とんでもわるしふ団4〜真昼のらくがき

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:04月05日〜04月10日

リプレイ公開日:2006年04月13日

●オープニング

 とちのき通りの顔役、古物商のゴドフリー氏は、毎夜、店の勝手口で耳をそばだてるのが日課になっている。
「みがけ、みがけ、どんどんみがけ〜」
「これさー、姐さんにバレたら怒られるだろーねー」
「だろーねー」
「‥‥」
「わあ、泣くなっ! バレない、絶対バレないっ」
「それよりさー、なに描こう? わくわくするよねー」
「するよねー♪」
 らくがきシフール達への宿題として置かれた古看板。そこに夜な夜な数人のシフール達がやって来ては、ああでもないこうでもないと楽しげに相談し、明け方頃まで飽きる事無く作業に没頭している。
「しかし、あれは店の看板にはならないな」
 可笑しげに笑うゴドフリー。陽に焼けた古看板を丁寧に磨き上げた彼らは、自前の炭を使って下書きを完成させていたのだが、
「あれって、やっぱり元々描かれていたのと同じ鶏ですよね?」
「え!? 私はてっきりロバだとばかり‥‥」
 店の者達はもとより、勝手口から入って来る商人達にしても、必ず看板のことを話題にし、そして誰一人として同じことを言わない。そんな、何だかよく分からない自由奔放にも程がある絵からは、楽しんで描いた気持ちが伝わって来るようで。この絵にどんな色がつくのか見たくなってしまったゴドフリー。自腹を切って絵の具を用意し、看板の横に置いておいた。
 それから数日。手に入れた古い書物に目を通しながら、ゴドフリーは勝手口に視線を泳がせる。塗りかけの看板は完成を見ないまま、もう何日も放置されていた。
「どうしたんでしょうね、あのシフール達」
「飽きちゃったんじゃないですか? やれやれ‥‥」
 気にかけていただけに、皆の落胆は大きい。ゴドフリーは遅くまで仕事をしながら耳を欹てていたのだが。その夜も、とうとうシフール達は来なかった。

 パン屋に住み込む元わるしふのトートは、夜、人の気配に目を覚ました。
「ったく、安心してぐっすり寝ちゃってさぁ、お前も緩んだねぇ」
 呆れ気味に言うわるしふ幹部イーダ。驚いてしまって声も出ないトートに、彼女は言った。
「戻って来るつもりは無いのかい?」
 頷いて見せたトート。どやされるかと思ったが、イーダはふーん、と呟いただけだった。
「仲間を抜けるなら、いつまでもこんなとこに居ないで、さっさと雲隠れした方がいいよ」
 元々、気分の赴くまま出会ったり別れたり、放浪して生きるのがシフールってもんなんだよね、とイーダ。元気でやりなよ、と言い残し、彼女は夜の街に消えた。
「みんなで一緒に、って、あんなに言っていたイーダさんなのに‥‥どうしたんだろう、何かあったのかな‥‥」
 何だか気持ちがざわざわして、その夜トートは眠る事ができなかった。

 しふしふ団に撃退されて以来、姿を見せていなかったらくがきシフール達が再び現れたのはそれから間もなくの事。
「わるしふ団、鉄の掟その2!」
「てつのおきてにじょう! いのちをかけてワルダーさまのめいれいを実行します!」
「なまけもの、うらぎりものはどうなる!?」
「ジャイアントトードの口の中にほうりこみます!」
「よし、いけ!」
 炭を手に手に、らくがきシフール達が飛び込んだのは、メリーおばさんの仕立て屋だった。
「あら、あら、あら‥‥」
 おばさんが呆然としている間に、店の中も仕立て物も、あっという間にらくがきだらけになって行く。
「‥‥」
 イーダはちらりと後ろを見遣る。腕組みをしてらくがきシフール達の働きぶりを監視する、恐ろしく人相の悪いシフールがそこにいた。
「黒翅、あんたも働きなよ。大蛙の口の中に放り込まれたくなければね」
「いいのか?」
 その顔の凶暴さと来たら。憮然として黙り込んだイーダに、黒翅はくく、と笑った。
「次はパン屋にするか。しくじりをそのままにしておくべきじゃないだろうからな」
 彼がそんな事を言うのを、おばさんは聞いている。マリーの娘が助けを呼んで戻って来た時、わるしふ達は既に去った後だった。男性陣は壁や天井の落書きを皆し、女性陣は仕立て物の汚れを洗濯してマリーを助けたが、洗濯の方は一日では終わらなかった。おばさんは仕立て物を手渡すのが遅れてしまいそうなお客さんに、頭を下げて回ることになった。
 そして翌朝。
「おかあさん、見てよこれ!」
「あら、まあ」
 らくがきされた仕立て物の汚れが、擦れて広がっているではないか。
「わるしふ達、わざわざまたやって来てイタズラをしていったのね。許せない!」
 ぷりぷり怒る娘を宥めながら、そうなのかしらねぇ、とマリーおばさん。
「こうなったら、しふをもってしふを制すしかないわ!」
 拳を振り上げ、しふしふ団の召集を宣言する娘さんなのだった。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1159 クィディ・リトル(18歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565)/ 利賀桐 真琴(ea3625)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ フィリア・ヤヴァ(ea5731)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文

●トートを守ろう! ‥‥パン屋は?
「ふふふ〜。フォレストドラパピにぱっくんされたわしにとっては、ジャイアントトードなど恐れるに足らずなのじゃ〜!」
「油断は禁物アルね。相手はどんな手を使って来るかわからないアルよ」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)と孫美星(eb3771)は、ぴたり寄り添い、僅かな隙も無い鋭い視線を辺りに配る。震えるトートの背を、燕桂花(ea3501)がそっと摩った。
「正義のしふしふ団がどどーんと守るから、大船に乗ったつもりで安心してね」
 零れ落ちんばかりの微笑みを湛え、彼女は請合った。振り返って、まかせておけと親指を立てるユラヴィカ、美星。ナイス笑顔の3人に、トートの眉がぴくりと上がった。
「ちょっともう! そんなにくっついちゃ働き難いでしょ!?」
 おしくらまんじゅうよろしく密着ガードする面々に、トート爆発。えー? と不満げな3人。
「おーい、トートもいいが、パン屋全体もちゃんと守ってくれよー」
 旦那が遠慮がちに声をかけるが、彼らに外野の声は聞こえない。
「お言葉ですが、そういう腰の引けた態度でシフールを動かすのは難しいと思いますよ。ご主人‥‥恐らく奥さんにも頭が上がらないでしょう」
 クィディ・リトル(eb1159)の言葉が追い討ちに。とほほ、と落とした旦那の肩を、モニカ・ベイリー(ea6917)がぽんと叩いた。

「まあ、お遊びはさておいてじゃ。どうも話を聞くに、わるしふ達は内部の引き締めにかかっておる様に思える。イーダ殿もトート殿を案じて逃がそうとしたように思われるし、結構のっぴきならない状況になっておるのではないかと思うのじゃ」
 ユラヴィカの懸念は、皆が共有するところ。
「トートくん、わるしふの裏切り者はどんな扱いを受けるアルか?」
 美星の問いに、トートは暫しの沈黙の後、こう答えた。
「別に、そんな大した事は無いよ。ちょっとおしおき部屋に放り込まれたり、いつのまにかいなくなっちゃったりするだけで‥‥」
「こわいよ、それすっごくこわいからっ!」
 桂花の突っ込みに、くっと視線を逸らすトート。ふう、と美星、溜息をつく。
「アジトとかに行くのが危険なのは承知アルが‥‥このまま受身だけでも埒が明かないと思うアル。とちのき通りにわるしふ団の大半が出張ってきてる時とかに、とちの木通りを護るのと別の隊を組んで救出に向かうとかの作戦もアリかもアル」
「ああ、いいねそれ」
 不敵な笑みを浮かべる劉蒼龍(ea6647)。
「ジャイアントトードが出ても氷づけにしてやるアル! トートくん、いつかみんなと一緒に救出にいかないアルか?」
 言葉に詰まるトート。そんなの、すぐに答えられないのは分かっているから、美星は答えを待たず、ただ笑って見せた。
「さ、できたよ〜」
「あ、正義のしふしふ団腕章! フィリアちゃんありがとう!」
 桂花、腕章をはめてじゃじゃやーんと腕を掲げる。ユラヴィカとディアッカ、新たに加わったクディの分もちゃんとある。一頻り喜んだ後、はたはたと飛んで、記録係の前に着地、にっこり微笑んだ桂花さん。
「忘れない様にちゃんと書いといてあげるね☆ えーっと、あらたななかまがせいぎのしふしふだんにくわわったのであった、と」
 ごりごりと、めちゃくちゃ太く書き込んだ。華国語の書き込みをされて、頭を抱える記録係。取り合えず、彼の脳裏に極太で書き込まれた事は間違いが無い。

 パン屋の主への挨拶(?)を済ませたクィディは、通りの見回りを兼ねて住人にも挨拶をして回った。顔を覚えてもらうのは、付き合いの基本というもの。何処にどんな人が住んでいるのか、何があるのかなどなど、簡単に絵図にしながら、自分の頭に入れて行く。
「ここでわるしふに逃げられてる、か」
 予め聞いておいたわるしふの出没、逃走地点も、自分の目で確かめておく。
「こんな場所で見失うものかな」
 よく分からないな、と頭を掻く彼。何気なく、壁際に無造作に積まれている廃材の隙間を覗き込んでみたり。
「穴?」
 そこには、ぽっかりと穴が口を開けていた。首を捻るクディ。と、そこに、見回り中の桂花がやって来た。話を聞いて、自分も覗き込んで見る。
「鼠でも出るのかな‥‥」
「それにしては大きいよ」
「シフールくらいなら、這えば通れそうだね」
「特大ドブネズミの巣穴だったら嫌だけどね」
 2人して、やっぱり首を捻るばかり。

●らくがきのこころ
 マリーおばさんの仕立て屋では、調査を終えたディアッカ・ディアボロス(ea5597)に、娘さんが詰め寄っていた。
「で、どうなの? どんな悪事をしてても驚かないから正直に言いなさいっ!」
 娘さん、鼻息が荒い。ディアッカは、包み隠さずパーストで垣間見た光景を話して聞かせた。

 深夜、こっそりと忍び込んでくる4人のシフール達。彼らは落書きされた仕立て物が積まれているのを見つけると、それを皆してゴシゴシと擦り始めた。
「どうしよう、どうしよう、全然消えないよ?」
「パンのかけらで擦ってみたら?」
「そんなもの持って無いよ‥‥」
「灰の水で洗ってみようか」
 ひそひそと話し合う彼ら。却って汚れてしまった仕立て物を前にして、肩を落とし、途方に暮れる。と、はっと顔を上げ、必死の形相で身を隠し始めた。ぬう、と現れたのは黒翅だ。彼は次々にわるしふ達をみつけては昏倒させ、4人を引き摺って店の外に消えて行く‥‥。

「信じられないなら、テレパシーで直接見せてもいいですよ」
 憮然として聞いていた娘さんだが、いいわ、あんた達は信じてるもの、と首を振った。マリーおばさんはといえば、シフールさん達は大丈夫かねぇ、と心配顔だ。
「やっぱりそうだったんですね‥‥」
 呟いたカノ・ジヨ(ea6914)は、嬉しげだった。
「そういう事なら、希望は有るな」
 飛天龍(eb0010)も賛同するのを、じと目で見ていた娘さん。マリーおばさんに、そんなに起こらなくてもね、あの子達も可哀想なんだし、と諭されるに至って、ふう、と諦めの溜息をついた。
「わかったわかりました。思う様にしてくれればいいから。だけどホント、情にほだされて甘やかしたりしないでよね? それってきっと、あの子達の為にもならないんだからね」
 それは一つの真理。確かに、必ず、と彼女の前で誓って、彼らは仕立て屋を出た。その後、向かったのはゴドフリーの古物屋。今も裏手に置かれているわるしふ作の看板を前にして、ディアッカは再びパーストを用いた。
「‥‥これは、仕立て屋に来たのと同じシフール達ですね」
 何となく、事の流れが見えて来た。新しい喜びを見つけ出した者達と、それを裏切りと見る者達との軋轢が。
 しふしふ団の面々は、ゴドフリーに願い出て、時間を割いてもらった。
「ちょっと聞きたいアル。モロゾさんは、何処の農家に行ったアルか?」
 美星に聞かれ、ウィルの街から1日ほどの、郊外だと答えたゴドフリー。だが、何故そんなことを? といぶかしむ彼に、美星は、今わるしふ団の中で起こっているだろう事を簡単に説明した。
 カノは言う。
「わるしふの中でも意見の食い違いがある様なんですー。看板の件も含めて、今の状況に疑問を持っているわるしふも少なくないと思うんです‥‥」
「そうなんです、だからー」
 ファム・イーリー(ea5684)が、ずずいとゴドフリーの前に進み出た。

●そうだ、学校つくろう
「学校を作りたいと思いまっす!」
 元気よく宣言したファム・イーリー(ea5684)、ゴドフリーの前に“ドォ〜ン”と100Gを差し出した。その隣に、飛天龍(eb0010)がどちゃっと50Gを上乗せする。
「あれから皆で考えたんだが、わるしふ達が職に就ける様に仕事を覚える学校を作ろうと思う」
 ふむ、と天龍を見据えるゴドフリー。元々彼らが遊びや冗談でこんな事を言っているのではないと分かっている彼なのだが、その発想には、やはり驚きを禁じえない。
「あたしのいたケンブリッジの学校は、皆で何かするの凄く楽しかったの。だから、わるしふの皆に悪いことじゃなく良いことで楽しくして欲しいの」
 少しでも分かってもらおうと、ファムは一生懸命に説明する。
「人から聞いたんだけど、チキュウの人達はそういう所に行って、働くのに必要なスキルを得るんだって。そういうのをうちらが作ってあげたらいいんやないかな。あたいは料理のスキルを教えてあげるよ〜、料理を学べばそれこそ食いっぱくれはないしね〜☆」
 楽しげに語る桂花に、ファムもうんうんと頷いた。
「教える事は本人の希望や適性に応じて、シフールでも出来る仕事、つまり俺達しふしふ団がしている仕事をメインに、とちのき通りで協力してくれる者がいるならそれも視野に入れていけば良いと思う。俺達が来れない間は、出来る範囲で通りの手伝いに使ってもらえれば良いだろう」
 天龍がより具体的な姿を提示する。
「職業訓練中の家賃や食費はわるしふ更生基金から出し、職に就いた後余裕が出来た者には無理をしない程度に基金に収めて貰う事で、続く者達に希望を与える事が出来ると思う」
「本当にそこまで持っていけると? 始めから拒否されるか、それならまだしも、体よく溜まり場にされてしまう危険もある」
「彼らも、本当は変わりたいと願っていると、俺はそう信じている」
 ゴドフリーの懸念に、天龍はそう答えた。
「わるしふ更生にはこれかなって思うし、とりあえず住めるところと、手に職をつける機会と場所があれば、説得もし易いと思うの」
「みんな一緒の受け入れ口の方が、わふしふ達の受け入れ易いでしょう。彼らを報復から守る安全の確保という面でも、これはかなり有効だと思うのです」
 ありったけの言葉は、ファムとディアッカで締めくくられた。椅子の背もたれに身体を預け、考え込むゴドフリー。仕事を学ばせようと思うなら、丁稚奉公に出すのが常識だ。わざわざ大金を投じて特別に場所を設けるなどと、それだけを聞いたなら笑い飛ばしてしまうところだ。‥‥ただ、ではわるしふ達に奉公を望む者がいたとして、それを受け入れる勇気と度量があるかといえば、悩まずにはおれない訳で。この適度な距離感は、案外と良い結果を招くかも知れない、と、そんな気もして来る。
「大勢を内に抱えて面倒を見るのは、決して簡単な事では無いよ。増してやそれが、必ずしも心通じていない相手というなら、尚更だ。彼らを抱え込んでしまったばかりに、君達がとても辛い目に遭うかも知れない。もしもの事があった時に、人々の怒りはわるしふ達より先に君達に向くかも知れないよ?」
 そんなの分かってるよ、と、皆笑う。ゴドフリーは、ふう、と溜息をついた。
「‥‥一先ず彼らを裏通りと切り離すのは大事かも知れないな。分かった。私も出来る限り協力しよう」
 やった! と声を上げて喜ぶ一同。でー、とファム、早速ながらおねだりモード。
「先に学校の宿舎だけでも、何とか出来ないかなーと。イーダさん達の改心に成功したらそこに住んでもらうの。出来れば教室になる部屋もあるといいんだけど‥‥」
 なんとかしよう、とゴドフリー。やったね、とファムがくるりと回った。

 ゴドフリーが用意したのは、店の隣に確保していた空家だった。遠方からの客人を迎える時にでも使えればと思っていたのだが、片付ける暇もなくて放置していたらしい。店にするには手狭だが、シフールが何十人か暮らすのに何の問題も無いだろう。
「むー、これは手強いアルね。大丈夫アルか真琴さん?」
 ふっ、イギリスで習ったのは仕立ての技だけじゃございやせんぜ! と啖呵を切って挑みかかるその姿に、ほわー、と美星、感嘆の声。と、そこを覗き込んだのは、美星を訪ねて来た赤毛の騎士。
「あ、アレクシアスさんごめんなさいアル! お手伝いの人からはお仕事中にアイテムやお金を受け取ったら駄目って言われたアルよ」
 謝る美星に、そうか、と頷いて帰ろうとした騎士殿の手を、先ほどの彼女がむんずと掴み微笑んだ。‥‥騎士殿、その力をお片付けに存分に発揮して、日暮れと共に帰られた様である。何とまあ大変な箔がついたものだが、それを知っている者はとても少ない。

 ロバのヴッツくんの背に揺られながら、ゴドフリーから借り受けた、わるしふ作の看板を見遣るファム。それは吹き出してしまいそうな珍妙さで、でも、何とも言えない鮮やかな色使いの、思わず頬が緩んでしまう様な、とてもとてもハッピーな絵だった。だからこそ、描きかけで終わっている事がとても悲しい。
「絶対に助けるんだもんね」
 むん、と力が入るファムさんだ。

 ユラヴィカはパン屋に戻ると、トートにディアッカが探り出した事実を話して聞かせた。
「サンワードで調べてもみたんじゃが、どうも上手く探り出せぬのじゃ。もしかして、アジトは光のあたらぬ場所にあるのかのう‥‥。どちらにせよ、今残っておるわるしふ達があまり良い状況に無いのは確かなのじゃ。彼らを助けるために、アジトの場所を教えてもらえんかのう。仲間を裏切る訳ではない、仲間を助けるためと思って、どうかこの通りじゃ」
 ぺこりと頭を下げたユラヴィカ。トートはこくりと頷いて、ぼそぼそと裏通りの様子を話し出した。

●真昼のらくがき
 何も起こらぬまま過ぎた数日の後、らくがきシフール達は現れた。突き抜ける様に青く空が澄んだ、真昼の事だった。近付く羽音に、クディが身を隠す。その姿に、天龍が立ち上がった。
「さあお前たち、思う存分らくがきして、ついでに腹いっぱいにして帰ろうじゃないか! お土産可、ただし飛べるまで!」
「おーっ!」
 率いるのはわるしふイーダ。黒翅の姿は見えない。モニカと天龍が指輪を見る。『石の中の蝶』に、反応無し。
「それ、かかれ!」
 わあっとパン屋に押し込んで来たシフール達は、描きかけの看板を前にして声を失った。ぽろろんと竪琴を爪弾くファム。

 心に描く君の願いは何
 本当に望むことは何
 君の願いと望みは ホンの少しの勇気で叶えられる
 さぁ行こう願いと望みへ 君の背には勇気の羽がある♪

「うわわ、魔法の歌だ、惑わされるなー!」
「ええい、こんなの心頭滅却すればぁ!」
 わるしふ必死の抵抗。しかし、ひとりひとりそれぞれに、色んな思いが溢れてきて止まらない。カノが彼らに呼びかける。
「お願いですー。あの看板を書き上げてください〜。あれは貴方がたとこの通りを結ぶ絆になるべきものなんですー。自分たちのしてきたことに、どうか自信をもってください〜」
 異変を察知し飛び込んで来たイーダが吠える。
「またお前か! いいかげん歌で人の気持ちを弄ぶのは止めな!」
 しかし、どんなに罵られても、ファムは歌うことを止めない。確かに魔力を込めてはいるけど、これは本当の気持ちだから。
「イーダさん、全然楽しそうに見えません‥‥好きなことを好きなようにやってる筈なのに楽しくないのは‥‥どこかに嘘をついてるからですー‥‥」
 言い切ったカノを、イーダが睨みつける。
「前に好き勝手するだけって言ってましたよねー? 好き勝手する割に嫌いなやつの言う事は聞くんですかー? わるしふ団に居なくても絵は描けるのに、それでもわるしふ団にこだわるんですかー?」
「うるさいうるさい! あたいの絵は絆の証なんだ、ひとりで描いたって意味なんか無いんだ! お前らなんか、こうしてやる!」
 無茶苦茶に飛び回ったイーダは、壁といわず天井といわず、怒りを叩き付ける様に書き殴った。それはもう絵ではなくて、単なる黒い汚れでしか無い。
「ひどいものだな」
 天龍が眉を顰める。
「描く度に傷ついて行く様な絵が絆の証とは、とても思えない。本当は自分の描いた絵で喜んで貰いたいと思っているのだろう? 俺達はお前がそれを望むなら協力するぞ」
 その時、店の奥でトートが叫ぶ声がした。

「ユラヴィカさん!」
「そ、それみたことか、わしの占いは当たるのじゃ! ‥‥て、なんじゃバンゴか。正直がっかりじゃ」
 くらくらする頭を振りながら、ユラヴィカはトートを庇う。それを見て、バンゴは鼻先で笑った。
「ほざけよ。‥‥なあトート、家出もたまにはいいが、長引き過ぎると可愛く無いってもんだ。そろそろ潮時だろ」
 そら、行くぞ、と延ばした手。トートが後ずさるのを見て、バンゴの目が細まった。
「駄目だよ。トートくんは帰らないって言ってるんだから」
 背中からかけられた桂花の声に、舌打ちをするバンゴ。眼帯をこりこりと掻くと、無造作にトートへと歩み寄った。
「!?」
 しかしその動きは、すぐに止まった。自分の影を睨む彼。
「わるしふ達の中に、看板を描いた人がいませんね。何処へやったんですか?」
 ディアッカの指摘に、バンゴはさあな、とそら惚ける。返答を待たず、モニカはホーリーの詠唱を始めていた。その肩をぽんと叩いた見知らぬ手。頭の上から、ぬっと顔が迫り出して来た。
「それは止めといてくれや。俺の子分が壊れちまう」
 黒翅は、シフールとしてはかなりの大柄だ。にも関わらず、直前まで何処に潜んでいたのか、誰も察知する事ができなかった。それと同時に、パン屋内に充満するもうもうたる煙。
「何やら旗色が悪そうだったんでな、かまどにありったけの薪をくべておいた。どうにかしないと大切な店が丸焼けになるぞ」
 くくっと笑う黒翅。モニカはそっと、指輪を確認する。蝶は‥‥羽ばたいていない。

「今のうちだ、逃げるよ!」
 充満する煙に乗じて、逃走を促すイーダ。だが、らくがきシフール達はへたり込んでしまったまま、動こうとはしなかった。
「姐さん、おいら達、もうこんなのいやだよ‥‥」
 イーダの手から、ぽろりと炭が落ちた。
「分かったよ。お前らは好きにしな」
 身を翻し、店を飛び出そうとしたイーダの鼻先を、ヒュッと石が掠めて行った。
「逃げないでよ。自分の行動に自分で責任をとるのは当然だよね」
 次弾を仕込んだスリングを手に、クディはイーダに言い放った。
「イーダさん、本当に帰りたいアルか? ボスが怖いから仕方なしに従うとか、そんなの間違ってるアル!」
 美星がアイスコフィンを唱える。
「あ、あたいが帰らないと‥‥だめなんだ!」
 強引に飛び出したイーダに、クディの放った礫が直撃する。それでも飛んで逃げようとしたイーダだが、直後、氷の棺に囚われて、しふしふ団の手に落ちた。

 かまどの火事はどうにか大事になる前に鎮火できた。ただ、少なからず傷んでしまった様で、修理が必要との事。投降したわるしふ達は半泣きで、何度もパン屋夫婦に頭を下げた。
「お前らが消火を手伝ってくれたおかげで、隣近所には迷惑かけずに済んだよ。ありがとな」
 旦那の温かい言葉に、わるしふ達は嬉し泣き。そんな様子を微笑ましく見守っていたモニカは、何気なく指輪を見て息を飲んだ。宝石の中で、蝶がゆっくりと羽ばたいていたのだ。辺りを見回すが、怪しい者は見当たらない。効果範囲は30m、この羽ばたきだとぎりぎりの距離の筈‥‥。しかし彼女が再度指輪を見た時、その羽ばたきは止んでいた。

 逃走した黒翅とバンゴを追った桂花とクディは、彼らを見失った細い路地の隅に、またもや怪しげな穴を発見する。桂花は、その場所にトートを連れてやって来た。
「クディくんが調べたわるしふの出没、逃走地点にも、いくつかこんな穴を見つけたの。もしかして、これはわるしふが作ったもの?」
 トートはこくりと頷いた。
「やっぱりそうか。どうする?」
「‥‥入ってみる」
 桂花、意を決して穴の中に這いずって行く。

●裏路地の暗闇
 しふしふ団がわるしふ達との戦いの只中にある頃。蒼龍はひとり、裏通りに足を踏み入れていた。とちのき通り側から入ると間違いなく見咎められるところだが、スラム側はまるでノーマークだった。ただし、乞食に集られること7回、妙なものを売りつけられそうになること3回、強請りと戦うこと4回、当たり前の様に懐に手を突っ込まれる事2回。全く、油断も隙もありはしない。苦難の末に、ようやく裏通りにたどりついたのだが。とちのき通りからいくらも離れていないというのに、そこはまるで別世界だった。暗くて汚くて臭くて‥‥。何より、いつも元気な仲間達や、悪い意味で活動的なわるしふばかりを見ている蒼龍にとって、ただ無気力に座り込むばかりの無気力なシフール達の姿はとんでもなくショックだった。
「ユラヴィカの見立てじゃ、この辺りって事だったんだが‥‥」
 こんな場所、一刻も早くおさらばしたいのに、わるしふのアジトが見つからず、途方に暮れる蒼龍。と、こんな場末の片隅に、ひとりのシフール占い師が佇んでいた。
「なあ、ちょっと占ってくれないか。俺がこれか何処へ行くべきか、なんだけど」
 黒いフードを深く被った占い師の顔はよく分からなかったが、どうやら女性の様だった。とりあえず、声は美人。
「貴方が行くべき場所は‥‥ここに来て最初に会った女が導くでしょう」
 ふうん、と考えている間に、占い師はお金も受け取らずに行ってしまった。
「ん? ちょっと待て、ここに来て最初に会った女って多分さっきの占い師だよな」
 慌てて後を追う。占い師は、地下室の天窓と思われる場所にひょいと身を投じた。蒼龍も恐る恐る覗き込み、どうやら床が見えるので安心し、飛び降りてみた。と、突然何かの魔法をかけられた。体が重く、いう事を聞いてくれない。後頭部に鈍い痛みを感じ、彼はそのまま気を失ってしまった。

 気がつくと、蒼龍は狭い部屋の中に閉じ込められていた。はたと見ると、同居人が4人ほど。
「あ、目を覚ましたよ!」
「よかった、死んじゃったかと思ったよー」
 喜ぶシフール達。泣き腫らした顔をみて、すぐにピンと来た。
「おたくら、もしかしてらくがきシフールか。看板を描きに来たっていう‥‥」
 うんうんと頷く。
「仕立て屋でおしおきされた‥‥」
 うんうん‥‥え、何で知ってるの!? と驚いている。どうやら蒼龍もおしおき部屋送りになったらしい。
 暫くして、そこにシャリーが現れた。堅く閉じられた扉の向こうから覗き込み、蒼龍に声をかける。
「ゲールに騙されるなんて、意外にお間抜けなんだね、蒼龍くん」
 また笑われた。
「今、ワルダー凄く機嫌が悪いから、このままだと蒼龍くん殺されちゃうよ? でも、君は強いから、仲間になってくれるなら大歓迎しちゃうな。ね、私達と一緒に楽しく暮らさない?」
 思いもかけず、お誘いの言葉が。だが、蒼龍は首を横に振った。
「それは遠慮するよ。ワルダーがどんな奴が知らないが、誰かの為にってのは俺の性分じゃないからな。俺は自由な風だぜ?」
 それより君がこんなところ抜け出せよ、と誘いをかけた。シャリーは、心底可笑しそうに笑う。なんだか蒼龍、軽く傷ついた気分だ。
「もう少し、そこで考えてみて。後でまた来るからね」
 去って行くシャリーを見送って、さてどうしたものかと思案する。しくしく泣いている4人を励ましながら、待った時間は長かったのか短かったのか。どすんばたん、と賑やかな音に格子の外を覗いた蒼龍は、そこに見知った姿を発見した。
「桂花‥‥随分な格好だなぁ」
「え、あ、蒼龍くん、何でこんなところにいるの!? って、あああ、こんな格好みられちゃったよ!」
 狭くて汚い秘密の通路をのたくって来た結果、桂花は土やら埃やらクモの巣やらでドロドロになっていた。
「おい、どうやら逃げられそうだぞ。だから外でヘコんでるお嬢さんをめいっぱい褒め称えてやってくれ」
 おしおき部屋は、外からなら簡単に開ける事が出来た。来る時は複雑に分岐した通路の中で延々と迷う羽目になった桂花だったが、帰りはわるしふ4人のおかげで、あっさりととちのき通りに戻る事が出来たのだった。

 解放された4人のらくがきシフール達を見て、イーダは初めて笑顔を見せた。
「‥‥ありがとう。恩に着るよ」
 彼女はそう言って頭を下げた。投降したシフール15人。わるしふイーダと脱出した4人を合わせて20人。モロゾと彼のシンパ、最初のトートで既に5人抜けていたから、これで25人。半分が抜けた事になる。
「世話になっといて何だけどさ。これ、ただじゃ済まないよー。こんな事に首突っ込んで、ホントお前ら物好きだよな」
 提供されたパンとスープをもぐもぐ頬張りながら、イーダはそう警告した。