ノワールの囁き10〜噂、噂、噂の噂
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月07日〜09月10日
リプレイ公開日:2006年09月14日
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●オープニング
●闇のビジョン
「ねぇ、知ってる? 冒険者の飼ってたグリフォンが、お隣りで居なくなったって騒いでる犬を、ほんとうは食べちゃったんだってさ」
「へぇ〜!」
「ねぇ、知ってる? 冒険者って、飼えなくなったペットを河原によく捨ててるんだって。珍しい生き物がいっぱいいるって☆ 後で行ってみない?」
「うん! 行こうよ!」
「ねぇ、知ってる? 冒険者って‥‥」
小さく愛らしい唇が、そっと囁く毒の息。
「おい、聞いたか!? 冒険者達が捨てた凶暴なペットが、夜な夜な徘徊してるらしいぞ!」
「くわばらくわばら‥‥」
「おい、聞いたか!? 冒険者の野郎ども、気にいらないペットを河原に捨ててるらしいぞ!」
「冗談じゃねぇぞ! 冒険者のペットって、毒蛇とか、猛獣とか魔獣だろ!? どうなってんだよ!!」
「おい、聞いたか!? 冒険者のクソ野郎どもが‥‥」
険悪な空気が街を包んでいた。
街の警備を担当する騎士すらも一緒になり、暴徒と化して冒険者街へ‥‥。
ふっと幻影は消えた。辺りを包む闇。
「ふふふ。直にそうなるわ。彼等が想いを護れなかったら。ふふふふふ」
笑い声は、闇の中に木霊した。
●闇の扉
空が茜色に染まる頃、会員証が鮮やかな色彩を放ち、闇のゲームの到来をそのプレイヤーへ告げる。
赤い光に照らされ、街角に忽然と現れる黒い扉。それはカジノバー『ノワール』へと続く闇の扉。条理と不条理。その狭間にある。
勇気を伴い冒険者は扉を開く。
一線を踏み越える。
柔らかな室内灯に照らされる真紅の絨毯。
壁には古いハリウッド映画のポスター。
色とりどりのネオン管鮮やかな、奥のジュークボックスからはサッチモのペットが、聖者の到来をとろける様な響きで告げる。
「いらっしゃいませ。カジノバー・ノワールへようこそ」
恭しく一礼する店のマスター。自称スパニッシュのクォーター、日系人三世の染之助闇太郎氏がカウンターの向こう。いつもの無表情な面差しで立っている。
「皆様お集まりの様で御座います」
そこかしこで振り向く気配。
陽気に手を振る者。
バカラグラスにロックアイスをカラリと転がし、琥珀色の液体を揺るがして見せる者。
パイプから紫煙をくゆらせる者。
そしてその奥に居る囚われの者達。生きたまま死んでいる。死んだまま生きている。そのどちらともつかぬ状態にあり、彼らの魂がゲームのチップと化す。
「それでは、闇のゲームを始めると致しましょう!」
高らかに闇太郎の宣言がなされ、闇のゲームがスタートする。
ジャッジメントでありゲームのプロデューサーでもある闇太郎が示す今回のゲームとは。
「そう、今回の護るべき想いは、あの二つの扉の向こうにあります」
闇太郎が指し示すのは、たった今彼らが入って来た闇色の扉。
「それを見つけ出し、護る‥‥」
そう呟く冒険者の一人。
「護り切る事が出来なければ、想いは砕け散り、悲劇が訪れます。悲劇を防げれば、貴方がた冒険者が勝ち、魂が一人解放され生者の列に戻ります。悲劇が防げなければ、貴方がた冒険者の負けとなり、この闇のゲームに関わる者、解放された者を除き、誰か一人の魂がこのノワールに囚われる事となります。宜しいですね?」
二手に分かれて扉を潜る。
●右の扉
扉を潜ると、子供達が屯している。
「ねぇ、聞いた事ある? 噂が噂を呼ぶんだって☆」
「あ、ああ‥‥勿論さ!」
「へぇ〜」
「凄いじゃん!」
「しっ!」
悪ガキ連中は、急に口をつぐみ、じっと通りの向こうを睨んだ。
その目線の先には、河原へ向うエルフの貴族の子供達が、侍女と一緒にぞろぞろと歩く。
「ねぇ、聞いた事ある? あいつら、お化け屋敷の地下室に、何日も閉じ込められてたんだって」
「うん!」
「あ、俺も聞いた聞いた!」
「俺も!」
「じゃあ、こんな噂は聞いた事ある?」
不意に聞きなれない声がしたかと思ったが、次には悪ガキ連中の頭からそんな疑問はすっぽり抜けていた。
「お化け屋敷の地下から助け出された11人のエルフの子供達は、本当にエルフの子供だったと思う?」
「な、何だよ?」
にこやかに目の前に立つ少年は、この界隈にには似つかわしくない、こざっぱりとした格好をしていた。肌の色は透き通る様に白く青みがかり、耳はエルフの様に少しピンと立っていた。
「ねぇ、知ってる? 本当は全員化け物が入れ替わってるんだって」
「あ、ああ‥‥勿論さ!」
「僕も‥‥」
「うん‥‥」
「大変‥‥だ!」
「化け物なんだ!」
「ギルドに知らせなきゃ!」
パタパタと駆け出す子供達。
子供ギルド、ネバーランドの出動だ!
●ネバーランド出動!
「ここは僕らの手で、化け物退治をしなくっちゃ!」
「そうだね! 僕らの街の平和は、僕ら自身の手で護らなくちゃいけないんだ!」
小さな一室。各地区の主だった子供達が集まり、わいのわいのと話し合っていた。
「でも、僕らは貴族街には手が出せないって事になってるんじゃ‥‥」
「構うもんか! 化け物が入れ替わってるんだ! 大人達は騙されているんだよ!」
「ねぇ、知ってる? 化け物はびっくりすると正体を現すらしいよ」
「よ、よせや〜い、誰だって知ってるさ、そんな事!」
「なぁ〜!?」
「あ、ああ‥‥勿論さ!」
ごくりと唾を飲む子供達。一人だけがにこにこと楽しそうにその様子を眺めている。
「泥団子をぶつけよう! お母ちゃんが言ってた!」
「後からそっと近づいてお尻を蹴っ飛ばすと、邪悪な力を封じることが出来るらしい」
「山葡萄の実を当ててみるとびっくりするって聞いたよ!」
「おいらの聞いた噂じゃ、おしっこをかけるとびっくりするらしいよ!」
他にも色々と妙な撃退方法が話しに昇る。
「取り合えず、何人かに見張らせているよ! 貴族街を出たら、いつでも知らせる様に言ってあるんだ!」
「ねぇ、知ってる‥‥?」
子供ギルド、ネバーランドは慌しく動き出した。
かくして子供は親に、化け物退治に行って来ると言い、家を出て行った。
周囲の大人達は、妙な遊びが流行りだしたと、たかをくくっていたのだが‥‥。
●左の扉
扉を潜ると、そこは元の世界。どうみても王都そのものの街並。いや、明らかに自分達が居た世界とは違う。
宵闇が辺りを包んでいる。
いつもならその治安の悪化から外出する者は、まずいない。
だが、様子が違っていた。
街のそこかしこにかがり火が焚かれ、街の大人達が数名で、手に手に棒状の武器を手に持ち立っている。
「お、おい! あんたら!」
唐突に声を掛けられ振り向くと、数名の町人がこちらを睨んでいる。
「あんたら、冒険者じゃないだろうな!?」
「何だって!?」
「おーいっ!! こっちに冒険者だと!!」
「冒険者が、平和そのものなうちらの家の近くで何をしてやがるんだ!!?」
ばたばたと駆け寄られ、たちまち数十名の暴徒に囲まれる冒険者達。
「おいっ! また妙な生き物を連れているんじゃなだろうなっ!?」
●リプレイ本文
●カジノバー・ノワール
闇のゲームが始まろうとしていた。
中世風のアトランティスから、近代風のシックな室内に、文字通り入り込んでしまった冒険者達は、派手な光彩を放つジュークボックスから溢れ出す濃密な金管楽器の響に、ある者は望郷の念を覚え、またある者は異界の達人達の演奏に様々な想いを馳せた。
指輪の蝶が激しく羽ばたいていた。
オラース・カノーヴァ(ea3486)は、それを掌で覆う様に隠し、店内の人物達を眼で追った。
「成る程ね‥‥」
「久し振りだな、闇太郎。最近、姿を見せぬから、人質を連れて他所へ移ったのかと心配したぞい」
ニヤリ。皮肉交じり、黄安成(ea2253)がカウンター越しに闇太郎へ声をかけると、相変わらず感情を見せずに、丁寧にお辞儀をした。
「それは申し訳御座いませんでした。今回はまた一つ違った趣向となっております故、御許し下さいませ」
「ふむ。そうか‥‥一つ手柔らかに頼むぞい」
「はい‥‥」
「むー、何か今回のは今までとはちょっと違う気がするにゃー。そういう事なのかにゃ?」
ひょいと黄の影から顔を出すチカ・ニシムラ(ea1128)。
「はい。あまり詳しく言いますと、ゲームになりませんので、この辺にてご勘弁下さい」
「しょうがないにゃぁ〜♪ ま、なんとかなるにゃ。きっとー♪」
「ふふ、頼もしいのう」
ぽんと黄の大きな掌がチカの頭を撫でた。
「にゅ〜♪」
眼を細めて微笑むチカに、黄は何度も頷き、そして店の奥の囚われの者達を見た。
「ほう。天界風の音楽ですね。素敵な調べだ‥‥」
「WHEN THE SAINTS GO MARCHIN’ IN‥‥」
にこやかに話し掛けるトリア・サテッレウス(ea1716)に、闇太郎はその黒い瞳で静かに見返し、その曲のタイトルを口にした。
「この曲‥‥葬式の帰りに演奏されたってイワクを聞いた事あるが」
横から言葉を挟む伊藤登志樹(eb4077)。くいっと地獄の様に真っ黒な液体を胃に流し込む。渋味と酸味が濃厚だ。胃がカッと熱くなる。
「うん。これなら‥‥サッチモの曲を選曲たぁ、いい趣味してるな」
「はははっ! これは、また‥‥好きだな、そのセンス♪」
そう話ている内に音楽が途切れた。
カラカラと笑うトリアに、闇太郎は言葉も無く音の途切れたジュークボックスに歩み寄り、そこに座り込んだ者の肩をポンと叩いた。
「んー、電源とかどうなってるのでしょうか?」
闇太郎は黙って裏のコンセントを指差した。日本のものとは差込口の形状が違う。
「ああ、確かにアメリカの規格ですね」
チャリン。闇太郎が銀色のコインを投入すると、派手に盤面が輝き、そこに並ぶタイトルが浮き上がる。
「どうぞ‥‥」
「え、良いんですか?」
そして流れ出す『WHAT A WONDERFUL WORLD’』。CMや映画等にもよく使われるこのムーディーな一曲。
しばし、夢想のひと時。そして、曲が終わる。
「時間だ」
意を決し扉に向う登志樹。そこで真紅のバニーガール、リリムから魔法瓶を受取った。
「サンキューな」
「どういたしまして。頑張って下さいネ☆」
ぴょこんとふわふわのウサ耳と尻尾を弾ませ、にこやかに微笑むリリム。
その言葉に、登志樹は意外な響きを覚え立ち止まった。
「どういう事だ?」
「何の事かしら? そんな恐い眼をなさって♪」
うふふと笑むリリム。そして闇太郎を見るが、相変わらずのポーカーフェイスである。
「は!! 今回もリリムの仕込みなんだろ。随分といやらしいやり口だな。だけど、今回も勝ってやるさ!!」
ぽ〜んと飛び跳ね、パラのジム・ヒギンズ(ea9449)の小柄な体が、リリムの視界に滑り込む。
「おいらは負けない!!」
ぐっと握った拳を目の前にかざすジム。
「うん♪ 負けない負けない☆ 男の子男の子☆」
「ふざけるな!!」
ポンポンと頭を撫でて来るリリムの手を思いっきり払いのけ、痛がるリリムを睨みすえた。
「いったぁ〜い、酷いわジム君」
メソメソと顔を覆い泣き出すリリム。
だが、オラースが掌の中を覗き込む様にして、ジムとリリムの前に立つ。
「リリム。茶番はそこまでだぜ。時間が勿体無え」
するとリリムは全く化粧崩れしていない、完璧な笑顔で目の前のオラースへ、吐息がかかるくらいににじり寄った。
「ふふ♪ 元から止める気はありませんわ。冒険者の皆様、素敵な闇のゲームを☆」
「そいつの目を見ちゃいけない!」
アリル・カーチルト(eb4245)の制止に、クスクスとさがるリリム。
「ふふふ♪ 私は今回、関係ないも〜ん☆ 悪戯もナッシングよ☆ 皆様、頑張ってね〜♪」
チュッと唇を愛くるしくすぼめてみせるリリム。
「本当かよ!!」
ジムの鼻息に追われる様な、ちょっとおどけた仕草で扉の横に立つリリム。そしてリリムは金属製の扉に手をかけその扉を。するともう片方の扉も、何故か同時に開いた。
闇が‥‥ぽっかりと、まるで総てを飲み下すかの様に、そこには底なしの闇が開いていた。
「それでは、皆様、行ってらっしゃいませ‥‥」
カウンターの前に立ち、闇太郎は恭しく一礼。冒険者達を見送った。
●左の扉〜もう一つの世界
手に手に棒やら何やら、武器になりそうな物を手にした男達が、冒険者の一行を取り囲む。皆、必死の形相。口では威勢の良い事を言うが、腰が後ろに引いている感がある。が、必死であるからこそ、ぎりぎりの一線で、高まる高揚と興奮に突き動かされながらも、正気と狂気の間に留まっている。
雰囲気は随分違うが、闇夜に浮かぶ城を見やれば、確かにここは王都であると告げていた。
「おいっ! 何とか言ったらどうだ!?」
にじり寄る人々の顔は、かがり火の影になりどす黒く変色して見える。すえた汗の匂いが、辺りの大気に立ち込めていた。
「また妙な生き物って‥‥俺は何も連れてねぇぜ?」
余裕綽々。アリルは相変わらずのぶっきらぼうな口調で、ずいと一歩前に進み出る。
「大体、こりゃ一体ぇ何の騒ぎだ?」
「何だあんたは?」
「俺? 俺は医者だ。何か困ってる病人や怪我人が居たら治療に協力したいと思うが‥‥」
「医者に用は無い。用があるのは、冒険者のクソ野郎どもだ!」
くいっと裾を引かれ、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)は、気配も無く建物の影に身をひそめ、それから夜光蝶黒妖(ea0163)と共に、少し離れた所で身支度を整えた。
「私達は、一旦ここで彼等をやり過ごしましょう」
「ええ‥‥」
そこへ、予めインビジブルのスクロールで透明になっていたイオン・アギト(ea7393)が、手探りする様に闇の中へ。
(「あはは、これじゃあインビジブルの意味が無いや」)
「あはは、これじゃあインビジブルの意味が無いや」
思わず思念と言葉が同時。
「シ‥‥」
黒妖とアレクセイの手が、イオンを引き寄せ、口をそっと塞いだ。
イオンは、眼だけで周囲を見渡す。完全に気配を消している二人のぬくもりが、その触れ合う部分から緊張の度合いを明白に伝えて来た。
ルナ・ローレライ(ea6832)やイリア・アドミナル(ea2564)は、心底申し訳無さそうに振舞って見せた。
「ペット騒動に関しまして、確かに申し訳なく思っています。ですが、その件に致しましても、一度話し合う場を設けては戴けませんか?」
ルナの言葉に続け、イリアも自然と強張る声色で何とか話し掛けた。
「私達は、皆様に謝罪をする為に参りました。どうか、その手の物をお下げください」
「何を今更!!」
「お前達のお陰で、街が滅茶苦茶だぁっ!!」
「あんたらみたいな娘っこどもに、何をしようなんて思わないさぁっ!! だが、本当にそう思うんだったら、返してくれよ!!」
「ぐっすり寝れる夜を俺達に返せぇっ!!」
次第に集まる人の波。ジムは人間の大人達を数歩下がって眺めていた。
(「へぇ〜、こいつら全員マジじゃん。扇動している様な奴は‥‥いないか‥‥」)
更に様子見を続けるジム。
「ま、待つのじゃ! 皆、落ち着くのじゃ!」
黄はルナやイリアを護る様に立つ。
そこへ痺れを切らし、アリルが激昂する街の人々を手で制しながら進み出た。
「ちょい待ちぃ〜な。ぐっすり眠れないとは、どういう事だよ?」
「ふざけるなっ!! それはお前達がっ‥‥!!?」
そこまで言いかけ、男達はハッと息を呑んだ。そして、冒険者そっちのけで空を見上げ、ぶるぶると震えながらきょろきょろと見渡し出す。
「お、おい‥‥?」
「アリルさん」
ぐいとルナがアリルの腕を引く。
「聞こえませんか?」
「アリル、これは?」
黄も頷きながら夜空を見上げた。
「これは羽音です!」
叫ぶイリアの脳裏に、巨大なロック鳥やドラゴン、グリフォン等のペットが、縦横無尽に王都を闊歩する様が容易に浮かび上がった。
「まさか‥‥まさか、まだそんな事をするバカが!」
その大気の震えは、ロック鳥程巨大では無い様に思えた。
屋根の上に立つ二つの影。
「あれか‥‥」
「あれね‥‥」
アレクセイと黒妖は、王都の空を舞う黒い影を見やった。
「大きいねぇ〜」
姿の見えないイオンの声だけが、二人の傍らからもれ聞こえる。
羽ばたく黒い影。羽を広げるその姿は、普通の家一軒を軽く凌駕する様に見てとれた。そして、それは街中に降り立つ。
ズズン。
バリバリ。
地響きと共に屋根を打ち砕き、粉塵が舞い、小さく悲鳴が響いた。
「イオンさん、大丈夫?」
(「大丈夫か?」)
「うん」
(「先に行ってて良いよ」)
イオンは、ニヤリと用意したスクロールの内から、『ファイヤーバード専門』を取り出す。
そして広げ、透明で読めない事に気付く。ハッとして周囲を見渡すと、二人の姿はもう視界の随分先を、器用にひょいひょいと屋根の上を駆けて行く。
「あちゃ〜‥‥」
今更待ってくれとは言えない。何とか、スクロールを読もうと、星明りにかざして眼を凝らした。
「ま、いいか。こいつは派手過ぎるからね」
そう言って、それを手探りでバックパックに納め直した。
多くの人がバタバタとその方向へ走った。
それに混じり、黄やアリル、ジム、イリア、ルナの五人も走っていた。
「これが、冒険者の仕業だって言うのかよ!!?」
さっき皆を囲んでいた男達と並んで走り、ジムが声をかけると男達はちらと見返し、それから前を向いて走り続けた。
「そうだ!! 毎夜、毎夜、この騒ぎだ!!」
「ふざけやがって!!」
「冒険者めっ!!」
四辻で黄はチラと冒険者街の方を見やると、バリケードに道を封鎖した様子が、遠く路地の向こうに見てとれた。あそこでもかがり火が焚かれ、何人もの人影が見えた。
「ここまで事態が悪化しておるとは‥‥やはり現実の王都とは違うようじゃのう!!」
舌打ちし、これに答えるアリル。
イリアとルナも頷き、悲痛な面差しで互いに顔を見合わせた。
ところどころに潰された家屋が、どす黒い影となって視界の隅を過ぎった。
そこには、恐らくではあるが、ささやかな生が、一家の団欒があったのだろう。だが、それは冒険者の無慈悲なペットの強襲により、無残に破壊されてしまった。そういう事なのか?
一足先に現場へ到着したアレクセイと黒妖の二人は、瓦礫を弾き飛ばしながら、羽ばたく黒い影の様な生き物を直視する事になる。
気配を消し、隣の屋根の煙突の影より見やった。
「これは、一体何だ?」
アレクセイのつたないモンスター知識では、計り知れない化け物が、そこにはあった。
軽く牛程の多きさはあるだろう。
双眸は赤くランランと輝き、口は硫黄の燃える様な黄色い炎がぞろりと生え揃う牙の間からチロチロと、その巨大な前脚からは鋭い爪が見てとれた。そしてその尻尾はまるで別の生き物であるかの様に、ゆらゆらと蠢く。
漆黒の化け物。
何かを喰っている。
二の腕に置かれた黒妖の手が、ぎゅっと握り締めて来る。それだけで、何が言いたいのかアレクセイには判る。唇を噛みながらも、その正体に関して、少しでも判る事が無いかと、神経を研ぎ澄ました。すると‥‥
「さあ、たっぷりお食べ‥‥くくく、可愛い奴‥‥」
小さな声が、闇の中に。
「あれ‥‥背中に‥‥」
黒妖は、アレクセイの耳もとで囁く。
見れば化け物の背に、羽の動きに隠れる様に、小さな小さな影が。
それは人間の子供程のものだろうか。
「さあ、冒険者街に帰ろう!!」
声色が、先程の子供らしき響きから、まるで野太い成人男性のそれの様な、逞しい響きとなる。
ばさり。
羽音を発て、風を巻いて宙に舞う化け物。
「は〜っはっはっはっは!!」
悲鳴混じりに街の人々が、冒険者街へと飛び去る化け物を罵る。
「アレクセイ‥‥」
「追おう」
二人は物陰を縫う様に、悠然と飛び去る化け物を追った。
それと入れ替わる様に、五人が現場に駆け込んで来る。
「これは!?」
「酷い‥‥」
呟くイリア。
「生きている者は居ないのか!?」
「返事をするのじゃ!!」
アリルと黄は人垣を掻き分け、現場に飛び込む。
惨劇の現場には、化け物が去ると同時に大勢の人々が集まり、街の警備担当の騎士が来るのを待った。
「畜生、冒険者め‥‥」
「こうまでされても、俺達平民は何も出来ないのかよっ!!」
涙交じりの突き刺す様な言葉が、現場に集まる人々の口から、それとなしに吐き出された。
人々の想いが、堰き止められたダムの様に、大きく、深く蓄積されつつある様を、冒険者達は見る事になった。
そして、数名の騎士が到着すると、人々は一斉に冒険者街にいるであろう犯人について、何とかしてくれと詰め寄るのだった。
「消えた‥‥」
数棟を越えた辺りで、忽然と姿を消す化け物。
「まだどこかに居るかも」
(「こっちは凄い騒ぎになってるよ〜」)
屋根の上。黒妖はアレクセイに、イオンからのテレパシーの内容を囁き、警戒して辺りの様子を窺った。
まだ冒険者街に入っていない。だが、あの惨劇を物陰から直視した人々の口からは、その飛び去った方向が、そしてわざとらしく聞かされた男の声色の内容が、冒険者の仕業として警備担当の騎士へと伝えられている。
悪意が、人々の想いを狂気に走らせようと、働きかけているのを感じずには居られなかった。
「ねぇ、知ってる? 天界人って、本当はカオスの手先なんだって‥‥くくく‥‥」
ゾクリとする子供の声。
一陣の風と共に、運ばれて来た。
無言で周囲の気配を、その痕跡を探る二人。だが、達人クラスの二人をもってしても、その行方は判らなかった。
「これは、魔法か?」
「うん‥‥魔法かも知れない‥‥」
二人はとある建物の影、石畳を見下ろして立っていた。
そこには、星明りで辛うじて、子供サイズのブーツの足跡が。
そして、二人はそれにそっと指を這わせた。指先に付着する何かを、擦り合わせる様にして確認する。
「獣脂ね‥‥」
「ああ、化け物は確かに居た‥‥」
肉食獣の刺す様な獣臭が、その足跡からは立ち昇っていた。だが、その足跡は、そこから先、どこにも動いてはいない。まるで、そこから空へ飛び立ったか。忽然と消え去ったか。そのどちらとしか思えなかった。
●右の扉〜今いる世界
扉の向こうは既に夜。
星明りに遠く王城を眺め、ここが王都である事を確認した。
街は寝静まり、夜の静寂が訪れていた。
バックパックに魔法瓶を納めながら、振り向いた登志樹は、自分も含め7名のメンツを見渡した。
「取り合えず夜、子供達が居る所へ行こうぜ。ひとまず、子供ギルドかな?」
「ちょっと待て。子供ギルドは夜も活動するのか?」
リール・アルシャス(eb4402)は少し考える。
「夜になれば寝てしまうだろう。尋ねるのは一先ず明日の朝にして、取り敢えずは子供達が行かなそうな酒場などで、子供達の間ではやっている遊びや噂について聞いてみてはどうか?」
これに頷きながらもグレナム・ファルゲン(eb4322)は己の存念を明かした。
「うむ‥‥エデン卿が懸念されていた事が現実になったか‥‥私は作法に則り、ハトゥーム家を訪ね、情報収集をするのである」
「その辺は任せるぜ。俺達は子供達の溜まり場に行こうじゃねーの。朝になったら手分けして噂の調査だ」
オラースの言葉に頷くようにフェリシア・フェルモイ(eb3336)も、己の行動を告げる。
「わたくしはドイトレ様を訪ね、ネバーランド全体の現状についてお訊ねしようと想います」
「ああ。じゃあ、その辺は頼むぜ」
ぽろろ〜ん♪
「じゃあ、子供達のお相手は我々が」
「ふみゅぅ、お友達になれるかにゃ?」
にこやかにリュートベイルを奏でるトリア。チカは、その腕に手を置き、目をぱっちりと見開いてトリアの笑顔を覗き込む。
「これは心強い♪ お友達がいっぱい出来ますよ」
「ふみゅぅ〜、そうかにゃぁ〜☆」
この言葉にたちまち幸せそうににっこりするチカ。嬉しくて何度もその場で飛び跳ねた。
●夜の子供ギルド
夜中、子供ギルドが管理している建物を訪ねた、オラースを始めとするチカ、トリア、フェリシア、登志樹の五人は、ある老人に案内され一室に通されていた。
「ドイトレ様はどうなさっているのでしょう?」
フェリシアの問いに、老人は申し訳無さそうに答えた。
「あの方は、いろいろとお忙しいようです。時々お見えになりますから、宜しければ伝言などをお預かり致しますが」
「そうですか‥‥いえ、そのお気遣いは無用に願います。ドイトレ様は色々お忙しいお方‥‥ならば、私の方で手紙を出すなり致しましょう」
「左様で」
にこやかに会釈する老人は、それではと退室しようとする。そこをオラースが引き止めた。
「ご老人に尋ねたい事があってな」
「何で御座いましょう?」
「最近のネバーランドの子供達の様子に変わり無いか? それが尋ねたくてな。老人は、もう長いのか?」
この問いに、老人は少し考える様に小首を傾げ、それから小さく頷いてみせた。
「おかげさまで、子供達は遊ぶ時間が作れるほど暮らしが楽になりました。これも雌牛のお陰です。他に変わったことですか? いえ、ほんの数週間で‥‥ですが‥‥最近、子供達が大勢集まりましてな、何やら熱心にハトゥームがどうとか、正体を暴くんだとか、何やら新しい遊びの
相談をしておりましたな。はっはっは‥‥仲が良い事は、良いですなぁ〜」
「そ、そうか‥‥」
のほほ〜んとした答えに拍子抜けするが、老人は気にする事無く戸口へと。
「では、寝ている者を何人か起こして参りましょう」
「いや。それには及ばぬ。寝かせといてやってくれ。その代わりと言っては難だが、先ずはご老人、最近の噂話というモノをご存知か?」
「はぁ〜?」
●夜の酒場
そこはいかがわしい店が建ち並ぶ一画。特殊な宿屋や酒場が数件、地下でぽつぽつと営業を行っている。王都でもかなり物騒な地域だ。
リールが踏み込んだのは、そんな場所。
妙な匂いの香がたちこめ、薄暗い一室には不気味な影が幾つも伸び、踊っていた。
カウンターに座ると、店のマスターがぞんざいに尋ねて来る。
「何にします?」
「ワインを‥‥」
カタン。銅のカップが置かれ、ちゃぷんと赤い液体が跳ねた。
そっと御代を出そうとすると、横から小さな手がチャリンと銅貨を数枚置いた。
「あ‥‥」
「これはこれは奇遇ですなぁ〜♪」
きょとんとするリールに、ぷっくり太ったパラのチップス・アイアンハンド男爵は、すっかり出来上がった様子だが、にこやかに一礼。
「この様な所で、栄えあるゴートメンバーズの方にお会い出来るとは、このチップス男爵光栄の至り〜♪ お近付きの印に、かんぱ〜い☆」
皆に一礼、手に持ったカップを一気に飲み干して見せた。
すると各テーブルのいかにもな連中からわいのわいのと歓声が飛ぶ。
が〜っはっはっは、と高笑いの男爵かがウィンク。そして、カウンターにひょいと腰掛け、ワインのお代わりを貰う。
「私を覚えておいでとは驚きだ」
「表彰も仕事の内ですからねぇ〜。しかし、こんなヤバ気な所で何をしてるんです? まぁ〜さかまさか、男漁りという訳でもないっしょ☆」
「男爵様は酔ってますね」
「酔ってますよ〜、酔ってますとも! うぉ〜い! みんなぁ〜、酔ってるかぁ〜い!?」
「「「うぉ〜い!!」」」
男爵の呼びかけに、似た様なバカがいっぱい☆
「噂話?」
「ガキの?」
「?」
十者十様の反応。単なる酔っ払いから酒場女、薄暗い街の片隅に生きる者達が、どぶ川の様によどんだ空気と共にそこにある。
「ガキと言えば、マリーネ妃が腹ボテだって噂だなぁ〜」
「ああ、それであんな事を‥‥」
どうやら大食い大会の事を指しているらしい。
「その子供では無く、街の子供達に関する噂話や流行の遊びについて何か知ってる事を知らないか?」
そう言われると、ヤクザ者達は辛い。
「ガキの事なんかなぁ‥‥」
家や家族を大事にしている者が、こんな所で夜遊びしている訳がない。
「お〜い、あんた。あんたは知らないか?」
男爵が奥のテーブルに居る、不気味な黒装束の男に声をかけた。
「拙者で御座るか?」
黒装束の男は、頭巾の奥から静かに聞き返した。
酒場に居る者全員の目線が、自然とこの男に集まる。
「子供達は、今準備をしているで御座る」
「準備」
「左様。拙者が見聞きした話では、化け物退治の準備らしいで御座るよ」
「化け物?」
「イカサマ左様。街の子供達の間では、貴族の子供の中に、化け物が紛れ込んでいる、というもっぱらの噂で御座る」
「貴族の子供達の中に? それか‥‥」
黒装束の男は、静かに頷いた。
「エルフの貴族、ハトゥーム家の11人の子供が、地下に閉じ込められた事件があったで御座る。その時の事件が噂になったで御座ろう。地下の化け物が入れ替わったと‥‥」
「そういえば、そんな依頼が随分前にギルドに提出されてたな」
リールはう〜んと唸った。
「これはグレナム卿の調べを待つか‥‥」
●夜のハトゥーム家
無論、門は閉ざされていた。
グレナムは、そんな貴族街の夜の風景を寒々と眺めた。
「やはり朝を待つしか‥‥」
すると、視界の隅、街路樹の影に動くモノを見た様な気がした。
「そこの! そこに誰かいるのであるか!?」
ずいと歩み寄ると、木陰からみすぼらしい身なりの小柄な影が、パッと飛び出し一目散に駆けて行く。少し追いかけたが‥‥
「はぁはぁはぁ‥‥今の子は一体‥‥」
派手にすっころび肩で息をするグレナムは、しばし星空を見上げた。
●そして朝に
グレナムが朝を待っている間に、既に子供達により見張られていた。
「何だあの男は?」
「判らないよ」
「もしかして、化け物の仲間かな!?」
「そう言えば、変な顔だよ」
「どうしよう」
「試してみようか?」
「待てよ。あんな所で騒ぎになると、この辺を見張り辛くなるぞ。ここは泳がせよう」
まるで刑事ドラマ顔負けの会話。
青鼻をすすりながら、ネバーランドの子供達は、緊急事態にこっそり抜け出して貴族街に集まっていた。牛のマルガリータの世話をする者、その他の当番は色々と都合をつけて動ける者だけで抜け出して来たのだ。
「腹減ったなぁ〜‥‥」
ぐぅ〜と腹の虫が鳴く。
「半分は戻って、飯を食べて来るんだ。俺と二人は残れ。何かあった時の伝言役だ。あと少しすれば、家住みの中から何人かが抜け出て来る筈だ。そうしたら入れ替わりに帰るから、飯を俺達の分、キープ頼むぜ」
「うん。判ったよ‥‥じゃ、ごめんよ!」
ぱらぱらと数人が駆け戻る。
そんな事に気付くでも無く、朝になり門が家人によって開かれると、グレナムは早速にハトゥーム家の中に消えた。
そして、執務室に通されたグレナムは、ベルゲリオン子爵と面会を果たした。
「おはよう、グレナム卿。こんな早朝に、どうしたのかね?」
「はい、そろそろGCRも近い様ですので、お手柔らかにとご挨拶を」
「はははは‥‥その様な事をしているのか。そういえば、Wカップの方でも活躍とか?」
「いえいえ、滅相も。動かぬ身体に鞭打っての事で」
そこでグレナムは少しずつ、話題を子供達の方へと動かして行った。
「そういえば、お子様達はお元気ですか?」
「ん? ああ、元気だ。お陰様だよ」
そう言って笑う子爵に、グレナムはいよいよと話を切り出した。
「あれは不思議な場所でした。どうして、あの様な場所に、お子様達が入られたのかと、後から話を聞いて驚いたもので」
「まぁ、そう言わないで貰いたい。本人達も深く反省をしたのだ。それにあれは、あの廃屋に入り込んでいた無法者に驚いて逃げ込んだ話。故意では無い」
「ですが、その後も妙な話を聞き及びました」
「ああ。あれか」
「あれと申しますと?」
そこで子爵は少し変な顔をしてグレナムを見た。
少し頭を垂れる様、グレナムは目線を合わせずに窓の外を眺めた。
「うちの侍女のメロディが、地下から出て来た時に全員居るかどうか頭数を数えたのだ。その時、11人のはずが何故か12人と数えてしまってな。あの時は、私も我を忘れて子供達を抱きしめてしまった性だろう。何度目かで、人数が合い、妙な気分だったのを覚えている。まぁ、それ以上に全員の無事な姿を見れた喜びには勝てないのだがね」
「そうでございましょう。子供達も特に、あの地下で誰かに会ったとか、水場の近くに隠れようとか声をかけた子供はいないのでしょう?」
「それが、不思議な話でな。一度、子供達は化け物に追われて、あの真っ暗闇の中で散り散りバラバラになってしまったのだが、一人、また一人と無事に集まり、あの地下で全員が揃ったというから、不思議じゃないかね? 私は、これこそ精霊の導きにあったと想うのだよ」
「ほぉ〜‥‥素敵なお話ですな」
さも感心した様に、何度も頷くグレナム。
「真っ暗闇の地下で声を掛け合い、化け物の巣窟で全員が助かる。奇跡ですな」
「うむ。あの時ほどに、精霊の加護を感じた事は無かった。そうだ、これから朝食なのだが、グレナム卿。宜しかったら共にどうかね?」
にこやかに朝食に誘う子爵。
「はは、喜んで」
恭しく一礼すると、子爵はいつもの鈴をチリリンと鳴らした。グレナムは現れたエルフのメイド、メロディに案内され、ハトゥーム家の朝食に。そこで、子爵より聞いた話を、当の本人達からそれとなく確認するのであった。
●『夜明けの家』
そこは孤児や親に問題がある子供が集められたギルドが管理する施設の一つ。十名前後の小所帯だが、ここに居ればギルドの預信故になんとか食って行ける仕事にありつける。王都の中の使いの仕事。大勢で泥濘に車輪を取られた荷車を押す仕事。近隣の収穫期の手伝い。王都内の失せ物捜し。子供一人ではどうしようもないことも、仲間がいればなんとかなる。そのうち真面目さや素質を認められると、奉公人や徒弟として引き取られて行く子も出て来よう。
牛の鳴き声やら徐々に賑やかになって行くネバーランドの朝は、いつになく少し静かであった。が、この違和感を判る者は、冒険者の中には居ない。
表が明るくなると共に動き出した子供達は、家畜の世話、掃除、自分達の食事の支度等を手分けして黙々とこなして行く。そこには、妙な緊張感があった。それは、あまり見かけない者や、あまり顔を出していなかった大人達が、何時の間にか居る。その違和感は、大掛かりな事を起そうと言う子供達にとって、無言のプレッシャーとなっているのだ。
「うみゅ〜、お姉ちゃんもお手伝いするね☆」
チカは満面の笑みで話し掛ける。そこかしこに治り掛けのあざがある8歳くらいの少女は、雑巾を手に戸惑いながらも僅かに笑みを浮かべようした。が、直にもその表情は硬いものとなる。
「どうしたのかにゃ? ふみゅぅ、お友達になれるかにゃ?」
ふと、気配に振り返るとそこには桶と雑巾を手にした10歳前後の少年が無言で立っていた。
ずるる。音を発てて青ハナをすする。
「行くぞ」
そしてつかつかと歩み寄ると、少女の手をぐいと引いて連れて行こうとする。
「待ってなの〜」
チカが追いかけると、戸口で少年はくっと振り向いて言った。
「お姉ちゃん誰?」
「チカちゃんです☆」
にっこり。
少年は、そんなチカの爪先から頭のてっぺんまで見回し、グッと顔をしかめた。
「お姉ちゃん、貴族? 不思議な格好だね。それともお金持ち? ここに何しに来たの?」
斜に構え、何かを堪えて搾り出す様な厳しい口調。
「おっす、お兄さんは流しの吟遊詩人なんだ。『魚の歌』聞いた事ないかなあ?」
ぼろろ〜ん♪
にこやかに廊下から現れるトリア。
だが、少年は少女を引き連れ、サッと立ち去ってしまった。
「ははは、ふられちゃいました」
「ふみゅ〜、何か避けられてるにょ」
「こちらもですか‥‥」
サッカーボールを手に、残念そうに肩をすくめて見せる登志樹。
そこへオラースが入って来る。
「おかしいな。知った顔があまり居ねぇ。そんな筈が無ぇんだが‥‥」
「ははは‥‥あの子達は、最近保護されたばかりなんですよ‥‥それに今は朝の仕事中ですから」
昨晩の老人が顔を出した。
すると廊下の方で、何人かが駆け込んで来た気配。オラースが顔を出すと、息を弾ませながら見知った顔の少年達が何人か。
「よお、久し振りだな」
「オ、オラースのおじちゃん」
「おじちゃんじゃねぇだろ? ま、いいが」
にこやかに顎鬚を撫でる。が、どうも様子がおかしい。
「どうした?」
「な、何でも‥‥」
石の蝶は反応しない。
「おじちゃん、俺達の街は俺達の手で護るんだ!」
唐突に叫び少年達は表へ駆け出した。