テロリストの黒き旗〜動乱編2
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:11人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月15日〜07月20日
リプレイ公開日:2006年07月23日
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●オープニング
●学園都市での再会
騎士学院が所在する学園都市ウィルディアは大河を間に挟み、王都ウィルの真向かいに位置している。
テロリストを追う地球人ゲリー・ブラウンは、暫く前からこの街に滞在していた。
騎士学院教官シュスト・ヴァーラの知遇を得たことにより、ゲリーは騎士学院への出入りを認められ、ウィル王国の国政・軍事の知識について学ぶ傍ら、騎士学生を相手に剣の修行を積んだ。
騎士学生としての籍は無いので、正規の授業を受けたわけではない。ゲリーはもっぱら、授業外の時間を利用して、教官や学生達に教えを乞い、彼らも快くゲリーの求めに応じたのである。
その日もゲリーは放課後の闘技場で、模擬剣を手に騎士学生たちと打ち合っていた。
最初の勝負はゲイリーの勝ち。次の勝負に備えて一休みしていると、観戦者の中に馴染みの顔を見つけた。ゲリーがアトランティスで最初に出合った地球人の仲間、エブリー・クラストである。
「随分、上達したわね」
「だろう? 次の勝負もいただく」
勝負再開。ゲリーは再び模擬剣を握って対戦者と向かい合い、審判の合図が下るや大胆に前進。フェイントで右より打ち込むと見せかけて素早く剣先を転じ、左より打ちかかった。
カキィン! 惜しくも金属音と共に弾き飛ばされたのはゲリーの剣。攻撃は見切られた。ゲリーは唖然とし、己の手を離れて床に転がった剣をただ見つめる。
「勝負あり!」
審判が対戦者の勝利を宣言。ゲリーと対戦者は向き直り、一礼して試合を終える。
「一瞬で勝負は決まったわね」
エブリーが笑いながら言う。ゲリーは大げさに肩をすくめて答えた。
「勝てる自信だけはあったんだけどな」
放課後の練習試合も終わると、ゲリーとエブリーは闘技場を去り、野外の演習場へ向かった。
「君に見せたい物がある。鍛錬していたのは剣技ばかりじゃない」
かなり離れた所に、藁人形が幾つも立ち並んでいる。戦闘訓練の標的だ。
ゲリーは、すいと右手を持ち上げる。その指先で印を結び、口から圧縮された言葉の塊を吐き出すや、右手をさっと前に突き出した。
と、手の先から稲妻が迸っり、一瞬にして遠くの藁人形を直撃。衝撃で藁が千切られ、ばっと舞い散るのが遠目からも分かった。
「‥‥凄いわ」
エブリーが目を丸くする。ゲリーが披露したのは、高速詠唱で放ったライトニングサンダーボルトの魔法である。
「自分で言うのも何だが、まるでコミックのヒーローになった気分さ」
その気になれば魔法を習得できる。それが、この世界に召還された地球人の強みでもあった。
「それじゃ、今度は私の番よ」
にこっと笑い、エブリーは片手で魔法印を結んで呪文を詠唱。
「陽精霊の輝きよ。我が手の内に宿れ」
松明のように暖かい光を放つ光球が、その手の中に現れた。ライトの魔法だ。今度はゲリーが感心する番だった。
「‥‥凄いな。いつの間に覚えたんだ?」
「ワンド子爵の町に住むジプシー達に教わったの。私、あれからずっとあの町にいたのよ」
「ところで、あの子はどうした?」
ゲリーが言う『あの子』とは、エブリーが拾って保護していた子どもだ。国王の反逆を疑われて滅ぼされた村の生き残り。恐らくは西ルーケイの村の出自だ。その子はまた、シャミラを名乗る地球人と出会い、彼女から武装テロ組織アルタイルの軍旗を受け取ったという当人でもある。
「ワンド子爵の所に預けてあるわ。王都よりもあそこの方が、何かと安心だし」
「そうか。ところで‥‥頼みがある」
真顔になってゲリーは求め、エブリーは即座に応じた。
「いいわよ。この世界の人々の為なら」
●大反乱の顛末
エブリーを連れ、ゲリーが向かった先は騎士学院の図書館。司書の許可を得て地図の保管庫に立ち入ると、ゲリーは1枚の大きな地図を引っ張り出した。王都の西方の大型地図。王領ルーケイ、王領アーメル、ワンド子爵領などの諸領地が一枚の図に収められている。
「この地図が描かれたのは、ルーケイの反乱が起きる以前。今は亡きルーケイ代官のターレン・ラバンが存命だった頃のものだ。今は傭兵上がりの代官キーズ・ヴァムが統治する
王領アーメルも、当時はラーバス・ペレンという男が代官を務めていた。やはり、国王陛下の不興を買って身分を剥奪された本来の領主に代わり、王命によって代官に任ぜられた男だ」
「随分詳しいのね」
「騎士学院に長く入り浸っていれば、そこそこの事情通になれるものさ。それより、注目すべきはここだ」
ゲリーが指さしたのは、ワンド子爵領の北。そこにはロメル子爵領がある。広さはワンド子爵領に比べてかなり小さい。ロメル子爵領の北東には『旧ロメル子爵領』と但し書きされた土地が広がり、そこは王領アーメルと同じ色分けが為されている。
「ロメル子爵領は元々、北東から南西へと長く伸びていた。その中央にある湖を境とし、北ロメルと南ロメルとに区分されていたが、経済的に豊かだったのが北ロメルだ。領内の街道からの通行料を大きな収入源とし、湖の北側には豊かな農地が開けていた。その北ロメルを奪い、アーメルの領地に組み込んだのが、先のアーメル代官であるラーバスだ」
学院で聞き込んだ話を元に、ゲリーは説明を続ける。
ラーバスは王への讒言をもってロメル子爵家を追い込み、その領地の北半分を我が物とするのに成功した。しかし治まらないのは北ロメルの領民である。ルーケイの反乱が起きると、北ロメルの領民はこれに呼応して決起。さらにラーバスに反感を持ち、かつての領主を慕うアーメルの領民達も、続々と反乱に身を投じたのである。
謀反の報せを聞くや、あろうことかラーバスは自らの領地から逃げ出した。殺されたルーケイ代官の二の舞となるのを恐れたのだ。
その反乱を平定したのが、当時は傭兵隊長だったキーズ・ヴァムである。ギーズは騎馬隊を率いてアーメルの各地を駆け回り、荒れ狂う叛徒を武力で屈服させた。さらにギーズの軍勢はルーケイ領内になだれ込むと、ルーケイの領民多数を捕虜と為し、ルーケイの地より連れ去った。ルーケイの領民達は、北ロメルとアーメルでの反乱を手助けしたと目されたからである。
反乱の平定後、領地を放棄して逃亡したラーバスは不名誉刑に処せられ、代官の地位を追われた。新たなアーメル代官に任じられたのは、反乱平定で著しい功績を上げたギーズだった。
「以上がルーケイに始まる反乱のあらましだ。そして最も懸念すべきは、この一連の反乱が起きた地域が、推定されるテロリストの潜伏地域と重なることだ」
「そしてこれから、この広大な地域に探りを入れていくわけね」
これは、やるしかない。エブリーの目に宿る強い光がそう言っている。
「先ずは、ロメル子爵領の辺りから手をつけましょうか」
●冒険者への依頼
テロリストを追うゲリーとエブリーに対しては、シュスト教官とワンド子爵からの支援がある。程なくして、ゲリーとエブリーを依頼人とした依頼が、冒険者ギルドの掲示板に張り出された。
依頼1:ロメル子爵領での情報収集
依頼2:ルーケイ復興会議での情報収集
いわば密偵の仕事だ。冒険者は2つの依頼のうち、どちらかを選択することになる。
ワンド子爵の町からロメル子爵の領主館までは、馬で1日程で行ける。但し、行き先ではどのような不測の事態が持ち上がるか分からない。入念な準備と慎重な行動が要求されるだろう。
●リプレイ本文
●王領アーメルでの調査
夏のこの時期は雨が多い。ギルドの相談室も、中の空気がやけに湿っぽく感じる。
「つまり、そのテロリストってのを見つけ出してブチ殺してやればいいんだよなァ〜? 中々面白そうじゃあねえか、ムクククク」
「‥‥おい、早まるなよ」
依頼人ゲリーがたしなめる。何せ、目の前の相手は『狂戦士』だの『外道戦士』だの、物騒な呼び名を持つヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。ゲリーの依頼に参加するのは初めてで、テロリストについて教えてくれというので、教えてやったらこの台詞である。
「どんな世界にも思想に盲目的に従うアホってのは居るもんだねェ〜」
「だからって、ブチ殺すことばかり考えられても困る。とはいえテロリストなど、ブチ殺されて当然の連中だがな」
で、そのヴァラスだが、加藤瑠璃(eb4288)と共に王領アーメルでの調査を担当することになった。
「アーメルは警戒が厳重になっているらしいから、下手をすると不審に思われて軟禁されたりして、情報収集ができなくなる恐れがあるわね。ワンド子爵から何か、表向きの用事を貰えないかしら?」
支援者のワンド子爵は、ルーケイ復興会議に参加するため王都に滞在中。瑠璃はワンド子爵に会いに行き、アーメル入りする表向きの理由を求めた。
「例えば‥‥『ワンド子爵領に潜入してくる盗賊の出所を探っている』では、ちょっと直接的過ぎるかしら」
「いや、それだとアーメルの側を刺激しかねんな。まるでこちらが、アーメルを盗賊の隠れ家と見なしているように聞こえる。何か、もっと穏やかな名目があれば‥‥」
暫く考え込んでいたワンド子爵だったが、やがて名案が閃いた。
「そういえば、今回の依頼にはあの男も参加しているのであったな。ここは彼に、役に立ってもらうとしよう」
ヴァラスは2頭の馬を有していたので、うち1頭を瑠璃に貸してやった。
「それにしても、嫌な天気‥‥」
アーメルまでの道中、雨は降ったり止んだり。雨は気分まで湿っぽくする。
2人はシスイ領の街道を北上してアーメル入りしたが、街道に設けられた関所にて、早々に衛兵達のお出迎えを受けた。
「止まれ。身元を確かめさせて貰う」
「俺達は冒険者ギルド所属の冒険者だ。目下、ワンド子爵の依頼で動いている。ほれ、これがその証明だ」
ヴァラスがギルド発行の書状を差し出す。受け取った衛兵は暫しそれに目を通していたが、やがてヴァラスと瑠璃を手招きする。
「二人ともついて来い」
連れて行かれた先は、衛兵達の詰め所である。
「ここで待て」
二人を待合室に残すと、衛兵は部屋から出て行った。
「こんな所で足止めかぁ?」
「このまま軟禁、何てことにならなければいいけど‥‥」
待ってばかりも手持ちぶさたなので、瑠璃は外から聞こえてくる物音に耳を傾ける。暫くの間、衛兵達が行き来する足音が聞こえていたが、やがて、
「うああーっ!! うああああーっ!!」
今にも殺されるような悲鳴が聞こえてくるではないか。誰かが衛兵達に痛めつけられているのだ。
「次は私達の番、何てことにならなければいいけど‥‥」
心配そうに瑠璃が呟くが、ヴァラスは笑い飛ばす。
「ククククク‥‥また随分と楽しませてくれるじゃねぇか」
さらに待っていると、ようやく衛兵が戻って来た。
「お前達を我々の責任者に会わせる」
二人は別の部屋に通される。そこに、衛兵の言う責任者が待っていた。
痩せぎすで、鷹のような面構えの男である。見るからに歴戦の傭兵。顔色一つ変えずに平気で人を二、三十人ばかりも殺せそうな凄みがある。
「俺はゲードル・バザン。王領代官ギーズ・ヴァム閣下の副官を務めている。現在、ギー
ズ閣下はルーケイ復興会議に参加のため不在で、俺がその留守を預かっている。諸君らはギルドの依頼で行動しているのだな?」
「はい。あの身代金1千ゴールド事件の主役となった張本人が、再び行方不明になりました。彼が再び、どこぞの盗賊達に捕らえられる前に、見つけだして連れ戻します。そのために、当地で盗賊達の動向を調査する許可を頂きたく思います」
答えたのは瑠璃。これがワンド子爵の用意した表向きの理由だ。
ゲードルは鋭い目で瑠璃を一瞥すると、同意した。
「当地での調査を許可する。但し、お前達の安全のために我が兵を同行させる」
斯くして、聞き込みは始まった。
「いきなり聞きますけどよォー。最近、どこぞの盗賊が急に手際が良くなったとか、黒い旗を掲げて行動しとる連中とか、訳の分からん神だか何だかの名を口にしとるような奴等の噂はなかったかねェ〜?」
村の酒場でヴァラスが聞き込んだ相手は、土地の農夫達。
「そういう奴を見つけたら、すぐにお代官様の兵隊に報告するだよ〜」
付き添いの衛兵に気掛かりそうな視線をちらちら向けつつ、農夫達は答える。
「そういえば最近、黒い旗を持った見慣れない連中が、あちこちうろついてるって噂があるだよ〜。おら、おっかねぇよ〜」
「そうか、ありがとうよ。あんさん等がこの俺と話をしたっつう事は忘れるのだぜ。‥‥よォ〜しよしよしよしよし」
農夫達からの聞き込みを終えると、付き添いの衛兵がヴァラスをじろりと睨め付けて言う。
「俺は忘れねぇ。しっかり覚えとくぜ」
「ところで最近、領主様のお屋敷に出入りする者や、兵役に就く者の中で、明らかにアーメルで見かけなかった顔の者は増えていないかしら?」
テロリストのスパイを警戒し、瑠璃は衛兵に尋ねてみた。衛兵は怪訝な顔をして答える。
「盗賊に与する者が我々の中にいるとでも? いらぬ心配だ」
他にも酒場の客を何人かつかまえて訊ねたものの、答は最初の相手と似たり寄ったり。皆、衛兵の目を気にして決まりきった答しか口にしない。また衛兵達の誰に尋ねても、問題は無いとの一点張り。取り付く島もない。
「仕方ねぇ、帰るか」
「せっかくアーメルまで来たのに、これではね」
冒険者2人、がっかりして酒場を出た途端、その足が止まった。
外は一面の霧。少し離れたら、互いの顔も見えない程。
「ちっ、またかよ」
お目付の衛兵が舌打ちした。
「この所、雨がちな天気だったから‥‥にしても変よね。いきなりこんな濃い霧が出るなんて」
瑠璃は納得がいかない。すると衛兵が言う。
「最近、あちこちで妙なことばかり起きやがる。いきなり街道が霧で閉ざされたり、どうってことない草場で馬が足を草に引っかけたり。どうなってるんだよまったく」
●南ロメルから北ロメルへ
「今はアーメルの領地に組み込まれている北ロメルだが、ギーズとかいう代官は相当にしたたかだ。自分の汚いところは見せないタイプだな。なので、政情不安な北ロメルを調べるなら、南ロメルから手をつけるのが吉とみた」
「ワンド子爵領から北ロメルまでは結構な距離があるけど、セブンリーグブーツを使えばその日のうちに到着できるね。本当に重宝するよ、このアイテムは」
「ともかくもテロリストがいて、そのテロリストに賛同する人間もいる。とはいえ、物事を一面からしか視ないのは危険なことだ。まずは、自分の眼で実情をみなければ始まるまい」
などとフロートシップの甲板で話をしている2人は、ヘクトル・フィルス(eb2259)と
アシュレー・ウォルサム(ea0244)。ルーケイ復興会議が開かれることもあり、このところワンド子爵領と王都の間ではフロートシップの行き来が頻繁だ。その船に便乗出来たお陰で、王都を発ったその日のうちにワンド子爵領へ到着した。
「さあ、歩くぞ」
大河の畔にあるフロートシップ発着所から北ロメルを目指し、2人は歩き始めた。セブンリーグブーツを使って、疾風のような勢いで。
ロメル子爵領の湖には大河に注ぐ川がある。川沿いに進めば道に迷うことはない。二人は歩く、歩く、ひたすら歩く。
数時間も歩き続けると、湖の岸辺に出た。
「この辺りはもう南ロメルのはずだが?」
周囲を見回すと、湖の畔には大きな屋敷が建っている。ごちゃごちゃと家々が寄り集まった集落も、あちこちに点在している。しかし、見るからに活気がなく寂れた土地だ。
農夫らしき男が、うつむき加減で歩きながら近づいて来た。
「ちょっとお尋ねしたいのだが?」
ヘクトルが声をかけると、男は胡散臭そうな目を向け、無愛想に訊ねる。
「あんたら、余所者かい?」
「商家の使いで、北ロメルまで行くところだ。途中、この辺りで休もうと思い、酒場を探しているんだが」
「酒場? そんなもん、ありゃせんわい」
言い捨てて、男はそそくさと立ち去って行く。
「‥‥参ったな。ここには酒場もないのか」
北ロメルへ行く前に、南ロメルの酒場で情報収集しようというヘクトルの目論みは外れた。
「俺達、あまり歓迎されてないようだよ」
アシュレーが注意を促す。見れば二人を遠巻きにして、警戒心も露わな視線を送ってくる土地の者がちらほら。
こんな所に長居は無用とばかり、二人は先を急ぐ。
さらに歩き続けると、北ロメルと南ロメルの境に達した。そこには関所が設けられており、厳つい顔をしたアーメルの衛兵達が二人を誰何する。
「止まれ。北ロメルに何用だ?」
「商家の使いで北ロメルの町へ」
「初めて見る顔だな。どこの商家の使いだ? 用事は何だ?」
根ほり葉ほり質問されてうんざりしたが、通行料をその手に握らせると、衛兵達は二人を通した。
「面倒事を起こすんじゃねぇぞ」
そう声をかけたきり、二人に見向きもしない。もはや見知らぬ余所者への関心を失った様子である。
●北ロメルの酒場で
北ロメルで一番大きな町は街道沿いにある。アーメルの街道から伸び、そのまま西へ向かう街道である。
情報収集のため町の酒場に足を向けたヘクトルとアシュレーだったが、酒場の門の前でまたも衛兵に呼び止められた。
「初めて見る顔だな? どこの土地の者だ?」
先に関所で誰何された時と同じように答えると、衛兵がにんまり笑って手を差し出す。
「では、通行料を支払え」
内心うんざりしながらも、アシュレーは衛兵に愛想笑いを向け、その手に金を握らせて言う。
「まさか、酒場でも通行料を取られるなんて思わなかったよ」
すると、衛兵は悪びれもせず答える。
「悪いがこれも仕事でな」
酒場は盛況だった。2人は手頃なテーブルを見つけて座り、話に興じる客を相手に聞き込みを開始した。最初に酒を奢って機嫌を取り、たわいもない世間話をした後で、探るべき情報の核心に迫っていく。
「そういえば、この土地はギーズ代官が治めているんだってね。ルーケイ反乱の平定で活躍して、代官になったって聞いているけど‥‥」
アシュレーがそう口にすると、それまで談笑していた客達が、急に押し黙る。
「これだけ豊かそうなら、ずいぶん働き手は必要だと思うけど、人手は足りてるのかい?」
さらに続けると、客の一人が真顔で言った。
「おい。この場所でそういう話は止めときな」
「んじゃ、話題を変えて‥‥最近、天界人で盗賊とかに加担して、いろいろ天界の戦術とかを教えているようなやつがいるらしいけど、物騒だねえ」
言ったその後で、回りの客達の目が全て自分に向けられているのに気付いた。
「お前ら、何者だ?」
陰険な口調で客の一人が問う。それに答えたのはヘクトル。
「俺達はルーケイのごたごたで、家族と生き別れになった人を探している」
「何だと‥‥!?」
答を聞いて、男は目を剥いた。
店の玄関に立つ衛兵が、大声で呼ばわったのはまさにその時。
「お前ら! 店仕舞いの時間だ! こそこそ寄り道をせず、真っ直ぐ家に帰れ!」
ヘクトルは呆れて声を上げた。
「随分と急かせるんだな、この酒場は」
気色ばんでいた男は、衛兵の目を誤魔化すように愛想笑いを浮かべて言った。
「ここはそういう土地なもんでね。酒場とか宿屋とか、とにかく人が集まる場所には、どこでも衛兵が目を光らせてやがる」
そして、男はヘクトルの耳に囁いた。
「行方知れずになった奴らの事が知りたければ、真夜中に宿屋を出て町はずれの墓場に来い」
「途中で衛兵に見付かったら?」
「悪代官ギーズの手下など構うことはねぇ、ボコって半殺しにしちまえ」
「半殺しって‥‥おい」
「首を突っ込むからには、それだけの覚悟はしてもらうぜ」
●地球人の少女
真夜中。アシュレーはこっそりと、宿屋の止まり部屋から抜け出した。
宿の玄関口では衛兵が夜番をしている。アシュレーはその手にしたスクロールを広げ、念じた。
暫くして、風も無いのに玄関のドアがゆっくり開く。それに気付いた衛兵が何事かと思い、開いたドアを確かめる。
「おかしい。どうして急に‥‥」
突然、宿の奥が騒がしくなり、別の衛兵がすっ飛んで来た。
「泊まっているはずの2人がいないぞ!」
「何だと!? どこへ消えやがった!?」
衛兵2人、玄関から外へ飛び出し、きょろきょろと辺りを見回す。すると頭上から巨大な塊が落ちてきたではないか!
「があっ!」
「ぐあっ!」
2階から飛び降りたヘクトルの巨体の真下で、2人の衛兵は伸びた。
「アシュレー、どこだ!?」
連れの名を呼ぶと、返事は後ろから。
「ヘクトル、ここだよ」
そこにはインビジブルのスクロールで姿を消したアシュレーがいた。
「では、行くか」
二人して走り始めるや、息を吹き返した衛兵が呼び子を鳴らす。その音を聞きつけ、あちこちから衛兵が集まって来る。
「曲者をひっ捕らえろ! ‥‥うわっ!?」
真っ先に駆けつけた衛兵は、姿の見えないアシュレーにぶつかって転倒。続いて3人の衛兵がヘクトルを取り巻き、剣で打ちかかる。その全部をヘクトルがぶちのめすのに、ものの数分もかからず。しかし衛兵は後から後から、イナゴの群のように押し寄せる。こんな小さな町に、よくもこれ程の数がいたと思える程。
「アシュレー!」
「ここだよ‥‥」
友の呼ぶ声に、魔法の切れたアシュレーが、気絶した衛兵の体の下から答える。その手を掴んで起き上がらせ、ヘクトルは町の外へと走る。
「これで俺達、北ロメルじゃお尋ね者だよ」
と、アシュレー。
「お尋ね者どころか囚人になりそうだ」
と、ヘクトル。
押し寄せる衛兵はあまりにも数多い。さしものヘクトルもじりじりと追いつめられ、もはや決死の覚悟で強行突破するかと覚悟を決めた時。
出し抜けに、濃い煙が辺り一面に広がった。夜空から照らす月精霊の光も、衛兵の手にする松明も、煙に阻まれもはや用を為さない。何が起きたのかも分からず、衛兵達は煙の中で右往左往するばかり。
「こっちへ!」
煙の中から伸びたほっそりした手が、ヘクトルの腕を掴む。そして彼とその友とは、安全圏へと導かれた。
気が付けば、そこは町外れの墓場。二人の冒険者の目の前には、ほっそりした少女がいる。まだまだ育ち盛りの身体。月精霊の光に照らされたその顔は浅黒く、額にはぽつんと丸い印。その大きくつぶらな瞳が愛らしく、思わず見入っていると、少女は言った。
「天界人がそんなに珍しい?」
冒険者二人は答える。
「実は俺達も‥‥」
「ジ・アースから来た天界人なのさ」
すると少女は言う。
「私は地球から来たの。名前はカーラ」
少女の服は、一枚の大きな布を体に巻き付けたような独特のもの。ジ・アースではインドゥーラ国の女性が、これと似た装いをしていたはず。
「行方知れずの人達のことを教えてあげる。みんな、ここからずっと東の土地にいるわ。悪代官達の下で、奴隷のように働かされているの」
「どうして、君はそれを?」
「シャミラが教えてくれた」
「シャミラが‥‥!?」
その愛らしい唇から漏れ出たのは、テロリストの名。
「みんなを助けたい?」
カーラの言葉にヘクトルは頷く。
「どうすればいい?」
すると、カーラが言う。
「シャミラに相談してみる」
アシュレーは携帯電話を取り出した。
「君を写しても、いいかな?」
カーラはくすっと笑う。
「ジ・アースにもケータイがあるの?」
「いいや、こいつは地球製なんだ」
アシュレーは携帯のボタンを押す。フラッシュの光と共に、カーラの姿が録画された。
そして、カーラは墓地の墓石の一つを示す。
「今度、私に会いにこの土地を訪ねた時には、ここに黒い石を置いて。それが目印よ」
ヘクトルとアシュレーはその後、カーラに付き従う者から関所を通らずに済む抜け道を教えられ、ワンド子爵領へと戻った。
●南ロメルの地球人
かつて南北ロメルが一つの領地だった頃、領主館は北ロメルの町に置かれていた。当時、南ロメルはもっぱら狩猟場としての役目を与えられ、ロメル家当主による盛大な狩りが度々行われた。その際の宿所となったのが、南ロメルの湖畔にある屋敷である。
時には知古の貴族達も狩りに招かれ、狩りの後には屋敷で盛大な宴。南ロメルの屋敷も領主の別宅とはいえ、名だたる貴族を招くに相応しい豪勢なものであった。
しかし豊かな北ロメルを失って後、ロメル家は困窮のどん底に突き落とされた。かつての別宅は領主館の役目を担うことになったが、過日の栄華はもはや失われて久しい。
今、その南ロメルの領主館に近づく一団がある。ルメリア・アドミナル(ea8594)とリューズ・ザジ(eb4197)、依頼人のゲリーとエブリー、そしてダン・バイン(eb4183)の5人。彼らはロメル子爵との交渉を行うべく、ワンド子爵からの正式な使者としてこの地を訪れたのだ。
「何とか無事に来れましたね」
呟くのはルメリア。途中、怪しい人影を幾度か見かけた。しかしルメリアが油断なく注意を払い、危険を感じた場所は遠回りするか足早に通過。その甲斐あってか、無事にここまで来れた。
「でも、勝負はこれからです」
玄関口の分厚いドアの前に立ち、ノッカーを鳴らす。
ドアが開いた。
「お待ちしておりました」
現れたふくよかな笑顔。礼服を着た中年男が慇懃に一礼して出迎える。
「貴方は‥‥」
訝しむルメリア。見るからに男は土地の人間ではない。黒髪に黄色味を帯びた肌、その顔には薄手のメガネ。
「初対面でしたな? 私、佐熊達朗と申します」
「サクマ・タツロウ?」
「地球の日本よりこちらの世界へ‥‥その‥‥飛ばされて参りました。現在はこのロメル子爵家にて騎士の待遇を受け、病気がちな子爵殿に代わってお家の切り盛りを致しております。ささ、お客人方。中へどうぞ」
屋敷の中はがらんとしていた。室内を飾っていたさまざまな調度品も、窮乏生活の毎日ですっかり売り払われたらしく、どこもかしこもむき出しの壁と床がお寒く広がるばかり。
テーブルと椅子だけがぽつんと置かれた大広間に、一行は案内された。
「何も無いところですが、余所では味わえない少しばかりのサービスを」
達朗は人数分の杯を用意し、水を満たす。
「まあ!」
「これは!」
冒険者達にはちょっとした驚き。杯の水には氷が浮かんでいた。
「この夏場に氷とは。どうやって調達したのです?」
「実は私、少しばかり魔法を嗜みまして‥‥」
達朗は杯を手に取り、呪文を唱える。クーリングの魔法だ。手に持つ杯の中の水が見る間に凍っていく。
「その魔法、誰に教わった? この屋敷にはお抱えのウィザードでもいるのか?」
きつい視線を向けて訊ねたのはゲリー。達朗は一瞬口ごもった後に答えた。
「え〜‥‥ここに来る途中、旅のウィザードと仲良くなりまして‥‥そのお方より魔法を教わったのです」
「本当か?」
畳みかけるゲリーの脇腹を、エブリーが小突いた。ゲリーは質問を変える。
「地球の日本では何をしていたんだ?」
「かつてはゼネコンの役員をしておりまして‥‥ええ、政府関係にも色々とコネがございました」
「また随分とシュールな展開になったもんだ」
小声で呟くゲリー。
「先にシフール便を出し、面談を求めましたが。届いていますか?」
「はい。ご要望は承っております」
ルメリアの問いに、達朗は丁寧な物腰で答えた。
「ロメル子爵に会わせて頂けるか?」
リューズが求めると、達朗は一行を離れた寝室へと案内する。
部屋にぽつんと置かれたベッド。その上にロメル子爵は体を横たえていた。眠っているのかと思ったが、目は開いている。しかしその顔は干からびた老人の顔。手足も酷く痩せ細っている。
「ワンド子爵殿から聞いた話だと、ロメル子爵にはご子息とその奥方、そして3人の孫がいるはずだが」
事前に得た情報を元にリューズが問い、達朗が答える。
「皆、事情あって出払っております」
ロメル子爵がリューズの姿を認め、掠れた声を上げた。
「‥‥誰じゃ?」
リューズは礼儀作法に則って自己紹介し、ルーケイを巡る一連の動きを簡潔に説明すると、ロメル子爵に尋ねる。
「このロメル子爵領内での賊徒による被害、如何なるものか? 差し障りなくば教えて頂きたい」
「‥‥賊徒? ‥‥我が領地に賊徒などおらぬ」
「しかし、現に隣領のワンド子爵領では、西ルーケイからの賊徒に‥‥」
なおも食い下がるリューズだが、ロメル子爵は枯れ木のような手を持ち上げ、その言葉を制した。
「‥‥もう、その話はよい」
続いて、ルメリアが子爵に尋ねる。
「わたくしが知りたく思うのは、反逆罪に問われた旧ルーケイ伯のお人柄。旧ルーケイ伯は、国王陛下の行いに不満を持っていたのですか? 目的の為にか弱き妻子にまで、不名誉な牙を向ける人物だったのですか?」
「かつてのルーケイ伯‥‥真、領主の鑑であった。何故に、あのような濡れ衣を着せられ、非業の死を‥‥」
ルーケイ伯の言葉の最後はか細く消え入り、後にはただ沈黙が続く。
「ロメル子爵殿は長患いに苦しむお体。そろそろお休みになって頂かなくては」
急かすように達朗が告げ、皆を寝室から連れ出した。
結局、冒険者達は大した収穫も得られず、ロメル子爵の館を後にした。
道すがら、リューズが言う。
「火は消えたようで灰の中で静かに燻っているもの。王領代官に不満を抱いた旧領主や領民達は、叛徒やテロリストに付け込まれかねない。黒き旗の賊徒にも、そういった旧勢力が関わっているのかも。ロメル子爵領も領地こそ残っていても似た様な状況。悪逆の徒の温床になる可能性は捨てきれない」
「わたくしもその事を案じています。テロリストなる者は、虚言や企みを弄し、他者の領地を奪うのみ為らず、命や、名誉を踏みにじる非道な者達。でも、ロメル子爵のあの様子では‥‥」
ルメリアの言葉の最後は語られず仕舞い。
「前途は多難、と言う他にない」
そう言った後で、ゲリーは気が付いた。ダンの姿が消えている。
「‥‥おい、ダンは何処へ行った!?」
●目印は黒い旗
「余所者は出ていけぇ!」
農夫は怒鳴り、ダンに手桶の水をぶっかけた。
これで6人目。取材のつもりで声をかけてみたが、誰もが示す激烈な拒絶反応に、ダンはすごすごと退散。余所者に対する彼らの警戒心は相当なものだ。
「‥‥さて、どうしよう? とりあえず服を乾かさなきゃ」
湖の畔に行き、空き家の陰で服を乾かしていると、土地の若者が声をかけてきた。
「あちこち嗅ぎ回っている余所者って、あんたか? 暇なら一杯突き合えよ」
若者がダンを連れて行ったのは、湖の畔に並ぶ空き家の一つ。そこでは数人の若者が車座になり、酒を呷っていた。
「‥‥で、この村に何しに来たんだ?」
「ルーケイの動乱の際、生き別れになった知人を捜しています」
現地人を装ったダンはそう答える。
「そうか。つまりはあんたも、反国王派ってことだな?」
『反国王派』などという言葉は普通、こんな土地に住む農夫は口にしない。いらぬ事を吹き込んで回っている何者かがいるのだろうか?
酒が回るうちに、若者達は饒舌になっていく。
「この土地の奴らはクソだ!」
「この土地の領主は甲斐性なしだ!」
「クソな土地、クソな領主、クソな国王、クソな世の中、もううんざりだぜ!」
「だけどよ、世の中もうすぐひっくり返るぜ!」
そして若者の一人がダンの耳に囁く。
「大罪人のエーガンが国王でいるおかげで、フオロの国はめちゃくちゃだ。だが、これからもっと酷いことが起こるんだぜ。戦争好きなトルクの王が、ガタガタになったフオロの国に攻め込むんだ。戦争は長く続き、大勢が死ぬ。そして、世の中はひっくり返るのさ。大戦争の後、フオロでもトルクでもない新しい王が現れる。そしてこの国は生まれ変わるんだ」
その話に耳を傾けながらも、酒をしこたま飲まされたせいで、ダンはふらふらだった。とうとう酔い潰れて倒れたが、声はなおも耳元に囁いた。
「‥‥いいか、世直しの目印は『黒い旗』だ。忘れるなよ」
暗黒の眠りの淵。耳に聞こえていた若者達の声も途絶え、今は思索するダンの内なる声が響くのみ。
(「貧困はテロリズムを生む。権力者の生み出した歪みの構造が、社会の底辺にあって困窮する人々を、テロリストへと変貌させているのかもしれない。ただし、そういう人々を扇動し、テロへと駆り立てる人間は常に存在する訳だが‥‥」)
どれ程、眠っていたのだろう。気がつけば、体を揺する者がいる。
「こんな所にいたのか。探したぞ」
目を開けると、自分を見下ろすゲリーと仲間達の顔があった。
●代官ギーズの過去
フオロ城内、琥珀の間。
ルーケイ復興会議では口角泡を飛ばし合ったお歴々も、今は盛大な晩餐会を楽しんでいる。
会議参加者の一人、アーメル代官のギーズ・ヴァムはことさらに上機嫌だ。何故なら麗しき冒険者の淑女、冥王オリエ(eb4085)が彼の側に侍っているのだから。
勿論、ワンド子爵の伝で晩餐会に潜り込んだオリエの目的は、ギーズからの情報収集だ。
「私、自分自身もゴーレム隊の一員として、ルーケイの盗賊討伐に参加したのよ。そこで見た騎馬隊の動き、見事だったわ」
「おおっと。その賞賛の言葉、受け取るべきは俺ではなく、我が副官のゲードル・バザンだ。あの戦いで騎馬隊を率いていたのは奴だ。ルーケイ伯の見事な戦いっぷりも、ゲードルから詳しく聞かせてもらったぜ」
「だけど、あの戦いで活躍したゴーレム機器にしても、他の部隊との連携などにまだまだ課題を残すわ。あなたの騎馬隊が見せたような、錬度の高い統率された動きを見せるには、どうすれば良いのかしら?」
酌の相手をしつつ、教えを乞う。酒の勢いも手伝って、ギーズは良く喋る。
「優秀な騎馬隊を作るのは、根気のいる仕事だぜ。軍馬を子馬から育てる事から始まって、日々の訓練の積み重ね、与える飼い葉の量と質、とにかくありとあらゆる事に細かく気を使わなきゃいけねぇ。勿論、兵士を育てるのは馬を育てる以上に大切だ。だがよ、俺はおまえが気に入った。出来ることならあのルーケイの戦場で、俺もおまえと一緒に戦いたかったぜ。おまえの肩を抱いて‥‥いや、おまえと肩を並べてな」
話すうちに、話題は過去のアーメルでの事件にも及ぶ。
「ルーケイの反乱が北ロメルとアーメルにも及んだ時は、俺も命がけだった。先のアーメル代官、腰抜けのラーバスが敵前逃亡したお陰で、謀反人どもは俄然勢いづいた。あちこちで兵が殺され、略奪が行われた。あの怒涛の如くに押し寄せる謀反人どもを見たら、誰だってびびるぜ。とにかく、俺は死に物狂いで戦った。先陣を切って馬を飛ばし、剣を振るい続けた。‥‥で、気がついたらいつの間にか謀反人どもは敗退し、後には村1つ分にもなる死体の山が出来ちまったってわけさ。今にして思えば、もったいねぇ事をしたぜ。村1つ分の領民どもを、死人に変えちまったんだからな」
「凄まじい話ね。そんな土地を治めるのは、さぞや大変でしょう?」
「その通りさ。だが、剣に物を言わせるだけが能じゃねぇ。かつての謀反人どもを上手くなびかせるには智恵が必要だ。だから、かつての領主の一族は生かしてある。もっともアーメル家の当主だけは、反乱の後に情けない死に方をしたのだがな」
●トルクの男爵
会議の後の晩餐会でも、草薙麟太郎(eb4313)は忙殺されていた。主立った出席者一人一人への挨拶回りに、マリーネ姫への受け答え。王家調査室室長としての責任を背負っているだけに、各方面に気を配らねばならない。
トルク家の男爵、時雨蒼威(eb4097)も会議に出席していた。
「ご苦労様でした」
麟太郎は彼にも労いの言葉をかける。
「会議の報告書も程なく仕上がると思います。後でお読みになって下さい。ともあれ、会議が無事に終わって何よりです」
蒼威もにこやかに答える。
「ルーケイの復興は始まったばかり。これからも宜しく頼む」
ルーケイ復興会議も無事に終わり、会議の取り持ち役を果たしたワンド子爵は、貴族街にある屋敷でくつろいでいた。
そこへ執事がやって来て報告する。
「実は今回の依頼に、トルク家の男爵たる時雨蒼威殿が参加しておりまして」
「なんと、あの蒼威男爵がか?」
「はい。しかし、男爵の行動を調べましたところ、トルクの使者と交渉したり、レースを観戦したり。他にも騎士学院にて何やら仕事をしていた様子ですが、いずれも依頼の主旨とは外れたものばかりです。報酬の件は如何致しましょう?」
「う〜む」
ワンド子爵は考え込む。確かに執事の言う通りだが、テロリストといった狡猾な連中を相手とするには、搦め手もまた必要。男爵の有するトルク家との繋がりは貴重である。
「宜しい。今回の報酬については、規定通りの支払いで良い。但し、男爵には後で、わしから一筆書いて送るとしよう。男爵には男爵で、やってもらうべき仕事があるのでな。‥‥ああ、それから」
ワンド子爵は付け加えた。
「テロリストの情報収集に関して冒険者達が支払った金については、全て経費として計上するようにな。通行料、宿代、酒場での飲み食い代、その他、全部ひっくるめてだ。使うべきところに使う金をケチっていては、とうてい勝てぬ敵である故にな」