●リプレイ本文
●村を後に 1日目
「まかせておけ!! お前達のおとーちゃんはおいら達がきっと見つけて連れ戻してきてやるさ!!」
「きっとだよ、ジムにいちゃ〜ん!!」
村外れまで追いかけて来た子供達にジム・ヒギンズ(ea9449)は馬首を巡らせ大きく手を振って応えた。子供達も母親達に耳を引っ張られ、尻を叩かれ、それでも飛び上がっては顔をくしゃくしゃに力一杯手を振って来る。そうなると後ろ髪引かれジムはなかなか先に進めない。
「大変な期待のされ様だね」
迎えに夜光蝶黒妖(ea0163)がハーフエルフのアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)と戻って来た。
こくり頷くジムは鞍に跳び上がりこれが最後と叫んだ。
「ああっ!! きっとだー!!」
そんなジムに目を細め、アレクセイは諭す様に声をかけた。
「もうすぐ夕暮れです。急がないと門が閉まってしまいますよ」
夕暮れが近付き、徐々にウィルの門が閉まる時刻が迫っていた。
「判ってるよ」
風の運ぶ声に背を向け少し神妙な面持ちになるジム。唇を尖らせへの字に口を結ぶ。
パンとアレクセイがジムの背を軽く叩く。
「さて、新天地での最初の依頼ですね。あの子供達に笑顔を取り戻してもらう為にも頑張りましょうか」
「いってぇ〜なぁ!」
傷みにか潤んだ瞳で見返すジムに、静かな黒い瞳と、穏やかな青い瞳が見つめ返す。その上空を、ぴーひょろろろ〜と二羽の鷹が、鳴き声も高く悠然と舞っていた。
「このUSAってアメリカ合衆国の事? アメリカ人の天界人がお店に絡んでいるのかな?」
8人がぽくぽくと並足で馬首を並べ次々と例の小箱を手に取る。黒妖から地球の天界人クーリエラン・ウィステア(eb4289)へと渡り、少女は自信無さ気に呟いた。
「‥‥アメリカ人? クー‥‥リザードマンみたいな別の種族か?」
黒妖はじっと小箱を見つめた。
「え〜っと、アメリカ人は」
その瞬間。クーリエランの小悪魔的性格が電光の様に輝き、とんでもアメリカ人を説明してのけたのだ。詳細割愛♪
「そ、そんな」
一同に動揺が走る。皆、馬を止めクーリエランの話を聞き入っていた。
「おおっ、ジーザス!」
クーリエランはにっこり。
「あは。とんでもない国だけど一人一人は普通の人間だから、イエローケーキとか持ち込んでない限り大丈夫だと思うよ」
一同ほっと胸を撫で下ろす。チカ・ニシムラ(ea1128)は更に一言。
「みゃぅ、じゃあ安心だね。そのケーキって美味しいの?」
「味はどうかな? でもね食べたら確実に死んじゃうと思うな」
「ふみゅぅ、あたしいらない」
べろを出して嫌な顔をする。皆ようやく微笑を取り戻した。
「ちなみにこれは黄燐マッチって言うんですよ」
「黄燐マッチ?」
声を揃える一同に知識の一部を披露。
「オレンジ色の部分を軽く擦るだけで火が着くんだよ。マッチお土産に渡す所ってお酒飲む所だよね。カジノバーってあるし」
●青空の下 2日目
ごろんと寝転がり思いっきり伸びをする。
「みゅぅ〜♪」
今日もこの宿の屋根はほんのり温く気持ちいい。冷たく元気な風さんは、屋根裏部屋のでっぱり三角窓にひゅるるると滑って大空へ次々と大ジャンプ。
それをのん気な風さんはぼんやり眺めてほっかほか。チカも一緒にほっかほか。とろとろとまどろみにまぶたもゆっくり下りてゆく。さわりさわりと風さんが手にとって遊ぶチカの髪、視界の隅で金色にき〜らきら。
すると、さわりさわさわ。少し固い。
薄っすらと目を開く。左の頬に青みがかった縞々尻尾がふ〜りふり。ちょっとごめんなさいね、と言った仕草で一匹の猫がゆっくり丸くなる。
「みゃぅ? あなたアースハットさんの猫さんね?」
頬に息がかかる。眠そうに欠伸で返答する猫。チカはほっそりとした白い腕で、まるで青いしましま枕みたいに丸くなった猫を、そっと両脇の下に掌を差し入れひょいと持ち上げた。少し無理な体勢だったけど指輪の力が助けてくれる。
むにゅむにゅとした毛皮の感触と、その下にある柔らかな筋肉が何とも心地良い。自然とにっこり。
「な〜」
「な〜‥‥そういえばあなたのお名前は? あたしはチカ・ニシムラ。チカって呼んでね」
真っ黒な瞳で、空が映ったチカの瞳をじっと見返して来る。
「な〜」
前にもこんな事、無かったっけ? ぼんやり考えるけど何だか面倒。そのままそっと抱き締める。とっても暖かくてふわふわ。小さな心音がとっとっと‥‥と聞えて‥‥聞え‥‥て‥‥
「まぁ、うん‥‥いいんでない?」
一方飼い主は仕事に励む。
「すいません。あの人の特徴って言ってもすぐこれと‥‥」
「いや、充分助かるぜ」
軽くウィンク。アースハット・レッドペッパー(eb0131)の目の前で乳飲み子を抱える若奥さんは、悲痛な表情が妙なかげりとなってか相変わらずドキッとする程の色香があった。一瞬のいけないトキメキに冷や汗をかき、傍らの相棒に気取られてないかとちらり横顔を盗み見た。
「この箱は私がお預かりする。少々気になるのでな。いろいろと役に立ちそうだし。貴殿も母親として、心をしっかりと持つのだ。その子の為にも」
「はい。どうかお願いします。あの人をどうか‥‥」
泣き腫らした赤い目頭を押さえる母親へ、サラ・ミスト(ea2504)は柔和な眼差しで言葉をかけた。全身をもこもこ覆う真っ白なまるごとメリーさん。その上から皮鎧と羽飾りの付いた鉄兜。
ぽってり膨らんだ真っ赤な頬。指でつっつくとぷ〜にぷに。赤ん坊の艶々と濡れる赤い唇は穏やかな寝息をたて、つ〜んと甘い母乳の香りを漂わせていた。少しまゆを歪ませたので、サラはそっと指を離した。
「サラ、次へ行こう」
「ああ。我々は他の家にも行かねばならぬ故。これで失礼する」
短い言葉で退席すると、戸口で頭を深々と下げる家の者を背にウィルの下町を並んで歩いた。
青龍を背負う長身のアースハット、その肩にもとどかないむっちりもこもこのまるごとメリーさん。石畳の路地をコツコツと響かせ、神妙な面持ちでアースハットが口を開く。
「気付いたか?」
「ああ‥‥どこも暮らしは大変そうだな。そんな中からあの依頼料をどう捻出したのか、あまり想像したくない」
真面目なサラの返答。
「俺が思うに、街の活気からして今一元気が無ぇ。ここは王様の城がある都だってぇのにな」
「そうだな、月も太陽も無いというのもおかしな気分にさせる」
ふとサラは脚を止めた。
「どうした?」
「いや、依頼をされた方々の暮らしぶり、それなりに見てきたつもりだったが‥‥先程の赤子は乳をたっぷりと飲んでいる様で肌もしっとりとしていた。髪も色艶が良かった。それなりに母親の乳が出ているという事だ」
「そうだなぁ〜、農家なら余程の事がなけりゃ喰うにゃ困らんだろう。だが街の人間となるとよっぽど蓄えがなけりゃ‥‥行方不明になる前はぶりが良かったって話だ。少しは家に残ってたんじゃねぇか?」
「私の考え過ぎか? ふふ、母は強しと言った処か」
サラは瞳を閉じ、先程の感触を思い出しその指を己の唇に押し当てて笑む。
「ま、どこも小さなガキばっかで大変だ。ちいと働ける年齢になったらさっさと家を出るってぇのは俺らの世界と大して変わらんよ」
吐き捨てるアースハットの胸中を故郷の風が吹き抜けていった。
バタン。叩きつける様に扉を閉めた。
くしゃり淡い金の髪を掻き毟ったアレクセイは埃舞う小汚い酒場を後にした。
「これだから男って奴は‥‥」
ぽんぽんと衣服の埃を落とすと、先程の扉がゆっくり店内に倒れ埃を舞い上げた。その向こう十数名の酔っ払いが痙攣しながら転がっている。
つんと形の良い鼻を上向きにくるり振り向く。
「だ〜れがあんたらみたいな、ふ〜んだ!」
瞬間、酒場の天井が崩れ落ちた。脳裏に先程きれーにアッパーカットを決めた最低の酔っ払い野郎が3名程天井に突き刺さっていた事を思い出す。
「ふん。あれくらいで屋根が落ちるなんて手抜き工事もいいとこね」
アレクセイは悪びれる事無く野次馬が集まる中を次の店舗へと小走りで移動した。一応手加減はしているのだ。
通常、酒場の様な場所に現れる女性とは娼婦等が大多数。故に酔客からその様な洗礼を受ける。
<時代劇モードにて>
○×屋の薄暗い一角。
「これは確かに天界の品。買い取っては貰えぬのか?」
「これはですね。もうこんなに‥‥」
番頭が引き出しを開けて見せると、そこには例の黒い箱が。
「皆さん火種は持ち歩いてらっしゃいます。そうなるとあまり欲しがる人も。ただでしたら私どもで」
「い、いや‥‥それには及ばぬ。しかし、誰がその品を持ち込んだのだ?」
「街の方々ですよ。これは売れぬものかと。まあ確かに燃え差しとしては良く火が着くのですが、こうも持ち込まれては」
「ならば‥‥これも一応天界の品。幾らなら買い取る?」
懐よりちらりと見せる某品。判る範囲で機能を見せる。
「ほほ〜‥‥」
「で、あろう? 安くは無いのだ‥‥決して安くは‥‥」
ふふふ‥‥と口元を隠して笑うまるごとメリーさん。番頭はため息を一つ。
「これは買い取る訳には参りませんなぁ」
「な、何故に!?」
愕然とするまるごとメリーさん。
「良く判らない物に手を出す訳には参りません。古物とは欲しがる方が居て、初めて値が付き商売になります。つまり値が付けられないのでございます」
「こっ、これは福袋で手に入れたまごう事無き天界の品! 好事家に売れば!」
「欲しいとおっしゃる方が居ればお譲りになれば宜しいかと。私どもは堅実な商売をさせて戴いております。博打を打つ様な真似は出来ませぬ。申し訳ありませんがお引取り願います」
そう言って番頭は深々と頭を下げた。
真っ赤な顔のまるごとメリーさんは、寸での所で踏み止まり、がっくりと片膝を着いた。
「ふ‥‥ふふ‥‥そうか‥‥ならば仕方あるまい‥‥それはそうと先程、博打と申しておったが、このうぃるでは博打は禁じられておるのか?」
「いえ、その様な事は。ですが賭場を開くには許可が要り様と聞いております」
<終劇>
「こっこれは‥‥」
まるで台風が通り過ぎた痕の様だ。黄安成(ea2253)は野次馬を除け前へ出ると、聞き込みをしようと思っていた酒場が壊滅。酔っ払いが十数名ノックアウト。全て寸鉄を帯びぬ拳での一撃。
「成る程これはかなりの腕前。しかも要らぬ殺生を避けるとはなかなかの漢!」
ニヤリ。安成は久々に拳で語り合える相手を見つけた様に思えた。
背後から抱え上げ喝を入れて回る。すると、皆目を覚まして起き上がり口々に礼を述べた。
「一体、何があったと言うのじゃ?」
「へえ、実は雲突く様な大男が暴れて。これがめっぽう腕が立つっちゅうかすげぇ化物っちゅうか、わしらを千切っては投げ千切っては投げ」
「成る程、化物みたいな大男か」
皆、変な目付きで一斉に首を縦に振った。
●昼と夜の間に
レンガ職人のジョセフの案内で安成はウィルの下町へ。雑然とした街並みが入り組み、夕闇が近付くに連れ怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「確かこの辺りだったのじゃが」
不安気に振り返るジョセフに、安成は力強く頷いて見せた。
「大丈夫じゃ。この様に入り組んだ街並み、路地一本間違えても迷うじゃろう」
「わしもこの街でガキの時分から育った訳で‥‥」
うなだれるジョセフの猫背になった肩を叩く。すると、向こうから馬に乗った仲間達が。
「見つかったんじゃねぇのかよ!?」
鼻息荒いアースハットに苦笑しつつ、安成は首を左右に振った。
「この辺なのは確かじゃて」
「みゃぅ、あの子達の為にもなんとしても皆を探し出さないとっ」
「おおっ!」
元気一杯笑顔で張り切るチカ。ジムはロッドを手にぐぐっと身構えた。
ジョセフは先程から怯えるネズミの様、体を震わせ安成の後ろに隠れている。当のアレクセイはその日の災難を早口で、自分が如何に理不尽な目にあったかを黒妖に訴え、それを黒妖は黙って聞き入り、無表情なままアレクセイの頭を撫でて慰めていた。
一歩離れ、俯き加減のサラはぼそりと呟く。
「さて、どうなることやら」
「そうですね」
相槌を打つクーリエランも少し俯き加減。想いは遠く故郷の地球へと巡っていた。すると、遠くの方で何とも懐かしい音楽が聞えた様な気がした。最初はみんなの話をぼんやり聞いていただけだったが、徐々にはっきりと。甘いトランペットの音色。陽気なだみ声。小気味良いリズム。
「ああ!? サッチモ!? 聖者が街にやって来ただ!」
仰天する仲間を尻目にだだっと走り出すクーリエラン。慌てて追いかける八人。
果たして路地には赤いネオン管がチカチカ輝き、黒い扉の上に例のマッチ箱と同じ名前が浮かび上がっていた。聴きなれない奇妙な音楽がその中から響いて来る。
「ノ‥‥ノワール‥‥」
搾り出す様な声がジョセフの口から漏れ、悲鳴と共に逃げ出すが誰もそれを追おうとはしなかった。店からは雑多な人の気配が伝わって来る。その内に音楽がやみ、次にはスローモーなリズムが流れ出る。クーリエランにはそれが何か判っていた。
「我が心のジョージア‥‥」
平屋の小さな家。アンバランスな黒い革張りの大きな扉。ピカピカ金色の取っ手。窓は無い。
「行くか」
「待つのじゃ」
アースハットの腕を掴み、安成はチカを見た。頷くチカは、さっと印を結び静かに呪文を唱えた。
大勢の人が呼吸をする気配が伝わって来る。それを数えてみる。
「わー‥‥人が一杯いるー。これはちょっとわかりにくいなー」
「そうか‥‥この様な小さな家にか‥‥」
どう見ても、行方不明の13人が入りきれる大きさでは無い。
「うにゅ、後は他の人たちが行動開始するまでサラお姉ちゃん達とお外で待機♪」
「わ〜い、私も♪」
「お、おい‥‥」
チカとクーリエランは、むっちりもこもこのまるごとメリーさんにダイブ。ぎゅぎゅっと顔を沈めると、あったかくてふわふわ、そしてとっても良い香。
「みゅぅ、ふわふわ〜♪」
「暖か〜い♪」
「参ったな‥‥」
照れ笑いするサラ。ぽっと頬が熱い。
ぐるり別の路地から店の裏手に回ったアレクセイと黒妖、ジムの三人は、それらしい建物が見当たらず少しの間探し回った。
「やっぱり、ここ?」
「でも‥‥」
自信なさ気のジム。アレクセイも困惑。壁の向こう。先程とは違った派手な音。
「面妖な‥‥誰も‥‥住んでおらぬ‥‥」
そこは戸口に扉も無く中はガランとしている。すっと床の埃を指ですくう黒妖。
「この奥行きでは‥‥隠し扉も何も‥‥」
「じゃあ、このスクロールで」
いそいそとアレクセイが取り出した一本のスクロール。それを紐解こうとする手を黒妖が制した。
黙ったまま壁のヒビに目を近付ける黒妖。その向こう赤く浮かび上がるサラとチカ、クーリエン。
「これは‥‥また面妖な‥‥何かの奇術か‥‥」
振り向く黒妖の表情は、いつになく固く静かであった。
扉をくぐると、そこは別世界だった。
黒を基調とした店内には、蝋燭似たほんのり暖かな光が天井より降り注いでいた。南国風の植物が緑の葉を青々と繁らせ入り口の脇を飾っていた。幾つかのテーブルに人が集まり嬌声を上げている。奥の壁には、変に明るい光をチカチカと灯す何やら箱の様な物があり、それから伸びるレバーを引っ切り無しに上下させる者も何人か居た。
目が痛くなる程の煙草の煙。むせかえる様なアルコール臭。安成は一歩店内に脚を踏み入れただけで頭がくらくら。
「ひょっほ〜‥‥見た目より結構広いじゃねぇの! ま、想像していたのに比べたら随分とこじんまりしてるけどな!」
アースハットが言い終えるのと同時に、店の片隅にあるやたらピカピカと光る箱が、なにやらその中で黒い円盤状の物を行き交わせるや、また聞き慣れない音楽を鳴り響かせ始めた。
脂汗が滲むのをこらえながら、安成は軽やかに店内へと進み行くアースハットを追いかけ、まるで泥の海を泳ぐ気分。すると行く手を遮るかの様に黒衣の男が進み出た。
「ようこそ、ノワールへ。初めてのお客様ですね」
深く渋みのある声。目の前には奇妙な髪形と服装をした一人の男が佇んでいた。黒い瞳に黒い髪、唇の左には古傷がある。男は白い手袋をした手を差し伸べた。
「私、当店の店主、染之助闇太郎と申します。以後お見知りおきを」
「闇太郎? あんた日本人かのう?」
軽く握手。安成より少し背が高いだろうか。三十は軽く超えているだろう。闇太郎と名乗った男は、ゆっくりとマホガニーのカウンターテーブルへ安成を誘った。
「いえ、私は日系三世です。正確には四分の一スペインの血が流れています」
「あんたアメリカ人じゃないのか?」
「イエス。私はアメリカ人です。よくご存知で」
軽やかにカウンターの向こうへ回り、闇太郎はグラスに一杯の無色透明の液体を注ぎ、黒いコースターに乗せて安成へ差し出した。
「お水です」
「これはありがたいのぢゃ」
ひんやりとした喉越し。ごくごくっと一気に飲み干した。
「ふぃ〜」
「安成様はあまりお酒に強く無い様で」
シュバッと音を発てマッチに火が着く。それを黒々としたパイプに。闇太郎は美味そうに紫煙を燻らせた。
「いやぁ〜参った参った! 今度はブタかよ!」
「げはははは! 兄ちゃん、ついとらんのう」
コインをかき集める右隣りの客は帽子屋のハッター。そして左隣りの客は材木商のオークス。
「まあね、こりゃ難しいや。で、お姉さんのお名前は?」
カードを配るのは、兎耳を着け真っ赤な下着姿の女。少し幼さの残るコケティッシュな笑みで軽くウィンク。
「そうね、お兄さんはハンサムだから特別に教えてあげる。あたしは、リ・リ・ム‥‥忘れちゃ嫌よ‥‥」
「へぇ〜、リリムちゃんか! 忘れない忘れない!!」
真っ赤な唇からこぼれる甘い吐息に、すっかり鼻の下が伸びきったアースハット。が、その瞳は女の手元をうかがう。
やっべぇ〜、カード捌きがメチャうめぇじゃねえか! こいつはプロだぜ!
爪の先を真っ赤に染めた白く細い指が、正確無比の動きでカードを操って行く。カードに目を凝らそうにも、大きく開いたぷっくりとした胸元に目移りし集中出来ない。行方不明になっている男達と一緒に、でれでれ〜っと‥‥
「ちょ、ちょっとすまねぇ!」
こりゃやばいと、思わずに隣りの人のグラスを一気にあおる。氷を噛み砕いて頭を冷まそうとしたが、琥珀色の液体が喉元から胃まで一気に焼いた。
「ぐはっ!? げはっ!? ごほっ!?」
「あらあら」
「兄ちゃん、わけぇなぁ」
ゲラゲラ笑われながらも、涙目で何かを言い返そうとむせ返るアースハット。
「まぁ、大丈夫?」
うふふと微笑み、リリムは胸元よりピンクの薄いハンカチをしゅるりと抜き出し、アースハットの鼻や口元をそっと拭った。柔らかく、バラの様な甘い香が鼻腔全域に広がり、一瞬にして肺の空気が入れ替わった。
ガツン。
目の中で火花が散った。
「何しに来たと思っておるんじゃ!!」
その衝撃は尾てい骨まで届き、ぴんとした姿勢のまま、ばった〜んとひっくり返った。
暫くすると真っ青な顔をした安成が全員を招き入れた。
「アースハットさん!?」
クーリエンは、その光景にぐらりよろけて見せた。店の中央にあるルーレット台に寝かされたアースハット。額には濡れた淡いピンクのハンカチが乗せてあり、死んだ様に静かだ。
「よくもアースハットさんを!!」
「みゃぅ! 悪人は許しませんの!」
目の前の変な格好の中年男に飛びかかろうとするジムとチカ。それに割って入る安成。太い腕が二人を押し留めた。
「‥‥死んでいる‥‥」
「そんな!? 酷い!」
ぼそり呟く黒妖。そんな彼女に、余りの光景に目をそむけて抱き付くアレクセイ。黒妖は、おおよしよしとばかりに肩を抱き、耳元に慰めの言葉を囁いた。
「生きておるわ!」
「あ、やっぱり」
安成の一言にペロリ舌を出すアレクセイ。
店の奥では行方不明となっている男達に若干名が加わり遊び呆けている。
そして皆の前に立つ妙な髪形の如何にも東洋人風の男。パイプから紫煙を立ち昇らせ、順繰りに会釈して見せた。
「安成! どういう事か説明して!」
今度は真面目な顔でアレクセイが問いただす。青い顔で口を開こうとする安成を闇太郎が制した。
「私の方からが宜しいでしょう。皆さんは見事、依頼を達成されました。行方不明者を見つけ出す、という依頼をです」
「見つけ出しても連れて帰らなければ意味が無い! おいら約束したんだ! 絶対連れ帰るって!」
飄々とした闇太郎に、痺れを切らした様にバトンを打ち鳴らし、ジムが吼えた。
「そうですね。私と致しましても、皆さんに連れ帰って戴きたいのです」
「へ?」
「みゃぅ、じゃあこんなとこに一分でも居ちゃいけないわ。さ、一緒に帰りましょ!」
とととっと一人に駆け寄ると、チカは腕をぐいぐいと引っ張って連れ出そうとする。
「い、嫌じゃ!」
「みゅぅ、お尻ぺんぺんですの!」
小さく華奢な体に大きな力。一所懸命ぐいぐいぐい。それまで楽し気に遊んでいた他の男達も表情を強張らせた。子供の様に泣き叫び、戸口に差し掛かった時、男は胸を掻き毟る様に絶叫し、泡を噴いて全身を激しく痙攣させた。
「みゃぅ!? どうしたの!? ねぇどうしたの!?」
倒れ伏す男に、驚いたチカは泣きじゃくって揺り動かした。駆け寄って男を抱き起こしたジムは、白目を剥いて気絶した凄まじい形相を見た。背筋が凍る。
「あの者に何をしたのじゃ!?」
闇太郎に詰め寄る安成。爛々と燃えるまなこでねめつけ他の者も身構えた。闇太郎は静かに一歩また一歩と男に近付いた。
「私は何もしていない。ただ彼はあるモノを担保に借金をしてしまった」
片膝を着き男を助け起こす闇太郎。慌ててジムとチカもそれを手伝った。
「ありがとう」
抑揚の無い静かな声。闇太郎と二人は男を壁際の椅子に座らせ、手近のテーブルにあった琥珀色の液体を口の中へ流し込んでやった。すると、むせて男は意識を取り戻した。
バチチチチ! クーリエンの右手でスタンガンが無機質な悲鳴をあげた。
「どうして? 何があったの?」
ゆっくりと見上げ、闇太郎に歩み寄るクーリエン。張り付いた様な薄い笑み。当たり前の様に突き出そうとしたクーリエンの右腕を、柔らかな掌が押し留めた。
「サラさん? どうして止めるの?」
きょとんとするクーリエンにサラは首を横に振り、それから目の前の男に言葉を投げかけた。
「借金なら、私たちの持っているお金で立て替えられないのか?」
うなだれた男は首を左右に振った。
「‥‥担保‥‥何が‥‥?」
黒妖の声が静まり返った店内に妙に響いた。そして闇太郎がそれに応えた。店内の薄暗がりが一層に暗くなった気がした。
「彼らが担保として差し出した物。それは彼らの魂です。だからこの店から離れられない」
ゆっくりとパイプから立ち昇る紫煙。それが時の経つのを告げていた。
「だったらよお〜、その魂って奴をどうやったら帰して貰えるんだ?」
「アースハット!?」
沈黙を破ったのは、さっきまでそこに寝転んでいたアースハット。今やその台にふんぞりかえって腰かけ、ピンクのハンカチを手にその香をくんかくんかと楽しんでいた。
「よおっ。お陰で良い夢が観れたぜ」
すたっと床に降り立つと、アースハットは器用にくるくるとハンカチをよじり、ひも状にして遊ぶ。そのまま、奥の男達へ歩み寄った。
「確かに、どいつもこいつも不健康そうな面ぁ〜してるぜ。魂、取られちまったのか?」
その問いに薄ら笑いで答える男達。
「ちっ、俺も危なかったって所か? なぁ、リリムちゃん?」
「さあ、それはどうかしら」
さっと振り向く。その問いに満面の笑みで答えるリリム。青い宝石の様な瞳をキラキラと輝かせ、じっと見つめ返す。まるで吸い込まれる様だ。みるみるアースハットを包む世界が、薄くみすぼらしく霞み、真っ青な光の中へ溶け込んで行く。暖かな、穏やかな、全てを包み、とろかす様な青。
「一つだけ方法がある!!」
闇太郎の声が響き、一瞬の闇転。いつの間にかアースハットは元の場所に立っていた。冷や汗が全身をぬらす。
くすくす笑いを余韻にリリムは店の奥へと姿を消す。一拍遅れで頭を巡らすアースハット。その肩を闇太郎が制した。
「ここはカジノバー。ギャンブルをする為の場所」
「何が言いてぇんだ」
ギラリ黒い瞳同士が火花を散らす。
「魂を取り戻したいのならば、それに等しい物を代価にせねばならない」
「誰かの魂を引き換えに差し出せって言うのか!!?」
闇太郎は表情を変えず、目線を交わしたまま一歩下がった。
「ここはギャンブルをする為の場所。取り戻したいと願うならば、己の魂を賭け闇のゲームに勝利しなければなりません」
「はぁっ〜!?」
真っ直ぐに闇太郎はアースハットを指差した。
「無論、負ければ魂を奪われる‥‥他人の為に己の命を差し出すに等しい行為。逃げ出したければ逃げても構わない。誰も責めない。誰にも責める権利は無い」
ごくりと唾を飲む音がした。アースハットは負けじと闇太郎を睨み返す。
「面白ぇ〜、どんなゲームだって?」
「半端な気持ちで己の命をかけても良いのかな?」
アースハットは胸をドンと叩き、吼えた。
「いつだって俺は命を張って生きているんだ!」
闇太郎は金色のカードを8枚、どこからともなく取り出して見せた。
「これはこの店のゴールド会員証。ゲームの期間中ならば夕方から夜明けにかけ、この『ノワール』を召喚する事が出来る。そして、ここからゲームがスタートする」
「そのゲームとはなんじゃ?」
ピンと闇太郎が指を鳴らすと、カードは空を切ってそれぞれの胸元に滑り込んだ。
「一つの魂を賭けが行われます。内容は行う毎に違いますが、たった一つだけ共通する事があります」
「共通‥‥」
黒妖の呟き。
「それは、そこにある想いを救えるかどうか、という事です」
「想い‥‥」
噛み締める様に呟き、クーリエランはぎゅっと手を握り締めた。
「失われようとする想い、魂を救うゲームとしてこれ以上は無いでしょう」
「ふざけるな! あの子達は今すぐにでもお父ちゃんに会いたいんだ! 会いたいんだよぉっ!」
バトンを十字に組み、だだっと突っかかるジム。闇太郎は思いの他軽く一気に壁へ叩き付けた。ガシャンと壁に掛けてあった『駅馬車』のポスターが床に落ち、勝手に動き出したジュークボックスが一枚のレコードを引き上げた。囚われの男達はすすり泣く。そして、楽の音が機械より流れ出た。
「明日へ向かって撃て、ですか」
「返せよ! 今すぐに! どうして、一人づつなんだよ!」
「ここはギャンブルをする為の場所。それだけが唯一の法則。それ以外には何事も為し得ない‥‥ジム様。もし誰も請けないならば彼らの魂は永遠に還る事はありません。しかし勝てば取り戻す事が出来るのです」
激高するジムに闇太郎は静かに語りかけた。
「あなた方は安い依頼料で貧しい者達を助ける事を選んだ。もっとお金になる仕事もあったでしょうに。何かを傷付け、奪い、殺し、そうやって日々の糧を得る。それも生き方です。だが、あなた方はそれをしなかった。それ故にここに居る」
ため息一つ、アレクセイは店内をぐるりと見渡し肩をすくめた。
「私達はめられてしまったのでしょうか?」
「みゃぅ、何かやましい事がある人かな?」
男の背をさすっていたチカが、目を丸くして闇太郎を見つめた。闇太郎は表情の無いところが黒妖に少し似ていると思った。
「さあどうでしょう。チカ様はそれを確かめてみても宜しいのでは?」
そう言うと、闇太郎はジムの両肩に軽く手を置いた。その静かな目線にジムがしぶしぶどくと、闇太郎はカツカツ靴音を響かせながら窓辺へ歩み寄った。
すると思議な事に、遠く囁く様に波音が響き始めた。バタンと鎧戸を開くと、ぶわっと室内に強烈な潮風が吹き込んで来る。海があった。闇に染まる夜の海が。
●光る空を見据え 3日目
カラカラと乾いた音をたて、風車が回る。
田舎道を一人の女が馬に乗って行く。
風に豊かな黒髪を舞わせ、その美貌の女は遠い目をしていた。
雑木林に差し掛かり、女はふと馬を止めた。
「‥‥伝えて来た‥‥」
すると林の中でもひときわ大きな木から、ひょいとジムが顔を出した。パイプを手に、樹上から降り立ち小走りに駆け寄った。
「悪いな。損な役を頼んで」
「‥‥いい‥‥私、初めから‥‥」
「そっか‥‥」
くしゃりと苦笑いするジムに、すっと黒妖は目を細めた。
「私‥‥何も感じない‥‥だから‥‥大丈夫‥‥」
「そんな事ないって‥‥ありがとう‥‥」
ぺこり、頭を垂れるジム。
「おいら、まだ顔を合わせらんないや‥‥でも、おいらは負けない!!」
最後にぐっと面をあげるジム。茶色い瞳に光るものがあった。
「も〜このキューバ煙草って目に染みるよな〜!!」
そう言ってジムはスパスパとパイプをふかし、もうもうと煙をあげて見せた。
見上げる空には一羽の鷹が大きく円を描き、その大きな翼をはためかせていた。