とんでもわるしふ団1〜暁のわるしふ団

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月28日〜02月02日

リプレイ公開日:2006年02月04日

●オープニング

 華やかな王都ウィルの安寧を引き裂く悲鳴が木霊する。
 小さな影が舞い飛ぶ時、穏やかに暮らす善良な人々は理不尽な恐怖に晒されるのだ。
「またあいつらか! 今日こそは許さん!」
 激怒し駆け回る人々を、裏路地から眺め嘲笑する幾つもの瞳。
「ああっ、何てこと! わたくしのドレスに○×が‥‥」
 なんたる不遜!
「うわーん、あたしの飴ちゃん返して〜っ!」
 なんたる卑劣!
「ぬう! 我が愛馬が虎刈りにッ!」
 許し難き暴挙!
「あいつら‥‥売り物のパンを全部一口ずつかじって行きやがった!」
 まさに外道!
 彼ら、裏路地に住みついたシフール達。通称『わるしふ』のやりたい放題に、近隣の住人達は振り回されっぱなしだ。
「我慢ならん、とっ捕まえて八つ裂きにしてくれる!」
 かんかんに怒って裏路地に踏み込んだ騎士殿は、翌朝、簀巻きになって通りに転がっているのが発見された。
『怒り中でやり返し。パン屋の小麦粉ぜんぶくださいとても喜び。くださいないとても怒り。とりにいく』
 壁に炭で書かれたつたない伝言を、代書屋が翻訳する。
「踏み込まれて怒ってるから、仕返しする。パン屋の小麦粉を全部出せ。くれないなら盗みに行くって事でしょうか?」
「なんでうちなんだ!?」
 愕然とする哀れなパン屋。騎士殿を責める訳にも行かず、困り果てた住人達は冒険者ギルドに藁にも縋る思いで駆け込んだ。
「小麦粉もってかれたんじゃ商売上がったりだ、ひと袋だって渡すもんか!」
「しかし、下手に逆らってまた仕返しでもされたら‥‥」
 弱気な意見は、パン屋の血走った眼に封殺された。依頼内容は、わるしふの撃退という事に決定。方法は冒険者に任される。
「しかし、どうしてこうなってしまったかねぇ。今じゃあの裏路地は完全にシフール達の縄張りだ。胡散臭い連中も出入りする様になって治安も悪くなる一方。もう怖くて近寄れやしない。元々すばしっこく逃げるのは奴らの得意技だが、あそこに逃げ込まれたら完全にお手上げさ。本当に性質が悪い連中だよ」
「本当は黒きシフールなんじゃないかって噂もあるわね。だったら根絶やしにしておかないと、どんな災いを運んで来るか‥‥」
 蛇蝎の如く嫌われる彼ら。ただ、擁護する声が無いではない。
「彼らは元々、何処だかの森で暮らしてたって話だ。ろくでもない領主にやれ税だ労役だと苛め抜かれて、已むに已まれず住処を捨て、流れ流れて都の隅にってのはまあ、昨今よくある話だよ。可哀想といえば可哀想なんだけどね」
「同情なんかしてる場合か、するなら俺にしてくれ!」
 パン屋半泣き。
「とにかく俺達は静かな暮らしを取り戻したいんだ。それだけなんだよ」
 不安に駆られる街の人達に成り代わり、是非とも『わるしふ』達を懲らしめて欲しい。

●今回の参加者

 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea5731 フィリア・ヤヴァ(24歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb2503 サティー・タンヴィール(35歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●お昼はぐっすり
 イギリスは、ケンブリッジより来た元学生のシフール、ファム・イーリー(ea5684)。
 生まれ育った町さえ滅多に出たことのない娘が、異国どころか異世界に来てしまって、さぁたいへん。
「可憐なしふしふファムちゃんは、その後体験する運命の激流を、この時はまだ知る由も無いのだった‥‥ちゃらっ♪ ちゃ〜ら〜♪」
 自分ナレーションで盛り上がりつつファムは、あっちに飛んだりこっちに首を突っ込んだり。見るもの聞くもの全てが珍しいと見え、完全におのぼりさん状態だ。
「あ、あの〜、あんまり道草はしない方が‥‥」
 天野夏樹(eb4344)のかけた言葉にすぱっと振り向いたその目は、更なる感動にきらきらと輝いていた。
「言葉違うのに意味わかるよぉ、通じるよぉ、おもしろぉい♪」
 夏樹の頭にへばりついて、もっと喋って〜とおねだりだ。
(「うう、何だかこの小さい人達テンション高いわ。でもめげちゃ駄目、頑張るのよ夏樹! 何かしないと生活していけないんだからっ」)
 世知辛い話だがそれもまた現実。何となく似通った世界からやって来たジ・アースの人達はまだしも、地球人は大変だ。めげずに頑張れ。
 そんな話をしている間に、事件が起きたという通りに着いた。この通り、街の人達の間では『とちのき通り』で通っている。目印は名前通りの、とちのきの老木。昔々、この街が王都になるよりももっと前、幾度となく起きる戦いに、人々が何かの足しにでもなればと木を植えて育て始めたのを、当時の領主様がとても良い心がけだと褒めたとか‥‥そんな逸話が残っているらしい。
「さてと。ここが狙われてるパン屋やな」
 美味しそうな窯焼きパンの香りに、フィリア・ヤヴァ(ea5731)暫しうっとり。それじゃ行くぞ、と飛天龍(eb0010)が先頭を切った。
「しふしふ〜!」
 満面の笑みを湛えて店に入った彼に、いらっしゃい、と立ち上がったパン屋の笑顔は、ぞろりと並んだシフールの姿に強張った。
「くそ、まっ昼間から乗り込んでくるとはいい度胸だ! 頼んだ冒険者はまだ来てないが、こうなりゃ俺だけでも──」
 ホウキを掴んで徹底抗戦の構え。
「あー、なんちゅうか予想通りの展開やね」
 フィリアさん、がっくりと肩を落とす。シフールの集団がパン屋になだれ込んだというので、近所の人々もおっつけ駆けつけて来て一騒動。
「落ち着いて下さいご主人、皆さん。私達がその冒険者です。このシフール達はわるしふではありません。もちろん、黒きシフールでもありませんよ」
「彼らは同族の犯行を見過ごせずに集まった、正義のシフールですから!」
 すかさず、人間であるサティー・タンヴィール(eb2503)と夏樹が説明。なんとか誤解を解きはしたものの。
「ほんとかぁ?」
 じと目で一行を見やるパン屋。特にシフール達は皆からおしりをじろじろ見られて、なんだかとってもやな感じ。
(「疑われてる。めちゃめちゃ疑われてる‥‥ゆるすまじわるしふ団っ!」)
 自分が何をした訳でもないのに、肩身が狭いこの悔しさ。
(「でも、それにもめげないのがしふしふや! どんな目に遭っても、わるしふ団の首根っこを掴んで懲らしめたらなあかん!」)
 決意を新たにするフィリアさんだ。本当に信じてもらうには、行動で示すしか無い。

「と、いう訳でお仕事を始める訳やけども、一々わるしふと間違われてたらしんどいやろ? せやから、あたいが特製の『しふしふ団腕章』を作ったんや」
 じゃーん、と取り出した腕章にはフィリアが絵を付け、天龍がセトタ語で『しふしふ団』と書き入れた。これをしているのは正義のしふしふ団。誰が見ても一目で分かるという訳。
「ははー、なるほどね。このブタのマークが目印って事か」
 パン屋、褒めたつもりが大失言。
「ぶ、ぶたちゃうもん、かわいいしふしふやもん!」
 ちくちくと皆から視線で責められる可哀想なパン屋。
「それで、具体的にはどうするつもりなんだ?」
 皆に聞かれ、劉蒼龍(ea6647)が口を開いた。
「とりあえず、今回は相手の出方がわからねぇから、言う通りにするのはまずいと思う。予想がつくなら敢えて乗ってみるという手もあるんだがな」
 ふむふむ、と頷く皆。
「ぇぇと‥‥倉庫に盗みに入ったわるしふを閉じ込めて、逃げ道を塞いだ上で捕まえようって事になってます〜」
 カノ・ジヨ(ea6914)の説明に、なるほど、と感心。パン屋だけは、大丈夫かなぁ、倉庫の中で暴れて粉を駄目にしたりしないだろうか、と心配で仕方が無い様子だが。
「でも、小麦粉なんか盗んでどうするんやろ? あんな重いもん、しふしふの力じゃ持って運べないし‥‥」
 首を捻るフィリア。
「試しに運んでみようか」
 力持ちの天龍が挑んでみるが、重さもさることながら袋の大きさがシフール向きではなく、やはり一人ではどうにもならない。寄って集って取り組めば運べない事は無いが、勿論飛ぶのは無理。
「ちゅうことは、背後にしふしふ以外の協力者というか首謀者がいるんやないやろか?」
「確かに裏通りにはシフール以外にも胡散臭い連中が出入りしている様だから、そういう可能性も十分にあるよ」
 近所の人々は語る。
(「わるしふ達にも事情が有るみたいだけど‥‥でも、盗みは悪い事だよ。エスカレートする前に、やめさせないと。でないとその内本当に退治されちゃう」)
 夏樹は皆の顔を見て思う。度を越した悪戯のせいか人通りも減ったというし、盗みに至っては何をか況や。生活がかかっている通りの人達の憤りは大変なものだ。だからこそ、釘を刺しておかなければならない事がある。
「わるしふを捕まえた時ですけど‥‥八つ裂きとか、根絶やしなんて声も出ているみたいですけど、そんな事しませんよね?」
 見上げる様な視線で夏樹に問われ、パン屋、むぐ、と言葉に詰まる。
「しませんよね?」
 むぐぐ、と唸るばかりのパン屋。溜息と共に、分かった分かった、と根負け。
「こっちだって、わるしふ達を痛めつけたい訳じゃ無い。ただ、これまでの事に目を瞑る気にもなれない。出来れば出て行って欲しいところだが、全ては彼らの態度次第だな。少なくとも、それ相応の誠意は見せてもらわないと」
 それが、この通りに暮らす人々の偽らざる気持ちだ。

 その日から、調査と張り込みの日々が始まった。怪しいしふしふ、変なしふしふを見なかったか尋ねて回るフィリア。捜査は足でするものだ。飛んでるけど。
「うーん、変やなぁ。何でこんなに目撃情報が無いんやろ」
 首を捻るばかりの彼女。悪戯をした瞬間を見たという証言は幾つもあるのに、そこまで行くわるしふを見たという者がいない。逃げっぷりも見事なもので、まるで消える様にいなくなるという。パン屋にしても、盗みに入るつもりなら下見くらいしていても良さそうなものなのに、全然網にひっかからない。
 一方、サティーは冒険者ギルドへ。
「とちのき通り裏のシフール流民ですか。依頼の他に、相談も色々受けていますよ。泥棒の隠れ場所になっているとか、強盗同然の乞食行為とか、夜な夜な怪しげな賭場が開かれているらしいとか‥‥ろくな話は聞きません。このままにしておけば、いずれ問題はもっと大きくなるでしょうね」
「そうですか‥‥」
 職員の話に、サティーの表情は曇る。彼らの為にも、鉄槌を下さなければならないのだろう。まだ、罪が軽い内に。
 裏路地の前に立ってみるカノ。薄暗くて狭苦しくて殺風景で、空気そのものが違って感じられる。ボロを纏ったシフールが物陰から一瞬覗き、彼女の視線に気付いて逃げてしまった。
「あんた、こんなとこでボーっとしてると連れ込まれて売り飛ばされちゃうわよ」
 声をかけて来た近所のおばさんに、話を聞く。
「あの、黒きシフールって何ですか?」
「まさか知らないのかい? あんた達、本当に他所の世界から来た人なんだねぇ。黒きシフールってのはね、カオスの魔物なんだよ。疫病みたいに不幸を振り撒く、そりゃぁもうオソロシイ奴らなのさ。見た目はシフールそっくりなんだけどね、おしりにこう、しっぽが生えてて見分けられるんだよ」
 頷きながら聞き入っている彼女に、おばさん益々話が弾む。
「わるしふが何処から逃げて来たかって? なんでもねぇ、トーエン卿の領地からだっていうよ。王様の歓心を買いたいからって、貢物に余念が無いって話でねぇ。あそこじゃ何から何まで税がかかるのさ。知ってるかい? あの馬鹿領主、シフールの翅にまで税をかけたんだよ。半分しか払えなかった貧乏人を捕まえて、それならこうしてやるって片方の翅をもいじゃったとかなんとか‥‥ああ嫌だ嫌だ、恐ろしいねぇ」
 そんな事情だから、同情の声もある訳だ。
「聞き込みか? カノ、あんまり根を詰めるなよ」
 声をかけた天龍は、お使いの途中らしい。
「はい。天龍さんも」
 微笑むカノに、これも修行だよ、と天龍。印象回復の為にと始めたお手伝いは、しふしふ団の名と顔を覚えてもらう役にも立っている。
 パン屋では、わるしふを迎え撃つ用意に余念が無い。ファムは、よいしょ、とランタンを持ち出した。そして、じゃじゃーんとニューアイテムも。
「ねぇねぇ、これ知ってる?」
「ライターだね。ここを押すと火がつくんだよ」
 夏樹はライターを手に取り、しゅぼ、と着火してみせる。一瞬で火がつく様に、大喜びのファム。確認確認と言いながら、何度もランタンに火をつけては消してを繰り返す。
「おいおい、そんなんじゃ、わるしふが来る前に油が無くなっちまうぞ」
 蒼龍に笑われた。と、
「灯りが必要なんですか?」
 モニカ・ベイリー(ea6917)が、ホーリーライトの呪文を唱える。ランタンよりも何倍も明るい光が、辺りを眩しく照らし出した。
「そうだよね、便利だよね、魔法」
 わるしふ捕まえる時にはよろしくね、と虚ろな微笑みを浮かべるファムの顔に『がっかり』と太書きされている様だった。
「もしかして、何か悪いことした?」
 頬を掻くモニカに、気にするな、と蒼龍。
「じゃ、寝ましょうか」
 わるしふが動くとすれば、それは人目の無い夜中。夜通しの見張りに支障が無い様に、彼らは勤めて、昼間に仮眠を取る様にしていた。
「‥‥大丈夫なのかなぁ本当に」
 ぐうぐう眠るその姿に、パン屋、やきもきし通しである。

●真夜中の大乱闘
 夕方。いつもの様に、少し早めに起き出した天龍と蒼龍が基本の形と組み手を一通り終えて、カノが寝ぼけ眼で寝床からずり落ちる頃。パン屋の好意で分けてもらった売れ残りのパンとおかみさん心尽くしのスープで簡単な食事を終えた冒険者達は、皆で倉庫の周辺の監視を始める。この季節、夜の張り込みは身体に堪える辛い仕事だ。寒さは外よりマシとはいえ、粉っぽいやら狭苦しいやらで、倉庫の中は中で大変。天龍は積み上げられた粉袋の間から、ちらりと小さな換気窓を見上げる。この倉庫には、シフールなら入り込めそうな場所が幾つかあったが、それはこの換気窓を除いて全て塞いだ。こういった目線より上にある小窓は、大きな人達がうっかり見落とし易い盲点だ。急作りではあるが、誘導方法としては上出来の部類に入る筈。
 皆、その姿を隠す中で、ひとり大っぴらに扉の前に立つ夏樹。犯罪予告があった以上、警備がいる方が自然だろうという訳だ。もしもわるしふ達が襲ってくれば、適当に戦って逃げる算段。
「大丈夫大丈夫‥‥落ち着いて」
 自分に言い聞かせながらの立ちん坊。時間が過ぎ行き、夜も更けて。今日も空振りかと皆が思い始めた頃、サティーは倉庫前にたむろする怪しい影に気が付いた。
「いつの間に‥‥」
 思わず呟く。倉庫に至る通路は、僅かな隙も無く見張っていた筈なのに。既に倉庫の壁には、幾人ものシフール達が取り付いていた。きょろきょろと辺りを見回し、正面に立つ夏樹の動きにも警戒しながら、換気窓まで飛んで行き、どんどん中に入って行く。その様子を見守りながら、飛び出す機会を窺っていたサティーだが、次第に困惑の色が強くなって行く。その列が、いつまでたっても途切れないのだ。
 中で待ち構えていた者達も、その事態に戸惑っていた。呆然と見上げるファムとフィリアの目の前で、どんどん増えて行くわるしふ達。その時点で15人はいた筈だ。なのに、外からの合図がまるで無い。
「どうしよ、小麦粉盗まれてまうやんっ」
 天龍はフィリアとファムを落ち着かせながら、暗闇の中で相対するべき敵を見極めていた。大半は、盗みに関してもずぶの素人と見える。が、中に幾人か、堂々たる態度で皆を動かし、なおかつ辺りに気を配っている者がいる。
「ファム、もう少し光量が欲しい。いつでもランタンを使える用にしておいてくれ」
 何度も頷き、ライターを取り出す。ぞろりと並んだシフール達は、手に手に入れ物を持っていた。つまりはこの場で袋を開けて、持てるだけの粉を持って帰ろうという作戦だ。依頼を果たす為には、最低限手を付けられる前に追い払わなくてはならない。
 その時、外で。
「これ以上はいけない。頼みます」
 サティーの合図を受けて、モニカがホーリーライトの呪文を唱えた。
「封鎖!」
 飛び出したサティーと、眩い光。驚いて固まり、そして、わっと逃げ散るシフール達。それを掻き分ける様にしてサティーは換気窓に向かい、毛布を突っ込んで塞いでしまう。夏樹は扉を開け中に飛び込み、その前に陣取った。天龍が頷き、ファムがランタンに火を灯す。薄ぼんやりと照らし出される倉庫内。外の騒動にうろたえていた所を、自分達も暴かれてしまったのだからさあ大変。わあっと彼らは大混乱。狭い倉庫を飛び交ってあちこちでぶつかるやら、袋が倒れて粉が舞うやら。
「こらっ! 盗みなんて悪い事はやめなさい!」
 サンという国のものだという短剣を鞘に収めたまま彼らに向けて、夏樹が言い放つ。外ではカノがホーリーフィールドを張っている。これで木製のやわな扉も、そう簡単には突破できまい。
「わ、きゃ、せなっ、せなっ、なんか入ったっ!!」
 ちょっと不安かも知れない。
「やってくれるなぁ。正直驚いたぞ。木っ端役人に出来る芸当じゃないよな、冒険者とかいう奴らか?」
 眼帯のシフールが、にやりと笑いながらファムを見据える。
「おやすみなさいっ!」
 ファムが放ったスリープに、しかし眼帯は耐えた。
「ひでえな。悪い子が寝るのは明るくなってからと相場が決まってるんだぞ?」
 とたじろいだファムの前に、ダーツを握り締めて立ったのはフィリア。
「わ、わるしふ団がいる場所に正義のしふしふ‥‥しふしふ団あわらる! 正義のしふしふ、フィリア・ヤヴァ、参上や!」
 どど〜ん! 大見得を切った彼女を見て、眼帯は吹き出した。お前なんか俺に敵うものか、とでも言わんばかりに。
「そこまでだ」
 ど、と鈍い音。密かに忍び寄り、一瞬にして間合いを詰めて放った、脇腹を抉る天龍の一撃。すっ飛んだ眼帯は粉まみれになって床をごろごろ転がったが、がばっと起き上がり身構えた。なかなかのタフネスぶり。
「わるしふ団の野望はしふしふ団が挫く」
 来い、と仕草で挑発する天龍に、眼帯はこんのやろう! と真っ赤な顔。と、その時、どうして良いのか分からずただうろたえていたシフール達が、壁の一点に向けて殺到した。いつの間にか、壁に穴が穿たれていたのだ。
「今日は日が悪いや。この借りは必ず返してやるからな!」
 他のシフール達と共に、飛び出して行く眼帯。この時、外では。
「おい、わるしふが出たらしいぞ、加勢しろ!」
 おお! と駆けつける近所の人達。大慌てでサティーとモニカが止めているが、どうにもならない。その混乱の中を、シフール達は逃げ散ってしまう。
「許してやろう。名を名乗れ」
「悪いシフールは許さねぇ! 放浪の武道家、劉蒼龍だっ!」
 他のシフール達とは違う、随分と高価そうな服と装飾品に身を包んだシフール青年が、蒼龍の前に立ちはだかっていた。蒼龍が一撃で落としたシフール魔術師を、彼らの仲間がえっちらおっちら運んで行く。
「みんなにたっぷりの小麦粉をあげてお土産も持って帰るつもりだったのに。とんだ邪魔が入っちゃったわね。残念」
 屋根の上に腰掛け、ぶらぶらと足を揺らしながら口を尖らす赤い薄翅のシフール少女が、壁に穴を開けた張本人だ。ひらひら舞うシフール達を追って右往左往する人々の足が、頭上から降って来る。それを巧みにかわしながら、なお追い縋ろうとする蒼龍。だが、敵はひらりと身を翻した。
「それでは蒼龍とやら、また会おう!」
 はーっはは、と高笑いを上げながら、彼らは人々の間を擦り抜け、いつの間にかその姿を消していた。
「くそ!」
 後で、皆をこってり説教したのは言う間でも無い。

 ところで。倉庫の中では、まだ騒動が続いていた。
「あわわ、まだ動いてるよぉ!」
 夏樹さん、涙目でつっぱたりくねったり。引き抜いたシャツの中から目を回したシフールがぼりと落ちて来るまでに、泣くやら喚くやら大騒ぎ。あられもない姿でへたり込んでいる姿を、ご近所さんに見られて笑われて。
「ううぅ‥‥何で私がこんな目にいぃ〜」
 冒険者家業も楽じゃない。

●取調べはモーニングセットを食べながら
 さて、夏樹の活躍(?)で捕らえられたわるしふを取り調べる事になったのだが。
「つーん」
 口をヘの字に結んで、そっぽを向いて、一言も喋らない。ファムはシフールの竪琴を持ち出して、おもむろに歌を歌い始めた。

 素直になろぉ 素直になろぉ
 どうしてお話 してくれないのかな
 お口をひらけばほら つかえた気持ちがこぼれてくるよ♪

 ファムのメロディに、うわーやめろーと騒いでいた彼。そのお腹が、ぐう、と凄い音を出した。気が付けば、パン屋夫妻の仕事の時間。パンの焼ける何とも言えない香りが漂って来た。
「お口より先に、お腹がお話してくれたみたいだね」
 あはっと笑ったファム、パンを分けてもらいに行く。サティーはかまどに火を入れ、昨夜の残りのスープを温め始めた。香りのダブル攻撃の末に、差し出された温かな朝食。意地っ張りもこれには堪らず遂に降参。わるしふの食べっぷりといったらそれはもう、惚れ惚れする程。彼はトートと名乗った。
「トートさん、どうしてこんな事をー? 仲間は何人くらいいるんですか、シフール以外の協力者もいるんですかー?」
 カノの問いに、もぐもぐとパンを頬張りながら、トートは言った。
「お腹いっぱい食べたかったら、言う通りにしろってワルダーさんが。その通りにしてれば、本当に食べられたしね」
 もぐもぐ。ワルダーとその仲間達は、わるしふ達の幹部らしい。
「仲間は全部で、えーと、50人くらいかな」
「ご‥‥」
 この数は想定外。どうやらワルダーというシフールが散り散りになった仲間達を呼び集め、その面倒を見る一方で、悪事に加担させているという事らしい。その筋の協力者もいるらしく。放置すればエスカレートするだろうという夏樹の懸念は、多分、間違ってはいないだろう。
「事情があったにせよ、やっぱり犯罪は犯罪ですー。あなた達だって、やられる方の辛さは知ってるはずです‥‥」
 カノのお説教に、トートもしゅんと項垂れる。彼らとて、元は森で真っ当に暮らしていた善良なシフールなのだ。
「なるほどな。事情はだいたい分かったよ」
 パン屋夫妻が顔を覗かせる。話の一部始終を聞いていた様だ。トートが立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう旦那さん。焼きたてのライ麦パン、すごく美味しかったです。久しぶりに温かいスープを食べました。怒られるかもしれないけど、これ、みんなに食べさせたかったな」
 今は、素直に気持を吐露する彼だ。
「彼はただ、空腹を満たす為に仲間の口車に乗っただけの様です。許してあげてはもらえませんか」
 自分も頭を下げて頼むサティー。カノは、然るべき場所で法に則った裁きを受けるべきという意見だが、さて王領の法では、盗みの罰はどんなものだったか。
「許さないとなれば、役人に引き渡す事になるんだねぇ‥‥」
 おかみさんが、ぽつりと呟く。旦那、むうと唸って難しい顔。おかみさんの口ぶりを聞くに、その役人にも少々問題がある様だ。
「分かった。役人に引き渡すのは勘弁してやろう。ただし、裏通りに帰るのは許さん。戻ったらまた悪戯と悪事に手を染めるに決まってるからな。うちに住み込んで仕事を手伝うんだ。いいな?」
 呆然としているトートの肩を、天龍がぽんと叩く。
「働かざる者食うべからずだ。せっかく情けをかけてもらったんだ、真面目にやれよ」
 天龍は、もし彼が再び悪さを始めた場合は、責任を持って捕まえると約束をした。
「気休めなのかも知れんけどなぁ。まさか50人を養う訳にも行かんのだし」
 そんな言葉が、重く響く。通りの人々は、パン屋の旦那の説明に、あんたがそれでいいなら、と納得してくれた様だ。幹部はともかく、下っ端に関しては皆、それほど責めるつもりは無いのだろう。
 冒険者達は開いた穴やら飛び散ってしまった粉やらを片付けて、夜明け頃、パン屋を後にしたのだった。

 多少の損害はあったが、何とか仕事を完遂した冒険者達。
「まぁ、わるしふ団に関してはこれからも苦労しそうやな‥‥」
 難儀やなぁ、とぼやくフィリアに、皆が笑う。お疲れさん、ありがとう、ごめんな、と早起きを強いられた通りの人々が声をかけてくれる。手出しは余計だったが、まあ、悪い人達では無い。
 初仕事を終えた夏樹は、仲間達の後をついて歩きながら、ふう、と白い息を吐いた。
「何とかなるよね、きっと‥‥頑張ろうっ」
 怖かった虹色の朝焼けが今日は綺麗に感じられて、なんだか勇気が湧いて来るのだった。