●リプレイ本文
●出立 1日目
肌寒い早朝、ウィル市街の門が開くと同時に、冒険者の一行は馬を引き連れ、東の門をくぐり街道へ出ようとしていた。門を出ると、そこにはスラムが広がる。治安悪化の一途をたどる、ウィルの象徴的な区域。
そのまま進めば徒歩で10日、終点のショアの港へと到るが、今回の目的地は馬で1日程進み、街道から北の丘陵地へとそれる道行だ。徒歩なら3、4日はかかる計算だ。
「あんたら、ちょいと待ちぃや」
門をくぐる前、一行の利賀桐真琴(ea3625)が皆を呼び止めた。彼女の足元には2匹の柴犬、秋葉丸と冬影丸が、そのふさふさとした尻尾をせわしなく振り、赤い舌を出してはぁはぁと主を仰ぎ見ている。そんな様に一瞥くれ、次に皆の注目を集めている事を確認すると、真琴は手綱を引き馬首を巡らせながら不敵な笑みを浮かべ。
「合言葉を決めるでやす」
「合言葉だぁ?」
自称『羆刑事(グリズリーデカ)』こと巨人族の天界人、ヘクトル・フィルス(eb2259)が怪訝そうに見下ろすが、当の真琴は涼しげに道の脇へと。それにつられて一行は城門の脇へ避ける。
朝一に街へ入ろうとする者、街を発とうとする者、一行は大勢が行き交う様を尻目に円陣を組む様に集まる。そして、真琴は続きを話した。
「例えば、仲間の誰かや自分に変身魔法や変装などで化けられた場合に区別出来るよう、全員一人一人と合言葉を示し合わせておくでやすよ」
「ふむ‥‥」
腕を組み、思案するヘクトル。
「一人一人とかよ。面倒臭いな」
そこへ、験持鋼斗(eb4368)が目を細めニヤニヤと口を挟む。
「俺はともかく、いっぺんに14人分なんて合言葉を覚えるのはゴメンだって奴の方が多いんじゃねぇか? カカカ‥‥もっと単純にいこうぜ」
「そうさねぇ。なら、手首に印を書いて、それを布で隠して、もしもの時見せ合うとか」
用意しておいた代案を提示する真琴。その後ろにいつの間にか見送りの冒険者仲間がひょっこり。
「解説しよう!」
「うわわっ!?」
心臓が咽から飛び出る程に驚き、真琴は大いにうろたえる。
「な、何しやがんでぇ!?」
「ほほほほほ! 暗闇でのことを考えますと、一つの合言葉が宜しいでしょう。ですが、念のために両方でも宜しいのではなくて?」
顔を真っ赤にする真琴を、口元を押さえ嬉しそうに伊達メガネの奥から二つの瞳が眺めている。
「プリシア・ニネア・カリメロ様。カリメロ家の本家筋のお嬢様。4年程前に、お城の火事でご両親を亡くしてらっしゃるわ。今回の依頼主であるレイナード・ローリー・カリメロ子爵様は分家筋のカリメロ家で、プリシア様の後見人です。御年45歳。プリシア様がもうすぐ15歳ですから30歳も年の違うご夫婦になられるのね。遺言で、プリシラ様は15歳になられると同時に家督を継がれ、子爵家を継がれます。そして、100年以上二つに別れた系譜がお二人のご結婚により、一つの系譜に戻るのですわ。ああ、何てロマンチックなんでしょう」
「30歳差か‥‥子爵様もやるもんだ」
ニヤニヤと揶揄する鋼斗に、スニア・ロランド(ea5929)は冷徹に一瞥した。
「貴族は庶民とは比較にならぬ規模の力を相続します。ゆえに政略結婚を含む義務を負うのは当然のことです。権利のみ享受しようとするのはとても醜い行為ですからね」
「子爵様は後見人なられた時から、プリシラ様を婚約者として届出てらして、この事はエーガン・フォロ王陛下のお墨付きを戴いております。これに異を唱える者は名実共に陛下に対する反逆の徒、という事でございますわ」
「はい、お弁当です。途中で召し上がって下さいね」
「ありがとう、ニルナさん」
茶色いバスケットを両の手で包む様に受け取り、優しく微笑むクウェル・グッドウェザー(ea0447)。見送りに来てくれた友人に、小さく頷いて、
「クウェルさん、今回の依頼、頑張ってくださいね‥‥必ず成功さてください」
「ええ。か弱い女性を奪い去ろう等と、許す訳にはいきませんからね」
その微笑みの中に静かな決意。クウェルは手を振り門へと進み行く。
「こちらで何か判ったら、すぐ連絡だね」
「頼みます。さ、行くよ。クラウン、ティアラ‥‥」
ハーフエルフのラフィリンス・ヴィアド(ea9026)も2頭の手綱を引き、見送りへと背を向けた。厚手の旅装束に、腰には日本刀、左の腕には装飾を施された小さな盾。2頭の馬も大人しく付き従う。
一行が門をくぐった所で、ヘクトルとハーフエルフのエイジス・レーヴァティン(ea9907)が馬に跨る仲間に一時の別れを告げた。
「それでは、僕達はこのセブンリーグブーツで一足先に」
「俺は警備状況とか、色々見て回っておくぜ」
「僕は大きな村で情報収集かな。一応、駆け出しの吟遊詩人って事にしておくから、こちらから接触しない限りは、初めて見る顔として対応を頼むよ」
そんな二人に、馬上のエルフとなったカレン・シュタット(ea4426)は、その青い瞳に穏やかな輝きを浮かべ、小さく頷いた。穏やかな風が、その経文入りの外套を緩やかにはためかせる。
「お行きなさい。私も作戦どおりに動きます」
「それでは、また後日」
にこにこと手を振るエイジスの肩を、ヘクトルがポンと叩く。
「行くぞ、エイジス!」
「ああ!」
「あんたら! 合言葉は『山』ってゆうたら『飛び魚』でやすよ!」
真琴が追いすがる様に声を掛けるとほぼ同時、返事もせずに二人は駆け出していた。
●ローリー領 1日目
深夜、カリメロ子爵の所領、ローリーに踏み込んだヘクトルとエイジスの二人は、村の入り口で別れる事となる。
木々が黒々と天を隠し、森で生きる獣の気配、遠吠えや梟の鳴き声、濃密な虫の音が、道行く者を包み込む。一日中、走りづくめの二人は心地良い疲労を覚えつつ、ピタリと足を止めた。
遠く赤い点が、木々の間からチラリと見える。
「どうやら、ここで僕達はお別れの様ですね」
「おう! しかし、すっかり暗くなっちまった。こりゃ、子爵に会えるのは明日だな」
「僕は宿屋にでも潜り込んでみますよ。ヘクトルさんは、兵士に姫様の護衛の件で来たと言えば、どこかに泊めて貰えるでしょう」
「判った!」
「じゃあ!」
パッと離れる二人。そしてヘクトルはそのまま、村の門へと真っ直ぐに。
村の外壁は、粗雑に石を組み上げたもので、クライミングの心得があるエイジスには無いも同然。
身軽に村落へ侵入すると、村を巡回する兵士の目から隠れつつ、深夜にも関わらず灯りと人の喧騒がの漏れる2階建ての建物へと歩を進め
「これはザルですね‥‥」
宿屋の看板が掛かっている事を確認し、リュートベイルを小脇に抱え、戸に手を掛けた。
「何故、我等がお会い出来ぬ!!」
ダンとテーブルを叩く様に、銅製のカップを叩き付けた壮年の騎士は、酒の性か怒りを隠そうともしない。同じテーブルに着く騎士らしき者達も、同様に意気を吐いた。
「おお! 我等こそ、プリシラ様の、本家譜代の臣!」
「このままでは納得がいかぬわっ!!」
「そうだそうだ!!」
「店主!! 酒だ!! 酒が足りぬぞ!!」
皆、暖炉の焔に赤々と照らし出され、酒の酔いも手伝ってかまるでオグルの様。
「へ、へい! ただいま〜!」
かなり困り顔の店主らしき中年の男が、額に汗を浮かべ、エイジスにそっと近付いて小声で話しかけてきた。
「ど〜もすいません。あちらの方々が今夜はちょっと荒れてらして。お泊りですか? でしたら、すぐお部屋の方を用意しますので」
「どうしたのかな? どう見ても、身分卑しからぬ方々だよね?」
エイジスが小声で問い掛けると、男は脂ぎった顔を更に近付け、生臭い息を吐きかけて来る。
「ああ‥‥お城のお姫様にお目通りを願い出たところ、子爵様に追い返されたらしいんですよ。まぁ、いつもの事ですが、今日は何倍も荒れてます」
「店主!!」
「は、はい〜! ただいま!」
更に呼ぶ声に男は慌てて踵を返し、奥へと飛び込んだ。
どうやら、この騎士達の剣幕に恐れをなして、他の客は逃げしまったらしい。客は彼等5人以外は誰もおらず、ガランとしていた。エイジスはにこやかに、騎士達へ歩み寄り
「なんでもご貴族様の結婚式があるって聞いたんだけど」
「何だお前は!? エルフか!? ここは人間の国だぞ!」
5人の騎士は不機嫌そうにエイジスへと注目を集め、次いで手にした楽器に目をやる。
「何だ、貴様。吟遊詩人か?」
「耳が小さいな。あいのこか?」
「丁度良い。何でも良いから気分が晴れやかになる曲を頼む」
侮蔑にも似た視線と言葉を浴びせられ、つたない演奏を披露するが、途中で苛立たしげに遮られ、追い払われてしまった。
店主に腕を引っ張られる様に、2階の大部屋に連れて来られたエイジスは、激しいいびきや歯軋りの中で、ひそひそと言葉を交わしていた。
「あんたも馬鹿だよ。あんな腕で‥‥」
「いやぁ〜、僕は駆け出しの吟遊詩人でして‥‥でも、あの方々が荒れてたのは、お姫様に関係あるのかな? なんでも近くご貴族様の結婚式があるって聞いたんだけど」
「まぁね。あんたもそれを当てに来た口かい? まぁ、あたしら下々の前には姿をお見せになった事はないけれど、噂ではそれはそれは綺麗なお姫様だそうだよ。子爵様同士のご結婚って事で、もう何年も前から決まってた話だけど、それ以来さ。ああやって、あちらの家にお仕えしていた騎士の方が来ては会わせろ会わせられないってね」
薄暗がりで苦笑いする店主は、手近の椅子に腰掛け一休み。どうやら戻りたくない様子。
「ふぅ〜ん‥‥。じゃあ、ブラック××団の事もあるから、大変だね?」
「へ? 何です? そのぶらぶらぺけぺけ団ってのは?」
「聞いた事無いんだ? じゃあ、仕方ないな。子爵様は人気あるの? どんな方かな?」
質問を変えると、店主は少し困り顔。
「商才のある方ですよ。お城の中にガラス工房を持ってらして、高価なガラス器具を作ってはそれで上手くやってらっしゃる。お陰でこの宿もそこそこの賑わいで。ただ、亡くなられた奥方との間にお子様が出来なくて、そう言った意味では今回のご結婚、我々領民としても期待しているんですよ。子爵様も、お姫様を迎えてからはお城を改築されて、お姫様のお名前から取ってプリシラ城に改めた熱の入れようですからねぇ〜。きっと来年の今頃には‥‥」
イシシシと下卑た笑いを浮かべる店主は、1階からの呼び声に、慌てて部屋を出て行った。
●一足先にお目通り 2日目
虹色の光の中、湖面に浮かぶプリシラ城は、ガラスの塔がキラキラと乱反射して、それはそれは優美な光景を作り上げる。
「ようこそ、プリシラ城へ」
「ギルドから派遣された羆刑事です!」
子爵とは、彼の朝食の席で対面。子爵は肌も浅黒く、垂れ目にネズミ髭と言った小太りの男。金髪に青い目をしている。金のスプーンで、半熟の卵をすくっては優雅に口元へ運ぶ。子爵はそれをゆっくりと味わいながら、ちらりとヘクトルに目線を投げかけた。
直立不動のヘクトルは、傍らで恭しく一礼して下がるジャドーを横目に、即座に用件を切り出す。
「ブラック××団からの予告があったとかで」
「ああ、噂には聞いている。薄汚いこそ泥だよ。しかし、大切な婚約者を護る為だ。念には念を入れてと思ってな。君達に来て貰った訳だ」
口元をナプキンで拭き、子爵はポンポンと軽く手を叩く。すると、ヘクトルがくぐった扉とは違う、また別の扉から、人間にしては大柄な男が、帯剣し、ピカピカの鎧に身を包み、赤いマントをたなびかせ、カツカツと踵を鳴らしつつ憮然と進み出た。そして、ギロリと少し血走った目でヘクトルを睨んだ。凶悪な外面だ。
「紹介しよう。城の警護を任せている、衛士長のドゲスだ。ドゲス! その方にも、城の中を案内して差し上げろ」
「はっ」
カツンと踵を鳴らし敬礼するドゲスに、子爵は小さく頷いた。
「ジャドー。私はこれより陛下の元へご挨拶に向かわねばならない。半日程留守にするが、後の事は頼んだぞ」
「はは、お任せを‥‥万事抜かりなく‥‥」
「では、失礼するよ」
スッと立ち上がる子爵。
「待ってくれ! 後から後続の仲間が来る手筈だ!」
「後の事は、そこのジャドーに任せてある。ジャドー」
「心得て御座います」
恭しく一礼するジャドー。そして、ヘクトルを遮る様に、衛士長のドゲスが立ち塞がった。
「城の中を案内する。ついて来い」
ヘクトルがドゲスに連れられて城内を案内されて回っていると、一機のゴーレムグライダーが、城から飛び立つ様が目に入る。
「あれは?」
「子爵様だ。これから、ウィル城へ向かわれる」
「へぇ〜‥‥あんな物まで持ってるとは‥‥」
ドゲスの説明に相槌を打ち、ヘクトルは城の楼閣の上へ。そこからは、この城が浮かぶローリー湖が見渡す事が出来、更に城の中にある塔のガラスがキラキラと輝く様が見てとれた。
「あそこでお姫様を?」
「ああ」
塔を眺めながらヘクトルが数歩進もうとした所、ドゲスが腕で制す。
「それ以上進むな」
「何?」
進もうとした先を見やると、屋根付きの廊下が隣の楼閣へと続いている。そして、そこだけ黄色い絨毯が敷き詰められていた。ドゲスは、傍らにあった朽ち掛けの木片を手にし、そこへ放り込む。すると、それはいきなりもうもうたる黄色い粉塵が。
「毒の胞子。あれを吸えば胸が腐り一分も持たん。命が惜しくば、城内をあまりうろちょろせん事だ」
「ぐっ‥‥」
ヘクトルは、慌てて口と鼻を押さえる。
ドゲスはその様に満足したのか、ニヤリと笑いさっさと城内へ戻ってしまう。
「むむむ‥‥他にもこういった仕掛けがあるのか‥‥?」
ヘクトルは数歩下がり、その粉塵が徐々に収まる様を、目を剥いて眺めた。
「姫様の身の回りの事は、女達がやっている」
「新顔は居ないのか?」
「居ない。居るとすればお前の仲間だけだ。塔の別室を貸し与えてある」
「ふむ‥‥」
ドゲスに導かれ、二人の巨漢が窮屈そうに薄暗い、飾り気の無い石階段を登り切る。磨耗した一段一段が、その時代を感じさせた。そして、廊下の突き当りにある扉の太い閂を外すと同時に、ぶわっと風がヘクトルの顔に吹き付ける。
目を細めその先を睨む様に眺めると、そこはプリシラ姫が居るという塔への渡り廊下に通じるが、今は木製の跳ね橋が上がり渡る事は出来ない。
窓辺で侍女らしき白い服の女が一礼し、奥へ戻ろうとするのをドゲスが首を左右に振って制した。
「跳ね橋は向こう側からしか降ろせぬ」
「成る程、残るは魔法による地面や空からの侵入だな」
「その為に、我が主はお前達を雇ったのだ。せいぜい役に立って貰わねばな」
「む‥‥判ってる‥‥」
自然と口がへの字になるヘクトルに、ドゲスは一瞥し、黙って元来た廊下を歩き出した。
●湖畔の村へ
残る一行が到着した頃には、のんびりとした空気が村を支配していた。
湖面に浮かぶ城のシルエットからは、幾条もの煙が立ち昇り、子爵家の旗が遠くはためいている。
門番の兵士は用件を話すと一行を快く通し、船着場へ。そこでは、平底の運搬用の船から、人足達の手により幾つもの木箱が運び出されている。
「おい、そりゃぁ何が入ってるんだ?」
マイケル・クリーブランド(eb4141)がその一人を呼び止めると、傍らに立つ兵士が代わりに答えた。
「中には城で作っているガラスが入っています。丁度、城の基部に工房がありまして、ほら、あの煙はそこから立ち昇っているんですよ」
「へぇ〜‥‥」
木箱は金釘で封じられていたが、近付くと蓋として打ち付けられた板の間から、ガラスビンの滑らかな口や、その間に詰められた苔の様なふわふわしたものが見えた。
「苔を間に詰めて、割れるのを防いでいるんですわ」
目を細め、マリーナ・アルミランテ(ea8928)はその一つをつまんでみる。森の下生えなど日の光が余り届かない、じめじめした所で良く見かける苔の一種だが、思いの外厚く、良く育っている。それを剥いで詰め物にしているらしい。
「これもお城の近くで?」
「いいえ、城の地下で栽培している様です」
「苔をですか?」
「はい」
「水辺ですから、栽培に必要な水は事欠きませんものね」
にっこり微笑むマリーナに、兵士は少し頬を緩ませた。
馬を村にあった兵舎に預け、13名は平底の船でゆっくりとプリシラ城へ向かう。
徐々に近付く城壁を見上げ、その向こう尖がり屋根の本丸と、離れの塔が黙って佇んでいる。
某宗教では不吉な数字の頭数。
城壁には、カリメロ家の家紋である、半分になった卵の殻が、そのギザギザの縁取りまでも浮き彫りに掲げられていた。
船は古びた水門をくぐり、城内の船着場に接岸する。
一行を待っていたのは、数名の衛士を引き連れた、浅黒い肌をした小柄なネズミ髭の男。燕尾服に身を包み、恭しく一礼。
「ようこそプリシラ城へ。執事のジャドーと申します」
感情の無い平板な声。ジャドーは切れ長の目で一同を見渡し、少し不思議そうな顔をした。
「はて? こちらで全員で御座いますか?」
「いえ。まだあと1名。後から来ます」
陸の石垣に足をかけ、アリオス・エルスリード(ea0439)は一息に飛び移る。
「まだ、あと1名‥‥はて?」
不思議そうに小首を傾げるジャドーは、一行の顔ぶれを再度見渡す。
「では、どうぞこちらへ‥‥」
恭しく頭を下げ、ジャドーはそのまますたすたと歩き出す。それに続く一行。
ルイス・マリスカル(ea3063)はポンとアリオスの肩を叩き、小声で話し掛けた。
「何か様子がおかしくないですか?」
「警戒しているだけかも知れません。先ずは、子爵様にお会いしてお話を伺いましょう」
すると、それが聞こえたのか、ジャドーは振り返らずに話し出す。
「只今、子爵様は出かけておいでになります。夕方までには戻られるかと」
「そ、それはどうも‥‥」
思わぬ地獄耳に、ルイスは思わず口ごもる。
すり鉢状の階段を登ると、それなりに手入れのされた庭先。一行の目の前に工房への出入り口が大きく開かれており、それはそのまま城の基部となっている。そこから鉄の前掛けをした職人らしき男達が数名、こちらを眺めていた。
「大した御屋敷だこと。城に離れの塔とはね」
艶っぽい笑みを浮かべ、翼天翔(ea6954)が軽く手を振ってみせると、男達からぴゅーぴゅーと口笛が飛ぶ。
「あらあら、可愛らしいボウヤ達‥‥」
「城壁を破られ、本丸が陥落しても、あの跳ね橋を上げておけば、暫くは立て篭もる事が出来る。そうやって援軍が来るのを待つ、その為のものよ」
「へぇ〜‥‥」
後ろを歩くスニアの説明に、翼は生返事を返しながら塔を見上げた。
●2階の大広間にて
子爵の乗るゴーレムグライダーが戻ったのは、それから数時間後。その間、何故か冒険者達は舞踏会が開かれていそうな2階の大広間で待つ。
やがて唐突に扉の一つが開く。
「これはこれは、お待たせして申し訳ない」
ジャドーを引きつれ、入って来た貴族の中年男性が子爵である。穏やかな笑みを浮かべ、上座に進み出ると踵を返し、一同をぐるりと見渡し
「冒険者の皆さん、ウィルから良く来てくれた」
子爵がパンパンと手を叩くと、総てのドアが一斉に開かれ、そこからドゲスを先頭に兵士や騎士達が雪崩れ込む。その中にはヘクトルの姿もあった。
「こ、これはっ!?」
「これはどういう事ですか!?」
ヘクトルと深螺藤咲(ea8218)は、ほぼ同時に叫んだ。
直立不動にブーツの踵を鳴らすドゲス。数名の若い騎士らしき者達もこれに倣う。
すっかり包囲した様に満足した子爵。
「何。簡単な事だよ」
「こりゃぁどういう事かよ!? 説明しろ!」
神凪まぶい(eb4145)が喰ってかかり飛び出すと、その前にジャドーが立ち塞がる。
「どけ!」
「これからご説明を」
「くっ‥‥」
間近にジャドーの鋭い眼光。そのあまりの威圧感に、まぶいの怒気も無理矢理しぼまされた。
この緊張した空気も楽しげに、子爵の声がこの広間に朗々と響く。
「計算をしよう。私が依頼で雇った冒険者は15名。昨日は朝方に5名、後から10名が来る事になっていた。そして今日の朝方に1名、昼間に13名到着し、まだ来ていない者が1名居ると言う。答えはどうかな? 答えられる者は居るかね?」
すると、真っ先にマイケルが口を開き
「5人多い‥‥」
「ご名答! 君の名前は何と言うかね?」
「マイケル‥‥俺はマイケル・クリーブランドだ!」
胸を張って名乗りをあげると、ざわりと兵士達がざわめいた。
「天界人マイケル‥‥」
「あの天界人マイケルだ‥‥」
子爵もジャドーも、目を見開いてマイケルの顔を眺めた。
「お前が、あのショアで大暴れしたと言う『天界人マイケル』だと言うのか?」
「殿下、これは‥‥」
「むむむ‥‥」
子爵は顔色の悪い顔色を更に悪くした。
「では、ブラック××団は‥‥」
子爵とジャドーの目線が、冒険者達からその包囲する兵士達の中にいる若い騎士達へ。すると、その内の数名がニヤリと口元を歪ませた。
「ふふふふ‥‥は〜っはっはっはっはっはっ!!」
最初は小さな笑い声。最終的には5人の男女が高らかに笑い出した。冒険者達を包囲していた兵士達も、これには戸惑い数歩あとずさる。
「え〜と、仮面タイツマンBLACK XX(エクロス)さんでしたっけ」
ルイスは代わる代わる、笑う5人を見ようと前に出る。しかし、アリオスがそれを手で制し、凛とした声で言い放つ。
「何者だ! 名を名乗られよ!」
すると、ヘクトルのすぐ横に居た一人の男が笑うのを止めた。
「ぬぬ!?」
目を剥くヘクトル。男は涼しげな目でヘクトルを見る。そこには愉快に遊ぶ、少年の様な輝き。ヘクトルは、振り上げた拳を振り下ろす事に、一瞬だが戸惑いを覚える。
「ふふふふふ‥‥ある時は、名立たる悪徳商、マーカス商会を揺さぶる怪人物」
「また、ある時は、チャリオットレースを賑わせる超絶イリュージョニスト」
もう一人の男が、左の頬に手を伸ばす。
「そして、ある時は、ギルドから派遣された凄腕の冒険者」
そしてまた別の男が。その顔がメリメリと音を発て始める。そして、顔の下にまた別の顔が!
「しかして、その実体は!」
紅一点、メイド服姿の女が叫んだ。
「愛と正義と真実の使徒! ブラック××(ぺけぺけ)団とは我等の事よ!!」
「ふんがーっ!! 捕まえろーっ!!」
最後の一人が言い終わるか終わらないかに、ドゲスとヘクトルが雄叫びを上げ、どっと人が動き出す。
「殺せっ!! 賊を皆殺しにしろっ!!」
「殿下、ここは危のう御座います!」
子爵の怒声。その子爵を護る様、後ずさったジャドーは、素早く懐より筒を取り出しフッと息を吹く。
が、怪人達の衣服が音を発てて舞い、それをチリンと叩き落とす。同時に濃密な霧が、部屋の中心、冒険者達の居る辺りから、ぶわっと噴出した。
「お前ら、何者かは知らねえけど、義賊を気取るなら、もっとマシな格好をしろよ!」
その瞬間、味方や兵士を巻き込まない様、高速詠唱のウィンドスラッシュ。鋼斗はその衣装をバラバラに切り刻む。
「こ、これは!? 応援合戦の時と同じ!」
マリーナは口元を押え、その赤く輝く瞳を細めるが、たちまち視界は真っ白な霧に覆い包まれてしまった。
「水です! これは水の精霊魔法です!」
そう叫びながらカレンは唇を真一文字に結ぶ。
このとき、マイケルの脳裏に、ショアの港で幻影を使って騒ぎを起こそうとした時の記憶が甦る。
「奴等、ここに俺達を集めておいて、姫をさらう気だ!!」
そう叫んで走り出し、誰かにぶつかり派手に転倒するマイケル。カラカラと乾いた音を発て、小さな貝の指輪が転がる。
それはマイケルだけの身に起こった事では無い。既に多くの者が床に這い、出口を求めて彷徨っていた。
「続け〜っ!!」
ドゲスの怒声に上へ上へと進む気配。それに続き、冒険者達も濃霧の中を上へと急ぐ。
バタンと扉が開く気配。どっと上の階から、新鮮な風が吹き抜けた。
ゆっくりと渡り廊下が下がりつつある。塔の屋根から一本の紐が風に吹かれていた。
「くっ! もう取り付いたのかしら!?」
翼は、屋根から小柄な人影が消えるのを見た。
その紐から一番近くにある屋根の天窓が大きく開かれている。
渡り廊下が降り切るよりも早く、兵士達と団子状になって冒険者達は塔へと駆け出す
侍女達の短い悲鳴。
仮縫いまで進んだ真っ白なウェディングドレスが、ガタンと床に転がされ、開け放たれた大扉の向こう、天蓋付きのベッドが。
大きなステンドグラスからの極彩色の光が、鮮やかにその少女の細い身体を照らし出していた。
そしてその背後に立つ、怪人の姿も。
のっぺりとした仮面に『退魔』の文字。全身ぴったりのピンク色のタイツ姿。
「まるで、特撮ヒーローだ‥‥」
鋼斗は日曜朝の子供向け番組に出て来そうなその姿に愕然とした。そして、羽交い絞めにされている少女にも。
白いワンピース姿の美少女は、どこか目が虚ろで、その表情から意思の力は欠片も見出せなかった。
肩まである艶やかな金髪に青い瞳、その美しい面差しは、まるで美しいビスクドールを連想させる。
「あんた! その子に何をしたんだ!?」
「よせ!」
まぶいが飛び掛ろうとするのを、ドゲスの巨漢が割って入り、ピンクの怪人は少女めいた可愛らしい声と身振りでそれに答えた。
「私はこの子に何もしてないわ。子爵が飲ませた薬が効いているだけの事よ」
「黙れ、賊風情が! ここでお前は終わりだ! 抜刀〜っ!!」
ドゲスの号令一過、兵士達は次々に腰の剣を抜く。
「何だよ、このおっさん。あたいを止めといて‥‥」
ぷうと頬を膨らませるまぶい。そこへカッと目を見開いたラフィリンスが割って入ろうとする。
「よせ! プリシラ姫に危害が加わるぞ!」
「多少傷付いても構わん! やれ、ドゲス!」
意識を失いそうなギリギリの線に居るラフィリンスは総毛立って、その子爵の声を聞いた。
「お前達には聞こえ無かったのか!? 死ななければそれで良い! 金で雇われた冒険者なら、払った金の分は働け!」
「聞い〜ちゃった、聞いちゃった☆ 財産目当ての子爵様。ガリガリ亡者のへちゃむくれ。愛が無いわぁ〜。そんなにお金が好きなら、お金と結婚すれば良いじゃな〜い?」
そのピンクの怪人がケラケラと笑う様に、子爵の顔は真っ赤に染まる。
「頭のイカレタ盗人風情が!」
子爵は傍らの兵士から剣をもぎ取り、その怪人めがけ投げ付けた。と同時に兵士達の後ろから、城の者らしき浅黒い肌の男達が一斉に寸鉄を投げ放つ。
そのピンクの怪人は、咄嗟にプリシラ姫の身体を突き飛ばし、まるでボロ雑巾の様に床に転がる。
「プリシラ姫!?」
藤咲は転がる様にして、プリシラ姫の身体に取りすがる。プリシラは目を見開いたまま、人形の様に呆然としていた。ツンと藤咲の鼻腔を、不思議な香りが満たした。
「い‥‥いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突然、プリシラ姫の身体は海老反りになって藤咲の下で暴れ出す。床に転がったピンクの怪人の骸を見つめ。
「ちっ! 薬が切れたか‥‥ジャドー!」
「ははっ‥‥さ、プリシラ姫をこちらへ。姫様は昔の火事のショックで精神を病んでらっしゃるのです」
子爵の指示に、スッと藤咲の元へ走り寄るジャドーは、懐から薬ビンの様な物を取り出して見せた。当の子爵はプリシラの胸元から、卵半分の形をした金のペンダントを取り出し、安堵の表情を浮かべる。
「こっ、これはっ!?」
「どうした!?」
遺体を検めに歩み寄ったアリオスが、驚きに声を上げた。
見ると、たった今までピンクの怪人の遺体があると思われた場所に、ぼろぼろになった花嫁衣裳用のマネキンが転がっているでは無いか。
「いつの間に‥‥」
クウェルが跪こうとしたその時、気配を感じて見上げた。
「そこか!!」
更にそれに吊られ、鋼斗の放った電光が天窓から逃れようとするピンクの影を貫く。
「きゃ〜っ!!?」
ごろごろと屋根を転がる音と共に怪人は塔から落下。そこへ風斬り音を上げ、一機のゴーレムグライダーが飛来し、落下する怪人を掠め取って飛び去った。
●出立 4日目
そこは城の中の広間。
「かの賊は国王陛下のお膝元で騒ぎを起こした不届き者。賊を撃退したことは閣下の名誉にも繋がりましょう」
冒険者の一行を前に子爵は大いに満足した様子で頷いた。
「私も興奮してあらぬ言葉を放ってしまった。恥ずべき事だ。賊には追っ手をかけた。じきに見つかるだろう。既にグライダーも見つかった‥‥式の日取りが決まり次第、君達にも招待状を送らせよう。花嫁を護った英雄として、是非に出席してくれたまえ。いいね」
子爵は始終にこやかだった。不気味な程に。