マリーネ姫と王国の試練1〜黒鳥の君
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:15人
サポート参加人数:3人
冒険期間:08月06日〜08月11日
リプレイ公開日:2006年08月14日
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●オープニング
●反逆者
シーネは下町の娘。今年初めにマリーネ姫が主催した宮中晩餐会に乱入し、冒険者に取り押さえられ投獄される。
『悪態氏』ことマローはシーネの恋人。投獄されたシーネのことでマリーネ姫の悪態を付き、それを衛兵に咎められて投獄される。
長らく牢にぶち込まれていたこの二人は、最近になってその身柄をさる冒険者のバードに引き渡されることとなった。多額の入命金と引き替えに。
ここに事件の推移を見守ってきた1人の男がいる。ジ・アース出身の冒険者にしてマリーネ姫のお気に入りとなり、今はルーケイ伯与力の男爵という貴族の地位を得たエルフのクレリックだ。現場にいてシーネを取り押さえた功労者でもある彼は、マリーネ姫の許可を得ると、衛兵詰め所に赴いて衛兵隊長に面会した。
「是非ともお願いしたいことがございます」
相手が冒険者貴族であることを知り、衛兵隊長は頼み込んだ。
「牢にぶちこまれている間、あの者たちは心を入れ替え、謀反人どもの首魁の逮捕に協力するとの同意を得ました。この千載一遇のチャンスを、お見逃しになることなきよう」
「謀反人どもの首魁とは?」
「あの者達を陰で操っていた『黒鳥の君』を名乗る男です。ですが正体については察しがついております。反逆の罪によりその身分を剥奪されて以来、ずっと行方をくらまし続けている元ラントの領主、レーガー・ラントにございます」
●王国の災い
その後日。冒険者貴族のクレリックは貴族街に屋敷を構えるグーレング・ドルゴ卿を訪ねた。身分を剥奪されたレーガー・ラント卿に代わり、今は王領となったラントの代官に任ぜられた男である。
「レーガー卿は聡明にして剛胆。それまで実り少なき土地であったラント領を、一代にして実り豊かな地に変えたる傑物だ。今日のラントの繁栄もレーガー卿あってのこと」
と、グーレングは言う。意外にもその口振りから、先の領主に好感を抱いている様子が感じられた。
「そのレーガー卿が、何故に国王陛下の不興を買うことになったのだ?」
グーレングの顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
「夏の夜は短いが‥‥じっくりと話して聞かせてやろう。今まさにこの王国を呑み込まんとする、大いなる災禍の話をな。‥‥さて、話に先立ち見せたいものがある」
グーレング自らの案内で、クレリックは屋敷の一室に通された。
数々の調度品で小綺麗に飾られた小部屋。壁に飾られた数々の絵の中に、ひときわ目を引く1枚がある。
「これは‥‥」
思わず、クレリックは絵の中の人物たちに目を奪われた。
絵の中央には白のドレスで着飾った幼いマリーネ姫。その背後には二人の王族の女性が立つ。
「この絵は今は亡き王妃殿下と、マリーネ姫の母君たるマルーカ殿がご存命の頃に描かれたる物だ」
マリーネ姫の右に立つ王妃は、その気品ある顔に慈愛の微笑み。その左に立つマルーカは、対照的に気高くも近寄りがたい威厳ある表情。
「お美しい‥‥」
その感嘆の呟きに対し、冷水を浴びせるようなグーレングの言葉が返ってきた。
「災禍に呑み込まれたる者達は、やがては災禍そのものと化す」
「‥‥今、何と!?」
グーレングの顔に再び、あの酷薄な笑みが浮かぶ。
「あのマルーカ殿に対し、王都の貴族どもが如何なる陰口を叩いていたかご存じか? ‥‥おっと。これ以上を口にすれば、この私も謀反人の誹りを受けることになろう。それ故、あえてこの先は言わぬ」
「では聞かせてくれ。かつてのラント領主の話と、大いなる災禍の話を」
グーレングは真顔になり、続ける。
「貴公は天界人。故に王国には血のしがらみを持たぬ。なれば率直に話そう。
現国王エーガン陛下の望まれるは、父王レズナー陛下の遺業を継承し、さらなる発展を画すること。即ち、王権の強化による強国ウィルの現出だ。
その陛下の理想に共鳴した者の1人が、レーガー・ラント卿である。レーガー卿は陛下の理想の為に惜しみなく私財を投じ、王権強化の必要性を熱心に説いて回った。
だが、陛下がどれほど高き理想を掲げようとも、世の俗物どもは決して理想を理解することはない。国王陛下のお膝元、フオロ分国における国王派貴族と反国王派貴族の争いとは即ち、いたずらに理想を拒み旧態依然の旧制度にしがみつく輩と、陛下の理想を悪用して私服を肥やす俗物どもの争いだ。
この醜悪なる争いにより、王国は疲弊した。さしものレーガー卿も早急なる改革による弊害を陛下に説き、その拙速さを諫めたが、陛下はこれに激怒。レーガー卿の身分を剥奪し、その領地を取り上げたという次第だ。恐らく陛下は、レーガー卿の変節を自らへの裏切りと覚えられたのであろう。
レーガー卿もまた、愚か者どもの争いの犠牲者だったのだ。マリーネ姫の母君たるマルーカ殿と同じくな」
続くグーレングの話から、聞き手のクレリックは次のことを知った。
国王エーガンに取り入り、巧みに宮廷での発言力を高めていったマルーカは、自然と国王派貴族の代表格ともなった。そのことは反国王派貴族達の反感を買い、恰好の標的となることを意味する。
しかも当時、反国王派の急先鋒としてマルーカと激しく対立していたのが、トルクの備えとして王都の西に広大な領地を有するルーケイ家の当主だった。両者の争いはついにアネット家とルーケイ家のフェーデへと発展。このフェーデによりマルーカの親族たる男子がルーケイの剣に倒れ、両家の争いはさらに険悪化した。
そこへ起きたのが、あの王妃暗殺事件であり、マルーカは王妃ともども殺害された。当時のルーケイ伯に事件の首謀者の嫌疑がかけられ、国王より死を賜ったのは当然の流れとも言える。とはいえ、ルーケイ伯が事件に関与したという証拠といえば、捕らえられた時には既に死体となっていた暗殺者の懐中にあった密書のみ。それがルーケイ伯に濡れ衣を着せるためのねつ造でないかと疑う声も、決して小さくはない。
最後にグーレングは言う。
「マルーカ殿亡き後、アネット家の家勢は衰えた。しかし冒険者達の助力を得たことで、マルーカ殿の忘れ形見たるマリーネ姫殿下は、今やマルーカ殿にも劣らぬ権勢をその手にしようとしている。油断するなかれ。マリーネ姫殿下を母君の二の舞とせぬようにな」
その頃。ぱこぱこを呼び出したエーロン王子は機嫌良く命じた。
「犬コロ。我が藩屏たるマリーネの子の第一の臣となれ。困った時は力を貸すぞ」
件の話が伝わったらしい。
●依頼人
7月終わり、冒険者ギルドに騎士学生リュノー・レゼンが現れた。
「もうじき騎士学院の卒業が近づいていますが、卒業後の仕官についても決まりました。仕官先は王家調査室です。卒業までは見習いですが、その後は調査室の書記を務めることになります」
ギルドの事務員は愛想良く応じた。
「それはおめでとう御座います」
「ただし正式就任は、王家調査室室長による任命を経てからになります」
王家調査室室長は、最初にこの機関を提唱した冒険者が務めている。
「では、早速ですが書記見習いとして依頼を出させて頂きます。依頼内容は、『王国の前途に広がる暗雲の正体を見極め、これを追い払うこと』です。このように書けば、賢明なる冒険者の方々は何を為すべきかを分かっていただけるでしょう。ああ、それからもう一つ。騎士学院のシュスト・ヴァーラ教官が、調査室の顧問を務めたいと希望なさっています。室長にはそのようにお伝え下さい」
●リプレイ本文
●いつもの酒場で
冒険者街を出てすぐの下町にある酒場、セデュース・セディメント(ea3727)の行きつけの店の名は、
「よ‥‥う‥‥せ‥‥い‥‥の‥‥?」
「妖精の台所だよ」
看板の文字を見上げつつ読解に苦しんでいたセデュースに、店の女将が教えてやった。ありがちな店名だが、読みにくいのも無理はない。下手くそな文字で書かれている上に、長年の風雨にさらされてひどく剥げている。
「さあ、あんたも早く店の中に入んな。シーネとマローがお待ちかねだよ」
今日はシーネとマローの釈放を祝う宴の日。店の常連はもとより、2人の知人もぞろぞろと店に集まっている。
祝いに駆けつけた冒険者達も、最初は店の手伝いをしていたのだが、
「いけません、いけません。騎士ともあろうお方が、私どものような下々のお手伝いなど」
鎧騎士のルエラ・ファールヴァルト(eb4199)も、ジ・アース人のフォーリィ・クライト(eb0754)も、手伝いを女将に止められて宴の席の上座に座らされてしまった。街中での武装を許された者達は、街人からは格上の者として扱われる。
しかしバードのセデュースに対しては、店の客達も気軽に声をかけてくる。バードは元々この世界にもいるし、街人にとっては馴染みの存在だ。
「しかし大したもんだよ、あんた! よくぞ、あんな大金を2人の釈放の為に払ってくれたもんだ!」
セデュースもにこにこ笑って答える。
「下町の皆さんとは、この酒場で大変お世話になっていますので。それに支払った金は、こちらに来てから得たもの故、こちらで使うのは当然でしょう? お金は必要な時に使ってこそ意味があります」
「そりゃそうだ! しかし冒険者って稼業は儲かるもんだねぇ!」
出来ればマリーネ姫のご懐妊の話も、セデュースは下町の皆に広めたかったのだが、今はまだその時ではないと姫のお付きの者から口止めされていた。だから代わりに、シーネのお腹を見つめてさり気なく口にする。
「いやぁ、早くシーネ嬢の赤ちゃんも拝見したいものですな」
「赤ちゃん‥‥も?」
「は? 私が何か申しましたか?」
聞き返したシーネには空とぼけて答えた。
「ではそろそろ、宴を始めると致しましょう。シーネ嬢とマロー殿に竜と精霊のご加護ありんことを! お二人のご帰還を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
セデュースの乾杯の音頭と共に、祝い酒の杯が打ち鳴らされる。続いて景気づけにと、セデュースはリュートを陽気にかき鳴らす。集まった皆は我も我もとシーネとマローの元に押し寄せ、その肩を抱き、頬に口づけして、祝いの言葉をかけてやる。
「こりゃ、まるで結婚式だねぇ」
店の女将がしみじみと呟いた。
「本当だわ」
相づちを打つフォーリィ。皆からの祝福に笑顔で答えるシーネとマローは、まるで新郎と新婦のように輝いて見えた。
「ねえねえ、これは何のお祝いなの?」
フォーリィの耳元で尋ねる声がした。見ると、芸人の恰好をしたシフールが宙を羽ばたいている。
「あら、初めて見る顔ね。あなたも冒険者?」
「冒険者? 違うよ。僕はずっと北の森に住んでるシフールさ。名前はメル。久々に都に遊びに来たら、このお店が何だか賑やかだから、ちょっと覗いてみたんだよ。ねえねえ、僕にも演奏させてよ。僕、横笛が得意なんだ」
「助っ人の登場ですかな? これは有り難い」
早速、セデュースのリュートとメルの横笛で二重奏が始まった。メルの横笛は小鳥の囀りのように軽やかで、油断していたらセデュースもリュートを手放して、思わず聞き惚れてしまいそう。二人の演奏が終わると、盛大な拍手喝采がわき上がる。
「ねえ、おじさん。僕と組まない? 絶対に都の有名人になれるよ」
「それはまた願ってもないご提案でございますな」
二人でそんな話をしていると、賑やかだった店の中が突然に静まった。
「シーネとマローはここにいるか!?」
店の玄関口に、部下を引き連れた衛兵隊長が立っていた。
「これはこれは隊長殿」
恭しく挨拶するセデュースに向かい、隊長は尊大な態度で告げる。
「入命金の支払いご苦労。だが今後何かあった場合には、すぐに報告を入れろ」
続いて隊長はずかずかとシーネに歩み寄り、威圧するように言い放った。
「約束は果たしてもらうぞ。裏切った時にはどうなるか、分かっているな?」
シーネは身をすくめ、怯えた目で隊長を見つめ、マローは俯いて目を伏せる。
「隊長殿。悪いが、ここは宴の席だ。そういった話は後にしてもらおう」
背後からのルエラの声に隊長は振り向いた。
「貴様は何者だ!?」
「鎧騎士ルエラ・ファールヴァルト」
名乗りを聞き、部下の一人が隊長の耳に何事かを囁く。カーロン党員である彼女の名は、衛兵達の間でも知られているらしい。
隊長はルエラの顔を見つめ、次いでその腰に帯びた武具に目をやると、穏やかな口調で告げる。
「これは失礼。お楽しみのところを邪魔してしまったようだ。我々はこれにて立ち去るとしよう」
衛兵達が姿を消すと、通夜のように静まってしまったその場を盛り上げようと、セデュースが声を張り上げる。
「では皆様方! 余興にお祝いの詩を贈り、わたくし自身が歌を御披露!!」
その言葉に皆は一斉に沸き立つ。宴は再び活気を取り戻した。
●事情聴取
宴の翌日。セデュースはシーネとマローの二人を下町から連れ出し、仲間と共に冒険者街にある自分の住処へと向かう。
「で、どうしてあんたも一緒についてくるわけ?」
肩の辺りをぱたぱた飛んでいるシフールのメルに、フォーリィが問う。
「だってバードのおじさんの家の場所、覚えておきたいからさ」
「じゃあ家の前までよ。あたし達は大事なお話があるんだから」
ところがセデュースの家までもう少しという所で、
「きゃあ!」
シーネは叫んでへたり込み、マローはその場に硬直。
ご近所の家の庭にでっかい蛇がいる。
「あ、気になさらずに。ご近所さんの飼ってるペットですので」
セデュースはそう言い、先へ進むよう二人に促す。
「ぼ、僕はこれで帰るね。さよなら〜!」
ペットに恐れをなしたか、メルは何処かへ飛び去った。
家の中に入ると、中でカルナックス・レイヴ(eb2448)が、ルクス・ウィンディード(ea0393)と共に待っていた。
「あなたは‥‥?」
「企みをもってマリーネ姫に近づいた君を、魔法で捕縛した男だ。そう言えば分かるだろう」
その答を聞き、シーネの顔色が変わった。構わずカルナックスは尋問に入る。但し、物腰はあくまでも柔らかく。
「気を楽にして。答えられる事だけに答えてくれればいい。では最初の質問だ。君達はどういう立場の人間だ?」
「私は‥‥ただの物売りの娘です」
と、シーネが答える。
「俺はシーネの恋人で、荷運び人さ」
マローもそう答える。
「ではシーネに尋ねる。何故、宮中晩餐会に乱入するという危険な行動を取ったのだ?」
「姫様に伝えたかったのです。貧しい人々の非道い暮らしのことを‥‥」
「黒鳥の君とは、どんな風貌の人物だ?」
「‥‥分かりません。会う時は、いつもマスクで顔を隠していました。でも、声はとても優しい声です」
「居場所を知っているか? 他に仲間は?」
シーネは無言で頭を振る。
「黒鳥の君と出会ったきっかけは?」
シーネは黙したまま答えない。
ルクスはそっと仲間達の側を離れ、独り呟く。
「この様子だと、黒幕に辿り着くにも時間がかかりそうだぜ。どうして貴族さん達って、こうも回りくどい謀り事が好きなのかね? ‥‥ん?」
その視線が窓辺に置かれた手紙に止まる。
「いつの間にこんな物が?」
手紙の封印を見ると、黒い蝋が翼を広げた鳥の形を象っている。
「これって黒鳥の君が寄越した手紙か!?」
「手紙を置いたのは誰だ!?」
「誰か気がつかなかったの?」
仲間達が口々に問いを発する。しかし、手紙を置いて立ち去った者の姿を見た者は、誰もいない。
●姫に贈る祝福
挨拶に訪れたルーケイ伯アレクシアスに告げられるまで、マリーネ姫は自分の身に起きた変化が何を意味するかを知らずにいた。
「私は‥‥陛下の御子を宿したのですか? 私のお腹の中に‥‥」
「己が身の誕生の日、母苦難の日。今の私があるのも母あっての事、感謝を忘れた事がありませぬ。姫が宿された御子の命、大切になされませ。又このルーケイ伯、身を賭して姫と御子をお守りいたしましょう」
アレクシアスもつい先日、自分の誕生日を迎えたばかり。母に思いを馳せ、挨拶を終えて姫の元より退くと、侍女長が彼を呼び止めてその耳に囁いた。
「この事はどうか内密に。陛下もまだ何もご存じないのです」
「陛下にはいつ?」
「準備が整い次第、速やかに」
続いてやって来たルエラ。私室での非公式な謁見ながらも拝謁の礼を取り、密かにご懐妊のお祝いを述べ、幼いセッターを献上品として差し出した。
「まあ、可愛い!」
姫は小さな子犬を抱き上げたが、その毛を吸い込んだか、小さなくしゃみを一つ。
「あら、いけませんわ。姫様や生まれてくる赤ちゃんに障ります」
侍女長はそう言って、子犬をルエラの手に戻す。姫は少し残念そうだったが、にっこり笑って言った。
「それに私には既に、おしゃべりする仔犬がいますもの」
しかしルエラが帰った後、マリーネ姫はどうも様子がいつもと違う。妙にそわそわして、侍女達にいらぬ用事を矢継ぎ早に言いつけたかと思えば、急にぽかんとして人形のように動かなくなったり。
「姫。お疲れではありませんか?」
カルナックスが気を遣って尋ねると、
「‥‥母君の事を思い出していました」
感情の篭もらぬ声で答が返ってきた。
「今日はもうお体を休めては如何です? 色々あって気疲れしているのでしょう」
「‥‥ええ、そうしますわ」
その日。姫は早々と寝所に引きこもり、カッツェ・シャープネス(eb3425)だけに自分の話し相手をさせた。
「子爵殿はお呼びにならないのですか」
「今、あれも大変でしょう」
ベッドに身を横たえた姫が気怠そうに言う。そのくせ、何度も寝返りを打って落ち着きがない。
「貴方の中で起きてる事を話していただけますか?」
「ああ、何と言ったらいいのか‥‥」
「出来る限り‥‥でいいんです。少しづつ理解しましょう。ね」
答を出すのは他人ではなく、あくまでも姫自身。しかし姫の身近には、姫の立場を理解できるであろう身重の女性がいない。その事がカッツェには呪わしくもある。
「何と言ったらいいのか分からないけど‥‥でも、カッツェがここにいると落ち着くの」
寝室に漂う香りは香木の香り。シーツも真新しい物に取り替え、枕も感触の良い物に新調した。これも皆、カッツェのお膳立て。
「この香り、とってもいい香り。セレの森を思い出すわ」
部屋に香木の香りを漂わせるのは、香木を素材とした木彫りの妖精の像。その香りに姫の心も落ち着いたようだ。
「‥‥また、あの森に行ってみたい」
寝室の隣の部屋には、リュートの柔らかな旋律が流れる。弾き手のケンイチ・ヤマモト(ea0760)はリュートを弾きがてら、部屋で交わされる会話に耳を傾けていた。
話し手はもっぱらマリーネ姫に仕える侍女長と衛士長。時には回りの衛士や侍女達も話に加わる。聞き手は山下博士(eb4096)。ことにトルク分国の政治や人物に関心があるらしく、盛んに質問を繰り返していた。
「お上手ですこと」
姫に仕える侍女の一人がケンイチに声をかけた。
「貴方のリュートの音が聞こえるだけで気分が和みますの。ここにずっと居て欲しいですわ」
●懸念
「公爵家の設立だと?」
密かに私室を訪ねてきた博士の提案を聞き、エーロン王子は不遜な笑いを浮かべた。生まれてくる姫の赤子を当主として、アネット公爵家を設立してはとの提案なのだが。
「赤子が無事に生まれるかも、無事に育つのかも分からぬというのに、気ばかりは早い奴め。それに公爵家一つ設立するのに、どれだけ手間がかかると思う? しかも俺の膝元で育てるのか」
しかしまんざら悪い気では無いようだ。王子ではなく臣下となれば王位争いから外れ、競争者としての立場は著しく弱まろう。幼子を手に掛けるよりは賢いやり方だ。しかも目論見通りに進めば自分を裏切らない家臣が一人手に入る。だから王子は言い足した。
「だが、面白い話だ。その件では俺も力を貸してやろう」
ユパウル・ランスロット(ea1389)は情報収集に余念がなかった。姫にお目通りし、ハーブティーをたっぷり献上したその日。騎士学院教官のシュストが登城していたので、会って話をする機会を作った。
尤も、姫のご懐妊については侍女長からも親衛隊隊長からも口止めされている。だから、こんな言葉で鎌をかけてみた。
「姫殿下もいつかは、陛下のお子を身籠もられるのであろうな。我々もその時に備えておかねば」
するとシュストはぶっきらぼうな口調で言う。
「今の齢で姫殿下が身籠もられれば難産になるぞ。お体が成熟しきっていない。時には母子共に生命の危険に晒されよう。いつになるかは分からぬが、安産であることを願う」
この言葉が生み出す不安をうち消すように、ユパウルは言葉を口にした。
「姫と姫の子には、必ず竜とタロンのご加護があろう」
●ヤイム伯の忠告
ヤイム伯を訪ねるのは久々だった。
「お変わりありませんか?」
「いや、病を抱えた身でこの年にもなると、夏の暑さを凌ぐのもきつい」
そう言いながらも、安楽椅子に身を横たえる老人は、訪問客のエルシード・カペアドール(eb4395)に心地よさげな笑みを向けた。
エルシードとヤイム伯は、さる依頼を通じて知り合った仲。しばし四方山話に興じた後、エルシードは用件を切り出す。
「実は、お尋ねしたいことがあります。暗殺により命を落とされたるマリーネ姫殿下の母君、マルーカ・アネット様とは、いかなる人物だったのでしょうか?」
それまで笑みを湛えていたヤイム伯の顔が、にわかに真顔になった。
「何故、それを知りたがる?」
「現在、携わっている依頼を果たす為に必要なのです。過日から現在に渡る国王派と反国王派の争いの実態について、私は知りたいのです。マルーカ様は反国王派より酷い陰口を叩かれていたと聞いています。しかも、それを口にすれば反逆罪に問われる程の。その陰口とは如何なるものだったのでしょう?」
「やれやれ、まさかそのような事を尋ねられるとは‥‥」
「お答え頂けませんか?」
「そう老人を困らせるではない」
「しかし‥‥」
「詮索のし過ぎが命取りになることもあるぞ」
老人は静かに言うと、窓の外に目を向けた。そこには手入れの整った屋敷の庭。折から立ちこめ始めた雨雲に覆われ、窓からのそよ風がエルシードの髪を微かに揺らす。
「この分では雨が近そうじゃ。時に、チャリオットレースでは随分と健闘したそうじゃな」
「はい。我等がチーム、ブルーゲイルは準優勝。その褒美としてセレ分国から招待を受けています」
話はそれからレースの話に移り、マルーカの事が話題に上ることは二度となかった。
夕刻になり、エルシードはヤイム伯の館を辞す。
「冒険者ギルドまでご一緒させて頂きます」
ヤイム伯の従者が同行を申し出た。
「ギルドに用事でも?」
「次のレースの下馬評を仕入れたいと。私もレースが楽しみでして」
ギルドで従者と別れ、エルシードは暫し時間を潰した後に、冒険者街の住処へ戻る。
「あら?」
背中から下ろしたバックパックに、羊皮紙の切れ端が押し込んであるのに気付いた。広げると、そこには筆跡も確かめられぬ程に乱暴な字で、こう書かれていた。
『王族をたぶらかす色狂いの雌犬──それが答なり』
「これは、ヤイム伯が‥‥?」
メッセージの主がヤイム伯であるという証拠は無い。たとえそうだったにしても、問い質せば言下に否定されそうだ。
『詮索のし過ぎが命取りになることもあるぞ』
老人の言葉が、エルシードの頭の中に甦った。
●老騎士ザモエ
「暫くぶりじゃな」
久々に会ったザモエ卿は、快くアレクシアス・フェザント(ea1565)を出迎えた。
かつてアレクシアスは一介の冒険者として、ザモエの指揮する山賊討伐戦に加わったことがある。そのアレクシアスも、今は広大なる王領ルーケイの統治を任された王領代官。とはいえザモエのアレクシアスに対する接し方は、アレクシアスが冒険者であった頃とさして変わらない。
面会場所は騎士の訓練場。
「むさ苦しい恰好じゃが、これで失礼するぞ」
そう言うザモエは泥にまみれた鎧姿。門下の騎士見習い達に訓練を施す最中だったが、騎士見習い達は全身泥だらけで泥の中にへたばっている。
「これは、また凄い」
「いかな力に優れたゴーレムであろうと、それを動かすのは人に他ならぬ。そしてゴーレムの乗り手たる者、戦いのあらゆる局面に備えねばならぬ。時には森が、時には歩行困難な泥地が戦場ともなり得よう。これは、その時に備えての訓練じゃ」
老いたりとは言え、ザモエの身体には数々の実戦に身を投じた者の経験が刻み込まれている。若さばかりが取り柄の騎士見習い達が十人、束になってかかってもザモエには叶うまい。
会見の用向きは、ゴーレムの運用について助言を得る為。事前にそう伝えておいたので、アレクシアスは暫しゴーレム戦についてザモエと語り合う。その後で、本来の用件を切り出した。
「ゴーレム以外にも、教えを乞いたいことがある。その事について事前に伝えなかった非礼をお詫びする」
「話すがよい」
「国の要として代々のフォロ王に仕えてきたザモエ殿から見た、王家の人間関係の移り変わりについてお聞きしたい。特に現国王陛下の即位から、現在に至るまでの」
「さて。自分はそのような事に疎い。自分の本分は戦場に有れども、政治の場には有らず。その件については、別の者を当たるが良かろう」
「‥‥そうか。不躾な尋ね事、お許し頂きたい。ゴーレムについてのご教授には篤く感謝する」
アレクシアスは丁重に別れの言葉を告げ、ザモエの元より立ち去った。
改めてザモエと共に戦った山賊討伐戦を思い出し、アレクシアスは自分の遭遇した黒幕の一団がどういう特徴を持っていたかを書きだしてみた。とはいえ、目立った特徴は馬と服装のみ。馬も服も取り換えが効く。顔は誰一人として定かではない。
手がかりになりそうなことといえば、剣を交えた黒幕の護衛が相当の手練れで、その剣がサンソードであったこと。
剣を交えた直後、黒幕達の中にいた一人が捕らえられたが、調べたみればそれは雇われた者。そして護衛の方は全員が逃げおおせている。
『覚えてこう。次に会う時は騎士としての戦いがしたいものだ』
アレクシアスを振り切り、男が言い放った言葉がありありと脳裏に甦った。
「後に処刑場に現れ、山賊を連れ去ったという者は、もしや‥‥」
あの男達と関係あるのかも知れない。が、今はまだそれを確かめる術は無い。
●酒場『竜のねぐら』にて
王都ウィルの片隅にある酒場、『竜のねぐら』。
「ルー様、あちらの方が‥‥」
店の常連客の一人、ルー様と呼ばれる男が店の扉をくぐると、看板娘のジュネがその耳に何事かを囁いた。
「セクテ候に会いたいと、店に通い詰めているだと?」
「はい」
ジュネの示す先には、隅のテーブルで独り酒を飲んでいる男がいる。
ルー様は男に近づき、尋ねた。
「セクテ候に話があると聞いたが?」
「この酒場に居れば、お忍びでやって来るルーベン・セクテ候に会えると聞いたものでな。俺はオーラス・カノーヴァ。一介の冒険者にして一介の剣士に過ぎんが、俺はフオロ分国の平和のために全身全霊を尽くしたい」
自己紹介し、オラース・カノーヴァ(ea3486)はさる知人の鎧騎士に書いてもらった紹介状を、目の前の男に差し出した。
「この紹介者からはシフール便でも連絡があったと思うが‥‥」
「シフール便? 知らぬな」
「知らない? ‥‥まあいい。俺の話は聞いてくれるな?」
「聞くだけは聞こう」
「俺の望みは王家と王都を守ることだ。その為に北部領主達と王家の仲を取り持ちたい。北部領主とその領民達は、山賊助命の一件で国王に不満を募らせているが、彼らを鎮める方策を俺は知りたいのだ。北部領主達に覚えの良いセクテ候ならば、良策をご存じのことと思い、ここにやって来たという次第だ」
「話はそれだけか?」
「それに謀反人の首魁と呼ばれる『黒鳥の君』のことも知りたい。そして、トルクの家臣たるセクテ候から見た、現国王陛下の手法についても。国王陛下の進める王権強化は、その目にどのように映るか‥‥」
「セクテ候の答が知りたくば、先ずは民の声を聞け」
そう言ったきり、ルー様は立ち上がった。
「おい、どこへ行く?」
「話は聞いた」
ルー様はそのまま店の出入り口に向かって行く。
「待てよ! まだ答を聞いてないぞ!」
引き留めようとしたオラースの肩に、後ろから手をかけた者がいた。
「誰だ!?」
身を翻して後方の相手に向き直ると、街人の格好をした男がオラースを睨んでいた。
「あのお方をこれ以上煩わせるな。話については俺も聞かせてもらった。おまえさんの知りたがっている事は、代わりに俺が答えてやろう」
そして、男はオラースの耳に囁く。
「俺は北部領主の密偵だ。ここでは誰に立ち聞きされるか分からん。別の場所で話の続きをしよう」
●王家調査室への提言〜王都防衛
「騎士学生リュノー・レゼン。騎士学院を卒業次第、書記に任命します」
書状を読み上げると、王家調査室室長の草薙麟太郎(eb4313)はリュノーに握手を求めた。
「ようこそ王家調査室へ。貴方の着任を心から歓迎します。卒業までは書記見習いの立場で、実務に就いていただきます」
リュノーも麟太郎の手を強く握り返し、答える。
「必ずやご期待に答えてみせます」
「こちらこそ、宜しくお願いします。僕はこの王家調査室を単なる密告屋の集団に貶めるつもりはありません。ウィルに立ち込める暗雲を払う灯火となるべく全力を注ぎます。最近頻発する大きな事件は明らかにウィルの混乱、ひいては戦乱勃発を狙っています。背後で暗躍する悪意ある者達の正体を突き止めねばいけません」
教官シュストの顧問就任も、麟太郎は既に認めていた。
「先日も痛感したのですが、僕達天界人はこの世界のことにあまりにも無知。経験豊富な方の助言は不可欠です」
王家調査室はまだまだ発足したばかり。本部には冒険者街にある麟太郎の住処が使われている。
既に調査室には、冒険者達から数々の提言が持ち込まれていた。レイ・リアンドラ(eb4326)が提言するのは王都の防空力強化。
「この半年で、空の脅威が大幅に増大しています。人への監視を強めた竜とその眷属、ショアに出現した大怪鳥、各地への航空ゴーレム機器の配備、そして──これは機密扱いですが──シーハリオンの異変に関わった可能性のある謎の飛行物体。
飛行する存在の最大の脅威はその速度と移動距離です。現在のゴーレム機器なら、緊張状態のハンの国や王家に仇なすベーメ卿の様な辺境領主が、一夜にして王都を強襲することも可能です。その場合、地上の部隊を展開する時間もなく、王都の堅固なる城壁も空の脅威には無力です。
時代の変革にともない王都の防衛方法も変わります。今、必要とされるのは、空からの脅威に対しての抑止力です。
よって私はここに、『王都の蒼天を守る盾であり、王の威を辺境に射る弓となる王立空戦騎士団の再編成』を建白します」
王立空戦騎士団は、トルクのゴーレムグライダーをフオロ王家が得たことを契機として、設立された騎士団である。しかしエーガンの治世下の混乱で、現在は休眠状態にあると言う。
麟太郎もこの提言に賛意を示した。
「戦意とゴーレムは、あるところにはあるものです。先のベーメ卿の討伐依頼で、そのことを僕も痛感しました。ゴーレム部隊による王都強襲の危機が現実味を帯びてきた以上、早急に対策を立てる必要があります。
ちょうど、ルエラ卿からも『ゴーレムを使った防衛施設構築』の案の打診を受けました。僕は両者の案を統合した、ゴーレム機器による王都防衛システムの構築を提案します。
特に防空思想というものは、これまでこの世界になかった概念だと思います。防空思想の浸透は急務でしょう」
●王家調査室への提言〜内部改革
ベアルファレス・ジスハート(eb4242)の提言内容は、フオロ分国の内部改革案。
「王家調査室を利用し、各領地の内情をつぶさに調べ上げ、以下の項目に著しく反する領主には王命により改善を要求。改善がなされない場合は統治者失格とし身分の剥奪、領地の没収を行う。
一つ。民衆の信頼を充分に得ているか
二つ。領地運営により国に充分な利益をもたらしているか
三つ。騎士道に反する様な行いをしていないか
四つ。国に対して不忠となる様な行いをしていないか
空いた領地には王家調査室の調査によって選出された適任者を領主として置く。なお、領内の内情調査は情報の隠蔽、捏造を避ける為、極秘裏に行う。これらの内情調査の情報は全て王家調査室に集め、外部に漏れる事の無い様に厳重に管理する
調査室の了承が得られ次第、以上を国王陛下に建白したい」
しかし、彼の内部改革案にはリュノーが難色を示した。
「現在のフオロ分国内では、既に数多くの領主が王命により身分を剥奪され、領地を没収されています。しかも、後任の代官による統治は、必ずしも成功しているとは言えません。調査によって彼らの欠点をあげつらうのは簡単でしょう。しかし、単に代官の首をすげ替えても、その後任が同じ失敗を繰り返したとしたら? それは王家の権威の失墜と民心の離反に繋がります。
基本はベアルファレス殿の提言された4ヶ条によるとしても、その運用に当たっての取り決めをより細密に規定すべきです。我々に失敗を繰り返す余裕はありません」
「でも、各領地の内情を調べる人間は必要だと思うわよ」
ベアルファレスの建白に賛意を示したのはエルシード。
「私からも建白するわ。各地の状況を内密に巡察して、情報収集を行う巡察官制度をね。巡察官は王家調査室直属として人員を拡充し、情報収集と分析を一手に行える体制を整備すべきよ」
「それは私も同感です」
と、リュノーが答える。
「私もベアルファレス殿の建白を元に、改良案を出してみましょう。今暫く時間を下さい」
●王家調査室への提言〜ショア伯支援
「それと、もう一つ」
エルシードは続ける。
「急激な軍事力拡大の為に増税に走った結果、民が疲弊し領主層が不満を持ち、その不満を抑える為に更なる軍事力が必要になり、再度の増税。その為に民はますます疲弊し、領主の不満はますます膨れあがる。‥‥そういう悪循環に陥っているのが、現在の王家の財政状況だと思うわ。
その悪循環を断ち切る為の一策として、私はショアで進められているゴーレム工房建設計画を、王家でも積極的に支援することを提言します。
王家の財政改善のためには海上力を強化し、海外貿易を活発化させ取引高を増やす事で自然な税収増を期待する方が有効だと思うの。
陸上貿易は儲けの割に、街道整備や治安維持とか必要経費が多過ぎるし。
分国内を探せば海外への目玉輸出品になりそうな物も見つかるでしょう。例えば、ホルレー男爵領で作られている紙とか。
ともかくも富国強兵は一方だけでは成り立たない二本の足。結局は、民や領主の経済的負担を和らげた方が強兵の近道よ」
「とは言っても、船を建造したり練度の高い乗組員を育てたりするのにも、必要経費はかかりますよ。それに、それらを維持することにも」
リュノーが反駁する。しかしその後で言い足した。
「でも、魅力的な提案であることは認めます。但しショア伯への支援は、さらなる調査を行った上で行うべきかと思います。
私はショア伯について詳しくは知らないのですが、ショア伯も自分に利益をもたらさんがために、ゴーレム機器の拡充を図っているはず。その首にかけた手綱をうまく裁けなければ、乗り手が馬に引きずられることもあり得ます。ショア伯への対応を誤れば、王家がショア伯の野心に引きずられ、あらぬ窮地に引っ張り込まれる危険も考えておくべきです。
ことに、今はハン南部の動きがきな臭くなってもいます。海上交易国たるハンの混乱は、ウィルがその交易ルートに手を伸ばす好機とも捉えられますが、ハンの背後には強国たるエの国、ラオの国、ランの国が控えているのです。
ウィルがハンの交易ルートを狙えば、ハンの国との関係悪化は避けられません。ひいては、ハンと親密な関係にある3強国とも抜き差しならぬ関係になる危険も孕みます。
この提案に対しては、さらなる検討が必要でしょう」
以上の提言者の他、何かと多忙なアレクシアスも調査室本部を訪れ、王都の実態調査を提案した。
「王都に流入する情報を押さえる事で、内外で暗躍する勢力の一端が見えるかも知れぬ。そう思い、提言させてもらった」
「ところで、ザモエ卿にお会いになられたそうですね」
「ああ。王家を取り巻く人間関係に探りを入れようと思ったが、叶わなかった。ザモエ卿は生粋の武人であるが故に、政争に首を突っ込むことを好まぬようだ」
「ザモエ卿は昔からそういうお方です。でも‥‥待って下さい」
リュノーは暫し考えた後、アレクシアスに告げた。
「そういう事をお知りになりたいなら、より適任の方がいます。騎士学院のカイン・グレイス教官殿です。僕の恩師でもあります。アレクシアス閣下とは‥‥きっと馬が合うのではないかと思います」
心なしか、リュノーの頬には僅かに朱がさしているような。
「そのカイン教官には、何か特別な思い入れでも?」
「その‥‥色々ありましたから」
答えるリュノーの声には、微かな恥じらいの響きが。‥‥気のせいか?