波瀾万丈乙女1〜河賊上がりのリリーン

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月29日

●オープニング

●面影
 あれは南ルーケイの水精霊達の地を訪れた時のこと。
 水精霊フィディエルの姉妹達は、表敬訪問に訪れた一行を好意的に迎えてくれた。
 時は2月の終わり。まだまだ寒さは厳しかったが、フィディエル達は冷たい水もまるで苦にせぬ様子で、沼の中で笑いさざめき合い。
「あっ‥‥!」
 フィディエルの姉妹達の一人にその目が釘付けになる。あの横顔は、自分の身代わりとなって死んだはずの‥‥。
「ミュネ! ミュネ!」
 死に別れた幼なじみの名を呼びながら、気がつけば冷たい沼の水の中にざぶざぶと入り込んでいた。周りのフィディエル達は何事かと一斉に退く。ただ、幼なじみに似たフィディエルだけは逃げもせず、こちらに謎めいた微笑みを投げかけている。
 冷たい水の中で足が止まった。
「どうしたの?」
 目の前のフィディエルが問いかける。
 真正面から見たその顔は、ミュネには似ているが別人だった。
「リリーン! リリーン!」
 背後からあの人の声がする。今更になって、水の冷たさに体を切り刻まれるような思いがした。

●歓楽街建設計画
 リリーン・ミスカは河賊上がり。冒険者出身の新ルーケイ伯に取り立てられた今は現地家臣の一人として、かつては河賊の頭目だったムルーガ・ミスカと共にルーケイ水上兵団を取り仕切っている。
 しかしリリーンには秘密の過去があった。彼女の本当の名はセリーズ・ルーケイ。反逆者として先王エーガン・フオロより死を賜りし、かつてのルーケイ伯の娘だ。
 世に伝えられるところによれば、セリーズは国王軍によるルーケイ叛乱平定の最中、国王軍に追いつめられて自害したとされている。後にその死体とされるものが河から引き上げられた。しかし真実は違う。身代わりとなって自害したのは、セリーズの幼なじみの侍女。セリーズはリリーン・ミスカと名を変え、河賊の頭目ムルーガの娘として生き延びた。
 その後、先王エーガンは伝染病への感染を理由に王位から退かされ、現在はジーザム・トルクが王位に座す。しかし王城を除く王都ウィルは今もフオロ家の領地であり、リリーンにとってはいわば敵地だ。
 だから、お出かけ前の準備は念入りに。
 金髪を黒く染め、白粉を顔の隅から隅まで厚く塗りたくり、目元には翳りをつけ、唇には真っ赤な紅を差す。肩も露わなドレスの色は、黒地に赤紫の花柄で決まり。
「‥‥完璧だ」
 鏡に映るその姿は普段のリリーンとは似ても似つかない。夜の女そのものだ。
 たとえ命を狙う者がいても、これで多少は誤魔化せよう。
 今年になって王都入りするのはこれで2度目。前回は冒険者と一緒に、あちこちの銀細工師を訪ねて回った。そして今回の訪ね先は冒険者ギルド。
「ルーケイ水上兵団のリリーン・ミスカだ」
「ああ、噂に高いリリーン様でしたか」
 対応に出たギルドの事務員は、リリーンとは初対面。だけどその名は耳にしている。
「私がここに来た事は秘密にして貰えるな?」
「それはもう。依頼人様の秘密は外部の者に決して漏らしたりはしません」
 依頼人の秘密を知るのはギルド職員と冒険者ギルド総監、それに冒険者のみ。
「今回は如何なる御用向きで?」
「歓楽街建設のための人集めだ。私はかねてよりルーケイ伯からこの事業を任されていたが、これから本腰を入れる。必要なのは、歓楽街に人を呼び込める技能を持った人材だ。ちなみにこれが計画書だ」
 言って、リリーンは羊皮紙に書き連ねた計画書を差し出す。事務員はそれにさっと目を通したが、馴染みのない言葉が色々と出てくるので面食らった。
「ええと‥‥テーマパークにエステにカードゲームにジョウリュウシュですか? 随分と盛りだくさんですね」
 これは全て、かつてリリーンが冒険者達を呼び集めて出させたアイデアだ。
「勿論、計画が最初から順調に進むとは限らない。しかし一番大切なのは宣伝だ! 鳴り物入りで人々に告げ知らせ、関心を呼び集めることが大切なのだ! 募集する人材は、何よりもやる気のある者が一番! 努力すれば結果は後からついて来る!」
 強い押しで要望を告げるリリーンに、事務員は営業スマイルでにっこり。
「ご要望、しかと承りました。必ずやご要望の人材をお届け致しましょう。では、依頼書のご作成を」

●乗っ取り計画
 王都から古巣の紅花村へ戻ると、待っていたのは弟のマーレン。旧ルーケイ伯の遺臣達に匿われ、姉と同じく生き延びたマーレンだが、色々あって今は南ルーケイの紅花村に滞在中。
「姉上‥‥」
「その呼び名は止せ。今の私は河賊上がりのリリーン・ミスカだ」
「‥‥はい、リリーン様」
「あれから何か進展はあったか?」
「中ルーケイと東ルーケイとの睨み合いは、未だ解決する兆しはありません」
 ルーケイは今、きな臭い状況にある。新ルーケイ伯の元に身を寄せたマーレンを巡り、新旧ルーケイの軍勢が対立しており、いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくない。
 マーレンとの話を終えるとリリーンは自室に篭もり、ワインを杯に注いで一気に呷る。さらにもう1杯。
「‥‥物足りない」
 その唇から漏れる呟き。かつて、リリーンは地球人が持参した蒸留酒ウォッカを飲んだことがあった。濃度の高いアルコールで喉が焼ける感じがしたが、今はあの感覚が妙にいとおしい。
「あれに比べたら、ワインは水も同然だ」
 それでも酒を飲めば酔いが回る。酔い心地の頭で考えを巡らす。
「(新ルーケイ伯には旧ルーケイ家と剣を交える意志は無いはず。寧ろ戦うべき真の相手は、西ルーケイに居座る盗賊『毒蛇団』。戦いの準備は着々と進んでいるが、それを『毒蛇団』に気取られてはならない。歓楽街建設には彼らの目を欺く目くらましの意味もある。新ルーケイ伯は金儲けにうつつをぬかすばかりであると。しかし出来ることなら、私のこの手で歓楽街の実現を‥‥)」
 ノックの音。続いて腹心の部下ベージー・ビコが部屋に入って来た。
「何だ?」
「王都で面白い話を仕入れてきましてね。あの悪徳商人のマーカス、もう先は長くはないようですぜ。街のあちこちにこんな物まで出回っている始末で」
 そう言ってベージーが差し出したのは、フオロ家の御用商人マーカス・テクシに対する告発文だった。
「ほう。随分と色々な事が書いてあるな。チャリオットレースを利用しての高利貸しに、容赦なき借金の取り立て。極めつけは、不衛生な天界料理を売りつけて食中毒を蔓延させたと」
「その情報の裏を取りましたが、本当の話らしいですぜ。エーロン分国王が摘発に乗り出すのも時間の問題でしょう」
 リリーンはほくそ笑み、部屋の窓から外を見ながらベージーに告げた。
「この紅花村を歓楽街の本拠地にとも考えていたが如何せん、王都から遠すぎる。歓楽街を作るなら王都の側がいい。マーカスの所有するマーカスランドならうってつけだ」
 それを聞いてベージーはにやりと笑う。
「流石はリリーン様。やはりそうお考えになりましたか」
「誰だってそう考えるだろう? マーカスランド、乗っ取れるものなら乗っ取ってしまおう。どうせ悪徳商人の所有物だ。その準備を今からでも始めねば。マーカスがお縄を頂戴したらすぐさま、マーカスランドを手中に収められるようにな。冒険者達にもその事は伝えおこう」
 勿論、このマーカスランド乗っ取り計画は依頼人の秘密である。

●今回の参加者

 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4287 結城 敏信(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●依頼人との顔合わせ
 白銀麗(ea8147)は久々にマーカスの名を聞いた。と思ったら、過日の栄華は今いずこ。青息吐息の有り様が目に浮かぶ。
「あら、マーカスさんの運命も風前の灯なのですか。まあ、彼も天の後継者とは程遠い生き方をしておられますし、『悪銭身につかず』ということわざもあります。これも天の采配と受け入れる他ありませんね」
 あっさりと呟き、合掌。惜しい人を亡くしました。
 ‥‥いや、ちょっと待て。やり残した事があるのを思い出して言い足した。
「ですが私達が準備してきた王国華劇団と舞台演劇までが、マーカスさんと共に消え去ってしまうのでは困りますね。天に与えられた修行の一つと考え、残せるよう精一杯努力しましょう」
 というわけでリリーンの依頼を受けた銀麗。聞けば依頼人との打ち合わせ場所は、貴族向けの高級品店が建ち並ぶ中にある、とある美術商の店とのこと。銀麗が足を運んだ時には既に、リリーンと冒険者達が大部屋に会していた。
「これで全員揃ったな? ‥‥待て、一人足りない。さては早々にマーカスの手の者に拉致られたか、或いは毒を盛られたか」
「まさか」
 くすっ。女丈夫のリリーンが笑う。
「これから先、何だって起こり得る。覚悟はして貰おう」
 銀麗はリリーンと初対面だったが、仲間の中には既にリリーンを見知っている者もいるようで。
「そのメイクはどうかと思ったけど変装用なのね」
 と、華岡紅子(eb4412)が言う。
「ルーケイ伯が見たらさぞ驚く‥‥ううん、何でもないわ」
 笑いを押さえているのがバレてしまった。目の前の怪しい厚化粧女、とてもこれまで見てきたリリーンと同一人物とは思えない。
「可笑しいか? 気にするな。この依頼ではこの恰好で通す」
 打ち合わせが始まるや、本多風露(ea8650)がリリーンに願った。
「私の仕事はリリーンさんの身辺警護です。私には歓楽街の建設や乗っ取り等の仕事をする知識も技術もありませんし」
「身辺警護を?」
 リリーンはこのうら若い浪人娘の上から下まで値踏みするようにじっくり見やると、
「生半可な覚悟では命を落とすぞ」
「私は自分の剣の腕を役に立てたいのです」
 風露の返事を聞き、リリーンは奧の部屋へ声をかける。
「下っ端1号、2号、3号! ここへ!」
 呼ばれて来たのは、つい昨日まで山賊でもやっていたような3人の荒くれ男ども。
「実力の程を見せてもらおうか」
「はい」
 風露は日本刀「九字兼定」の柄に手をかける。
「ご安心を。命は奪いません」
 対する荒くれ男どもは、手に手に棍棒を握る。
「この娘をぶちのめせ!」
 リリーンが命じる。男どもが一斉に風露に襲いかかる。だが、
「うがあっ!」「うぎゃあ!」「ぐはあっ!」
 刀を引き抜くや峰打ちを正面の男に喰らわせ、さらに峰打ちを背後の男を喰らわせ、3人目には峰打ちのカウンター。さらに峰打ち、峰打ち、峰打ち。勝負がつくまで1分もかからず。男3人をあっさり倒した風露の実力にリリーンはただ感嘆。風露の手を取り、まじまじとその目を見つめて言葉をかける。
「おまえが気に入った。私は強い女が好きだ。その剣の腕前は役に立つ。仕事のやり方なら心配するな。後でしっかりと覚えさせよう」
「ところで、私はマーカス・テクシという人を良く知らないのですが」
「分かりやすくいうとだ。マーカス・テクシとは弱きを踏みにじり強きにゴマすって私服を肥やす悪徳商人。頭の天辺から足の先まで腐り果てた金の亡者。王都ウィルの民衆の為にも真っ先に倒さねばならぬ悪の権化。と、このように覚えておけば間違いは無い」
 リリーンの言葉もごもっとも。でも白銀麗は過去にマーカスの依頼を受けていて、色々と楽しませてもらったこともある。だからリリーンに提案した。
「だけど、どうせ乗っ取るならマーカスランドの施設だけでなく、役に立つ人材や制度も取り込む方がいいでしょう? 特に王国華劇団の歌と踊りは宣伝効果抜群です。歓楽街を発展させるなら、潰すより残して取り込む方が有用な事はおわかりでしょう?」
「それもそうだ。出来そうか?」
「もちろん勝算もありますよ。私は王国華劇団に参加していましたから、関係者へのコネがあります。今のうちに知己になっておけば、決行の時に抵抗が少なくて済むでしょうね」
「そうか。では任せる」
 リリーンはあっさりと、マーカスの件を銀麗に預けた。

●マーカス商会はてぇへんだ!
 王都の門を出て直ぐの場所にあるマーカスランド。GCR専用競技場の前は、かつては出店が建ち並び、数々の催し物が賑々しく繰り広げられた場所。
 だが、何ということだろう。今、広場は口々に怒声を浴びせる群衆でごったがえしている。
「マーカス出て来い!」
「マーカス金返せ!」
「マーカスこの人でなし!」
「マーカスめカオスの穴に落ちるがいい!」
 その有り様に、白銀麗はただもう唖然。
「一体、どうしてこんな事に‥‥」
 GCR競技場の入場口は堅く閉ざされ、マーカスはもとより商会の関係者もまるで姿を現さない。
「ちょっとごめんなさい」
 群衆をかき分けて銀麗は入場口に向かい、閉ざされた門の外から呼びかける。
「あの〜、お留守ですか?」
 返事は無い。
「とりあえず、チップス・アイアンハンド男爵を当たってみましょうか?」
 マーカス商会の関係者、いつもマーカスにくっついて回っているパラの男爵にリリーンを引き合わせるべく、銀麗は仲間達を貴族街にある男爵の屋敷に連れて行った。ところが。
「チップス様は行方不明でして」
 屋敷の執事にそう告げられた。
「はぁ? 行方不明って‥‥」
「行き先も告げずに屋敷を飛び出し、それっきりでございます」
 仕方なく、皆は屋敷を後にする。
「さてはチップスめ、雲隠れしたな」
 リリーンがそんな呟きを漏らした時、
「気をつけて。怪しい奴につけられています」
 リリーンの護衛役、風露が警告。皆はそっと背後に目をやる。
「あ‥‥!?」
 確かに怪しい奴がいた。背中にごてごてと背ビレのついた怪人の着ぐるみ姿で、皆の後をつけて来る奴が。
「何か用ですか?」
「諸君らはチップス男爵に会いたいのだな?」
 ちょっと待て。この身のこなしにこの声は‥‥!? 銀麗が着ぐるみのマスクに手をかけてさっと持ち上げると、やっぱり。そこには見覚えのあるあのパラの顔が。
「あ! やっぱりチップス男爵でしたのね!」
「ばっかも〜ん! 誰がチップス男爵だ!?」
 怪人着ぐるみ男はささっと後じさり。マスクを被り直してもったいぶった声で告げた。
「俺様はアイアンハンド男爵家に仕える密偵、チュッパ・カブラー様だ」
「で、チップス男爵。どうしてそんな恰好を?」
「だから! 俺様はチップス男爵ではなくチュッパ・カブラー様だと‥‥ん? この恰好か? これは世を忍ぶ仮の姿というヤツだ。で、チップス男爵からの伝言だ。王都を騒がすマーカス糾弾、非難轟々の大騒動の裏には黒幕がいる。諸君らにはその黒幕をあぶり出し欲しい。それが諸君らの使命だ。事はアイアンハンド男爵家の存亡がかかった一大事。宜しく頼むとな。男爵からの伝言は以上だ。ではさらば。近いうちにまた会おう」
「あの〜! 王国華劇団の演劇はまだ出来ないんでしょうかねぇ?」
 すたすたと去って行く着ぐるみ男に呼びかけると、返事が返って来た。
「それは諸君らの働き次第だ! チップス男爵も上演の日が来るのを楽しみにしているぞ!」
 そして着ぐるみ男の姿は視界から消えた。
「ああ、行ってしまった」
「‥‥待って! そこにも怪しい奴が!」
 またも風露が警告。その指さす方を見れば、塀の陰から様子を伺う不審者がいる。
「沙羅影さん! そんな所で何しているんですか!?」
 真っ先に声をかけたのが銀麗。黒子衆の沙羅影の姿を最後に見たのはかなり前だけれど、あの姿はものすごっく独特だから、他人を沙羅影と見間違える訳もない。
「違う! 拙者は沙羅影ではない!」
 しかし、相手は否定する。
「沙羅影さんでないと言うのなら、何処のどなたですの?」
「拙者は、その‥‥沙羅影の影武者でござる! 此度はちょっとばかり様子見に‥‥では、さらばでござる!」
 相手はすうっと姿を消した。
「影武者って‥‥」
 マーカス商会はよっぽど大変な事になっているらしい。その証拠に、関係者がみんな変なことになっている。
 呆れつつ、銀麗はリリーンに支持を仰ぐ。
「‥‥で、これからどうしましょう?」
 リリーンはくすっと笑い、
「面白いことになってきたな。先ずはチップス男爵の言う黒幕探しに、我々も協力してやろうではないか。我々が成果を上げれば今後の交渉材料にもなる」
「それは有り難いでござる」
 いきなり背後から声。
「あ、沙羅影さん。戻って来たの?」
 銀麗が見るに、こいつはどこからどう見たって沙羅影だ。
「違うでごさる! 拙者は沙羅影の影武者で‥‥兎に角、拙者からも宜しく頼むでござる!」
 と言い残し、自称・沙羅影の影武者は今度こそ本当に消えた。

●バード集め
 歓楽街の建設計画も着々と進む。
「そうですね。歓楽街ということですと、背後の音楽とか、感じも大事でしょうし」
 と、話を持ちかけたのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
「それとなく、吟遊詩人とかを調べてみますか。あとは、どんな曲を流すのがいいのかなど」
「音楽は基本的に景気良くて楽しいものがいい。客に歓楽街へ何度も足を運ばせ、景気良く金を使いたくなるようなものを」
「こんな曲ですか?」
 試みにケンイチはリュートを爪弾き、それっぽいメロディーを奏でてみた。
「‥‥‥‥」
 何故か、リリーンは沈黙したまま。
「お気に召しませんか?」
「あ‥‥いいや、その逆だ。あまりにも見事な旋律だったから。では吟遊詩人集めを宜しく頼む」
 リリーンに頼まれ、ケンイチは王都のあちこちで弾き語りをしては、そこかしこで曲を流しているバードに声をかけて回った。
「へぇ、マリーネ姫のお気に入りバードのあんたも協力を?」
 ケンイチの名はその筋では結構に知られていたので、歓楽街での人集めの話は王都のバード達の間にあっという間に広まった。

●貴族のご婦人方
「旧ルーケイ伯が西ルーケイの島で街の建設を進めていたのは知っているな?」
 そう前置きして、リリーンは華岡紅子に説明を始めた。
「街には徐々に人が住み始めていたのだが。旧ルーケイ伯亡き後、先王エーガンは発展し始めていた街を取り壊し、街人達は散り散りになった。ある者はワンド子爵領の街へ流れ、またある者は後にルーケイ水上兵団となる当時の河賊『水蛇団』の闇商売に取り込まれた。ここにいる者達は皆、水蛇団の庇護下で商売を営んで来た者達だ」
 紅子の目の前には老若男女合わせて10名の者が集められている。
「マッサージ専門職という訳ではないが、それなりにマッサージ師としての腕はある。大々的に宣伝すれば、もっと人は集まろう」
「とりあえず、最低限の作業要員は集まっているわけね。ともあれ、計画段階でも乗ってくれるお客様を探して宣伝してみるわ。やるからには『出来ませんでした』は無しよ?」
 早速、紅子が訪れたのは、貴族のご婦人方が集まる王都の某サロン。
「え? マッサージの講習を?」
「ええ。夏に向けてのお肌のお手入れを。それと、ルーケイ歓楽地計画のエステ施設のお話など」
 話を持ちかけた紅子、用意した絵図面をご婦人方の前に広げる。リリーンに頼み、絵心ある者に描かせた絵図面には、歓楽地の有り様がきらびやかな色彩で描かれていた。花に囲まれた建物、ゆったりした浴槽で湯浴みして、野外の長椅子でくつろぐ淑女達。テーブルの上には、近くの店から取り寄せた美味しそうな飲み物。隣の建物では可愛いペットの品評会の真っ最中。
「まあ! 楽しそう!」
「ぜひとも行ってみたいわ!」
「でも、マッサージの講習はねぇ‥‥」
「だって私達、この通りピチピチのお肌ですもの」
「私だって、実年齢より10年若く見えるって言われますのよ」
 ご婦人方は歓楽地に興味を示すも、マッサージの講習についてはさっぱり。
 ご婦人方への説明を終えると、今度はサロンに出入りする商会の関係者を掴まえて情報収集。
「いや、ここだけの話ですが‥‥マーカスはもう先がありませんな」
 と、相手は言う。
「マーカスさんの後釜を狙っている商人は多いでしょうね」
「まぁ、そういった話はここでは何ですから。ですが、機会あらば今のうちに王領代官のレーゾ・アドラ様とお近づきになるのも宜しいかと」
 その名に聞き覚えはある。レーゾ・アドラと言えば王領南クイースの代官、悪代官として何かと悪名を馳せている男だ。
 さて、紅子が帰ろうとすると、何故かご婦人方の従者達がぞろぞろやって来た。
「何か?」
「ここだけの話ですが‥‥」
 従者達は紅子の周りに集まって、こっそり耳打ち。
「奥方様が、後で是非ともマッサージのお話をお伺いしたいと」
「実は私の奥方様も‥‥」
「私の奥方様も同じく‥‥」
 やはりそこは貴族のご婦人方。見栄っ張りが多いと見えた。

●TCG?への道
 歓楽街で地球の遊技TCGを広めようと提案した鎧騎士は忙しそうだったので、そもそも彼にTCGの事を教えた結城敏信(eb4287)がそちら関係の担当となった。
 先ずはリリーンへの報告。
「先日、セオさんとホルレー男爵領に行って商談してきたんですけど、TCGの紙についてはホルレー男爵領で生産してもらえそうですよ。で、後は紙に絵や文字を印刷する必要があります」
「インサツとは?」
「印刷というのは判子のように、絵や文字をインキで刷り写すやり方です。版画と言えば解りますか?」
 敏信は色々な例を用いて説明したが、リリーンは判ったような判らないような。
「つまり、工夫したやり方で同じ絵を何枚も作るのか」
「はい。手描きじゃ時間もかかるし、偽造もされやすいですからね。但し、TCGの印刷には最低でもTCGの絵や文字を写すための版型と、油性でなるべく長持ちするインキが必要です。出来れば色も黒だけじゃなく、赤・青・黄なども欲しいところ。それらを作成出来そうな職人を今からでも集めたいのですが」
「随分と大がかりになるな」
 暫し、リリーンは考え込んでいた。が、突然その顔がぱあっと明るくなる。
「閃いた!」
「え!?」
「何も最初から貴重な紙を使うことは無い。名案を思いついたから、早速試してみよう」
 さて、リリーンの名案とは?

●蒸留酒
 実はルーケイの事をあまり知らない伊藤登志樹(eb4077)。とりあえず過去の報告書に目を通したりして、大方の事情は頭に入れた。
「宣伝が云々とか言ってるみてぇだが、『目玉』になるものがないと宣伝のしようもないだろ? ということで、蒸留酒を造るための蒸留機材を俺が作る」
「そうか。では任せる」
 リリーンの二つ返事で担当者に決まる。
「歓楽街で売るとなると、効率的に蒸留ができる大型の蒸留装置を作る必要があるな。まずは、試しに模型を作ってみるが‥‥」
 工作機械の知識はあるから、蒸留装置もそれなりに作れる。
「但し、問題点が一つ。蒸留酒そのものは作れるだろうが、必ずしも“美味い蒸留酒”が出来るとは限らん。ってか、酒作りの職人とかのアドバイスか、せめて調理技能のある奴の協力がないと美味いのは、よう作れんだろうな。‥‥まぁ、医療用のアルコールを蒸留するだけでも使い道があるがな」
 そういう訳で、せっせと模型作りに励んでいたが、そこへ訪ねて来た人物がいる。
「ふあっふあっふあっ! 呼ばれたから来てやったぞ!」
 その男の顔を見るなら、登志樹は思った。
(「‥‥こいつ、ただ者じゃない!」)

《次回OPに続く》