テロリストの黒き旗〜動乱編5

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:11人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月07日〜06月12日

リプレイ公開日:2007年06月21日

●オープニング

●王の処断
 精霊歴1040年の新年早々に発生した処刑場襲撃事件。これは地球人のテロリスト・シャミラが、地球人と地元民から成る手勢を率いて処刑場を襲い、処刑される寸前だった死刑囚達を奪い去った事件である。死刑囚はいずれも先王エーガンの悪政に憤り、ウィンターフォルセでの叛乱に加わった者達だった。
 しかしウィルの王位がエーガンからジーザムへと移ったことにより情勢は変わった。ジーザムに統治者としての力量ありと判断したシャミラは、冒険者達との交渉を通じて奪還した死刑囚達を王国側に引き渡した。
 死刑囚の裁きを巡って事態は紛糾した。ウィルの王に剣を向けた反逆者とはいえ、元はといえば先王の悪政が招いたこと。新国王の身辺にも彼ら死刑囚に同情的な者は少なくない。しかし反逆という大罪に軽々しく赦しを与える訳にはいかず、さりとて死刑囚達の義憤を汲み取ることなしに処刑台に直行させれば、新王ジーザムの面目も潰れよう。
 識者達が散々に頭を悩ませ、議論を繰り返した末。王の前に呼び出されたのは冒険者ギルド総監カイン・グレイスであった。
「カインよ。其の方は先王にも我が名代として接したが故に、事情に明るかろう。かの死刑囚達の処遇、其の方なら如何とする?」
「それについては先王の認めたやり方で、彼らを遇するのが良いかと。即ち、反乱軍指揮官アーシェン・ロークに対してルーケイ伯が行った如く、騎士道に則った決戦の場を設け、彼らがその実力で勝利を勝ち取れば放免し、負ければ彼らに対する生殺与奪権は陛下の手の中に」
 先王の認めた事例である事は大きく物を言った。いかな悪王とはいえウィルの王は王である。王の前に集った識者達は一様に頷き、国王ジーザムも満足の表情を示した。
「うむ。其の方の意見が最も理に叶っておる。なれば、我は彼ら死刑囚達を決闘裁判に与らせ、彼ら自身が自らの運命を決する機会を与えよう」
 ジーザムは、傍らに立つ正騎士エルム・クリークに目をやる。
「エルムよ。其の方が対戦者を務めよ。決闘の形式は其の方に任せる」
「では挑戦者3人に対し対戦者3人での決闘を。残る2人の対戦者については、冒険者から募るとしましょう」

●毒蛇団からの使者
 6月は『夏祭り』や『シーハリオン祭』で大いに賑わう月。交易盛んなワンド子爵領にとっては稼ぎ時。領主館のある町では早くも祭りの準備が始まり、人々も楽しい時の到来をわくわくしながら待っている。
 とはいえワンド子爵領の周辺は政情不安な土地だらけで、それが領主にとって大いなる悩みの種だ。それでも財政豊かなワンド子爵領は、領内の守りにつぎ込める金と人手があるだけまだいい。隣領のロメル子爵領などは、テロリストと手を結んだ盗賊『毒蛇団』に乗っ取られ、外部からの出入り困難な危険地帯になっている。冒険者の調査によれば、ロメル家の当主は死んだも同然の身で監禁され、領民達は毒蛇団の意のままに働かされているとか。
 当然、ワンド子爵の側でもロメル子爵領の動きを警戒。領地の境には大勢の警備兵を張り付かせている。そうやって、ロメル領の不穏な動きがワンド領にまで波及することを防いで来たのだ。そしてこのところずっと、二つの領地の間は形だけ平和が保たれている。
 しかしその日、警備兵達は色めき立った。ロメル側から白旗を掲げた人間が、ふらふらとした足取りでワンド側に歩いて来たのだ。それもたった一人で。
「お〜い! 頼むから攻撃しないでくれぇ〜! 私は和平交渉の使者だぁ〜!」
 その男は地球人・佐熊達朗。過去の依頼でロメル領に潜入した冒険者なら、その名に覚えがあることだろう。
 ワンド側に保護された達朗は毒蛇団の首領ギリール・ザンからの書状を携えていた。
「ギリール・ザン殿は和平を望んでおられる。しかし和平の障害になっているのが、東の隣領ルーケイに巣くう旧ルーケイ伯の遺臣どもだ。奴らは王国の転覆を企む狂信者で、過去に起きた王妃殺害事件を仕組んだのも奴らなんだ。毒蛇団はかつて奴らの手足となって働いていたのだが、遺臣どもの極悪非道ぶりに憤ってその支配を離れたんだ。ギリール殿はワンド子爵殿やルーケイ伯殿を始めとするウィルの方々との共闘を望まれている。今は共に手を取り、悪しき遺臣どもを倒すべき時なんだ」
 携えて来た書状の内容そのままに、達朗はまくし立てた。
「そしてこれは、先の王妃陛下と共に殺害されたマルーカ殿の形見の品だ」
 と、達朗が懐から大事そうに取り出したのは、大粒の宝石を連ねた見事なネックレス。
「王妃殺害事件の際、殺害実行犯である遺臣達の手勢の者によってマルーカ殿の遺体から奪われたのたが、後にギリール殿の手に渡り、そして今こうしてここにある。王妃殺害の真犯人がルーケイの遺臣どもである事の動かぬ証拠の一つだ。動かぬ証拠はまだまだあって、中にはエーロン分国王を動かす程の力をもった物もある。それはギリール殿がお持ちだ」
 マルーカは先王エーガンの寵姫マリーネの母親でもある。そして達朗は告げた。
「一度、ギリール殿と話し合って頂きたい。場所はワンド領とロメル領との境で」

●テロリストからの使者
「あの男の言葉、信用なりません。毒蛇団は我等を欺く為に味方となる振りをしているのです。見え透いた芝居です」
 と、警備隊長はワンド子爵に進言。
「うむ、わしもそう思う。狙いは我等の矛先をルーケイの遺臣達に向けさせ、互いを消耗させることであろう」
 現在、東の隣領ルーケイでは旧ルーケイ伯の遺児マーレンを巡って新旧のルーケイ勢力が対立を深め、一触即発の状態にある。何らかの切っ掛けで戦いが始まり、それがずるずると長引けば毒蛇団の討伐戦にも悪影響が出よう。
 居室の扉が開き、警備兵が駆け込んで告げた。
「先ほど、シャミラの使いを名乗る者がこちらへ‥‥」
「なんと! ‥‥分かった、通せ」
 子爵の前に現れたのは、ぴちぴちのジプシー娘。
「子爵様、今日は〜」
「おまえのような若い娘が、よりにもよってテロリストの使いとはな」
「そんな事言わないでくださ〜い。でも、子爵様は話の分かるお方だから安心です〜」
 と、言いながら、娘はシャミラからの書状を手渡す。それを一読し、子爵は思いっきり気難しい表情に。
「やれやれ、あのシャミラまで和平交渉を持ちかけてくるとはな」
 指定された場所は、夏祭りの最中にあるワンド子爵領の町。
「はい。書状に書いてある通り、シャミラ様はあの悪逆非道な毒蛇団を倒すため、ワンド子爵様、ルーケイ伯様、旧ルーケイの遺臣の皆様、それにシャミラ様率いるウィル解放戦線が大同団結することを望んでおられます」
「だが、そもそも毒蛇団と手を結んだのはシャミラではなかったか?」
「敵を欺くためにあえて味方の振りをしたんです〜。でも、お陰で毒蛇団の内情を色々と知ることができましたぁ〜。汚い方法で人質を取って、ウィエの貴族や商人達をこっそり味方につけているとかぁ〜、毒蛇団がその本拠地を西ルーケイから王都近くのベクトの町にお引っ越しさせる準備を進めてるとかぁ〜。もしもシャミラ様を味方につけてくれるなら、毒蛇団の内情をみ〜んなバラしちゃってあげま〜す!」
「ううむ‥‥」
 悩んだ子爵は国王ジーザムに書状にてお伺いを立てた。返答は直ぐに返ってきた。その返信に曰く、第一線で事に当たる冒険者諸氏の意見を取り入れて判断を下すと。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea9515 コロス・ロフキシモ(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・ロシア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4291 黒畑 緑郎(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565)/ ベアルファレス・ジスハート(eb4242)/ 雀尾 煉淡(ec0844

●リプレイ本文

●毒蛇団とは交渉せず
 ここは冒険者ギルドの総監室。
「カイン総監、国王陛下への進言を願います。毒蛇団と交渉すべきではないと」
 いつになく真剣な態度で求めた加藤瑠璃(eb4288)に対し、カインは穏やかに促す。
「交渉すべきではない。そうあなたが判断する理由は何でしょう?」
 まるで、騎士学院の教室で騎士の卵達を前に教鞭を取っている時のような口振りだ。
「理由は‥‥例え演技であっても『毒蛇団と交渉する』という態度は、旧ルーケイ伯遺臣達を始めとして、毒蛇団の被害を受けている様々な勢力に不信感を与えるでしょう? 特に、現在も一触即発の状態にあるらしい旧ルーケイ伯遺臣達に対しては、致命的な影響を及ぼしかねないわ。『毒蛇団と交渉した』ウィルの各勢力の言葉など、もう信じられなくなるかもしれないし、ルーケイ伯やフオロと協調しようとするマレーン・ルーケイの立場は危うくなる。最悪の場合、新旧のルーケイ勢力が争う内乱になります」
「そして毒蛇団は、その最悪の状況を引き起こすべく動き始めていますね。佐熊達朗が携えて来た書状にもあからさまに示されているように」
「でしょう? 毒蛇団の目的が、私達と旧ルーケイ伯の遺臣達を争わせる事なら、たとえ私達が秘密にしようとしても、毒蛇団の方が吹聴して回るでしょう。そうなってからでは遅いんです」
 2人の会話を聞いていた華岡紅子(eb4412)も、これに同意した。
「私も同感よ。でも、彼らの為した悪事の証拠は押さえておきたいところね」
 その言葉に応じて瑠璃が言う。
「証拠を手に入れるとしても、組織としての毒蛇団を潰してからです。証拠を持って降伏してきたというならまだしも、今の状況で協力なんてありえない。たとえ毒蛇団のメッセージに真実が混じっていたとしても、そんなものは何の弁明にもならないほどの罪を彼らは犯しているわ。だから‥‥陛下には毒蛇団の使者からの要求を、この上なく明確に拒否して欲しいんです。それこそが、結果として流される最も血が少なくなる解決法だと思います」
 しかし、カインはこう言った。
「ですが、問題は毒蛇団が大勢の人質を捕らえていることです」
 旧ルーケイ家に属していた西ルーケイの領民達はもとより、毒蛇団の拠点を偵察した冒険者達を通じ、ウィエの商人の娘が人質に捕らえられているとの情報が得られている。
「あからさまに交渉を拒否するならば、その報復に毒蛇団は人質達を害しかねません」
「ならば交渉ではなくて、交渉の前段階の情報収集ということで接触すれば?」
 紅子のその言葉にカインはにっこり微笑む。
「いずれはきっぱりと交渉拒否の姿勢を示すべきでしょうけれど、今は時間の引き延ばしを図りましょう。流される血を少なくする為にはそれが一番だと私は想います」
 紅子は続けた。
「あとシャミラ達については、自分達の使い所を理解している事もあり、ウィル以外の居場所を確保する準備もしているかと。ウィルとして敵に回したくないなら、ジーザム陛下の直接の管理下に置いて手綱を握るべきね。過去の行いからフオロ分国内の活動を制限し、情報提供の面以外での直接関与をさせないという条件をつけて」
「それが出来ればいいのですが‥‥」
 カインの顔が憂いを帯びる。
「‥‥厄介な相手です」

●決闘裁判
 6月8日は決闘裁判の日。会場となる王都のコロッセオ(円形闘技場)は観衆で埋め尽くされた。勇ましい死刑囚達がその命と名誉をかけ、名高き正騎士エルム・クリークに腕っ節の冒険者と対戦するのだ。またとないこの決戦を見逃す手は無い。
「聞いた話だがな。死刑囚の相手をするヘクトルってヤツはな。普通の武器で戦うらしいぜ。死刑囚達には魔法の武器なんて与えられていないから、自分だけが一方的に有利にならないようにとの心遣いからだってな。天晴れなもんだ」
「だけどよ。俺、控え室に向かう冒険者達の姿をちらりと見たけど‥‥ありゃ、まるでモンスターだぜ。いや、おっかねぇのなんのって。いくら武器が普通の武器だって、あんな奴らに勝てる奴はそうはいねぇ」
 早くも仕入れて来た情報を元に、そんな観戦談義に興じる声が観客席のあちこちから聞こえてくる。もっとも中にはガラの悪い連中も結構に混じっているから、早くも喧嘩が起こったりする。
「あんな脱走死刑囚、皆殺しにしなっちまえばいいんだ!」
「黙れ! 大義のために戦った元騎士達に、これ以上の侮辱は許さんぞ!」
 死刑囚の負けっぷりを楽しみにやって来た男と、死刑囚贔屓の男の取っ組み合いだ。そこへ割って入った冒険者がいた。力ずくで2人を引き離し、言い聞かせる。
「ここは慈悲深きジーザム王の命により、死刑囚達に名誉回復の機会を与えるべく設けられた場だ。ここが騎士同士の決闘の場である事を、理解して頂きたい」
「誰だ、てめぇは!?」
「リオン・ラーディナス(ea1458)。今は会場整理の係をやっている」
「知らねぇな、そんな名は」
 ガラの悪い男が言い返したが、その耳に観客の一人が囁いた。
「おい、このお方は護民官殿だぞ」
 彼は貴族の逆鱗に触れたり冤罪を被った場合に平民を守ってくれる存在だ。前任者エデンの実績がそれを証明している。エーガンと渡り合って子供を救った話は民衆の間で半ば伝説と化していた。途端、男は顔色を変えて平謝り。
「も、申し訳ありません! とんだ失礼を!」
 喧嘩は困ったものだが、先王の時代と比べたら王都の民も自由に物が言えるようになったものである。これが先王エーガンの時代だったなら、謀叛を起こした元騎士への支持をあからさまに公言など出来なかったことだろう。良くて本人が刑場の露と消えたであろうから。
 会場整理も一段落した頃。礼服を着た従者が声をかけて来た。
「護民官殿。エーロン陛下が及びでございます」
 貴賓席に目をやれば、リオンに手招きしているエーロン分国王の姿があるではないか。
「お久しゅう御座います、陛下」
 早速、エーロン王の元に出向いて挨拶。
「エーザンの事では世話になったな」
 と、エーロン。良い機会なので、挑戦者である死刑囚達が負けた場合にどのような処置が取られるのかリオンが尋ねると、エーロンは答えて言う。
「敗者の生殺与奪については正騎士エルムに一切を任せてある。もっとも、あの鬼面男爵などは敗者をギロチン刑に処すべしと主張して、エルムを怒らせていたぞ。フオロ家に対する忠義者と頼もしく思うが、現在の輿論を見るにそうまでして先王の面子を立てることもあるまい。勿論、冒険者の中には対戦者であるヘクトル・フィルスのように、寛大なる処置を願う者も少なくは無い。恐らくはヘクトルが進言したように、国の為の無償奉仕という線で落ち着くだろう。ところでこれから決闘を観戦するのだろう?」
「はい」
「折角だ、ここに座れ」
「ですが‥‥」
「遠慮するな。そのうちにまた、護民官殿の力を借りることになるだろうから、その時には宜しく頼むぞ。‥‥おい、彼のために場所を詰めてやれ」
 貴賓席だから座席も結構に広い。近くの席に座すエーロンの部下が、王の求めに応じて少しばかり体を動かすと、人一人座れるだけのスペースが出来た。リオンは一礼して貴賓席のその場所に座した。

●控え室にて
 ここは対戦を間近に控えた挑戦者と対戦者の控え室。
「ご覧下さい。これが治癒魔法の力を備えたポーションです」
 と、手持ちのポーションを死刑囚達に示すのは、護送隊の一員となって彼らをここまで連れて来たリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)だ。
「毒ではありません。それをこれから証明します」
 リュドミラは刃物で自分の腕に傷をつけると、ポーション1個の中味を飲み下した。赤い血の滴りが止まり、腕についた血を拭い去ると傷は綺麗に消え失せていた。
「見事なものだな」
「でしょう? このポーションには中傷以下の傷をたちどころに回復させる力があるんです」
 リュドミラのその言葉を聞き、死刑囚達は穏やかに拒否の意を示した。
「ならば、我々にそのような物は無用」
「高価な物品なのだろう? 後々のため大切にとっておくがいい」
 死刑囚達は皆、死ぬか瀕死状態になるまで戦う覚悟なのだ。
「分かりました」
 リュドミラはポーションを仕舞い、記録紙代わりの魔法用スクロールと筆記用具を手にする。
「言い残しておきたいことがあれば、記録しますので遠慮なくお申し付けください」
 今度ばかりは死刑囚達も、彼女の求めを拒まなかった。
「宜しく頼む。是非とも家族に伝えて欲しいことがある」
 それはまさしく遺言にも等しきものだ。

●第1戦〜死刑囚VSコロス
 決闘裁判において審判役を務めるのは、冒険者ギルド総監カイン・グレイス。決闘に先立ち彼は宣告する。
「決闘は挑戦者と対戦者双方のどちらかが死ぬか、もしくは戦闘不能になるか降参するまで続き、最後まで戦う力を保持した側が勝者となります」
 第1戦。死刑囚の対戦相手となったのはコロス・ロフキシモ(ea9515)。
「コロスよ聞け! 我が名はルーラック・レビン! 我が主君、我が父君に着せられし汚名を晴らすべく、我が命をかけて戦う!」
 名乗りを上げた目の前の死刑囚はまだ若い。しかもコロスがプレートメイル、フェイスガード、ヘビーフェルムで全身くまなく覆い、右手にフルングニルの石の盾、左手にラージハンマー「豪腕」という重武装なのに対して、死刑囚はあまりにも軽装備だ。その剣こそウィル新刀だが、盾はありふれたライトシールド、身につけた鎧は簡素なレザーアーマーだ。コロスが相手に好きな装備をさせるよう求めたというのに、この姿である。
「そんな装備で俺と戦うというのか?」
「俺にはこれが馴れている」
 その言葉を聞き、コロスも言葉を投げかける。
「このコロス・ロフキシモ、闘いにおいて手を抜くような真似は一切せん! おぬしの誇りをかけて挑んで来いッ! 自らの信念を押し通して見せよッ!!」
 勝負が始まるや、ルーラックは素早く立ち回る。速さにおいてコロスの上を行く。
「ム!」
 コロスは攻撃を加えることなく、ひたすらルーラックの剣を剣と盾とで受け止める。コロスはその攻撃を剣と盾で受け止めるのに精一杯。傍目にはそう見えた。剣と剣、剣と盾とがぶつかり合う音ばかりが派手に響く。
 しかし実のところ、コロスは余裕である。
「ムウゥ‥‥通用せんな」
「だあっ!」
 ルーラックの繰り出した気合いの一撃が、コロスの盾を弾き飛ばした。
「やりおるな」
「次はそのヘルムを剥いでやる」
 コロスの首筋を狙い、ルーラックの剣が突き出される。しかし小柄なルーラックに対し、ジャイアントのコロスは上背で遙かに優る。攻撃を鎧で受け止めると、ハンマーの強烈な一撃を繰り出した。
 バキィ! ルーラックの盾が破れる。
「これでおあいこだ」
「だああっ!」
 ルーラックの渾身の一撃。だが、派手な動きでルーラックに隙が生まれた。その隙を逃さず、コロスのハンマーが振り下ろされる。
「ムンッ!!」
 ボゴッ! 骨の砕ける音。ハンマーはルーラックの右肩を砕き、ルーラックは得物を取り落として地面に頽れる。
「勝負あり‥‥」
 言いかけたカインだが、ルーラックはウィル新刀を拾い上げるとよろよろと立ち上がった。
「俺は‥‥まだ戦える‥‥」
「ムンオオオッ!!」
 ビュン!
 先にも増して強烈なハンマーの一撃。
 ボゴォッ!
 今度はルーラックの左肩が砕かれた。まさに獅子欺かざるの体現であり、対戦者に対する武人としての最高の礼であった。
「う‥‥」
 ルーラックは完全に地に伸びた。もはや動くことも出来ず、無念の表情を浮かべて呻くばかり。その彼に向かってコロスは言葉をかける。
「そうがっかりするな。戦った相手が強すぎたんだ」
「勝負あり! 勝利はコロスに!」
 審判のカインが宣告。やがて救護要員が駆けつけ、ルーラックを担架に乗せて運び去った。

●第2戦〜死刑囚VSヘクトル
 第2戦。対戦者として死刑囚の前に立ったのはヘクトル・フィルス(eb2259)。ジャイアントの巨躯に加え、骸骨を象ったスカルフェイスで顔を覆ったその姿は正に処刑人。その握る刀は人の身の丈ほどもあるジャイアントソードである。しかしその威圧的な姿に対しても、死刑囚は物怖じしなかった。
「我が名はラーザン・ロウズ! 戦いにおいて容赦はせぬ!」
 決死の気迫でラーザンは打ちかかった。敏捷さでヘクトルはかなり劣る。暫くの間はラーザンの一方的な攻撃が続き、ヘクトルは剣と盾とで防御するばかり。このままラーザン優勢で勝負は決するかに見えた。が、突然にヘクトルが強烈な剣の一撃を繰り出した。すんでのところでラーザンは避け、さらなる攻撃を繰り出も、ヘクトルの剣と盾はがっちりと攻撃を受け止める。
「ぬああっ!」
「だああっ!」
 飛び交う雄叫びも、ぶつかり合う剣と剣。
 両者の激しい打ち合いは延々と続くかに思われた。
 しかし、一瞬の隙が勝負を決することもある。
 それはラーザンの見せた、わずかな動きの乱れ。
 好機と見てとったヘクトルは、ラーザンの剣を腕ごともっていくような、強烈なジャイアントソードの一撃を見舞う。
 ラーザンは盾で受け止めたものの、その動きは大いに乱れる。ヘクトルは威の位を取りそれが為に自ずから移の位を得た。
 ラーザンの心に焦りが生じた。焦る心のまま、ラーザンはヘクトルに突撃した。
 チャンス到来。ラーザンの剣と交差する形で、ヘクトルはジャイアントソードを繰り出す。その剣の切っ先がラーザンの首筋を切り裂く。あと僅かで喉笛を刈る位置だったが、すんでの所で取り返しの着かない急所だけは外した。
 ぶしゅううっ‥‥!
 首筋から派手に血を吹き出しながら、ラーザンは倒れた。
「勝負あり! ヘクトルの勝利!」
 早々と宣告を下すや、カインは教護要員を呼び寄せる。瀕死のラーザンは応急手当を施され、担架に乗せられて運ばれて行った。即死だけは免れたため、彼に運があれば一命を取り留めることもある筈だ。

●第3戦〜死刑囚VSエルム
 第3戦、いよいよ真打ち登場。噂に名高き正騎士エルム=クリークがその姿を現し、観客席は沸きに沸く。エルムは過去に十数回の一騎打ちを行い、一度も敗けたことのないという伝説の男。エーロン王の側で観戦するリオンも、この伝説の男の勝負を目の当たりに出来たことで、これまでになく興奮していた。
「この一騎打ちもエルムが勝利するのでしょうか?」
「それは勝負をしてみないことには分からん。だがエルムが勝っても負けても、それは伝説になる」
 と、エーロン王。
「でも、相手の死刑囚も強そうですね」
 対する死刑囚はラーモン・ワッツ。その立ち振る舞いはエルムに劣らず堂々たるもの。元騎士たる死刑囚3人の中で、最も剣に秀でているのはこの男だと目されている。ラーモンの腰に帯びた刀も、エルムのそれと同じくウィル新刀だ。
 勝負の直前。闘技場を一瞬の静寂に包まれる。観衆の目は全て、闘技場の中央に立つ2人に集中している。
「始め!」
 カインの声がかかるや、二人は同時に動いた。エルムもラーモンも、その剣裁きはさながら疾風か稲妻の如し。その上、両者の足の運びも目まぐるしいだ。正面から打ち込んだと思えば、気がつつけば背後に。大きく退いたかと思えば、大胆に踏み込む。そして剣の打ち合いはその勢いを衰えさすことなく延々と続く。
 あそこで戦っているのは人間ではなく、鎧兜を纏い剣を握った戦いの精霊ではないか? 見ているうちにそんな気持ちにもなって来る。
「見事なものです」
 思わず発したリオンの呟き。すると、エーガン王の言葉が返って来た。
「そう思うか? だが、エルムの真の実力はあんな物ではない。俺は以前にもエルムの剣の技を目にした事があるが、それと比べたら今のエルムの剣捌きは見劣りがする」
 言われてリオンは目を凝らす。心なしか、王の言葉が正しいようにも見える。その耳に再び王の言葉が聞こえて来た。
「エルムの心には迷いがあるようだな。それがエルムの剣を鈍らせている」

●エルムの豹変
 リュドミラは不測の事態から決闘を防衛しようと、護衛として闘技場のフィールド内に立っていた。観客席よりもさらに近づいた位置だから、エルムとラーモンの様子はなおさらよく見てとれた。
 今、エルムとラーモンは大きく間合いを取り、互いの隙を窺っいつつ言葉を投げかけ合っている。その言葉はリュドミラの耳にも届いた。
「どうしたエルム! それが数々の一騎打ちを勝ち抜いたエルムの剣か!?」
「私が本気を出せば、おまえは死ぬ」
「騎士の名誉のために死ねれば本望だ!」
「私はお前を殺したくない。潔く負けを認めろ。私が陛下に取りなせば命は助かる。お前は秀でたる騎士、生きて陛下と国の為に尽くせ」
「ふざけるなエルム!」
 怒りの形相でラーモンは怒鳴った。
「俺はこの背に数え切れぬ程の魂を背負っているのだ! 悪王の暴政で命を奪われた名も無き民、共に戦い悪王の軍勢の剣に倒れた仲間達、そして悪王に騎士の名誉を奪われ無念の死を遂げた父母の、愛する兄弟達の魂をな!」
 エルムも必死の形相で怒鳴り返す。
「彼らのところに行こうなどと思い詰めるな!」
「エルム! 覚悟っ!」
 ラーモンが突撃した。エルムは剣と盾とで防衛するが、ラーモンの勢いの激しさに押されまくる。
 エルム、まさかの敗退か!?
 見守る誰もがそう思った。
 次の瞬間、エルムは豹変した。
「があああああああああーっ!!」
 怒れる獣の咆哮にも聞こえたそれはエルムの雄叫び。あまりにも人間離れしていて、とても人の喉から発せられたとは思えない。
 ラーモンの体が大きく仰け反る。その後の出来事は一瞬のうちに起こった。
 最初に宙に舞ったのはラーモンの盾。続いてラーモンの右腕が、ウィル新刀を握りしめたまま胴より切り離されて宙に舞う。そして胴体から吹き上がる血飛沫と共に、もう一つの物が宙に舞った。
 それは一刀の元に切断された、ラーモンの首だった。
「‥‥‥‥」
 固唾を飲んで貴賓席から見守り続けていたレオンも、想像を絶する展開に言葉も出ない。あまりの出来事に、闘技場も静まりかえる。
 その沈黙を破ったのは、貴賓席の最上席で観戦していたウィル国王ジーザム。王は立ち上がり、無言のまま拍手を送る。
 パチパチパチパチ‥‥。
 その音が響き始めるや、やがて他の王侯貴族達も拍手と声援を送り、一般席からもさっきの静けさが嘘のような歓声のどよめきが聞こえてきた。
「勝負あり! 勝利はエルムに!」
 今更のように、審判を務めるカインの声が響く。しかしエルムは立ち尽くしたまま動かない。
 カインが、そしてフィールドで護衛に立っていたリュドミラがエルムに駆け寄る。
「エルム! しっかりして下さい!」
「エルム様!」
 その鎧も長く伸ばした銀髪も血で染まり、エルムは地面に転がるラーモンの生首を見つめたまま、虚ろな呟きを漏らす。
「殺さねば‥‥負けていた‥‥」

●処断
 ラーモンの遺体は今、リュドミラの手によって清められて闘技場の一室に安置され、棺に収まる時を待つ。
「ラーモン様の遺体を遺族のもとへ戻せないでしょうか?」
 リュドミラの言葉に無言で頷くエルム。
「記録によればラーモンには、僅かながら係累がいます。その元に送りましょう」
 カインはそう約束した。
 コロスに破れたルーラックと、ヘクトルに破れたラーザン。この両名は瀕死の深手を負いながらも、かろうじて一命は取り留めている。
「で、生き残っちまった奴らの処遇はどうするのだ?」
 決定権を持つエルムにコロスが尋ねる。エルムは答えた。
「犠牲はラーモン一人で十分だ。生き残った2人までその命を奪うには惜しい。命を投げ出す覚悟があるのだから、これからは陛下と国の為に命がけで力を尽くしてもらう」
「エルム殿、場違いな質問かも知れないが‥‥」
 そう前置きして、今度はヘクトルがエルムに尋ねる。
「去年辺り、黒騎士なる凄腕の剣士が出没していたじゃろう? 心当たりは無いか?」
「黒騎士? エーロン陛下が王子時代にベーメ卿を討伐した折り、姿を見せたというあれか? 何故、そんな事を訊く?」
「聞いた話では相当の腕前らしい。やっぱり正体が気になるじゃろ?」
「強い相手と戦いたいか」
 それまで張りつめていたエルムの顔が綻んだ。
「黒甲冑の中味については色々な憶測が流れているが‥‥」
 エルムは口を濁し、一呼吸置いて続ける。
「最近、まるで話を聞かないところを見ると、彼の者も忙しいのだろう。いずれ用事が出来たら向こうから現れるはずだ」

●温情
 エルムの計らいで教会のクレリックが闘技場に呼ばれ、瀕死状態にあったルーラックとラーザンを治癒魔法で回復させた。その直後、ラーザンの対戦相手であったヘクトルは彼を見舞い、その手に50Gを手渡した。
「俺からの好意だ。受け取ってくれるか?」
「分かった。俺の家族の為に使わせて貰う。心遣いに感謝する」
「なに、大したことではない。命をかけて剣を交えた仲、これからも付き合ってくれるか?」
「喜んで」
 ラーザンは屈託ない笑顔を見せた。
「これからどうするのだ?」
「ジーザム陛下の為の仕事に就くことになるだろう。だが、その前に家族と会っておきたいな。長いこと会ってないんだ」
 勿論、ヘクトルとて単なる好意で彼を支援するのではない。彼はテロリストの内情を探るべく、ラーザンに接近したのだ。今後、ヘクトルはラーザンの監視役となり、彼を粘り強く泳がせてテロリストの内情に近く機会を模索することになろう。それについては、既にカイン総監の了承を得ている。

●テロリストとの接触
「正直なところ、テロリストも盗賊団も信用は全く出来ないと思います」
 と、本多風露(ea8650)が言う。
「テロリストは己の狭い了見の主張の為に、無垢な人々を巻き込む愚かで下衆な輩。盗賊団は他人の物を奪い殺し犯す獣以下の者達で生きている価値も無い輩。そんな連中と手を組むなんて‥‥。ですが、これも兵法のうちであると理解はします。何時かその両方を叩き潰す為の布石だと思えば気も楽になります」
 辛辣な物言いである。
「警戒するには越したことはないね。でも、たとえ本音がそうだろうと、交渉中にそんな事を口にしないでね」
 と、アシュレー・ウォルサム(ea0244)。彼はテロリストとの交渉のため、ワンド子爵領の町にやって来た冒険者達の代表格だ。
「分かっています。余計な事は何も言いません。私は護衛に徹します」
 彼ら冒険者達がここにやって来たその日、町は夏祭りの真っ最中。やがて彼らの目の前に、ぴちぴちのジプシー娘が現れた。
「待ってましたぁ〜。これからシャミラ様のところへ案内しま〜す」
 ぱっと見ただけでは、とてもこれが凶悪なテロリストの使いとは思えない。
「待って。交渉の場所はこちらで指定したいんだけど」
 と、アシュレーが制した。
「それは困ります〜」
「同盟を結びたいんだろう? ならば、まずはこちらも信用してもらわないと」
 いきなり背後から女の声がした。
「ならば、そちらで場所を指定するのは次からにしてもらおう」
 振り向くと、シャミラが立っていた。あの軍服に覆面という、いかにもテロリストっぽい姿で。
「悪名高きテロリストが白昼堂々と、そんな恰好で歩き回るなんて驚いたね」
 皮肉っぽくアシュレーが言うと、シャミラの目元が僅かに緩む。
「先回のパフォーマンスのお陰で、この姿恰好に人々も馴れた。みんな私を悪人の恰好をした芸人か何かだと思っている。折角ここまで来たのだ、何も話さずに帰る手はない。歩きながら話そう」
 隣に護衛役の風露を従えたアシュレーは、祭りで賑わう町中を歩みながらシャミラと話を始めた。
「今回は正式な協定を結ぶために来たんじゃない。あくまでも俺の個人的な接触だ。で、
何よりも俺が知りたいのは、大同団結についての真意だ。そもそも我々が大同団結して毒蛇団を倒したら、君達はその後どうするんだい?」
「我々の戦いはまだまだ続こう。カオスとの戦いはまだ始まったばかりだ」
「え!?」
 思わぬ言葉がシャミラの口から出たので、アシュレーは一瞬立ち止まる。
「知らなかったのか? 毒蛇団を背後で操っているのはカオスの魔物だ。我々は毒蛇団との長期に渡る接触でそれを掴んだ。カオス相手の大同団結ならば十分に成立すると思うが? 来る毒蛇団との戦いは、カオスとの戦いの前哨戦とも言える」
「でも、我等がルーケイ伯は、旧ルーケイ伯の遺臣たちと一触即発で動きが取れないからなぁ」
 と、肩をすくめるアシュレー。これも相手から情報を引き出す為の演技だ。
「毒蛇団に捕らえられている人質さえ何とかなればなぁ」
「我々はその人質の詳細な情報を掴んでいる。君達が我々と協力関係を結ぶなら、救出作戦を実行するに足る情報も提供できるだろう。条件によっては、我々が育成した地球人による魔法部隊も救出に協力させよう」
 と、シャミラ。脈ありだ。
「勿論、我々が掴んでいる情報はそれだけではない」
「ウィエの商人との関係や、引っ越しのことかい?」
 と、アシュレー。話の主導権を制しようと、先に口に出す。
「よく知っているな。だが、まだ正確なところは掴んでいないのだろう? 掴んでいたなら、とっくに何らかの動きが王領バクルに起きている」
 二人が会話する間、護衛の風露は絶えず周囲を警戒していた。通り過ぎる者、近くにたむろする者、そのうちの何人がさりげない振りを装いながら、こちらを監視しているのがわかった。彼らもシャミラの手先に違いない。風露が目線で威圧すると、向こうはさりげなく視線を逸らす。 
「あ、そう言えば‥‥」
 思い出したようにアシュレーが切り出す。
「ルーケイ伯に捕まったジプシーの娘がいたっけな」
 シャミラは動揺するかと思いきや、平然と言い返した。
「あの娘のことなら心配はいらない。ルーケイ伯は寛大なお方だ。伯の恩赦を受けながらも死刑囚の奪回に手を貸そうとして、再び捕らえられた元騎士達がどうなったかも私は知っている。伯は彼らを処刑することなく、再度の寛大な処置を下した。あの娘もそのように遇されるだろう」
 シャミラはそのように言うが、実際に処断を下したのは伯に仕える現地家臣である。但し世間的には、その栄誉はルーケイ伯に帰せられている。
「へえ、よく調べてるじゃないか」
「こうでもしなければ、苛酷な世界で生き延びられぬさ」
 シャミラもなかなか一筋縄ではいかない。
「次はそちらの指定する場所で、ルーケイ伯と会おう。但し、我々を裏切る真似をしたら‥‥何が起きるかは君達も十分に承知していることと思う」
 シャミラの口調は穏やかだが、その言葉の内容は十分に威圧的だ。
「信頼が大切なのはお互い様だよ」
 そう言って、アシュレーはシャミラと別れた。護衛の風露も、大事が起きなかったことにほっと胸をなでおろす。
「無事に終わりましたね」
 それまで離れていた白銀麗(ea8147)が、アシュレーの元にやって来た。アシュレーとシャミラの会話が続く間ずっと、銀麗はシャミラの背後に付き、リードシンキングの魔法でシャミラの表層志向を探っていたのだ。
「何か分かったかい?」
「ほんの短い間でしたけど、シャミラの思考の中に色々な事柄が浮かびました。あの吟遊詩人クレアの事とか‥‥」
 吟遊詩人クレア、それはウィンターフォルセの叛乱を影で操り、ウィルを揺るがした陰謀家。その背後にはウィルと敵対する某国の存在があるという。
「それらの表層思考をまとめると‥‥シャミラは既にクレアと接触しています。もしもウィルがシャミラを敵とするならば、シャミラはクレアと手を結んで各地でゲリラ戦を行い、ウィルを混乱に陥らせるつもりです。でも、ウィルがシャミラの味方になるならば、シャミラはこの状況を利用してのし上がろうとしています。その為にはクレアを敵に回すことも厭いません。戦いはシャミラにとって、自分が生き延びるためのゲームのようなものなのです」

●毒蛇団との接触
 ここはワンド子爵領とロメル子爵領との領地境。ロメル領側に建てられた関所には、髭面の恐そうな男が、数名の手勢を引き連れて待ち構えている。
 対して、毒蛇団との接触すべくここへやって来た冒険者は、たったの4人。
「あれが話に聞くギリール・ザンかい?」
 護衛として同行して来たコロスが、髭面の男を見て言う。
「リリーンから聞いた人相風体からすると、あの男がギリールに間違いなさそうだけど‥‥」
 と、華岡紅子(eb4412)。しかし、あれが影武者である事もあり得る。
「万が一、戦闘になったから俺が盾になるから、すぐに逃げるんだ」
 と、やはり護衛役のリオンが紅子に言った。
「俺もついてるしな〜」
 と、紅子のご指名で一緒にやって来たクーリンカも。
「頼りにしてるわ」
 二人に微笑みとウインクを送る、紅子は案内役として連れて来た佐熊達朗の耳に囁く。
「ところで、今が逃げるチャンスとは思わない?」
「私は逃げ回るのにほとほと疲れたよ‥‥」
 返ってきたのはやる気なさそうな返事。
 そして交渉役の信者福袋(eb4064)と華岡紅子は、仲間の護衛ともども髭面の男に歩み寄る。先ず、福袋が言葉をかける。
「貴方がギリール・ザン様ですね?」
「如何にも。貴殿らは正式の使者として来た訳か?」
 ギリールを名乗る相手の口調は、見掛けによらず温厚な感じがする。
「いいえ、今回の接触はあくまでも個人的なもので。ですがお聞きした話の内容は、ウィルの有力者諸氏にも伝わることでしょう」
「この期に及んでなんと悠長な事を!」
 相手の口調が荒々しくなる。
「今は一刻も早く双方が手を組み、逆賊の遺臣どもを成敗すべき時! ぐずぐずしていれば、王都に住まう王族にも危害が及びかねん!」
 そして髭面の男は無理矢理、小さな宝箱を福袋の手に押しつける。
「さあ、これを持ってエーロン分国王陛下にお届けするのだ! これこそが、あの遺臣どもが先の王妃陛下を殺害せし逆賊たることを示す動かぬ証拠! この中味をご覧になれば、エーロン陛下はウィル国王ジーザム陛下をも動かし、逆賊討伐のために挙兵するであろう! さあ、行け! ぐずぐずするな!」
 こうして毒蛇団との接触は短い物に終わり、一行は冒険者ギルドに帰って来た。
「さて、他の仲間達からも色々な情報が入って来ましたが、その情報分析はさて置き‥‥宝箱の中味は何でしょう?」
 添えられた鍵を使い、仲間の見ている前で福袋は宝箱を開ける。
「おや? これは‥‥」
 中に入っていたのは干からびた人間の指。その根本は鋭利な刃物で切断されたように切り口が鮮やかだ。しかもその指には、見事な宝石の付いた指輪がはまっている。
 宝箱を閉じ、福袋は呟く。
「これをエーロン陛下にお渡ししてもしなくても、大問題になりそうです。さて、どうしましょう?」