暗雲ルーケイ8〜血の雨は鉄の嵐へと
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月28日〜07月03日
リプレイ公開日:2007年07月12日
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●オープニング
●戴冠式
巨大な船が宙に浮かび、王都ウィルの上空をゆっくりと周回している。
超低空飛行だから、船の甲板に居並ぶお歴々の姿も、それが誰であるか地上から識別できる程だ。
その巨大フロートシップは完成したばかりの新造艦。艦名をイムペットと言う。全長100m、その両翼には大型エレメンタルキャノンを搭載し、さらに本体にも大小の砲塔がずらりと立ち並ぶ。見るからに武骨な巨大艦だ。
これはイムペットのデモンストレーション飛行である。甲板には先ほど戴冠式を終えたばかりの新ウィル国王ジーザムと、彼に大ウィル王の冠を授けた5分国の分国王達。さらに空戦騎士団を始め、ウィル国王に属するウィル7大兵団の幹部達が姿を見せている。
そして我等がルーケイ伯も、懇意にする空戦騎士団団長や副長と共に、イムペットの甲板に立っていた。
時に精霊暦1040年5月25日。
「いや、実に見事な船だ。余も一隻欲しくなったぞ」
などと、馬市で馬の品定めでもするような口調で喋っているのは、ウィルの6分国の王の中で一番商魂たくましく見栄っ張り‥‥と、陰で囁かれているウィエ分国王エルートである。ルーケイ伯にとっては、エーロン治療院のお手伝いで面識が出来て以来の仲。新ウィル国王就任では国を挙げての数々の式典が催されるから、各分国の王も長らく王都に滞在することになる。そういうわけで、ルーケイ伯がエルート王と話をする機会も多くなったが、向こうはいたく伯を気に入っているようだ。
「さて、余は明日からは忙しくなるぞ。この船を借り切って、毎日のごとくに晩餐会を行うのじゃからな」
「はぁ? 晩餐会を?」
ルーケイ伯、思わず聞き返してしまった。
「そうじゃ。ウィエ王の余が主催する空中晩餐会じゃ。楽しいぞぉ」
「しかし、何故にこのような軍船で‥‥」
「うむ、実はな‥‥」
ウィエ王はにんまり笑い、小声でルーケイ伯に耳打ち。
「そなたは新ウィル国王陛下に、西ルーケイ平定戦への協力を要請したじゃろう? で、陛下はウィルの全分国の力を結集して平定戦を戦うおつもりで、余もささやかながら協力することになったのじゃよ。晩餐会は敵を欺くための目くらまし。盛大に遊び呆けていると見せかけて、その裏で討伐戦の準備を着々と進めるという訳じゃな」
●王都騒擾
「あのルーケイ伯が養子のお披露をなさるそうだ」
「何でも、華やかな催し事が執り行われるらしいぞ」
「式典に参加するために、各地の貴族達もルーケイに結集するそうだ」
「音頭を取っているのは、国王陛下の右腕たるルーベン公という話だぞ」
王都の貴族も庶民も、このところそんな話でもちきりである。しかし本当のところ、お披露目は軍勢をルーケイに結集させるための口実。真の目的は毒蛇団の討伐に他ならない。ルーケイ伯はウィル国王の支援を受け、着々と討伐戦の準備を進めつつあるのだ。
だが、事件は突然に起きた。
「助けてぇ! 助けてぇ!」
真夜中。王都を守る警備隊の詰め所に飛び込んで来たのは、血だらけの子ども達。
「何事だっ!?」
「悪い奴らが襲って来たんだ! みんな殺されちゃうよ!」
衛兵達は色めき立ち、現場にかけつける。
そこはチルドレンギルド、ネバーランドが管理する作業場の一つ。隅っこの方には傷ついた子ども達が身を寄せ合い、床には2人の男が血塗れで倒れていた。どちらも刃物でめった刺しにされ、一人は既に事切れている。もう一人も瀕死状態だ。
「おい、しっかりしろ!」
「子ども達を‥‥頼む‥‥」
その言葉を残し、男は衛兵の目の前で息絶えた。
「誰だ!? 誰に襲われたんだ!?」
周囲を見回した警備兵の目に、壁に張られた羊皮紙が映った。それは襲撃者の残したメッセージ。羊皮紙には赤いインクでこう書かれていた。
──────────────────────────────────
我等、悪王エーガンにより死を賜りし真のルーケイ伯の遺臣。
我等、真のルーケイの統治者たるマーレン・ルーケイ閣下の僕。
我等が主、マーレン閣下は既に我等と共に在らず。
悪逆非道なるルーケイ王領代官の卑劣なる罠にはまり、虜囚となれり。
マーレン閣下、過日にかく語れり。
我、虜囚の辱めに甘んずるよりは、潔き死を選ぶ。
我が敵により連れ去られし時には、我が命既に亡きものと思え。
我は我に付き従う者、全てに命ず。
我亡き後、憎んで余りあるエーガン・フオロの血に連なる者全てに、
その命に代えても血の報復を為せと。
我等はここに、マーレン・ルーケイ閣下の御意志を実行す。
我等を妨げんとする者、何人たりともこれを許さず。
仮に新ウィル国王、我等に剣を向けし時には、
我等はその血に連なる者ともども、これを亡き者にすることを躊躇わず。
我等は夥しき報復の血をもって、気高き我が一族の死出の旅を飾らん。
──────────────────────────────────
その文面の末尾に添えられたるは、紛れもなき旧ルーケイ伯の紋章。
「これは‥‥中ルーケイに巣くう逆賊どもの仕業か!?」
我知らず、警備兵は声に出していた。
「恐れを知らぬ狂信者どもめ!」
襲撃を受けたのは先王エーガンの寵姫、マリーネ姫の庇護下にある者達。過日にアネット邸占拠事件に荷担しながらも、姫に許されてネバーランドで新たな人生を歩み始めた者達だった。2人の大人は襲撃者達から子ども達を守ろうとした末に落命したのだ。
●現状分析
毒蛇団との接触を果たし、王都に戻って来た冒険者達を待っていたのは、蜂の巣をつついたような王都の大騒ぎ。かの襲撃事件の現場のみならず、旧ルーケイ伯の遺臣を名乗る者達は、血の報復を宣告する文書を王都のいたるところにばらまいていた。さらにマリーネ姫の元には、切断された子犬の生首までもが送り付けられたという。しかも、添えられた手紙にはこんな言葉が。
『やがてはおまえとオスカーもこうなる』
お陰で王都の治安を預かる警備兵達は、誰もがぴりぴりしている。
「いや‥‥大変なことになりましたねぇ」
などとぼやきながらも、ルーケイ伯の参謀格を自認する地球人のサラリーマン某氏は、各方面から集めた情報を冷静に分析。そして判断を下した。
「どう考えても、王都で起きた一連の事件は毒蛇団の手の者の仕業です。これは我々と遺臣達とを戦わせ、戦力を消耗させようとする企みに違いありません。ですが騒ぎがこれだけ大きくなった以上、王都の貴族も民もそうとは受け取らず、逆に遺臣達を疑ってかかるでしょう。お披露目の開催もこれで難しくなりましたねぇ‥‥」
●エルート王の助け船
助けの手は思わぬところから差し伸べられた。あのエルート王がルーケイ伯を主賓に招き、大型フロートシップ・イムペットの艦上で大々的な晩餐会を催すというのだ。しかもそれは、ルーケイ伯の花嫁選びのためものだとか。
「そなたもそろそろ、良縁を得て身を固めた方がええじゃろう?」
‥‥エルート王、どこまで本気なんだか?
●エーロン王の要請
続いてフオロ分国のエーロン王からも、ルーケイ伯に対して次のような要請が出された。
《1》西ルーケイ平定戦と同時に王が予定している、王領バクルの悪徳代官討伐戦において、ルーケイ水上兵団を派遣すること。
《2》毒蛇団との接触において、ギリール・ザンより渡された物品を速やかに引き渡すこと。
事態は急展開を迎えつつある。
●リプレイ本文
●王妃の遺品
辛くも襲撃者の魔手から逃れた子ども達は、冒険者街にあるゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の住処に保護された。
「大丈夫。もう、ここは私の家の中。誰にも貴方達を傷つけさせません」
馴れた手つきで傷の手当て。
「本当に大丈夫なの?」
「こここなら大丈夫」
子ども達の恐怖の記憶はまだ生々しい。何度も言い聞かせて抱きしめ、ハーブティや蜂蜜を湯に溶かしたものを与えて落ち着かせた。
冒険者街にいれば、少なくともこれまでよりは安全だ。各所の住処で飼われている魔獣や猛獣のペットに気を付けさえすれば。
子ども達を守って命を落とした二人の男については、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)がその遺族を見舞った。
「せめてもの気持ちです。どうかお受け取り下さい」
感謝の言葉と共にそれぞれの遺族に100Gを寄付。
遺族の一人は感謝の言葉と共にこれを受け取ると、ルエラに告げた。
「どうか、あの人の事を忘れないでいて下さい」
さらにルエラは子ども達の仕事先の主人にも、労働を休ませる対価として100Gを寄付した。これで出費の総計は300G。
これらの仕事を済ませると、ルエラは信者福袋(eb4064)と共に、王弟カーロン・フオロに拝謁した。エーロン分国王に求められた物を渡す前に、カーロンの話を聞いておきたかったのだ。
「王家の重大な秘密に関わる品と思われますが‥‥」
二人から手渡された宝箱の蓋を開け、中味を確かめたエーロンはひどく深刻な面もちになった。
「これは我等が母君の‥‥即ち、凶徒の手にかかり殺害されし先の王妃陛下の指だ。指にはまりしこの指輪は間違いなく我等が母君のもの。王家の者以外には秘密にされていたことだが、かの暗殺事件の折り、凶徒は母君の遺体から指を切り取り持ち去ったのだ」
「これをそのまま陛下にお渡しして良いものでしょうか?」
と、福袋が尋ねる。
「かの暗殺事件の黒幕は旧ルーケイ伯とされていたが、確たる証拠があった訳ではない。濡れ衣ではないかと疑う声も王家には多く届いていた。旧ルーケイ伯亡き後のルーケイ叛乱にしても、その疑い故に参戦を渋る騎士は数多くいた。それが叛乱平定の頓挫にもつながったのだ。しかし、毒蛇団の首領ギリールの言葉が本当であれば‥‥我々は旧ルーケイ伯が暗殺事件の黒幕であるという動かぬ証拠を手に入れたことになる」
元々、毒蛇団は旧ルーケイ伯の雇われ盗賊だったのだ。旧ルーケイ伯の命令を受け、数々の汚れ仕事を引き受けていたという。
「我等が父君、先王エーガン陛下であったなら、即座に王命を下したであろう。未だ中ルーケイに居座る遺臣どもを、今度こそ皆殺しにせよと。しかし兄上であったなら‥‥」
沈黙し考え込むカーロン。しかし、考えたその結果を明かすことはなく、カーロンは短く伝えた。
「これはそのまま兄上に渡してくれ」
ルエラと福袋はエーロン分国王の元へ参り、これまでの経緯を伝えて宝箱を手渡した。
宝箱の中味を確かめた時のエーロンの顔ときたら。あんなに恐ろしいエーロンの顔を、それまで二人は見たこともなかった。そしてエーロンは、
「下がれ」
その一言で二人を立ち去らせた。
●調査
信者福袋の仕事はまだ続く。お次は毒蛇団討伐戦を控えた王都の動向、並びに王領バクル代官シャギーラの身辺調査。その結果だが、王都の貴族も民もその関心は間近に迫った遺臣軍懲罰戦に向けられている。真の目的である毒蛇団討伐戦が妨害を受ける気配は無さそうだ。毒蛇団との癒着を理由に討伐対象となったシャギーラについては、さまざまな悪事への荷担がまことしやかに噂されている。それが単なる噂かそれとも真実かは、シャギーラ討伐が成功を迎えた後に明らかになるだろう。
●テロリストとの和平交渉
「信心深いかどうか知らないが、向こうはムスリム(イスラム教徒。ジ・アースではアラビア教徒)みたいだ。酒は御法度、豚肉も禁忌だから、贈り物したり食事会に誘うならその辺りを注意しないとな」
バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)のそんな助言を受け、テロリスト・シャミラとの和平交渉を受け持つ冒険者が向かった先は、冒険者ギルドの総監室。
和平交渉の中心人物たるルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)が、立会人として冒険者ギルド総監カイン・グレイスを希望したことにより、この場所が選ばれたのだ。
既にシャミラは部屋で待っていた。お馴染みの覆面姿で。
「さて、こちらも色々忙しいので早々に本題に入ろうか」
と、アシュレー・ウォルサム(ea0244)が真っ先に切り出した。
「詳しい話はこちらのルーケイ伯から直に」
この言葉を受け、アレクシアスがその先を続けた。
「過去には色々あったが、過去は過去としてひとまず置こう。俺は未来において、君達と共存が可能かどうかを見極めたい。そこで聞こう。君達はこのウィルの国において、どう在りたいのだ?」
「我々は如何なる権力者の圧政にも屈しない。暴政を敷く悪王に対しては最後まで戦い続ける。しかし現在のウィル国王を見るに、先王とは異なり賢明なる為政を行っている。今のところはな。ならばその善政が続く限り、我々もウィル国王の権威に服そう」
「逆に言えば、状況が変わればいつでも陛下に反旗を翻すということか?」
と、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が疑わしげな面もちで尋ねる。するとシャミラはこう言った。
「それがパワーゲーム(権力闘争)というもの。鬼面男爵、地球の歴史を知る地球人の貴方なら良く分かっているはずだ」
「また地下に潜って悪さをするつもりですか?」
と、機を制して言葉を放ったのは山下博士(eb4096)。
「それよりも、日の当たる場所で人々の幸福の為に尽くした方が良いと思います。いままでのことでウィルが受け入れるかは別の話ですが」
さらにセオドラフ・ラングルス(eb4139)が言い添えた。
「この国での栄達を望むのであれば、騎士の作法を多少なりと学んだ方がよろしいでしょう」
これまでとはやり方を変えろとの仄めかしだ。
そして、アレクシアスが告げる。
「今後の平定戦への協力及び功績次第では、君達に西ルーケイの地を預ける事も考えている」
「いや、それは‥‥」
それを聞いたベアルファレスが何か言いかけだが、すかさずアシュレーが制した。
「双方、共に戦わず平和共存で行くなら、問題はないだろう? ‥‥とりあえずは」
「ただし、それには条件があります」
と、博士。
「それは、あなた達がこの世界での世界革命を目指さないことです。むしろ理想郷を作って、人々の幸せを実現することを望みます」
世界革命。地球人以外には馴染みの無い言葉だが、有り体に言えば革命の理想を振りかざして権力者相手の抗争を他国にまで広げ、諸国での権力奪取を図ることだ。
「理想郷か‥‥。悪い話では無いな」
シャミラの目元が綻んだ。
「今後、西ルーケイに我等の自治領域が確保され、我等の自治が保障されるなら異存は無い。その和平案を受け入れよう」
「では、和平が成った印に‥‥」
アレクシアスが右手を差し出すと、シャミラもその手を自分の右手で握り、ここに両者は固い握手を交わした。
もっともアレクシアスの真の狙いは、シャミラの勢力を一地域に定住させる事でその活動を管理すること。当然、監視役も付く。シャミラとしても、恐らくその事は察しているはずだ。
「ところで、一つ訊ねたいことがある」
と、アレクシアスはシャミラに質問を向ける。
「王都では旧ルーケイ伯の遺臣を名乗る者達が、派手な騒動を引き起こしているが。これについて君の見解を知りたい」
「私にそんな質問をするからには、貴方もあの者達が本物の遺臣であるとは信じていないのだろう?」
「やはり、彼らは毒蛇団の手の者だな?」
「他に考えられるか? 今回の騒動で一番得をしているのは毒蛇団だ。時にルーケイ伯、遺臣軍懲罰戦が間近に迫っていると聞いたが、その真の狙いは別の所にあるのだろう?」
「察しの通り。我々が真の敵とするのは毒蛇団だ」
すると、ベアルファレスが発言した。
「貴殿が毒蛇団の情報を提供してくれるなら有り難い。だが、これまでの経緯がある。そう簡単に貴殿を信用する訳にはいかない。そこで提案がある」
言って、ベアルファレスは交渉のテーブルに50G入った金袋を置いた。
「この50Gと引き替えに、毒蛇団についての有力な情報を何か一つ提示いただこう。但し、この場ですぐに真偽を確認できる情報だ。それが本当であれば、さらに50Gを支払おう」
「生憎だが、そのような都合のいい情報は持ち合わせていない。しかし‥‥」
そう言って、シャミラは羊皮紙の束をぽんとテーブルの上に置いた。
「私が知り得た毒蛇団の情報は全て、この羊皮紙の記録に纏めてある。拠点の詳細図に人質の詳細、さらに出没するカオスの魔物の情報も書かれている。内容が本当か嘘かは、毒蛇団が討ち取られた後に明かになるだろう。この50Gはいただいておく。残り50Gは記録が真実だと認められた時に」
そしてシャミラは金袋に手を伸ばし、自分のものとした。
最後に立ち会い人のカインが宣告した。
「この部屋で行われた交渉の全ては私が見届けました。私はこれよりジーザム陛下の元へ向かい、陛下のご処断を仰ぎます。陛下がお認めになった時、和平は正式に成立します」
●聖竜の殺害
これで交渉はひとまず終了。シャミラも幾分くつろいだ様子を見せる。その機をとらえ、アシュレーは質問を向けた。
「そういえば、各地で騒乱を起こしてるクレアというのがいるのだけども、そういうのに声を掛けられた場合、そちらならどうする?」
するとシャミラは答える。
「クレアなら、既に我々に声を掛けてきた」
これには驚かされたが、アシュレーは続けて次の質問。
「あくまでも仮定の話だけど、クレアと手を結ぶことになったらどういう手段を取るのかな? 参考までに教えて貰えるかな?」
「今の状況で我々がクレアと手を結ぶことなど有り得ない。しかし、あくまでも仮定の話として答えるが‥‥クレアと手を結ぶとしたら、我々はウィルの王に戦いを挑むための大義名分を掲げる」
「それはどのような?」
「聖竜殺しのジーザム・トルクを討ち滅ぼせ」
一瞬、その場に沈黙が流れた。誰もがその言葉の意味を計りかねたのだ。
「‥‥今の、もうちょっと詳しく説明してくれないかな?」
アシュレーに求められ、シャミラは言葉を続ける。
「一昨年の冬のことだが、聖山シーハリオンの麓に血塗れの竜の羽根が降り注いだ。冒険者の中には、その異変を知る者もいることだろう。その異変に関しては、次のような説を唱える者がいる。即ち、ウィルの新兵器が世界の監視者たるヒュージドラゴンの聖域に攻め入り、聖なる竜の一匹を殺害したのだと。その新兵器とは、最近よく王都ウィルの上空を飛び回っているアレだ」
「アレって‥‥ドラグーン!?」
その場がざわつき、皆が顔を見合わせたのを見てシャミラは言い添えた。
「最も、今は単なる仮説に過ぎない。しかしヒュージドラゴンの殺害が真実だと明かになれば、ウィルに敵対する諸国はウィルに戦争を仕掛ける恰好の口実を得ることになる。この世界でヒュージドラゴンは神にも等しき存在。それを殺害したとなれば、ウィルは間違いなくカオスと同等に見なされる」
再びその場を沈黙が支配する。ややあってカインが言った。
「今の話は内密に。決して、冒険者以外には漏らさぬよう願います」
●進言
総監室での和平交渉の後、ベアルファレスは登城してジーザム王に拝謁を求めた。多忙なジーザムだが、運良く話を伝える機会を得た。
「進言致します。テロリストは生き残る為なら手段を選ばず。それは、先の処刑場襲撃のやり方を見ても明らかです。故あれば寝返る者達など、信用できはしません。もしも味方に加えるのであれば、裏切らない為の忠誠の血判状に名を記させ、また彼らには然るべき監視役を」
「話はカインより聞いた」
と、ジーザムは穏やかに答えた。
「其の方の憂慮も尤も。勿論、我もテロリストなる者達への警戒を怠るつもりはない。が、今暫くは彼らの様子を見るとしよう」
ジーザムのその言葉が終わると、傍らにいたロッド・グロウリングがベアルファレスの耳に囁く。
「このような事でいちいち陛下を煩わせるな。だが鬼面男爵、これまでの貴公の働きは俺も評価している。今後、そういった話は俺の所に直接持って来い」
●犯人逮捕へ
ネバーランドの子ども達が襲われた場所に、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は立っていた。事件の発生はちょうど1週間前。今ならゾーラクの魔法で探りを入れられる。
パーストの魔法を幾度か繰り返し、ゾーラクは襲撃時の状況を掴んだ。続いて襲撃者達の姿恰好を、ファンタズムの魔法を使ってその場に再現した。
「襲撃者は5人か。見るからに人相の悪い奴らだね。だけど、そのうち2人は覆面か」
共に行動するアシュレーはそう言って、目の前に現れた幻影に向かって手持ちの携帯電話を向け、襲撃者の人相を画像として記録。
「成る程、こういう奴らか」
魔法による現場検証に立ち会った警備兵も、幻影を元に似顔絵を作成。こうして用意された手配書が王都中に配られた。
間もなく、人相の明かな3人のうち1人の居場所が判明。何と、その男はケチな盗みの罪で牢にぶち込まれていた。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけどな。正直に話した方がいいと思うよ」
アシュレー達に迫られ、男は仲間の居場所をあっさりと白状。残る2人の隠れ家は、王都の城壁の外に広がる林の中のあばら屋だった。
隠れ家に踏み込んだ冒険者達が2人を捕らえるのに、さほど時間はかからなかった。2人とも格闘に関しては素人同然だったのだ。
「許してくれぇ。俺達はベクトの町の連中に雇われて、手伝いをしていただけなんだぁ」
と、捕らえられた男達は弁解する。話によれば殺害を行った覆面の2人は、掃き溜めの町ベクトからやって来た闇の仕事人達ということだった。
捕り物に協力したネバーランド総監のルエラは、ひとまず王弟カーロンへの報告に赴く。
「残念ながら主犯の逮捕には至りませんでした」
「そうか。しかし町のゴロツキを雇い子どもを狙うという襲撃の手口、とても誇り高き遺臣達の仕業とは思えん。どう考えてもこれは盗賊のやり口だ」
「やはり毒蛇団の仕業でしょう。主犯達が潜んでいるのは、ベクトの町にある闇の仕事人達のアジトです。私の方から一味の討伐依頼を出しても宜しいでしょうか?」
「いや、それには及ばぬ」
と、カーロンは答えた。
「既にロッド卿の総指揮の元、毒蛇団討伐戦の一環としてベクトの町での討伐戦も準備が進められている。首尾良く行けば、ベクトの町の悪党どもは一網打尽にされるはずだ。ルエラには引き続き、ネバーランドの子ども達を頼む」
●医療兵
王都での仕事が片付くと、ゾーラクは東ルーケイのクローバー村を訪ね、村の統治者ガーオンの許可を得て村の警備兵達の中から医療行為への従事者を募った。
これらの警備兵達は、かつてルーケイ伯の捕虜であった者達である。
「給金も装備も技術もこちらで支給します」
彼女の誘いに関心を持つ警備兵は多かった。
「医療に専念という訳にはいかないが、戦場では怪我をしたり病にかかる危険も大きい。今後の為に、少しでも医療の知識を得たい」
先には紅花村で医療従事者の希望を募ったが、クローバー村の警備兵達の医療に対する関心は、紅花村の村人にも増して高いものだった。
それからのゾーラクは多忙を極めた。しかしその努力の甲斐あって、大勢の警備兵達が消毒や応急手当のやり方を習得した。
最後にゾーラクは、遺臣軍との戦いに同行する者を募る。
「実際の治療活動を体験する良い機会ですから」
すると、警備兵の全員がこれに応じた。
「もとから、遺臣軍とは一戦交えるつもりでした」
彼らは戦場に向かうことになる。剣と包帯と消毒の白ワインを携えて。
●お手柄
ルーケイ水上兵団の本拠地、紅花村にやって来たセオドラフ・ラングルス(eb4139)は、快く歓迎されたわけではなかった。
「船を守りに来たって?」
「はい。毒蛇団討伐戦が間近に迫った今、我々が最も受けたくない被害は、移動手段すなわち船舶への被害です。逆に言えば、我々の敵にとって最大の狙い目とも言えます。水上兵団が遺臣軍懲罰戦に参加する事で、紅花村の防備は手薄になりましょう」
「そりゃ、戦の準備はもう始まってるけど、戦いが始まるのはまだまだ先じゃないか。それにあんたが言うような事は、こっちだってとっくに承知さ。対策はしっかり立ててあるんだよ」
このお節介め──とでも言いたそうな目で、水上兵団を仕切るムルーガはセオドラフを睨んだが、しかし彼の希望を拒みはしなかった。
「だけどまあ、せっかくここまで来たことだし。警備をやりたいなら好きなようにやりな」
村に着いたその日から、セオドラフは村の警備兵に混じって見回りを始めたが、村は平和そのものである。最初の日は何事も無く過ぎた。しかし次の日の真夜中、事件は起きた。
その不審人物達を真っ先に発見したのは、見回り中のセオドラフ。その者達は陸に上げられた船の陰に身を潜め、辺りの様子を伺っていた。
「ここで何をしているのです?」
誰何した途端、相手は突っ込んで来た。咄嗟にサンショートソードを抜き、峰打ちを喰らわせた。途端、相手の手からナイフが転がり落ちる。後ろからももう一人が迫って来たので、さらにもう一撃。
そうこうするうちに警備兵達がやって来て、曲者達を取り囲んだ。
「動くな! 観念して武器を捨てろ!」
曲者達は捕縛され、警備隊長はセオドラフに一言。
「お手柄だったな、鎧騎士殿」
その翌朝。
「曲者達の身元は分かりましたか? やはり、毒蛇団の手の者でしょうか?」
セオドラフが訊ねると、警備隊長は首を横に振る。
「いいや、彼らは遺臣軍の者達だ」
「遺臣軍?」
「そうだ。奴らはルーケイ伯の人質になっているマーレンを奪回しようと、村に忍び込んだという訳さ」
だが、マーレンはここにはいない。マーレンはルーケイ伯の希望を受け、遺臣軍懲罰戦に従軍していたのだ。
●遺臣軍懲罰戦
伝令を務める山下博士(eb4096)のグライダーが、派手なホバリング音を立てて空を飛び回っている。後の西ルーケイ平定戦に備え、グライダーは騒々しいものだと敵方に印象づけるためにそうしているのだ。そうすれば無音のサイレントグライダーを効果的に投入できる。
ルーケイ伯アレクシアスはクローバー村の西方、布陣する遺臣軍を臨む場所に陣を敷いていた。ルーケイを巡る情勢は急迫している。急遽、ウィル国王ジーザムより下された遺臣軍懲罰戦の王命を拝し、アレクシアスは懲罰軍の総指揮官としてここにいる。
背後には国王より貸与されたバガン部隊とフロートチャリオット部隊、さらに砲丸を搭載した空戦騎士団のグライダー部隊、そしてガーオン率いるクローバー村の守備隊に、援軍に駆けつけたルーケイ水上兵団の猛者達が控える。
「まず言っておく。この戦は連中と俺たちとの手加減なしの力比べだ。そしてこの一戦で正々堂々勝つ事によって、連中の内に巣食う毒蛇を叩き出す契機とする。故に油断なく、全力を以って相手を叩き伏せろ」
と、陸奥勇人(ea3329)はルーケイ伯が与力の一人として、その傘下に入った兵士達に告げる。
「ただし。ルーケイ伯から相手への事前通告にある通り、基本指針に則って行動するようにな。言うまでも無いが、武器を捨て投降した相手への追撃は禁ずる」
アレクシアスと肩を並べるのは、旧ルーケイ伯の遺児マーレンに、その実の姉であるリリーン・ミスカ。リリーンの横に立つ冒険者は、彼女の背中の守りとなることを決意した本多風露(ea8650)だ。
ルーケイ伯がマーレンを参戦させた理由は、旧ルーケイ家当主としての責任と名誉にかけて遺臣軍と戦う事で、自身の潔白を証明させる為。暗殺防止の為、彼の身辺にはスレナスと水上兵団の精鋭を付けさせている。
「‥‥これはお前の護りとなるように」
戦いに先立ち、アレクシアスはリリーンの手を取りプロテクションリングを贈る。
「竜と精霊のご加護を」
指輪の填った手を固く握り、リリーンは祝福の言葉を返す。
この懲罰戦の真の目的はアレクシアスも聞かされていた。これは毒蛇団を油断させる為の戦い。国王軍とルーケイ伯軍は遺臣軍との戦いにかかりきりと見せかけ、その裏で毒蛇団の隙を窺うのだ。
騒々しく飛び回っていた博士のグライダーが、地上にひしめく懲罰軍の頭上に浮かぶフロートシップに着艦した。観戦者を乗せたこの船にはエーロン分国王とマリーネ姫も乗船している。
「敵はぼくに対するあからさまな敵意を示しました。願わくば、ぼくにその侮辱をそそぐことをお赦し下さい」
博士のその言葉を聞き、マリーネ姫は気丈に言い放った。
「あなたはもう子犬ではなく立派な猟犬です。子犬の首の報いは敵兵の首で」
船には王都の貴族や名士達も、数多く乗船していた。名高いルーケイ伯の戦いを一目見んと望む者は数多く、抽選のくじ引きに漏れた者は乗船者の2倍もいた程だ。彼ら観戦者に対する解説者を務めるのは、鬼面男爵ベアルファレス・ジスハート(eb4242)だ。
「かつてのルーケイを治めし者達と今まさにルーケイを治めし者達の戦い。これほど因縁深い戦はそうはありますまい」
その語り口はドラマチックで、あたかもこの戦いが逆賊の討伐戦ではなく、騎士同士の正当なる戦いであるかのような彩りを与えている。それもベアルファレスの狙いだ。
だが、解説ばかりではない。ベアルファレスは不審人物への警戒を怠らず、周囲の様子に始終目を光らせていた。それは彼の傍らで、ゴーレムの模型を手に戦術の解説をサポートする越野春陽(eb4578)にしても同じである。
「ルーケイ伯のご意向により、この戦いは騎士道に則って戦われることになります。今、事前勧告の使者が敵陣に向かいました」
ベアルファレスは双眼鏡で状況を確認。観戦者達も俄然、色めき立つ。
「使者が戻りました。戦いの始まりはもうすぐです」
アレクシアスの右手がサンソード「ムラクモ」を高々と振りかざした。それが開戦の合図。アレクシアス率いる国王軍は、遺臣軍の陣地に向かって進撃を開始した。
●一騎駆け
進軍する国王軍をリードするように、陸奥勇人は愛馬『焔(ほむら)』を駆る。一騎駆けだ。その後方にはアレクシアス、マーレン、リリーンを中核とした精鋭部隊。アレクシアスとマーレンは、それぞれ新旧ルーケイ伯の紋章旗を掲げる。その両翼をチャリオット部隊が固め、さらに歩兵隊と弓兵隊がその後方に続く。
上空をグライダーの機影がかすめ、暫くすると敵陣に対する砲弾攻撃が始まった。さらに頭上を無数の矢が飛んで行く。弓兵隊による援護射撃だ。
敵陣からも矢が放たれた。ことに先行する勇人は狙い撃ち状態だが、矢の嵐をものともせず勇人は進む。狙いは敵ウィザード、そして敵の指揮官。
「どこにいる!? ‥‥あれか!」
敵の指揮官と思しき影を目にした時、敵騎兵の一隊が突出して来た。
「何!?」
敵騎兵隊は勇人には目もくれず、後続の左翼に迫る。
突然、それは起きた。左翼のチャリオットが3台まとめて、兵士もろとも宙に舞い上がったのだ。ローリンググラビティーの魔法だ。
「騎兵隊の中にウィザードか!」
舞い上がったチャリオットは一転して落下し、左翼は混乱。敵騎兵隊は方向を変え、右翼を狙って進撃するも、それを味方の精鋭部隊が阻む。前方を見れば、敵指揮官に率いられた歩兵隊が突進してくるではないか。
勇人は馬から飛び降り、愛馬を引き下がらせた。ここから先は混戦になる。突進して来る敵兵に向かって勇人は呼ばわった。
「さぁて、ここからが本番だ。我と思わぬ者は掛かって来い!」
●敵のウィザード
気がつけば本多風露は乱戦のまっただ中にいた。後方で味方の歩兵達が一斉に舞い上がり、次いでチャリオットが舞い上がる。敵ウィザードの仕業だ。前方で勇人が繰り広げられる戦いは凄まじい。相手は敵指揮官だが、加勢せんとする敵兵達が次から次と群がり寄る。勇人はそれを無造作に打ち払い、ひたすら敵指揮官との勝負に集中する。
「邪魔立てするな! これは俺の勝負だ!」
配下の兵士に指揮官が叫ぶのが聞こえたが、たちまちその姿は寄り集まった敵味方の兵の影に隠れて見えなくなる。
マーレンの元にも敵兵が殺到。それを押し阻まんとする水上兵団精鋭と激しくぶつかり合う。敵兵の目的はマーレンの奪取だったが、それが叶わぬと知るや口々に叫んだ。
「マーレン様! 先に進んではなりませぬ!」
「この先には罠が!」
罠‥‥!? その言葉にはっとした風露だが、目の前でまたも味方のチャリオットが舞い上がった。
敵のウィザードを仕留めねば! 意を決し、風露は荒れ狂う海に乗り出す小舟のように、群がる敵兵の中へ押し入った。
行く手を阻む敵の剣を無我夢中で受け、かわし、ついに敵兵の壁を突き抜ける。開けた視界に遺臣軍の騎兵がいた。ローブ姿のウィザードも騎兵と同じ馬の上。その手が空に向かって突き出された。狙いは空を飛ぶ博士のグライダー。己の実力を隠そうと、あえて低空・低速でふらふらと飛行していたのが災いした。
高速詠唱で放たれるローリンググラビティー。グライダー周囲の空間で重力が反転し、続く重力の上下変動でグライダーは完全に安定を失った。
墜落するグライダー、機体から投げ出された山下を見て、敵兵と味方兵が殺到する。ししかし風露はもはや目もくれず、ウィザードに狙いを定める。
「夢想流剣士、本多風露参ります!」
まず馬を狙え! 風露が軍馬に斬りつけるや、横腹から血を吹き出して軍馬が傾ぐ。その機を逃さず風露はジャンプ、日本刀の切っ先を馬上のウィザードに突き入れた。
勝負あり。ウィザードが落馬する。返す刀で騎兵を斬り倒すと、風露は地に倒れたウィザードに日本刀を突きつけた。
背後からリリーンの声が飛ぶ。
「殺すな! 生かしておけ!」
ローブの下のウィザードの顔を見ると、それは風露と同じ歳くらいの女だった。
●待ち伏せ
おかしい、様子が変だ。
シン・ウィンドフェザー(ea1819)が振り返ると、後からついてくるはずの兵士達の姿が消えている。
「森の中の一本道、迷うはずもなかろうに」
シンが率いる1隊は中ルーケイにある遺臣軍の拠点を目指していた。旧ルーケイ伯と毒蛇団の繋がりを証明する物証が隠されているとしたら、ここしかないとマーレンから教えられていた。しかし森を進軍中、10人いたはずの兵士のうち5人が消えていた。
「どうする? 引き返して探すか?」
立ち止まって思案していると、突然頭上から木の枝が襲って来た。まるで意志ある生き物のように兵士達を打つ。
「敵だ! 敵がいる!」
前方に弓矢を構えた遺臣軍兵士がいる。
「木の陰に隠れろ!」
ところが森道から森の中へ踏み込んだ途端、電光が迸った。
バシッ! バシッ! 強烈な電撃に体を貫かれ、味方兵の2人が倒れる。
前方からローブ姿の男が近づいて来る。年老いたウィザードだ。深い皺の刻まれた顔は巌を思わせ、見開かれた目が鋭い眼光を放つ。
(「さては、ヤツが黒幕か!?」)
「ここより生きて帰ることは出来ぬぞ!」
ウィザードが言い放つ。敵兵達が矢の狙いをシンに定め、じりじりとにじり寄る。
そして、敵の矢が一斉に放たれた。
シンに授けられた炎の紋章が光を放ったのは、その時だった。
まるで、彼を中心に超越レベルのファイヤーボムが、立て続けに炸裂したかのよう。地球人なら太陽がそこに出現したと言い表しただろう。その結界の中に飛び込んだ矢は、瞬時に燃え尽き、鏃は丸い滴となって弾けた。
‥‥気がつけば、ウィザードも敵兵も逃げ去っていた。足下には打ち倒したばかりの敵兵が転がり、残された味方兵は畏怖の目でシンを見つめている。
炎の紋章は神秘の力をシンに宿し、シンを敵から守ったのだ。シンは無我夢中で剣を振るい、敵を撃退した。
しかし、途中で行方不明になった味方兵達は、ついぞ発見出来なかった。
●ルムス村の戦い
クローバー村の北方にあるルムス村もまた、遺臣軍懲罰戦の戦場となった。
戦いに先立ち、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)はルーケイ伯の名代として、ルムス村の西方に布陣する敵指揮官と対面。
「卿(おんみ)らに対する懲罰戦の命が下った。フェーデは貴族に認められた正当な権利であるが、貴公らはやり過ぎたということだろう。互いの正当性を掛けて戦うことになるが、その前に取り決めを行いたいと思うが返答やいかに?」
「あくまでも騎士道に乗っ取り、正々堂々と戦うという事か。良かろう」
敵指揮官も交渉に応じ、こうして次の取り決めが為される。
・騎士・郷士・傭兵・冒険者・ウイザードの精兵のみが戦闘に参加。互いの農民兵やゴーレム等は除く。
・全員が戦闘にならずとも、人数・時間などの規定または全体の趨勢が決まれば終結。
・戦場はルムス村に被害の出ない、中ルーケイと東ルーケイの境たる平野部。
最後に指揮官は告げる。
「仮に我等が敗北したとして、中ルーケイに退却する我等を追撃せぬ事を約束して頂きたい」
「約束しよう」
こうして段取りは整えられ、決戦の時が来た。
遺臣軍側は総勢30名。対するルムス側は総勢15名で、加勢に加わった冒険者はバルバロッサ、七刻双武(ea3866)、シュバルツ・バルト(eb4155)のたった3名。人数だけを見れば圧倒的に遺臣軍有利だ。
「戦いの前に、遺臣達に述べたきことありき」
決戦に先立ち、双武は遺臣軍の兵士達に次の言葉を贈る。
「清濁を合わせ、統べるのが君足る者の勤め為れど、内より現れ、自身のみ為らず、外をも食い破らんとする疫病を放置するのは、今日に至る過ちであった。君は、道を誤らず常に敵に備え、病を克っする術を模索しいたがその手足までは、その気高き思い届かぬ物なりや、否や。今一度、その思い確かめんが為の戦と心得、汝が魂を奏でよ。然るべき後に、君の名を重んじる物は剣を預けよ」
その言葉が終わるや、敵司令官は双武に敬礼。敵兵士の多くもそれに倣った。
そして戦いの火蓋が切られる。前衛に立つ冒険者3名に敵の攻撃は集中した。
次々と飛来する敵の矢。それを盾で防ぎつつ、双武はお返しとばかりにライトニングサンダーボルトを放つ。互いの矢が撃ち尽くされると、両軍は剣と剣とがぶつかり合う接戦に雪崩れ込む。敵の攻撃は凄まじく、双武の服もシュバルツの鎧も見事に血で染まった。もはやそれが自分の血なのか、敵兵の返り血なのかも分からない。
「無理はするな! 俺を盾にしろ!」
バルバロッサが怒鳴り、大胆な足取りで群がる敵兵のただ中に踏み込む。獲物が自らやって来たとばかりに、勢いづいた敵兵が次々と斬りつけるが、鎧を狙えば弾き飛ばされ、手足の露出部を狙ってもかすり傷しか負わせられない。
「こいつ、化け物か!?」
狼狽えて叫ぶ敵兵。バルバロッサ、向かうところ敵無し。気がつけば遺臣軍の体勢はあちこちで崩れ始めていた。
「総員撤退!」
敵指揮官の声が戦場に響く。遺臣軍は善戦したものの、劣勢はもはや覆しようがない。遺臣軍が波が引くように撤退を開始し、やがてその姿は中ルーケイの奧へ消える。後には無人となった遺臣軍の陣地のみが残された。
●救護所にて
ゾーラクにとってはあまり嬉しい話ではないが、クローバー村に設けた救護所は大繁盛。運ばれて来るのは味方よりも、敵兵の方がずっと多い。
息も絶え絶えの敵指揮官を担いで陸奥勇人が現れた時、ゾーラクは血だらけの勇人の体を見てその身を案じた。
「服を脱いで手当てを‥‥」
「俺のことなら心配するな。これはみんな返り血だ。それより、こいつを助けてやってくれ。このまま死なせるには惜しい」
仮設ベッドの上に、勇人は敵指揮官の体をそっと下ろした。気力を振り絞って最後まで戦った敵指揮官は瀕死状態だった。
「ポーションを使いましょう。これで助かります」
救護所を出た勇人は愛馬の元に向かう。『焔(ほむら)』は体中に敵の矢を受けて傷だらけだった。
「よく頑張ったな」
勇人は愛馬を労い、ポーションを飲ませてその傷を癒してやった。
●刺客
国王軍の勝利に湧くフロートシップの甲板。そこで春陽は、物陰からマリーネ姫を伺う怪しい影に気付く。
「そこで何をしているの!? 待ちなさい!」
隠れていたその者は声をかけられるや、脱兎の如く逃げ出したが、たちまちマリーネ姫親衛隊の者達に捕らえられた。それはまだ年端もいかぬ少年。しかしその手はナイフを握りしめていた。
●身柄預かり
「しっかりして! こんな怪我くらいで死なないわよね!」
グライダーが墜落し、担架に乗せられて運ばれて来た山下博士に駆け寄るマリーネ姫。
「心配いりません。でも、ちょっと油断しました」
博士は笑って立ち上がった。
「良かった‥‥」
姫の顔に微笑み。
「無事だったか」
安否を気遣っていたエーロン分国王も一瞬顔を綻ばせたが、直ぐに厳しい顔つきになって博士に一言。
「戦場で手抜きをするからこうなるのだ。計略ならば、いま少し自愛せよ」
「もったいないお言葉。感謝します」
そしてエーロン王はアレクシアスを呼び寄せる。アレクシアスがマーレンを伴って参上すると、エーロン王はまだ年若き旧ルーケイ家の当主に近づき、その顎を指で持ち上げてじろりと顔を覗き込む。
「お前がマーレンか」
そして、エーロン王はアレクシアスに告げた。
「こいつの身柄は俺が預かる。異存はあるまいな? ‥‥そんな心配そうな顔をするな、命は保障する。分国王の王座にかけて、その事を誓おう」
そこまで言われては仕方ない。アレクシアスは同意し、こうしてマーレンの身柄はエーロン王に預けられた。