暗雲ルーケイ9〜若き当主への試練

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:14人

サポート参加人数:5人

冒険期間:10月06日〜10月11日

リプレイ公開日:2007年10月17日

●オープニング

 どおおおおん!! どおおおおん!! どおおおおん‥‥!!
 雷鳴を思わせるとてつもない轟音、忘れもしない。いや、忘れることなど出来はしない。
 夜明け前の闇の中に明々と燃える炎。あれは、エレメンタルキャノンの砲撃を受け、炎上する賊の砦。
「よく見ておけ。あれが、カオスに与する者の末路だ」
 背後から聞こえる王のあの声。その声を聞くとぞっとする。まるで首筋に冷たい鉄の刃を突きつけられたように。
 これは過去の記憶だ。おぼろにその感覚がある。自分は今、あの恐ろしい過去の体験をそのままなぞっている。
「黒いグリフォンだ! こっちに来るぞ!」
 兵士の叫び。目の前には獰猛な黒いグリフォンと、その背に跨った邪悪な男の姿。
「惨めなるルーケイの騎士どもよ。お前達は竜と精霊からも見放されたも同然の身。だが、このギリール・ザンはおまえ達に力を授けてやる。憎むべきフォロを討ち滅ぼす大いなる力をな」
 邪悪な男が誘う言葉を聞き、自分は我知らず叫ぶ。
「その男の言葉を聞いてはだめだ! その男はカオスの手先だ!」
 自分の側にいる見知った者のうち、幾人かの者が邪悪な男に歩み寄る。
「汝らカオスの僕となりて獣と化せ! その爪と牙でエーロンとマリーネの喉笛をかみ切り、心臓をえぐり出すのだ!」
 邪悪な男の怪しげな呪文で、それまで人間だった者達が黒い狼に変わった。
「だめだぁーっ!!」
 喉から叫びがほとばしり出る。心臓を鷲掴みにする恐怖に抗うように。

 ‥‥叫んだ自分の声で目が覚めた。
 気がつけば、そこは固く粗末なベッドの上。
「‥‥また、あの夢か」
 旧ルーケイ家の若き当主、マーレン・ルーケイは悪夢の世界から現実の世界へと戻っていた。
 あの毒蛇団討伐戦から3ヶ月近くも過ぎているのに、未だにあの恐ろしい過去が幾度となく生々しい夢となって現れる。
 冒険者の手で倒された毒蛇団首領ギリール・ザンの亡霊が、自分の心に巣くってしまったのだろうか?
 そんな考えがふと湧いて出たが、頭を振って追い払う。
 そしてマーレンはいつものように、自分の日課に取りかかった。
 最初の日課は朝の水浴び。それが済むと朝食。
 今日も戸口にはその日の一日分の食料が届けられている。固いパンに固い干し肉、貧しい食事だ。
(「毒が入っているかもしれない」)
 届けられる食料を目にする度に、その事を思わぬ日はない。それでもマーレンは竜と精霊とに感謝の祈りを捧げ、固いパンと干し肉にかじりつく。
(「僕を殺すつもりなら、とっくの昔に殺しているはずだ」)
 食事を終えて外に出る。頭上から陽の精霊光が降り注ぎ、空を渡る鳥の影が見える。
 今、マーレンが暮らしているのは、フオロ分国内に数多く存在する廃村の一つ。彼の身柄はルーケイ伯からフォロ分国王エーロンに預けられていたが、巨大戦艦イムペットに乗せられ毒蛇団討伐戦の観戦に立ち会わされて後は、ずっとここに一人で住まわされている。それも、かろうじて残された崩れかけのあばら屋に。
 とはいえ、この廃村で人が住めるのは唯一このあばら家だけだ。崩れかけとはいえ風雨を凌ぐ屋根と壁が残っており、清らかな真水が得られる井戸もある。残りの家は皆、過去の戦いで火を放たれ焼かれてしまい、今は残骸を残すのみ。
 あばら屋の周囲には、ぐるりと円の形に溝が取り囲んでいる。その溝の内側だけが、今のマーレンに許された領地だ。幅30cmほどの浅い溝だから、その気になれば跨いで外に出ることもできるのだが。
「俺がいいというまで、この円の中に留まれ。逃げればフオロ王家への反逆とみなし、お前を捕らえて縛り首にしてから、全軍を挙げて中ルーケイに居座る遺臣どもを討ち滅ぼす。毒蛇団を滅ぼしたのと同じやり方でな」
 エーロン王の言葉が脳裏に甦った。王はマーレンを試している。将来において自分に敵対する者か、そろとも味方と為り得る者かどうかを。
 離れた場所に立てられた小屋には見張りの兵がいる。そこから毎日のようにマーレンを監視している。
 エーロンは外で行ういつもの日課に取りかかった。剣の修練だ。とはいっても、本物の剣の所持は許されていない。だから、あばら屋に転がっていた、元は鍬の柄か何かだった棒切れを剣の代わりに使う。何十回か素振りを繰り返すと、あばら屋のすぐ側に立つ枯れ木を相手に向かって剣を打ち込む。
 この円の中に閉じこめられて以来、ずっと修練を続けて来た。だから枯れ木は打ち傷だらけだ。
「やあっ! やあっ! やあっ!」
 掛け声と共に打ち込んでいると‥‥ぼきっ! 棒切れが折れた。剣の代わりに使い続けるうちに、ヒビが入っていたのだ。暫し呆然と立ち尽くし、マーレンは折れた棒切れを見つめる。
「もう、剣の代わりには使えない‥‥」
 パチ、パチ、パチ。だしぬけに背後から拍手の音。びっくりして振り返ると、いつの間にか人が立っていた。エーロン王だ。
「陛下‥‥」
 咄嗟に、深々と一礼するマーレン。エーロン王が尊大な口調で訊ねる。
「お前が枯れ木を相手に棒切れを振り回していたのは、枯れ木を相手に戦をする為か?」
「‥‥いいえ」
「では、お前は枯れ木を誰かに見立てて、棒切れを剣の代わりにして腕を磨いていたのだな?」
「はい」
「お前が戦おうとしている相手は誰だ? 正直に答えろ」
「恐れながら‥‥陛下です。願わくばルーケイ家の名誉を晴らすために、陛下との一騎打ちを‥‥」
「その望み、今ここで叶えてやろう」
 エーロン王は2本の剣を携えていた。うち1本を剣をマーレンに渡し、自らも剣を取る。
 礼を交わし、両者の勝負が始まる。だが数秒後、勝負はあっけなく片が付いた。
 打ちかかったマーレンの剣をエーロン王は弾き飛ばし、剣の刃ではなく剣の背でしたたかにマーレンをぶちのめしたのだ。その勢いでマーレンは弾き飛ばされて地面に転がり、息をするのもやっと。
「動かぬものばかり相手にしているから、勘が鈍っているな。さあ、起きあがれ」
 起きあがり、マーレンは騎士の礼に則って王の前に立て膝つき、頭を垂れる。王は顔を寄せて訊ねた。
「お前は今も、自分をルーケイ家の当主と思っているか?」
「はい」
「ならば、罪を犯した家臣を誅するのも当主の務め。お前が望むなら、俺はお前をフオロ王家直属の騎士として取り立てる。そしてお前はルーケイ最後の戦いに加われ」
 思わず、マーレンは顔を上げて訊ねた。
「ルーケイ最後の戦いに?」
「最後に残った中ルーケイの平定戦だ。中ルーケイに居座る旧ルーケイ伯の遺臣達のうち、王家への反逆に荷担した者どもを、お前自身の手で成敗するのだ。‥‥トーランド・レーン!」
 王に名を呼ばれて進み出たのはマーレンの従者にして、今は亡き先代当主よりルーケイ家に仕える密偵。最初にマーレンと冒険者達との仲を取り持ったのも彼である。
「トーランドは俺が呼び寄せた。マーレン、お前はトーランドと共にルーケイ伯および冒険者達との軍議に加われ。この戦いが皆殺しの殲滅戦になるか、それとも騎士道の名に恥じぬ名誉ある戦いになるかどうかは、お前の努力次第だ」

 トーランドからの情報によれば、旧ルーケイ伯の遺臣軍には3人の重鎮がいる。老騎士ユーゴン・レンヌ、老騎士ローゼン・グルブ、老ウィザードのシャザーン・ジェス。いずれも先代よりルーケイ家に仕える家臣達だ。彼らの下に数十名の騎士並びにウィザードが付き従い、その結束は固い。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

レン・ウィンドフェザー(ea4509)/ コロス・ロフキシモ(ea9515)/ ディジェ・ヤーヤ(eb0518)/ 李 蒼槍(eb0968)/ 市川 敬輔(eb4271

●リプレイ本文

●殲滅戦の準備
 大河の真上、空から降り注ぐ精霊光を巨大な船影が遮る。船は水面に浮かんでいるのではない。船体を水に触れることなく大河の真上に浮かび、西へと進んでいる。
 ウィルの誇る巨大戦艦イムペットだ。大河で漁に勤しむ猟師たちも、思わず手を休めてその雄姿に見入る。その姿はあたかも宙に浮かぶ巨大な城のようだ。後方には2隻の小型フロートシップを従えるが、いずれも去る毒蛇団討伐戦に参戦した軍艦だ。
「また、大きな戦があるのかねぇ‥‥」
 漁師の口からそんな呟きが漏れた。
 イムペットの甲板には越野春陽(eb4578)の姿がある。
(「やろうと思えば、この船で遺臣軍の本拠地を1日もかけずに壊滅させる事も可能でしょう」)
 毒蛇団の本拠地に強襲をかけ、搭載するエレメンタルキャノンの威力に物を言わせて3つの砦をあっという間に粉砕したイムペットである。
(「でも、それは絶対に実行することがあってはならないわ」)
「ここにおったか」
 背後から声をかけられた。振り返るとイムペット艦長ヘイレス=イルクがそこにいた。
「ルーケイの遺臣達のことを考えていました」
 と、春陽。そもそもイムペットがこの場所を飛んでいるのも、春陽が立案した作戦による。決して実現を望まない中ルーケイ殲滅作戦を、あえて春陽がエーロン分国王に進言するや、エーロン王は大ウィル国王ジーザムに諮り、作戦は実現する運びとなった。
 但しこの作戦はあくまでも、遺臣軍に大ウィルとフオロ王家の本気度を示すためのもの。
「中ルーケイの河岸からも、この船は良く見えるはず。遺臣達の目にはさぞや脅威に映ることでしょう」
「難儀な役目だ」
 春陽の言葉に呟くヘイレス。
「この船、そしてドラグーン。人が手にするには余りにも大きすぎる力だ。下手を打てば国全体がその力に振り回されかねん」
 東ルーケイ、クローバー村に近い大河の岸辺からも、イムペットの船影は良く見えた。
「昨日に続き、今日もか」
「西ルーケイの次は中ルーケイということか?」
 言葉を交わしているのは、この夏の合戦で新ルーケイ伯の捕虜となった遺臣軍の騎士達だ。
「おい、見ろ!」
 またもフロートシップが飛んで来た。新ルーケイ伯の紋章旗を掲げたその船は、収容所である川船に近い平原に着陸。船から降り立ったのは新ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)と、与力男爵の陸奥勇人(ea3329)。
 収容所の視察にやって来た2人を捕虜達は敬礼で出迎え、勇人は捕虜達の中にかつて自分と剣を交えた敵指揮官の姿を見い出した。
「久し振りだな。どうだ、何か不自由はしてねぇか?」
「捕虜としての待遇に不満は無い。だが、捕虜の身でなければ今すぐにでも馬を駆り、西の偵察に赴いたものを」
 物怖じもせず堂々と答える敵指揮官。武人の誇りを失ってはいない。
「西へ向かった船が気になるか? では、教えてやろう」
 アレクシアスが地図を広げる。ルーケイの全図、そこに次々と駒を配置する。示されたのは中ルーケイを包囲する布陣。
「‥‥そういうことか」
「我が主君、エーロン陛下は殲滅戦も辞さぬ構えだ。しかも、大ウィルを挙げての殲滅戦だ。包囲網の各拠点にはフロートシップで物資を運び、既に多数のゴーレムが配置済みだ。いざ戦いとなれば、空と陸とからの猛攻撃で遺臣軍を攻め滅ぼす。‥‥だが俺としては、出来ることならそれは避けたい」
「アレクシアス殿ならそう言うと思った。これまでの戦いを見れば分かる」
 敵指揮官の言葉には賞賛の響き。後の話は勇人が受け継いだ。
「この3ヶ月、東ルーケイで過ごして見聞きした事をどう感じる?」
「領地の有り様を見れば、自ずと領主の人柄も知れる。この土地の者達は良き領主に巡り会えて幸いだ」
「中ルーケイにいた時はどう思っていた?」
「ルーケイの王領代官は油断ならぬ戦上手だと‥‥その思いは今も変わらない。だがここへ来て、俺はアレクシアス殿の懐の広さを知った」
「毒蛇団討伐の顛末は聞いたな?」
「既にガーオン殿から聞かされた」
「では、首領ギリール・ザンがカオスの魔物であったことも?」
「‥ああ」
「カオスに通じた連中が中ルーケイに居るのを放っておけるか? そうでないなら力を貸して貰えると助かる」
 勇人の求めに、敵指揮官は即座に答えた。
「力を貸そう」
 こうして敵指揮官は中ルーケイへの案内人を買って出た。この敵指揮官は名をルーゼル・レーンという。

●拝謁
 ここは王都にあるエーロン分国王の館。
「おや、仮面を変えたな?」
 山下博士(eb4096)と共にやって来たベアルファレス・ジスハート(eb4242)に言葉をかけるエーロン王。
「感情を押し殺し国に尽くそうとする自分にはまさに相応しいと思い、この仮面を附けております」
 ベアルファレスの仮面は鬼面から鉄仮面に。今後は『鉄仮面』を名乗るつもりでいる。
「此度は先の合戦においてマリーネ姫殿下のお命を狙いし少年への、陛下のご処断を仰ぎたく」
 先に済ませた尋問の結果と、姫の意向を王に伝える。
「年端もいかぬ少年ながら強情なヤツでして、度重なる尋問にもなかなか口を割らず‥‥」
「拷問を用いてもか?」
「はっ」
 頷き、言葉を続ける。
「ようやく吐いた言葉が『ヴァイプス』、姫殿下を亡き者にせよと少年を唆した男の名で、手の甲に彫られた黒い蛇の入れ墨が男の目印です」
「黒い蛇の入れ墨とはな。毒蛇団の手の者か、それともカオスを崇める輩か‥‥いずれにせよロクな相手では無い。で、マリーネは何と言っていた?」
「姫は仰せられました。『私の命を狙う者はすぐに処刑せよ』と。ですが、その後で付け加えられました。『犯人はまだ少年。罪を悔い改め、もう二度と命を狙わないと誓うなら減刑を』と」
「そうか。あれも少しは成長したようだな」
 王の唇の端に微かな笑みが浮かぶ。
「その少年の処断、マリーネに任せよう。近々、裁判の場を設け、マリーネ自らに裁かせる。あれもそろそろ一人前にならねばならぬ時。父君の御子を儲ける大役は果たしたが、王家の支えたるにはまだ未熟者だ」
 続いて、エーロン王は博士に言葉をかける。
「話はルーケイのことだな?」
「はい。ルーケイ家は元々フオロ家の藩塀。先王陛下がそむかせた彼らを、再び忠実なしもべとして従えることが出来たなら、誰もが陛下のご威光を理解すると思います。なにとぞ、陛下のおみ足に口づけする特権を、心からの帰順者にお与え下さいませ。陛下のご威光は既にフオロの全地に満ちています。陛下が与えたご厚情を台無しにするので有れば、それは赦されざる彼らの罪。信義を失った彼らに組みする者はおりません。重ねて陛下に仇なすならば、殲滅? いえ、そんな盗賊並みのお情けはご無用。火と剣でゴキブリのように駆除致しましょう」
「相変わらず口の達者なやつめ」
 皮肉っぽい言葉にも温かな響きがある。敵をして忠誠な味方とすることこそ完全無欠な敵の殲滅。聡明なるエーロン王は博士の言わんとするそのことを理解した。
「ルーケイ伯は近々、あの反逆者どもと戦の交渉に出向くのだったな?」
「はい」
「では、俺からも一筆書いてやろう」
 その場でエーロンは羊皮紙に文書を書き付け、博士に手渡す。
「交渉にはこれを持っていけ」
 それは王が手ずから記した、旧ルーケイ伯遺臣軍への宣戦布告状。博士が王に進言した言葉が、そのまま王の言葉として書かれていた。即ち、心からの帰順者には王の足に口づけする特権を。重ねて王に仇為す者には火と剣による殲滅を。

●真剣勝負
 マーレンの身柄は再びルーケイ伯預かりとなったが、彼が紅花村へ戻るとアレクシアスが待っていた。マーレンに話があるという。実の姉であるリリーンも、やはりアレクシアスに呼ばれていた。
「どうした、その顔は?」
 現れたマーレンの顔を見て、アレクシアスはついつい尋ねてしまった。マーレンの顔は傷と痣だらけ。
「冒険者のコロス殿を相手に剣の修練を」
 その名を聞き、アレクシアスは納得する。あの男なら、たとえ相手が一国の王子であろうと下手な手加減はするまい。
「では、本題に入ろう。戦を始める前に訊いておきたい」
 単刀直入に、アレクシアスは2人に尋ねる。
「フオロは憎むべき存在としか成りえないのだろうか?」
「私の父も母も、私の身代わりとなって死んだミュネも、フオロに殺されたも同然です」
 険しい表情でリリーンが答える。が、マーレンは押し黙っている。
「毒蛇団を討伐しても、フオロとルーケイの関係が何も変わらぬのでは意味が無い。自分はそれを変え、ルーケイの地に民に、真の平穏をもたらす為に此処に居る」
 アレクシアスのその言葉を聞き、マーレンは言葉を発した。
「フオロへの憎しみを捨て去るのは困難なことです。ですが、今のフオロ分国王であらせられるエーロン陛下は、先王エーガンとは違います。恐ろしい方には違いありませんが、一国の王として国を導くだけの度量があります」
 マーレンの口調は穏やかだが、逸る心を静めようと意識的にそうしているのかもしれない。
「陛下は私に対し、家臣達を相手に戦うことを望まれています。もしも私が家臣達との戦いから逃げ出すような真似をすれば、陛下は間違いなく力押しの殲滅戦に持ち込むでしょう」
 アレクシアスとしても、遺臣達を反逆者として殲滅戦で滅ぼす道をマーレンに選ばせたくはない。
「どちらの道を選ぶか、決心はついたか?」
「はい。私は戦いの先陣に立ち、自ら剣を振るって戦います」
 マーレンの言葉に迷いは感じられない。しかし、アレクシアスはあえてマーレンに求める。
「その覚悟の程を確かめたい。剣の手合わせを願う。但し、用いる剣は真剣だ」
「伯がお望みとあらば」
 2人は訓練場に赴き、一礼して剣を構える。そして‥‥。
「‥‥!」
 マーレンの激しい打ち込み。その気迫にアレクシアスは驚いた。
 マーレンの剣は、例えるなら豹の爪。その動きは俊敏にして変幻自在。互いに剣を受け止めては繰り出す攻防を繰り返しつつ、アレクシアスは相手の見事な剣裁きに感じ入る。
(「この若さで、ここまでやるとは」)
 そう。若さ故にマーレンの剣はまだまだ未熟。素質は優れているとはいえ、技量はまだまだ完成の域に至らない。
「だあっ!」
 隙を捉え、アレクシアスがマーレンの胴にサンソードの峰打ちを決める。但し、傷つけぬよう手加減を加えて。
「あっ‥‥!」
 横腹への打撃に気づき、一瞬だがマーレンの動きが鈍る。その機を逃さずアレクシアスはマーレンに組み付き、両腕の動きを封じる。マーレンの手から剣が離れ、床に転がって音を立てた。降参の意思表示だ。
「私の負けです」
「だが、いい勝負だった。次は戦場で共に馬を並べ、共に剣を振るおう」
「有り難う御座います」
 マーレンは少し照れたように礼を述べ、そして傍らからの温かな視線に気づく。
 訓練場の入口に、七刻双武(ea3866)が微笑を浮かべて立っていた。
「剣戟の響きに惹かれてやって来たが、いや見事な勝負であった」
 その言葉に、マーレンも再び礼を述べた。

●光と闇
 その日の夜は冷え込んだ。秋は日々、深まり行く。
 ウィルの国にしては珍しく、稲作の行われる紅花村。稲刈りもおおかた終わった水田の端で、マーレンは夜になっても剣の修練を続けている。辺りは真っ暗な闇、響くは剣振るう掛け声と虫の音ばかり。
 そのマーレンの動きが、はたと止まった。近づく人の気配を察知したのだ。
「修練の邪魔をして済まぬな、マーレン殿」
 かけられた声は七刻双武の声。
「双武殿でしたか」
 そう答えつつも、マーレンは緊張を解かない。
「ここにいると聞いたものでな。それにしても、こんな闇の中で剣の修練とは」
「人ばかりが私の敵ではありません。私が最も恐れるのは、闇の眷属たるカオスの魔物。闇の恐怖に打ち勝つために、私は闇の中で剣を振るうのです」
「マーレン殿、明るい場所で少し話をせぬか?」
 双武は人家のある方向へとマーレンを誘う。夜になれば村の門には篝火が焚かれ、門番が寝ずの番に付く。互いの顔が見える場所まで来ると、双武は若き当主に言い聞かせた。
「数々の非道を行いたる毒蛇団の首領、真なるカオスの尖兵たるギリール・ザンは先の戦いで死んだ。じゃが、カオスの魔物は何処にでもおり、人の弱さや他者を攻撃する思いを利用し、ゆっくりと世界と人々を狂わす」
 そこまで言い終えた双武は、暫し沈黙し闇を見つめる。マーレンも黙って闇を見つめていたが、不意に闇の中から聞こえて来た羽ばたきの音に、思わず身構えて手を剣の柄にかける。
「いや、あれは魔物ではのうて‥‥」
 双武の言葉が終わらぬうちに、篝火の明かりが1羽のフクロウを照らし出す。飛んで来たフクロウは、すぐ闇の中に消えた。
 双武はマーレンの心中を察した。長年暮らした同胞との戦いを控え、加えてカオスの魔物の脅威。心乱れぬ訳は無い。
 双武はマーレンに向き直り、再び話し始めた。
「マーレン殿は今悩まれておるじゃろうが、じゃからこそ、今一度道を見るべきじゃと思う。マーレン殿はルーケイの人々を思い、ルーケイ伯の元へ赴かれた。そのことが、今のルーケイに変革の道を作ったのじゃ。世が変わったと同じで、ルーケイも変わらねばならぬ。長年尽くした遺臣達が、自らの誇りを示せるのは、此度が最後じゃろう。その意地を示す為の最後の道を導く事こそ、長年の労に報いる事になるじゃろう」
「お言葉、有り難く承ります」
 マーレンも感じ入るところがあったのだろう。深々と頭を垂れ、厚く礼を述べる。
「夜は更けた。明後日には皆で遺臣達との交渉に赴くと聞いておる。その時に備え、今は静養を取り英気を養うが良いじゃろうて」
「はい」
 双武の言葉に、マーレンは素直に従った。

●豹と猟犬
 翌朝。山下博士がマーレンに会いに紅花村を訪ねた。
「ルーケイ家復興のためには、なんとしてもあなたの手でフオロ家への帰順に反対する者を討っていただかねばなりません。毒蛇団のような者が一人でもいれば、二度とルーケイ家に朝は来ません」
 そう訴える博士の言葉を黙って聞いていたマーレンだったが、
「僕に面と向かってそこまで言うからには、覚悟は出来ているのだろう?」
 言うなり、博士を訓練場に引っ張っていった。言われた言葉の端々にカチンときたのだろう。博士はフオロ王家に仕える身。物の見方が完全にフオロ中心の視点なのは仕方ないとしても、長らくフオロ王家を敵として来た旧ルーケイ家の当主に進言するならば、慎重に言葉を選ぶべきだった。加えて博士はマーレンと比べてずっと年下、見た目はまだまだ半人前の少年だ。
「フオロの猟犬と一度、手合わせをしてみたかった。使う剣は真剣ではなく模擬剣でいい」
 並んで立つと、博士はマーレンとは頭1つ分も身長差がある。そしていざ勝負が始まると、博士はマーレンに押されっ放し。ついに剣を弾き飛ばされた。その隙を逃すマーレンではない。模擬剣が博士の胴を狙って繰り出される。咄嗟に避けるや、マーレンに足払いをかけられて体がよろめく。間髪を置かず、マーレンのさらなる一撃が。
(「避けきれない!」)
 続いて襲って来るはずの激痛に備えて博士は身構える。だが、繰り出されたマーレンの模擬剣は、博士の体に触れる寸前でぴたりと止まった。
「これがエーロン陛下なら問答無用でぶちのめしているところだけど、それは止めておこう」
 ついでとばかり、マーレンは遠慮なしに言う。
「なまじゴーレムに乗るなら、もっと生身の体での戦い方を覚えておくべきだな。ゴーレムに乗りたくても乗れない者だって大勢いるんだ」

●蛇の道は蛇
「レンヌ家にグルブ家といえば‥‥」
 鎧騎士セオドラフ・ラングルス(eb4139)はその名に覚えがある。遺臣軍の重鎮2人の出自たるこの両家は、数多くの騎士達を世に送り出していた。しかし先王エーガンの暴政下にあって、フオロ分国に住まう両家の一族の者達は、悉く身分剥奪や追放の憂き目に遭ったという。
 言葉遣い故に角は立ったが、マーレンに進言した山下博士の見立てにはセオドラフも同感だ。たとえ名誉ある戦いに勝ち、残る遺臣達を従えたとしても、その中にカオスに通じる者が残ってしまえば旧ルーケイ伯の轍を踏むことになる。
。だからセオドラフは、今は味方となった元テロリストのシャミラを訪ねた。決して表には出ない遺臣軍の裏事情を知る者は、シャミラをおいて他にはなかろう。
 訪ねた先は、シャミラの仮住まいとなった川船。現在、シャミラとその配下の地球人達はルーケイ水上兵団の監視下で暮らしている。
「旧ルーケイ伯遺臣の中で、追討すべき悪しき者を知りたいと?」
「はい。遺児であるマーレン殿と、かつて毒蛇団と協力関係にあったシャミラ殿とでは、当然得ている情報も違いますからな」
「よく分かっておられる」
「はい。蛇の道は蛇と申します」
 セオドラフの求めに対し、シャミラは積極的に答えた。
「元来、旧ルーケイの遺臣達は気性の真っ直ぐな連中だ。必要とあらば盗賊と手を組み利用することはあっても、騎士道的なモラルからは決して逸脱しない。それが彼らの強さでありまた弱さでもある。騎士道とは別の価値観を持つ外部の何者かが、およそ騎士道の通じぬ策略を用いて仕掛けて来た場合、遺臣達は騎士道の枠を越えて対抗することが出来ないのだ。その外部の者が、時にはギリール・ザンのようなカオス勢力であったり、時には私のような悪賢い地球人だったりする。挙げ句、遺臣達は自分達の意志とは関係なしに振り回され、利用されることになる」
「つまり‥‥討伐すべき悪は遺臣の中よりも、むしろ外にあると?」
「そうだ。そして毒蛇団が滅びた後も、今も二つの悪が残されている。一つは吟遊詩人クレア」
「ああ、あのクレアですか」
 それは過日にウィンターフォルセ事変を引き起こした黒幕。
「だが、クレアはまだあしらいやすい。何しろクレアの背後にいるのは‥‥」
 言いかけて押し黙るシャミラ。
「どうぞ、続けて下さい」
「セオドラフ殿になら話してもいいだろう。クレアを背後から操っているのはエの国だ。ウィルの側から見たら卑怯千万な手も使うとはいえ、エの国もウィルと同じく騎士道を国是とする国。だからクレアも騎士道に縛られる」
「で、もう一つの悪とは?」
「それは、ヴァイプスという男だ。その手の甲には黒い蛇の入れ墨がある」
「なんと!」
 つい先日、仲間の1人がその名を聞き出したばかり。シャミラは言う。
「ヴァイプスは水魔法を使うウィザードだ。どうやらジ・アース人らしい」
 シャミラが言うには、ヴァイプスは毒蛇団と結託し、人身売買という悪行に手を染め、ていた人物。あのギリール・ザンも一目置いていたという。そして今も、ヴァイプスはこのセトタ大陸のどこかに潜伏中だという。
「そして最も重要なことだが、ヴァイプスは自分を利するためならカオスの魔物とでも手を組む。あれはそういう男だ」
 セオドラフは話題を変えた。
「ところで、今度の軍議には参加しますか?」
 シャミラは即答する。
「いいや、余所者が出しゃばることもあるまい。今度の戦いはあくまでもフオロと旧ルーケイの戦いだ」

●偵察行
「ちっ、まったく‥‥」
 シン・ウィンドフェザー(ea1819)は舌打ち。仲間と共に中ルーケイの偵察に向かうはずが、来るはずの連れが一向に姿を見せない。
「しゃあねぇ、1人で行くか」
 偵察はシンの単独行動となった。東ルーケイと中ルーケイの境まで馬で移動し、手頃な木立に馬を隠すと、セブンリーグブーツを履いて境界を越え、夜陰に乗じて中ルーケイの平野部へと踏み入る。目指すは、遙か前方の森の中にあるはずの集落。
「何だ、ありゃ?」
 進行方向に人影。かなりの人数だ。しばし足を止め、地面に身を伏せて様子を伺う。
「喧嘩でもやってるのか?」
 手に手に松明を掲げた彼らの間から、怒鳴り合いの声が聞こえる。
 いきなり、そのうちの3人が駆け出した。運の悪いことにシンが身を伏せている場所へ向かって。
「いけね! こっちに来やがった!」
 シンはそのまま身を伏せてやり過ごし、3人はシンに気づくことなく駆け過ぎる。
 だが、後から追いかけて来た者達は違った。
「そこにいるのは何者だ!?」
 手に手に握られた剣に松明の炎の色が映える。
「待て、戦うつもりはない」
 シンはむくりと起きあがり、両手を上げて抵抗の意志が無いことを示す。
「貴様はどこの回し者だ!? クレアか? それともヴァイプスか!?」
「そのどちらでもない。俺は偵察の依頼を受けた冒険者だ」
「ならば帰れ! ここは貴様が来る所ではない!」
 運が悪かったと諦め、シンは引き返す。
 ところが闇夜を暫く進んでいると‥‥。
 ヒューッ!
 いきなり前方から飛んで来たのは炎の玉。
「うわっ!」
 咄嗟に飛び退り、地に伏せるシン。闇夜ゆえ狙いが甘かったのだろう、炎の玉はシンの後方の地面に当たって爆発した。ファイヤーボムの魔法だ。その爆発の光が、シンの前方に立つ3人の姿を浮かび上がらせる。
「さっき逃げた3人か」
 相手から罵声が飛んで来た。
「貴様はフオロのネズミか!?」
「たとえルーケイ家が滅びようとも、我等の戦いは終わらぬぞ! 悪王の血に連なる者どもは一人残らず討ち滅ぼす!」
 おぼろげながらシンは状況を理解した。彼らは遺臣軍に不満を抱いて離脱した徹底抗戦派なのだろう。もはや遺臣軍の重鎮達も、彼らを制することはできまい。
「お〜い! おまえらクレアとヴァイプスのどっちにつくつもりだ!?」
 叫んで待てども返事は無い。闇を透かして見れば、3人の姿はとっくに消えている。

●大荒れの交渉
 冒険者にマーレンを加えての軍議の結果、遺臣軍との戦いの方針が定まった。
・先の懲罰戦と同じく騎士道準拠の戦いで決着をつける。
・遺臣軍との戦いという事もあり従軍は強制しないが、ルーケイ内で決着をつけるべき問題なので、外部の援軍は不要とする。
 この基本方針を定めたのはルーケイ伯アレクシアス。
 中ルーケイの遺臣の元には、使者に立てられた陸奥勇人が遺臣軍の捕虜ルーゼル・レーンを伴って派遣され、2人は遺臣軍の交渉団を引き連れて戻って来た。
 新旧ルーケイの交渉の場に選ばれたのは、中ルーケイと東ルーケイの境。そこに張られた天幕の中で、双方の交渉は始まった。
 遺臣軍の代表は老騎士ローゼン・グルブ。見るからに武骨なこの武人は、交渉の場に同席するマーレンの姿を見るや深々と一礼。そしてマーレンに問うた。
「マーレン殿。まさか、このような形で再会するとは‥‥」
「忠義厚きローゼンよ、話は新ルーケイ伯の使者から聞きましたね」
「はい。ですが今一度、お考え直しを‥‥」
「いいえ、私の決意は変わりません。これがルーケイ家とその民にとっても、また大ウィルにとっても、選ぶべき最良の道なのです」
 アレクシアスが交渉の場にマーレンを同席させたのも、遺臣軍にマーレンの覚悟の程を知らしめるため。ローゼンは再びマーレンに一礼すると、アレクシアスをじろりと睨めつけて言う。
「では、交渉を始めるとしよう」
 強行に話を切り出したのはベアルファレス。最初にエーロン王からの宣戦布告文を読み上げ、続いて彼自身の言葉で遺臣側に迫る。
「先の討伐戦で我々の戦力は御分かりいただけたはず。それでも徹底抗戦を望むのであれば最悪、殲滅戦もやむなしだな」
 この発言を聞き、遺臣達はますます表情を険しくする。
「但し、選択肢として遺臣軍の全面降伏もあることを認めよう。その場合は遺臣側の首謀者数名の決闘裁判なり処刑なりで済ませ、遺臣側の被害が少なくなる様に計らおう。だが、来る戦いにおいてカオスの族(やから)の関与があるようなら、殲滅戦もありうる」
 ついに遺臣の1人が非難の声を上げた。
「悪王の手先め! そこまで言うか!」
「まあまあ、ここは私が代わって話しましょう」
 と、にこやかに割って入ったのは信者福袋(eb4064)。
「戦争協定を交わす前に一つ、根本的で重要な案件を解決しなければなりません。戦争協定は騎士道に則って取り決められるもの。そう、カオスと手を結んでしまった方とは騎士道に則った戦など不可能です」
「何だと!?」
 さらなる非難の声。
「まあまあ、話は最後まで。ですからまず、あなた方遺臣の側には、カオスに組する者はもういないということを宣誓して頂きましょう。宣誓するのみならず、こちらの方のリシーブメモリー魔法によって皆様方の心の内を拝見させて頂き、宣誓の保証とさせて頂きます。万が一、カオスの者であった場合には宣誓など無意味ですからね」
 と、福袋は傍らのゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)を示す。
「何たる侮辱!」
「承服できるか!」
 遺臣側は大荒れ。唯一人、ローゼンだけが黙している。
「ご無礼は承知の上ですが、これもかつてカオスの者と手を組んでいた過去あっての事です。無実の証明としても請けて頂きたいです。さもなくばこの間のような殲滅戦を行なわざるを得なく‥‥」
 福袋の言葉が終わらぬうちに、遺臣側の騎士の1人が激しくいきり立って怒鳴った。
「そこの女! なぜ、そのような目で俺達をにらみつける!」
 騎士が怒りを向けたのは本多風露(ea8650)。だが、風露は物怖じもせずに言い返す。
「私の視線に耐えられぬとは、心にやましいところでもあるのですか?」
 護衛役を買って出た風露は、帯刀して警護に当たっていた。遺臣側の騎士にとっては、それが癪に障った。
「貴様の腰のその剣! 隙あらばそれでローゼン殿を狙うつもりか!?」
「お黙りなさい。これ以上騒ぎ立てるなら容赦しません」
「言わせておけば!」
 騎士の手が自分の剣の柄に伸びる。
 ドスッ!
「うっ‥‥!」
 騎士が剣を抜き放つ前に、風露は自身の日本刀「長曽弥虎徹」を抜き放っていた。抜きざま騎士の胴に強烈な打撃を加え、騎士は倒れてうめく。
「貴様っ!」
 それを見た遺臣側の騎士達は色めき立ったが、それを一喝したのがローゼン。
「やめい!」
 騎士達はその場に立ち尽くし、風露は静かに言い放った。
「峰打ちです。死にはしません」
 場が静まったのを見計らい、陸奥勇人が穏やかな語調ながら強く迫る。
「ギリール・ザンは俺が討った。奴はアジトの地下でカオスを召喚し開放しただけでなく、自身がカオスの魔物だったぜ。そして奴の甘言に乗った者は黒い狼へと姿を変えられ、カオスの眷属として周囲に襲い掛かった」
「それは本当のことです」
 と、マーレンが勇人の言葉を肯定する。
「私は立会人として、ウィルのフロートシップに乗せられていました。そして、その有り様をこの目で見たのです」
「そうであったか」
 呟いたローゼンに勇人が畳みかける。
「お前さんたちが内に抱えていたのはそういう存在だ。それをきっちり認識してるんだろうな?」
「内心では気づいてはおった。だが、我等は誰一人としてギリールの非道に抗えず、手をこまねいて傍観するばかり。結果、如何に多くの民が悪に呑み込まれ、犠牲となったことか。何たる恥辱、何たる不名誉。我が命をもってしても、この恥は濯がねばならぬ」
 その言葉を受け、七刻双武が静かに述べる。
「拙者達古き者は、剣でしか道を示せん。道は定まり、ルーケイは平定される。ならば残るは誇りのみ、故に魔法による証明も厭わず、ただ誇りを示す戦いこそ望みでは無いじゃろうか」
「正しくその通り」
 と、ローゼン。双武の言葉は続く。
「誇りと正義を思う心に些かの曇り無し、遺恨も恨みも剣にて流すが騎士道、故に誇りを示す最期の戦いを行う事を願わん」
「その願いに我等も応えん」
 そう言うとローゼンは席から立ち上がり、ゾーラクに歩み寄ると身を低くして求める。
「魔法の行使に異存は無い。我等の心の内、心ゆくまで確かめるがよい」
 ゾーラクはリシーブメモリーの魔法でローゼンの記憶を探る。隠し事の形跡は見付からなかった。続いて他の者達の記憶も探ったが、これも同様だった。
「皆、真っ直ぐな方とみえます」
 結果を知り、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が口を開く。
「これでようやく、戦争協定を定められるな」
 本格的な交渉の始まりだ。
「騎士道に則るなら、戦いに民を巻き込むべきではない。お互いの民衆や収穫を損なうべきではない。これにはご同意頂けるな?」
 バルバロッサの言葉にローゼンは頷き、同意を示す。
「ならば民兵の使用は無しで行こう。さて、合戦の場所だが。手っ取り早く決めるなら、我々が話し合っているこの辺りはどうだ? ちょうど東ルーケイから中ルーケイに至る街道がある。人の往来は絶えて久しいが、移動にはもってこいの場所だ。辺りは野原が広がるばかりだから、合戦にはちょうどいい」
「異存はない」
「では、それでいこう」
 こうして合戦の場所が定まる。
「では次に、お互いが動員する兵力について決めたいと思うが‥‥」
「一つ頼みがある」
 と、ローゼン。
「戦いには我等がマーレン殿が先陣に立つのであったな? いわば、これはマーレン殿の戦い。なれば、この戦いに率いる戦力についてはマーレン殿に決めていただきたい」
 ローゼンからの意外な提案であった。
「本当にそれでいいのか?」
「それでよい。もしもマーレン殿が望むのであれば、たとえ幾多のゴーレムを率いて戦いに臨まれようとも、我等はそれを受け入れよう」
 アレクシアスがマーレンに問う。
「マーレン、それでいいのか?」
 マーレンは頷いた。
「はい。それが我が家臣達の望みであれば」
 バルバロッサはローゼンに問う。
「して、そちらの兵力は?」
「参戦は精鋭の騎士と兵士のみ。その数は50を上回ることはない。己の肉体以外の攻撃手段は手に持つ武器、飛び道具、そして魔法、この3つだ。戦いの趨勢が決まれば、最後は古来からの流儀に則り、一騎打ちで勝負を決める」
 最後にアレクシアスが遺臣側に告げる。
「降伏した者、及び残された家族や縁者への保障は、このルーケイ伯アレクシアス・フェザントが請け負おう」
「かたじけない」
 その言葉を聞いたローゼンは、アレクシアスの前に深々と頭を下げた。
 交渉の結果はシャルロット・プラン(eb4219)によって協定書にまとめられ、これに双方がサインする。新ルーケイ伯側はアレクシアスとマーレンの連名で、遺臣側はローゼンが代表としてその名を記す。
 こうして交渉は終わったが、最後にシャルロットが遺臣達に質問する。
「戦うに先立ち、明かにしておくべき事がある。貴殿らは今は亡き先代ルーケイ伯に仕え遺児を擁する臣なのか? それとも現当主マーレン・ルーケイを認め、これに従うものなのか?」
 マーレンが戦わねばならぬのは、遺臣達が前者であればこそ。だが、後者であれば話は違ってくる。しかしローゼンは即答を避け、こう言った。
「その質問に対する答は、今暫く待たれよ」
 別れ際、ローゼンはマーレンに深々と一礼。
「ご武運を。そして竜と精霊のご加護を」
 と、言葉を贈る。残る遺臣達もマーレンに敬礼し、そして中ルーケイへと去っていった。残されたマーレンは遺臣達が去った方向をずっと見つめている。その心中を察し、シャルロットはマーレンに言葉をかけた。
「経験者の立場から謂わせて頂くと、御家再興云々達成に意味はありません。過去の栄華など、決して戻らない幻影のようなものですから」
 問題はそこで立ち止まらず何をすべきか、何をしたいか。そしてそのビジョンがあるかどうかだ。そうシャルロットはマーレンを諭す。
「例えばバラン卿は先王陛下に警鐘を鳴らし、戒める為だけに自らの領地タインを返上しました。別に領地をどうしろということではなく、ただ身の丈合わず振り回されるなら、自分から周りを振り回して幻影を追い払う。そういうのも一つの考えではありますね」
 マーレンの顔が少しだけ綻んだ。
「こんな事を言うと、家臣の御老達からお叱りをうけるでしょうけれど。私はルーケイの領地全てを手放し、それをアレクシアス殿に献上してもよいと考えています。あの方は全ルーケイを統治するに相応しい力と徳とを備えた方です」
 しかし、その表情は一転して深刻になる。
「ですが、私には果たすべき責務があります。毒蛇団に捕らえられていたルーケイの民は解放され自由の身となりました。でも、囚われの身となったルーケイの民はまだいるのです。叛乱平定を口実にルーケイへ攻め入った傭兵隊長ギーズ・ヴァムが連れ去り、奴隷としてクィースの悪代官の元へと送られた大勢の民です。彼ら全てをルーケイに連れ戻すこと、それが当主としての私の使命です」

●合戦の時は迫る
 遺臣軍との交渉も終わり、冒険者達もそれぞれの仕事に戻っていた。信者福袋はルーケイ関連事業の現状把握に余念がない。シャルロットは間近に迫った合戦への立会人を募り、奔走中。
 ゾーラクはクローバー村に赴き、村の統治者である現地家臣ガーオンの許可を受け、今は村の警備兵となった元捕虜たちに医療技術を伝授していた。忙しい中にも時は過ぎて行ったが、彼女は思いもかけない形で遺臣軍の老騎士ローゼンと再会することになる。

《次回OPへ続く》