというアリアドル・レイ(ea4943)とロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)の申し出に幾分怪訝そうではあったが、デールはあっさりと頷いた。
「ただ、お前さんらの驢馬の餌代まではもてんよ」
依頼人の条件にそれで構わないと頷くアリアドルの手には、件のバリウスのリュートがあった。
「私もバリウスのリュートを愛用する一人‥‥これほどの音をくれる楽器の作り手に会える機会なら逃したくはありませんし。何が起きたのかは分かりませんが、普段リュートの音色に助けられている分も助けになりたいですから」
丁寧に扱われているだろう事が容易に見て取れるリュートの輝きに、デールは「ほう」と瞳を細める。
助けになりたいという言葉に頷きながらロミルフォウはデールが書いてくれた工房までの地図を広げた。
「預言書でノルマン全体が揺れているこの時勢ですから、嫌な予想は当たって欲しくないものですけれど‥‥ともかく、バリウスさん達の身の安全を確かめるのが先決ですね」
「そうだね、可能性は幾つか考えられるけども‥‥」
思案げに呟くロミルフォウにルナ・ティルー(eb1205)は大きく頷いた。冒険者らがそれぞれ予想した事はそう多くは無い。その分、どれも可能性として考えられるものばかりだった。
パリからバリウスの工房までの道のりを白い指先で辿りながら、ルナ達は気に掛かる事項を1つずつ確かめていく。
納期遅れの品の確認に対し、慎重な姿勢をみせる彼女らにデールが僅かに眉を寄せたものの、それでも冒険者らそれぞれの質問に、デールは『取れる時間は限られているが』と前置きしながらもきちんと答えてくれた。
バリウス自身は、アリアドルの予想に違わず典型的な職人気質‥‥いわば頑固爺らしい。
工房と続きになっている家屋には、そんなバリウスと長く連れ添う老妻と、父親とは正反対の穏やかな気質の息子とその妻、そして2人の孫の6人家族で暮らしている。
リュート作りに適した優れた木材が手に入る山間に居を構えたのだが、バリウスや家族らが暮らしていくには木材よりも衣食が無ければままならない。
工房の近くには小さな村があり、そこで衣食を賄い、あるいは時折村を訪れる行商人より買い入れていた。
無論、楽器作りに必要な道具や材料を仕入れるためにバリウスが大きな街にまで出てくることもあるが、最近は息子がその役を担っているためバリウス自身が工房を遠く離れ出かける事は稀らしい。
「連絡などを怠らない人と連絡が途絶えた‥‥しかも銘を持つほどの楽器職人が。‥‥きな臭く感じるな」
街中から遠い山間の工房1軒家でのこと。力ある冒険者の彼女にとって、人家の少ない場所ゆえに情報がない分危険が高いと思ったのだろう。
賊の類の可能性を問う音無鬼灯(eb3757)にデールは首を捻る。
「盗賊はどうだろうな‥‥高価とは言っても流通路は限られている。すぐに足がつきそうなもんだし、何より楽器を知らない者にとってはその価値は分らないもんだしなぁ‥‥。普通に商人を狙う盗賊ならいてもおかしくはないだろうが‥‥」
裕福とはいえない田舎村しかない場所。通る行商も知れている、だったら街道近くで襲うんじゃないのかとは思うけどねぇ‥‥と、デールは言った。
バリウスの住居に関してはそう知られていないはずだとも。
楽器の調整や修理など、楽器は作ればそれでしまいではない。
誰かれ構わず押しかけてくる者の相手が面倒だったというのも山奥に篭った理由ではなかったかな、と。
バリウス家周辺の情報についてもデールに譲ってもらった地図に書き込み、ロミルフォウは地図を丸め携帯筒へとしまいこんだ。
「デールさん、もう1つだけ聞いても良いかしら? 最後にバリウスさんと連絡をとれたのはいつ頃だったのかしら?」
フェリシア・リヴィエ(eb3000)の問いにデールは、それならば‥‥とあっさり答えてくれた。
最後に連絡がついたのは、リュート5台分を聖夜祭までに納品の契約を交わした10月半ばのことだという。
「割りに神経質でね、あんまりマメにとると急かされてるんだか信用されていないんだかって気にしてね。まあ、経過が順調かどうか息子か奥さんが連絡をくれる‥‥それは12月の初めにあった。納品に問題なくしあがりそうだ、てね。一方的な報せだったから連絡といえるかはわからんが‥‥だから気になって依頼したワケだ」
山間の道が限られている場所となれば、土砂災害の危険性もある。
先日各地を襲った水害は記憶に新しい。ただ、バリウスの住む地域ではそういった報せは無いらしい。入っていないだけなのか、無いのかは実際に行ってみなければ分らないのだが。
一方でシーン・イスパル(ea5510)の問いには、デールは小さく肩をすくめて見せた。
バリウスの楽器の製作期間は契約期間から納品までで推して知る内容だったが、顧客の情報に関してまでは商売上の機密ということなのだろう。
「踊りを嗜む者としては一度は名のある楽器の演奏で踊ってみたいですね。まだ、踊りの技量は未熟ですけどね」
「それじゃ依頼がちゃんと果たせたら、アリアドルちゃんの演奏でシーンちゃんの素敵な踊りが見れるかな?」
仕方ないと気持ちを切り替え、占術の道具をバックパックに仕舞いながら艶やかに笑むシーンにシェラ・ウパーラ(ez1079)が期待に満ちた声を上げた。
「そうね、でも、まずは依頼をしっかりね。ご家族からも連絡がないっていうのは心配だわ。無事を確かめるためにも、急いで行きましょう」
依頼の主眼を忘れかねないシェラの様子に微苦笑を浮かべつつ、フェリシアは微かに山頂に雪を刷いた山間の方を見つめ、仲間達を促すのだった。
●行程を辿る
「道の状態が良くありませんね‥‥」
ローエングリンの首を労るように撫でてやりながらロミルフォウが小さく息をつく。
アリアドルも連れて来たペットのはいいろをローエングリンの隣りに繋ぎながら頷いた。
驢馬は種的に気性が荒いという事も無く、扱いやすい動物である。けれど、同行に慣れない借り受けた驢馬よりも、日頃親しんだ驢馬の方が良い事が多い。
街から離れ工房のある山間に近付くにつれ、道は狭くなり、整備されているとはいえない細道はお世辞にも通りやすいとはいえなかった。
それでも生活路になっているからだろう、少なくない人達とすれ違い、その中で得た情報が正しければ土砂災害のような天災は起こっていないという。
そこに仲間達より少しだけ先に進んでいたシーンが、道の様子を伝えに戻ってきた。
「話に聞いたとおり、道そのものは問題なく先に進めるみたいだわ」
「それは良かった。嫌な予想は外れてくれた方がいいから。バリウスさんも、何か事件でなければ良いんだけどね」
先見を労い迎えたルナは苦笑交じりに山を見上げた。考えられる可能性は幾つもあるけれど、全てが杞憂に終われば良いと願う。
「先日の水害はあちこちで酷かったみたいですからね。まあ、家族全員で風邪をひいたのかもしれませんよ? あるいは、うっかり納期を勘違いしているか」
同じように山を見上げ穏やかに語るアリアドルの話を聞いていると、落ち着いて動じない声音から本当にそうかもしれないと思えてくるから不思議だった。
それから暫くして鬼灯も合流する。
偵察に優れた力量を持つ鬼灯は、盗賊の類を警戒し、陰形し先を探っては戻り合流するを繰り返していた。
「明日何事も無ければ早々につけるはず。ただ、今日無理して慣れない山の中で野営するなら、多分この場所に決めてしまったほうが良いと思う」
盗賊が居た場合の不意の奇襲や、休むに適した場所を検討し探りながらの鬼灯の助言を聞き入れ、街を旅立って2日目も野営となった。
準備としてデールに確認を取ったり、聞き込みをしていた分、行程に遅れが出ていたのだ。
それでも依頼期日には十分間に合う。防寒の備えは皆しっかり用意していたし、保存食もある。
依頼期間中に糧食が不安な者もいたものの、備えに多く持ってきていた者がいたお陰で問題は無く過ごせそうだった。
工房へ到着するための時間の再確認を地図上から計る際、フェリシアはダウジングペンデュラムを用いる。
デールが用意してくれた地図は、訊ねるには問題ない特長捉えた地図ではあったものの精緻な品ではなかった。
そも詳細な物であればあるほど高価になる。当たり前といえば当たり前かもしれない事なのだが‥‥。
銀製の小さな円錐が地図上でゆらりと揺れる。振り子が定まらぬ様子にフェリシアは小さく息を吐いた。
ペンデュラムが定まらないのは、求めるバリウスに対する不安材料が多く定まらない心中の表れなのか、それとも‥‥。
「バリウスさんの工房は地図で言えばここ‥‥行程に問題なければ明日出発してそう掛からずに着くはずだけど」
「そうね、一刻も早く着くしかないわね」
息付く様に現実的な鬼灯が声を掛けると、フェリシアは頷いた。
●訪問すれば
翌朝、早い時間に野営した場所を立った冒険者達は、昼まで掛からずバリウスの工房が建つ山へと来ていた。
事前に工房に異変が無いか、これまでのように鬼灯とシーンが先に様子を探って来たのだが‥‥。
「バリウスさんは家族と暮らしているって話だったけれど‥‥」
「工房続きの家屋には人の気配が無かったんだ」
困惑するように言いよどむシーンの言葉を引き継ぎ、鬼灯が仲間達に告げる。
「早朝からご家族で外出なさっているんでしょうか‥‥」
「材料の木を山に取りにいくならわかるけど、買出しにしろ何にしろ私達が来た道を通らなければならないわ。でも‥‥」
ロミルフォウは首を傾げる。だが、フェリシアの言うとおり、彼らは朝早くに立ち歩いてきたが、村を過ぎ工房へと至る過程で人とすれ違う事もなかったのだ。
「先を急ごう」
ルナの言葉に促されるように、冒険者達はバリウスの工房へと急いだ。
工房の木壁が見えた。
着いたと喜び声をあげようとしていたシェラは、「静かに」と密やかで鋭い声に諌められ、口を閉ざした。
注意した鬼灯は口の前で人差し指を立て、目で工房の入り口を仲間達に示す。
その前で3人の男が諍っていた。鬼灯達が先見に来た際は無かった光景だった。
よくよくみれば、2人の男が1人を責めている様に見えた。二人の男はお世辞にも柄が良いとはいえない様子の男達だ。
冒険者達が見ていた先で男達の手が、締め上げようというのか1人の襟元に伸びた。
だが、続いて穏やかな声が仲裁に入った。
「争い事は良くありませんよ、どうされたんです?」
冒険者達から男たちが間に割って入る向こうに立つ、青い顔をしている男は40に手が届くか否かというところ。
彼がバリウスの息子であるヴァレリーなのだろう。
「何だ、お前らは?」
男の1人は、工房の前で勢い込んで怒鳴りつけていた勢いのまま、静止に入ったアリアドルに食って掛かろうとした。
だがけれど、もう1人の男が彼が持つリュートに気付き、片眉を上げた。
「客か? そうならバリウスの爺さんは居ない。とっとと帰る事だな」
「居ないって何で?」
追い払うように言い放たれ、ルナは驚き逆に男達に詰め寄る。
ロミルフォウは男達の怒声に驚き浮き足立つ驢馬達を宥め、シェラは余りの剣幕にフェリシアの背に逃げ込んでいたが、1人、鬼灯はその存在を周囲に溶け込ませ、気配を殺しいつでも飛び出せるように男達の遣り取りを伺っていた。
その手には『影陰』と銘された小太刀と重い十手が握られている。
「‥‥調整して頂こうと名職人の住まいをはるばる尋ねて来たものですから、ただ不在では納得しかねますが‥‥」
「これ以上何も無い、早く帰れ!」
取り付く島無しな男の様子に、哀しげに眉を寄せ、アリアドルは和音を幾つか爪弾いた。
調べとは呼べない音達に、彼は言葉を乗せる。
更に追い払おうとしていた男達は呆気に取られた表情で、ただアリアドルが口ずさむ歌を聴いていた。
アリアドルが歌っていた時間はそれ程長くは無かったが、「今日はお帰り頂けますか?」と微笑を浮かべた彼に促されると、男達は先ほどまでの剣幕はどこにいったのかと思うほど、茫っとした表情で微かに頷き、声を掛け合い工房の前から覚束ない足取りで去って行った。
「戦闘になったら‥‥と用意はしてたけど」
「ヴァレリーさんがいらっしゃいましたし、穏便に済むのでしたら」
にっこり微笑むアリアドルは呪歌を用い、男達の戦意を和らげ帰還を促したのだ。
そつなくリュートを用いて魔法を使って見せた彼の笑みこそが食えないと、鬼灯は小さく肩を竦め小太刀を鞘へと納めた。
●バリウスの不在
「さっきの奴らは一体?」
「いいから、早く帰ってくれ!」
暴漢らが遠ざかるのを確認するため戸外の様子を窺う鬼灯。
外を鬼灯が見ているのならば‥‥と、ルナは声を荒げ彼らを追い返そうとするヴァレリー自身と工房の様子を注意深く窺う。
落ち着けようと宥めるロミルフォウの声を聞きながらルナの目に入ったのは、埃を被った作業場。
鬼灯とシーンが家屋の様子を窺った際に人の気配が希薄だったのは、ヴァレリー1人しかいなかったからだろう。
人が暮らしている空気に乏しい家。いや、生活していたのだろう空間だったのは理解できる。
物が溢れる工房から、おそらくリュートを親子で作り、一家で生活を営んでいた跡は見える。
暮らしていた人達がある日突然家財道具を置いたまま消えてしまったら、このようになるのではないのか。
「私達もデールさんからの依頼で来ているの。このまま何も分らないでは帰れないわ」
厳しく聞こえるフェリシアの言葉は、純粋にバリウスと依頼主デールを案じての事。
強い碧の眼差しを受けきれず逸らされる。
不意に肩に置かれた手すらも払いのけ、ヴァレリーは「帰って欲しい」と繰り返した。
払われた手を諦めずシーンはヴァレリーを見上げ再び訊ねる。
「何かあったのですか? 連絡が無いとデールさんが困ってますよ。私達に手伝える事があれば言って欲しいですわ」
冒険者らに帰る意思が無い事を、ヴァレリーは漸く悟り‥‥そして、その場に張り詰めていた糸が切れたように膝付き座り込んでしまった。
「わからない‥‥わからないんだ。ある日突然あいつらが‥‥父も母も妻も‥‥子供達も連れ去られ、私だけが、ここにっ‥‥」
節くれだった大きな手のひらで顔を覆い、そのままヴァレリーは声を詰まらせ黙り込んでしまった。
どうしていいのかわからずシェラは、傍らのフェリシアを見上げた。
けれど、フェリシアもルナも困惑した表情で、互いに顔を見合わせるしかなく。
過去を視つめるアリアドルの目に映ったのは、聖夜祭から新年を迎える祝いの時期に人気無く閑散とした工房だった。