テロリストの黒き旗〜動乱編1
|
■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:04月28日〜05月03日
リプレイ公開日:2006年05月05日
|
●オープニング
王都ウィルの西に広がる広大な王領ルーケイ。今は荒廃の極みにある土地だが、かつては実り豊かな伯爵領であった。東へ向かえば王都ウィル、西はトルク分国領とも境を接するこの広大な土地は、いわば土地自体が巨大な関門である。元々、この土地はフオロ分国にとって、トルク分国に対しての守りの役目を担う土地であった。領内を東西に横断する街道は、その西よりトルク分国へと通じる。この街道を通ってトルク分国から王都に向かうのに要する時間は、馬で数日。かなりの日数がかかるにせよ、それが最も時間のかからぬ道程だ。街道より北は森林地帯、街道より南には大河を間に挟んで湿地帯が広がっているから、それらを通過するとなると余計に時間がかかる。仮にトルク分国より軍を率いてフオロ分国の王都を攻めるとなれば、このルーケイの街道が進軍ルートとなるのは必然である。ために、王都ウィルからトルク分国へと抜けるこの広大なる土地は、ルーケイ伯爵家という一つの地方権力の元に代々委ねられてきたのである。この広大な土地を封土とした与えられたということは取りも直さず、この広大な土地で自由自在に軍を動かす権限を与えられたということだ。もちろん一分国の兵力に対するのだから、ルーケイの兵力もそれ相応に強大でなければならず、それは土地の豊かさがあって始めて成ることだ。代々のルーケイ伯が領内での治水や開墾に心血を注いで収穫を増やし、豊かな地力の上に立って優れた騎士や兵士の育成に当たってきたことは言うまでもない。
しかしルーケイの反乱と、それに続くフオロ国王の軍勢による反乱平定は、ルーケイを一変させた。村々は焼き払われ、井戸には死体が投げ込まれ、倉の穀物も悉く強奪された。平定軍がルーケイを不毛の地に変えて引き揚げて後、ルーケイの地を統べる者は長らく存在しなかったため、ルーケイは無法者どもの跳梁跋扈する荒廃の地と成り果てた。のみならず、ルーケイを根城とする盗賊団は近隣の土地を荒らし回り、甚大な被害を与えたのである。
しかも近年になり、ルーケイ情勢をさらに不穏なものにしかねない報せがもたらされた。招かれざる天界人、テロリストと呼ばれる者がルーケイの近辺に潜伏しているというのだ。
テロリストを追う冒険者達は、調査のためワンド子爵領へ赴く。最初に冒険者へその報せをもたらした土地は、ルーケイの東に位置する土地でもあった。
揺れる馬車の上で、男は不機嫌だった。冒険者であることを隠して平民に身をやつし、西に向かうという馬車に便乗させてもらったのはいいが、王都を出て5日になるというのに未だ長い長い街道を進み続けている。
「あの、ワンド子爵領まであとどのくらいですか?」
「そうさねぇ、あと4日はかかるかねぇ‥‥」
御者の答に、男は思わず声を荒げて怒鳴った。
「あなた! 王都を出る時もそう言ったじゃありませんか!」
「まあまあ。日数のことなんか細かく気にしてたら、こんな長旅はできめぇ?」
冒険者の男は顔をしかめ、額を手で押さえる。
「ああ! これでは依頼期間が終わってしまう! しかもこんな道の途中で!」
しかし、ここで思わぬ助けが現れた。道の前方からフロートチャリオットがやって来るではないか。乗っているのは仲間の冒険者達。ワンド子爵領での調査を終えて、王都に戻るところだったのだ。
「お〜い! 皆さ〜ん! 私です〜!」
手を振って呼びかけると、それこそ風のように失踪していたフロートチャリオットは、馬車の真横でぴたりと止まった。
「あれ? こんな所で何してるの?」
「ちょっとばかり目論みが外れまして‥‥」
仲間の問いには苦笑で答えるしかなかった。
それから2週間ほど経った頃から、ワンド子爵の元には何通ものシフール便が舞い込むようになった。東ルーケイで事件が起きたためである。彼の地の情勢に疎い冒険者が独断で東ルーケイに足を踏み入れ、盗賊に捕らえられたのだ。仲間の冒険者達が1千ゴールドという大金を身代金として支払い、捕らわれの冒険者は解放されたが、こんな大金が盗賊の手に渡ったことは甚だ由々しき事態である。手紙は王都に住む知古からのものもあれば、近隣の王領代官からのものもあり、そのいずれもがルーケイの将来に対する懸念を表明していた。手紙の中には騎士学院教官シュスト・ヴァーラからのものもある。シュストもルーケイの先行きを案じてはいた。が、手紙の最後は次の言葉で結ばれていた。
『冒険者の失態を論い、非難するは容易い。なれど騎士道に身を捧げたる我が身は、彼の難治の地ルーケイの情勢を徒に傍観することを望まず。ワンド子爵に於いても、冒険者が名誉挽回を成し遂げる時を今暫く待たれたし。テロリストと呼ばれし悪しき者への備えも、決して軽んじられる事無きよう、願うものなり』
手紙を閉じてワンド子爵は熟考し、決めた。執事を呼んで命じる。
「冒険者ギルドに依頼を出すぞ。ルーケイの情勢、わしも見過ごすことは出来ぬ。シュストの言うテロリストのこともあるしな」
数日後。冒険者ギルドにて。
──────────────────────────────────
我、リボレー・ワンドはルーケイ伯もしくはその代理人との協議を望む。
協議すべき内容を以下に記す。
1.ルーケイを根城とする盗賊団の討伐
2.今後、盗賊による拉致と身代金の要求が為された時のための対策
3.ルーケイ復興への支援策
4.ルーケイ近辺に潜むといわれるテロリストへの対策
ルーケイ伯が盗賊の討伐とルーケイ復興への気概を見せ、
今後為すべき事に対して、我が十分納得するに足る具体案を示すならば、
我は我が力の及ぶ範囲で出来る限りの支援を行う用意があるものなり。
──────────────────────────────────
掲示板に張り出された依頼書を見て、早くも関心を示した者が二人。テロリストを追う地球人、ゲリー・ブラウンとエブリー・クラストである。
「ルーケイか。また、ややこしい事になってきたな」
「よりにもよって、こんな危険地帯な土地に潜んでいるなんて」
ゲリーの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「しかしテロリストにとってはお似合いの土地かもな。俺達も行くか?」
ためらうことなくエブリーは頷いた。
「もちろんよ。それに危険地帯には馴れているもの。とはいっても、決して油断は出来ないけれど」
同じ頃。ルーケイ伯の元では熱い議論が交わされていた。身代金として1千ゴールドもの大金をせしめた盗賊団への対処。そしてルーケイ領内、シスイ領に近い村を実行支配する謎の男の処遇を巡っての議論である。王領ルーケイに関わる冒険者達のうち、一部はワンド子爵との交渉に望むものの、王領ルーケイ内で今のうちに出来ることは、手を付けておかねばならない。盗賊達をこのまま放置すれば間違いなく勢いづく。手にした軍資金で武器を買いあさり、手勢を雇い入れて勢力を拡大するのは時間の問題だ。事態は切迫しており、無為に時を過ごす事は許されない。
●リプレイ本文
●テロリストの脅威
リボレー・ワンド子爵の領地は王都ウィルより遠く離れてはいるものの、王都の貴族街にはワンド子爵の屋敷がある。子爵の領地と王都は大河で結ばれており、ウィルの貴族達はワンド子爵の交易にとってもお得意様。貴族街に屋敷を構えたのも、王都の名士達を歓待し、また商談を行う場を必要としたからである。
今日、この屋敷に招かれたのは、ワンド子爵の依頼を受けた冒険者達である。会議のテーブルに着いた一同の中には、アトランティスに来て間もないジ・アース人、オルステッド・ブライオン(ea2449)の姿もある。
「天界の商人を名乗る冒険者仲間から、『テロリスト』なる天界の罪人を追う仕事の下請けをすることになった。誰かがテロリストの説明をしてくれるなら、聞いておきたい」
その求めに応じたのは、合衆国軍兵士ゲリー・ブラウン。
「テロリストとは即ち、暗殺や無辜の民の殺戮といった人間にあるまじき所行によって為政者を恫喝し、自らの野望を実現しようとする狂信者どものことだ。このウィル王国でも王妃殺害というテロ行為が行われたと聞いている。しかし地球のテロリストどもは、それよりも遙かに恐ろしく罪深い所行を繰り返して来た。しかも奴らは腐敗した支配者の打倒、民の救済などというもっともらしい大義名分を振りかざし、何も知らない若者達を騙しては組織に引きずり込み、血も涙もないテロリストに仕立て上げることで仲間を増やす。絶対に許してはならない敵だ」
「で、ルーケイとその周辺に話を移すが」
続いて発言するのはレング・カルザス(ea8742)。
「元々、盗賊が跋扈してる中、更にそのテロリストというのが出てきたんだよな? 盗賊が更にタチが悪くなった、みてぇな事か? 別の世界からやって来た地球人なら目立つだろうし、探すための目印も見当つきそうか?」
「そう簡単に事は運ばないと思うわよ」
冥王オリエ(eb4085)が答え、さらに続ける。
「地球人の視点から述べさせてもらうわ。テロリストはその性格上、一つの場所に篭もりきりだとは想像しにくいわね。現地の盗賊とコンタクトを取り、その影響力を点から線、線から面へと拡大していくことは十分に考えられるわ」
しかし、ここでゲリーのパートナーの地球人、エブリー・クラストが異を唱える。
「その考えには賛同しかねるわ。アトランティスに飛ばされて来たテロリスト容疑者が、果たして幹部級の大物なのか、それとも単なるシンパなのかも定かではないのよ。それにこちらの世界に来たことで、地球のテロ組織のネットワークからも切り離されてしまったわけじゃない? 案外、その日その日を食いつなぐのに精一杯なのかもしれなくてよ?」
「だが、この世界でアルタイルの軍旗が発見されたのは事実なんだぞ!」
と、ゲリーが言い張る。
「アメリカ嫌いの国々では売店にも置いてある、ありふれたテログッズじゃなくて!? 現地人へのプレゼントのつもりで置いていったのかもしれないじゃない!?」
と、言い返すエブリー。
「では、あの黒い旗を旗印にする盗賊が、現王朝の打倒をアピールして食い詰め者達をリクルートしているのはどう説明する?」
「単に、この世界での勢力争いに巻き込まれて、いいように利用されているだけかもしれないわ」
「君は本気でそう思っているのか!? テロリストは状況に流されて動いているだけだと‥‥」
声を荒げかけたゲリーだが、一呼吸置いて落ち着きを取り戻し、続けた。
「‥‥とにかく、我々は最悪の事態に備えて動かなければならない。その事は理解して欲しい」
「それは認めるわ」
そう答え、エブリーはオリエに促した。
「話を続けて」
「まずは、ルーケイに繋がる各街道と関所の洗い出しを。王領アーメルのことも耳にしているけど、たとえ盗賊でも素性を隠して賄賂を渡せば通関可能なのが現在の状況だと思うわ。盗賊団が生業にするであろう武器や麻薬、人身売買や盗品の転売なども、関所がザルだと容易く行えてしまうわね。テロリストは本来ならば、旅行代理店や貿易商社などのアルタイル系企業を設立したり、宗教絡みの寄付を隠れ蓑にして資金を獲得するのだろうけど、この世界ではそれは不可能。だから活動資金を得るために、現地の盗賊団と協力関係を結ぶことは大いにあり得るわよ
また、ルーケイとその周辺地域にテロリストの工作員が紛れ込んでいないか、その確認も。テロリストの最も恐ろしいところは、何気ない顔をして日常生活に紛れ込むところにあるんだから。現地で愛人や配偶者を確保し、周囲の目を欺き、テロ決行の日をひたすら待つ者もいるし‥‥」
ここまで話して周りの者の視線がいつになく険しくなるのを感じ、オリエは言い足した。
「疑心暗鬼にかられて全ての者をテロリストの手先と思え、と言いたいわけじゃないわ。ただ、テロリストがそういう危険な存在であることを知って欲しいの」
「成る程。大方の状況は分かった」
ワンド子爵が頷いた。
「だが、わしが最も懸念するのは盗賊団よりも、ルーケイ伯の遺臣達のことだ」
「ルーケイ伯の遺臣と?」
その言葉を聞き、現在のルーケイ伯である王領代官アレクシアス・フェザント(ea1565)が問い質す。
「如何にも。ルーケイ家は代々、戦上手として名を轟かせ、数々の領主間での戦いを勝ち抜いた後に、あの広大なる土地を封土として賜りたる名家。トルクへの備え、フオロの大いなる守りたることを誇りとし、その兵の精強ぶりには目を見張る物があったと聞く。勿論、あの広大なる土地を治めるは容易なことではない。領内に広がる森は盗賊にとって格好の隠れ家。領内の豊かな実りは盗賊にとって格好の獲物。かの地を治むる者に智恵なくば、ルーケイはいとも簡単に盗賊の跳梁跋扈する地と成り果てる。故にルーケイでは幾度となく盗賊討伐の戦いが行われ、その中で代々のルーケイ領主は盗賊を操り手懐ける術を身につけたという。金になびく者には金を与えて支配下に置き、確固たる身分を求める者は家臣に取り立て、どうしてもなびかぬ者にだけは徹底的に戦いを挑み、これを殲滅した。
そのルーケイ家も絶えて久しい。しかし、わしの本音を言わせてもらえば、斯くの如き力を備えたるルーケイ家がそう簡単に滅びるとは思えぬ」
「つまりはルーケイ家の遺児や遺臣達が、今も広大なルーケイの何処かで生き延びていると?」
アレクシアスが訊ね、その答は頷きと共に返ってきた。
「その通り。今のルーケイがどうなっているかは知らぬが、焼き払われた村の一つくらいは再建しているかも知れぬぞ。盗賊の中にもその息のかかった者がいるやも知れぬ。その遺臣達が話に聞くテロリストと結託し、自らの正統性を掲げて決起したならば、事によってはウィル王国を内戦の危機に導きかねんぞ」
事の重大さに言葉を発する者は無く、暫し沈黙がその場を支配する。ややあって、加藤瑠璃(eb4288)が提案した。
「話は変わるけど、確かにあの広いルーケイの隅々にまで目を光らせるのは大変なことね。テロリストが現地勢力を取り込んでいることも考えられるし、冒険者ギルドに依頼するだけでは対処が難しいと思うの。だから、常備軍としての傭兵を募る事を提案するわ。その際、イラクの治安回復に当たっていたゲイルに、傭兵隊を組織してもらえないかしら? 本物の軍人さんが指導すれば、米軍ほどじゃなくても、民間軍事会社並の練度にできるかもしれないし、テロリストの手口も読めるかもしれないもの」
「あまり買いかぶりすぎないでくれ」
ゲリーが言う。
「確かに俺は合衆国軍で訓練を受けてきた軍人だが、イラクの任地とこの世界とはあまりにも違いすぎる。市街での治安活動のことは嫌というほど叩き込まれたが、平原や森林を戦場として戦った経験が無い。傭兵隊の指揮はむしろ、ジ・アース人かこの世界の人間の方が向いていると思う。しかし‥‥ベストは尽くそう」
ゲリーにやる気ありと見て、瑠璃は続けた。
「傭兵隊に必要なのは、能力よりも命令に従うモラルだと思うわ。傭兵を雇うに当たっては、過去を詮索するような事はしない方がいいけれど、命令に従わない者には厳罰を与える必要があるし、場合によっては極刑もやむなし。その事は公言しておいた方がいいわね」
その日の会議が終わると、オルステッドはゲリーに剣の試合を申し込む。彼が天界の兵士であることを知り、一度手合わせをしたいと思ったのだ。
「天界の戦士の実力を、見せてもらおうか‥‥」
「剣の扱いには馴れてはいないが、お望みとあらば」
ゲリーは求めに応じた。両者は屋敷の中庭に立ち、模擬剣を手にして向き合った。
「では、行くぞ!」
試合が始まるや、ゲリーが打ちかかった。頭上から、さらに横合いから、息もつかせぬ程の激しい攻撃。対するオルステッドは守りに徹するが、端から見れば一方的に押しまくられているかのよう。
「もらった!」
ゲリーが踏み込み、オルステッドの胸を狙って大きく突き入れた。瞬間、オルステッドの体がすうっと横に動く。ゲリーの剣は空しく空を突き、逆にオルステッドの剣はゲリーの首筋に押し当てられていた。勝負あり。
「気概は認める。だが剣の腕はまだまだ未熟だな」
試合が終わるとゲリーはオルステッドと握手を交わしたが、その後でエブリーにぼやいた。
「銃に爆弾にミサイルにハイテク兵器、そんな代物にばかり頼りすぎるからこのザマだ」
●盗賊討伐戦迫る
会議の2日目。
「これがルーケイの地図よ」
エブリーがテーブルの上に広げた地図は、今のルーケイ伯アレクシアスの許しを得て作製したルーケイの概略図。元となった地図よりも、かなり大雑把だ。
「今にして思えば、黒い旗を持ったあの子と出合ったのは、王領アーメルがワンド領と接する辺りの村ね。多分、そこはアーメルの村の一つよ。その後で私は馬車に乗せられて、延々と続くアーメルの街道を通って王都に辿り着いたというわけ。ゲリーと出合ったのも、その道の途中でだったわ」
アトランティスに飛ばされて来た当初のことを回想し、エブリーは説明した。
エブリーに拾われた子どもは、国王への反逆という嫌疑をかけられて滅ぼされ村の、ただ一人の生き残りだという。このことについても、アレクシアスは密かに探りを入れていた。
冒険者仲間の調べによれば、かつてのルーケイ領主には幾人かの子どもがいた。しかしそのいずれもが処刑されるか自ら命を絶つかしており、生き残った者はいないとされている。
「となると、テロリストが潜んでいたのは西ルーケイ、アーメル、ワンド領の3つが接する辺りのようだな」
それがアレクシアスの見立てだ。丁度、その辺りには滅ぼされた西ルーケイの村がある。
「テロリストについては、それが王家とルーケイ内外に被害を与える存在ならば排除する。そうでない場合には、その勢力を味方として取り込むこともあり得よう。しかし、先ずは東ルーケイの平定が急務。天界人を人質とし、1千ゴールドもの身代金をせしめたる盗賊については早急に討伐する。既にその準備としての調査は開始されている」
「それは心強きことだ」
と、ワンド子爵。アレクシアスは続ける。
「ワンド子爵においても、討伐への協力を願いたい。情報交換を密にし、仮にルーケイから周辺領地に逃げ込んだ場合には、その討伐に限り領主間の合意の下、連合討伐隊を編成し事に当たる心づもりだ」
「勿論、わしとしても異議はない。しかし東ルーケイでの盗賊討伐ともなれば、我がワンド領よりもむしろシスイやアーメルとの連携が重要となるであろうな。して、討伐の号令はいつ下すおつもりであるか?」
「今月中にも。冒険者を集め、冒険者ギルドにて布告を発する。場合によっては傭兵も雇い入れよう」
「そして、盗賊による拉致と身代金の要求に対しての今後の対策だが‥‥」
時雨蒼威(eb4097)が用意した文書を示す。
「ルーケイ内で行動する冒険者に対しては次の4ヶ条に従う旨を約束させ、血判状に名を記してもらう」
文書に示された3ヶ条は以下の通り。
第1条:拉致された場合、救出の努力はするが身代金は敵側に渡さない。
第2条:勝手な判断による暴走は、結果がどうあれ認めない。
第3条:前条を違反し、被害が発生した場合には個人責任で賠償する。賠償能わざる場合は借金。連帯責任は無い。
第4条:拉致された場合、他の面々は救出拒否権がある
「よかろう。この4ヶ条の周知をしっかり頼むぞ」
ワンド子爵は満足の意を示した。
「時に、我が手元にはトルクの感状があるのだが、これを信頼に足る人物の証として、トルク領内や学園都市周辺で情報が集められないだろうか?」
「トルクの感状か。勿論、身元の保証としては申し分なき物だ」
ワンド子爵はそう請け負った。
アレクシアスはルーケイの復興にも触れる。
「さて、ここからはかなり先の話となるが、ルーケイの復興においては、領民の生活を支える農産の面から取り戻したい。先ずは領民の人口を調査し、これと並行して治安維持の拠点を整備する。周辺領主からも資材や人材の手配等で、支援が行われれば申し分ないのだが」
「周辺領主からの支援は、あまり当てにせぬが良かろう。ことにルーケイの隣地を治めるのが、あのラベール卿や代官ギーズとあってはな」
とか言いながらも、ワンド子爵は自分の事については口を閉ざす。ワンドの領主も彼らに劣らず手強いぞと、言葉に出すことなく仄めかしているようでもある。
会議が終わると、冒険者達は自分の領地に戻るワンド子爵を見送りに出る。
「長き道のりなれど、道中に竜と精霊のご加護を」
と、言葉をかけながら屋敷の門の外に出ると、待っていたのは送迎のフロートチャリオット。その車体をぽんぽん叩き、ワンド子爵はにんまり笑った。
「過日には我が領地から王都ウィルまで片道7日もかかったものだが、こいつのおかげで明後日には戻れるであろう。いや、便利な世の中になったものだ」
●招かれざる客は今日も
ワンド子爵の屋敷で会議が開かれている頃、東ルーケイと境を接するシスイ領でも、ルーケイ内の調査に向けた準備が進んでいた。
「ルーケイを平定すれば、こちらの領内も平穏になりましょう。我らも出来る限り手を尽くします故、今しばしご協力頂きたい。今回は短期集中活動の為、まずはシスイ側の境界線近くにキャンプを張る許可を願う」
「キャンプとな? 我が屋敷には泊まらず、わざわざキャンプで寝泊まりとは何故であろう?」
陸奥勇人(ea3329)の求めを聞き、ラベール・シスイ卿は怪訝な顔になる。
「何、これもいつ現れるやも知れぬ賊に対して備えねばならぬが故。危急に際して迅速なる行動を行うには、なるたけルーケイに近き場所に身を置いた方が良いのだ」
「成る程な」
先の人質事件の記憶は未だ生々しい。ラベールは納得した。
「1千ゴールドの身代金をせしめた盗賊については、武器や食料を入手すべくシスイ領内に入り込む恐れがある故、領内の警備にはより一層の注意を払われたい。また、領内で賊を発見した場合に備え、衛兵達にも手配を」
「その件に関して心配はご無用。ルーケイとシスイの境は開けて見晴らしが良く、不審なる者が近づけばたちどころに分かる。また、我が領内の村々はなべて規模が小さいが、それ故に領民はその全てが顔見知りも同然の仲。不審なる者が領内に侵入するなら、それを見逃すことはまず無い。盗賊が武器や食料を調達するのであれば、寧ろ王都での調達を試みるであろうな」
内心では、外から来た冒険者達に領内をごちゃごちゃと嗅ぎ回られることを煙たがったのだろう。ラベールは丁重な物腰ながらも言葉の壁で冒険者達を阻み、シスイ領内での調査を決して許そうとはしなかった。
「仕方ない。俺は王都に行く。ルーケイでの調査は任せたぞ」
勇人はそう言ってルーケイへ向かう仲間を送り出し、自分は他の仲間と共に王都へ向かった。
●1千ゴールドをせしめた盗賊
だだっ広い野原にボロ服を纏った男が一人。転がる死体の脇にかがみ込み、ぶつぶつと何やら呟いている。
「何してるんだろうね?」
「一見、盗賊には見えぬが」
「いや、油断させるための芝居かもしれないぞ」
「隠れて待ち伏せしているヤツらが近くにおらぬか?」
「兎に角、もう暫く様子見だな」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)、アッシュ・クライン(ea3102)、割波戸黒兵衛(ea4778)、ヘクトル・フィルス(eb2259)、オルステッドの5人、草の陰に身を寄せてひそひそ声で相談し、暫く様子を見続けた。男の様子に変化はない。ただ死体に向かってぶつぶつ呟き続けている。
「参ったな。とんだ足止めだ」
「行くか。近くに隠れている者もいなさそうだ」
5人は草の陰から立ち上がり、進み始めた。男の側を通ったが、男はまるで見向きもしない。
「あの死体、あの男の係累か何かか?」
「かも知れぬ。が、今は先を急ごう」
気掛かりなものはあったが、アッシュは仲間を促す。
1千ゴールドを奪った盗賊の所在を突き止めるべく、東ルーケイとシスイ領との間に跨る平野へと踏み込んだ冒険者達は、既に徒歩で1日がかりの距離を踏破していた。セブンリーグブーツは実に有り難い。ちなみにアッシュの履くそれは仲間の一人が借してくれたものだ。
「うがああああああーっ!!」
叫びと共に大きな石が飛んできた。
「うわっ!」
アシュレーは飛びすさって石を避けたが、石は後ろに立っていたヘクトルの鎧に命中した。
「うっ‥‥! やられちまった」
仲間達は身構える。
近くの茂みから、棒きれを振り回しながら男が飛び出してきた。
「お‥‥お前らぁ! 俺に近づくんじゃねぇ! 近づくんじゃねぇ!」
ただひたすら喚くばかり。
「こいつ、盗賊か?」
「盗賊というより、ヤケになって暴れている食い詰め者だな」
「仕方ない、放っておこう」
そそくさと立ち去る冒険者達の背後から、男の怒鳴り声が追いかけてきた。
「こんなクソッタレな土地でくたばってたまるかぁ!!」
さらに歩き続ける。
「おい、見ろ!」
アシュレーが前方に注意を促す。
かなり遠くで誰かが襲われていた。
ようやく歯ごたえのある獲物を見つけたとばかり、ヘクトルは進みつつ剣を抜く。セブンリーグブーツのお陰で、襲撃者との距離はあっという間に縮む。
襲撃者は3人。正真正銘の盗賊である。
「てめえ! いつの間に!」
いきなり現れたヘクトルの姿に気づき、盗賊の一人が剣で斬りかかった。ヘクトルは盗賊の前に壁のごとく立ちふさがり、その体を僅かに反らす。急所を狙った盗賊の剣は狙いを逸らされ、ヘクトルの鎧の上を空しく滑る。
「うあっ!」
態勢を崩して前のめりになった盗賊の喉元に、ヘクトルの手にする短刀『鬼神ノ小柄』が突き刺さっていた。激しく血潮を吹き出し、盗賊は倒れる。
その間にも黒兵衛が別の盗賊を倒し、最後の盗賊はアシュレーの攻撃で身動きを封じられ、縄ひょうで捕縛されていた。
「ご、後生だ! 助けてくれぇ!」
命乞いする盗賊にオルステッドが詰め寄る。
「1千ゴールドの身代金を奪った盗賊のことで、知っていることを話せ」
盗賊の顔に狼狽の色。
「あ、素直に吐いてくれるなら痛い思いしないで済むよ。強情なら‥‥そこらに転がってる人の仲間入りになるかもしれないけど」
倒された盗賊の死体を目線で示し、アシュレーがにっこり笑って剣を向けた。その目は笑っていないが。
「わ、分かった! 全て話す! 1千ゴールドをせしめたのは毒蜘蛛団だ! 根城はこの先の街道を西に行ったところの村だ! 俺達はその下っ端でこき使われていただけで、余計なことは何も知らされちゃいねぇんだぁ!」
必死に喚く盗賊の背後からヘクトルが迫る。
「それだけ聞けば十分だ」
ヘクトルの短刀が盗賊の喉を切り裂き、盗賊は絶命。
盗賊に襲われていた者たちは皆、動くことなく地面に倒れている。
「しっかりしろ」
助け起こそうとした黒兵衛の手の動きが止まる。皆、死んでいた。年のいった男と女、そして子どもが3人。
「食うに困り、この地に逃げ込んだ一家か」
骸に向かって黒兵衛は静かに手を合わせた。
「‥‥では、行くか」
言ってヘクトルが一歩を踏み出した途端‥‥。
ぼこっ!
地面に穴が開き、ヘクトルの足を飲み込む。
「うわっ!」
「おい、大丈夫か!?」
「‥‥大丈夫だ。こんな所に落とし穴とはな」
穴に片足突っ込んだまま苦笑するヘクトル。そして手に握る短刀を見つめる。呪われているという噂のある品だ。
「何かと不運だな。こいつのせいか?」
ルーケイの街道とシスイの街道の交わる辺りには低い丘がある。一行は丘を右手に臨みながら、ルーケイの街道を西に進んだ。この辺りの土地は開けていて見通しが良いから、草や茂みの陰くらいしか身を隠す場所がない。かといって草の陰に隠れて這うように進むのは面倒だ。一行は素直に街道を進むことを選んだ。人が身を隠せるような茂みなどがある場所では、地面に仕掛けられているかもしれない落とし穴などの罠に注意しつつ。
「この辺りも怪しそうだ。調べてみるか」
かがみ込んで地面を調べ始めた黒兵衛だが、ふと思い当たって地面に耳を当てた。
微かだが音が聞こえる。馬の蹄の音だ。
「隠れろ!」
皆に知らせ、自分も近場の茂みに身を潜めた。
やがて、東から馬に乗ったならず者の一隊がやって来た。その数、十数名。誰もが武装し、5人の冒険者で相手するには多すぎる。
ならず者達は身を潜めた冒険者に気付くことなく、西へと走り去っていった。
オルステッドが隠れ場所から目を凝らして見ると、かなり遠くに村らしきものが見える。物見の櫓らしき物も見えるが、恐らくは見張りがいるはず。
「あれが、毒蜘蛛団の根城となっている村らしいな」
村までは平坦な土地が続き、移動は容易だろうが見つかりやすい。
「今回は場所を確認できただけでも良しとしよう」
一同は進んできた街道を引き返す。次に向かうのはルムスという男が支配する村だ。
●ルムスの村
普通なら何日もかかる路程だが、セブンリーグブーツのおかげで日数はさほどかからない。やがて冒険者達はルムスの村の間近まで辿り着いた。
前もって色々と調べておいたが、ルムスは天界人ではなさそうだ。むしろ地元の人間である可能性が高い。
「わしの見立てたところ、優に100人を養える村であるな」
隠れ場所から村の様子を伺いながら、黒兵衛が言う。黒兵衛の見立ては畑の広さや炊事の煙の数から導き出したものだ。
「仮にあの村を包囲攻撃するとしたら、さぞや難渋するだろう」
そう言うのはオルステッド。村は堀と土塁と強固な柵にぐるりと囲まれ、間近には伏兵を潜ませられそうな森が広がっている。周囲は開けた土地だから、兵を進めれば容易く発見されるだろう。
勇人から借りた双眼鏡で村を観察するアシュレー。村の様子は先の調査の時と変わらない。仕事に精を出す村人に、あちこちではしゃぐ子ども達。あのルムスも騾馬に乗って姿を見せている。
日が暮れると、アシュレーは村に近づいた。気配を消す隠身の勾玉を携え、身を隠すパラのマントを纏って。前回はうまくいったが、油断はせず慎重に進み、程なく村をぐるりと囲む柵の場所まで近づいた。
「何とか忍び込めないかな?」
すき間や破れ目がないかと探していると、一匹の犬が近づいてきた。村で勝手いる番犬だろう。素早くアシュレーは体を丸め、パラのマントで身を隠した‥‥つもりだったが。
「あっ!」
マントから足がはみ出していた。これでは身を隠す効果が現れない。犬は柵の間から首を出し、アシュレーの足にがぶりと食いついた。咄嗟に蹴りを入れる。
「バウッ! バウッ!」
犬が吠え、見張り達が駆けてきた。
「何事だっ!?」
今度こそアシュレーはパラのマントでしっかり体を包み込む。その姿は見張りの目の前から消え失せた。
「何もいないぞ」
「でかいネズミでも逃げて行ったんだろう」
などと言いながら、見張り達は話に興じ始める。
「そういや、ルーケイに新しい代官が赴任したって話を聞いてから、随分と経ったよな?」
「王都で仕込んで来た噂話だろう? にしても代官の野郎、さっぱり挨拶に現れねぇよな」
「野ざらしになった骸骨を見て、怖じ気づいて引き返したか?」
「その程度の軟弱者なら相手にすることはねぇ」
「さて、そろそろ王都に潜り込んで、新しい情報を仕入れて来ねぇとな」
やがて見張り達は立ち去り、アシュレーも仲間の元に戻る。
「危ないところだったよ。で、そちらは何か掴めたかい?」
「いいや」
誰もが首を振る。もしや村に接触する盗賊がいるかと見張り続けていたのだが、そのような者はついぞ現れなかった。
●ウィルの市場にて
ここは王都ウィルの市場。
「最近、景気はどうだい?」
「まあ、いくらかはマシになったかな? しかし最近、何かと物騒でね。逃走した400人の山賊やら、天界人から1千ゴールドせしめた盗賊やら。おかげで皆が大事に備えて武器を買うもんで、ずいぶんと値上がりしておるよ」
「中にはごっそりと武器を買うヤツもいるのか?」
「勿論だ。地方に住むお殿様とか、隊商を率いる商人とか、色々な」
商人に訊ねて探りを入れる勇人の横を、ちょうど遠方からの隊商が通り過ぎて行く。さりげなくその顔ぶれを観察するが、覚えのある盗賊の顔はない。
グレリア・フォーラッド(eb1144)も傭兵を装って聞き込みの最中。
「今は契約も切れて、次の依頼人を探してるの」
「ならば、噂のルーケイ伯の所はどうじゃ?」
市場の商人から進められた。
「いや、あそこはちょっと‥‥」
「では、ちと遠いがワンドの殿様の所はどうじゃ?」
「いや、あそこもね‥‥。もう少し規模の小さな隊商がいいんだけど‥‥」
「まあ、そういうことは商人ギルドで訊ねなされ」
盗賊は商人を装って傭兵を集めると踏んだのだが、なかなか盗賊に繋がる糸口が見つからない。
話のついでに、矢と食料品を買い求めた。
「毎度ありぃ。矢が10本で金貨4枚、保存食が全部で銀貨7枚じゃな」
「高いわね‥‥」
「何言うとる? 今の相場ならこれでも安いほうじゃ」
エンヴィ・バライエント(eb4041)も験持鋼斗(eb4368)を連れて聞き込みをやっている。鋼斗にはエンヴィの従者を装わせた。
「最近、これまで見かけない顔が増えたと思わないかい?」
「そういえば、あんたも初めて見る顔だよ」
商人は笑って答える。
「あ、そういうのは無しだよ」
「そういえば、あそこにいるのも今日初めて見る顔だな」
商人の指さす先には、現地人の格好をしたダン・バイン(eb4183)がいた。行商人を呼び止めて何やら話をしている。
「あまり仲間から離れ過ぎないよう注意しておくか」
過日のことがある。エンヴィと鋼斗が近づくと、ダンと行商人の話す声が聞こえてきた。
「金さえあれば、何でもそろえてくれるような商人かい? まあ、知らない事もないが‥‥」
言いつつ右手を差し出す行商人。金を貰えれば話してやるという仕草だ。
「これで足りますか?」
金貨1枚差し出すダン。今の彼にとっては大金だ。
行商人はダンの耳に口を近づけ、ひそひそと何かを囁くと何食わぬ顔で立ち去った。
「ダン、何か掴めたか?」
「実は‥‥」
エンヴィと鋼斗に、ダンは聞いたばかりの話を伝える。
行商人が言うには、王都ウィルに近い大河の岸辺で闇市が開かれるらしい。主催者は大河の近辺を縄張りとする河賊『水蛇団』だという。
「そこでは様々な物が売り買いされていて、金を出せば何でも買えるって聞いた。武器は言うに及ばず、様々な盗品から、果ては売り飛ばされた人間まで」
エンヴィの顔に得心の笑みが浮かんだ。
「散々歩いて聞き込みを続けたけど、やっと手がかりを掴んだようだね」
レングは金貨1枚と引き替えに、市場近くの路上にたむろする浮浪児から気になる話を聞き出した。
「最近、人さらいがこの辺りにも現れるようになったんだ。僕達の仲間がもう何人もいなくなってる」
「人さらい? もしや‥‥子どもを浚って売り飛ばす人買いの手先か?」
探りを入れてみるべきだと直感した。ルーケイに蔓延る盗賊と繋がりがあるかもしれない。
●試行錯誤
「なかなかうまくいかないものだな」
大河を渡って学園都市ウィルディアに辿り着いた蒼威は、廃棄され処分を待つ馬車を使って、馬車の改良を試みた。まずは車輪に綱を巻きつけ、タイヤの溝代わりと車輪の保護ができないかと試す。しかしうまくいかない。網がすぐに痛んで駄目になる。
「馬車を改良するなら、まずは優れた職人を雇うべきです」
騎士学生からそう助言された。
依頼の最後の日。シスイ領を訪れた折りに、蒼威は領主の娘に野ばらのコサージュを贈ろうとしたが、断られた。なかなかうまくいかないものだ。