●リプレイ本文
●しふしふ学校の風景
久々に学校を訪れたカノ・ジヨ(ea6914)の穏やかな笑顔は、部屋の惨状を目にして凍りついた。
「‥‥これはまた、盛大に汚したものだね」
ぐるりと部屋を見渡して、モニカ・ベイリー(ea6917)も呆れ顔。飛び散った顔料絵の具はすっかり乾いてこびりついているし、ゴドフリーが勉強の為にと用意したのだろう白墨の砕けたものが、あちこちで白い跡を残している。ゴミが散在しているのはもちろん、部屋の隅には汚れ物の小山が出来ていて、なんとなくすっぱいにおい。そして、とにかく埃っぽい。くらくらと眩暈を覚え倒れかけたカノを、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が慌てて支えた。
「あんなに綺麗に片付けてあったアルのに‥‥まったくなってないアルよ! みっちりお説教アル!」
ぷりぷり怒る孫美星(eb3771)に、当の元わるしふ達はといえば、きょとん顔。その反応に、美星も毒気を抜かれてしまう。悪気は無いのだ、悪気は‥‥。ようやく立ち直ったカノは、やがてパタパタと働き始めた。汚れ物を纏めて洗濯の準備をし、まだ一回も使われた形跡の無いホウキやらハタキやらを引っ張り出し、井戸から水を汲んで来て、雑巾も用意する。
「掃除をしますから、手のあいている人は手伝ってくださいー」
それだけ言って、自分はさっさと洗濯に取り掛かった。えー? と面倒臭そうな生徒達ではあったが、
「‥‥そういえば、ここも随分と汚れちゃったかな」
よいこらしょ、と腰を上げたイーダが、おもむろにハタキをかけ始めると。
「あ、姐さん乱暴すぎ!」
「げほげほ、こ、これはオイラがやりますから姐さんは掃き掃除を‥‥」
豪快に舞い散る埃に耐えかねて、選手交代。
「わわ、危ない! 姐さん、ホウキをそんなに振り回さないで‥‥いや、いいです、僕がやりますから姐さんは拭き掃除を‥‥」
「姐さん、そんなにベチャベチャにしたら滑っ──わあっ!」
ずでんと引っくり返った仲間の姿に、同じ様に滑って遊び出すシフール達。そんな事をしている内に、いつのまにやら全員での掃除が始まっていた。面倒臭がっていた割には、皆、楽しそうだ。唯一、イーダがへこんでいるのを除いては。
「荒んだ生活で、自分の身の回りを綺麗にしておく事すら、忘れていたのかも知れませんね」
洗濯を手伝いながら、ディアッカがそんな事を呟く。掃除とはいっても、水浸しスケートに始まりハタキチャンバラにホウキ乗馬、挙句にぶつかり合いながらの雑巾がけレースが始まる有様で、遊び半分もいいところ。しかし、
「ハタキがけは最初にしっかりやっておかないと、後の掃除が台無しになってしまう。俺達シフールは人が見落としかちなところにまで目が行き届くんだ、それを生かさない手は無いぞ。ああ、そんなびしゃびしゃのまま雑巾をかける奴があるか。こう、しっかりと絞ってから拭くんだ」
飛天龍(eb0010)が実際にやって見せると、シフール達も見よう見まねでそれに倣う。指導の甲斐もあって、どうにかこうにか、教室は皆が住み始めた頃の、整然とした姿を取り戻したのだった。
「えーと、ごめんなさい洗濯物が増えちゃいました」
でろでろになってやって来たシフール達に、カノがくすりと笑う。
「部屋が綺麗になった分、みなさんが汚れてしまいましたねー。でもー、気持ちいいですよねー?」
そうかな、そうだね、と頷きあう彼らに、カノは言う。
「お掃除だって、洗濯だって、ちゃんとやるならお仕事になるんですよー?」
「仕事というのは、案外と身近なところから始まるという事です。色々な体験をしてみて、自分に合った仕事を見つけてください。焦る必要は全くありません。学びながら道を探す‥‥それが許されるのが、学校というところですから」
ディアッカの話に、そういう事だ、と頷く天龍。彼らの話を聞いて、シフール達にもようやくこの学校がどういうものか、幾許なりと理解が出来た様だ。
焦る必要が無いとはいえ、ただ無為に日を過ごす生活が良い筈もなく。せっかく教室が綺麗になったのだからと、簡単な授業が始められた。シフール達には、名前の書き込まれた名札をつけて。読めなくても嬉しいらしく、始終名札をいじくり倒している。
「はいはいー、みんな一列に並んで、手を出すアル〜」
何事かといぶかしみながらも言う通りに差し出されたその手の中に、美星は自前で用意した銀貨を1枚、落として回った。ぴかぴかの銀貨に、おおお、と感動するシフール達。ここにいるシフール20名。全部で2Gの出費だ。
「これは、自由に使っていいアルよ。でも‥‥いいアルか? このおカネをどう使うかは、よく考えて欲しいアル。例えば、パンを買うのに使ってもいいアル、何人かで持ち寄って一緒に使う道具を買ってもいいアル。誰かに渡しても構わないアル。投げ捨てちゃってもおおけーアルよ。しっかり考えて、それが一番いいと思ったなら、あたしは何も言わないアル」
たった1枚の銀貨とはいえ、それは彼らに与えられた力。それをどう使うかは、シフール達の今後を考える時の参考になるだろう。
「ただ、ひとつだけ。このおカネを使う事で誰かに迷惑をかけたなら、その責任はあたしにあるアルから、あたしに教えて欲しいアル。それだけ約束して欲しいアル」
はい、お金はしまって大事にアルよ〜、と美星。
「さて、と。もし習いたい人がいるなら、応急手当のやり方講座を開くアルよ。どうするアルか?」
もしも無反応だったらどうしよう、とドキドキものだったが、はいはーい、と希望者多数。今は何でも珍しく、とにかく何でも聞いてみたいのだろう。まずはそれでいいと、美星も思っている。
カノはといえば、シフール達を前にして、ジ・アースにいた頃の様々な冒険の話を聞かせていた。
「モンスターの事が知りたければ、この本を貸してあげるよ」
モニカが差し出したのは山海経。古今東西のモンスターを網羅した貴重な本だが、残念ながらシフール達の大半は字が読めない。結局彼女が、読み聞かせる事となった。カノの話に瞳を輝かせる者もいれば、モニカが話す恐ろしげな怪物を想像し、真っ青になって震える者もいる。長年の放浪生活に耐えて来た彼らだから、案外冒険者としてやって行くのは難しく無いのかも知れないが、適正の見極めは大切だ。これほど個々の性格・素質が問われる仕事も無いのだろうから。
「冒険者を目指す人が居るならギルドを紹介しますしー、シフール飛脚にギルド経由で推薦する手も‥‥」
と、言いかけたところにファム・イーリー(ea5684)がにゅっと首を突っ込んだ。
「シフール飛脚は、とても採用基準が厳しいよ〜。しっかり気持ちを固めて行かないと、ちょっと嫌な思いをするかもだよ〜」
何故か、ああお止めになってください〜と小芝居モードに入ったファムを、シフール達が突いていた。
店の裏手で、スリング用の石を投げる練習をしていたクィディ・リトル(eb1159)を、これまた数人のシフール達が興味深げに眺めている。
「ねえねえ、何で何回も何回も、石ころ投げてるの?」
「‥‥戦い方の工夫を考えてるんだ」
へぇ、と感心する彼ら。と、そこにやって来たのは、カートンと数人の旦那衆だった。勝手口の前まで来たものの、もじもじしていてなかなか中に入らない。やれやれ、と首を振ったクィディは、
「ゴドフリーさんが中でお待ちですよ」
そう声をかけて、彼らの尻を叩く。すごすごと勝手口に消えていく彼らを一瞥し、やれやれ世話のかかる、と溜息をつく彼。それを真似て、シフール達も腕組みをして、深刻ぶった顔で溜息をついた。
「ねえねえ、これは何の訓練?」
好奇心が旺盛すぎるのも困りもの。クィディが溜息と共に頭を掻いた。
●賭け×賭け
「人間、日々額に汗して得た貯えにこそ、意味があるんですー。一攫千金の夢もわかりますがー、それに捕らわれて道を見失ってはいけませんー」
カノに改めてお説教をされてしまい、カートンと旦那衆は項垂れるばかりだ。
「勝負を、受けるのかね」
はい、と元気に答えたファムに、ゴドフリーは浮かぬ顔だ。理不尽な賭けを、しかも他人にさせるのだから、心楽しい筈も無い。
「テーブルゲームの賭け事は向こうが得意だと思うんです。だから、旗取りゲームでの勝負! しかもお祭り状態にして、街興しもしちゃいまっす!」
毎度の事とはいえ、予想外の展開に呆気に取られるゴドフリーだ。
「勝負をイベントに通りの人達に屋台なんかを出してもらって、生徒達に屋台を見学、体験してもらって、今後の進路の参考にしてもらうんです」
「シフール達に、手伝わせれば良いと思うのじゃ。飾りつけ、料理に、商売の仕方まで、色々やってもらえば、各シフール達の個性、傾向や興味が見えてきて把握し易いじゃろうし、シフール達の退屈の虫にもいいのではないかと。今、わるしふ達と接触させるのは時期尚早な気もするが‥‥どうじゃろうか」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の提案に、カートンと旦那衆は真っ青になっている。そんな大騒ぎにされたのでは堪らないという訳だ。
「シフール達の為にこちらが分かり易く働いて見せろ、という理屈には少々引っかかる物もあるが‥‥良かろう。今回君達は、それ以上のものを費やして働いてくれるのだからね。私としても、シフール達の気持ちをもう一度確かめておきたくもある」
それは、シフール達への支援であると同時に、彼らを信じての賭けでもあった。もしもこれで彼らがあっさり元の鞘に収まってしまう様なら、ゴドフリーは通りの平和を守る為、今後は寛容さを捨てて、厳しく彼らに対処するだろう。
「ゴドフリーさん、協力ありがとぉ☆ 学校の事を気にかけてもらって、とても嬉しかったです。先生役を買って出てくれたパン屋の旦那さんや仕立て屋のマリーおばさんの為にも、必ず勝つからね」
ファムの言葉に、ゴドフリーはうむ、と頷いた。
「まあ、任せとけって」
劉蒼龍(ea6647)は何故だか、うきうきと晴れやかな様子。苦笑しながら後に続いた天龍が、ふと思い出して振り返る。
「画家の知り合いはいないか? 俺達の中には絵を教えられる者がいなくてな‥‥」
「画家、か。心当たりがあるにはあるが、しかし‥‥いや、気を回して心配ばかりしていても始まらないな。今度、一度話をしてみよう」
ゴドフリーの言葉に、天龍は深々と頭を下げた。
カノの話す聖書の一節や訓話の類は、やはり少し難しい様だ。よく眠れるというので終身間際に大人気というのは不本意ではあったが、こうして話していれば、いつしか興味をもってくれる人が現れるかも、と微かな期待をかけている。
燕桂花(ea3501)と天龍が日課の組み手をしている姿は、それに比べれば分かり易く、興味を持つ者が多かった。が、
「武道はシフールが修めるには並々ならぬ努力が要るし、やる気と人となりを見てからでないとみだりに教える事は出来ない」
天龍は、決して安易に教えようとはしなかった。
「軽業なら教えないではない」
「料理だったら教えてあげられるけど、どうする?」
料理かぁ、と涎をたらしているのは、明らかに作るよりも食べる方を想像しているに違いない。桂花は、そんな彼らと一緒にわいわいがやがや、賑やかに学べたら素敵だな、などと想像しながら床につく。
「がんばるぞー。むにゃむにゃ‥‥」
幸せな気分で眠っている彼女の姿に笑いを堪えながら、天龍はランプの灯りの下で、随分と遅くまで皆の『しふしふ団腕章』の絵を、それぞれの似顔絵風の刺繍に作り変えていた。全てを仕上げた後、彼は疲れ果てて、そのまま眠ってしまったのだった。
●ワルダーを説き伏せろ
「カートン殿が言っておった賭場は、これじゃな」
裏通りの隅。一見廃屋の様なその建物からは、奇妙な熱気が溢れていた。目つきの悪いドワーフの門番が、一行を見咎め威嚇する。
「ワルダーと話す為に来た。ゴドフリー氏の使いの者だと取り次いでくれ」
取次ぎを頼んだ天龍を薮睨みに何度も見回した末に、仲間に後を任せ、彼は店の中に消えた。暫くして現れたドワーフ門番は、非礼を詫びるでもなく、顎でしゃくって、中に入れと促した。真昼間から、何人もの人達が賭け事に興じている。カード、サイコロ、ボードを使ったゲーム、何でもありだ。中にはそこそこ身形の良い人も混ざっているが、ここはどう見ても場末の場末、真っ当な神経ならば何か知らなくとも避ける本能が働きそうな、剣呑で危うい空気を漂わせていた。もっとも、賭け事への熱狂で目を曇らせた人達には、そんなものももう、見えてはいないのだろう。
「ようこそ、我が城へ」
数段高い所から、芝居じみた仕草で頭を垂れるワルダー。驚くほど仕立ての良い服に、宝石やらネックレスやら、ずいぶんと光物を身につけている。ユラヴィカは、財産を全て身につけて放浪するジプシーの姿を思い出していた。その傍らには、赤翅のシャリー。薄暗い賭場の中で見る彼女は、怪しげな魅力を放っていた。
ファムは負けじと、ずずいと前に進み出る。
「勝負の方法だけど、旗取りゲームでの勝負にするよ。とちのき通りの本通りを使って、自分の陣地に3本の旗を立てるの。一定時間内に自分の陣地に旗をより多く集めた側が勝ち。どう?」
「旗取りかぁ。体使うゲームは苦手なのよね」
そう言いながらも、余裕綽々のシャリーの態度が気に入らない。
「ゲームの内容はそちらに任せると言ってある。お前達がそれでいいというなら、それで構わない。決まり事はそれだけか?」
ワルダーは尊大な物言いで、高いところから見下してくる。
「物は壊さない。通りの人に迷惑をかけるのも禁止っ! 魔法は使用可。でも、範囲の攻撃魔法は厳禁ね。破った人は、反則で退場」
「それは、参加者以外がやっても同様、とするのじゃ」
ファムの話に、ユラヴィカが更に付け加えた。
「勝手に人が入れ替わったりしないように、天界の言葉で刺繍を入れたユニフォームを作ったよ。ゲームの参加者は、これを着用すること」
桂花は、用意して来た刺繍入りの服をどちゃっと持ち出す。それまで悠々とこちらを見下していたワルダーの眉がぴくりと上がった。とても清々しい気分だ。
「チハルさん瑞穂さん、ありがとー☆」
小さくガッツポーズの桂花さん。
「これで全てか? では、こちらから指摘するのは2点だ。『迷惑となる行為』の範囲が曖昧すぎる。そちらに難癖をつけられ、通りの者がグルになればどうとでもなってしまう。破壊、盗難、汚濁の3つと規定しろ。もう1点は、この刺繍。我々には読めず、そちらにだけ読めてしまうのは不公平だ。我々も、我々だけに分かる暗号を入れておくから、お前達の服も1日預けておけ」
イカサマはしふしふ団だってするかも知れないというのは、不本意だが実に真っ当な言い分なので、これは飲む事にする。
「話が纏まったところで、提案があるよ。賭け金を増やすかわり、あたし達が勝ったら借金をした人達の事をナイショにしてもらいたいの」
ファムが出したのは100Gと、好事家に人気の『双眼鏡』。
「それだけでは足りませんー。誘惑に負けて借金を作るほうも悪いですが〜、人の弱みに付け込んでお金を巻き上げるのはもっと許せませんー!」
カノ、怒りの+100Gレイズ。異変に気付いて、賭場の客達が集まり始めた。
「その代り、わるしふ側が負けたら賭場を閉めて今回関わった主要メンバーはわるしふ団から抜けること。いかがですかー?」
「‥‥わるしふ団の価値が200G? 笑わせる」
「では、更に100G上乗せしよう」
天龍が銭袋を投げる。野次馬から溜息とも歓声ともつかない声が漏れた。ワルダーは沈黙したまま。
「金など見飽きたというなら、わしはこれを出すのじゃ」
どん、とユラヴィカが持ち出したのは『禁断の愛の書』。読めないが、アブナ過ぎる内容で一部の人達の垂涎の的らしい。
「みんな凄いの出すなぁ。あたいは景品に『ロイヤル・ヌーヴォー』を出すよ。凄く美味しいらしいから、勝ったチームがあけて飲んでね」
桂花の出した景品に、数々の珍品を前にしながらその価値が分からず傍観していた下っ端達が、一斉に反応した。漏れ香る芳しき香りは、異郷の地の人々も魅了するらしい。
「いい加減にしろ。そんな条件をつけるなら、お前達が負けた時には、しふしふ団を解散すると一筆書け。いや、足りないな。誰が、わるしふ団に入ると誓うがいい」
「それなら、もしもの時には、あたしが『わるしふ団』に入るアル」
あっさりと言い放った美星の一言で、とうとうワルダーも引き下がれなくなってしまった。賭場は大盛り上がりで今にも崩れてしまいそう。1C2Cを取り合う小さな賭けなど、この大勝負の前に吹き飛んでしまった。
「ワルダー、あなたの負けね。これを受けないとお客さん、暴れ出しちゃうよ?」
くすりと笑ったシャリーに、ワルダーは憮然としたまま、では後日、と言い置いて、奥の部屋に下がってしまった。
ワルダーとの交渉が終わった後。蒼龍はシャリーに声をかけた。
「ん、思った通りだ。良く似合ってるよ」
野ばらのコサージュを、恥ずかしがる事も無く堂々と彼女の胸元につける。
「あら、プレゼントで買収?」
「別に他意は無いぜ? ‥‥あ、関心を惹こうって下心はあるけどな」
それ、普通言う? と呆れるシャリー。
「こういう勝負だと、イカサマなんて出来ないだろ? どうする気だよ」
シャリーはただ、微笑むばかりだ。
「聞きたかったんだけどさ‥‥イカサマってそんなに楽しいのか? 俺もまぁ、武道家なんてやってるから『勝負事』は嫌いじゃないけど‥‥結末が決まってる勝負って、つまらなくないか? それとも負けるのが怖いのかな?」
案外可愛いんだな♪ とからかう様に言った蒼龍の額を、シャリーはピシッと、指で弾いた。
「今のはちょっと憎たらしかったな。蒼龍くんは、きっととても幸せな人生を歩んで来たのね。勝っても負けてもそれを楽しめるなんて、凄いよ。‥‥負けるのは、怖いよ? 負けたら全部無くなっちゃうから」
コサージュありがとね、と、屈託無い笑顔を残し、シャリーも奥の部屋へと姿を消した。
「ふん、下らん座興だな」
壁にもたれ、しふしふ団の一同を睨んでいた黒翅も、その後に続いた。モニカは『石の中の蝶』をこっそり見遣る。
(「あれ?」)
ところが、蝶は羽ばたくことなく、静かに石の中で眠っているではないか。困惑している彼女の様子にディアッカは、監視を続けるバンゴに声を掛けた。
「そういえば、もうひとりの大幹部の姿が見えませんね。名前は‥‥そう、ゲールといいましたか。彼女はどうしたんですか?」
「‥‥予言とやらを散々ワルダーに吹き込んで、またどこかに消えちまったよ。全く、ちったぁこっちを手伝えってんだよ」
け、と吐き捨てんばかりにクサす眼帯バンゴだ。
学校に戻った美星は、決まった事をイーダ始めトートや、生徒達に話して聞かせた。
「参加するかどうかは、よく考えて決めて欲しいアル。正直、危ないし、きっと色々と大変アルから。お店がたくさん出るから、そっちの手伝いに回ってみても良いアルよ。自分に向いてる、やりたい方をやって欲しいアル」
彼女の言葉を、元わるしふ達は真剣な表情で聞いていた。
●勝負!
イベントで店を出してくれるよう、通りの人達を説き伏せるのは大変だった。わるしふ達がやって来る、その中で商売をしてくれと言うのだから。しかも、元わるしふに手伝わせるおまけ付き。
「一度は道を踏み外したとはいえ、今は真っ当に生きようと思っている彼らなのじゃ。どうか、一度使ってみてやってはもらえんじゃろか」
どうかこの通り、と頭を下げるユラヴィカ。
「賑やかなお祭りの中で忙しく働けば、きっと楽しさを学べると思うのでっす! お願いします、お願いします〜」
這いつくばって頼み込むファム。彼らが足を棒にした甲斐があって、当日には、幾つもの屋台行商が通りを賑わす事になった。久々の労働におっかなびっくりしながらも、忙しく立ち働くシフール達。
ユラヴィカがとファムはそんな姿を暫し見守ってから、慌しく試合の準備に取り掛かったのだった。
そして、ゲームが始まった。しふしふ団には、やんやの喝采が。わるしふ達には、容赦の無いブーイングが浴びせられる。とちのき通りをいっぱいに使ったフィールドは、お城側にしふしふ団の陣地、反対側にわるしふ達の陣地が置かれた。しふしふ陣地では、旗を固めて守りに徹する。1本だって奪わせない構えだ。わるしふ陣地の状況は、ここからでは分からない。
わるしふ側は、旗近くにシャリー、オークルと他10人。攻め手にワルダー、バンゴ、黒翅、ミックと、他10人がついている。一方しふしふ側は、旗近くにユラヴィカ、ディアッカ、カノ、モニカ、天龍が控え、攻め手に桂花、ファム、クィディ、美星と、8人の生徒達。ちなみに残りの生徒達は皆、屋台の手伝いに精を出している。
ゴドフリーが打ち鳴らした太鼓の音を合図に、ゲームは始まった。
「わるしふの旗は、恐らく陣地の最奥にあるのじゃ!」
ユラヴィカが開始に合わせて使ったサンワードで、旗の在り処の見当をつける。同時、力いっぱい翅羽ばたかせ、敵地に突っ込んで行ったのは桂花だった。慌てて遮ろうとするわるしふ達をくるくるとかわし、突進して来たバンゴの拳を、鮮やかなフライパン捌きでごわんと往なす。
「ってえ!」
空中で妙な方向に受け流されたせいでバランスを失い、石畳の地面に突っ込んだバンゴが、ごろごろと凄い勢いで転がって行く。
「これは相手を殴り倒すゲームじゃないよ。野暮なことはやっちゃ駄目だよ〜☆」
彼女の言葉、果たしてバンゴに届いたかどうか。振り返りもせず、最高速で敵陣深くに押し入った彼女は、しかし、そこに一本の旗も見つける事が出来なかったのだ。
「ど、どういうことなの!?」
慌てる桂花を眺め、屋根に腰掛けたシャリーが、お疲れ様、と笑う。
「お嬢さんひとりかい? こんな敵地にいつまでもいると、食べられてしまうよ?」
泥棒ミックに笑われる。桂花は悔しいながらも、後退するしか無かった。
「最初は確かに反応があったのじゃ。‥‥どうなっておるのじゃ〜っ!!」
頭を抱えるユラヴィカ。あるいは、何処か物陰に移してしまったのかも知れないが。
「何かイカサマを用いたのかも知れません。密かに近付いて、記憶を覗いて見るしか‥‥」
ディアッカが呟く。シャリーがいるのは敵地の最奥。ディアッカとユラヴィカは、後を仲間に任せ、密かに敵陣への侵入を図る。
「いったい、どんなイカサマを使っんだ?」
いつの間にやらやって来て気さくに話しかける蒼龍に、シャリーはちょっと困り顔。
「ワルダーや黒翅に見つかったら酷いよ?」
それは怖いな、と肩を竦める姿は、どう見ても怖がっている様には見えない。ふう、と溜息をついた彼女は、こんな事を彼に話した。
「イカサマっていうのはね、相手が信じてる前提を壊しちゃうところが面白いのよ。それに気が付かずに、必死になってる相手を見るのは、とても楽しいよ? ああ、これで今日も一日、生き延びられるんだって思うから。ゾクゾクして、病み付きになっちゃう」
「‥‥シャリーさん、性格悪いな」
「うん、そうね。蒼龍くんみたいな人は、近付いちゃ駄目なんだよ?」
「んー、しかし分からんなぁ。何でわるしふになんか組してる訳? 楽しいから? けど、みんなから疎まれたり役人に追われたりする生活を、それだけの理由で選ぶものなのか? 俺には分からん。それだけの技があれば、どんな風にしたって食ってけるだろうにさ」
ごろん、と無防備に寝っ転がって、空を見ながら話す彼。
「ワルダーに惚れちゃってるから、かな」
「‥‥マジ?」
「残念でした、だね。コサージュ返そうか?」
「一層悲しい気分になるからもらっといてくれ」
可哀想な蒼龍くん、と、シャリーが彼の頭を撫でた。
しふしふ陣地では、襲い来る黒翅とバンゴを、天龍が迎え撃っていた。さしもの彼も、2対1となると少々分が悪い。更に、後ろに控えるワルダーまで警戒しなければならない為、彼らを旗から追い払うので精一杯という状況だった。ただ、旗の周囲にはカノの張ったホーリーフィールドがあり、その中からモニカがリカバーを飛ばしてくれていた。
と。
「な、なんだこの壁、窒息するかと思った!」
地中から土飛沫をあげて、オークルが大慌てで顔を出した。ぜいぜい言いながら一息ついた彼が、ふと見上げる。そこには、カノとモニカが立っていた。オークルは脇の下に手を回され、よっこらしょ、と引き摺りだされてしまったのだ。
「あの馬鹿が‥‥」
ワルダーが呆れ果てて首を振る。
(「でも移動させたにしても、桂花さんのホレボレする速攻で、そんなに時間は無かったアルよ。隠すにも、そう遠くには運べてない筈アルね」)
インビジブルの巻物とパラのマントを巧みに使い、ディアッカ達に先んじて最奥まで踏み込んだ美星。シャリーは屋根の上で話し込んでいるし、オークルの姿は無い。ブレスセンサーで探ってみるが、近くにはいない様だ。
念入りに辺りを見回した彼女は、石畳の中に奇妙な突起を見つけ、触ってみる。と、そこだけ明らかに石ではなかった。
(「これは、もしかして、もしかするアルよ」)
アースダイブで石畳の下に潜り込んだ彼女は、そこに埋められた旗を発見した。魔法の効果を利用して、どうにか旗を一本、地中から引き摺り出す。
(「今、旗を掘り出しました!」)
ディアッカから飛んだテレパシーを受け、猛烈な速度で駆けつけた桂花が、美星が差し出した旗をはっしと受け取る。観客達から、わっと歓声が湧き起こった。旗が風に煽られるせいで、思う様に速度が出ない。追い縋って来るわるしふ達は、飛来した石に額を打たれ、あるいは翅を叩かれて、たまらず墜落してしまった。
「みんな低空で飛んでるから、意外と効果があるな、これ」
物陰に身を潜めながら、スリング用の石を弄ぶクディ。無くなれば、そのへんの石で代用できる。そんなささやかな妨害でも、今は百万の値があった。中間点まで来れば、そこにはファムが陣取っていた。その高速詠唱スリープに、更にひとり、またひとりと追手が撃墜されて行く。
「もう時間が無いよ、いけ、いっけーっ!」
ファムの声を聞きながら、夢中で飛ぶ。目の前に突如現れたワルダーと黒翅の一撃を、辛うじてかわしたものの、気が付いた時には地面に転がっていた。
「時間終了、そこまで!」
ゴドフリーの声に、ぐったりとなる。はっと起き上がり、自分の位置を確認した。そこは、確かにしふしふ陣地。
「や、やったーっ!!」
しふしふ陣地の旗4本。わるしふ陣地の旗2本。この勝負、しふしふ団の勝利。観客達の証言によると、わるしふ達が旗を幕で覆った後、それを外すともう、旗は無くなっていたという。隠した間に、魔法で沈めてしまったのだろう。奇手ではあるが、これはイカサマ、インチキではない。
最高に盛り上がった試合のおかげで、店を出した人達はたっぷりと臨時収入を得て、皆ほくほく顔だという。しふしふチームの皆は、屋台からの振る舞い物を頂きながら、景品となっていたロイヤル・ヌーヴォーを開けて、嬉しい乾杯をしたのだった。
ところで。美星の渡した銀貨は、その大半が屋台の食べ物と化して生徒達の胃袋へと収まってしまったのだが、中には変わった使い方をした者もいた様で。
「小麦粉を蜂蜜を使った焼き菓子があんまり美味しそうだったから、大将に作り方教わっちゃいました。まずは材料を買うお金を貯めないと‥‥」
屋台の手伝いに行った連中の中にも、手応えを掴んで来た者がいる様子。教室の中の空気が幾分なりと、引き締まった様に思えるのは、勘違いではない筈だ。
戦い終わった後の通り。激しいゲームに、浅傷を負った者達は数知れず。カノは分け隔てなく、彼らの傷を癒して歩いた。打ちひしがれて帰ったわるしふ達は?
「ど、どうしようワルダーさん‥‥」
おろおろするばかりの下っ端達に、ワルダーはこっそり耳打ちをした。
ワルダーが、賭けの上での取り決めを破る事は無かった。賭場は閉鎖され、わるしふ団から幹部の姿が消えた。そして‥‥。
「ここでご飯を食べさせてくれると聞いてやって来ました〜」
幹部が抜けた後に残った、最後のわるしふ20名。彼らは翌日、学校に押しかけて来て、勝手に住み着いてしまった。
「‥‥どうしよう?」
倍になってしまった居候達。何れは引き受ける覚悟だったとはいえ、いきなりの展開にファムも思わず苦笑い。
「こんなこともあろうかと、追加資金を用意しておいたよ☆」
どん、と桂花が出した100G。合わせてわるしふ基金は250Gとなった。
資金250Gから、5月13日までの生活費、ひとり1日5Cを差し引いて、現在の残金、216G。どうやら、あまりのんびりと構えてはいられないかも知れない。
しかしとりあえず、わるしふ団は裏通りから消えてしまった訳で‥‥。
それはつまり、
とんでもわるしふ団<完>?