波乱万丈乙女2〜酒と色仕掛けの悪代官討伐

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月05日〜07月12日

リプレイ公開日:2007年07月23日

●オープニング

●追憶
 テーブルの上に一つの世界があった。
 剣や弓を構えた兵隊たち、偉そうな指揮官、強そうな騎士、ローブを羽織った髭のウィザード、ドラゴン、魔法の塔‥‥そして、砦をかたどった大きめの箱に、サイコロが1組。
 眺めていると、ふと昔を思い出す。
 あれはいつの事だったろうか? まだ領地の大きなお屋敷で暮らしていた頃、弟マーレンの誕生日に1組の騎士の人形を献上した貴族がいた。
 手の平に乗るくらいの木彫りの人形だったが細部もよく彫り込まれていて、その人形は幼いマーレンの一番のお気に入りになった。いつも人形を手放さず、暇さえあれば夢中になって人形同士を戦わせていた。
 あの人形、どこへ行ってしまったのだろうか?
 お屋敷が焼かれた時、一緒に燃えてしまったのだろうか?
 それとも、今でもお屋敷の焼け跡にひっそりと残されているのだろうか?
 あるいは戦いのどさくさの中で、誰かに持ち去られてしまったかもしれない。
「ほぅ、見事なもんじゃな」
 テーブルに並ぶ数々の木彫り人形を見て、顔を綻ばせたのは酒造りの爺や。領地の島に町が作られ始めた時、地方からやって来た酒職人だ。あの町も既に破壊され、今は廃墟を残すのみ。でも、爺やは今もこうしてそばにいる。
「冒険者が教えてくれた天界の遊技だ。本当はタロットカードくらいの大きさの紙に、綺麗な絵を版画のようにして刷った物で遊ぶのだが。紙が手に入りにくいので、試みに人形をこしらえてみた」
 天界では『てぃーしーじー』と呼ばれるのだそうだ。カードをやり取りして遊ぶゲーム、という意味らしい。でもこれは人形だから、別の呼び名で呼ぶことになるだろう。
 爺やは兵隊の人形の一つを取り上げ、しげしげと見つめる。
「昔のことじゃがな。人間の実物そっくりに作られたチェスの駒を見たことがある。これはそいつに似ておるな。‥‥おや? 何やら数字が書いてあるぞ」
 人形の足下の台には2つの数字。
「それは人形の戦闘力に耐久力だ。人形同士の勝負はこの数字とサイコロの目の出方で勝ち負けが決まる。チェスとはかなり遊び方が異なるが、一度始めると病みつきになるぞ。ところで、ジョウリュウシュの方はうまく行っているか?」
 ジョウリュウシュ、これは酒の一種で、やはり天界人からその存在を教えられた。その実物を実際に飲んだことがあるが、あまりにも強すぎたものだから、まるで火の固まりを飲み込むような心地がした。
「おお、ジョウリュウシュか。あの天界人の小僧から教えられた通り、ジョウリュウソウチなる道具をこさえて色々と試しておる。最初はやたらと鉄臭い汁ばかりが出来てしまうので困ったもんじゃったが、試みを重ねるうちに何とか酒と呼べる代物が出来るようになったぞ。とはいえ、出来上がった量はまだほんのこれっぽっちじゃがな」
 爺やは笑い、親指と人差し指の間で小さな隙間を作った。

●悪代官討伐計画
 リリーン・ミスカは河賊上がり。冒険者出身の新ルーケイ伯に取り立てられた今は現地家臣の一人として、かつては河賊の頭目だったムルーガ・ミスカと共にルーケイ水上兵団を取り仕切っている。
 しかしリリーンには秘密の過去があった。彼女の本当の名はセリーズ・ルーケイ。反逆者として先王エーガン・フオロより死を賜りし、かつてのルーケイ伯の娘だ。ルーケイ叛乱の平定で国王軍がルーケイ領内に攻め込んだ折り、セリーズも国王軍に追いつめられて自害したと世には伝えられている。しかし真実のところ、自害したのは身代わりの娘。生き延びたセリーズはムルーガの養女となり、リリーン・ミスカと名を変えて今日の日まで生き延びて来たのだった。
 そしてその日。腹心のベージー・ビコが思いもかけない話を持って来た。
「あのエーロン分国王が水上兵団を派遣せよと?」
「はい。ルーケイ伯に正式な王命が下ったそうで。悪名高き悪代官シャギーラの討伐のために、この手の荒事が得意な水上兵団が選ばれたとのことです」
「シャギーラか。あやつの領地は王都のすぐ近くだな」
 リリーンは頭の中で策を巡らせる。リリーンはルーケイ伯より歓楽街の建設を任され、計画の実現に力を尽くす毎日。歓楽街の候補地としては、昨今の凋落はなはだしき悪徳商人マーカスが所有するマーカスランドも視野に入れ、その乗っ取りを画策してもいた。
 しかし今、リリーンの目の前に新たなおいしい獲物がぶら下がったのである。
「シャギーラの領地である王領バクルなら、王都の間近という立地からしても歓楽街を建設するにうってつけだ。ここで功績を上げれば、ルーケイ伯が王領バクルという新たな領地を獲得するのも夢ではない。そこまで行かなくとも、王領バクルに対してなにがしかの権利を要求することは十分に可能だ」
「して、悪代官シャギーラの首をいただく策は如何様で? あやつの領地は厄介な土地ですぜ。十人も二十人も殺して来たようなゴロツキがわんさかいるし、おまけにハンの商人の交易船も頻繁に訪れるときてる。下手に兵を送ってハンの商人達を巻き添えにしたら、国際問題になりかねませんぜ。しかもジーザム陛下の王命で、水上兵団は遺臣軍の懲罰戦にまで駆り出される羽目になっちまった」
 王領ルーケイを巡っての情勢は急変し、新ウィル国王ジーザムから遺臣軍懲罰戦の王命が下ったばかり。水上兵団は短期間に2つの敵との戦いを強いられるわけだから、戦力の動員もよくよく考えて行わねばならない。
「さて、どうしたものか‥‥」
 暫く考え込んだリリーンだったが、やがて答を得た。
「名案を思いついたぞ。酒と色仕掛けでヤツを落とす」

●捕縛要員・色仕掛け要員大募集!
 リリーンの得た答は、冒険者への依頼という形をとって世に現れた。

『腕っ節の強い冒険者、並びに色仕掛けの技に秀でた冒険者を求む!
 狙うは王領バクルの悪代官シャギーラ・ジャロ。
 フオロ分国王エーロン陛下により、
 毒蛇団と手を組みしかの悪人討伐の王命は秘密のうちに下れり。
 王命を拝受せしルーケイ伯が配下、
 ルーケイ水上兵団の軍勢は、
 シャギーラをおびき出す罠を張る。
 即ち、宴会用の川船を仕立てて王領バクルに送り出し、
 船上にて行われる酒宴にシャギーラを招く。
 酒宴の名目は、ルーケイ伯とシャギーラの友好。
 並びに、歓楽街建設計画の一環として計画中の、
 エステサロンに対してのシャギーラの支援要請。
 数々の美酒、歌と踊りによる歓待に合わせ、
 見目麗しき美女による美容法・健康法の実演をもって、
 シャギーラの油断を誘い、機を見てこれを捕らえる』

●決断
「‥‥で、ルーケイ伯への返事はどうなさいます?」
 と、ベージーがリリーンに尋ねる。リリーンはルーケイ伯から遺臣軍懲罰戦並びに、来るルーケイ平定戦への参加を求められていたのだ。
 但しルーケイ伯からは、個人的な希望ゆえ判断は任せるとも承っていた。
「懲罰戦にはマリーネ姫も来るのだったな?」
「はい。フロートシップの艦上で観戦を」
 マリーネ姫は先王エーガンの寵姫にして、エーガンの実子であるオスカー殿下の母。リリーンにとっては憎むべき仇の身内。
 リリーンは暫し考え込む。そして決断を下した。
「懲罰戦には顔を出そう。但し、西ルーケイの平定戦には加わらず、私はあくまでも悪代官シャギーラの討伐に専念する。シャギーラの討伐もルーケイ伯の威信がかかった戦い。私が指揮を取らなくてどうする?」

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4287 結城 敏信(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565

●リプレイ本文

●TFW
「人形や彫像になっちゃったか。噂に聞く、TRPGのご先祖様みたいだね」
 地球ではカードゲーム形式が全盛のロールプレイングゲームも、かつてはミニチュアの人形をコマとして遊ばれていたらしい。
「先祖返りとも言えるけど、僕らにはレトロでもアトランティスの人には新鮮なのかな?」
 最初の計画では紙製のカードゲーム。それが人形に化けてしまった訳で、事業担当者の結城敏信(eb4287)は慣れ親しんだゲームの歴史に思いを馳せてみたり。でも、リリーンには一応、謝っておく。
「すみません。なかなかいい厚紙は出来たんですが、紙ごとの特徴があって、残念ながら勝負や賭けには使えませんでしたよ。物自体は良いので、別の用途には使えそうなんですけど」
「そうか。やはり一朝一夕にはいかぬものだな」
「でも、カードじゃないならランダム性を出す工夫が必要ですね。地球のボードゲームだと、『チット』と呼ばれる札を手探りで引いていく手段があるけど、これはカードと同じく印があると困ります。あとは福引やビンゴみたいに、色や番号の付いた玉を、小さな穴のある箱に入れて、箱振って出た玉を選ぶぐらいかな」
「試してみよう。面白いゲームが出来そうだ」
 試行錯誤しつつ、様々な試みが取り入れられて行く。
「名前についてはフィギュアウォーズとかテーブルウォーズでいいんじゃないですかね。字面にTCGっぽさを残すなら、TFW(テーブル・フィギュア・ウォーズ)って所でしょうか」
「ならばTFWで決まりだな」
 こうしてこの遊技はTFWと名付けられた。
 リリーンは敏信に求める。
「この遊技、今度の酒宴でも客に披露してやろう。いい話の種になりそうだ」

●心の狭間
 酒宴の日がやって来た。
「随分広いのね」
 水上兵団が宴会の為に用意した川船は、また随分と大きかった。広々とした甲板に立つ華岡紅子(eb4412)、船の豪勢な飾りっぷりに感心していたが、ふと岸辺に立つ馴染みの人物の姿に気付く。
「あれは、ルーケイ伯?」
 合戦を間近に控えた伯が、わざわざここにやって来るなんて。伯はしばらくリリーンと話し続けていたが、それが終わると彼女を軽く抱きしめ、乗船するその姿を見送っていた。
 ルルル〜♪ ルルルルル〜♪
 何処からか響いてくるケンイチ・ヤマモト(ea0760)の物悲しいリュートの調べが、哀愁を誘う。
「リリーンさん?」
 甲板に上がって来たリリーンに紅子が声をかける。リリーンは一瞬、虹子の顔をまじまじと見つめ‥‥。
「何か?」
「‥‥いいや、何でもない」
 少しの間だけ、揺れ動くリリーンの心を垣間見たような。しかしすぐにリリーンは、いつもの凛々しい女戦士の顔に戻っていた。
「さあ、心して待て。もうじき獲物がやって来るぞ」

●悪代官の御乱行
 程なくして王領バクルの悪代官シャギーラ・ジャロが、取り巻きをぞろぞろ引き連れて乗船。
「うわはははは! 今夜は盛大に楽しむとするぞ!」
 金のかかった衣装で着飾っているが、見るからに品が無い。二重顎のしまりのない顔、でっぷり太ったしまりのない体。はっきり言って、嫌らしい中年男そのもの。でも、セクシーなドレス姿で案内役を務める紅子は、にこやかな営業スマイルで一行を迎える。
「今宵はようこそいらっしゃいました。お会い出来て光栄ですわ」
 案内した先の上座には、二つの花が待っていた。夜の蝶よろしく派手目に着飾ったリリーンに、目元のぱっちりした豊満なる体つきの美女。
「うひゃひゃひゃひゃ! ここにも美女がおったぞ!」
 すっかり鼻の下を伸ばしたシャギーラは、ねちねちと舐め回すような視線を2人に浴びせる。気持ち悪ぅ〜! でも、これも計略のうちだし。
 ちなみにリリーンの付き人の美女は、ミミクリーの魔法でシャギーラ好みの美女に変身した本多風露(ea8650)。魔法で変身のお手伝いをした白銀麗(ea8147)も、やはり魔法で給仕の少年に化け、料理を運びながら偵察中。
「では、シャギーラ様と私達の今宵の出会いを祝して、乾杯を」
 リリーンの音頭取りで、乾杯。紅子は真っ先に祝い酒の杯を飲み干してみせた。毒入りでないことをさり気なく示したのだが、シャギーラはこれが気にいったようで。
「威勢のいい飲みっぷりだな。さあ、もっと飲めぇ!」
「はい、お酌は私がいたします」
 と、横合いからバニーコートに獣耳ヘアバンド姿の天野夏樹(eb4344)が進み出た。
「お代官様、さあ、どうぞ♪」
 シャギーラの体にしなだれかかり、杯になみなみと酒を注ぐ。
「うむ」
 ごくりごくり、ぷは〜っ!
「にしても、おまえは可愛いウサギ娘よのぉ。可愛すぎて、丸ごと食べてしまいたいくらいじゃ」
「やだ〜、お代官様ったら!」
 チャ〜リラ〜リラ〜リラ〜♪ チャ〜リラ〜リラ〜リラ〜♪
 流れてくるケンイチのリュートもすっごく景気がいい。だけど、このリュートの音色だって、敵の油断を誘うための計略なのだ。甲板の上では薄物を身にまとった雇われの踊り子達が、景気のいい音楽に合わせてひらひらと舞い踊る。その姿にニヤニヤしながら酒を呷るシャギーラ。完璧に悦に入っている。
「ささ、も一杯どうぞ♪」
「うむ」
 ごくりごくり、ぷは〜っ!
 1杯、2杯、3杯と、注がれた酒をシャギーラは立て続けに飲み干した。
「さあ、おまえも飲めぇ!」
 どぼどぼどぼどぼ‥‥。
「ああ〜、そんなに注がれたら、ぶっ倒れちゃいます〜」
「安心せい。その時は、わしの膝枕で休むがいい」
 むにゅ〜。むにゅ〜。
 ‥‥うわぁ! 恐るべきセクハラ攻撃だぁ!
(「こらぁ! どこ触ってんだぁ!?」)
 と、内心思っても、顔は笑って。
「もう、ダメですよー♪」
「構わぬ、今宵は無礼講じゃあ! このわしが許す! さあ、次はおまえが酌をいたせ!」
 シャギーラがリリーンに目をつけ、あっという間に強引に肩を抱え込んで、むにゅむにゅむにゅむにゅ‥‥。うわ、最悪!
「ずるーいっ。お代官様、私もっ♪」
 咄嗟に夏樹がシャギーラに抱きつき、リリーンから引き離す。するとまたしてもシャギーラの手が‥‥むにゅにゅにゅにゅ〜。
(「これで6回目!」)
 セクハラ回数、心のメモにしっかりとカウント中。
(「後で打撃で取り立てるからね!」)
 目の前で繰り広げられる言語道断な光景に、今は見守るしかない風露の心は怒りに震えた。
(「八つ裂きにしても飽き足りませぬ!」)
 チラリと、目線でリリーンに合図を送る。
(「今はまだ手を出すな。だがこの男、カオスの穴の底に100回突き落としても飽き足りぬ!」)
 チラリと、目線で答が返ってきた。

●酒宴真っ盛り
 そんな悪代官の御乱行にはお構いなしに、ケンイチのリュートによる景気づけメロディーは止むこともなく、懇々と湧き出す美酒の泉のように流れていく。
 チャ〜リラ〜リラ〜リラ〜♪ チャ〜リラ〜リラ〜リラ〜♪
「さあ、飲め! さあ、飲め! さあ、飲め! さあ、飲め!」
 やたら景気がいいもんだから、メロディーに合わせて酒が進むわ進むわ。シャギーラにくっついてやって来たハンの国の商人を相手に、長渡泰斗(ea1984)も3杯4杯と酒を飲み続けていたが、相手は早々に出来上がってしまった。
「いやぁ、流石はルーケイ伯の与力男爵でいらっしゃいますな。酒の方も実にお強い」
「与力男爵と言っても影は薄いのだがな」
 とか言いながら隣のオラース・カノーヴァ(ea3486)を見ると、シャギーラの用心棒を相手に飲み比べがエスカレート。
「程々にした方が良くないか?」
「なんのこれしきの酒で。勝負は始まったばかりよ。さぁて、酒も入って気分もよくなって来たことだ。この辺りで芸でも見せてもらおうか?」
 その言葉を聞いて、用心棒はオラースをじろりと睨む。
「この俺様に芸をしろとは、いい度胸じゃねぇか? まずは、てめえが芸を見せろ」
「ほう、そんなに俺の芸が見たいか?」
「てめえ、冒険者上がりだな? ならば半殺しにされて命乞いするゴブリンの真似でもしてみせろ」
「だったら、おまえさんには冒険者に踏んづけられた犬の糞の真似でもさせてやろうかい?」
「んだとぉ!? この野郎!」
 いきおい、険悪に睨み合う2人。するとリュートが派手にかき鳴らされる。
 チャララララララ〜♪
「さあ、お立ち会い。これから披露しますは天界の遊技を元に考案された、TFWでございます」
 と、フィギュアの一式を携えた結城敏信が、2人の間に割って入った。
「何だそりゃぁ?」
「詳しい事はこれより説明致します。まずは対戦なされては?」
 敏信の勧めでオラースと用心棒のTFW対戦が始まったが、敏信の解説付きで勝負が進むうちに、用心棒はすっかりゲームにハマってしまった。
「こいつは大金かけた博打より面白れぇ! よぉし、次はドラゴンで突撃だ!」
「ふふふ、俺にはウィザードがいる事を忘れるなよ」
 突然、ゲームの熱気に冷水をぶちまけるように、甲高い叫びが響き渡った。
「あ〜〜〜〜っ!!」
 叫び声の主は、給仕の少年に変身中の白銀麗。襲いかかったのはシャギーラだ。
「えへへへへ! よく見れば、おまえも可愛いヤツよのぉ! 男にしておくのがもったいないわ!」
 有無を言わさず押し倒しぃ〜!
「あらいけませんわ〜!」
 例のごとくシャギーラをひっぺがす夏樹。咄嗟に、風露はリリーンに目線のメッセージをチラリと送る。
(「男でも女でも見境なく押し倒すとは、何たる品性下劣な輩! 今すぐ、こやつに裁きを!」)
 リリーンもチラリと、皆に目線の合図。
(「やれ! こやつをカオスの穴のどん底に突き落とせ!」)
 待ちに待った合図だ。
「ひっく‥‥いや、飲み過ぎたかな」
「暫く風の当たる所で休まれては?」
 と、信者福袋(eb4064)は酔っぱらったハンの国の商人達を一人また一人とその場から遠ざける。いざ事が起きた時、真っ当な他国人が巻き添えになっては困るからだ。

●計略
「ではシャギーラ様、これよりエステマッサージの実演を行わせて頂きますわ」
 と、紅子がシャギーラを誘う。
「なぬぅ? エステとな?」
「天界の美容術でございます。さあ、このベッドの上にお体を」
 用意された簡易ベッドにシャギーラを寝かせると、紅子はまず手と腕のマッサージ。
「ふむ。これは気持ちいい」
 実に気持ち良さそうなシャギーラ。でも、その体は結構にぶよぶよ。
「さあ、次は左の腕を‥‥」
 と、シャギーラの腕を取った紅子は、シャギーラの服の下の不自然な膨らみに気付く。
(「これは‥‥!」)
 シャギーラは服の下に何かを隠し持っている。大きさからしてそれは隠しナイフか!?
 一瞬、シャギーラと視線が合った。紅子はドレスの下に隠したスタンガンに意識を向ける。いざとなれば、あれを使って‥‥。
 不意に、シャギーラはがばっと身を起こした。
「どぉれ、わしもエステマッサージを楽しむとするか!」
 シャギーラはその場にいた踊り子の一人にずかずかと歩み寄り、強引にその手を取って引っ張って来た。
「さあ、このベッドに寝るのだぁ! このシャギーラが自らおまえにエステマッサージを施してやろう! 手も足も胸も腹も腰も全て、たぁ〜っぷりと可愛がってやろうぞ!」
「そんな‥‥恥ずかしいです‥‥」
 こりゃまずい! 展開が予定から変な方向にズレてきたぞ!
 どばっしゃーっ!!
 美女に化けた本多風露が、運んで来たワイン樽の中味をシャギーラの背中めがけて派手にぶちまけた。
「うわあっ! 何だっ!?」
 風露、にっこり笑って弁解。
「あら、失礼あそばせ。お酒の飲み過ぎでふらついてしまいましたわ」
 チャン♪ チャン♪ ‥‥これはケンイチのリュートの音。
「大変! すぐに着替えませんと、ささ、こちらにどうぞ」
 と、夏樹がシャギーラの腕を取り、風露と一緒になって離れた衣装部屋へと連れて行った。これで上手く計画通り。
 衣装部屋ではオラースと銀麗が、一足先に準備中。
「ミミクリーの魔法をかけたら、その服に着替えて」
 魔法で体型を変え、オラースは着替えを済ませたシャギーラに成りすますのだ。銀麗が魔法をかける相手にオラースを選んだのは、仲間のうちで体の容積がシャギーラに最も近いからだ。
 魔法発動。オラースの背が縮み、体の横幅がぶわっと広がる。
「うへぇ、なんて不格好な体だい」
「これで変身成功‥‥と言いたいところですけど、顔のぶよぶよ感が微妙に違います」
 ミミクリーの魔法でも、別の誰かにしっかり似せるのは難しいようで。
「シャギーラはもっと‥‥こんな感じですか?」
 銀麗はオラースの口を引っ張り、頬を引っ張り。
「あ痛てててて! お手柔らかに頼むぜ」
 髪の毛をばらつかせ、頬を膨らませると、遠目からはそれっぽく見えるようになった。
「後は、ここにやって来るシャギーラと入れ替わるだけ」
 シャギーラは冒険者が捕縛。オラースはシャギーラの振りをして再び宴会場へ。そういう筋書きだったのだが‥‥。
「念のため、中を調べさせてもらうぜ」
 タイミングの悪いことに、シャギーラの用心棒が衣装部屋にずかずかと入って来た。そして、変身したオラースと視線がかち合う。
「はぁ!?」
 一瞬、硬直した用心棒だったが、すぐに事態の何たるかを悟った。
「シャギーラ様! これは罠だ!」
「やはりそういうことか!」
 あんな不格好な体型のくせして、シャギーラの反応は素早い。両脇を固める風露と夏樹を突き飛ばすと、近くにいた踊り子を人質に捕らえ、隠し持っていたナイフをその喉元に突きつけた。
「きゃあ! 助けてぇ!」
「下手な真似をすれば、この女の命は無いものと思え!」
 どおん! グッドタイミングで伊藤登志樹(eb4077)が背後からシャギーラを突き飛ばす。適当に隠れていたら、シャギーラがどんぴしゃりの場所に来たという訳だ。踊り子は逃げおおせ、登志樹はシャギーラと取っ組み合いに。
「いい加減、観念しろ!」
「このシャギーラを甘く見るな!」
 どすっ! 登志樹の右胸に衝撃。見るとナイフが埋まっている。
「げっ! 刺さってる!」
 ぼがあっ! 駆けつけたオラースがシャギーラの後頭部に一撃お見舞い。
「‥‥ったく、こんな体じゃ動きづらいぜ」
「お、おのれ‥‥」
 ふらふらと立ち上がりかけたシャギーラに夏樹が突撃。
「さあ、精算のお時間。これは私の分よ!」
 どげしっ! どげしっ! どげしっ! どげしっ‥‥!
「ぐわっ! ぐえっ! ぐげぇ‥‥!」
「そして、これはリリーンさんの分よ!」
 どげしっ! どげしっ! どげしっ! どげしっ‥‥!
「がはぁ! ぎひぃ! ぐふぅ‥‥!」
 夏樹、怒りの鉄拳がシャギーラの腹に、腰に、顔面に炸裂。セクハラの恨み晴らさでおくものか!
「トドメは、この私が」
 本多風露がすたすたとシャギーラに歩み寄って刀を抜き、ありったけの怒りを込めた渾身の一撃を一発。
 ぐわあん!
 峰打ちである。シャギーラ、白目を剥いてついにダウン。
「殺しはしません。聞きたい事が沢山ありますから」
 言い捨てると、背後から忍び寄って来た用心棒達に、片っ端から峰打ちを叩き込む。
「ぐうっ!」「ぐああ!」
 用心棒達も全員がぶっ倒れた。
「女を甘くみるとどうなるか、これで分かったでしょう?」
 それは下衆野郎どもに風露が贈る言葉。
「まったく、手間取らせやがって」
 オラースはシャギーラでロープで縛り上げ、ずるずると引っ張って行く。
 胸から血を流してしゃがみ込む登志樹にリリーンが駆け寄った。
「大丈夫か?」
 幸い、傷は急所を逸れていた。
「お手柄だったな」
「できれば感謝のキスでもしてくれると、嬉しいんだけどな」
「お安いご用だ」
 リリーンは踊り子達に命じる。
「この者に皆で感謝のキスを」
 踊り子達はわっと登志樹に群がり、キスの嵐でもみくちゃにした。
「うわ、痛ぇ! もっと優しく‥‥あ痛ててて!」

●後始末
「これは如何なることですかな?」
 突然起きたシャギーラの捕縛劇に、休息から戻って来たハンの商人達は落ち着かなげ。「いや、心配はご無用」
 と、長渡泰斗は彼らを落ち着かせた。
「これはウィル国内のいざこざ。他国人には無関係のことだ。もっともシャギーラと共に、何かよろしくない商売に手を出していたというなら、少しばかり時間を頂くことになろうな」
「そんな、滅相もない」
 と、商人達はにこやかな愛想笑いで答える。
「皆様の身柄については、これこの通り。ロッド卿が保障するとのお約束を頂いております」
 と、信者福袋は確約書を商人達に示す。あらかじめ、討伐戦の総司令官ロッドに書いてもらったものだ。商人達は深々と頭を下げた。
「これからも、どうぞ我等をご贔屓に」
「では、宴の続きを」
 と、華岡紅子が商人達の接待役になって話を向ける。
「そういえば、私は新国王陛下の就任式典でミレム姫を接待をしたこともありますの」
「おお、それはそれは。これからも何かとご縁がありそうですなぁ」
 と、商人達は再び上機嫌で酒を飲み始めた。
 招かれた客の中には、シャギーラの下で掃き溜めの町ベクトを仕切っていた顔役達もいる。福袋は彼らに対してこう告げた。
「シャギーラはあんな事になってしまいましたが、あなた方はこれからどうなさいます? 宜しければ前向きな取引をしたいと思うのですが」
「実はな、俺もシャギーラのやり口は気に喰わなかったんだ」
 顔役の一人がそう答えると、残りの顔役達も次々とシャギーラを悪し様に罵り、シャギーラ無き後の協力を約束した。
「どうやら、これから先もうまく行きそうですね」
 離れた場所でリュートを爪弾きつつ一部始終を見守っていたケンイチは、ひときわ高らかにリュートをかき鳴らす。
 リラリラリラリラ〜♪
 シャギーラ捕縛劇、これにて終幕。