宝物を求めて ―想いの証

■シリーズシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月07日〜08月12日

リプレイ公開日:2008年08月15日

●オープニング

●恋の詩
 あるところに、とてもきれいなお姫様がいました。
 となりの国に住んでいた王子様は、小さな頃からそのお姫様の事が大好きでした。
 お姫様も王子様が小さな頃‥‥それこそ赤ちゃんの頃から面倒を見てあげて。
 一緒に遊び、一緒に学び、いくつもの季節を共に過ごした王子様をとてもかわいく思っていました。

 王子様は、となりの国に住むきれいなお姫様が小さな頃から本当に大好きでした。
 剣の練習が辛いとき、馬に乗るための練習が大変なとき、勉強が難しくて困っていたとき‥‥いつでも、お姫様は優しく慰め、時には励まし、時には叱咤し、王子様の成長を導き、見守り、助けてくれました。

 いつしか、王子様がお姫様の背をおいこして。
 抱きしめてくれた腕が細く、見上げていた背が小さく‥‥お姫様がとても華奢で、繊細な一人の女性なのだと知ったとき、王子様はお姫様に恋をしました。
 星のように輝く美しい瞳に、自分だけを映してほしい。
 けれど、王子様が願い求める気持ちは世界にとって許されないものでした。
 なぜなら‥‥‥‥


●最後の逢瀬
 ギース伯爵が冒険者達を招くため迎えに遣した馬車は、長い距離を長い時間乗っていても疲れにくく不快にならない大きく上等な作りのものだった。向かう先は、先日彼らが伯の依頼によりオウルを退治した廃屋敷である。幾日か掛けてゆったりとした馬車の旅を終えた冒険者らを、いつもの飄々とした笑みを浮かべたギース伯が出迎えた。
 廃墟となっていた屋敷の庭は、庭園パーティでも開くかのように気持ちよく過ごせるよう整えられていた。
「約束通り、キミ達が取り戻してくれた宝をお見せしよう」
 伯の先導で案内された先は、野生化した蔓バラが絡み茂る朽ち欠けた白い大理石のテラス。そこに、伯の求めた宝は在った。
 綺麗に掃き清められ、程よく植物を刈り込み整えられたテラスの床を台座に立っていたのは3体の像。
 威風堂々としたエルフの老王は、銀杖を手に立ち。
 兜を深く被った騎士は剣を腰に佩き、王の前へと脆き、主君たる王への礼をとっていた。
 そんな二人を星を宿した瞳で見つめるのは、少々古めかしい時代的な衣装を纏ったうつくしいエルフの女性像。
 冒険者達が取り戻してくれた宝‥‥2対の宝玉は、うつくしい王女の瞳に。
 名工の手による剣は素晴らしい細工の鞘に収められて、騎士の手に。
 荘厳華麗な銀杖は、王の下で掲げられ、そこに在った。
 それら3体の偶像は、有名な美術家の作ではないだろう。けれど想いの込められた品特有の美しさを持つ像だった。
「これを彫ったのは私の友人でね‥‥彼は貴族の子弟にはお約束な騎士として、領主としての未来よりも、芸術家の方が向いていると思ったものだよ」
 冒険者が取り戻した宝の色彩に負けぬほどの造形美を持つ3体の像。
 だが、美術品に造詣の深い目の利く者が見れば決して見逃せない『傷』を持っていた。宝石であれば、その価値を損なう程の深い傷。一見修復されてはいるが、壊れかけた脆さや罅割れや亀裂、あるいは砕け、欠けた箇所もあったのだろう。
「これらはね、この国が地図上から名を消した時の争乱の中で壊されたらしい。素人の像を奪うより宝飾品を盗む方が楽だし価値があるからね」
 戦乱により荒れた国土、占領された亡国の民の心は虐げられ荒み、戦火を逃れた場所も結局は荒れる。戦乱により、人心も土地も荒れ果てたノルマン王国は、けれどウィリアム3世の元で王国を復興させた。
「復興戦争の時の功績から、故郷でもある領地を取り戻し、また治めていた一族が途絶えてしまった隣りの領地を褒賞として拝領してね。その時に焼け落ちた屋敷の跡から、壊された彼らを見つけたんだよ」
 本当であれば、ほとんどの幼子が知っている絵物語の王と騎士の像のはずだった。
 そこヘ王女を加えたのは、モデルとなる少女への作り手の明かせぬ想い。
 ギースはギース伯爵家の特徴的な色合い、銀の髪に緑の瞳を備えていたが、王女‥‥ギースの妹、当時の伯爵令嬢は、母親から譲り受けた鮮やかな青い瞳が美しい印象的な少女だった。
 これは彼の想いの結晶。
 本当は、王と騎士の像。
 けれど美しい少女に恋した彼は、想いを込めて王女像を作り出した。
 騎士は彼。
 彼は幾度、王へ王女への想いを許し乞おうと思ったのだろう。
「幼い思慕から、男女のそれに変わっている事に、私も父も気付かなかった。戦争が終わった後で、父から二人の結末を聞いて初めて私は知ったんだ」
 当時、王国の騎士団に所属していたギース伯は、取り戻す機を窺いカを取り戻すため、また助力を得るべく長くジャパンにいた。そのため、占領下にあった国の様子を知る事が出来なかったのだ。
「彼も妹も、騎士でも貴族でもなく、冒険者であったなら‥‥」
 もっと別の未来があったのかもしれなかったね、とギースは小さく微笑んだ。
「シェラに私が頼んだ仕事はキミ達へ依頼したものとは別のもの」
 形に紬らずとも、後に残せるものはある。人の記憶は不確かだけれど‥‥。
 それまでずっと黙ってギース伯の話を聞いていたシェラ・ウパーラ(ez1079)は、ぽつりと口を開いた。
「‥‥歌にして、二人の気持ちを、想いの欠片を残すこと‥‥が、ギースちゃんからのお願いだったから」
 だから、シェラは常に見届けようとしていたのだ。例え役に立つ布石になれずとも、文字通り石のようにその場に在り、見続ける事が仕事だったのだから。
「これらが失われても彼らが在ったことが無くなるわけではない。失われていた偶像の欠片を集めてくれた事に感謝する。そしてこの偶像達に纏わる私からの依頼は、これが最後‥‥もう2度と奪われる事のないよう、彼らを壊し尽くして欲しい‥‥それが今回の依頼だよ」
 宝石も、剣も、王錫も、それらを備える偶像自身も、全て。
 かつて偶像があった屋敷。
 想いが育まれた場所で、想いが込められたそれらを、奪われぬよう、元に戻る事もないように、砕き壊し、想いごとを彼らへ還す事――それが、伯爵からの依頼。
 偶像を見上げるギース伯の横顔は、落ちた銀の髪に遮られ冒険者達からは見えなかった。

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea7489 ハルワタート・マルファス(25歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8789 ガディス・ロイ・ルシエール(22歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ec4275 アマーリア・フォン・ヴルツ(20歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文


「えー極一部のご要望にお応えいたしまして〜‥‥お仕事お疲れ様でした」
 にこやかにその場を仕切りお茶を注いで回っていたのは‥‥
「ハルワタートさん、やっぱりよく似合いますね〜」
「ハルワタートちゃん、すごいねぇ」
「本当に次の機会に果たされたんですね」
「‥‥そうですねぇ」
 きらきらと輝く瞳で見つめるのはエーディット・ブラウン(eb1460)。感心するシェラ・ウパーラ(ez1079)とアマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)に相槌を打つリディエール・アンティロープ(eb5977)の目が泳いでいる。ガディス・ロイ・ルシエール(ea8789)はこの依頼で既に先頭を切って雄姿を披露していたりする。ごく一部が何処を示すのか、とてもわかりやすい反応だった。
 ロングドレスにコットンエプロンを身につけた姿で超適当に給仕された茶を、ロックハート・トキワ(ea2389)はそ知らぬ顔で啜っている。ギース伯はくつくつと肩を小さく震わせ笑うだけで、止めようとはしなかった。
「うーあちぃ、短い方にした方がよかったか。お姉ちゃん、俺にもお茶」
 冷たいのね、と付け足しながら全員分の給仕を終えたハルワタート・マルファス(ea7489)が席に着いたところで、茶会が漸く始まった。
 茶の席の話題は、自然偶像についての話になるが‥‥。
「像が壊れた後のことも考えての最終的なご希望なのでしょうか?」
「‥‥一応ね」
「形ある物はいずれ時が経てば失われるのですから、それまでは大事にしてあげても良いと思うです〜。結果を急く事は無いと思うです〜」
 この像には苦しみや願いの他に、幸せだった想いも込められてる。彼の想いを象った物を壊してしまうのは残念だと像を見上げ話すエーディットに、リディエールが静かに反した。
「私は伯のご希望通り壊す方に一票を。元より、秘めた想いが行き場を求めて形になったもの。人に見せるためのものではありませんから、美術品としての価値は無意味でしょう。形あるものはいつか必ず朽ち果てるのが定め。それに、これだけの贅を尽くした品です。ここが普段人の寄り付かぬ場所とはいえ、また盗賊達が嗅ぎ付けて来るやもしれません。それならば全てが揃っている今、二度と離ればなれになる事のないように‥‥」
 壊してしまう方が良い。‥‥私が作者であったなら、きっとそうするでしょうから‥‥と。
「それが残された持主の想いならば‥‥形は残らずとも、そこにあった物語と想いは、伯の心の中にいつまでもあるのでしょうね」
 込められた想いは歌として紡がれるなら、形のあるなしは些細な事。歌なら、初めの一人が歌えなくなっても歌い継がれ語り継がれ、想いは永遠に残る‥‥と語るリディエールにガディスもシェラも頷く。
「ギースちゃんはだからシェラに頼んだんだもんね」
「形あるものは何時かは壊れる。それが10年20年先じゃなくて今だった‥‥て、ことなんだろ? 一番思い入れのある人間に看取ってもらえるんだから、こいつらにとっても幸せなことなんだと思うぞ」
 偶像らを返り見たハルワタートは言う。一度は離れ離れになった、品がもう一度そろってここにある、たぶん今を逃したら明日はどうなるかわからない‥‥だから、ここで眠らせてやってもいいだろう、と。それは、像の在り方について壊す事を思い留まるよう語りかけていた仲間達へ語りかける言葉。
「‥‥上手く言葉にならんし、他人にもあまり聞かれたくないのだがな‥‥」
 それまで仲間達の話を聞いていたロックハートが口を開いた。
「経緯は如何であれ、あの品々は‥‥まだ形を成し、俺達とあんたがこんな風に茶を飲む、きっかけとなった物。‥‥人の記憶は儚い‥‥歌になれども、いつかは消え行く。‥‥まだ、証に形があるならば‥そのままにしていてもいいのでは無いか‥‥?」
 饒舌ではない。言葉少なく語られるからこそ、彼の正直な胸のうちを綴るかのような言葉。
「‥‥その‥‥なんだ‥‥要約するとだな‥‥想いの証が壊れるのは‥‥何か‥‥寂しいんだよ」
 それだけ告げて口を閉ざした彼に、ギースは数拍後に漸く言葉を返す。
「キミは優しいんだな。そう言うと否定されるかもしれないと思いはしたんだが」
 冒険者達が皆、それぞれ胸のうちに己の信念を持って戦っているからこそ、強く優しいのかもしれないね、と呟いた。
 私個人の感想だから否定しないでくれよと付け足して。



「私を慮って皆が色々考えてくれた事はよく分った」
 申し訳なかったね、と小さく笑って茶の席から立ったギースは、無造作に偶像の内の1体――老王の元に歩み寄ると、その手から銀の杖を取りあげた。目の良い者達にはギースが手元で杖に何かをしたように見えた。その手の中で杖に嵌められていた宝玉があっけなく外れる。
「魔法の杖だと言っていただろう?」
 驚く様が愉快だというように口の端を持ち上げたギースは、揃い銀の杖に法則性を持って配置されているからこそ効果を齎す魔法の杖は、宝石だけでは意味を成さないのだと前置いて、それでも良いのであれば受け取って欲しいと冒険者達へ1つずつ宝石を手渡した。
「キミ達の手にあるのなら、彼らも納得するだろう。折角出来た縁というのも捨てがたい‥‥ただ、それで許して欲しい。この像がある事は、友へも妹へも相談にも乗れなければ肝心な時に傍に居れず助け手を出せなかった男の証でもあるからね」
 自嘲気味に呟くギースの言葉に、リディエールは手の中にある石に視線を落とす。
「瞳の色‥‥なのでしょうか?」
「む。‥‥だったら二つくれないのか」
 宝石を見てリディエールが首を傾げた。それぞれの瞳に近い色の石が渡されているように見え、色違いの瞳を持つロックハートがぼそりと呟く。
「石にも込められる想いがある、それを表す言葉が君達への私の個人的なイメージに近いものを渡したつもりだけれど‥‥言われてみれば、そんな感じにもなったね」
 ロックハートに贈ったのはブラックオニキス。黒く深遠な色を秘めた石は威厳、明晰さを表し、持つ者には精神力を高めると同時に柔軟な考え方をするような働きがあると考えられている石は、一方で温厚で努力家という意味がある。余り人に聞かせたくない話だと前置きながらも、内にある想いを言葉に変えて語ってくれた気持ちに相応しいと思った事は、ロックハートへは伝えないでおく。冷静に状況が分析でき、割り切るクールさをもっているからこそ、温かさも知っている人間なのだと思う。
 ハルワタートへはアメジスト。俗説で酒に酔わない効果があるといわれていた石は、誠実を表す。冷静にあるようで芯に秘める想いは熱い男らしい君へはこれだろうね‥‥と軽口を挟んで渡した石の意味は、彼一人にそっと告げる。
「恋愛に必要な判断力や勇気もくれるそうだから」
 傍目にはきれいな女仕姿の彼に言い寄る伯爵に見えるのが滑稽だった。途端に顔を赤く染めたハルワタートを見て、エーディットがくすりと微笑む。
「エーディット君へは友愛の石だね」
 赤い宝石はその色から溢れるような活力とエネルギーに満ちた印象を与える。自分の力で取り組んで最後までやり抜く力を促す力を秘めた石といわれているガーネットは、その地道な努力により理想の状態を得る助けとなる宝石として知られる。その石と同じ色の瞳をもつエーディットには、本人の意識するところと繋がるかわからないけれど、同じものを感じるように思い贈った。そして、ガディスへは贈られたのはローズクォーツ。
「やや女性的な印象を与える石だけれど、君の舞姫姿に洒落てではなくてね」
 ガディスの持つ内面にこそ通じる、通じて欲しい繊細な優しさや調和を望むところが似ている石。難しい生い立ちと血にも負けず資質をのばして欲しいと願って。
 アマーリアに贈った石はエメラルド。その石の言葉は、幸運・清廉、明晰さと‥‥。
「新たな始まりを秘めた石を君へ。未だ皆よりも経験が浅いと聞いたから‥‥その中で、真摯に周りを気遣ってくれた配慮に満ちた助けを感謝している」
 順繰りに冒険者らを見遣って巡ったギースの視線は、最後にリディエールの元へ向けられる。
「この石はキミのようだと思った。そして、伯爵としての私は先の君の想いには賛同できない」
 一般に、聡明・穏やかな心を表す石といわれているのは、安らぎを齎す水の色を秘めた石だからだろうか。そして人とのつながりを大切にする石でもあり、耐え忍ぶ事も示す石。
 世間に祝福される事の無い想いを交わした友と妹を亡くしたギースは、同じ想いを抱えるリディエールに石を渡しながら告げた。
 先に己が想いを語った言葉はギースには伝わらなかったのだろうかと石に視線を落とした彼に向かい、ギースは「けれど‥‥」と続けた。
「私個人としては良い未来に至れる事を願っている」
 リディエールやロックハート、ハルワタートらから聞いた想いに、長く抱えていた凝った想いも溶け出したのだろう。すっきりしたギースの眼差しをみて、リディエールの口元に笑みが浮かぶ。石の講釈が趣味人の域を超えている気がしてふと訊ねた。
「随分詳しいんですね」
「石に詳しい友人がいたんだよ、色々吹き込まれてね」
 ギースが懐かしむような声で話す友人が誰の事かわかったのだろう。シェラがほんの少しだけ顔を歪めた。気付いたハルワタートが緑色の髪をくしゃりと撫でる。
 綺羅と光を返すオパールをギースから受け取ったシェラは、幸せの石を抱きかかえた。
「シェラさまの御歌はきかせていただけるのでしょうか?」
 優しいアマーリアの声に促され、石を膝に、竪琴を手に、何かが瞳から零れ落ちる前に、絃を爪弾き始めた。



「「「‥‥‥‥」」」
 大真面目に偶像に対した冒険者達の間に、えもいわれぬ沈黙が流れた。
「本当に大真面目だから面白いね、キミは」
 堪え切れていない笑い混じりの言葉は、ロックハートに向けてのものだった。本人至って冷静な表情のまま構えているのは樫木で作られたちゃぶ台だった。持つ手がぷるぷる震えているのは気のせいではないだろう。普段彼が扱う事の多いダガー類に比べるとその重量は倍ではきかない。それでも辛そうな表情を見せる事が無いのは、世界最強のレンジャーたる由縁だろう。――否、レンジャーってちゃぶ台で戦わない。
 馬車での移動中、やたら大きな荷があると思ったら、ロックハート持参のちゃぶ台だったようだ。ちょっと遠い目をしていたリディエールは、気を取り直して魔法の詠唱の準備をする。どのような手段をとろうと、偶像が耐えられる衝撃以上のダメージを与えれば、形ある物である以上――壊れる。
 微妙な空気を読んだらしいロックハートがブリット・スピアを手に取り直したところで、冒険者らは持ちえる手段で偶像達へと打撃を、魔法を重ねる。
 砕ける音が響き、ぱらぱらと欠片が散る。
 ギース伯はいつものように肩の上にシェラを乗せたまま、いつものような表情で、友が作った、妹に似た像らがなくなっていく様を見つめていた。
 手を取り合い、唇を重ね、肌を合わせ、寄り添うような想いではなく。ただ声を交わすことが出来れば、瞳が合えば‥‥それだけで育まれてきた彼らの想いは、ギースには理解できないほどに純粋なものに思われたから。その結晶を、何も知らないものに、奪われたり、利用されたりする事だけはしたくなかった。
 その想いを汲み、また惜しんでくれる冒険者らに依頼することが出来た事が、ギースにとっての僥倖だった。
 眼前に唐突に差し出されたものに、思考の海から救い上げられギースは僅か首を傾げた。
「体重をかける都合上、床に置いていると攻撃しづらいし床にもダメージが行きそうだ」
 ロックハートに剣の柄を差し出され、促されるままに取った。剣を砕き折るほどの衝撃を与える支え手には不足が過ぎると思われたが、証に最後を与える一手へと加わる事を促してくれた彼には感謝の気持ちが沸く。
「剣を持つのは久しぶりすぎて重いね、支えていられるかな」
 そのまま口にするのも憚られて、軽口で応じれば、支える手があった。見ればアマーリアが微笑み、手を貸してくれた。
「想いを遺す形も様々ですから、ギース伯爵の意思に添うように‥‥」
 重く、高い、金属の砕ける音と共に、刃先が光を返すように、宙へと飛ぶ。
 それは想いを返すかのように、高く高く空へと舞った。



 何れ大地に還るであろう欠片たちの傍らで、込められた想いも還した冒険者らは、ギース伯爵家の労いの茶の杯を傾けていた。
「所でギースさんは恋ってしてるですか〜?」
 エーディットからふと問い掛けられ、いつも飄々とした笑みを浮かべているギースが不覚にも瞳を瞬かせた。友人や家人達からではなく、冒険者たるエーディットにつっこまれたからこその不意打ちな戸惑いだったのだろう。
「良い年なのですから、そろそろ結婚して皆を安心させてあげると良いです〜♪」
 『麗しの仕掛人』という2つ名を持つエーディットがそう言っておっとりと微笑むと、伊達に長く貴族生活を送っていないギースもにっこりと笑み返した。
「そうだねぇ、私の趣味に理解を示してくれる心の広〜い女性がいたらすぐにでも求婚したいくらいなんだけどね」
 変わり者が講じて『変境伯』などと渾名されるようになったギースである。実より名を取る者の多い貴族社会では、ギースの花嫁探しは中々の難題だった。そもそも不名誉な呼び名を当人が全く気にしていない事が大問題である。
「偏見を持たない心が広く優しいエーディット君、どうかな?」
 さらりと返されたギースの言葉に、飲みかけの紅茶をはしたなくも噴出しかけたハルワタートに向かい、微苦笑を浮かべながらリディエールはハンカチーフを差し出す。
 同じくカップを傾けていたロックハートは敢えて口を挟む事は無かったが、色違いの瞳には事態を面白がっている色がありありと見える。これまでのお返しとばかりにエーディットへ畳み掛けないあたりは、優しさか、事象の助長を煽る術かは彼の心の内次第である。
 心からの問いかけの照れ隠しなのか、はたまた不覚を取ったお返しなのかは、いつも通りの表情に戻ってしまったギースからは中々読み難く。
 そして生憎というべきなのか‥‥逆に仕掛けられた仕掛け人・エーディットがどのような表情をしていたかは、ギースに真向かっていたため仲間達からは見えなかった。
 皆の会話に耳を傾けていたアマーリアは、そんな遣り取りすらも温かいものに思え、瞳を和ませ微笑んだ。
 深く澄んだ碧玉に映るのは、緑溢れる自然に還りつつある庭。きっと想いを還した彼らもこの庭で、屋敷で、幾度となく想いを馳せていたのだろうと思った。
 彼らが囲む席に流れるのは穏やかな竪琴の音色と人の声が奏でる協奏曲。
 人を想う事、想える事、想いを交わす事が出来る事はきっと幸せなことなのだろう。