ノワールの囁き11〜噂に塗り潰された街
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月20日〜09月23日
リプレイ公開日:2006年09月26日
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●オープニング
●噂に塗り潰された街
夜、暴れる化け物。
そこは総てが良くない方向へ向っている、もう一つのアトランティス。
冒険者と街の人々の対立は極限まで悪化し、総ての善なる努力が悪しき結果に陥っている。
青空がアトランティス世界を如何に照らし出そうが、そこに集う者にとり、ただ虚しい。
「駄目だわ‥‥城に入れて貰えないわ。門前払いよ」
ため息混じりに交わされる言葉は、互いの情報収集の重苦しい結果のみ。
「お諌めになったカーロン王子はエーガン陛下の勘気を買い、城内に幽閉されているそうだ」
「もうお一方のエーロン王子は、ベーメ領鎮圧に軍勢を率いて出陣したものの、もう何ヶ月も音沙汰無いらしいわ」
「バカな!? では、マリーネ様は?」
首は力無く横に振られ、悲しい言葉が告げられた。
「判らない‥‥噂話を集めてても話題に昇らない‥‥」
「そんな‥‥」
そこは絶望という言葉が相応しい世界。
不機嫌そうに大理石のパイプをスパスパふかし、足を投げ出す様にパラが座り込んだ。
「ちぇっ!! どうやら噂は、こっちではもう噂で無くなっている様だな!!」
「ふむ‥‥さて、どうする‥‥?」
「どうするって?」
「こちらは‥‥我々のいた王都とは‥‥明らかに違っている」
「そうね」
そこで集まった者達は、互いに顔を見合わせた。
「待って。まだ調べていない所があるわ」
「もしや‥‥」
「そうよ。バリケードの向こう。冒険者街よ」
「ひょ〜、そいつは骨だな!! 化け物が、そこに居るとは限らないんだろう!!?」
パンパンと足の裏を合わせ、座り込んだパラが陽気に打ち鳴らした。
●子供達の暴走〜噂に踊る街
「おじちゃん、俺達の街は俺達の手で護るんだ!」
唐突に駆け出した少年達は、バタバタと表通りを駆け抜けた。
「追うぞ!」
石の蝶の指輪を見ながら駆け出すおじちゃん☆
それに続く冒険者達は、目の前を走る子供達が、一人、また一人と増えると共に、手に手に何かを持っている事に気付いた。
「や・ば・い‥‥」
「ふみゅ〜、みんな何をする気なのかにゃ?」
「あんまり想像したくないですねぇ〜♪」
「はぁはぁはぁ〜‥‥ま、待って‥‥」
体力の無いエルフは途中でリタイア。
貴族街に踏み入る頃には、3、40人程の大集団になっていた。
「ははは、まるで天界のマラソンだ」
サッカーボールを小脇に抱え、それらと一緒になって走る地球からの天界人。
そして、ハトゥーム家の周りに集まっていた20人程の子供たちと合流する。
「バカな真似は止めるんだ!! ネバーランドのみんなに迷惑をかけたいのか!!?」
割って入るおじちゃんは、両手を広げて子供たちを押し止め様と頑張る。
そして到着した仲間達も次々とそれに加わった。
「どいてくれよ、おじちゃん!! 化け物かどうか、はっきりさせるんだ!!」
「王都がピンチなんだよ!!」
まるで何かに取り憑かれた様な子供達に、石の蝶を見るがそれは反応しない。
「だったら、そんなモノより、はっきりする物をお前たちに貸してやる!! 魔法のアイテムだ。泥団子よか確実だぜ。カオスの化け物がいたら、この指輪の蝶が羽ばたくという代物だ。見ろ!! 蝶は動いちゃいねぇだろ!! このあたりにゃカオスの化け物はいねぇんだ!!」
だが、残念な事に話術は得意じゃない。ため息混じりに子供達は首を左右に振った。
「おじちゃん‥‥石の中の蝶が羽ばたく筈ないじゃん!!」
「かつごうたって無駄だよ!!」
更にわらわらと子供達は増えて来る。
ぼろろ〜ん♪
「いやぁ〜、参りましたねぇ〜♪ ダメダメ〜悪戯なんかしちゃ、いけないよ〜♪」
サッカーボールを手持ちぶたさにしながらも、そっとインフラビジョンを詠唱するが、子供達の姿に変化は見られない。
「うみゅ〜、みんな仲良くするんだにゃ〜♪ にゃっ!?」
押されてコロン、後ろに倒れそうになる所を、サッと小さな手に支えて貰った。
「はにゃ!? ありがと〜☆」
「いや、いいだんけどさ‥‥」
そう言って、その十歳くらいの、貴族の家人らしき身なりの少年は、次にはおじさんにも挨拶した。
「お久し振りです」
「お? おお‥‥」
どこかで見た様な気がしたが、良く判らなかった。が、そこには、10人くらいの一見毛色の違った少年達の集団があった。
「お前達さぁ!! 朝っぱらから迷惑なんだよ!! ガキは家に帰れ!!」
「そうそう、帰ってお母ちゃんのおっぱいでもチュウチュウしてな!!」
「さもないと、俺達が相手になるぜっ!!」
洗い物の途中から来たのだろうか。濡れた腕を捲し上げた少年達は、その身なりとはかけ離れたはすっぱな口調と勢いで、王都の悪ガキどもを勢い言い負かして行く。
「そ、そこのエルフの子供達が、化け物だって言うんだよ!!」
「はぁ!? それがどうした!? だったらここにいる冒険者のおじさん達が、さっさとやっつけてくれるさ!! いいか!? ここにいるおじさんは、ウィルじゃ〜あ一、二の凄腕さ!! 一目で化け物を見抜き、魔法の剣を手にすりゃ、カオスの魔物だろうが、ドラゴンだろうが、恐れるモノは何一つねぇってくれぇ〜だ!! そうだろ?」
へへへと鼻をこすって見せて笑う仕草に、ようやくピンと来た。
「お前、ジムか!?」
「当たり☆ ぶらっくあくあく団、勢揃いだぜ! ひでぇ〜なぁ〜、忘れちまったんだな!」
「いや、その格好に髪型‥‥見違えたぜ」
それは、ショア伯の別宅に下働きとして雇われた、元ショア港のストリートギャング『ぶらっくあくあく』団のメンバー達だった。
「いいか、お前ぇら!!」
ダンと踏み鳴らすと、大半の子供達は浮き足立った。
「心配かける親が居る奴は、バカな事やってねぇでサッサと家に帰って、家の手伝いしろぉ〜〜〜〜〜っ!!!」
ワッと逃げ出す大半の子供達。
浮き足立って残りも一斉に逃げ出した。
「お、覚えてろ!!」
「やだね、は〜んっ!!」
一斉にあっかんべ〜とする10人の子供達。
そこへ老け顔の鎧騎士がハトゥーム家の門から、姿を現した。
「あ、先生もだ!」
「先生〜っ!」
「おお、君達でぇ〜あるか。久し振りだのう」
ワッと駆け寄られ、文字を教えた事がある老け顔の鎧騎士は、かんらかんらと笑い、その場に立つ仲間達を見、大きく手を振った。
「おお、重要な噂を仕入れたのである!!」
「何だって!? 12人目の子供!?」
「その噂は街中では聞いてません!」
「当然なのである。これはその依頼に参加した者か、ハトゥーム家の者しか知らない話なのである」
う〜むと全員で唸った。
が、その光景を少し離れた街路樹の影から、数名の子供達が見張っていた。
「大変だ。あの変な顔の化け物、あの冒険者の仲間だったんだ!」
「ぐるなんだよ!」
「報せなきゃ‥‥」
すると、別の声が。
「ねぇ、知ってる‥‥冒険者ってね‥‥」
石の蝶がゆっくりと、その羽を動かし始めていた。一つの噂が生まれ、歩き出す。
が、それに気付く者は‥‥
●カジノバー・ノワール
闇の中、闇太郎が恭しく一礼し、皆を出迎える。
「いらっしゃいませ。ノワールへようこそ。それでは闇のゲームの続きを始めたいと想います」
●リプレイ本文
●20日の昼間
冒険者ギルドの隅。
「これがそうか‥‥」
オルステッド・ブライオン(ea2449)は、羊皮紙の束が詰まった鞄を受取ると、少しだけ覗き、パタンと閉めた。それはネバーランドに関わった子供達のデータが記されたもの。優に数冊の本が作れるくらいはあるだろうか。細々とした聞き取りデータが書き込まれている。そして子供は日々生まれ、成長し、変化する。
「わたくしの手元にある資料は、それで全部です」
「良いのか?」
「オルステッド様を信じております」
そう言って、少し影のある微笑を浮かべる男に、オルステッドは目を伏して礼を示した。
「ならば私も話そう。カンの騎士として、如何に悪と戦い、勝利したかを。そして如何なる悪も、必ず倒されるのだと言う事を。それを胸に、あなたには生きて欲しい」
「オルステッド様‥‥」
(「それは‥‥」)
オルステッドは、僅かに曇るその瞳に、力強く首を左右に振った。
「如何なる悪もだ。そして、あなたがそこに居るという事は、何かが貴方を導いているのだという事を忘れないで欲しい。それは正義などの幻想ではない。ただそこにあるという必然なのだ」
「必然‥‥わたくしを生かした必然があると‥‥」
人々の喧騒が、遠く響いている。そしてオルステッドは、魔王アスモデウスを滅ぼした戦いから得た経験則を語りだした。その背に受けた痛みと共に。
●ぶらっくあくあく団の10人の子供達
「オラース・カノーヴァ(ea3486)から手紙を預ったのである。読めるかな?」
そう言ってグレナム・ファルゲン(eb4322)が取り出した書簡を、仕事中だったのだろう、ジムはまだ少し濡れた手で摘む様に受取り、少し困った様な目で見返して来た。
「俺達、天界の言葉は習っちゃいないぜ」
「大丈夫だ。オラースもセトタ語を少しは習っているらしい。少しはな‥‥」
軽く咳払い。グレナムも苦笑する横で、リール・アルシャス(eb4402)はにこやかに微笑んだ。
「うわっ、凄い字だ‥‥」
「どれどれ‥‥」
早速、紐解くとわいわい引っ張り合い、頭を寄せ合って覗き込む。
「まだお前の方が上手いぞ」
「ここ、綴り間違ってる!」
「あははははは! オラースのおじちゃんらしいね」
「そりゃそうだよ。あの腕は人斬り包丁を握る為にあるんだから」
それは言い過ぎである。子供は時にドキッとする言葉を口にする。ふと思った事が口を突いて出るのだ。
「普通に顔を見せてくれれば良いのにさ」
「でも、手紙は嬉しいね」
「うん‥‥産まれて初めだ‥‥」
「僕達は、普段、館の中だからね」
無論、館の周囲の掃除もするのだが。
一所懸命に、下働きとして館の中の仕事を覚え、僅かに空いた時間でグレナムが残した教具を使い、皆で少しずつ文字を覚えてきたのだろう。
ゆっくりと声を出し合って手紙を読み上げる。そんな様を、グレナムとリールの二人は深く息を吸って眺めた。頬が緩む。紅潮するのがじんわりと感じられた。
それからグレナムがサッカーの件を頼んでみたが、子供達の返答は予想通りだった。
「そうか、家の仕事であるか‥‥」
「僕等は、もうデカール家の人間なんだ。だから‥‥」
家人として、仕事を放り出して、自分勝手に動く事は出来ない。その事を最初にしっかりと教えたのは、グレナム当人だった。
「ふむ。そうであったな‥‥そうで‥‥」
「でも、僕等にそんな事を頼むなんて?」
カリと爪先でテーブルを掻いた。
そしてリールは、感慨深く胸の息を吐く。
「みんな、暫く見ない内に、益々頼もしくなったものだ。嬉しいよ。でも、無理に関わる事は絶対に止めて欲しい。皆の身に万が一何かあれば‥‥」
「リール‥‥そうであるな‥‥」
グレナムは、そんなリールに相槌を打った。
この子等の協力を得るには、先ずデカール家のこの館を任されている者に承諾を得なければいけない話だった。が、リールの言葉を聞いては、グレナムもそれ以上を言う気にはなれなかった。
「でも、街のがきんちょ達が噂で、襲おうとしたんだろ? そのハトゥームさんとこの子達を?」
「ええ。でも、襲うと言っても、脅かそうとしただけらしい」
「まぁ、あの頭数にはおいらもびっくりだぜ」
自然とジム達の口ぶりが出合った当時に戻っていた。
「だけど、揃いも揃って噂話を信じてそんな事をするなんて、連中、自分ってもんがねぇ〜んだなぁ〜」
「確かめようってんだから、そういうのと違うと思うよ‥‥」
「噂かぁ〜‥‥誰かがわざと流してるんだったら、こっちからも流しちゃえば良いんじゃない? そんなの嘘さ♪ 出鱈目さって♪」
「ば〜か、そんな簡単に行く訳ないだろ?」
「本当の事なんだからさ。言うじゃん。百聞は一見にしかずってさ」
「やっぱ、ば〜か。どうやって見せんだよ!」
素早く、こつんと鼻先を指で弾く。
「何だよ〜! バカって言う方がバカなんだぞ!」
するとこれまた素早く、こつんと拳固でオデコを。
わ〜! わ〜!
「こらこら」
「これこれ」
笑いながら二人して、振り回される細い子供の腕の間に割って入ると、戸口でコホンと咳払いする声がした。
「もうそろそろ、宜しいでしょうか?」
冷めた声が、一つの区切りを告げた。
●夜明けの家
ドサリと玄関に麻袋が降ろされた。
「これは‥‥?」
顔を出した老人に、オラースはもう一袋、リンブドルムの背から降ろし、その足元に積んだ。
「全部で保存食大人100日分ある筈だ。みんなで食ってくれ」
舞い上がる埃に目を細め、老人はにこやかに会釈した。
「これはこれは、ありがとうございます」
「いいって事よ。それより、どうだ? 最近の子供達の様子はよ?」
「みな、そわそわしておりますな。もうすぐお祭りだで」
老人は何度も頷き、腰を降ろし足元の麻袋をよろよろと持ち上げた。
「おう、結構な力持ちじゃねぇか?」
「いやぁ〜、こう見えても昔は船付き場で人足をやっておりましてな」
「ほぉ〜道理で‥‥」
感心し、残る一袋を持ち上げ、老人に続くオラース。
暗い石畳の廊下を歩き、奥の調理場脇に積む。遠くに子供達の声。
「あんた、ネバーランドについてどこまで知ってる? 俺は創設に関わったが、その後、どんな風になったか良く判らねぇ〜んだ」
オラースは皮肉めいた笑みを浮かべ、老人に尋ねた。
一杯の水を差し出され、それを受取り、杯を空ける。
「ネバーランド全体の話かの? ああぁ〜、お気の毒に。初代総督さんがああなってから、代理の方が業務を継がれたが、やはり初代の方の人望が大きかったんじゃなぁ〜。色々あった様で。だが、それなりに街から寄付も集まった様ですな。その上、この館の主の様に、親類縁者も無い年寄りで家ばかり広い方が、良かったらと家にと身寄りの無い子供ばかりか、ワシの様に行き場を無くした者も迎え入れて下さった‥‥。ワシもこの歳になって、初めて裕福な家の子と浮浪児が一つの絆で結ばれるのを見た。長生きはするもんじゃな」
どうやら、そう言った建物がコロニーの様に、街に点在してる様子。
その内の数件のあり場を、老人から聞く事が出来た。
「ネバーランドは、子供ばかりかワシ等の様な者にも、仕事と居場所を与えてくれたんじゃ。感謝しておるよ‥‥」
そう言って老人は、少し遠い目をし、窓の外に揺れる木々を眺めた。
●子供の仕事
半分卵印のガラス道具屋は、その日プリシラ城からの荷物が裏手に運び込まれ、子供達の小さな手によりせっせと磨かれていた。
ここには手先の器用な子が集められている。
苔を詰めた木箱より、滑らかな光沢の鉛ガラスの容器が恐る恐る取り出される。一つでも割る様な事はあってはならない。
一言も喋る事無く、神経を集中させせっせと手を動かす様は、戸口から眺めているオルステッドにも、その真剣さがひしひしと伝わって来る。
そこで仕事を認められれば、住み込みで徒弟に加わる事もありうる。だから、子供ギルドが受けた仕事に皆真剣そのもの。そんな光景を、オルステッドは見続けていた。逆を言えば、見られている事が判っていて、手を抜こう者など居る訳が無い。
子供ギルドに登録された子供達は、その得意な事により、幾つものグループ分けが為され、子供ギルドが受けた依頼に投入されてゆく。
そして問題があれば、その件は子供ギルドに報告され、ギルドにより問題は解決される。この様にして、これまで無視され、時には酷い仕打ちを受けていた子供達の権利は護られる様になっていた。
「‥‥どこだ‥‥どこに出る‥‥」
書類を片手に点々と、現場を渡るオルステッド。
だが、その先々で噂を流している子供と、ただ漠然に訪ねても返答は同じだった。
「噂に聞いただけだから‥‥」
そして、次にはこうも聞かれた。
「ねぇ、知ってる? 冒険者って、本当はカオスの手先だって噂、おじちゃんは聞いた事ある? 本当なの?」
怯える眼差し。それが痛い程に、オルステッドの身に注がれて来た。
その度にオルステッドは首を左右に振り、胸に覚える痛みに耐え、その噂を否定した。
「馬鹿な。そんな事はありえない。何故なら、我々冒険者こそがカオスと闘い、カオスの天敵とも呼べる存在なのだ。我こそはカン騎士団にて魔王殺しの称号を持つ者。真なる邪を滅ぼして来た者」
その言葉、無骨にて硬く、話術のスキル無き悲しさ、その場で子供達の強張った表情を解く事は叶わなかった。だが、その言葉こそが新たな噂となり、一つの噂を塗り潰して行った‥‥
●黒のノワール
闇に浮かぶ闇。
そこにあって尚黒い。
扉を開けた者は、もう逃れる事は出来ぬ。
闇のゲームがスタートしていた。
「一つの悪魔は噂を用い、不和を流す者。その様な悪魔に覚えはありませんか?」
フェリシア・フェルモイ(eb3336)の脳裏には、様々な文献から得た様々な悪魔の姿が、想像として浮かび上がっていた。梟や鳥の頭を持つとされる者。子供の姿をとる者。だが、まだ特定出来る程に、情報は集まっていない。
「逆を言えば、噂や風聞に頼らねばならぬ、大した力も無い奴とも言えよう」
魔王殺しの異名を持つ、オルステッドの言葉には、また別の力が宿っていた。
「またその夜に出るという怪物。力はあるが頭の回らぬ部類か?」
「怪物が夜にしか現れないのは、あまりに怪物的な姿を隠し冒険者のペットに見せかける為ではないか? わたくし、その実は中上級悪魔ではと推測します。消えたのは転移か変身で蝿にでも化けたか透明化か。変身、透明化なら石の中の蝶の反応は消えぬはず」
用意していたセリフをすらすらと並べ、フェリシアはその黒い戸口の前で、情報を交わす。
「うむ。蝿の王ならば、この様な手ぬるいゲームはすまい。おそらくはもっと酷い疫病を流すだろう。敵は言葉の力で人々の想いを黒く捻じ曲げ、そちらの世界そのモノを黒く塗り潰している。ならば、その原因であろう黒い化け物を滅ぼさん事には‥‥」
そこで疑問が浮かび上がる。
「何故に、もう一つの世界があるのでしょう?」
「‥‥共感呪術の一種かもな‥‥」
ぼそり、闇の中からツーピース姿の黒畑緑郎(eb4291)がひょっこり顔を出す。ヘルメットを軽く上げて会釈した。
「いやぁ〜、地球でも双子なんかは片方が火傷をすると、もう片方も同じ所が火傷した様に熱く感じるとか。原住民のシャーマンが病気になった患者を救うために、患者の周りで一定のリズムを刻んで踊り、最後には患者も一緒になって踊り、何時の間にか病気が治っているとか、そういう類のあいまいなものだがな」
天界知識からおたくっぽい話が転がり出た。
「要は、似た様な物は、何らかのつながりを持って互いに影響し合うって考え方さ。この場合は健全な世界と良く似た不健全な世界は互いに影響し合うってイメージかな? その手のオカルト本に、良く書かれるいい加減な話だがね」
緑朗はそう言いながら、苦笑を浮かべた。
魔法瓶に、熱く黒い液体がゆっくりと注がれて行く。
伊藤登志樹(eb4077)は少しも悪びれる様子も無く、まるでちんぴらの様にニヤニヤとノワールのカウンター席でリリムと一緒になってとぐろを巻いた。
「結局、ハトゥーム家の11人の子供が救出された後から、夜明けの家で保護された子供は、全部で五人。どいつもこいつも青なすびみたいにひょろひょろで、ちょいと話し掛けただけで半べそかきやがって、まるで俺がいじめているみたいだったぜ」
へらへらとしながらも、その指はのの字を描く。
「ふぅ〜ん、可哀想な登志樹ちゃん☆」
「その上、Wカップのイムンチームのメンバーなんだぜって言っても、誰も判らないときている」
「へぇ〜、登志樹ちゃんの言う事が判らないなんて、頭の悪い子達ね。よしよし‥‥」
それは当然の話。どうして、孤児院の子供が、橋を渡った街の外、さらに離れた球技場での天界のゲームを理解出来よう。橋を渡る、門をくぐる、球技場に入る、それぞれ金がかかる。売り子として働けるのは多少なりとも計算が出来る子供に限られる。そうでない子には全くもって縁の無い話だ。
まして客としてならば、そこそこ余裕のある家で無ければ子供がその話を聞く事も無いだろう。これを返すと、裕福な家の子供は実際に観戦している者も居る。働く必要の無い裕福な家の子供ならば‥‥。
一口にネバーランドの子供達と言っても、実に様々である。
●噂に塗り潰された街
パキリと足の裏で何かがはぜた。
暗闇の街に踏み出したトリア・サテッレウス(ea1716)と黄安成(ea2253)は、ペットの襲撃により破壊されたまま放置されている、という建物に踏み入った。
「いやぁ〜、酷い有様ですねぇ〜♪」
「うむ‥‥」
苦々しく顎をさする黄は、屋根まで抜け落ちた部屋から星明りを見上げた。
「空からか‥‥そして空へ‥‥」
聞いた話では、怪物は空から襲撃し、空へ逃亡している。
「誰です?」
トリアの誰何する声に、暗闇の中の影から、また別の黒い影が身じろぎする。
黒いフードの奥、二つの光が微かに瞬き、そこに人が居る事を告げた。
じりと身じろぎをし、抑えた息がその緊張の程を伝えて来た。
「決して怪しい者では無いのじゃ」
「私達はこの事態を憂慮し、解決の為に有志で動いている冒険者」
冒険者。その言葉がトリアの口から放たれるや、フードの奥よりぺっと生暖かな何かが吐き付けられ、同時に小石や土ぼこりが投げ付けられた。
枯れ木の軋みの如きひりついた声が、次第に雄叫びへ。
「ぁぁぁぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
緩やかに振り上げられた細い腕は、黄の太ももを打った。その余りの軽さ。
その腕を黄の掌がそっと覆う様に掴む。
「ご老体、落ち着くのじゃ。落ち着くのじゃ。身体に障るぞ」
わめき、じたばたともがく姿に、二人はしばし言葉を失う。
それは、大切なものが奪われ、絶望の淵に溺れる姿。
幸せな日々が突如奪われた結果。
護るべき想いが破滅した世界。
「違うな‥‥」
「ああ‥‥」
黄とトリアの二つの影が、黒い都の暗闇を歩く。
冒険者。ペット問題。それらは上辺の事に過ぎない。
真に護らねばならなかったモノ、それは、日々幸せに生きたいという人々の小さな想い。普段はこれっぽっちも感じる事の無い、日々の生活に埋もれた想い。この都では、それが奪われていた。
●冒険者街
明け方。
バリケードにより封鎖された冒険者街は寂れていた。
「は!! 随分と面倒な事になっているな!!」
ジム・ヒギンズ(ea9449)は、昼間を寝て過ごそうと、自分の借りている家を訪ねた。そこの表札にはジム・ヒンギスと。
「ちょっとずつ違うって事か!? やってくれるぜ!!」
ペロリ舌なめずり。
ガチャリ。カギはそのまま合っていた。
そっと扉を開けると、今日の夕方出て来たままの空気。
「ふぅ〜ん‥‥こっちの世界にもおいらが居るって事か?」
どうやら仕事に出ている様だ。
ジムはこちらの世界の寝なれた小さな寝台にもぐりこみ、暗くなるまでの時間、ぐっすりと眠り込んだ。
「アリルさん‥‥」
「断じて俺は街の人間を殺したりはしてねぇ、この刀と名誉にかけて誓おう。なんなら書類に血判でも押すぜ。疑いを晴らす為に中で仲間と話してぇ。頼む!」
真正面から冒険者街に入り込もうとしたアリル・カーチルト(eb4245)は、立塞がる騎士や街の人々を前に取り囲まれていた。既に取り押えられ縛り上げられた難波幸助(eb4565)は、その成り行きを悲痛な眼差しで見ていた。
「残念だが、その言葉、一々信じる訳にはいかない。大人しく投降したまえ」
並居る騎士が、サンソードをカチャリと返す。時代劇で言う、みね討ちをやろうと言うのだろう。
「ちぃっ、まだ何もしてないのに、捕まってられるか!」
「待てっ!」
身を翻すアリル。
「悪ぃな! 荒事は得意なんでね!」
慌てて人波に飛び込んで逃げた。
●教会
人々から話を聞く為に、先ず教会を訪ねたフェリシアと夜光蝶黒妖(ea0163)、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の三人は、司祭に子細な話を聞いた。
聖堂の神聖な空気の中では、自ずと心が洗われる様な、そんな荘厳な雰囲気があった。
そんな中にフェリシアは、どこか違和感を覚えつつも、幾つかを尋ねた。
「他の地域では、ウィンターフォルセ等は大きな被害があったと聞き及びます。その先のルーケイ等も、似た様な有様。何でもウィルに仇為す者と名乗る一団が、どこからともなく現れては、襲撃を行い、どこへとも無く去っているそうですね」
司祭は、流れ来る噂話を語った。
「陸路水路と押えているにも関わらず、多くの賊徒が忽然と現れては襲撃を行う。恐ろしくもあり、嘆かわしい事です」
「人のする事‥‥完璧など無い‥‥」
黒妖の一言に、アレクセイも頷く。
「司祭様。何やら邪悪な力が働いているのでしょうか?」
フェリシアは一歩前に進み出る。
「判りません。ここに漏れ伝わる話は、その程度の事」
「では、司祭様。この街で起きている事件については、何かご存知ではありませんか?」
司祭は目を伏せ、首を左右に振り、さも嘆かわしいと言った風情で語った。
「冒険者がカオスの手先だという噂ですね。多くのジ・アース人が参加している冒険者ギルドが、その様な噂になるとは嘆かわしい事です。こちらへいらっしゃい」
そう言って、司祭は教会の奥へと。
三人は、顔を見合わせてそれに続いた。
案内された奥の一室は、トミーが治療を受けたのとは違う様子。
「ここは初めてです」
ぐるり見渡すアレクセイに、司祭は苦笑を浮かべる。
「ここはわたくしの個室。それより、これをご覧下さい」
そう言って部屋の中央にある丸テーブルにかけてあった布をめくる。すると、その下からは。
「これは‥‥王都の地図‥‥?」
「はい。これはわたくしが、少しずつ書き記したもの。わたくしなりにこの世界を知りたかったのです。そして‥‥」
司祭が示した羊皮紙の上に書き記された地図の上には、何故か大理石のチェスの駒が置かれている。
「司祭様、これは?」
フェリシアは、それを見て眉をひそめた。
「ごらんなさい‥‥この駒は、私が話しに聞いた、冒険者のペットによる襲撃事件が起きた場所の大体の位置」
「これはっ!?」
「円‥‥」
「そうね。これは円を描いているわ! 司祭さん、これは一体!?」
アレクセイは冒険者街を中心に、まるで円を描く様に起きている事件の有様を、初めて視覚的に捕え、愕然として司祭を見た。
司祭は残念そうに、首を左右に振る。
「酷い手傷を負った方が何人も担ぎ込まれて来ました。そして彼等の口から語られる事実、それをこうして目に見える形にしてしまうと、わたくしも冒険者を疑う心を消し去る事は出来ません」
「そんな‥‥」
「無論、総ての冒険者が、カオスの手先になっていると思う訳ではありません。冒険者の中に紛れた何人かのデビル崇拝者の仕業、という事も充分考えられます」
その司祭の言葉を、黒妖とアレクセイは否定した。
「あの子供の声‥‥大人の声色‥‥普通では無かった‥‥」
「そうです。自在に声を操り、人々の心を操る者」
「恐らくは中上位のデビル」
「恐ろしい‥‥この都は呪われている‥‥神よ‥‥」
素早く胸の聖印で十字を切る司祭。共に十字を切るフェリシアは、顔色の青ざめた司祭に改めて向き直った。
「司祭様、その方々からお話は?」
「心に受けた傷に苦しむ方も多く、余り詳細な話は‥‥」
多くの生き証人が居る教会。だが、その痛みに触れるには、まだ時が必要に想えた。
●羽音
羽音に目覚めるジムは、窓から外を眺めた。
まだ日中、舞い降りたグリフォンやウィングドラゴンから降り立った冒険者らしき身なりの者達が、樽やら食料を配っている。
「成る程な! そういう事か!」
ぽんと通りに飛び出したジムは、冒険者街の人々の憂鬱な表情を見て回った。
「なあなあ」
「あんだよ」
「ペット騒動、どうなってんだ!?」
「知るか」
「ジム、何ふざけてんだ!?」
「あれ? お前、確か仕事で出てたんじゃ?」
冒険者街のどこか見覚えのある人々は、そこにジムが居るのがさも当たり前の様に振舞う。
(「ふん‥‥まぁ、そういう事か。閉鎖されても、移動は出来るもんな。下手に動くより、疑いが晴れるのを待つって口か? だが、そんなのんきな事やってると、おかしな事になっちまうぞ!」)
そんな事を想っていると、視界の片隅で、道端の石が持ち上がり、下から冒険者達がぞろぞろと。太い下水道すらも移動手段にしているのだ。
酷い匂いだが、伸びをする冒険者達は、朗らかな笑顔で軽口を叩き合った。
「ジムさん?」
そこへ現れた幸助。騎士達に捕らえられた後、特に問題が認められ無かったため冒険者街まで連れてこられて縄を解かれたと言う。
その後、アレクセイや黒妖も冒険者街に足を踏み入れるが、これ以上、特に変わったものを目にする事は無かった。
●暗闘
暗黒の空。星一つ無い夜。
真の闇に近い中、小さな影が闘技場の外壁の上に立ち、街の様子を眺めていた。
「ちっ、ハンディライトくらい、誰かから借りて来るんだったわね」
軽く舌打し、イオン・アギト(ea7393)はこの闇では何が書いてあるのか、何一つ読めないスクロールをバックパックに押し戻し、再びこの闇に視線を這わせた。
空よりも地上のかがり火の方が、明るい夜。
普段は主要な場所でしか見られない光景が、街のそこかしこに見られた。
また別の場所では、黄が双眼鏡を手に王都を見渡していた。
街に散った多くの者。
誰一人として、その出現場所を推測するに至らず、その夜も悲劇を押し留める事は出来なかった。
●ハトゥーム家の12人の子供達
オラースとグレナム、そしてリールの三人がハトゥーム家を訪ねたのは、二日目の昼間。
館は第5回GCRを前に、慌しい空気に包まれていた。
ちりりり〜ん♪
ベルゲリオン子爵は、いつもの如く鈴を鳴らし人を呼ぶ。
「レースを前に、家に他家の者を入れる訳にはいかない。これも公正なるレースの為‥‥」
面会は適わなかった。
●ネバーランドの現状
皆が手にした情報をまとめると‥‥。ネバーランドは子供達の互助組織として一定の成果を収めていた。
裕福な家の子供から見れば、社会を知る学びの場。仲間に読み書きを教えたり、共同で作業をすることによって自立を学ぶ。ガラが悪くなると苦笑する親もいるが、今のところ逞しくなったとか、我が侭が直ったとか歓迎されている。天界で言うところのボーイスカウトみたいな役割を果たしているのだ。
方や元浮浪児や貧しい家の子供から見ると、学問に触れたり仕事を学びコネを作る場。多少でも読めたり計算が出来るようになれば良い仕事にありつくことが出来るし、真面目さを認められれば徒弟や奉公人の口もある。
そして、大別して二つに分かれるメンバーの間に、親の社会階層を越えた連帯が生まれている。惜しむらくは、さらなる発展を進めて行く子供達の指導者が定まっていないことだった。