●リプレイ本文
●旗
「フン‥‥黒地に×字の旗だと‥‥随分と面白い事をする連中じゃないか。この私、元グランドク‥‥いや、なんでもない」
苦笑する男に、ビジネスマン風の男がペコリと頭を下げた。
「では今回の報告は、その様に。今回の報酬と次回分はスイス銀行のいつもの口座に‥‥っと、間違えてしまいました。つい昔の癖で‥‥申し訳御座いません」
とある一室、何やらおかしな会話が。
「へぇ〜、あの辺で野盗が暴れたって話は余り無いんだ」
とある一室で自称情報屋に酒をたかれたマイケル・クリーブランド(eb4141)、別の某所でその一見浮浪者の男に気の抜けたエールをおごっていた。
「そうそう。あの辺はおっかねぇからよ、だ〜れも近付かねぇ。まだ、死にたくねぇってな」
ひっひっひとせせら笑う男は、マイケルを黄色く濁った眼球でねめつけ、杯を一気にあおった。
「一体あそこに何があるんだ?」
「さてね‥‥昔は、良い薬草が採れるって、本家の旦那は本草学じゃちょっとした人物だったらしいが、裏の世界でも、ちょっと知られた名前なんですぜ。カリメロには手を出すなってねぇ〜‥‥へぇ〜い、ねぇちゃん、おかわり〜!」
「カリメロには手を出すな‥‥」
男の言葉を、口の中で反芻するマイケル。
「そうそう。手ぇ〜出すなら命がけだぜ、兄ちゃん。いや、こう呼ぶべきだな『天界人マイケル』さん」
「お、俺は名乗って無いぜ!」
驚くマイケルに、男は口の端を歪ませ、恭しく一礼した。芝居がかった所作だ。
「いやぁ〜ある意味、有名ですから‥‥でも、ブラック××団と言うのは聞きませんねぇ〜‥‥新しく来た天界人ってのが、あたしらの中では専らの噂でね。魔法を使った盗賊団と言うのは。ただ、スラム街に時たま投げ込みがあったから、義賊を気取っているってのは嘘じゃ無ぇみてぇだがな」
ガタリと立ち上がるマイケルを、男は気の抜けたエールをちびりながら目で追う。
「さて、スラムで奴等が何を見たか‥‥気を付けなせぇ、あいつらの使った魔法は、アースダイブ、バイブレーションセンサー、ミストフィールド、ファイヤーボム、ライトニングサンダーボルト、アイスブリザード、そして春花の術‥‥おお、城では女が空蝉の術とムササビの術を使ったそうじゃないか」
「地、水、火、風、忍、五人組の戦士!? 退魔戦隊のコスプレイヤーか!? 確かにピンクは忍びで女だった! 後は男だった筈!」
マイケルの脳裏には天界の知識、退魔レンジャーのレッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンクの5人の雄姿がそれぞれのカラーリングの爆煙をバックにポージングする姿が甦る。あれ?
「鬼島紀子って、何だっけ?」
ハッと我に帰ったマイケルは、情報屋がいつのまにか消えている事に気付いた。
その時、韋駄天の草履を借り損ねた験持鋼斗(eb4368)は、一人てくてくと徒歩で向かっていた。到着は4、5日後。
マイケルもその夕刻、ウィルを徒歩で出立した。
●動乱の地ニケア
フライングブルームでウィルから一っ跳び。ウィル王都からそれ程離れてはいない。アリオス・エルスリード(ea0439)が赴いたのは、ニケアの地。
武装した山賊が暴れ、騎士でさえ捕らえられ身代金を奪われる。
種植えの時期が過ぎようと言うに、農地には人の気配も無く家畜の嘶きも聞けぬ。
「ちっ‥‥もう、この国もお終いだな‥‥」
足元に粗末な木の焼け焦げた人形が転がる。農民の子供の物だったのだろう。
アリオスはそれを踏みパキリと砕く。
皮肉に口の端を歪めた。
「農民は土地を捨て、後に残るは荒野のみか‥‥フォロ家は亡国の徒だな‥‥」
そこはフォロ家直轄地ニケア。
荒れた畑と焼け落ちた農家。風に吹かれシャレコウベがカタカタと泣いた。
●暗雲の地ニネア
本来カリメロ子爵本家の治める地ニネア。そこは、新緑豊かな森林に包まれる丘陵地。
ひょうひょうと風が吹き、遠く怪鳥が舞う薄雲の空を、フライングブルームで先攻するオルステッド・ブライオン(ea2449)とエイジス・レーヴァティン(ea9907)の二人は、肺に吹き込む湿った空気に、その衣をしっとり濡らした。
「おかしいね! アリオスもこちらに向かっている筈なのに!?」
風に吹き消されぬ様、声を大にするエイジス。
「この霞の性かもな! 私はこれからプリシラ城に寄る! 城を見ておきたいからな!」
「判りました! 僕は先にニネアに!」
目を凝らす様、向かい風を受け、飛ぶ二人。
遥か右手にローリー湖とその湖畔のプリシラ城を認め、オルステッドは箒の先を向け、風音も高く飛び去った。
それから数刻、北へと一人飛び続けたエイジスは、点在する村落を眺め、どこに降下しようかと思案していると、木々の狭間より僅かに覗く楼閣の先端らしき物に気付いた。
「これは、城跡だ‥‥」
それは焼け落ちた城。瓦礫に残る紋章からは、カリメロ家の物である事が判った。
「あれ? でもこの家紋は、左右逆だな‥‥」
左斜めに傾いた卵の殻半分の文様。それはプリシラ城の到る所に施されたカリメロ家の家紋を、鏡写しにした様。
「そこに居るのは誰です?」
「?」
唐突に、下から声をかけられ見下ろすと、半分崩れ落ちている建物と比べ、花々と新緑の美しい庭園に一人の農夫らしき男が立っていた。
「ここはカリメロ子爵家の城跡だね?」
ゆっくりと降り、エイジスは近付くに連れ、麦藁帽の下から長い耳が覗いている事から、その男は初老のエルフである事が見て取れた。
木々と草花の放つしっとりとした息吹が、エイジスを穏やかに包み込み、一瞬心地良さに深く息を吸う。
初老のエルフはその碧の瞳で、箒片手に降り立ったエイジスを眺め、静かに手にした杖の先を差し向ける。
「ここは今でもカリメロ子爵本家のお城ですよ。無闇に踏み入って良い所ではありません。どうかお引取りを」
口調は穏やかでも、断固とした拒絶の意思を感じた。
「貴方は?」
「私はここの庭師です。異国の半端者よ、早々に立ち去りなさい」
「半端者とは、この世界も混血には厳しいね。僕はとある事情から、この地の調査に来たんだ。4年前に何があったか教えて貰えない?」
「よそ者に話す事など何もありません」
二人はにこやかに互いを見据えあった。
「警告はしましたよ‥‥」
エルフは杖を一振り、小さく何事か唱えると、さわさわと草木がざわめき出す。
「こ、これは、地の精霊魔法?」
廃墟に絡まる無数の蔦がしゅるるとエイジスに伸び、あと一寸というところでピタリと止まる。足元からも、幾百もの鋭い葉先がまるで剣先の様。
「やあ、これは参りましたね」
エイジスが一歩後ろに下がると、丁度箒を持つ人型に繰り抜いた緑の壁が目の前にある。それがふわりと掻き消え、その向こうに杖を構える老エルフの姿は無い。
そしてどこからともなく声が聞こえる。
「お前は普通の者で無いな。危険な奴‥‥」
「これは、どこに‥‥?」
スッと目を細め、周囲に気を配る。いけない。一瞬の躊躇、エイジスのどこかでカチリと何かが切り替わるのが判った。
口の中、オーグラの血の池でダンスした時の苦い残滓が甦る。
「私の命、幾らと言われた? 混血の忌まわしき私生児よ‥‥」
声だけが風に乗ってエイジスの耳へ届く。
突如、視野に草木が迫り、ばね仕掛けの人形の様に飛び退るエイジス。くっと食い縛る顔には、普段とかけ離れた狂気があった。
●プリシラ城
城と言っても、フォロ王の城に比べたら小さな物である。
「これはこれは、貴方が冒険者の方ですか? 到着は明日のご予定では?」
城に着いたオルステッドは、クロスボウを構えた大勢の衛士に囲まれ、依頼人である執事のジャドーと庭先で話をする事が出来た。
「ほっほう。貴方が一人でお先に?」
疑り深そうな目だ。
浅黒い肌に黒い瞳と髪。
会ってみて信用出来ない人種だと、オルステッドは肌で感じとった。
「そうだ。前回、姫は危険な目に遭ったと言うのに、犯人である賊どもを捕らえないままで、外出させるというのは、無用心ではないか?」
「だから貴方がた冒険者を雇ったのですよ。ちょっと失礼」
「うぐ‥‥イタタタタタ!」
いきなり両の頬をかなりの力で引っ張られた。
「ふむ。どうやら本物の様で」
ジャドーは涼しい顔で両手をパンパンと叩く。
「では明日の昼頃に、村の船着場に来て下さい。プリシラ姫を乗せた馬車を出しますので、その護衛の方を宜しく頼みましたぞ。いやはや、空飛ぶ箒で来られるとは、流石は冒険者。これで安心。いや安心です」
「子爵と話がしたいのだが」
真っ赤になった頬を撫でながらオルステッドが申し入れると、ジャドーは目を細めて意地悪く微笑んだ。
「残念な事に、殿下はお出かけで。何でも陛下直々のご下命を賜ったとかで、今頃は恐らくショアにいらっしゃる事でしょう。お話でしたら、私がお伺い致しましょう」
「ふむ。いらっしゃらぬのでは、仕方ありません。ならば仲間の口上はこうです。先行5名が姫様へ安全な旅を少しでも行って貰う為に、故郷を訪れる方は、姫様では無く別の貴婦人だと噂を流す為に向かいます。これはブラック××団に狙われている姫様とは別の姫様である事とし、譜代の家臣を名乗る者が押しかける可能性と、その中に、ブラック××団が紛れ込む可能性がある為、誰も目通り出来ない様にする為です」
「ほお、つまりはそういう宣伝をして回ってくれる訳ですな。宜しい。それは実に宜しい事で。恐らくはこれで姫様の一時ご帰郷もスムーズに行われる事でしょう。5名ですな。お名前と容姿については?」
そこでオルステッドは自分もその先行隊の一員で、これから向かう事を告げた。
ジャドーは納得した様子で恭しく頷いた。
「左様で御座いますか。では、宜しくお頼み申しますぞ、冒険者殿」
●先行隊その4 2日目
「むぅ〜、何やら妖しげな人だかり!! おのれ!! ブラック××団か!!?」
ドシンドシンとセブンリーグブーツで大地を踏み鳴らし、もの凄い勢いで駆け込むと、その余りの勢いに村人達は恐れおののいて逃げ出した。
「何だ〜!? 何事か!? むおっ!!? こ、これは‥‥」
逃げ惑う人々を目で追い、それから集まっていた人々が見上げていた木を見上げたヘクトル・フィルス(eb2259)は、目を剥いてそれを凝視した。
「エ、エイジス!? エイジスではないか!? 何と言う事だ! 奴程の使い手が‥‥むむむ‥‥これもブラック××団の仕業だと言うのか?」
そこには太い幹の樫の巨木が立っている。その一本の枝に、蔦の様なものにぐるぐる巻きにされたハーフエルフの男が一人、顔を真っ赤に塗られ、頭には何本もの鳥の羽が挿され、力なく目を閉じていた。
すると、腰の剣に手を置いていた騎士らしき壮年の男が、唐突に高笑い。
「何だ何だ、巨人が走りこんで来るから何事かと思ったが、この混血野郎はお前の知り合いか? 大方薬で眠らされているのであろう。2、3日もすれば目も覚めよう」
「俺はドラゴン刑事(でか)だ!! 一体何が起こったか、知っている事があったら説明しろ!!」
すると老騎士は笑いながらエイジスを見上げた。
「大方カリメロ城に悪さして、庭師のモッズさんに捕まったんだろう。たまに森の迷路を抜け、城まで入り込もうとする盗人や、流れ者がこの様に張り付けにされるのだ。さあ、お前の知り合いと言うのなら、降ろしてやるが良い」
「良いのか?」
「まぁ、目が覚めたら城に何をしに入り込もうとしたか話して貰おう。それにドラゴン刑事殿が如何なる者かもな」
「俺は怪しい者では無い!」
ドンと胸を張って言う割には、竜の兜に骸骨の面頬、漆黒の鎧と芝居の悪役に出てきそうな出で立ちである。かなりの威圧感。明らかに妖しい。いや、怪しい。
「まぁ、普通じゃないがな。だが、明るい所を目立つ格好で練り歩く悪党は、そうは居まい。ワシはこの近くに所領を持つ、騎士のヘクターだ。良かったら、あの男を当家にて介抱してやろうと思うのだが、巨人のドラゴン刑事よ、すまぬがお主の手を借りたい」
「あ、ああ‥‥」
その老練な物言いに、エイジスを降ろす手伝いをするのであった。
ひなびた農村の中をかなり歩いたが、ヘクター卿の館に眠れるエイジスをヘクトルが運び込むと、エイジスの身柄は物置小屋に放り込まれ、表から閂がかけられる。
小さな中庭を抜け、荒い石造りの館へ入り、そこでテーブルに着くと、家人より暖められた山羊のミルクとチーズ、そしてライ麦の黒いパンが供された。
暖炉が穏やかな光を放つ中、傍らに兜と面頬を置いたヘクトルは、一先ず自分が何をしにここへ来たのか説明する事とした。
皺深いヘクターは、静かなまなこでヘクトルの話を聞き入り、いよいよ話の本題へと移った。
「お主の主家の姫が、もうすぐ結婚なさるそうでは無いか? ご結婚相手も分家筋とは言え、同じカリメロ家なのだろう? どんな人物なんだ?」
「分家のカリメロ子爵か、田舎騎士の言う事なれば言葉が足らぬ時は許されい。あれは余り評判の良く無い男だ。王都に行っては、陛下のご機嫌伺いばかりと聞く。だが、商売上手でもある。経済的に豊かな事は、悪い事では無い。姫様の後ろ盾となり、カリメロ家を盛り立ててくれるならば、それも良かろう。ただ、年齢的に吊り合わぬ事もある。出来れば、他家から婿を向かえて欲しいと思うのは、家の事を思えばこそ。子爵は前妻との間に子が出来なんだ。もしや、種が薄いのではと心配にもなろうモノだ」
坦々と語る口調から、それ程感情的では無いのだと、意外に思えるヘクトル。次いで、プリシラ姫の幼少の頃の様子を尋ねた。
「昔の姫様は草木を愛する心優しい方で、それはお美しい少女でな。大変利発で幼い頃より次々と森の木々や草花の名を諳んじてらした。おそらくは、数代に渡りカリメロ家に仕えた庭師のモッズさんからの影響が大きかったのであろう」
昔を思い出す様な遠い目をしてみせるヘクター。
「そのモッズさん、と言う人物は?」
「ああ、モッズさんはエルフでな。外観はワシとそう変わらぬ年齢に見えるが、100年以上に渡りカリメロ家にお仕えしているらしい。今は、城の周りの森を魔法で塞ぎ、城を護りながら姫様のご帰還を待っている。時折、森の外に出て来ては、話もしたりするのだが、あの混血児も何らかの形で怒りを買ったのだろう。もうすぐ、姫様が結婚前の一時帰郷をされると言う大事な時に、城に入り込もうとするとはな」
苦笑を浮かべ、首を左右にするヘクターは、こうも続けた。
「子爵とは色々あったが、もうすぐ姫様をお迎えする事が出来るのだ。今はただただ無事にこの年まで姫様を護り育ててくれた事を感謝するしかあるまい。式を前に、一時帰郷させるなど、心憎い事をしてくれる」
ふと穏やかに微笑むと、ヘクターは山羊の乳を一気に飲み干した。
「成る程な。亡くなられたカリメロ子爵は良い人物だった様だな」
「ほう? 何故そう思う、ドラゴン刑事」
「あんたみたいな奴が居るからな」
そう言ってから、少し顔を赤めるヘクトル。
ヘクターは目を丸くして、次には大笑い。
「あ〜っはっはっはっは! こんな年寄りに何を言い出すかと思えば、あ〜っはっはっはっは!」
「よ、よせやい‥‥照れるぜ‥‥それよりも、最近妙な連中を見かけなかったか? この辺の話を聞いて回る様な怪しい連中だ!」
赤ら顔で身を乗り出すヘクトル。ガンと天井の梁に頭をぶつけ、パラパラと埃を舞い散らせた。
「うぐ‥‥、あたたたた‥‥」
頭を押えながら薄目を開けると、ヘクターにぐいと指を突き付けられた。
「先ずはお主だな。実に怪しい奴だ」
「お、俺じゃなくてだな!」
「まぁ、そう急くな。あとは樵が森で妙な連中に出会ったと言う話をしていたな」
「それだ! どんな連中だ!?」
思わず身を乗り出すヘクトルは、寸での所で天井を見て踏み止まった。
そこへバタンと勢い良く扉が開き、一人の青年が飛び込んで来た。
「父上、大変です!! 明日いらっしゃる姫様は真っ赤な偽者だと!!」
「何っ!!?」
ガタンと立ち上がるヘクター。つられて立ち上がるヘクトルは力いっぱい天井の梁にゴチーン☆
●ローリー湖
その日、プリシラ城から貴族用の小洒落た馬車が艀に載り、湖畔の村へと送り出された。
馬車にはドゲスを始めとした、数名の護衛が付き、粛々と湖岸へ渡る。
そこで数刻を過ぎた頃、一日半の旅程を経て冒険者の一団が到着した。
戦闘馬に跨り、濡れ坊と言う妖怪を引き連れたクウェル・グッドウェザー(ea0447)。
駿馬を駆るルイス・マリスカル(ea3063)。
農耕馬に跨るカレン・シュタット(ea4426)。
ロバのなぁーたに跨るエルフの少女、レン・ウィンドフェザー(ea4509)は父に代わっての参加だ。
スニア・ロランド(ea5929)は戦闘馬に跨り、一匹の若いチーターを引き連れる。
農耕馬に跨る翼天翔(ea6954)。
セブンリーグブーツを履いて、徒歩の深螺藤咲(ea8218)とマリーナ・アルミランテ(ea8928)。マリーナの愛犬カミーノも、その後ろからちょこちょこと着いて来る。
馬を1頭引き連れたラフィリンス・ヴィアド(ea9026)も馬上の人。
今回は別行動を取る者が多く、9人が予定の時刻に到着した。
船着場近くの詰め所前には、4頭だての馬車と、その周囲に立つ護衛の兵士が彼等の到着を待っていた。
その中でも一際巨漢の男、ドゲスが胸を張って一行の前に立つ。
「これはこれはようこそ、冒険者の諸君! こちらは待ちくたびれてしまった! 早速、出立してくれたまえ!」
そこへ羽根付きの帽子を目深に被り直しながら、ルイスがポクポクと馬首を進めた。
「ちょっと待って下さい。前回同様、予告状が来ていると思われるので、どのようなモノか教えて戴きたいです」
「ん〜? その様なものは、無い!」
ドゲスは嫌そうに眉を寄せ、歯茎を剥き出しにして答えた。額に浮かび上がった幾筋もの血管。大きく鼻の穴を膨らませた。
ルイスは涼しげにドゲスのゴリラ地味た顔を眺め、静かに問い掛けた。
「もし襲撃予告が無いのなら、なぜ今回の依頼を出されたのです?」
「知らん! お前達は言われた通りに、馬車を護れば良い!」
この答えに、一同はむっと顔を見合わせる。
眉間を少し押え、沈痛な表情のクウェルは気を取り直し、ドゲスに向き直った。
「狙われている場所にわざわざ連れて行くのは危険だと思いますが、どうしても連れて行くならばせめて何かあった時の為薬を此方にも預けて貰おう」
「その必要は無い! 同行する侍女に、総て任せてある!」
「その世話係の方に何かあった場合に困ります」
「そうさせない為に、お前達が居るのではないか!」
何を馬鹿な事を、と言わんばかりの口調で、ドゲスは言って捨てる。
「それとも、やはりお前達では手が余ると、ここで帰るか? ぐふふふ‥‥大した冒険者だな?」
ぷくうとドゲスの鼻の穴が膨らむ。瞳に喜悦の色。他者を見下し優越感を得る、その様な人種だ。
「さあ、行くが良い、冒険者ども!」
●プリシラ姫の馬車
姫様の乗る馬車には、侍女が一名同行しているらしいが、カーテンを締め切り中を覗けない様にしている。
ドゲス達は村はずれまで見送り、それ以降は付いて来ない。
「とーさまのかわりに、ぺけぺけだんをつかまえるのー。がんばるのー♪」
「判った判った。判ったから大人しくしな」
「むー、判ってないのー」
御者の男に適当にあしらわれ、ぷうと頬を膨らませるレン。そんな姿を眺めつつ、天翔は新緑の木々が茂る田舎道に神経を尖らせていた。
「ふう。今の所はおかしな気配は感じられないわね」
「でも油断できませんね」
苦笑を浮かべるカレンが、馬を寄せて来る。
「ええ、しっかりお願いね。きっと何か起きるわ」
「はい‥‥」
短く言葉を交わし、二人は離れた。
クウェルは後ろのおもちに気を配りながら、その数十メートル後方のルイス、マリーナ、ラフィリンスの様子を眺めた。するとそれが判ったのか、ラフィリンスが小さく手を振った。問題は今のところ無い様子。
「後ろは大丈夫みたいですね」
藤咲の言葉に小さく頷き、前を向くクウェル。
「今はまだね‥‥」
「ええ‥‥」
カミーノがしきりに後ろを見る。
「どうしたの? 後ろに何かあるのかしら?」
カミーノの首にめぐらせた荒縄を手に、マリーナも目を凝らすが、森の中を抜ける田舎道では、鬱蒼とする木々に遮られ特に判らなかった。
「カミーノ、どうしたの〜?」
座り込んで緊張するカミーノの体を撫でてみる。
「あら? こんなところに。あら、ここには‥‥」
それどころか、下ばえの植相と群生の多様さに、ちらちらと目をうばわれた。嬉しくなって、自然と耳をぴくぴくとさせてしまう。
「ルイスさんはどう思います?」
「ん? 何よ?」
ラフィリンスは口元に人差し指を立て、少し考える様な表情を浮かべ、ゆっくりと話し出した。
「前回少しだけ見た姫の様子からするとただ事ではない気がするんですけどね。まあ何が良いか悪いかなんて今の段階ではわからないんですが。その辺がはっきりしないと決定できるものではありませんから。ブラック××団の目的も何もわからないのですから。いろんな情報が集まって初めて真実がわかるような気がします」
「ああ、そうだな‥‥」
更に後方。
軽装の斥候兵が戻って来るや、騎士達の足元に跪く。
「申し上げます! 囮は問題無く北上中!」
「うむ、戻れ!」
「ははっ!」
駆け出す斥候の後ろを見送り、フルプレートに身を包んだドゲスは、面頬を上げその犬歯をギリギリ噛み鳴らす。
「さてネズミども。さっさと喰らい付け! 前進!!」
「ははっ!!!」
ザッと五、六十騎。その後方には数百名の完全武装の兵士が続く。
●叛徒の村
「どういう事だ!?」
「姫様がいらっしゃるのではないのか!?」
星明りの闇夜、それすら届かない深遠なる闇の中。かがり火が焚かれ、浮かび上がる騎士達の集団がそこにはあった。
ヘクトルはその中にあって、頭数個分高い視点から冷静に人数と顔付き等を覚えてゆく。
「あの男は、どこまで我等を愚弄すれば飽きるのか!? もう我慢する訳にはいかない!」
一人が拳を突き上げると、それに同調しその場の全員が吼えた。
「我等は4年間、待ったのだ!」
「おお、そうとも! 子爵に僅かでも人間の心があったならば、この様な事にはならなかったであろう!」
「夜明けを待って馬車を襲う! 真に姫様が乗ってらしたならば、ただ出迎えただけの事だが、替え玉や人形が載っていたのならば、これ以上の愚弄は無い!」
「お、おい。暴力はいかんな、暴力は‥‥」
流石にイカンと思い、ヘクトルが静止に入ろうとするが、気の立った者達の耳には届かず、三々五々に散って行く。
ジャリと土を踏み、ヘクトルの目の前にヘクター卿とその一子が立つ。
「おお、あいつらを止めなくては!」
「ドラゴン刑事、お主はどうする心積もりだ?」
「何?」
ヘクターの異質な態度に、ヘクトルは胃の中に冷たい固まりを飲み込んだ様な感覚を覚えた。
「見てしまったからには、返答願いたい。これから子爵に知らせるもよし、共に偽者を暴きに行くもよし、目を閉じ、耳を塞ぎ、あの汚らわしい混血児を連れて逃げ出すもよし、好きな道を選ぶが良い」
その言葉には、明確な決意と離別の重みがあった。
「い、いかんいかん! 暴力では何も解決せんぞ!」
「暴力ではない! これは正義の鉄槌なのだ!」
ばさりとマントを翻し、ヘクター卿も息子と共に闇夜へ溶け込む様に消えて行く。
「おい! 待て! 待つのだ!」
ヘクトルは慌てて二人の後を追った。
●夜明け 3日目
先行するスニアは、夜明け前の村々の異様な様子に目を見張った。
「まるで戦争が始まるみたいだわ!?」
夜通しかがり火が焚かれていたのだろう。
空が虹色の光彩に染まる頃、スニアの眼前には完全武装の騎士や兵士達が少なくとも二百名は集っていた。十台前後の従者を合わせると、更に大勢となる。
各自の持つ、背嚢の様子から長い行軍を始めようというのでは無いらしい事が見てとれる。
武具が全く汚れていない事からも、昨日今日の召集があったのだろう。
スニアは騎士らしき集団を見かけ、馬首をそちらへ巡らせた。
「スニア! スニアではないか!?」
「その声はヘクトルね!」
のしのしと人を掻き分け、近付く巨人のヘクトル。
スニアは小首を傾げ、目の前のドラゴン頭に尋ねた。
「これは一体どういう事?」
「それがな‥‥元々姫様が来るって話で、出迎えムードの良い感じだったんだ。ところが、来るのは偽者だって話が流れて、みんな怒り出してこの有様だ」
「いけないわ。これでは、反乱になってしまう」
馬から降り、手綱を引いて騎士らしき集団に声をかけるスニア。
「いけません! 現在、姫は難しいお立場にあります! 政治とは筋を通せば済むと言うものではなく、時には煮え湯を飲む事さえ必要になります!」
騎士達は初めて見る女騎士に、ギョッとする。
「何だお前は? どこの者だ!?」
「私はスニア・ロランド。エーロン殿下に縁のある者です。ウィルは変革の時代を迎えていますが、1つ確かなことがあります。それはあなた方が姫の直臣であるということです。姫が最後に頼りにするのは、姫にとっての最大の力は、あなた方自身です。騎士だからこそ今は耐え、姫があなた方の力を必要とするときまで身を慎むべむべきではないでしょうか?」
「お前がその方の配下であると言うのなら、今すぐここへその王子殿下を呼び、この異常な事態を解決してくれ! 我々は何年も主家の姫を、カリメロ子爵に人質に捕られている様なものだ! この四年というもの、主だった者は何者かに次々と殺され、このままでは分家如きに本家が乗っ取られてしまう!」
「無駄だ無駄だ! どうせフォロ王が子爵の後ろ盾! 何を言っても黙殺されるのがオチだ!」
「どけ!!」
「いけない!」
静止するスニアの声を振り切る様に、騎士達は兵士に呼び掛ける。
「今こそ、積年の恨みを晴らす時!! 我等に精霊の加護を!! 出陣〜っ!!」
「出陣〜っ!!」
掛け声に呼応し、次々と陣ぶれが走る。
スニアやヘクトルの声は、人々の怒声に掻き消されてしまう。
各家の兵士達も、スピア、ボウガン、フレイル、アックス、フォーク、シックルとバラバラの武装でこれに続く。
驚いたのは馬車の一行。
行く手の丘陵に、一騎、また一騎と疎らに現れたと思うや、一斉に百を超える手勢が姿を見せ、刻の声を上げた。
「こ、これは!?」
馬車を護る様、前へ出るクウェル。
「ちょっと、お相手するには多過ぎるわ」
自慢の髪を掻き揚げ、憮然と群集う男達を眺め、天翔は呆れた様にこぼした。
「何々? ぺけぺけだんなのー?」
「違う! それより厄介なものです」
ロバの上、目を輝かせるレンに、藤咲はその身で庇う様に前へと出る。
「どうして、こんな事に?」
カレンは馬首を巡らせ、そっと御者に近付く。
「合図をしたら、全力で来た方向へお逃げなさい!」
「へ、へえ」
激しく吼えるカミーノに、マリーナは今来たばかりの方向を、その赤い瞳で凝視した。
「な、何故‥‥?」
「この地響き、幻覚じゃない!」
ラフィリンスがマリーナの手を、半ば無理矢理引っ張り走り出す。
慌ててルイスもこれに続く。
瞬く間に、馬車の周囲に後方からの部隊が到達。ぐるり一行を取り囲む。その数や、丘の上に布陣した軍勢に対し倍近い。
「ドゲス殿! これは!?」
「ル〜イス殿、陛下に逆らう叛徒共だ!! とうとう尻尾を出しおったわ!!」
「お待ちなさい! まだそう決まった訳ではありません! 先ずは相手の名乗りと口上を聞いてからです!」
丘陵に陣取った軍勢から一騎、駆け下って来る。
「まだ撃つな〜!」
兵士達は弓に番えた矢を下ろす。
「その馬車に用があーるっ!! 真、プリシラ姫が乗っていらっしゃるならば、我等臣下にそのお姿を見せ給えーっ!!」
馬上のドゲスはふんぞり返り、歓喜に声を震わせ高らかに宣言した。
「が〜っはっはっは!! 愚か者どもめ!! 貴様等逆賊の企みは総てお見通しよ!! 者ども、か〜か〜れ〜っ!!」
ドゲスは腕を高らかに挙げ、前に振り下ろすがいつになっても動こうとしない軍勢に妙な顔をして振り向く。
すると、馬車の扉が開き、面差しの美しい薄絹の少女が、侍女と共に降り立つのを見、唖然とした。
「プリシラ姫だーっ!!」
ドッと丘の上。
「我等の姫様だ!!」
一斉に駆け下った軍勢は、その少女を囲う様に跪く。
少女は静かな、それでいて良く通る声で、声をかけた。
「皆、出迎えご苦労です。ドゲス殿も、賊を警戒してのご足労、痛み入ります」
「どういう事だ!!?」
遠眼鏡から目を離す草むらのジャドー達。
「レッド〜何か妙な雲行きだぜ!」
離れた森から例の五人が様子を伺った。
事は大事に至らずに済んだ。