●リプレイ本文
●ウィルの街にて
ウィルにある教会の薄暗い廊下を、この教会の司祭と共に歩む男達が居た。
「そうですか‥‥」
「神のご加護により‥‥その様な怪我で運び込まれた方は居りませんが‥‥こちらです」
キィィと開く扉の向こう、寝台がずらりと並ぶ広間。そこには、力無く横たわる者達が静かな寝息を立てている。
「では、話をさせてもらっても?」
ずいと脚を踏み入れる巨人族の男。
「運び込まれた当初は、酷く衰弱していましたが、今は軽く話す程度でしたら」
「うむ‥‥助かる」
そこで聞けた話は、焼失した店の店員に関する断片的な話だけ。スラムの人の出入りは激しい。後日調べた限りでは、該当する人物は例の火事以来、ふっつりと姿を消していた。
「で、私に何を聞きたいと?」
「麻薬ルートを調べている。貴方の名前は出さぬ。カオスニアン絡みのルートを存ぜぬか?」
薄暗い一室。悪徳商人として名高いマーカス・テクシとテーブルを挟み、その間に次々と料理が運び込まれた。
「カオスニアン‥‥カオスニアン‥‥はてカオスニアン国家として有名なバの商人とは面識がありませんなぁ〜」
ラン製であろう値の張りそうな白磁のピッチャーを手に、マーカスは訪れた冒険者の杯に、手ずから赤いワインをなみなみと注いで回った。
「何せ、あちらから流れて来る品は、多くの商人を介しますから、とてつもなく値が上がってしまう。そうなると限られたお客様の為の特別な品、偶然に手に入った時にだけご紹介させていただくという事になりますなぁ‥‥」
ピタリと手を止め、マーカスは目を細めた。
「いえいえ、その品とは物が違うのですよ」
にこやかに己の杯に手を置き、首を左右に振る、一見ジャパニーズビジネスマン風の男。眼鏡の奥、冷徹な光がじっと見返した。
「違うと?」
「何せ、下町やスラムの住人がおぼれる様な品。決して高価な物では無いでしょう。ですが確実に街の人々の生活を蝕み、まるでカオスの如く滅びに誘う、そういう品の事で御座いますよ。高名なるマーカス殿が扱われる、高貴な方々の娯楽の為の物とは関係御座いません」
「ほほう‥‥そうなると、それなりに取引量もあるでしょう。生産地が近いのかも知れませんな」
「成る程。で、お心当たりは?」
その隣、少し顔を赤くした少年が杯をコトリと置いた。
「ぼくはマリーネ姫の事で、内々に殿下とお話がしたいと思ってます」
「それはそれは。マーカスが近々レース場で是非にご挨拶させて戴きたいと申していたとお伝え下さい」
「判りました」
「最近、裏ではガラス屋、と呼ばれる連中が、一悶着しているらしいですな」
「ガラス屋‥‥」
「結構古い勢力ですよ。この界隈じゃ手を出す者が居ない程のね‥‥当然、後ろ盾がある訳で、それ以上申し上げる気はありませんが、何でも例の義賊連中が突っかかって面白い事になっているそうじゃないですか?」
はっはっはと上品に笑い、マーカスは己の杯を空けた。
●役人が来た!
風が湖面をびょうびょうと吹き抜けていた。葦の原がさわさわと揺れ、細波が一面に広がって行く。湖面に映る美しい姿が、滲んでいた。ガラスの塔を持つ、プリシラ城。かのプリシラ姫を5年間に及び幽閉し続けたその城は、今なお沈黙を保っていた。船着場には城の兵士の姿も無く、艀も無い。
この湖畔の村に、幾つもの天幕が設置され、本家の旗が掲げられていた。馬やセブンリーグブーツ、フライングブルーム等の移動手段で到着した冒険者の一団が、その中へと吸い込まれて行く。
天幕の中は風通しが良く、涼しくもあった。上座にはプリシラ子爵が座り、その横にエルフのモッズ老人、そして数名の騎士や兵士達が、更には例のブラック××団の面々が待っていた。
「よく来てくれました、冒険者の皆さん」
プリシラが立ち上がると、ふわりと金の髪が軽やかに舞う。すると、ずいっと一人の青年が前に進み出た。
「王家調査室室長の草薙です。カオスニアンの動向に関してレイナード子爵に伺いたいことがあります」
草薙麟太郎(eb4313)は、目の前のほっそりとした若い貴婦人に対し、眉一つ動かさずに彼女の夫であるレイナード子爵の身柄を要求した。
「心にやましい事が無ければ、何の心配もありません」
「そうですか。では夫の無事が確認されるまで、この陣に逗留なさって下さい。夫は陛下への忠誠厚き者。陛下からの要請があれば、直にでも王都へ馳せ参じる筈ですわ」
ちらと傍らの騎士にプリシラが目線をやると、心得たものとばかりにその騎士が草薙の前へと進み出た。
「それでは、ご案内致します」
「それには及びません」
丁寧に断ろうとする草薙へ、プリシラはにこやかに言葉をかけた。
「いいえ、王家調査室室長様。当家はカオスニアンと何一つ繋がりはありません。陛下より調査の必要があるとの指示がおありなら、当然当家に対し陛下より何らかの要請がおありの筈。失礼ながら草薙様。陛下より正式な要請が届くまでお待ち下さい」
「それで宜しいのですか?」
草薙は取り乱す事も無く、静かにプリシラを見つめた。プリシラは毅然とした態度で、自分より遥かに長身の男を見上げる。
「貴族とはそういうものです。お役人様、当家にはその様な、貴族として対面を失う事は欠片も御座いませんわ」
「残念です‥‥」
ぐっと拳を握る草薙は、葦の天幕へモッズの術により、事が終わるまでと幽閉されてしまった。
「外部に漏れない様に、との件が申し訳ありません」
「仕方ありません。カリメロ家が他家の様に、エーガン陛下の手により取り潰され、財を没収される事もありましょう。さすればルーケイの如くカオスの地と化し、そこに住まう者が辛酸を舐め続ける事にもなりましょう。そうならない為にも、私は出来る事をするだけです」
平伏するモッズに、プリシラは首を左右に振り、居並ぶ一同を見渡した。
「彼の配下である騎士達は篭城し、使いの者を追い返してしまいます。それが彼の指示だとの事ですが、誰も無事な姿を見てはおりません。あの様に潰れた身体で‥‥城に戻っていないか、それとももう‥‥手荒な事はしたくありませんでしたが、王家の役人が来るに至っては仕方ありません」
「判っております!」
カツンと踵を鳴らし、髑髏刑事ヘクトル・フィルス(eb2259)が胸を張って敬礼。肩で羽ばたく鷲をなだめた。
「では、どの様に? 城にはドゲスや例の浅黒い者達が待ち構えている」
「それはだなぁ‥‥」
髑髏刑事の言葉の上から、アリオス・エルスリード(ea0439)は険しい表情で話し出す。
「黒装束の者達は、暗器と毒に要注意だ。出来る事なら暗くなってからは避けたい。××団が陽動として騒ぎを起し、一般の衛士を引き付けてくれるとありがたいのだが」
「いいぜ。霧で視界を塞ぎ、そこから城壁の一部にアタックしよう」
「派手に魔法をぶちかましてな」
「なぁに、湖に叩き込んでやれば、大した怪我もしないで無力化出来るだろう」
「その辺のアクションはねぇ〜♪」
「ではこちらで騒ぎを起して、注意を引き付けている間、忍び込んだ誰かが表か裏の水門を開けて城内へ引き込む、という手だな。そっちには空飛ぶ箒があるから、簡単だろう?」
レッド、ブルー、イエロー、ピンク、グリーン、五人のメンバーが、にこやかに次々と言葉を継いだ。
「そういえば、前の時のグライダーはどうして手に入れたのですか? あれがあれば楽でしょうに‥‥」
ポンと手を叩き、クウェル・グッドウェザー(ea0447)が問い掛けると、五人はきょとんとして互いに顔を見合わせた。
「グライダーですよ。ゴーレムグライダー」
クウェルの言葉に、ブルーは気障な仕草で前髪をサッと払った。
「ああ、あれは‥‥」
「脱出用に、子爵のを拝借した時の事ですよ。きっと、彼が言っているのは」
「いやぁ〜、あれは痛かったわ〜! 電撃でびりびりっとやられちゃったから♪」
グリーンの説明に苦笑するピンク。プリシラも目を大きくして頷いた。
「あの時は本当にびっくりしました。みちるさんが本当に殺されたものと‥‥」
「えへへへ‥‥忍法空蝉の術でござい〜♪ そういえば、あの時のビリビリ男子は来ていないみたいね」
「ああ、それは確か験持さんですよ。きっと他の依頼で忙しいんです。でも、彼はちょっと後悔していたみたいですよ。俺は女の子を撃っちゃったのか!?って」
「ふぅ〜ん‥‥いやぁ〜、あれは不覚でした☆」
あっけらかんと笑うピンク。クウェルは、身繕いをして五人に改めて向き直った。
「それと僕からは一言、言っておかなければならない事が‥‥」
直立姿勢から、ぎゅっと目を瞑って深々と頭を下げるクウェル。
「スラムの事は‥‥申し訳ありませんでした‥‥」
それは心からの謝罪の言葉であった。それを口にしたところで、逝ってしまった人が帰らない事は判っているのだが‥‥
●プリシラ城攻略戦
翌朝。湖畔の村々の舟は、全部城に集められてしまったかに思えたが、辛うじて数隻を確保する事が出来た。
何時に無く深い霧がたちこめる湖面。その霧の中、幾つかのグループに分かれた冒険者が静かに、静かにと船を進めさせた。この湖で魚を獲って暮らしている者達も、今度の事ではかなり頭に来ている様子。レイナードの人望の無さの現れとも思えた。多くが生活の糧となる舟を取り
上げられたのだ。数人の漁師が、櫂を進んで握ってくれている。
城の側面を突く様に、東側の城壁で一騒ぎが起きると、オルステッド・ブライオン(ea2449)と女房の桜桃真治(eb4072)からフライングブルームを借りた吾妻虎徹(eb4086)がそっと城の水門へと向う。
「始まった様ですね」
当然、プリシラは後方の陣に残り、湖岸でこの様子を遠く眺めている。そしてその傍らには、少しお腹が目立って来た真治の姿もあった。
「虎徹‥‥」
「彼が心配ですか?」
何気ないプリシラの言葉に、真治はわずかに表情を曇らせる。
「不安なの? 真治さん‥‥」
そよそよと頬をくすぐる湖畔の湿った空気。真治は首を左右に振って俯いた。
「虎徹は優しいよ‥‥でも、何か違う‥‥」
「そんな事‥‥」
「そうそう、そんな事より、プリシラ姫! レイナードが何を企んでいたとか何がどこにあるとか、証拠品がどこにありそうだとか、分かるだけ話して欲しいんだ。もしかしたら、まだ‥‥まだ話してない事とか言い忘れてた事とかあるかも‥‥」
最後に語尾を濁しながら、真治は両の掌で、己の腹部を、そこに宿る新たな命を愛でる様に。
「私も不安‥‥」
唐突にプリシラは、真治から湖上の城へ目線を泳がせた。
「あの人は、初めから別の物を見ていた。ずっと、ずぅ〜っと‥‥そして、死んでしまった‥‥もしかしたら、まだ生きているかも知れないけれど、あの人は何かに追われて、何かを追い続けて‥‥きっと前の奥様が自殺されたのも、その事に対するせめてもの抵抗だったのかも‥‥」
「プリシラ姫‥‥」
「真治さん‥‥もしよ‥‥もし宜しかったら、私たちお友達になれません? 勿論、奥様として大先輩である真治さんが、当然私より年上だし、お姉様という事で‥‥子育ての事とか、将来お聞きしたい事がいっぱいありますわ。私の場合は、もうすぐ未亡人かも知れませんけれど‥‥」
「‥‥これが最後‥‥」
「え?」
「ここに来るのも、これが最後になるかも知れないから‥‥」
少し俯き、真治は唇を少し噛んだ。
ガラガラと滑車が回り、ゆっくりとだが水門が上へと引き上げられる。石の床には、ながながとのびた兵士達が。腕時計を見、頷く虎徹。
「予定通り。作戦行動に遅れ無し」
オルステッドとアイコンタクトを取り、周囲の気配を探る。
水門が開くと同時に、湖面の霧がどっと流れ込み、それと共に小船に乗った本隊が滑り込む。わらわらと降り立ち、身構える冒険者達。
オルステッドは、素早く駆け寄り、エイジス・レーヴァティン(ea9907)の肩を叩く。
「案内頼む‥‥」
「任せて。さて決戦だ。手加減なしで行かせて貰うよ。今宵の虹光は一味違うぞ」
にこポンと胸を叩くエイジスに、オルステッドは言葉すくなに頷き、二人は取水口へと急ぐ。前回、地下の施設へと辿り着いた侵入口だ。
すれ違い様、クウェルは呼び止められて足を止めた。そこには虎徹が立ち、険しい眼差しで見つめている。
「何か?」
「クウェル殿、妻が貴方から手紙が来て困っております。そちらも寄り添うものがおられるみでありますので、誤解を招くような行動は謹んでいただきたく思います」
「誤解がある様ですが‥‥」
その時、二人の目線が激しくぶつかりあった。
「後でな‥‥」
「‥‥」
「みんなおそいの〜!」
そんなレン・ウィンドフェザー(ea4509)からの呼びかけに、二人は動き出す。
「もう〜!」
「ごめんごめん」
小走りでやってくるクウェルにぷうと頬を膨らませて見せるレン。
その傍らで、エルフのマリーナ・アルミランテ(ea8928)が既にディテクトライフフォースで探知を始めている。
「さて、参りますわよ! あちらから5体!」
「ご婦人方は後ろに!」
すでに抜刀しているルイス・マリスカル(ea3063)が盾を構えた。
「お願い!」
その後ろに隠れる様に王蓮華(eb5364)が飛び退り、ラフィリンス・ヴィアド(ea9026)が無言で前に出る。
「そぉ〜れ、どっか〜ん! なの〜♪」
レンの高速詠唱に、ぼよ〜んと大空高く舞い上がる人影。くるくるっと飛び上がると、そこからひゅるるるるっと落下して大地に鈍い音を発て叩きつけられる。
「おいおい、間違えてこっちを飛ばさんでくれ!」
ニヤリ。オラース・カノーヴァ(ea3486)は飛び来る気配を叩き落す。チリンチリンと数本の鉄片が弾け飛び、これに続き霧の中から数名の人影が飛び出した。
「来たなカオスニアン! 楽しませてくれよ!」
迎え撃つ強打。ドロン。その手応えは無く、衣類だけが剣にまとわりついた。
「なんだこりゃ!?」
「うぐ!?」
背後の気配に振り向き様一閃。そこには、矢の突き立った黒ずくめの男が。
無言、アリオスは次の矢を番える。
「ちっ!」
舌打しながらもオラースは剣先を別の気配へ。ジャリンと火花散らし、飛び退る。
「妙な技を使うじゃねーの!」
地面に転がるカギ爪の切っ先。それは何やら赤黒く濡れている。
「毒だ! 毒塗ってやがる! 気ぃつけろ!」
が、そんな警告も、既にラフィリンスの耳には届いていない。
「ひゃあぁあぁあぁあぁっ!!」
狂気に取り付かれ、剣を振るうラフィリンス。既に誰が誰だかなど認識の外。
「あひゃひゃぁっ!!」
「こいつは狂戦士だ!」
「まともにぶつかるな! 取り囲め!」
するとひゅんひゅんと風を斬り、敵は何やら振り回し始める。
鎖分銅。チェーンの先に鋭い金属の錘を付けたモノ。まともに受ければ盾はひしゃげ、剣は折れ曲がる。ダンと跳ぶラフィリンス。
だが、ラフィリンスを囲う男達は、一定の距離を保ちその動きに合わせて動く。常にラフィリンスが囲いの中央にある様に。
「それ!」
ジャラジャラと音を発て、四方八方より飛来する分銅群。
「へあっ!!」
転がるや、視界を掠めた存在をぶった切る。鮮血が散り、大地にくず折れる気配。燃える様な熱い血を浴び、視界が曇る。そこへ、何やら白い物が。避けながら反射で叩き切るや、白い粉が舞い上がり、それがラフィリンスの目を焼いた。焼ける様に熱かった。
「ぎひぃぃぃぃっ!?」
「今だ! それ!」
機械的に動く男達。容赦なく、咳き込みぼろぼろと涙を流すラフィリンスへと襲い掛かった。
同じ頃、虎徹は深螺藤咲(ea8218)と共に、城の執務室を目指し動いた。先頭を髑髏刑事ヘクトルがずんずん突き進み、出会う者は大概悲鳴を上げて逃げ出した。
時折、窓の外を人が高く舞い上がり落下する様を視界の隅に捉える。
「俺はもっと上の塔を目指す! あそこが怪しい! ヤバイネタがぷんぷん臭うぜ!」
「判ったわ! 気を付けてね髑髏刑事!」
「おおっ!!」
ドスンドスンと階段を駆け上る髑髏刑事ヘクトル。それを見送るでもなく、二人は急ぎ廊下を走る。
「どけどけどけぇっ!!」
「はぁ〜い、ごめんなさいね!! カリメロ家を引き継がれる姫様の為、書面の整理に参りました!! 道を明けて下さい!!」
ばぁ〜んと、勢い扉を開けると、そこは確かにレイナード子爵の執務室。以前、下調べをしていたピンクこと不動みちるの情報に間違いは無かった。
「おやおや、これはこれは‥‥」
燕尾服の侍従長、ジャドーが執務机の脇に控えていた。机の向こう、黒い革張りの椅子は窓辺を向き、こちらに背を向けている形になる。
ジャドーはその椅子にうやうやしく一礼した。
「どうやら礼儀をわきまえぬ野良犬どもが迷い込んだ様で御座います。ここは私目にお任せを‥‥」
虎徹と藤咲は、そんな様を眺めながらもゆっくりと歩み寄った。
「レイナード、ジャドー‥‥お前達の悪事もこれまでだ」
「王室調査室の方も来ているわ。観念なさい、カオスニアン!」
するとジャドーは、首をコキコキ鳴らしながら、悠然と前へ進み出た。
「さて、何の事でございましょうか? ああ、水辺に陣を張っているあの方々の事ですか? あのいまいましい老いぼれエルフさえ居なければ、すぐにでも始末して差し上げるのですが、何分僅かの振動でも感知して、周囲の植物が襲って来てしまいます。あれだけが厄介です。ですが、わたくしめにも良い案が浮かんだところです。何、木や草など火を放って焼いてしまえば宜しいのです。風上より油を撒いて、火を放てばたちまち。なに、村の一つや二つ、すぐにでも再建出来ます」
「そんな事は断じてさせん!」
何時に無く虎鉄が吼え、その五体から闘気の如く淡い光が沸き起こるオーラエリベイジョン。
「人の命を命とも思わぬ外道! いや、邪道! 貴様のカオス、俺がここで食い止める!」
「姫様の身を害す事は、我らがさせません!」
身構える二人に、徒手空拳のジャドー。静かに両の腕を前に上げ、まるで空手の前羽の構えの如くに身構える。
「出来ますかな? 貴方がた程度の腕で‥‥」
ぬらり、その五指の先より、何やら赤黒いぬらぬらと濡れた鉄針が現れる。
「止めましょう! この火の加護の元に!! 命燃え尽きるまで!!」
藤咲の手に持つサンショートソードが結印と共に炎をまとう刀身と化し、その表情すらも赤々と照らし出した。
「そうだ!! 例えこの身がここで果てるとも、我が妻、我が子の居るあの陣に指一本触れさせはせん!!」
「愚かな! 尻尾を巻いて逃げ出すが似合いの野良犬風情に何が出来る!?」
一歩、また一歩と前に進み出るジャドーの影が、その気配が異様に大きく膨らんで見えた。
ゆっくりと時が流れる。
「殺っ!」
唐突に、まるで楽の音を奏でるかの如く、優雅にジャドーの両腕は弧を描いた。
水路から再び侵入を試みたエイジスは、同行するオルステッドに肩を捕まれた。
「待て‥‥エイジス‥‥」
ランタンを掲げ持つオルステッドは、水路を滑り込もうとしたエイジスに入れ替わり、水の流れの中、レイピアを引き抜き、その水路に刀身を潜らせた。
カチン。何やら硬質の物に触れる感触。それは、目に見えにくいガラスの刃。
水路には無数のガラスの刃が仕込まれていたのだ。
「この前、侵入した時には、こんな物は無かったのに‥‥」
にこやかに冷や汗をかくエイジス。
「どうやら、そのせいで仕込んだみたいだな」
僅かに付着した水藻が、ランタンの光に辛うじてその刀身を浮かび上がらせていた。よく見なければ気付かないであろう。
オルステッドは、ランタンをエイジスに渡し、セブンリーグブーツの足の裏で、その感触を確かめる。
「ふん!」
足の裏で砕ける感触。ひとしきり砕きながら、二人はゆっくりとその水路を下った。
「みんな!! 退魔レンジャーハリケーンだ!!」
「「「おうっ!!」」」
「逝くわよ!! イ〜わね!!?」
レッドの呼びかけに、何やら5つの力が合わさり、妖しげな技が炸裂する。
「ごはぁぁぁぁっ!!?」
岩をも砕く巨漢と化した、ドゲスの体が城壁に沈む。
「ぐ、ぐううう‥‥」
「こ、こいつ! まだ動くのか!?」
「人間じゃないわ!」
「べ、べぼびびっづだ‥‥」
ドゲスであった化け物が、あからさまに怪しい器具を己の身に突き立てる。すると、そこからドゲスの身体は再び異様な膨張を。見る間に倍の大きさに膨らみ、雄叫び高く立ち上がった。
「ごはぁぁぁぁぁぁっ!! おべぇらごろずごろずごろずうぅうぅうぅうっっ!!!」
「こいつは不死身か!?」
「待って‥‥」
「ああっ!!?」
ピンクが皆を制すると、振り上げられたドゲスの拳がゆっくりと、その筋繊維の一つ一つが悲鳴をあげ、ぶちぶちと千切れ、下がってゆく。
「体が、奴の体が崩壊していく!」
「薬物による無理な強化が祟ったのね」
「お、おでどがだだがあああああっ!? ぐげぇぇぇぇぇっ!?」
「みんな、奴の苦しみを終わらせてやろう‥‥」
頷く4人。火、水、土、風、そして忍の五つの力が、再び一つとなった。
ぽたぽたと血溜りが足元に。それに足を取られ、ずるりと片膝を着く虎徹。その横で藤咲も同様に、その身に数本の寸鉄を受け、息も絶え絶え。
「はははは‥‥最初の勢いはどうした? 野良犬ども」
これに対し、全くの無傷。ジャドーは紳士然とした姿。
「そろそろ終りにしてやろう! この大切な執務室を野良犬の血でこれ以上汚す訳にはいかんのでな!」
懐から新たな寸鉄を、その両腕に引き抜くジャドー。そして、その身は僅かの煙をまとい、幾つもの姿に。見る間に5体ものジャドーが。
「どれが本物か判るかな!? 判るまい! はぁ〜っはっはっはっはっはっ!!」
「こ、虎徹‥‥まだ立てる?」
「な、何とかな‥‥」
既に刀身は炎を失い、床に落ちている。万事窮す。
「まだ、私の炎は消えていないわっ!!」
「何ぃ?」
その時、虎徹は懐からトランプ一式を取り出し、親指と中指でぴゅーっと部屋中に撒き散らした。一瞬、ジャドーの注意がそれる。
高速詠唱。見る間に炎を全身に纏い、藤咲は炎の鳥と化す。たちまち火炎が窓を突き破り、ジャドーの影を3体掻き消すが、本人は軽やかに避けてみせる。
空に舞う藤咲は、かなりの速度で反転。舞い戻ろうとしたその時、藤咲は窓辺に落ちかけた椅子の上、レイナードの姿を捉えた。
「レイナード子爵! ああっ!?」
「触れるなぁっ!!」
急降下する藤咲の前にジャドーが割って入り、蹴り飛ばす。
すると、ぐらり、椅子が傾き、ゆっくりとレイナードが、その半分つぶれ腐りかけた身体が、窓辺からずり落ちる。
「はあああああっ!? 殿下ぁぁぁぁっ!!」
それを追うジャドー。
虎徹は毒に犯された身体で、引きずる様に執務机の後ろに、藤咲によってぶち抜かれた窓辺に乗り出した。濃い霧に包まれたプリシラ城は、二人の姿を優しいベールの如く覆い隠してしまっていた。
「そ〜れ!!」
がっしゃーん!!
「行きますよ〜っ!!」
「ああ!!」
エイジスとオルステッドは、互いに巨大な培養装置を持ち上げ、助走をつけて駆け寄ると、派手にぶつけ合った。装置と言っても、木枠の浅い箱に、ガラス管でぽたぽた水滴が滴り落ちる簡単なもの。
「うわぁ〜っ!! 凄い胞子だ!!」
もうもうと舞い上がる煙。それを吸わない様に退避する。妙な全身スーツを着た連中は、二人を見るやみな逃げ出してしまった。
「わっは〜い! オルステッドさん! 次はあれ行きましょう! あれ!!」
「ふ‥‥いいだろう‥‥カン騎士団隊員、オルステッド‥‥参る」
二人はひとしきり巨大な培養装置に襲い掛かった。黄色い光の下、足元を妙な色彩の液体がどろどろと流れ出し、この洞穴の奥へと消えて行く。
そこへ、正面から突破を図った本隊が突入する。
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
水を敷き詰めた廊下をばしゃばしゃと駆け抜け、突然ぬるりとした足元に思いっきり滑るマリーナ。そのぬかるみに尻餅をついた。
「あいたたたたぁ〜‥‥わぁ〜見た事も無い苔っ! こっちの世界のオリジナルかしら!?」
ふと手元ででろ〜んとなっている苔を手に、マリーナは目を輝かせた。他の者には一切見分けが付かず、好奇心に目を輝かせるマリーナに、次から次へと突入する仲間は、一瞬怪訝そうな顔をする。が、そんな事は関係無いのだ。
「お〜い! どうなってるかぁ〜!?」
既に大部分の破壊を済ませたその様子に、オラースは呆れた口調で尋ねる。
「ここで働いていた奴等は、洞窟の奥へ逃げちゃいました〜!」
天井を見渡せば、ここからは自然の洞窟。更に奥がある様だ。
●プリシラ城解放ス
「なんだ、ここは?」
髑髏刑事は塔の上を捜索中だ。
「そこは、不浄の物を捨てる穴で御座います」
姫様付きの侍女が、具体的に案内して回る。
仮面の下、とほほ〜な顔をするヘクトルは、手で臭いを払いながら次へと取り掛かる。
この塔には、数ヶ月篭城出来る様に、雨水を蓄える処や、食料の貯蔵庫等が存在していた。
執務室の方はと言うと、特にカオスニアンどうしの連絡とか記録は見つかっていない。
あるのは、日々の生産量の記録や、収入と支出。その大部分は、エーガン王陛下への献金に使われている。だからと言って、罪が問われる事はそこに何も無い。
遺体は、役人の目に触れる前に、モッズの指示で炉にくべられた。生き残っていた者は、尽く自決して死んでいた。舌を噛み切ったのだ。証言を得る事は不可能となっていた。
普段はガラスを溶かす高温の炉が、その日はひがな一日中、黒煙をもうもうと吐いていた。無論、レイナードとジャドーの遺体は発見されていない。
「全く、使えない奴‥‥」
城壁から湖面を見下ろし、蓮華は一人愚痴る。あの霧の中の戦いをキズ一つ負わずに生還したのだ。全くしたたかな女?だ。
「ほんと〜にい〜の?」
「お願いねレンさん」
「よ〜し‥‥そ〜れ、どっか〜んなの!!」
にっこり微笑むレンは、その洞穴の天井へ向けてグラビティ−キャノンを立て続けに放つ。
見る間に、天井が砕け、そこから水が勢い良く吹き込んで来る。それは湖の水。
「さ、行きましょう」
「は〜いなの♪」
すっきりしたレンは、プリシラ達と共に、足取りも軽やかに地下室を後にした。
背後では轟々と響く水音。蓮華の見ている前で、たちまち湖に渦巻きが出来、水位がぐんぐん下がったのは言うまでも無い。
そこはレイナード子爵の執務室。
「虎徹〜!」
「ああ‥‥」
調査中の虎徹に、真治がバスケットを手に駆け寄った。
「虎徹、これ…いつもお弁当作ってるだろ、だから今回も。良かったら食べて」
「サンキューな。おっとここから先は危ないぜ」
藤咲がぶちぬいた窓から、真治を遠ざけようとする虎徹。そんな様に、真治はそっと抱きついた。
「もう傷は良いの?」
「ああ、傷口は自体はそんなに酷く無い。リカバーかけてもらったしな」
お腹に気を付け、優しく抱きしめる虎徹。
「俺がお前を守るからな」
「虎徹?」
表情を曇らせる真治を、安心させようと虎徹は頬にキスをした。
ふと目を覚ますと寝台の上。ラフィリンスは、どこかで見た事のある光景に、ぼんやりと天井を見つめた。
「これで二度目だな」
静かな口調のハンス老人。ラフィリンスが見渡すと、そこは城の中にあるガラス工房の宿舎。
「私は‥‥」
「まだ少し寝ていた方が良い。お仲間がリカバーをかけてはくれたが、毒の影響が残っているかも知れん」
見れば壁には、まるで鉄の板の様な巨大なトゥハンデッドソード。その表面には、ごく最近出来たであろう、血脂が薄っすらとのっていた。
「ハンスさん、貴方は?」
「やれやれ無駄足ですか」
集められた資料を手に、麟太郎はため息一つ。確かに、カオスニアンと関係があったとの証拠があれば、それを口実に家名断絶領地没収はありえる事。普通、内情を総て国の役人に見せてくれるとはありえない話だ。
「すまん‥‥」
「良いんですよ、エイジスさん」
傍らでがっくりと項垂れるエイジスに、麟太郎はさわやかな笑み。
「総合的に見て、他との連携があった様には今の所は思えません。元々、カオスニアンの勢力が一枚岩と考える方がおかしいのです。今回の様に、まるで忍者の様な術を使う集団というのも珍しい。それよりも、今回の事を期に、ウゥルの人々に麻薬の恐ろしさを啓蒙する事の方が大切な気がします。この点に関しては、陛下に報告書を提出し、麻薬は一時的な利益をもたらすものの、その蔓延は国力の低下に繋がることを、地球の歴史を交え説明し、倫理や感情論ではなく、純粋に麻薬は国益を損ねることをご理解いただけるよう働きかけなければなりません。今回の件、無駄にはしませんよ」
麟太郎はそう言って、微笑んだ。