ブラック××団4〜金の卵と銀の卵
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:14人
サポート参加人数:4人
冒険期間:06月14日〜06月19日
リプレイ公開日:2006年06月20日
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●オープニング
●結婚式前夜
炎の鳥が宵闇を舞う。電光と爆炎轟くプリシラ城が、夜の闇に煌々と照らし出されていた。
対岸からプリシラ城を呆然と見守る人々は、一体何を始めたのだろうと気が気では無い。すわ主の危機と、船着場に押しかける護衛の騎士や兵士達。たちまちカリメロ家の兵士をのし、はしけを奪って城へ漕ぎ出す騒ぎ。
それでも船着場にはぎっしりと各家の者達が固まり、口々に何かを叫ぶ。
そこから僅かに離れた水辺。松明に揺れその様を映し出す水面。それがぼこりと隆起し、まるで闇の領域から新たに産み出されたかの如く、それは生い茂る水草を這いずる様に掻き分けて進む。
荒い息。
重たげな四肢。
苦心して進む、その歩みがピタリと止まる。
「よお、ご苦労さん」
拍子抜けする明朗な響き。
声を掛けられた方は、忌々しそうに唇を噛む。聞き覚えのある声だ。リーダーでは無いがあの5人の中の一人である事に、隠密の達人たるこの冒険者にとって聞き間違えようが無い。
「ブラック××団‥‥」
「どうだった? なかなか面白い所だろう?」
ニヤリと白い歯が闇に光る。闇の中より人影が現れた。
「怪我人が居るんだ。手伝え」
軽く揺さぶると、背中に担ぐウェットスーツを着込んだ金髪の男がうめく。
「うっ‥‥うう‥‥」
「半エルフの兄ちゃんか」
「毒を喰らったらしい。毒消しは飲んだらしいが‥‥」
「‥‥判った。取り合えず安全な所へ移そう」
急に真面目な声色に変わり、男は片手で印を結ぶと淡く青い光に包まれた。途端にその周囲から濃い霧が沸き立ち、瞬く間に湖面とその周囲へと広まっていった‥‥
●式の朝
「私は一体‥‥何を‥‥ 」
うっと言って目覚めるや、跳ね起きて絞められた咽元を確認した。
少し痛む、が死んではいない証拠だ。
その時になって、自分がかなり粗末な部屋に寝かされている事に気付いた。寝台は硬く、シーツもボロボロで変な臭いだ。壁の漆喰も染みやヒビがいっぱいだ。身に付けていた武具が、部屋の片隅に綺麗に整理され置かれている。
「起きた様だな」
キイ‥‥と扉が開き、その声に振り向くと、そこには巨漢ながらも老齢の男が立ち、じっと見下ろしていた。
そして、片手に持つトレイをそっと差し出すと、その上には湯気の立つ木のスープ皿と、白いパンが一つ。受け取ると、立ち昇るオニオンの香ばしい香りに、恥ずかしくもくぅ〜っとお腹が鳴る。
少し頬が紅潮した。
「ど、どういう訳です? 貴方は一体誰ですか?」」
「危ないと思ったのでな」
そう言って、壁際にあった粗末な木の椅子を引き寄せて座り、静かに見返してきた。
「何を目的に来たかは聞かぬが、大人しく帰れ。死ぬぞ」
脳裏に、闇より湧き出る様に現れた、黒ずくめの集団が思い出された。あの闇の中で戦ったとしたら、確かに何も出来ぬままなぶり殺しにされていたやも知れぬ。
「今朝は飲んで酔いつぶれていたと、口裏を合わせてやろう。今日は式に出席し、大人しく帰るんだな」
「式!?」
しまったとばかりに立ち上がりかけトレイが跳ねた。
慌てて掴もうとした手は寸での所で空を切り、それは老人の手に握られていた。
「若いな‥‥故に危うい」
「そ‥‥その様な事を、初対面の貴方に言われる覚えはありません」
フッと鼻で笑われた気配。
トレイが再び渡された。
この老人が、ハンスというガラス工房の絵付け職人だと後で判った。
●カリメロ家の結婚式
昨夜の襲撃騒動により、自ずと不寝番となった警備の者達は異様に殺気だっていた。
「何故に俺が城には入れんのだ〜っ!!?」
「ええい! 貴公の様な、怪しい面体の者を入れる訳にはいかん!」
「招待状があるんだ!! 招待状が!!」
桟橋でこれまた徹夜で走って来た髑髏刑事が一悶着起こしている頃、結婚式はプリシラ城の見晴らしの良い大広間で、しめやかに執り行われていた。
参列者は、ルーケイの騒乱の影響もあってか、王都から東側の領主が多く参列している。
そして侍従長のジャドーが頃合を見計って合図を送ると、この日の為だけに集められた楽士達が一斉に華やいだ楽の音を響き渡らせた。
すると、大広間の一番奥、参列者が背を向けている下手の大扉が開かれ、そこから新郎である当家の当主、レイナード・カリメロ子爵が真っ青な礼装に身を包み、胸を張って静かに歩み出る。
「昨夜の騒ぎ‥‥」
「それで中止にする様では、賊に屈したと物笑いの種になりますからな‥‥」
「子爵殿もなかなか様になっているではないか‥‥」
「何度目でしたかな?」
「それを言っては‥‥」
ひそひそと心無い言葉が行き交う中、ゆっくりとした歩調で上座へ立つレイナード子爵。前を向いたまま、ピンと背筋を伸ばし直立不動。
そして、再び楽の音が高らかに響き渡り、レイナード子爵が入って来たのと同じ扉が開かれ、そこから一人の少女が純白のドレスに身を包み、静かに姿を現した。ほっそりとした美しい面差しに、湖面の様に清んだ瞳。緊張にか表情は硬く、僅かに愁いを帯びている様にも見える。
「何と‥‥」
「可憐だ‥‥ご、ごほんっ‥‥」
「幾つ離れているのだ?」
「それでは、親子程も‥‥」
「いやいや、孫子程では‥‥」
好奇の目線が嫌が応にも注がれ、それはドレスの裾を持つ少女にも痛い程に伝わって来る。
「わぁー、びっくりなのー」
(「へぇ〜、みんなはらぐろ〜♪」)
ニコニコして子供の目線から眺めると、また一風変わったモノが見えてくる。
「やれやれ。こいつは針のムシロって奴じゃん。そうでしょう、伯爵様?」
悪漢がそっと傍らのショア伯へ囁く。
「良いではないか。後は当人達の問題だ‥‥幸せになれるかどうかはな‥‥しかし‥‥」
「お嬢さんの事が気になりますか?」
一瞬遠い目をするショア伯へ、あごひげをさすりながらニヤリ。
「う‥‥うむ。まぁ、な‥‥どこの国も後継ぎ問題は難しいのだよ」
「成る程。こればかりは別問題の様だぜ」
少し困った顔をするショア伯に悪漢は得心した。
王の名代として送り込まれた騎士が祝辞を読み上げると、侍従長のジャドーが恭しく宣言する。
「それぞれのカリメロ家に伝わる家宝、金の卵と銀の卵。これを交換する事により婚姻の儀となします。家宝の交換を‥‥」
それぞれの胸からペンダントを取り出す。それは、卵の殻が半分のペンダント。丁度、割れ目のギザギザが合わさるかの様。
真っ直ぐに互いを見詰め合う二人。
「長きに渡り、二つに別れたカリメロ家が、今一つになるのだよ、プリシラ‥‥」
猫なで声のレイナードに答える素振りも見せず、ただ機械的に金の卵を差し出すプリシラ姫。二人は互いのペンダントを取り替え、首から下げ、それを判る様に皆へ示した。
ワッと沸き起こる祝福の声と拍手。
そしてレイナードは、己の首から下げた金の卵をプリシラに見せ、語りかけた。
二つに別れしカリメロ
再び一つに戻りし時
我を一つとし
祖先の前へ示せ
されば古の光甦らん
するとプリシラ姫も、同じ様に銀の卵を手にし、レイナードはほくそえみながらもその割れ目を合わせんとする。
が、卵は近付ければ近付ける程、何か見えない力に遮られ、合わさる事無く弾け飛んだ。
●リプレイ本文
●式当日の記憶
並び居る参列者の見守る中、それは乾いた音を発てて床に落ちた。
金と銀の、半分に割れた卵を模したペンダント。
それはカリメロ家の、二つに分かれた血筋の証。
正当なるそれぞれの継承者が、身に付ける事を許された家宝の品。
それが、この婚姻を認めぬとばかりに、互いを押しのけ‥‥
「おおっ精霊よ!! やはり言い伝え通り、先祖の霊廟を前に行わなければならぬ様です!!」
芝居がかった大げさな身振り。レイナード・ローリー・カリメロ子爵の言葉が、城の大広間に朗々と響いた。
始め動揺が走ったが、次第に得心のいったモノへと変わった。
「後は内々の者でやるか‥‥」
「がっはっはっは! 結構、見ごたえはあったのだがな!」
ため息混じりにショア伯は帰りのフロートチャリオットに乗り込み、最後に湖上の城を見やったギル子爵が黒いマントをはためかせた。
そこへ、緊張した面持ちで吾妻虎徹(eb4086)は桜桃真治(eb4072)を伴い、人混みを掻き分け近付いた。
「よお色男!」
黒い杖をひゅんと鳴らし、ギル子爵は皮肉めいた笑いを浮かべた。
「どうされました?」
「そういう事か。もしや同郷の人かね?」
奥からアルフレッド男爵とショア伯がこちらを覗いている。
虎徹は踵を鳴らし、自衛隊形式の敬礼。
「‥‥私は、とりあえず騎士学校の事は諦めを付け、自分に出来る範囲でこの国に尽くそうと思っております‥‥愛する者が出来ましたので‥‥」
「わっ!?」
そう言って、改めて真っ赤になった真治をぐっと引き寄せた。
「ど、どうも‥‥初めまして、桜桃真治です」
口の中があわわと踊り出しそうな真治が、一礼するとその場の貴族達は口々に二人の天界人の結婚を祝福した。
「それはめでたい! 俺は海戦騎士団を任されているギル・カラスだ。美しい女房殿」
「お二人に精霊の祝福あれ! 一度、二人でショアを訪ねて来なさい」
「天界人殿、ウィルを良き姿へとお導き下され」
一言ずつ祝福の気持ちと共に言葉をかけ、それが一通り済んだ頃に、虎徹は本来の目的を口にした。
「ショア伯様、また他の皆様‥‥カリメロ城の伝承などご存知でしたら、お聞かせ願えませんか?」
「カリメロ城?」
一同、妙な質問に眉を寄せた。
「この城では無く‥‥本家の城ですね」
アルフレッド男爵は、尋ねる様に語りかけた。
「今は没落していますが、昔は今の何倍もの広大な領地を持つ、相当の家柄だったと聞いた事があります。しかし、兄弟で跡目を争い、その長きに渡る争いの中、その力を失っていったと‥‥」
(「兄弟で跡目争いか‥‥今のフォロ家みたいだな」)
●謎のサラリーマン風の男
ジャパニーズビジネスマン。核ミサイルから爪楊枝までと何でも売り捌き、ゼニゲバの如く地球のグレーゾーンで暗躍した企業戦士の一脈。そんな異様な雰囲気を纏う男と、また別の異界より到来したエルフの戦士、オルステッド・ブライオン(ea2449)は、冒険者の酒場で少し気の利いたエールを手に声を落とし、低い声でひそひそと言葉を交わしていた。
「何ぶん裏社会の事、記録なんてモノはありませんが、年寄りの口からは面白い話が聞けましたよ。これは、対テロ対策に出てもらってますから報酬代わりですよ」
「そうか‥‥で?」
男は眼鏡を直し、その奥から冷徹な眼差しを投げかけて来た。
「昔からその手の連中はどこにでも居るもんですが、どうも秘密主義的なまぁ結社みたいなもんですか。抗争となるとあっと言う間に相手を皆殺し。そんな事が続いて誰も手を出さなくなったって事らしいですね。ですが、最近はまた喧嘩を売ってる豪気な方が居るらしい‥‥」
「それがブラック××団だと?」
男は周囲を気にしながら、首を左右に振った。
「それが、あのマーカス先生だともっぱらの噂ですよ。大丈夫なんでしょうかねぇ? スラムの一画を潰してマーカスランドなんてやってるでしょう? あれはある意味、城らしいですよ。この間、残りのスラムが全焼したじゃないですか。あれもその結果ですとか‥‥」
「麻薬窟が焼き討ちにあって、強風であっと言う間に広がったあれか‥‥」
「まあ、火事なんて事になれば、あの辺の連中はみなさっさと逃げますから人的な被害はそんなに無かったらしいですけどね。ああ、それとカオスニアンの扱いについては、即抹殺らしいですよ。でも、特徴は肌が浅黒くて目も髪も黒いだけ、なんて言われたらインド人もビックリって奴ですよね。ジ・アースにもそう言った方は多いのではありませんか? 間違えられて殺されたら目も当てられない。存外、そうやって殺された天界人も多かったりするかも知れませんね。大体、カオスニアンなんて大多数がお話だけなんですから」
●冒険者ギルドにて尋ねてみると‥‥
「そんな、カオスと取引なんてとんでありません!!」
頭のてっぺんから突き抜ける様な声に、ルイス・マリスカル(ea3063)は慌てて目の前の受付嬢の口を押さえた。
一斉にこちらを見る人々。
「冗談! 冗談ですよ、お嬢さん!」
「ふが! もが! はが!」
どうやら、カオスに繋がるという事は、貴族としての面目を全て失うに等しい行為だとか。それは、少なくともこのウィルにおいてはそこそこ共通認識として考えて良い様だ。
●絵は口程に?
出立予定日を前に、冒険者街でちょっとした取り組みをしている者達がいた。
「もっともこもこぉ〜?」
「ええ、もっともこもこした感じでしたね」
にこにことその羊皮紙を覗き込むハーフエルフのエイジス・レーヴァティン(ea9907)に、木炭の欠片をそのちっちゃな手に握り、レン・ウィンドフェザー(ea4509)はう〜んと想像してみる。足をぱたぱた。んっ!
「おおっ!?」
ポンと手を叩き、木炭を一旦置いて、その横にあったパンでごしごしこすり始めた。
「あらあら‥‥」
茶器を手に、エルフのマリーナ・アルミランテ(ea8928)が戻って来た。そっとテーブルの上にそれを置くと、にこやかに描きかけの絵を見る。
「色は判らないんですわよね?」
「ええ。あの地下は、不思議な黄色い光で、実際の色はさっぱり判りませんでした」
「でも、あの地下では苔を栽培している筈ですから、それを見たのかしら?」
「え?」
クスクスと微笑むマリーナ。
「だって、運送中、木箱の中でガラスが割れない様にと、地下で栽培している苔を詰め物にしてるそうですわ。それと同じものかしら?」
「‥‥まさか‥‥」
言葉に詰まるエイジス。
「それで、その栽培施設はどんな感じだったんですか?」
「水のタンクからガラスの管がこう伸びていて、そこからぽたぽたと水が滴り落ちてるんです。そして何やらもこもこした、確かに言われてみれば苔みたいなモノが、こう斜めに立てかけた底の浅い木箱の様なものの底一面にびっしりと‥‥」
「そうなると粘菌やカビの類では無いでしょうね。茸の類にも幻覚を見せるものがありますけど。苔? 苔を栽培するなら適度に水が滴っているのは、育ちが良さそうですわね。私の知っている限りでは、そういう種は知りませんけど、こちらの世界特有のモノかも知れませんわね」
「う〜む‥‥それは所謂一つの‥‥一つの‥‥」
「できましたの〜☆」
声を弾ませ、サッと差し出した羊皮紙には、エイジスが見た光景の雰囲気が、ほぼ8割方描かれていた。
「そうそう、これこれ」
エイジスの言葉に、マリーナはどれどれとその羊皮紙を手に、改めて見直し、レンは鼻先を真っ黒にしてにっこり満面の笑みを浮かべるのであった。
●カリメロ子爵 一日目
それは子爵の執務室で、陽光の下にさらされていた。
「あまり良い出来では無いな‥‥」
「申し訳御座いません。式の前日、地下の施設に賊が侵入しまして、水の供給装置を破壊され、その復旧に手間取ってしまいました」
レイナード子爵はそのブツを、ぽんとテーブルの上に放った。
「不手際だな。言い訳は聞きたくない! この次に送る分は、大丈夫であろうな? 陛下への上納金について、そう言う訳にはいかんのだぞ?」
「はっ。申し訳御座いません‥‥この次の出荷分には必ず‥‥」
「下がってヨロシイ!」
「ははっ‥‥」
それを手に執務室を去るジャドー。
レイナード子爵は、血走った目で窓の外を、ガラスの塔を見上げた。
「これでは、式は挙げたが、前と変わらぬわ‥‥のう、プリシラ?」
襟元を開け、椅子に寄りかかる。
「金、金、金と、まこと金のかかる事よ‥‥くっくっく‥‥」
そしてこの日も、金の袋を懐にゴーレムグライダーで一路王城を目指すレイナード子爵であった。
●ウィル出立 一日目
火災があり一度焼け野原となったウィルのスラム街は、既に幾つものバラック小屋が建ち並び、都市に寄生虫の如くまとわりつく様は健在だった。
朝になり、門が開くと共に王都を出立する冒険者達。そこで、レンの描いたスケッチを回し見し、情報の交換を行う。
「う〜む、その苔はガラス容器の詰め物として、ひんぱんに王都へ運び込まれているのか」
「一度調べてみた方が良いかも知れません」
アリオス・エルスリード(ea0439)はエイジスからマリーナの意見なども交えながら情報を得る。
「あら、ありがと〜♪」
受け取ったセブンリーグブーツを履こうと、その場で王蓮華(eb5364)は屈み込む。すると光沢鮮やかな藍色に染めた絹のチャイナドレスのスリットから、白磁の如き滑らかな脚がすらりと伸び、見る者を魅了せんとする。
「うふふ‥‥ハイヒールより、履き心地は宜しくってよ」
艶やかな、低いハスキーボイス。
「あ、ははは‥‥どういたしまして‥‥」
苦笑する英国の神聖騎士、クウェル・グッドウェザー(ea0447)は、それをあまり直視しない様に指輪の反応を見るが、石の中の蝶は微動だにしない。ここにデビルはいない様だ。
「ふぅ〜‥‥あ、オルステッド! そっちは何か判ったかい?」
ほっと胸を撫で下ろし、クウェルは足早に駆け寄った。
「ちっ逃げたか‥‥」
「どうした、クウェル?」
見送る蓮華は孔雀扇の羽の間からその背をほくそえんで眺め、オルステッドは怪訝そうにクウェルを見やった。
「な、ナンでもないよ! ホントだヨ!」
自然、声が裏返る。
「そうか‥‥私には話せない事なんだな‥‥」
キュッと唇を結び、目線を逸らすオルステッド。胸元に手を置き、悲しそうなうらぶれた表情を浮かべた。
「ち、違うヨ!」
「‥‥いいんだ。所詮私は‥‥」
「違う違う! や、やだなぁ〜、何か勘違いしてるよっ!」
ハッと我に返ると、クウェルは城門の周りの数百人から注目されている自分に気付いた。
「よう、兄ちゃん! 痴話喧嘩かい?」
「もてもてだねぇ〜!」
どっと笑いが沸き起こる。そこには、魔窟襲撃による影は微塵も感じられなかった。否、それどころか爽やかな一陣の風が吹き抜けてゆく。
人々の肉体も心も腐らせていた、娼館や麻薬窟が城門前から一掃されたのが、とても大きかった。
●モッズ 二日目
エイジスが吊るされていた巨木の下で落ち合った髑髏面の怪人、ヘクトル・フィルス(eb2259)の巨漢は、異様と言えば異様だが、仲間内ではもう慣れた感があった。
「お〜う、アリオ〜ス!!」
割れ鐘の様な大声。立ち上がって大手を振る髑髏刑事ヘクトルに苦笑しつつも、アリオスは油断無く周囲に目を配り、空飛ぶ箒に跨って軽やかに降り立った。
「遅い遅い!!」
「お前の歩幅と人間のそれを一緒にするな」
「がっはっはっはっは!! じゃあ行くか!?」
「こらこら」
大股で歩き出す髑髏刑事の後頭部を、箒の柄でコ〜ンとはたく。
しかし、痛いとも言わずに髑髏刑事はその歩みを止めた。
「藤咲がまだだ」
「何だ、乗せて来ちまえばいいだろうに」
そう言ってボリボリと後頭部を掻く。
「無理を言うな。ほら、噂をすれば何とやらだ」
アリオスが指差す先、少し離れた丘陵地を一頭の黒毛が姿を見せた。
「何を言う。上から見てれば判ってたろうに‥‥あんた、本当はもっと早く着いてたろう?」
「悪いか? こういう性分なんだ」
カカカと笑う髑髏刑事に片眉を上げ、アリオスは馬の駈けて来るのを見やる。乗り手がこちらの名前を叫んでいる。髑髏刑事にはそこまで聞き取れないが、アリオスの鋭敏な感覚がそれを捉えていた。
全身を弾ませ、馬の上で半立ちになる深螺藤咲(ea8218)は、高々と手を挙げた。
「やっほ〜! お待たせ〜! アリオス〜! ヘクトル〜!」
まだ名前も付けていない馬は、大汗をかいて苦しそうだが、あともうちょっとだ。
しまった! 気が付けば、髪が後ろでばらばらだ。かっこ悪〜!
急ぎ片手で均しながら、藤咲は胸を文字通り弾ませて到着する。
「こらこら!」
「そいつを乗り潰す気か?」
開口一番、二人にしかられた。シュン‥‥
森の外れでヘクトルが鈴を鳴らし、暫く待つと目の前で森の木々がするすると二手に別れ、一本の道が三人と一頭の前に現れた。
「すっご〜い! それ魔法の鈴!?」
「そんなんじゃ無い」
大汗をかいた馬を引き引き、藤咲がヘクトルに尋ねるが、髑髏刑事は素っ気無い返事。
「ある奥方からの贈り物さ」
「そんなんじゃ無〜い!」
フッと微笑みアリオスが茶々を入れる。
「えっ!? ホント!? すっご〜い☆」
「そんなんじゃ無〜〜いっ!!」
そう声を張り上げて、ドンと立ち止まったアリオスに当たる髑髏刑事。その先には、一人の老エルフが杖を片手に静かに佇んでいた。淡い茶色のローブは、周囲の木々や瓦礫に溶け込む様、とても自然に三人には感じられた。
「やれやれ、また貴方達ですか。騒がしいですね。今日は何の御用ですか?」
ため息交じりの言葉。モッズは杖を軽く振ると、一行の背後で森がさわさわと囁く様に閉じて行く。
「さあ、その子をこちらに」
そう言って、藤咲へ手を差し伸べる。
「私?」
「違います。貴方の連れているその馬です。随分と無理をさせたのでしょう? とても辛そうにしている。足音からそれが判りました。だから、また貴方達だと判っていましたが道を開けて差し上げたのです」
髑髏刑事とアリオスの目線も、それ見ろと言わんばかり。
藤咲はぷうと頬を赤らめながらも、モッズの言葉を反芻。
「なぁ〜んだ。それじゃあ、私のお陰で入れたんじゃないの。貴方達、私に感謝しなさい☆」
「そうきたか‥‥」
「がっはっはっは!」
高らかに響く髑髏刑事の笑い。
その二人の横を、馬を引き、その胸を張って歩く藤咲。そこで態度を一変させ、礼儀正しく名を名乗った。
「私、天界人の深螺藤咲と申します。正当なるカリメロの主を迎える事で、カリメロ家の代々のご先祖の怒りが起こす災厄に、正当なるカリメロ家たる魂を宿せし姫様が巻き込まれるのを、恐れる者です」
恭しく片膝を着き、礼を示す。
「それは、どういう事です?」
馬の手綱を受け取るモッズは、静かに問いかける。
「それは‥‥」
「この度、正当なカリメロ城の後継者の元に取り戻すべく、レイナード子爵は貴方の討伐に冒険者を雇ったのだ」
藤咲が僅かに躊躇した内容を、アリオスはストレートに口にした。
「それで貴方達が?」
「表向きはな」
アリオスと共に二人は頷いた。
「成る程‥‥それで私にどうしろと?」
「姫様の味方は多い方が良い。どこかに一時、身を隠されては?」
アリオスの言葉を継ぐ様に、髑髏刑事が。
「結局、結婚式の最中に卵はくっつかなかったー! ご存知の通り、カリメロ城は正統なるカリメロ家の継承者の所有物。それは即ち金の卵と銀の卵を合せうる者に他ならないと俺は思う!」
「そうなると、これから来るカリメロ家の方々にどう接するおつもりです? 姫様をお救いするにはどうすればよろしいのでしょう?」
藤咲の切なる願いは、疑問となってモッズへ投げかけられた。
モッズは、一通り話を聞くと、黙って中庭の方へと馬を引いて行く。
「モッズさん!」
アリオスを始めとし、3人は後を追った。
モッズは庭先に生えたハーブを手折り、藤咲の馬に少しずつ食べさせようとしている。
「モッズさん‥‥」
「俺達は、あんたを刺客から護ろうと思っているんだ」
「それでは契約違反でしょう?」
「依頼は、カリメロ城を本来の持ち主の元へ開放して戴きたい、というモノだー! あんたを抹殺しろとは書かれて無い! 邪魔をするなら排除せよ、というモノだ! 俺はカリメロ城をレイナード子爵じゃなく、プリシラ姫に渡せれば依頼を正等にクリアした事になると思う!」
カッと踵を鳴らし、胸を張って直立不動に敬礼する髑髏刑事。
「詭弁ですね」
ハーブを食む馬の頭を撫でながら、モッズはその静かな瞳で一同を見渡した。
「元々あの卵は、御当主夫婦の物でした。そして、それはこの城の霊廟のある一室の鍵なのです。お二人が合わせる事が出来なかったのも当然でしょう。夫婦とは形にあらず。契約にあらず。夫婦とは心の、男と女の心の形。互いを愛する心が無ければ、どうして夫婦となれるでしょう」
「で、では!?」
「それって!?」
「何とーっ!?」
三者三様の問い掛けに、その老エルフはいけしゃあしゃあと言って退けた。
「それは『愛』です。互いを愛する者が持たなければ、あの卵は、新たな生命の象徴であるあの卵は、一つにならないのです」
その言葉の衝撃に、三人の脳裏は一瞬だが真っ白な光に包まれた。
●ガラス工房 二日目
ガラス工房の薄暗い片隅で、ハーフエルフのラフィリンス・ヴィアド(ea9026)は、意を決した様に目の前の人物を問い質した。
「助けて戴いた事は感謝しています。ですがハンスさんが何故危険だという事を知っているのですか?」
すると、目の前に立つ巨漢の老絵付師は、一度目を閉じ、それから語りだした。
「ここには表の者と裏の者の二種類の人種が居るのだ。裏の者は、普段から定期的に薬を飲み、平素を装っているが、その実は凶暴な者達。そしてひとたび事が起これば、その為の薬を口にし、恐ろしい暗殺者として己の命も顧みずに戦う。賊が侵入したとの警鐘に、その出動の鐘が混じっていた。お前は視界のほとんど利かぬ闇の中、闇の中で戦う事を訓練された者と、十二分に戦う事が出来たか? 多対一で」
戦いの中で凶暴な存在‥‥
平素を装っているが、その実は凶暴な者達‥‥
己の命も顧みずに戦う‥‥
わんわんとハンスの言葉がラフィリンスの脳内でリフレインする。
(「違う! 違う! 違う! 私はそんな奴等と! 私は‥‥同じじゃない!!」)
お前は十二分に戦う事が出来たか!!?
どっと全身に冷水を浴びせ掛けられた様な気分。
「あれ? ラフィリンスじゃない!」
根っから明るい声が、まるで白昼の太陽光の様に、心の闇にみじめにのたうつ存在を照らし出す。そんな脅迫概念が、ラフィリンスを突き動かした。
「私は‥‥違うんだ〜っ!!」
「きゃっ!?」
脱兎の如く転がり出るラフィリンス。その後姿を眺めながら、真治は何時の間にか虎徹の腕の中にある自分に気付いた。
「虎徹‥‥」
「真治は俺が守るから、な?」
見つめ合い、そしてしっかりと抱き合う二人。その瞬間、世界はその存在の意味を為さなくなる。
(「いいなぁ〜、虎徹ちゃんと真治ちゃん‥‥」)
エイジスがにっこりと微笑みながら眺めていると、そんな二人の横をハンスがのそりと出て来た。
「あ、どうも‥‥」
ペコリとお辞儀するエイジスに、相手も恭しく一礼。立ち去ろうとするこれの前を、オルステッドが立塞がった。
「少しお話を伺いたいのだが」
場所を変え、城壁の上に立つ三人。
ここからだとローリー湖の美しい碧の湖面が一望出来る。風は穏やかに適度な湿度を保ち、頬に心地良く、その湖面に映り込む深い緑の森も美しい。
「それで私にお訪ねになりたい事とは?」
ここへ来るまで、このハンスという老絵付け職人は、二人の一足一刀の間合いに入る事は一度として無かった。それは、このエイジスやオルステッドにとり、一歩踏み込めば一太刀切りつけられる距離。常に普段と変わらぬ穏やかな歩幅で、この老人は一定の距離を取り続ける。
一陣の風が、びょうびょうと唸りながら吹き抜けてゆく。
「‥‥天界でも見ない、良い腕だな‥‥この城には宝が多い、な。プリシラ姫とか‥‥その輝き、失わせたくはないものだ‥‥」
「恐れ入ります」
軽く会釈するハンスに、エイジスは言葉を続けて投げかけた。
「僕はあのお姫様に、笑顔を取り戻して欲しい。ただそれだけなんです」
ハンスは黙ってエイジスの言葉を聞き続けた。
「彼女は覚悟を決めた様です。しかし、今のまま放っておいても本当の笑顔が戻る事はなさそうです。でもどうすれば彼女を解き放てるか判らない。戦う事は怖くない。必要とあればドラゴンとでも戦って見せます。戦うだけで人を救えるなら、僕の生き方もずいぶん楽になるんですけどね」
最後には自嘲的になるエイジス。この間、ハンスはじっとエイジスの瞳を見据えていた。そして徐に口を開いた。
「力というモノは、いずれも要となるモノが存在致します。この城でも衛士ならば衛士長のドゲス様。内々の事を取り仕切っておられるジャドー様。そしてお二人の上には‥‥」
二人は内心ぎょっとした。何を言い出す?
「要を失えばもろいもの。故に危険でもあります。今、この城には要が二つ存在するのですから‥‥」
それだけ言い、ハンスは一礼すると、二人の前から辞した。
入れ替わりに、妙なカップルが姿を現す。それを見越しての事か。
ハンスにも劣らぬ巨漢の男、衛士長のドゲスと、その野太い腕にすがりつく蓮華が楽しそうに談笑しながら、この城壁に現れたのだ。
「やぁやぁ、これはこれは冒険者の方々☆」
鼻の下をでれ〜んと伸ばしたドゲスが、陽気に声をかけて来た。
「あ〜ら〜、奇遇ネェ〜☆」
蓮華はバッチリとウィンク。
「や、やあ‥‥」(「うわぁ〜)
「これはこれは‥‥」(「う、うむ‥‥」)
色んな意味で危険な香りがぷんぷんするぜ!
にこやかに手を振ってくる蓮華の手を、ドゲスの大きな手がそっと掴む。
「おいおい、俺以外の男に色目を使ってくれるな」
「やぁ〜ねぇ〜、や・か・な・い・の☆」
その頬にちゅっちゅっと口付けし、手玉に取る様から逃げる様に立ち去ろうとする二人をドゲスは呼び止めた。
「おい! 子爵様がもうすぐ出立なさる。お前達も仲間に、はしけへ集まる様にな」
「そ、それはもう‥‥うわぁ〜、羨ましいなぁドゲス様」
「では、お二人とも、ごゆっくり‥‥」
●ローリーを発ち 二日目
「よいよい。構わぬぞ」
レイナード子爵はにこやかに頷き、クウェルの謝罪を受け入れた。
「では、これをどうかお納め下さい。ロイヤル・ヌーヴォーでございます」
「ほほう。では、向こうにつき、儀式が終わった時に、それを杯と共に持って来てはくれぬか。先ほどの口上を、我が妻にも聞かせてやりたい故な」
「なるほど。流石は子爵様。演出ですね。お二人の愛が、より深まります様‥‥」
「うむ。頼んだぞ」
クウェルは表向きにっこりと微笑み、その依頼を受けたのだが‥‥そっと、宝石を見るが、石の中の蝶はピクリとも動かない。ジャドーら浅黒い肌の男達が見送りに来ているにも関わらず。
(「僕の考え過ぎなのでしょうか‥‥?」)
先頭は他の騎士に任せ、衛士長のドゲスはプリシラ姫の乗る馬車の前を、レイナード子爵と馬首を並べ、ニヤニヤと手前にドレス姿の蓮華を乗せて進んでいた。
当のレイナード子爵もご機嫌な様子で、ドゲスのその様な行為も特にとがめだてする事も無く、この行進は粛々と進んでいた。
残る、先行した3人以外の男性陣は、それぞれ思い思いの所に居た。
馬車の中では、直接護衛する事となったエルフのカレン・シュタット(ea4426)を始め、レンや真治、マリーナ等の女性陣がこぞって乗り込み、ちょっと不思議な雰囲気となる。
「プリシラ様、ご安心を。私達がきっと貴方様をお守り致します」
カレンの社交辞令な言葉を、居並ぶ女性陣は複雑な心持ちで聞き流していた。
それから二言三言と言葉を交わすのだが、次に話題は真治ののろけ話へと突入した。
青い目を丸くして驚いた風のプリシラ姫。
「まぁ、ではもう半年‥‥」
「はい‥‥」
「触らせて戴いて宜しい?」
「まだ、そんなにはっきりとは‥‥」
照れながら答える真治に、プリシラはそのほっそりとした指先を這わし、次にカレンやマリーナも、そしてレンへと順繰りに。
「まぁ‥‥」
ポッと頬を赤らめるカレン。
「あらまぁ‥‥」
にっこり微笑むマリーナ。
「ぽんぽんおっきいの☆」
ちょっとびっくりして、両手でぷにぷにしてくるレンに、真治はとうとう笑って笑って、馬車の中で転げまわった。
「しんじ、ふとってるぅ〜☆」
「ち、ちが〜う!」
そう言って、ぐりぐりとウメボシでレンをとっちめる真治。そんな様をころころと笑い、眩しそうに見つめるプリシラに、はっとする真治。その表情の中に寂しさを認めたからだ。両脇を囲む様な二人のエルフもそれにそこはかとなく気付いていた。
そしてみなの気配に気付いたのか、プリシラはちょっと口ごもりながら、かなり思い詰めた様に、その視線に答えた。
「私、まだレイナードとは臥所を共にはしておりませんの。忙しいらしく‥‥ですから、真治さんが羨ましい‥‥」
これには真治もびっくり、目を丸くして口を大きく開いた。
「嘘!?」
「あれから半月は経ってますわよね‥‥」
マリーナは口元に手をやり、何か原因をと考え込む。
「もしや、旦那様はなかなか‥‥」
カレンがかなり危険な事を口にしかける。
「皆様はどうなさってますの? 普段‥‥その‥‥殿方と‥‥」
尻すぼみになるプリシラの言葉。それは初々しい乙女の疑問。
この瞬間、ある者は遠い目をする。
すると、レンがよっこしょとプリシラの膝の上によじ登り、真っ直ぐなその青い瞳で、複雑な色を見せる瞳を真っ直ぐに見つめた。
「レンはまだおこちゃまだから、むずかしいことはわかんないけど。プリシラちゃんが、とってもとってもこまってるなら‥‥レンたちみんなに『たすけて』って、おねがいしてくれればいいの。そしたらレンたちはぜったいプリシラちゃんをたすけたげるの。だってレンたちは『きゅーせーしゅ』だからなの♪」
そしてにっこり微笑むレン。
「うん。ありがっ!?」
その上から真治がぎゅっとプリシラを抱きしめた。
「にゅ〜」
悲鳴をあげるレン。もうそんなものは真治の耳に入らない。目頭が熱くなり、言葉が次々と口を突いて飛び出した。もう自分が何を言っているのか判らないくらい。
二人のエルフも、人間の情熱的な言葉にあてられ、瞳と頬を熱くした。耳の先まで紅潮する感覚。
馬車の外では、虎徹が中の様子を心配して右往左往。こちらの夫婦の後日談は、また別の機会。
●いざ着いてみると 二日目
森は結界が解かれ、一行をモッズが出迎えた。
「正当なるカリメロ城の主に、先代よりお預かりしたこの地をお返し致します」
「モッズ、久しぶりです」
「姫様もご壮健で。この度の婚儀、おめでとうございまする」
両膝を着いて平伏するその様に、レイナード達はかなりギョッとしたものの、その背後に控えているヘクトル、アリオス、藤咲の姿に得心行った様子で、更に蓮華の魔法で確認し、二心無き事を確認すると、プリシラ姫の手を取って城内へと、例の地下墳墓へと案内させた。
「では、クウェル卿。例の用意をな」
「はい」
にっこり微笑み、クウェルはドゲスと蓮華、二人の後に続いた。
「少しお待ち下さい」
地下の霊廟へ入ろうとする段、マリーナがディテクトライスフォースを唱える。同時にクウェルも宝石を見やるが、特に異変は無い。
「あちこち崩れかけております。お気を付け下さい」
モッズの言葉に従い、松明を灯して地下へと進む。崩れかけた城は、あちこちに蔦や木の根が侵入し、かなり危険な状態にも見える。
そして、その奥の開けた空間に出ると、モッズは恭しく一礼した。
「プリシラ様。先ずはご両親にご挨拶を‥‥」
ハッとしてレイナードを見上げるプリシラ。
「行くが良い」
「はい」
幾つもある石棺の中より案内され、二つの前に立つ。
「お父様‥‥お母様‥‥」
祈るプリシラを前に、レイナードは満足気な表情を浮かべ、左右の冒険者達へ前に出る様に促す。
「ご苦労だねモッズ君。だが君はこれまでに私の手を煩わせ過ぎた。案内はもう充分だよ。ここで死になさい。お前が仕えた者達の前で死なせてやるのも、情けというもの。さあお前達、長きに渡りこの地を私していた不埒なるこの者に死の制裁を!」
「止めて!」
モッズの前に立塞がろうとするプリシラを、逆にモッズは制した。
「姫様。かの地を血で染めるご無礼をお許し下さい」
「駄目!」
「どうした!? やれ!」
誰が動くよりも速く、高速詠唱のプラントコントロール。
天井を支えていた木の根が一斉に動き。レイナードやドゲスの上にがらがらと天井が落下した。