●リプレイ本文
●襲撃犯の訊問その1
「あの時の三方が、ジーザム陛下ならばと投降を?」
トルクに忠誠を誓うエリーシャ・メロウ(eb4333)にとって、主君の仁政が斯くも知られたるは臣下としての誇り。しかしあの元騎士達を利用しての策謀という恐れもある。
仲間の黒畑緑郎(eb4291)が言うには、
「少なくとも、ウィンターフォルセを実際に襲撃した元騎士達は、悪王エーガンを廃して現国王ジーザムを立てようとしていた。その望みが叶った以上、恭順してもおかしくはないだろうな」
この点に関しては概ね、冒険者の意見は一致していた。
さて、捕虜となった処刑場襲撃犯の中には、2人の地元民がいる。エリーシャ達は許可を得て、2人に尋問を試みた。
先ず自分の身分を明かし、相手の素性を問う。恐らくは元騎士ではないかと踏んでいたが、相手は答えず。
「我等には教えるべき名も身分も無い」
エリーシャは諭す。
「ジーザム陛下の治世の下、己が過ちを正して欲しいのです。たとえ悪王でも倒すに民を巻き込むはその悪王以下。どんな時にでも正しき範を示してこそ真の騎士道。まして麻薬を用いるなどカオス同然の所業ではありませんか」
エリーシャは諭すが、捕虜は固い表情で言葉を返す。
「襲撃に加わった時から命は捨てた覚悟。殺すなら殺せ」
「でも、あなた様はもはやカオスニアンと同類であると思われていますよ」
相手の心を折ろうとして発した信者福袋(eb4064)の言葉だったが、それを聞いて捕虜は激昂した。
「我等をカオスなどと一緒くたにするな!」
「でも、証拠ならあります。西ルーケイでカオスの魔物が確認されていますからねぇ。あそこはテロリストと共闘している毒蛇団が支配する土地でしょう?」
「西ルーケイに魔物だと!? その話は真か!?」
捕虜の一人は我を忘れて問いを発し、もう一人は必死に否定する。
「嘘だ! 我々を欺くための出鱈目だ!」
ふと、福袋は思い当たった。
「もしかして、あなた様方はルーケイに関わりのある方では?」
訊ねると捕虜達は押し黙り、それからは何も語ろうとしなかった。
●襲撃犯の訊問その2
襲撃犯のうち地球人であるアレックスへの訊問は、予想以上に捗った。ここが異世界であるという意識もあってか、彼らは得意になって色々な事を喋ったのである。
「呆れるわね。麻薬を栽培してテロ行為を行っている奴らが、正義の味方を気取ってるなんて」
思わず加藤瑠璃(eb4288)は言ってやった。
「地球人なら麻薬の害についてよく知ってるくせに。1840年に清とイギリスがなぜ戦争したかぐらい、私だって知ってるわよ」
「じゃあ、アメリカが何でベトナム戦争に負けたか知ってるかい? 君の言う阿片戦争で麻薬の恐ろしさを知り尽くした共産中国が、闇ルートを使って大量の麻薬をアメリカ兵の間に蔓延させたからさ。『麻薬は銃や爆弾より強し』ってことだね」
「で、麻薬は何を栽培しているの? 芥子? コカ? 大麻? マジックマッシュルーム? まさかLSDじゃないわよね」
「LSDは大好き。最高のドラッグさ。君、持ってない? ‥‥て、そんな恐い目で睨むなよ。栽培しているのは芥子さ」
「で、芥子の種をいつ、どうやって手に入れたのかしら」
「シャミラが地球から持ち込んだものもあれば、この世界で調達したのもある」
「いったいどこで栽培してるのかしら?」
「さあね」
アレックスは空とぼけるが、冒険者達は既にロメル子爵領で芥子が栽培されている事実を掴んでいる。
「でも、去年撒いた芥子はだいぶ大きく育っているはずさ。夏までには阿片がたっぷり採れるだろうな」
「もしかして、ウィルとは違う国の人が度々出入りしてたりしない? 例えば‥‥肌の黒い人間とか」
「いるいる。肌が黒くて入れ墨した奴ら。この世界では麻薬の蔓延るところ、いたる所にその姿ありってね」
言わずと知れたカオスニアンだ。
もう一人の地球人、チョウ・ウーピンの訊問は最初に華岡紅子(eb4412)が行った。柔らかな物腰で、訊問というより話し合いのムードだ。
「どうやってシャミラと出会ったの?」
「この世界に飛ばされ、訳も分からず彷徨っていた所を地元民に拾われた。そしてシャミラの所に連れて行かれた。シャミラは俺に食料と住処を与えてくれた。引き替えに俺はシャミラに協力を誓い、シャミラからこの世界の知識を学んだ。さらに地元民のウィザードから精霊魔法を学んだ」
「それが、アレックスの言っていた『生き延びる為の全て』というわけね。あなたがシャミラと暮らしていた土地の名は?」
「今は言えない。俺はシャミラの恩に報いる為、最低限の秘密は守る」
「地球人はどれくらいいるの?」
「俺のいたキャンプには約10人。他にもキャンプはあると聞いているが、詳しい事は知らない」
「ウィルの国についてどう思っているの?」
「何で自分がこんな所にいるのか、未だに納得できない。但しこの世界に来た以上、無駄に命を落とすつもりは無い」
「シャミラの集めている地球人だけど、『生き延びる為の運命共同体』以外の結びつきはあるのかしら?」
「それは人によりけりだろう。俺は生き延びるためシャミラに従った。だが、悪王を倒さねばならないというシャミラの主張は理解できる」
「ウィル解放戦線については?」
「シャミラが率いる地球人部隊か。正直言って、拾い集めて来られた地球人と、はみ出し者の地元民とから成る雑多な寄せ集めだ。だが『獅子に率いられた百匹の羊は、羊に率いられた百匹の獅子に勝る』という格言の通り。侮ると後悔するぞ」
一連の紅子の質問が終わると、チョウは紅子に訊ねる。
「君は日本人か?」
「そうよ」
チョウは笑った。
「俺は中国人。だが、君と話が出来て嬉しい。君のような美しい日本人女性とまともに話す機会はこれまで無かった」
続いてヘクトル・フィルス(eb2259)がアレックスとチョウを訊問する。
「話は色々と聞かせてもらった。しかしよく考えてみろ。民衆が愚かだというが、彼らは何世代にもわたり封建体制の下で暮らしてきたのであり、それ以外の生き方を知らないんだ」
「かつてのフランスがそうであり、ロシアと中国もそうだった。そして革命とその後に続く戦争で、時代の流れを見誤った何百何千万もの民衆が死んだ」
と、アレックスが言う。
「処刑場襲撃で民衆の犠牲を出したことへの当てつけかい? でも地球の歴史において、民衆の犠牲を出さない革命は無かったんだ。犠牲者についてとやかく言うことは無い。彼らはウィルの未来のための尊い犠牲さ」
「おい‥‥」
その答に言葉を失い、今度はチョウに言葉をかける。
「貴方の大切な人や家族がテロに巻き込まれたら納得がいくのか? 愚かだから仕方ないと納得できるのか?」
「俺は国にいた時、爆弾テロで兄と妹を失った」
チョウの言葉は淡々と続く。
「結婚式を狙ってのテロだった。犯人は新郎の一族に恨みを持つ貧しい男。新郎と新婦を始め、大勢の参列者が巻き添えとなって死んだ。愛する者を失う苦しみ悲しみなら俺も知っている」
「だったら、なおさら‥‥」
「殺さなければ殺される。殺される前に殺せ。これがルールだ。悲しみのどん底に沈んで滅ぶよりも、怒りと憎しみを支えにして生き延びる方を俺は選ぶ」
地球人のこいつらにこれ以上何を言っても無駄。ヘクトルはそう思い、
「破壊や暴力でしか主張できない正しさなんて哀しいぜ」
その一言で訊問を打ち切った。
一部始終を聞いていた信者福袋がチョウに話しかける。
「お気持ちは分かります。この世界で苦労してきたんですね?」
「苦労だと? これまでの地球の暮らしと比べたらこの世界はずっとマシだ」
うっ、と福袋は言葉を詰まらせ、ふと思う。
(「もしかしてこの人、中国黒社会の関係者!?」)
その後の時間は雑談に費やし、訊問は終了。黒畑緑郎は福袋に所感を述べた。
「チョウには要注意。本心を隠してこちらを探っているみたいだ。アレックスも別の意味で要注意。目を離したら何をしでかすか分からない。あとゲリーさんとか、テロを快く思わない人たちが暴走したり、テロリストとは別物のカオス勢力が妨害工作を仕掛けてくるのを心配するべきだろう」
「同感です」
と、福袋。
●セクテ公への進言
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)はカーロン王子の館に赴き、引き渡される3人の死刑囚に関して自分の見解を伝える。
「これはあの死刑囚達が、今のフオロ王家並びにエーロン陛下を知るための良い機会。裁きの場にエーロン陛下が臨席し、虜囚と話をする機会を与えて下さるよう、善処をお願いいたします」
「この件は既に我が兄上の耳にも入っている」
と、カーロンから返事があった。事は王国にとって一大事。まして酔狂では引けを取らぬエーロンである。たとえルエラの進言が無くとも、エーロンは死刑囚と対面するだろう。
さらにカーロンから許可を貰い、登城してジーザム陛下の片腕たるルーベン・セクテ公と対面した。
「テロリストは先の処刑場襲撃騒動で見せたように、こちらの希望を叩きのめし、自分達の主義を押し通し、民衆を犠牲にすることも躊躇しない、ただそれだけの集団です」
「それを伝えるためにわざわざ来たのか?」
セクテ公の態度は素っ気ない。
「相変わらずだな」
好印象を持たれていない様子なので引き下がろうとすると、呼び止められた。
「死刑囚3人の身柄が確保されたなら、遠からず裁判が行われよう。その裁判に立ち会い、陛下のやり方を学ぶがいい。時にテロリスト対策で指揮を取っているのは誰だ?」
「天界人のゲリー・ブラウン殿が全体の指揮を。作戦については冒険者ギルド総監のカイン・グレイス殿の指導を受けています」
「では、こういった話はまずカインに。テロリストについては私よりもカインの方が通じているはずだ。カインに話を持っていけば、それが大事な話であれば陛下にも伝わろう。それより今は死刑囚の身柄確保が先決だ。しくじるなよ」
●ジーザム陛下への進言
一方、時雨蒼威(eb4097)もルエラとほぼ同様の見解を有していた。処罰を受けるのも覚悟で、彼はウィル新国王のジーザムに進言すべく、シュバルツ・バルト(eb4155)と共に登城した。
タイミングよく、城の回廊で臣下の者達を連れたジーザム陛下と顔を合わせた。
「急遽、お耳に入れたいことが」
「歩きながら話そう」
ウィル国王は2人を身近に招く。
蒼威は声を顰め、ジーザムに伝える。
「元騎士たる3人の死刑囚には、現状のフオロを直接その目で見る機会を与えるべきかと。処刑するのは簡単ですが、敵を増長させれば第二、第三のテロがセトタで広まっていく危険があります。これは敵の言葉に惑わされた騎士や天界人を敵から引き剥がし、敵を正義の士ではなく悪党として討つ為の第一歩。エーロン分国王陛下の政策が試される時、と考えても宜しいかと」
つまりは、前王が残した負の遺産を解消するための第一歩たりえるかどうか。
「また、元騎士達を家族に面会させる事も提案します。エーロン王が即位後に始めた政策が実を結んでいれば、家族が伝えてくれるかと。但し、言論を家族に強制させるのは論外。相応の自信と覚悟が問われますが如何?」
「決するのはまだ早い。今は時を待て」
ジーザムは短く答える。背後では臣下の者達が耳をそばだてている。
シュバルツがジーザムに訊ねた。
「テロリストは破壊活動を行い、麻薬などを扱う‥‥そのような奴らと手を取り合うようなことは反対なのですが、ジーザム陛下はどのように考えておられるのですか?」
ジーザムは怪訝そうな表情でシュバルツを睨んだ。相手は国王陛下、そんな質問をいきなりぶつけては、不躾ともとられよう。ここにセクテ公がいたら『まずは自分で良く考えて結論を出し、それを進言という形で持ってこい』と文句の一つも言われそうだが、ジーザムは穏やかに答えた。
「その件については近く、事情に通じた者を招集して意見を聞こう」
ジーザムが決断を下すのはその後ということだ。国王たる者の言葉は国を動かす程に重く、そう軽々しく発することは出来ない。それを一番良く知っているのは他ならぬジーザムであった。
●ナーガの特使達へ
冒険者街にはナーガの特使達が住んでいるが、シャルロット・プラン(eb4219)は彼らと面識があったので、信者福袋と共に彼らの元へ赴いた。テロリストがナーガを連れて来た場合の対処を願うためだ。
「いつぞや聞いたあの件か?」
「俺達は未だに信じられんのだが」
特使達はそう言うが、テロリストが2人のナーガ娘を取り込んでいるのは過去の依頼で確認済みだ。
「あのお二方が姿を現したなら、まずは説得を。最悪の場合は戦闘をお願いするかもしれません」
福袋の言葉に続き、シャルロットが要点を説明する。
「カオスとの関与はまだ不明ですが、行方不明のナーガ達が陰謀行為に利用される可能性は否定できません。竜の姿を借りたナーガが民衆の前に現れ、テロリストを支持してしまう展開があると極めてまずいのです。ですので、彼女達がいれば先に声をかけ、陰謀に加担するような行為を思い止まって頂くよう説得をお願いしたいのです」
さらに、持参したキンヴァルフの剣を貢ぎ物として差し出したが、
「これは如何なる剣だ?」
「これはキンヴァルフの剣と言い‥‥」
一通り剣の由来を説明するが、ナーガの特使達は複雑な表情で視線を交わし合う。
「この剣で一族の者を斬れというのか」
一人がそんな事を漏らした。これがカオスの魔物退治なら喜んで受け取ったかもしれないが、この頼み事は彼らにとってもやりにくそうだ。
「やはり、一族の者に刃は向けたくはない」
「剣はそなたが持っておれ」
結局、特使達は剣を受け取らなかった。
●ワンド子爵の胃痛
冒険者一同は、死刑囚の引き渡し場所としてテロリストに指定されたワンド子爵領の町に終結した。
「どうして町中なんだ? 遮蔽物のない平野を引き渡し場所に出来ないのか?」
「それが奴らの要求なんだから仕方がない」
不満を口にする時雨蒼威に、ゲリーがシャミラの書状を示す。
「引き渡し場所の目印は、奴らの黒い旗ということだ」
引き渡し日に指定されたのは陽霊祭の日。この日、祭りの会場のどこかに黒い旗が翻るはずだ。その日に先立ち、領主のワンド子爵は関係者を呼び集めて対策会議を開いた。
最初にアシュレー・ウォルサム(ea0244)が、処刑場を襲撃した彼らの手口を説明。そして彼はルエラと共に、ワンド子爵に求める。
「この二の舞とならぬよう、警備の強化を」
「騒動が起きる危険が高いので、予め避難路の確保や避難誘導の手順を決めておくべきです」
ワンド子爵は即答した。
「当然だ。既に手は打ってある。動かせる警備兵は総動員した。寧ろ冒険者諸氏にお願いしたいのは‥‥」
「人々の中に紛れての警戒ですね」
「そういうことだ」
さらに子爵は冒険者の魔法使用を許可する。但し、人々を傷つけない魔法に限るという条件付きで。
「一つ気になる事があります。死刑囚が伝えたという言葉ですが、あれ程の情報を持っているテロリストが、エーロン陛下の元、ウィルが変わりつつ有る事を知らないのは可笑しいのではありませんか? 意図的な情報改変の臭いを感じます。死刑囚の方々の命が危険に晒されるかも知れません」
イリア・アドミナル(ea2564)に続き、シュバルツも懸念を示した。
「テロリストが自作自演で死刑囚を殺害して、難癖をつける可能性もあるということです」
子爵は思わず顔をしかめて腹を押さえ、彼女達に訊ねた。
「そなた達、胃の痛みを止める魔法は使えるか?」
「生憎とそういう魔法は手持ちが無く‥‥」
「そうか、致し方ない」
陽霊祭の最中に騒ぎが起きれば子爵にとって一大事。死刑囚が殺害でもされれば王国にとって一大事。心配で子爵の胃が痛くなるのも当然だ。
●厳戒下の陽霊祭
陽霊祭の日が来ると、冒険者達の多くは一般人に身をやつして祭の会場に。祭りは大勢の人々で賑わっているが、警備兵の多さも人々の話題になっていた。
「何せ隣領は毒蛇団の巣だからねぇ‥‥」
「領主様も大変だ」
そんな会話が交わされる最中、ケヴィン・グレイヴ(ea8773)は町の人々に聞いて回る。
「最近、これまで見かけなかった連中が街に入っていないか?」
「そういうあんたも見かけない顔だねぇ。‥‥え、冒険者? 悪い悪い、お役目ご苦労様。まあ、今日は祭の日だからねぇ。見かけない顔だって沢山やって来るだろうさ」
(「テロリストにとっては好都合というわけか」)
心中でケヴィンは呟く。
信者福袋も会場を警戒中。しかし彼の注意は潜伏中のテロリストよりも寧ろ、仲間のゲリーとエブリーに向けられていた。
(「なにしろこの状況、誰が事を起こしても問題になります」)
すると、立ち並ぶ屋台の陰からイリアが手招きする。
「何か異常でも?」
「たった今、リヴィールエネミーのスクロールを使って調べたけど。私達に敵意を持つ者があそこにいます」
「え? どこです?」
「あそこにいる地元民風の男」
人混みの中の男をイリアは指さす。
「顔と服装を覚えておいて下さい」
「他にも連中の手勢は潜んでいるんでしょうねぇ」
「でも、この人混みだと調べ尽くすのに時間がかかります。‥‥あ!」
不意にイリアは小さく叫ぶ。
「どうしました?」
「今、屋台の陰で魔法発動の光を見たような‥‥」
小走りに走って確かめに行ったが、既にそこにいたはずの者の姿は消えていた。
「あの‥‥さっきから誰かに見られているような気が‥‥」
「‥‥私もです」
人混みに紛れて警戒しているのはテロリストの側も同じだ。
●姿無き声
ケヴィン・グレイヴ(ea8773)は物見台の上から監視を続けていた。いざとなったら矢を放てるよう陣取った場所だ。
「奴らがどれだけ主義主張をしようとも、奴らはただの下衆でしかない。如何に大義を叫ぼうとも、それを受け入れるべき民衆を殺す限り、民衆の支持を得る事も無い。奴らはただの無法者。いかれた殺戮者でしかない。俺はいかれた思想に興味は無いし、奴らの行為を認めようとも思わない。──だが、仕事を受けた以上は奴ら(死刑囚)の命をキッチリ守ってやるさ」
独り言ちながら周囲に目配りしていると、いきなり背後から男の声が。
「そんな寒い所でご苦労なことだな」
咄嗟に振り返るが、そこには誰もいない。しかし声は相変わらず聞こえて来る。ケヴィンの目の前の空間から。
「俺にはお前の姿がよく見える。俺はこの会場の何処かにいるぞ」
「魔法で声を飛ばしているな? 下衆め!」
「うわははははは!」
耳障りな笑い声に続いて、男の声が言う。
「生憎とお前の言葉は聞こえない。ただ、おまえが口をパクパクさせているのが見えるだけだ。さあ、これから面白いショーが始まるぞ」
●黒き旗
祭の会場の一画から歌声が流れて来る。歌っているのは冥王オリエ(eb4085)だ。
このごろ物騒な世の中よ♪ 変な物を見かけたらご用心♪
ところでみんなに聞きたいの♪ どこかで黒い旗を見なかった♪
盗賊、怪物、カオスの魔物♪ はびこる所に翻る黒い旗♪
ご用心♪ ご用心♪ 黒い旗にご用心♪
ここは情報伝達手段の少ないアトランティス世界。祭の場は情報を流すのに恰好の場所だ。ゆるやかな伝播の仕方で構わない。とにかくテロリスト達に都合の良い、彼らに好意的な情報ばかりが流れるのを食い止めなければ。
そう思ったからこそオリエは歌っている。テロリストの危険性を露骨に訴えるのではなく、婉曲的に歌詞の中に織り込んで。テロリスト達の存在そのものが色眼鏡で見られるよう、浅く広く噂レベルの話を浸透させるのだ。
オリエの歌は上手い。歌い始めて暫くすると、周りに人の輪が出来ている。
するとオリエの歌に答えるように、歌声が返ってきた。
あら大変♪ 私、黒い旗を見ちゃったわ♪
あらどうしましょう♪ どうしましょうったらどうしましょう♪
おどけた調子で歌いつつ、舞い踊るような仕草でオリエに近づいて来たのはジプシーの娘だ。
(「あら! この娘ったらもの凄い厚化粧!」)
娘を見るなりオリエは思った。白粉と口紅でド派手なメイク。髪の毛はかつらだ。だから素顔は分からない。でも、こんな姿の芸人も祭では珍しく無い。
「ほらほらあなたにも見せてあげる♪ 私が拾った黒い旗よ♪」
「!」
オリエは驚き、歌声が止まる。娘が手に握り、ひらひらさせているのはテロリストの旗印の黒い旗だ。
「歌の続きは?」
近づいたジプシー娘がオリエの耳に囁く。
「あなた、シャミラの仲間?」
オリエの問いには答えず、娘は舞い踊り歌い続ける。
「あらあらあそこにも黒い旗♪ あらあらあんな所にも黒い旗♪」
見ればあちこちに黒い旗。あの黒い旗を元気よく振りながら2人を囲んでいるのは、大勢の子供達ではないか。
「あの子達は何なの!?」
「私が雇ったの」
周りに集まった人々は、これも芸のうちだと思ってお気楽に楽しんでいる。しかし冒険者達は違った。黒い旗を目にして彼らは緊張し、仲間達に身振りや仕草で連絡を飛ばす。
突然、人混みの中からオリエの前に歩み寄って来た者がいた。
「シャミラ!」
処刑場を襲撃したシャミラが目の前に。あの時と同じく、覆面で素顔を隠した軍服姿で。
「あんまり騒々しいからやって来たぞ! 私の黒い旗に文句があるのか!?」
芝居がかった口調で言い放ち、オリエの首筋に真っ赤な剣を突きつける。とはいえ、その剣は誰が見てもすぐに分かる模造の剣。子供達がシャミラとオリエを取り囲み、一斉にはやし立てる。
「大変だ♪ 大変だ♪ これから一体どうなっちゃうの♪」
沸き立つ人々。何も知らず見る者にとって、これは単なる寸劇だ。
シャミラがオリエを睨め付け、威圧するように言い放つ。
「さあ、続きを歌え」
●一触即発
物見台の上では姿なき声が相変わらずケヴィンを翻弄する。
「さあ、どうする? シャミラはあそこにいるぞ。その矢でシャミラを射るか? 言っておくが、お前を監視しているは俺だけじゃない。変な動きをすればお前が死ぬぞ。それとも死ぬのはシャミラの周りの子供達かな?」
手も足も出ないのか。ケヴィンは沈黙して考えを巡らせ、意を決して叫んだ。
「卑怯者の下衆野郎め! どこの物陰から俺をじろじろ見ていやがる!? 魔法で声ばかり飛ばしてないで姿を現せぇ!!」
「うわはははは!」
ひときわ大きく声が笑う。
「そうヤケになるな。あまり声が大きいから、俺にもはっきり聞こえちまった‥‥」
突然、姿無き声が途絶える。ケヴィンが下を見やると、手を振って合図を送る仲間の姿があった。
「引っかかったな、馬鹿が」
ケヴィンの声は仲間にもしっかり届いていたのだ。
で、件の男はアシュレー、ヘクトル、イリア、福袋の4人に囲まれていた。
「あんな大声で笑うから居場所がバレるんだ」
アシュレーがすっとぼけて男に言う。男を発見したのは、いち早くケビィンの叫びの意味を悟ったアシュレーの手柄だ。
「く、来るな‥‥」
男は狼狽していたが、不意にその顔に薄笑いが浮かぶ。包囲に加わっていたヘクトルは男の目線の先に目をやり、近づいて来る人影を見た。
「カーラ!」
北ロメルの偵察行で出合った地球人の少女カーラだ。そしてカーラと共に近づいて来るのは、猛々しい表情の娘。人の姿をしているが、あれは人に変身したナーガの娘か!?
「カーラ、やめろ! ここに来るな!」
ヘクトルがカーラの前に立ちはだかる。カーラの歩みが止まり、呆然とヘクトルを見つめる。
「あれは何者だ!?」
一緒にいた娘がカーラに訊ねるが、続いてその娘が呆然となる。シャルロットに先導され、ナーガの特使達が駆けつけてきたのだ。
「間に合ったか」
特使達は人身竜頭というナーガ男性本来の姿を隠さず、堂々と歩み寄る。その姿を見てカーラは深々と頭を下げたが、連れの娘に逃げるよう急かされた。
「何してる!? 早くここから離れろ!」
脱兎のごとく逃げて行く二人。
「おい、待て‥‥」
ナーガの特使達も後を追おうとしたが、何処からか大声で呼ばわる声が響いた。
「ここにナーガ様がおられるぞ! 高貴なるナーガ様が祭に来られたのだ!」
その声に、人々はわっと特使達に群がる。
「ナーガ様だ!」
「ナーガ様が来られた!」
特使達とシャルロットは困惑。
「いかん、これでは‥‥」
逃げた二人を追跡しようにも、こうも大勢に囲まれてはそれも叶わない。
一方、あの大笑い男もアシュレーの目の前から逃げ出していた。後を追おうとしたアシュレーは、ワンド子爵の警備兵に止められる。
「深追いはするな」
「仕方ないね、諦めよう。でも、あいつの顔はしっかり覚えたからね」
●死刑囚の受け渡し
オリエはまだ歌い続けていた。黒い旗を振る子供達に囲まれて。目の前にはシャミラ。
(「いつまで歌い続ければいいのかしら?」)
しかしこの出し物にもやっと終わりの時が来た。冒険者達と警備兵達を仰々しく引き連れ、ワンド子爵が現れたのだ。
「これはこれは領主殿」
シャミラは相変わらず芝居がかった調子で、ワンド子爵に深々と一礼。
「ちと人騒がせが過ぎるのではないかな?」
子爵はあくまでも冷静に相対する。
「しかし、民は喜んでおります」
と、シャミラ。
「まあ良い。例のものは受け渡して貰えるな?」
「あの馬車の中に御座います」
シャミラは子供達を付き従わせ、子爵の一行を一台の馬車に導いた。3人の死刑囚はその中にいた。
時雨蒼威はシュバルツと共に一礼し、死刑囚達に言葉をかける。
「お久しぶりです、皆様」
死刑囚達も彼を覚えていた。
「久しぶりだ、男爵殿」
冒険者達を前にしてシャミラは告げる。
「分かっているとは思うが、祭の会場にはまだ我々の仲間を潜ませている。敵対的な行動を取れば‥‥」
「我々は卑怯な立ち振る舞いはしない。死刑囚の引き渡しを平和的に進めることを約束する」
宣告したのはシャルロット。さらにシャミラにも求める。
「同じことをあなたの側も約束して欲しい」
「約束しよう」
と、シャミラは答えた。
馬車の外ではジプシー娘が子供達を呼び集めている。
「手伝ってくれて有り難う。さあ、ご褒美のおやつよ」
「わあい!」
褒美に渡されるおやつにときめく子供達を見ながら、オリエがジプシー娘に言う。
「シャミラの言い分は納得できるし、私達の仲間になってくれるのであれば有難いわ。ただ、私はまだそれを素直に信じることができないし、疑う余地もあるの」
ジプシー娘も言う。
「それは私も同じ。悪王エーガンに協力した冒険者達を、そう簡単に信じる事は出来ないの。でも、今日は楽しかったわ」
やがて護送の馬車が寄越され、死刑囚達はそちらに移された。
祭も終わりが近づくと、町を去る人々の中に混じってシャミラ達も姿を消した。
●訊問
王都に向かうフロートシップの中で、死刑囚達の訊問が行われる。
──シャミラと盟友関係にあるという毒蛇団の事を、どの程度知っていますか?
「色々と悪い話は聞いているが、その真偽をこの目で確かめる機会は与えられなかった」
──毒蛇団の事をどう思っていますか?
「信用できる相手とは思えない。あんな連中と手を結ぶシャミラ殿の考えには理解し難い部分がある」
──毒蛇団達が麻薬を使っている事を知っていますか?
「その話は聞いている」
──その事をどう思いますか?
「それが本当だとしたら許し難いことだ」
──毒蛇団のその他の残虐行為については?
「色々と耳にしている。早急にその真偽を確かめたい」
仲間が質問する間、白銀麗(ea8147)はリードシンキングの魔法で死刑囚達の思考に探りを入れた。死刑囚達に気付かれぬよう工夫した上でだが、彼らの思考はその言葉と一致していた。
訊問が済むとシュバルツは彼らに伝える。
「ところで貴殿らはエーロン分国王に対して歪んだ情報を与えられているように感じる。正確なところを後で私の口から説明したい」
その事は時雨蒼威も危惧していたので、彼も死刑囚達に告げた。
「失礼ながら『百聞は一見にしかず』という諺があります。私がエーロン王やその政治について、あなた方に話す事はありません。ただ一言。他人からではなく、自らの目と耳で見聞きし確証を得る事を望みます」
誠意をもって接する2人に、死刑囚達は感服してもいた。
「出来うることなら、エーロンとも直接会ってその人物を確かめたいものだ。その機会が与えられたらの話だが」
「ところで最近、カオス勢力の動きが活発化しています」
イリアは死刑囚達に伝える。マリーネ姫襲撃などに見られるカオス勢力の伸張ぶりを。
「どのような形の正義を主張しても、争いが生まれれば其処に付けこむのがカオス勢力のやり方。正義を為さんとする心を歪め、民を疑惑と不信の悪道へ誘い、影から争いに関与し世を乱すのがカオスという存在です。これ以上、カオスが暗躍する事を防ぐ為に必要なのは、力による現状の打破では無く。寧ろ、民や臣の意見を聞く場に置いて、現状を改善して行く事ではないかと」
死刑囚達を代表し、ラーモンが答える。
「貴殿の忠告に感謝する。その事は深く心しよう」
●吟遊詩人クレアの影
アシュレーは抜け道を使い、ロメル子爵領の調査に赴いた。短い時間だったが、毒蛇団の支配下にある住民の声を聞くことが出来た。
「トルクの王がウィルの国王となった。大戦争の時は近いぞ」
そんな話があちこちで囁かれている。
調査の間、気になる話を聞いた。毒蛇団の者達がこんなことを話していたのだ。
「我等が首領殿は、あの吟遊詩人クレアをずいぶんと高く買っておいでだな」
「クレアの代理人とも接触できたことだし、うまいこと手を組めば面白いことになるぞ」
クレアはウィンターフォルセ事変を引き起こした首謀者。その名をこんな所で聞くことになろうとは。