宝物を求めて ―まほろの箱庭

■シリーズシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月15日〜07月23日

リプレイ公開日:2008年07月24日

●オープニング

●贖罪の証
 暗く閉ざされた部屋の中、ギース伯爵は一人佇んでいた。
 ほんの数日前までその部屋に在った偶像達も何処かに消え、灯かりさえも付けずに暗い室内にたった一人。
「気付けば10年以上が過ぎたけれど、‥‥私にとっては10年なんて長くもないはずの時間なのに、この時間は長かった‥‥とても」
 誰かに語りかけるように零れる言葉は、苦しい思いを吐露するかのように重く響く。
 聞くものとていない呟き。応えなど返らない事を知っていて、ギースはなおも言葉を紡ぐ。
「‥‥やっと揃った。贖いになどなるまいが、キミの想いへ報いるために――キミに還そう」


●森へ行こう
「先の依頼はお疲れ様。皆が無事で、宝も無事。万々歳でよかったよかった」
「‥‥‥‥そうですね」
 先の依頼内容――盗賊の持っている宝杖を奪って逃げる、そんな依頼を持ってきたギース伯を前に、受付係は適当に話を流す。仕事は色々あるわけで、『変』境伯に掛けていられる時間などそうはない。というか、領地、そんなに近くないはずなのに、どうして最近は始終パリにいるんだろう。
「ねえ、皆に見せるって約束してたものは? ギースちゃんの宝物、3つ揃ったんでしょ?」
 受付係が書類を纏めていると、ギース伯の連れとして訪れていたシェラ・ウパーラ(ez1079)が訊ねた。そのためにギルドに来たのだと思っていたらしい。
「それが残念な事に、お披露目するためにはもう少し時聞が掛かるんだよ。それに、今回も必要があるから依頼をお願いに来たんだよ」
 依頼する以外に冒険者ギルドヘ来る理由があるかい?と、さもギースが教え諭すように話す。それもそうかとあっさり丸め込ま‥‥もとい、納得するシェラ。
 日々のお仕事を抜け出すために来る事だってあるはずなのに。
 仕事しろって追いかけてくる家人達から逃れるために駆け込む事だってあるはずなのに。
 思い浮かぶ来訪理由は幾つかあったが、受付係は賢明な事に沈黙を通した。
「で、無事に目的を果たせたと二ろで、今度は連れて行ってもらいたいところがあって」
「‥‥護衛依頼というわけですか?」
 世間話の相手ではなく、仕事の依頼ならば、受付係の仕事の1つ。漸く書類から顔を上げた受付係をみて、ギースは笑顔で続けた。
「そう。護衛というか、討伐というか、そんな依頼」
「討伐ですか?」
 というか? そんな? って何さ。
「目的地は、私の領地内ではあるんだけど、外れの方でね。久方ぶりに人をやったら‥‥長く人が訪れる事がなかったからか、ジャイアントオウルがそこを巣にしていたみたいで‥‥困った事に雛も生まれていたそうでね、雛というか、若鳥というか‥‥それらが領民が住む人里に下りてきて、人に被害が出る前に退治なり追い払って欲しいんだよ」
 親が2羽、雛が1羽の計3羽のジャイアントオウル一家。
 討伐しなくても、追い払えれば良いから‥‥と、ギースは言うが、傷ついた野生の猛獣が、傷を負うことで逃れ移った先で凶暴な事件を起こさないとも限らない。
「人の都合で申し訳ないけれど、出来れば討ち取ってもらえた方が後々良いかもしれないかな。‥‥般的に分類されているジャイアントオウルよりも、なんか更に大きかったって話だしね」
「‥‥はい?」
 大きければ、爪も嘴も鋭いだろう。体カもあるはずだ。出来れば討伐というのも言葉ほど易しい対象ではないのではなかろうか。
「その場所への道案内は私がするよ。だから護衛もお願いしたいわけだ。経験を積んだ冒険者だったらともかく、私はモンスターとは戦えないからね」
『護衛というか、討伐というか、そんな依頼』その理由がようやく理解できた。
「‥‥‥‥」
「長い旅路、一緒になるんだから親睦を深められると良いね。煩い執事や秘書から離れての旅路かー‥‥楽しみだね」
 にっこりと笑うギースの肩の上で、シェラは小さくため息をつく。
「ギースちゃんの家の皆は一生懸命なだけなのに、そんな風にギースちゃんに言われたら、悲しくなっちゃうよ?」
「悲しくなって小言が減ってくれるなら、目の前で思う存分いうんだけどね」
 限りなく本音に近い呟きを零した後で、ギースは受付係に「よろしくお願いするね」と頼んだ。
 扉へ向い踵を返したギースは、ふと足を止め、依頼を受けにギルドを訪れていた冒険者らに声を掛ける。
「そうそう、様々な依頼が飛び込むのが、ここ冒険者ギルド。陛下の妃候補やブランシュ騎士団の結婚話に接する機会も多いみたいだけれど、キミ達はラブロマンスについてどう思う? 身分の差、年齢の差‥‥‥‥種族の差」
 想いで全て解決するとはいえない、世のしがらみって大変で面倒だけれど、大切な訓戒もあったりするんだよね‥‥半ば自問するように問いかけたギースは、気遣うように頬に触れる小さな手に、瞳を細め‥‥微笑んだ。
 先日の依頼で裂かれたシェラの羽根は、既に癒されている。ふわり小さく揺らめいた羽根が落とした燐粉の煌きは過去に失ったもののようで、ギースの目に眩しく映るのだった。

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea2446 ニミュエ・ユーノ(24歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea7489 ハルワタート・マルファス(25歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ec0170 シェセル・シェヌウ(36歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ec4275 アマーリア・フォン・ヴルツ(20歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文


 先の宝剣を巡る5番勝負の際、歌舞比べをした時に訪ねた先の子爵と揃って気難しい顔をしていた事についてアマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)は、ギースに訊ねた。
 これから訪れる場所についても無関係ではない気がしたからだ。
「‥‥よく見ていたね」
 飄々と笑む顔に、少しだけ翳りが差す。歌舞比べの時とは違う、ささやかな変化。
「宝物を求める理由と滅びることと関わりがあるのでしょうか?」
 今回向かう屋敷が、その舞台と縁があるのか重ねて問うアマーリアから、顔を背けるように視線を外し、ギースは行く先に見える廃墟を見遣った。
「アマーリア君も記憶にあるだろう? ノルマン王国は1度は滅びた国なんだよ」
 ノルマン王国が世界地図の上から消え滅びていた時に、壊れされ尽した屋敷なのだとギースは静かな声で冒険者らに告げた。
 そして、今度は獣から人が取り戻す場所へ‥‥。



「いやマジで‥‥シェラが無事でよかったぜ」
「‥‥ごめんなさい」
 心配したからこそ厳しくなったハルワタート・マルファス(ea7489)の言葉。でもお仕事頑張ったんだよ? と言い訳のように小さく呟き零していたシェラ・ウパーラ(ez1079)は、エーディット・ブラウン(eb1460)やニミュエ・ユーノ(ea2446)にも無事を喜ぶ声を掛けられて、結局は心配を掛けた事を謝り、心配してくれた気持ちにありがとうと応えた。
「‥‥全く」
 シェラが負った傷については、自分で残ると選択した上の結果だから意識して触れてなかったロックハート・トキワ(ea2389)も、一応心配はしていたらしい。短い彼の呟きにシェラは僅かに首を傾け、微笑んだ。
「大フクロウの討伐ですか〜。何とか穏便に済めば良いのですけれど〜」
「人がいなかったからあちらも巣をかけたのでしょうし、出来れば穏便に済ませたいですね」
 今回の依頼の目的については、エーディットが穏便にと挙げれば、リディエール・アンティロープ(eb5977)も同意し、皆で話し合った末、討伐をするのは最終手段と決めた。
「道中も一応用心して行きましょう〜。もしかすると、餌を捕りにフクロウが動いてるかも〜」
「そうだな」
 ロックハートは、深い森を見上げる形で空を仰ぐ。
 道中の警戒も怠らず、ギースの案内で目的地へ彼らは向かう中で。
「何か懸念でもありそうな顔だね」
 飄々とした笑みを浮かべたギースに問われ、シェセル・シェヌウ(ec0170)は僅かに首を傾けた。元々シェセルは余り表に感情を出さない。
 何かあるのであれば聞かせて欲しいと依頼人であるギースに促されて、シェセルは気掛かりな点を幾つか挙げる。それは最もな懸念であり、現実の厳しさを知る非常に冷静なものであった。それにシェセルには己の考えに捉われ固執する事も無い、状況に応じて考えを合わせ意見を譲る事の出来る柔軟さを持っていた。
「殺したくて殺すのでも、趣味としての狩猟を行う訳ではない。単に人間である自分にとっては、周辺住民の安全が最優先事項。依頼人殿の言うように、人間の都合でしかないのだが、それも含めて受け止めることが大切と考えている」
 事は善悪ではなく、感情の問題。それ故に余計難しいとシェセルが語る間、ギースは口を挟まなかった。全てを聞き終えて、ギースは口の端を持ち上げ小さく笑った。
「依頼人として請けてくれた冒険者達の思考が、1つに偏らずあらゆる方面から事象を想定できるのであれば其れほど心強い事はないね」



 朽ち果てた屋敷にたどり着いたのは昼の内だったが、冒険者達はオウルが夜行性である事を考慮し、出来れば穏便に解決したいと交渉するため、彼らの領域である時間に近い夕刻から接触をする事に決めた。
 屋敷は外から見る限り外壁も大きく崩れ、残っている柱や窓枠などからかつての規模や作りを察する事はできたが、ギースの言う通りどうみても廃墟だった。屋根が一部は腐り落ちて、そこからオウルが出入りしているのかもしれない。
 まずは交渉を進めるために、妥協点が量れないか領主であるギースにニミュエとアマーリアは訊ねた。
「ジャイアントオウルが住める様な人が踏み込まぬ深い森の場所はありませんの?」
「私の領土は森が多いが、そう広くは無いからね。確実に、とは言えないな」
「それでは、巣のある部屋を巣立ちまでオウルに提供して頂けないでしょうか?」
「‥‥それは私ではなく彼ら次第だね。ただ、私が庇護すべきは領民達と言う事を承知しておいてほしい」
 オウルとテレパシーで仮初の交渉の術を持つ事ができたとしても、魔法が解ければ獣の声は人には通じないし、獣の本能を人には理解しろと言ったところで難しい。


 日が落ちる頃合を見計らってニミュエは交渉に入った。交渉が上手くゆくようにまずは魅了の魔法を試みる。オウルの活動時間帯を狙って、月の魔力を秘めたリュートの調べに魔力を託し、ニミュエはそっと語りかけた。
「大いなる夜の森の知恵者の皆様、お初お目にかかります。わたくしの言葉が聞こえますかしら?」
『聞こえる』
 短い応えだったが、魔法が効いている事にニミュエは安堵の息をついた。
「わたくしニミュエと申しますの。少しお話を聞いていただけるでしょうか?」
 敬意と誠意をもって、説得を試みるようとするニミュエに、オウルは雛を背にする位置に佇みながら首を忙しなく巡らせる。けれど威嚇するような声は発していない。魅了の魔法が効いているのだろう、ニミュエは言葉を選んで会話を続ける。
 森の方が食べ物が豊富ではないか、どうして人里近いこの場所で子育てをしているのかまずはその理由から聞いてみると、屋敷のあるこの周りは緑が濃く、獲物も十分あるため若いジャイアントオウルの番はこの場所に巣を作ったのだと話した。
「出来ればここでなく、もう少し深い森へ移っていただくことはできないでしょうか?」
『子供がまだちゃんと飛べない』
「それでは雛鳥が巣立ったら、ここを立ち退いて欲しいのです〜」
 リディエールからテレパシーのスクロールを借り受けたエーディットも、オウルを不用意に刺激しないよう雛のいる場所に近寄らないよう気遣い、言葉を掛ける。考えるように首を動かしていた応えたオウルにもう1羽が忙しなく鳴きついた。
『なぜ? どうして? 巣はここ。折角作った巣を離れろと?』
「この場所は元々人間が住んでいたの。だから返してほしいの」
 噛み付くような勢いで訊ねたのは雄のオウルだろう。ハルワタートの肩に座っていたシェラもテレパシーで理由を伝えるが、雄は納得しかねるようだった。
『この仔が巣立ちを迎えても、何処に住めば良い?』
 魅了が効いていなかった一羽に対し、もう一羽の魅了すら感情の激昂に効果が切れたのか。
 オウル達の様子に結果を見て取ったロックハートはブリット・スピアの柄を握り直す。
「‥‥交渉決裂、是非もなし‥‥ならば」
 敵になるならば、抗うならば容赦はしない。討つ個体が獣に属するモンスターであろうとも、油断もしない。
 雛を守るように羽根を広げ冒険者達に抗ったオウルだったが、油断無く、相応の対応策と手段を持った冒険者達にとって難しい相手ではなかった。鋭い嘴も大きな爪も、届かなければ意味は無い。
 シェセルの放つ鉛色の弓が羽根を穿ち、リディエールとエーディットが降らせる重たい水の塊が、オウルの機動を奪い大地に叩きつける。ハルワタートの生み出した氷柱に閉じ込められて鳴き声を挙げなくなった雛から離れられず、それでも縄張りを奪う人間達に一矢報いようと流れる血も厭わず、オウルの夫婦は羽根で中空を叩く。
 アマーリアが左手に構えたナイフを一閃させれば、空を翔けようと羽根をはためかせるオウルの大きな身体を衝撃波が穿った。月の光を放ち、オウルの身を貫くニミュエの表情は曇っていて‥‥。けれど最後には、ロックハートが放った小柄が、シェセルの矢が、オウルの動きを止めたのだった。



「そういえば、ギースちゃんの質問って、どうなのかな?」
 オウルの討伐を終え、屋敷近くの森の中で熾された野営の火を囲む仲間をぐるりと見回し、シェラは小首を傾げた。
「ふむむ、ギースさんは恋愛について興味があるですか〜」
「お年頃だからね」
 エーディットがギースの質問を思い出し訊ねると、冗談とも本気ともつかない答えが返る。そんなギースの問いに改めて思考を巡らせ、ぐふぉっと何か赤いものを吐く勢いで噴出したハルワタートに、シェラが大慌てで「大丈夫?」とぺたぺた頬や頭を叩く。
「わたくしの場合は、生まれる前から決っていたみたいですし‥‥」
 白い頬にほっそりした指を這わせ、細く息を吐いたニミュエには婚約者がいる。同じエルフの青年。婚約者となった経緯は、貴族であれば珍しくも無い親同士の約束。恋のときめきなど感じる余裕も無いほど、既に傍に居るのが当たり前の存在。故に、欠ける事など想像出来ないほどに大切な存在は、恋ではなく1つの愛情の形なのかもしれない。
 想い人に近頃会う事が出来ていないなどとは口に出来ず、耳まで赤く染まった顔を背けていたハルワタートが零した想い。
「そら、種族が違ったら‥‥一緒にいられる時間はあんまりないけどよ。分かってるけど、その人のことしか考えられないんだから、仕方ねーだろ」
 軽く拗ねるように吐き出された想いはハルワタートが身内に抱える想いだ。思いを相手に押し付けるような真似は出来ないと彼は思っている。押し付ける一方的な感情は、互いを思いやるものからは程遠い。何より彼が想う相手は人間の女性、共に歩める時間も違う。まして二人の間に子が生まれれば‥‥その先を思い吐き出された重たい息を振り切るように視線をあげる。
「冒険者をやってると、どーも感覚が薄れるけど避けては通れない問題なんだよな‥‥」
「私のお相手も人間‥‥異種族です。冒険者の私と違い、身分のある方‥‥」
 ぽつりと語り始めたリディエールの想い人の姿。そして相手への想い。
 種族の差、身分の差、それにも関らず、リディエールへ伝えられた想いに最初こそ彼も戸惑った。けれど今は‥‥。
「神の御前で愛を誓い、子を成すだけが愛ではないと思うのです。最期の時まであの方を見届ける事‥‥それが、私の愛の形‥‥かもしれません」
 柔らかな口調で語られるリディエールの言葉には、恋に酔う激情も、悲観に嘆く陶酔も無い。感情の揺らぎが無かったわけではなかったけれど、自分なりの一つの形を見出した彼の想いの形。
 人の女性を恋うる彼らは取り巻く世間の目を理解した上で、生まれた想いを抱えていこうとしていた。
「‥‥で、そういう自分はどうなんだよ」
 照れ隠しのような反撃に、ギースは瞳を細め笑う。
「そうだね、私の趣味を理解してくれるお嬢さんがいてくれたら良いのだけれども」
「身分や種族の違いよりも、当人達がどう想ってるかの方が大事です〜。想いだけでは駄目ですけど、想いこそが人を動かすのです〜」
「なるほど?」
 けれど恋愛においては、過去の選択を悔やんではいけないとエーディットは話す。失敗だったと思う事でも、その積み重ねで今の自分があるのだから、と。
「どんな経験も、きっと今の貴方にとっては必要な事だったに違いないのですよ〜。それに、結果よりも、相手を好きになったって言う気持ちになれた事が、とても幸せな事なのです〜♪」
「‥‥人を好きになれた気持ちが幸せ、か」
 繰り返しなぞる様に呟いたギースに、エーディットはおっとりと柔らかく微笑み頷く。彼女はそのまま「ですよね〜?」と、ロックハートに同意を求める。
 彼のハリセンが女性相手とて容赦の無い一撃を閃かせる前に、アマーリアが口を開いた。
「身分も種族も人の魅力に影を与えるものではないと思いますが、結婚は家族や親族にとっても大切なもの」
 ぽつり、ぽつりとアマーリアは、仲間達が語る言葉を聞きながら考えていた事を静かに話し始めた。
「身近に祝福してくれる方がいなければ、ふたりの間に愛があっても各々の家族への親愛の情や懐かしさが淋しさとなって影を落とすかもしれません」
 自分自身は恋愛には全く重きを置いていないというシェセルもアマーリアの言葉に頷く。
「当人達だけの盛上がりだけではなく、周囲の者達へも同様な配慮があってこそ、『本物』と考えている。逆境にある恋愛は、どこからが自己陶酔なのか‥‥」
 彼の疑問は情ゆえに難しいもの。ギースは考え込むように瞳を眇めた。
「時の流れが違えば尚、残されし者、残して去る者の辛さが異種族間の婚姻への排斥、差別に繋がっているのかもしれません」
 聖職者として、あるいは一人の女性として。考えうる1つの意見を彼女らしい真摯な声音で紡ぐ。
 全ての命は尊く大切なものとアマーリアは思っているが、祝福されない命も確かにあって。命に差はないからこそそれが悲しいと思う。
「‥‥そうだね、価値観の違いといってしまえばそれまでだけれど、少なくとも私は貴族の子弟として生まれ育ってきた私には、ギース家を継ぐ事を第一に考えれば‥‥正直な話、理解できない想いだよ」
 仲間達の言葉をただ聞いているロックハートにも、周囲に人がいない時にそっと彼なりの返答を貰っていたギースは揺らめく炎を見つめ、彼の言葉を思い返した。
「‥‥何処かの誰かにも言った事のある言葉だが」
 異種族恋愛というものがこの国では禁忌と知っていて尚、理不尽な暴力から相手を護れる力があるのならば。
 迫害から相手を護る覚悟があるのならば‥‥その想いは、誰にも止められるものでは無いだろう、と淡々と感情の揺らぎ無く語ったロックハート。
「‥‥まぁ、俺が偉そうに言えることではないのだがな?」
「いやいや、貴重なご意見痛み入るよ」
 皮肉ではなくそう返せる程に、彼の言葉は重い何かに裏打ちされた揺らぎの無い口調だった。
 ギースには理解できない想い。
 家を捨て、家族を捨て、世間からも疎まれて、周囲がどれほど拒絶しようとも、互いだけで良いという恋の激情も、愛の深さも。
 自分には、老王にも決して理解する事ができない想いだったからこそ、ギースは冒険者達に聞いてみたかったのかもしれないと、思い至った。
「‥‥‥‥約束を果たさなければいけないね。取り戻してもらった宝を、キミ達に見せよう」
 中空に掛かる霞月を見上げながら、ぽつりとギースが告げた言葉。
「違うな。真摯に想いを言葉に託し、語ってくれたキミ達にこそ見て貰いたい。きっと彼らもそれを望んでいるから」
 空から、大地へ視線を戻したギースは、冒険者達を見つめ言葉を改める。
 美しい蒼い星の瞳を持つ王女に、
 類稀なる力を秘めた剣を佩く騎士に、
 荘厳と優麗を併せ持つ釈を持つ老王に――会って欲しいと、ギース伯は3つの宝を巡る最後の望みを、彼らに告げた。