暗雲ルーケイ1〜1千ゴールドの災い

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:15人

サポート参加人数:5人

冒険期間:06月23日〜06月28日

リプレイ公開日:2006年07月01日

●オープニング

●毒蜘蛛団壊滅
 悲鳴と怒号、立ち上る黒煙。逃げ惑う盗賊どもを蹴散らす魔獣。空からは容赦なくゴーレムグライダーが迫り、砲丸が、ランスが、盗賊どもを次々と屠ってゆく。
 それは正に、阿鼻叫喚の修羅場であった。討伐される毒蜘蛛団にとっては。
「毒蜘蛛団はもうおしめぇだ!」
「早いとこずらかれ!」
 討伐軍による一方的な殺戮を目の当たりにして、加勢にかけつけた下っ端野盗どもが逃げていく。誰もが慌てふためき、命からがら。‥‥いや、中にはそうでない者もいる。
「これがルーケイ伯の戦いか。しかと見届けたぞ。さて、もはやこんな所に長居は無用だ」
 一見すると放浪者のごとき見かけのその男。ルーケイ伯による毒蜘蛛団討伐の有様を丘の上からずっと見やり続けていたが、落ち着き払った呟きを残してその姿をくらました。

●今度の敵は悪代官?
 国王陛下への戦勝報告を果たして謁見の間を退き、城の外へ出た途端、嵐のごとき歓声がルーケイ伯を出迎えた。
「ルーケイ伯、万歳!」
「ルーケイ伯、万歳!」
「ルーケイ伯に竜と精霊の祝福を!」
 王都ウィルに住む全住民が繰り出したかのような大群衆のエール。通りの両脇は人で一杯。道は敷き詰められた花で香り立ち、なおも花びらをまき散らす者は絶えず。この分だと街の花屋はどこも売り切れであろう。興奮にかられてルーケイ伯に駆け寄ろうとする若者や街娘者も少なくはなく、衛兵達が忙しそうにそれを押し止めている。
 道の向こうにはリボレー・ワンド子爵の馬車が待っていた。
「いやはや。何とも凄まじい人気ではないか」
 苦笑と共に発せられた子爵の言葉に耳を傾けつつ、その隣に座したルーケイ伯は、なおも追いすがろうとする人々に手を振って応える。
 走り出す馬車。人々の姿が、歓呼の声が、ぐんぐん遠ざかっていく。
 そういえば、まだ馬車の行き先を聞いていない。
「これからどちらへ?」
「王領代官レーゾ・アドラ殿の屋敷だ。貴族街でも一、二を争う程に立派な屋敷だぞ。そして貴殿にとっては因縁の場所ともなろう」
 そのレーゾの屋敷は、かつては旧ルーケイ伯の屋敷であった。王妃殺害への荷担を理由に旧ルーケイ伯が王より死を賜わり、ルーケイの地が王領となると、ターレン・ラバンという男がその代官に任ぜられ、屋敷もその男の所有となった。
 しかしそのターレンもルーケイの反乱の最中に殺害され、屋敷はまたも人手に渡ることになる。大枚を叩いてこの屋敷を買い取ったのは、南クイースの地の王領代官たるレーゾ・アドラであった。
 屋敷に着くと大勢の召使いや侍女達が総出で出迎え、ルーケイ伯とワンド子爵は中へ通された。それにしても立派な屋敷である。その大きさからだけでも、過日のルーケイ伯の威光が見てとれる。真、由緒正しき名家の主が住まうに相応しい。
 しかし今現在、その屋敷の主に収まっている男たるや‥‥。
「此度の大勝利、このレーゾ・アドラにとっても実に喜ばしきことであります」
 対面早々、祝いの言葉を贈るレーゾではあったが、噂に違わず。まったくもって品の無い男である。げっそりと痩せこけた頬、落ちくぼんだ瞳、垂れ下がってしまりがない目尻、そして天辺まで見事に禿げ上がった禿頭。
 いや、見てくれだけでその人物の人格を判断するのは褒められたことではない。とはいえ、容貌にはその人物の品格というものも反映されるものである。とにかく下品だ。こちらに向けられる笑顔も、まるでゴブリンの愛想笑いを見ているようで、内心げんなりする。
「さて、ルーケイ伯。同じ王領代官の誼みです。この館で盛大なる戦勝祝いの祝賀会を催すと致しましょう。新たなルーケイ伯の華々しき戦勝を祝するに、かつてのルーケイ伯が日々を過ごしたこの館以上に相応しき場所はありますまい。ご承諾頂けますな? 既に楽師や料理人の手配も始まっております」
 口調は丁寧だが下心は丸見え。ここで貸しを作っておけば、後でどれだけ利子がついて返ってくるか、しっかり計算している本心が、その下卑た表情に見え隠れしている。しかし相手は歴とした王領代官、無下に断るのも考え物だ。ルーケイ伯は承諾の意を表して、ワンド子爵と共に屋敷より立ち去った。
「戦勝祝いなどと浮かれている場合でもあるまいに」
 帰りの馬車で呟きを漏らすルーケイ伯。東ルーケイを平定したとはいえ、残りは手つかずだ。これからも新たな戦いが待っているだろうし、盗賊から奪い返した村の復興など、やるべきことは沢山ある。
 するとワンド子爵が言った。
「レーゾの館での祝賀会もまた、合戦のごとき物。ルーケイには金の成る木が生えると見込んで、回りの悪代官どももぞろぞろ押し掛けて来ることだろう。奴らは盗賊よりもがめつく手強いぞ」

●捕らえられたスレナス
 冒険者ギルドの受付所に傭兵風の二人連れがやって来た。
「御用向きは?」
 事務員に訊ねられ、相手の一人は答える。
「俺は傭兵、ガーガル・ズーだ。不届き者のスレナスを捕らえたと、ルーケイ伯に伝えてくれ。そう言えば向こうも分かるだろう」
 事務員は大仰に驚いてみせた。スレナスの噂は色々と耳にしている。
「あのスレナスをよく捕まえられましたね」
「俺はヤツの身動きを封じる呪文を知っているからな」
 答えるガーガル。何らかの弱みを握っていると見えた。
「とにかくあのスレナスはふざけたガキだ。スラムの顔役殿に頼み込んで、ルーケイ伯の盗賊討伐を手助けさせたはいいが、約束の金を踏み倒しやがった。俺達は盗賊の村をくまなく探したが、置いてあるはずの1千ゴールドはどこにも見当たらねぇ。さてはどさくさに紛れて1千ゴールドをくすねて、その罪を自分達になすりつけようとしたなと、スラムの顔役殿はカンカンさ。あの様子だと、そのうち身ぐるみ剥がれたスレナスの死体が、大河に浮かぶかもしれねぇ」
「それはまた物騒な‥‥」
「まあ、殺すと完全に決まったわけじゃねぇ。ルーケイ伯殿が入命金として1千ゴールドを支払うか、それに相当する見返りを寄越すなら、すぐに解放するってことだ」
 言って、ガーガルは杖を切りつめたハルバードをドンとカウンターの上に置いた。
「これがスレナスの身柄を確かに預かっているという証拠の品だ。俺は近いうちにまたここへ来る」
 言い置きしてガーガルは立ち去ったが、連れの男はそのまま残り、にやりと笑って独り呟く。
「また面白いことになって来たな」
 奇妙に思い、事務員は訊ねる。
「おや? 貴方は一緒じゃなかったのですか?」
「俺は別件で来たんだが、たまたま途中でガーガルの旦那と一緒になってね」
 そして男は事務員の耳に囁いた。
「俺は河賊水蛇団の使い、ベージー・ビコだ。ここだけの話だが、水蛇団には新たなルーケイ伯に敬意を表し、1千ゴールドの上納金を献上する用意がある。ただし、一つだけ飲んで欲しい条件がある。それはスレナスに対する然るべき処罰だ。ヤツがふざけた噂を流したおかげで、水蛇団は面子を潰されたのだからな。ルーケイ伯にはそのように伝えてくれ。俺も近いうちにまたここへ来る」
 そしてベージーも冒険者ギルドより立ち去った。残された事務員は、ため息混じりに呟く。
「‥‥やれやれ。あの1千ゴールドにはカオスの魔物でも取り憑いているのかねぇ」
 あの1千ゴールドも、元はと言えば天界人の身代金。この展開を見るに、呪われているのかと疑いたくもなる。

●今回の参加者

 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea5678 クリオ・スパリュダース(36歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea8742 レング・カルザス(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4291 黒畑 緑郎(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))

●サポート参加者

クウェル・グッドウェザー(ea0447)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ サイラス・ビントゥ(ea6044)/ ベルディエッド・ウォーアーム(ea8226)/ バルザー・グレイ(eb4244

●リプレイ本文

●担うはルーケイの明日
「鎧騎士アリアと契約を?」
 話を伝えた途端、マリーネ姫はアレクシアス・フェザント(ea1565)に問い返した。
「東ルーケイの盗賊残党に関して、このアレクシアスとアリアに策が御座います。その詳細を明かすは、事の次第が定まって後が宜しいかと」
 鎧騎士アリア・アル・アールヴといえば、猜疑心深く気性激しきエーロン王子と関係浅からぬ者。その者と契約を結べば、エーロン王子から余計な口出しをされる心配もある。
 しかしそのような懸念など、伯に対する姫の信任の前では取るに足りない。アレクシアスは今や、東ルーケイを平定した英雄なのだ。
「認めましょう。朗報を待っています」
 姫はいともあっさりと、アレクシアスの願いを認めた。

 盗賊団・毒蜘蛛団を壊滅させて後、アレクシアスが尽力するのは荒廃した東ルーケイの復興。しかし目下の頭痛の種は、味方に取り込んだ元傭兵ルムスのことだった。盗賊の巣であったルーケイに乗り込み、村1つを復興させた功績は認める。しかしその素性をセオドラフ・ラングルス(eb4139)より聞かされた時には、呆れて言葉が出なかった。
「王領北クイースの代官ラーベ・アドラ殿が、山賊討伐に傭兵を雇った折り、ラーベ殿に無礼を働いた不埒者がいました。あろうことかラーベ殿を殴り倒し、驢馬を盗んで遁走した男。それがあのルムスなのです」
 これはセオドラフが貴族のサロンで聞き出した話。今も代官ラーベはルムスを謀反人として手配中。捕らえたら縛り首だと息巻いているという。
 そして間近に迫っている戦勝祝賀会には、そのラーベも賓客としてやって来る。嫌でも顔を合わせねばならない。
「ラーベとの間に何があったにせよ、晩餐会ではルムスの名を口にせぬ方がよいな」
 当座はそれで良い。しかし、いつかは明かになる。ともかくもこの厄介事には、早いうちに片を付けねばなるまい。

●代官達の領地
 ユパウル・ランスロット(ea1389)は貴族街にあるロイ子爵の屋敷を訪ねたが、生憎とロイ子爵は不在。如何なる御用向きでしょうかと訊ねた執事に、ユパウルは来訪目的を告げる。
「戦勝祝賀会にお越しになる代官達について、詳しい話を子爵殿よりお伺いしたかった。それぞれの領地の産物のことなど、色々と」
 それでは私の知っている範囲だけでもお話しましょうと、執事はユパウルに話してきかせる。
 先ず、代官ギーズ・ヴァムの統治する王領アーメル。これは東西に長く延びる領地で、牛馬の牧畜に加え、養豚・養鶏などの畜産が盛んだ。軍馬の産地でもある。
 次に王領北クイースと王領南クイース。ここはもともと一つの領地だったが、今では北と南に分割され、北を代官ラーベ・アドラ、南を代官レーゾ・アドラが統治している。南北共に豊かな穀倉地帯が広がり、小麦の収穫にかけては王都の近辺で一、二を争う程。またワインの名産地でもある。
 そして代官グーレング・ドルゴが統治する王領ラント。王領アーメルの北に位置するこの地は、先王レズナーの御世に開拓が進んだ新興地域だ。小麦とワインの産地であり、特にこの地に産する貴腐ワインは王都の貴族の間で珍重されている。また小規模ながら、牧羊や養蜂といった新興産業も育ちつつあるとか。
 執事の話を聞き終え、礼を述べてロイ子爵の屋敷を辞すと、ユパウルは戦勝祝賀会の会場である代官レーゾの屋敷に向かった。身分を隠し、屋敷から出てきた家人を掴まえ問い詰める。
「この屋敷は旧ルーケイ伯の屋敷であると聞いたが、当時の伯に仕えていた使用人は残っていないのか?」
「滅相もない! 王妃様に姫殿下の母君のお命を奪った謀反人の使用人など! このお屋敷の持ち主が変わった折りに、使用人は全て入れ替わりました!」
 顔色を変えて家人は答え、そそくさと立ち去った。

●ルムスの村
「‥‥やれやれ、親の七光りなら兎も角、子の七光りなんてみっともねぇ評価される前に、やる事やっときますか」
 などとシン・ウィンドフェザー(ea1819)がぼやくのも、愛娘のレンがルーケイ合戦で大手柄を立てたが為。親の立場に立つ自分としては嬉しいがこそばゆくもある。
 ともあれ、彼はルーケイ伯の使者としてルムスの村を再来するバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)に同行することになった。他に同行者はシルバー・ストーム(ea3651)とシュバルツ・バルト(eb4155)。シルバーとしては、未だ見付からぬ1千ゴールドの在処が気にかかる。
 そしてやって来たルムスの村。ルーケイ伯の紋章旗を掲げて一同が村に入るや、村人達が総出で集まり恭しく出迎える。
 ルムスもまたルーケイ伯の名代バルバロッサに臣下の礼を為し、その前に跪く。
「ルムスよ。伯の言葉を御伝え致す。第一に味方となり根拠地を与えたる事、契約を遵守し参戦されしこと、誠に功績多大なり。よって、変更あるまで家宰補佐として現地家臣団筆頭とし、領内経営に預けたる物品管理権その他を委託いたす」
「身に余る光栄。ルーケイ伯には厚く感謝致す。これより先も我はルーケイ伯が家臣の筆頭として、危急の際には真っ先に伯の元へ馳せ参じ、その命下れば死地へも乗り込む覚悟」
 ここでバルバロッサは言葉を和らげ、続ける。
「当座の金として200Gを授ける。食料備蓄として保存食と祝い酒もだ。魔法の農具とオークボウも預けよう」
「忝ない」
 バルバロッサの前を退くと、ルムスは大手を振って村人達に告げた。
「喜べ! 我等がルーケイ伯からの贈り物だ! 食料がたっぷり届いたし、旨い酒が飲めるぞ!」
 村人達は沸き立ち、ルーケイ伯の使者達は歓呼の声に包まれた。
「ルーケイ伯万歳! ルーケイ伯万歳!」
 バルバロッサは片手を上げ、村人達に視線を返して歓呼に答える。そしてルムスの耳に囁いた。
「個人的に今の内に尋ねたいのだが、農地の開拓を第一の政策として出したら見込みはありそうかな?」
 ルムスは即座に答えた。
「もともとこの辺りは豊かな農地だった。たったこれだけの人数でもこれだけのことが出来たんだ」
 と、すぐ目の前に広がる小麦畑を示す。収穫も近く、小麦畑は豊かな実りで黄金色に染まりつつある。
「これまでは盗賊の備えやら、隣領からちょっかい出すアーメルの傭兵やらに備えなければならず、余計な人手を割かれた。だが、これからは違う。俺は晴れてルーケイ伯の家臣、村人達はルーケイ伯の民だ。ルーケイ伯の御威光の前には、ケチな盗賊どももゴロツキ傭兵どもも裸足で逃げ出し、俺達も畑仕事に精を出せるというものさ」
 これならば見込みはありそうだと、バルバロッサは判断した。
 賦役の一部を使ってルーケイ伯直属の畑を造り、様々な出費に備えるということが可能ならば、今後どんどん増えるかもしれない民と流民に備えられるかもしれない。その準備は早い内から始めた方がいい。

 毒蜘蛛団に囚われていた元虜囚達を受け入れたせいで、村の人口は増えている。
「あれからというもの、毎日が戦争さ」
 と、ルムスは苦笑した。救護隊の活躍で体の傷は癒されたとはいえ、虐待の日々で深く心を傷つけられた大勢の者はまた、ワケアリの過去を背負って事情を抱えてルーケイに流れてきた者達でもある。彼らを村人として受け入れ、まっとうな生活に戻す苦労は並大抵のことではなかろう。
「もともとこの村の人口は、子どもを含めて143人。そこへ64人の元虜囚を受け入れたお陰で、人口は200人を越えちまった。今は食料の備蓄がたっぷりあるからいいが、今の村の収穫では200人を養うに不足する。秋小麦の種まきまでに畑を広げられるだけ広げないとな」
 元虜囚達の様子を知りたいとシュバルツが言うので、ルムスは村人達に向かって呼びかけた。
「盗賊の村から助け出された者はここへ集まれ」
 呼びかけに答え、ぞろぞろと人が集まって来る。元虜囚達だ。救出直後は誰もが憔悴し、一人で歩けぬ者もいた。今ではなべて健康そうだが、おかしい。人数が足りない。
「47人しかいないが。残りはどうなったのだ?」
「残りにも会わせてやろう。ついて来い」
 村の端にぽつんと立つ小屋がある。ルムスはそこへ冒険者達を連れてきた。
「この小屋は?」
「村の牢獄だ」
 中へ入ると、薄暗い中に人がいる。虚ろな視線が冒険者達に集まる。数えてみると17人。
「彼らの罪状は盗みに喧嘩、刃傷沙汰、果ては村の生活に嫌気がさしての逃散。だが、俺の村に来た以上、これまでのような身勝手な振る舞いは許さん。だから罰としてここに閉じこめた」
 そう説明すると、ルムスは囚われの者達に呼びかけた。
「畏くもルーケイ伯の使者がご到来だ。よって、お前達に恩赦を下す。今後は愚かな真似は慎め」
 囚われの者達は立ち上がり、ぞろぞろと小屋を出て行く。申し訳なさそうな笑顔を見せる者もいるが、無表情のままルムスの前を通り過ぎる者も。
「助けてやったはいいが、まずは彼らにまっとうな生き方という物を覚えてもらわなければな」
 と、ルムス。
「彼らには立ち直って欲しいものだ」
 シュバルツの呟きを聞き、ルムスは事も無げに言う。
「立ち直らなきゃ、村から追い出すまでさ。ろくでなしどもにただ食いさせる余裕はない」
「ところで私は合戦の折り、100ゴールドを寄付したはずなのだが。届いているか?」
 訊ねたが、これはルムスにとって驚きだったようだ。
「100ゴールドだって? そんな大金を寄付していたのか。だが、ここには届いていない。後でルーケイ伯に問い合わせてみよう。なにせ合戦で皆がごたついていたから、手違いがあったかもしれん」
「あともう一つ。スラムでも人望を集め、野心もありそうな人物を知らないか?」
「一人、心当たりがある。ガーオンという男だ。俺の命の恩人でもある」

●東ルーケイ調査
 東ルーケイの調査に赴く陸奥勇人(ea3329)とリセット・マーベリック(ea7400)。王都よりルーケイ入りして西へ進む。あえて街道から離れた草地を進み行くのは、盗賊との遭遇を避けるため。しかし、それは余計な心配だったようだ。
 当たり前だが、馬で街道を駆け抜ける盗賊の姿はもはや見られない。時には街道に人の姿を認めたが、彼らは盗賊というよりも浮浪者らしき感じがした。
 かつての毒蜘蛛団の村の跡地に到着すると、そこにはルムスの村から来た数名が警備に当たっていた。
「先の戦い以来、静かなものです。残党の下っ端盗賊どもはルーケイ伯に恐れをなし、一人残らず東ルーケイから逃げ出したかのようで、この辺りにはまるで姿を見せません」
 やって来た二人に、警備隊を束ねるルムスの部下はそう報告した。
 勇人とリセットが村へやって来たのは、村の跡地を検分するため。勇人は村の再建を考えていたし、リセットには研究所を設置する計画もある。
「どうせ壱から再建するなら、対ゴーレム戦術を想定した陣地にしちまうのも手か。ジャパンの平城が案外と参考になるかな」
 言いながら、リセットと共に跡地をぐるりと回る勇人。
「敷地の周囲に許される深さ一杯の堀を造り、出た土砂は堀の内側に外壁として積み上げ、木材と岩で補強して石垣とすれば、ゴーレム相手でも結構守りを堅く出来そうだ。もっとも、村の規模をどの程度にするか次第だな。金も労力も掛かる事だし」
 先の合戦で大方の家々は潰れてしまったが、調べてみるとその土台だけはしっかりしている。ここはかつて、王の軍勢によって焼かれた村。その後に建てられていた家々は、廃材を寄せ集めて作られた間に合わせの物と見えた。元々建っていた家々は、それよりも遙かにしっかりしていたに違いない。
 街道の間近に位置することから察するに、この村は街道に陣を張り敵軍を迎え撃つ場合に備え、その兵站地の役割を担わせるべく作られたものだろう。このルーケイはトルクに対しての備えの地であり、西から進軍してくる軍勢からの王都の守りだ。
 もっとも、今のトルクの王ジーザムは聡明なる王。余程のことが無い限り、フオロに剣を向けることは無いというのが大方の見方だ。
 村を離れ、その近辺をぐるりと一回りしてみる。
 みすぼらしい畑はそのまま放置され、その周りの草地には丈高く草が伸びる。もうじき夏の盛り。
「場所の広さだけは申し分ないですね」
 言いながら遠方を見やるリセット。離れた所には森が広がる。村を復興し、新たな施設を作るための木材には、あの森の木々が利用できるだろう。
 近場に目をやると、そこにはクローバーの群生地があった。クローバーはこの辺りでは珍しくなく、どこにでも生えている。
 そういえば村の新しい呼び名をまだ決めていなかった。差し当たってはクローバー村とでも呼ぶのも良いかもしれない。
 さらに2人は村を遠く離れ、南へ進んだ。セブンリーグブーツに韋駄天の草履、この高速移動アイテムは本当に有り難い。あっという間に二人は村の南の街道を横切り、気が付けば大河の畔に立っていた。
「セブンリーグブーツだからこの時間で来られたけれど、歩いたら村から街道まで十数分、この岸辺までは半日はかかるでしょうね」
 大雑把に距離を掴むと、リセットは近い将来に建設されるであろう研究所の概要を、頭の中で思い浮かべてみる。
 まずは廃液処理設備を完備した500平方メートル程度の建物、そして非戦闘員も含め50人程度が常駐できる詰め所。建設候補地はかつての毒蜘蛛団の村だが、より大河に近い場所を選ぶ手もある。街道もしくは大河に近い場所なら、物資の搬入も楽だ。
 反面、いざ戦争ともなれば、敵軍の進撃により被害を被る危険も大きくなる。移動しやすい交通ルートはそのまま進軍ルートとなるからだ。
 もちろん、建設に先立つ調査は必要だ。王都に戻ったら、ギルドに調査依頼の申請を行うつもりだ。

●1千ゴールドの行方
 毒蜘蛛団のせしめた1千ゴールドはまさしく彼らにとっての災いだった。シルバーは元虜囚達から話を聞き、1千ゴールドの略取から合戦に至るまでの彼らの実状を知ることが出来た。思いもかけない大金を得たことにより、盗賊達はその分け前を巡って仲間割れを起こしていたのである。
 諍いの果てに何人かの者が殺され、盗賊団を離れる者も相次いだ。その中には有能な手下も少なからず混じっていたようだ。討伐が行われる前に、毒蜘蛛団は組織としてガタガタだったのである。たとえスレナスの助けがなくとも、合戦の結果は大して変わらなかったかも知れない。とはいえ、それは全てを知った上での結果論である。合戦の先行きも分からないあの時点において、スラムの顔役を動かしたスレナスの働きは賞賛に値する。
 それはさておき、肝心の1千ゴールドの行方については、元虜囚達は何も知らなかった。

●消えた村
 やがて、旧・毒蜘蛛団の村での調査を終えた勇人とリセットが、ルムスの村に到着。合流を果たした冒険者達は、さらに西の調査へ向かう。中ルーケイへ足を踏み入れ、まずは王領アーメルとの境に近い村を目指すのだ。
 しかし、ルムスは言う。
「あそこには何も無い。村それ自体が消えちまったんだ」
「消えた?」
「そうだ。ルーケイの反乱の後、アーメルの軍勢が北から押し寄せ、徹底的に村を破壊した。そして村にあったもの一切合切を奪い去ったんだ。村の家畜から、果ては村人まで。アーメルの代官ギーズ・ヴァムは、ルーケイの反乱がアーメルにまで飛び火するのを恐れたのさ。だから、村が反乱の拠点となる前に手を打ったというわけだ」
 ルムスの言うことが事実ならば、とんでもない話だ。しかし、まずはその事実を確認するのが先決である。
「あの辺りには、かつてのルーケイ伯の遺臣達も出没する。出合ったら素直に引き返せ。奴らは手強い」
 冒険者達を送り出すにあたり、ルムスはそう警告した。

 韋駄天の草履を履いて一歩きすると、そこはもうルムスの村の全景が見て取れる場所。
「この荒れたルーケイで、あれだけの人数を束ねて村を存続させるか。改めて大したもんだ」
 村を眺め、勇人はしみじみと呟いた。そして、村でお見舞いした元虜囚達の顔の一つ一つを思い出す。いずれはこのルーケイの民となる人々だ。
「さて‥‥」
 ルーケイの地図を広げるシン。ここから目指す村までは遠い。高速アイテムがあるからまだいいが、普通に歩いたら気が遠くなるほどの距離だ。
「‥‥ま、キツいっちゃキツいが、それでも交渉で腹の探り合いに付き合わされるよかマシだわな」
 この今でさえ、その面倒な交渉に赴いている仲間もいる。
 そして冒険者達は、西へ西へとひたすら歩く。だが、道程の半分に差し掛かろうという頃、その歩みは阻まれた。場所は丁度、東ルーケイと中ルーケイの境辺り。両側を森に挟まれた草地だ。
 冒険者の目の前には騎兵の一隊がいる。その数、20人余り。
 勇人が双眼鏡を向けて観察すると、彼らは皆、剣と弓とで武装している。誰もが精悍な面構えだ。馬は鍛え抜かれた軍馬である。よく見ると騎兵の中にはローブ姿の者もいる。あれはウィザードか? だとしたら、敵とするには厄介な相手だ。
「どうする?」
 顔を見合わせる冒険者達。人数は向こうが圧倒的。ここで剣を交えたら苦戦を強いられそうだ。
 暫くして、騎馬隊から使者がやって来た。掲げる白旗は『こちらに戦う意思非ず』の意。使者は冒険者の前で立ち止まり、朗々と告げる。
「我等は真のルーケイ伯が臣下。ここより先は真のルーケイ伯が所領。卿(おんみ)らがここに来た目的を告げよ」
 その言葉に答えたのは勇人。
「我々はウィル国王にしてフオロの王、エーガン・フオロ陛下によりルーケイ伯に任じられしアレクシアス・フェザント閣下の臣下なり。我々は調査のため、中ルーケイに赴く途上なり」
「新たなるルーケイ代官の臣下達よ。そろそろ来られる頃だと思っていた。だが、今はここから先へ通すことはできぬ。いずれ日を改め、我等が使者を代官の元へ遣わそう」
 勇人は隣に立つシンに目配せした。
「仕方ねぇ、引き返すか」
「それがいい。今、彼らを敵に回したら厄介だ」
 勇人は使者に答える。
「今はそちらの意思に従おう。今の言葉は我等の代官殿にも伝えておく」
 そして冒険者達は、来た道を逆戻りし始めた。

●新型フロートシップ
 越野春陽(eb4578)には、フオロ分国においてもゴーレム機器の整備体制を構築するという目標があった。ゴーレムの本格的な整備や補修を行う際には、わざわざトルク分国へ運ばねばならないという現状。トルク分国のみがゴーレム技術を独占するだけに、今はやむを得ないとも言えるが、効率の悪さは否定できない。
 先のルーケイにおける討伐戦では、数々のゴーレム機器が兵器としての有用性をまざまざと見せつけた。このことはゴーレムの評価を高め、その増産をも促すはず。
 そう思うからこそ、春陽は騎士学院を訪れた。
 そこで彼女を待っていたのは、教官シュストからの思いもかけない知らせ。
「ここだけの話だが‥‥トルク分国からフオロ分国への新型フロートシップの売買交渉が、遠からず成立する見通しだ」
 やはり状況は動き出していたのだ。
「一つ質問してもよろしいでしょうか? フオロ分国が購入するというフロートシップの価格は、どれ程のものになるのでしょう?」
「私がトルクの王であれば、たとえ小型のフロートシップであっても3万ゴールドを下る値はつけない」
「3万ゴールド!」
 途方もない金額だ。
「だが、大金を積むだけが売買交渉の全てではない。何らかの政治的取引により、トルクの益となる条件が与えられるならば、破格の値段で売却されることもあり得よう。勿論、私はこの売買交渉に関して、何ら口を挟む立場にはない。詳細については、正式な布告が行われるまで待ちたまえ」
 この新型フロートシップの件は、自分の構想を現実化するための大きな助けになると、春陽は捉えた。
 教官との面談を終えた春陽は、グライダーと装甲チャリオットの改良案についての提案書を提出し、騎士学院を去った。
 ちなみにグライダーの改良案は、翼の形状に微調整を加えて操作性を高めたもの。装甲チャリオットの改良案は、上下開閉式の扉とタラップを取り付けて、扉開閉時の風圧による抵抗を減じたものだ。

●裏世界の裏事情
「‥‥にしても、一方が1千ゴールドを要求し、もう一方がそれを支払うと言う状況は不自然じゃな」
 なれば裏の世界に詳しい人間に、水蛇団とスラムの裏事情を聞くのが一番。そう思った七刻双武(ea3866)は先ず冒険者ギルドを訪ねた。
「冒険者のタンゴ殿に会いたいのじゃが」
 ジ・アース人のタンゴは双武の知る限り、この手のことに一番詳しい。しかしギルドの事務員は言う。
「タンゴさんは現在、行方不明です。まったく、どこをほっつき歩いているのやら‥‥」
 その後で、双武の求めるような人間は王都ウィルの南、船着き場の町ガンゾ辺りにいるだろうと教えられた。
 そしてやって来たガンゾの町。仲間の黒畑緑郎(eb4291)も一緒である。
 ちょっと危なげな雰囲気の酒場に入り、店の主人に用向きを伝えると、
「そういう事は、奴に聞け」
 主人は、店の奥で賭博に興じている博徒を指さした。冒険者二人が近づくと、博徒は胡散臭そうな顔を向ける。
「あんたら、何者だ?」
「私はスリルを好む冒険者だ。スラムと水蛇団の裏事情を知りたい」
 緑郎の言葉に続いて、双武が見せ金をちらつかせた。博徒がにやりと笑う。
「冒険者の旦那方か。何でも聞いてくれ」
 そこで緑郎は例の一件について説明する。但しスレナスやアレクシアスの名前などは伏せ、詳細はぼかしておいた。
「一方が大金を要求し、もう一方が大金を支払うという状況は不自然だ。そうは思わないか?」
「不自然も何も。スラムと水蛇団はつるんでいるのさ」
「つるんでいる? 争っているのではないのか?」
「争って何の益がある? パンを奪い合うよりも、パンを大きくする方が得ってもんだ。その不始末をしでかした僕の主人ってのは、スラムと水蛇団にとっては格好のパン種だ。片方がたっぷりの小麦粉にぶち込んで、もう片方がこねくり回して焼き上げる。そして仲良く頂こうって寸法なのさ」
 そして博徒は双武の耳に囁く。
「俺はこの店にいるから、用事がある時はまた呼んでくれ。頂いた10ゴールド分の働きはしてやる」

 同じ頃、レング・カルザス(ea8742)もまたガンゾの町にいた。目的はやはり、盗賊やテロリストなどに関係した裏世界の情報収集だ。
 王都の城壁の外に広がっていたスラムは火事により全焼したが、ガンゾの町には焼け出されたスラムの貧民を保護する救護所が設けられていた。救護所設立の金を出したのは水蛇団。町の領主にも少なからぬ金を渡し、その許可を取り付けたともいう。
 レングはそこで見知った顔を見つけた。かつて、王都の市場近にたむろしていた浮浪児の少年だ。
「今はここに住んでいるのか?」
「うん。スラムは僕達のねぐらだったんだけど、焼けちゃったからさ」
 情報料として金貨を少年の手に握らせ、さらに訪ねる。
「ところで、前に話していた人さらいについてだが。いなくなった仲間のことを話してくれるか? いつ、どこで、どんな風にいなくなった? 近くに怪しい奴はいなかったか?」 
「いなくなるのは、いつも市場の近く。気がついたら消えていた。周りには人が多すぎて、誰がいなくなったかは分からない」
 そして少年はレングの耳に囁く。
「スラムは焼けたけど、焼け跡にはまだたくさんの僕の仲間が住んでるんだ。みんなを守ってあげて」

●交渉
「来な!」
 再び冒険者ギルドに現れたガーガルとベージーの案内で、ルーケイ伯達はスラムの顔役の待つ場所に案内された。
 仮のアジトに利用されているのは、船着き場の町ガンゾに停泊する大きな川船。先に乗り込んだベージーがスレナスの監禁された部屋に入ると、見張りの男達が騒いでいた。
「奴が‥‥消えました!」
 奇妙なことに、部屋の椅子にはロープでがんじがらめにされたスレナスの服だけが残されていた。まるで縛られたまま、肉体だけがすらりと抜け出したような‥‥。
「僕に用か?」
 いきなり、全身から水を滴らせた『服なし』スレナスが現れる。
「暑いから川で一浴びしてきた」
 余裕の表情のスレナスに、狼狽する見張り達。
「こいつ、カオスの魔物か!?」
 いったい捕まっているのはどっちなんだか。ベージーも内心驚いているが平静を取り繕い、命じる。
「仕方ねぇ。服無しで縛り付けておけ」

 その頃。一行はスラムの顔役の部屋へ通された。
「俺の通り名は、割れ顔のガーオン」
 眼光鋭い顔役の顔には大きな傷跡が斜めに走り、まるで顔が割れているように見える。その傷のせいで形相は凄まじい。
 ガーオンおよび水蛇団代表ベージーとの交渉には主として信者福袋(eb4064)、セオドラフ、クリオ・スパリュダース(ea5678)が当たる。特に福袋のセールストークは妙を得た。
「‥‥なるほど、恩賞を支払う用意はあるのか」
 まんざらでも無い反応。是非もない。彼等が欲しいのは実であって、名目などどうでも良いのだ。
「討伐しないでいてあげましょう」
 クリオが第1の恩賞を示す。
「責務を果たすのでしたら、ルムス殿のように領主に据える事もあるでしょう」
 セオドラフは彼等の算盤を弾かせる。
「金か信義か、求める恩賞で伯はお主等の器量を測られる」
 双武の痛み入る一句。
 結局、スレナスの入命金としてではなく、戦に功あったガーオン配下の手勢への正式な報酬として、然るべき金を支払うことを約束。水蛇団からの上納金は受け取らないが、彼等の存続を認める。と、言うことで話は決着した。
「この上スレナス殿の処罰を求めるというなら、決闘の立会人になろう」
 ユパウルの言に
「そいつは御免被る。あんな化物とは10対1でも割りに合わねぇぞ」
 と、ベージー。
「賢明だな。ゴーレムと魔獣と魔法軍団の討伐隊と戦う方が、地の利の分ましと言うものだ」
 微塵も心配の色の無いルーケイ伯。余の者も似たり寄ったりだ。
 肩を竦めベージーは
「有らぬ噂のせいでルーケイ伯の嫌疑を受けることを恐れていたが、最早その心配もなくなった。奴はその生き証人に過ぎん」
 と、要らぬ要求を引っ込める。
「焼け出されたスラムの住人を救護所で世話してくれている水蛇団には恩義がある。近いうちにルーケイ伯殿、水蛇団の頭目殿、そしてこのガーオンの3人で正式に話をまとめよう。報酬についてはその時に。‥‥さて、スレナスを連れて来るか」
 ガーオンが口にするや、
「呼んだか?」
 いきなり現れるスレナス。しかも扇情的なドレスで女装している。絶句し赤面するユパウル。
「生憎と、こんな服しか見付からなかったのでね」
 その言に驚きながらも吹き出すガーオン。
「おい、そのドレスは夜の貴婦人の商売道具だぞ。まあいい、今日の記念に進呈してやろう‥‥って、縮んでないかお前」
 彼が噂のスレナスかと、初対面の者の目は注がれた。

●契約
 身支度を整えて現れたスレナスは、心なしか背が伸びていた。ウィルの郊外に駒止めて、アレクシアスとスレナスが並ぶ。
「ここなら、誰にも聞かれない」
 一望千里の平原の中。人影は全く見あたらない。
「なるほど。確かにそうだ‥‥」
 アレクシアスは感心した。警戒厳重な密室の中よりも、立ち聞きされる心配は少ない。
「なぜ与力した?」
「僕には命をかけて守ると誓った人がいる。その人のために卿(おんみ)を助けた」
 スレナスは答える。
「ルリ殿だな」
 こくりと頷く。輪乗りに回して向き合うアレクシアスは
「そろそろ。曖昧なことは終わらせないか? ずばり言おう。俺では不足か? そうでなければ正式の契約をしたい」
「僕の真の主人は『ありありてある御方』のみです。そしてその代官たる方ただお一人」
 それが誰を示すのか、スレナスは右手の指輪を見せた。獅子の指輪、伝え聞くエル・レオンの証である。
「‥‥しかし、僕の運命を背負うお覚悟が有るのならば、日の巫女である瑠璃姫の名に於いて伯の耳目となりましょう」
 スレナスの運命。計り知れないものではあるが、スレナスはアレクシアスの為に左手のガントレットを外し手の甲を向け、
「僕はエッツェルの裔ムンドの子、時の戦士にして断ち切る者なのであります」
 何も無かった左手の指に突如現れる指輪。
「委細承知した」
 アレクシアスは穏やかな表情で頷いた。

 駒を並べて戻る途中。真っ先に出迎えたのはユパウルである。
「スレナス殿。伯の部下か仲間か助言する立場で動く気が無いか?」
 アレクシアスは笑って応えた。
「今日より、家臣となってくれるそうだ」

●祝賀会
 そしてルーケイ伯一行は祝賀会へ。
 その到着を知るや、マリーネ姫の顔がぱっと輝く。
 ルーケイ伯アレクシアスの露払いとして先頭に立つのはユパウル。マリーネ姫が彼を招き、その耳に囁く。
「どうして、一緒にいてくれなかったの?」
「ルーケイの呪いを早く祓い、姫をお迎えしたく存じた故」
 その答を聞き、一瞬だが姫の顔から表情が消える。
 しかし、すぐに姫の笑顔は戻り、姫は言った。
「ドラゴンの顎にこの手で触れたこの私です。ルーケイの呪いなど怖がるものですか」
 その日の祝賀会はアレクシアスの晴れ舞台となった。アレクシアスの知古である瑠璃姫にとっては、この日はウィルの貴族界デビューの日となった。