マリーネ姫と王国の試練6〜険しき道へ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:14人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2007年05月10日

●オープニング

●アネット邸占拠事件の決着
 2月の半ば。地球人の娘サヨリーナに率いられた一団が、マリーネ姫の生家であるアネット邸を占拠するというとんでもない事件が起きた。サヨリーナ一味はテロリストのシャミラに唆され、姫が城に移ってから長らく使われていなかった屋敷に踏み込み、言語道断な振る舞いに及んだのである。
 しかし冒険者達の活躍で占拠事件は解決。サヨリーナに付き従っていた者達は改悛の情を示したことにより、姫は彼らの犯した罪に対して寛大なる処置を取った。
 さて、肝心のサヨリーナであるが。
「おい、面会人だぞ」
 牢屋にぶち込まれたサヨリーナに牢番が告げる。
「ふん、何よ! 面会人なんてどーせ、意地悪くってスケベったらしいブルジョワおやぢに決まってるわ!」
 ぶつぶつ独り言を呟いていたサヨリーナだが、目の前に現れた面会人を見て、
「はにゃーん」
 心は天に舞い上がった。面会人は冒険者ギルド総監カイン・グレイス。彼をここに連れて来たのは『揺るがぬ白百合』ことウィル空戦騎士団長。サヨリーナがいい男好きであることを聞き及び、極上イケメン(?)のカインを連れて来た彼女の作戦は、見事に功を奏したのである。
「あなたの話を聞いて会いに来ました」
「はにゃーん」
「自分が何をしたかは判っていますね?」
「はにゃーん」
「罪を償う意志があるなら、ここから出してあげましょう」
「はにゃーん」
 にっこり微笑んで語りかけるカインの言葉を、サヨリーナは聞いているのか聞いていないのか。ぽかんと開いた口から意味不明の言葉を発しつつ、その視線はカインに釘付け。
 カインの隣に立つ騎士団長も、
「サヨリーナさん自身は悪いことをしたという意識はないかもしれません。ただ、非のある貴方が家の所有者である姫に対して非礼や危害を加えれば、その仲を取り持という多くの人々の善意が無為にされ首が飛ぶことになります。その点だけ留意してください」
 と、戒めてみたが。
「うん、うん、うん」
 と、ただ首を縦に振り続ける。
 で、サヨリーナは結局釈放されたのだが。釈放された彼女がカインに連れて行かれた先は、冒険者街はグラシュテ通りの空き家であった。そう、空戦騎士団長の持ち家のすぐ近くである。
「しばらくはこの家に仮住まいとなります。くれぐれもご近所に迷惑をかけないようにして下さい」
 その頃。占拠事件で人質に捕らえられるという失態を犯した挙げ句、サヨリーナ一味をかばい立てした衛兵のジーン君は。
「貴様はクビだ!」
 と、衛兵隊長から解雇を言い渡された。
「所詮、貴様のような軟弱者に衛兵は勤まらん。子どものお守りでもしているがいい」

●マリーネ姫の怒り
「清潔第一!」
「健康増進!」
「伝染病は王国の敵だ!」
「本日も、我々は王国への義務を果たすのだ!」
「おいっちに! おいっちに!」
 掛け声も勇ましく王都を闊歩していく集団は、エーロン分国王直々のお達しにより結成された『エーロンお掃除隊』である。元々は犯罪者の更正を目的とした奉仕集団だが、街の人々の評判は上々だ。
「お掃除隊のお陰で、街もすっかり綺麗になったわ」
「今日もしっかりお掃除、頑張ってね」
 サヨリーナ一味の者達も今ではお掃除隊に組み込まれ、アネット邸とその近辺の清掃作業に駆り出されている。アネット邸の改修工事も終わり、荒れていた庭も綺麗に整えられた。姫はまだロイ子爵のお屋敷にご滞在中だが、お引っ越しの日ももうすぐだ。
「綺麗になったもんだねぇ」
 綺麗に掃き清められた門の前、仕事を終えたお掃除隊の者達が一息ついていると‥‥おや? 荷車に山ほどゴミを積んだお掃除隊の別隊がやって来たぞ。
「あのクソ女の屋敷はここか」
 何をするかと思いきや、何てことだ。やって来た連中は荷車のゴミを盛大に門の前へぶちまけ始めたではないか。
「おまえら、何すんだ!?」
「ここがゴミ捨て場だって聞いたもんでね」
「何ぬかす! ここは姫様のお屋敷だぞ!」
「うるせぇ! あの女には街中のゴミをくれてやらぁ!」
 罵声を張り上げつつゴミをまき散らす連中は、今年初めに行われた姫の公開出産で、悪女に誑かされて姫の襲撃に加わった連中だ。長年に渡る姫への恨みがそう簡単に消えるものではない。しかし収まらないのは、精魂込めて屋敷をお掃除していた者達。たちまちマリーネお慕い派とマリーネ憎し派との間で乱闘が始まった。
 その騒動を遠巻きにして眺めているのは物見高い貴族達。姫のお屋敷があるのは貴族街だし、ここにはゴシップ好きの貴族だって大勢住んでいる。
「毎度毎度、面白い見世物で楽しませてくれますなぁ」
「それにしても、ここのところ毎日のようにこの有り様ですわよ」
「やはり不人気というものは挽回が難しいもので」
「これでは姫が落ちぶれて、赤ん坊を抱えて路頭に迷うのも時間の問題かと‥‥」
 悪い噂というものはすぐに広まるもの。早々に姫の耳にも貴族達の陰口は伝わった。
「表では愛想笑いを浮かべているくせに! 影ではみんなして私のことをそんな風に!」
 癇癪を起こして怒鳴ったもんだから、腕に抱いた生後3ヶ月のオスカーがわっと泣き出した。
「泣くのを止めなさい! 私の言うことが聞けないの!?」
 姫もなおさら興奮して怒鳴り続けるものだから、オスカーの泣き声もますます激しくなるばかり。見かねて乳母が手を差し伸べた。
「ほらほらオスカーちゃん。泣かない泣かない、いい子いい子」
 赤ん坊をあやすことには手慣れていて、オスカーは乳母の腕の中で大人しくなる。しかし収まらないのはマリーネ姫。
「何よ! オスカーったらあなたにばかり懐いて!」
 乱暴に言葉を吐いて、そのまま居室から出て行ってしまった。
「姫! 姫!」
 慌てて衛士長と侍女長が後を追い、お屋敷の中庭で姫に追い付いた。二人の気配に気付き、姫は背中を向けたまま告げる。
「私、冒険者と一緒にお忍びで街に出かけるわ。正体がバレないように変装して、誰がどこで何を言っているかしっかり聞き届けてやるの」
「しかし‥‥」
「さっさとギルドに依頼を出しなさい! これは命令よ!」

●親衛隊員増員
 姫が癇癪を起こしたその日遅く。衛士長は鬼面男爵の訪問を受け、マリーネ姫親衛隊員の増員を要請された。
「護りは万全にな。人員の希望としては熟練した騎士や魔法に通じる者だ。勿論、応募者の素性については念入りに調べる様にする」
「難しいぞ。そのような逸材、そうそう転がっているわけではない。ましてフオロ分国内では、先王そして姫に恨みを持つ者が多すぎる。だが、手を尽くして探してみよう」

●波乱の出会い
 アネット邸の前に女がいる。歳は二十歳を過ぎたくらい。平民のなりで、腰に棍棒をぶらさげている。
「ここがマリーネの屋敷か‥‥」
 塀ごしに屋敷をにらみつけるその視線が、いやに険しい。
「誰だ!?」
 不意に女は人の気配に気付き、振り向いて叫ぶ。女の背後には女性の騎士がいた。
「貴様、悪王の手先か!? 私の命を奪いに来たか!?」
「そうカッカするな。私はトルクの騎士。名をカリーナ・グレイスと言う。親衛隊募集の話を聞いてやって来た」
 騎士はつっけんどんな口調で答える。
「おまえも仕官を望む口か?」
「私は‥‥ルージェ・ルアン。悪王に身分と領地を奪われた元騎士の娘だ。マリーネについては良い噂と悪い噂を聞いている。良い噂通りの女なら親衛隊に応募してやるが、悪い噂通りの女なら殴り倒してやる」

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

コロス・ロフキシモ(ea9515)/ 導 蛍石(eb9949

●リプレイ本文

●ネバーランドの再出発
 エーロン・フオロの分国王即位により、王弟となったカーロン。その厚き信任を受ける者の一人が鎧騎士ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)である。
「レーガー・ラント卿については‥‥」
 ルエラとの接見の折り、その事を問われたカーロンは答える。
「兄君は良く言えば慎重、悪く言えば疑り深い。しかし卿がエーザン預かりになってから随分経つが、やましい動きは見られない。信頼できる人物だと私は思う」
 ルエラが求めるレーガー卿とその配下の復権については、エーロン王に打診してみるとカーロンは約束してくれた。
 もう一つの懸案は未だ代表者不在のチルドレンギルド・ネバーランド。
「差し支えなければ、不肖ながら私が代表を務めたく存じます」
「ネバーランドは子どもで構成されるギルド。その代表者も子どもから選ぶ。‥‥というのが父王陛下のお認めになった規則だが、ウィルの国王もジーザム陛下に変わったことだ。ここは新しいやり方を取り入れるべきかもしれぬ。この件はジーザム陛下に掛け合ってみよう」
 後日。ウィル国王ジーザムからルエラにお達しがあった。
「先王陛下の設立なされたネバーランドについては、ルエラ・ファーベルトをその総監に任命する。以後、先王陛下のご意志を受け継ぎ、励むがよい」
 カーロンの推薦を受けての人選である。

●ジーン君の再就職
「あのジーンをオスカー殿下の子守役にだと!? 駄目だ、駄目だ!」
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)の提案は、衛士長によりあっさり却下されてしまった。
「あの軟弱者に命を投げ出して殿下をお守りする覚悟があるとは思えん!」
「ですが、あの事件で人質となったのは子どもを庇ってのこと。それに人柄も善良です。なのに失態の責を厳しく問われて解雇されたとなっては、悪女に誑かされた連中が姫を攻撃する新たな理由にされかねません」
 と、深螺藤咲(ea8218)が意見する。
「ならばここは彼をして、悪女に誑かされた連中との調停役に任じては?」
 しかし衛士長はまたも強行に反対。
「なおさら駄目だ! 善良で子ども好きなだけで、厄介な連中との調停役はつとまらん!」
 ジーン君の再就職については、空戦騎士団長シャルロット・プラン(eb4219)も動いていた。本人自らジーン君の住処に向かうと、ジーン君は部屋の中でぼ〜っとしていたが、訪れたシャルロットを見るなりガチガチに固まって敬礼。
「こ、これは空戦騎士団長殿!」
 で、シャルロットは彼は今後の身の振り方について提案する。
「現状の自分の立場を利用すれば、騎士団や他の公務に推薦を行うことは可能。貴方が望めば手配も考えています」
「いえ‥‥僕には騎士団なんて、とても‥‥」
「ただ‥‥私たちは貴方が栄華のみを求める人間でないこと、法より弱きものを庇おうとする人間であると知っています。私個人としては実力で門をたたいて欲しいと‥‥」
「あの‥‥一つお願いしていいですか?」
「何なりと」
「僕はあの事件に加わった子ども達の今後のことが心配です。出来れば、彼らの側にいてあげたいんです」
 シャルロット、ふと笑みを漏らす。
「考えておきましょう」

●カリーナの過去
「質問されると思っていましたよ」
 総監室にやって来たアレクシアス・フェザント(ea1565)とディアッカに、カイン総監は微笑みを向けた。二人が尋ねたのは親衛隊に応募して来たカリーナ・グレイスのことだが、カインは彼女がグレイス家の養女である事を認めた。
「カリーナが発見されたのはササン分国の山奥でした。彼女はモンスターの襲撃で全滅した地元民一家の、唯一人の生き残りだったのです。最初のうち彼女は凶暴で、たった5歳の身でありながら、取り押さえようとした大人5人に怪我を負わせました。その後、カリーナはグレイス家に引き取られ、我が父の支援で教育を授けられたのですが、ある日ふらりと何処かへ旅だってしまい‥‥帰って来た時にはトルク分国王陛下の騎士になっていました。話によれば陛下を陰から支える任務についていたということですが、成人した彼女は子どもの頃と比べたら随分と大人しくなったものです」
「もしや今回の入隊希望も、陛下のご意向を受けてのことと?」
「陛下からは特にお達しはありませんが。入隊についてはお任せしますよ」

●ユラヴィカの助言
 もう忘れられているかと思ったが、マリーネ姫はウィルカップで出合ったユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の事を覚えていた。
「貴賓席に飛び込んで来た、あなたね!」
「流石は姫。良く覚えておいでじゃ」
 いい機会なので、ユラヴィカは占い師として助言してあげる。
「殿下が泣いたのは、お母上の動揺にびっくりされたからであって、決してお母上を怖がったり嫌ったりしてもことではないと思うのじゃ。それぐらいお母上の事を常に気にしておられるのじゃ。悪評も、そう言われている事実に対しては、何故、どうしてそのように言われるのか、真摯に受け止めなければならぬじゃろうがの」
「‥‥‥‥」
「ただ、たまたま悪評を聞いたからというて、その悪評だけが全ての者の意見という訳ではなかろう。あくまでそういう意見もある、というだけの事なのじゃ。姫様も立て続けに色々あってご不安じゃとは思うが、姫様をお助けしようとしておる者もたくさんおるのじゃ」
「そうね。私には頼れる人達がいる‥‥」
 話していると、侍女長がやって来て告げる。
「ご出発の準備が整いまして」
 姫はこれからお忍びの王都視察に出発するのだ。

●お忍びの視察
「民の上に立つ以上、あらゆる風評が立つのは当たり前のことだ。それは貴人としての器量と度量を試されているのだ。下らぬ風評を気にしている暇があったら子供の育て方でもしっかり勉強して自分の子供を上に立つのに相応しい人間に育て上げる様にすべきだな」
 そんなケヴィン・グレイヴ(ea8773)の声を聞いて、
「ご意見、ごもっともですが‥‥」
 と、本多風露(ea8650)が応じる。
「気にするな、独り言だ。しかし、民の声を直接聞きに行くのもある意味勉強になるかもしれない。まあ、些細な事に癇癪を起こしている様では問題大ありだがな」
「ですが、頭を冷やす時間を稼ぐという意味ではこの視察も悪くは無いでしょう。民の話を聞き今後に生かすのは良い事です。良き君主というのは周りの者の意見を良く聞き、それを上手に生かす事が出来る者。ある意味、姫が良き主人でいる為には必要な事だと思います」
 この度のお忍びの視察、冒険者達は段取りをしっかり進めた。姫の護衛についても入念に。地上だけではなく空からもシフールの冒険者2人が監視を行う。
「失礼な事を面前で言う方には、こう言えばいいのです。『あなたお名前は?』と。そして毅然と相手を見つめるのです。これで自分に自信のない人、やましさを抱えてる人は黙ります。自分が悪評を立てたと思われたくない人は逃げ出します」
 これはゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)から姫への助言。でも姫は言う。
「面前ではいい子ぶって、陰でこそこそ陰口を言う人には? そういう卑怯な手合いに対しては、陰口叩いてる現場を押さえるべきよ」
 ともあれマリーネ姫は髪を染め、髪型も服装も普段の物とは雰囲気を変えて別人に成りすまし、朝も早いうちから冒険者達と共に王都へ繰り出す。
 最初の目的地はアネット邸。途中、町の清掃に勤しむエーロンお掃除隊に出くわした。
「あの連中ね。お屋敷にゴミをぶちまけていったのは」
 マリーネは表情を強張らせて歩み寄り、彼らの交わす会話を一言も聞き逃すまいと聞き耳を立てる。ところがお掃除隊の者達は黙々と働き続けるのみ。それもそのはずで、彼らは前もって深螺藤咲(ea8218)からマリーネ姫に対する非礼をきつく諫められていたのだ。
 そのうちお掃除隊は、護衛の冒険者をぞろぞろ引き連れたマリーネ姫の姿に気付き、丁寧にお辞儀をして尋ねた。
「あの、どちらさまで?」
「あ‥‥私は地方からやって来た男爵令嬢です。今日は王都ウィルをじっくりと見物したいと思い‥‥」
 マリーネ姫、咄嗟に別人の振りをして答える。
「そうでありましたか」
 お掃除隊の者達も正体に気付かない。所詮、姫の顔をまともに拝む機会に与れなかった平民達だ。
「いつもこの辺りのお掃除を?」
「はい。分国王陛下のご命令で」
「陛下はきれい好きな方なのですね」
 そこへやって来たのが藤咲その人。たまたま通りかかったふりをして様子を見に来たのだ。
「お役目、ご苦労様です。言いつけは守っていますね」
「はい、それはもう」
「世は変わり行くもの。マリーネ姫様もまた変わりました。今の姫様は子供達を愛し、人々の事を考え始めているのです。その変化を理解出来ないなら、何れ貴方方も世の中に取り残されるでしょう。その事を忘れないでください」
 そう告げると、藤咲はマリーネ姫に軽く会釈。そして何処かへ立ち去って行った。
「マリーネ姫の事、本当はどう思っているの?」
 姫に訊ねられ、お掃除隊の者は困惑の表情に。
「過ぎた事はもう忘れる事にしました」
「本当はまだ恨んでいるの?」
 相手は暫し沈黙。そして重い口調で言葉を返した。
「私共は以前、悪い女に唆されて姫様を焼き殺そうとした罪人です。その私共をエーロン分国王陛下はお許しになり、罪の償いとして王都での奉仕をお命じになりました。陛下には深く感謝しております。先ほど通り過ぎて行ったお方もおっしゃられました。姫様を焼き殺そうとした事は、自分達の大切な者や未来をも焼き払ってしまうのと同じだと。確かにその通りでございます。ですが‥‥たとえ姫様を焼いたところで、失った家族は戻っては来ません」
 マリーネ姫は返す言葉が見付からず、ただ沈黙。従者に扮したルエラが姫の肩に手をやる。
「行きましょう」
 ルエラの手には仲間から渡された羊皮紙。姫に非礼を働いたお掃除隊の者達の名が書き連ねられている。しかしこのリストを使うことはもはやあるまい。
「オスカー、今頃どうしているかしら?」
 不意にマリーネ姫が口にした。
「気になりますか?」
 と、ルエラ。
「気になるわ。だって母親ですもの」

●下町の酒場で
 続いてマリーネ姫が向かったのは、冒険者街に近い下町の酒場『妖精の台所』。案内人を勤めるのは酒場の男爵様ことセデュース・セディメント(ea3727)である。
「いよっ! 男爵様!」
 常連客達はいつもの気さくさでセデュースを迎え入れた。
「おや? こちらのお方はどこのどなただい?」
 早速、酒場の女将がマリーネの姿に目を止めた。
「実はですな‥‥」
 気心知れた者達にこそこそと耳打ちするセデュース。
「ええ!? 地方にお住まいの男爵令嬢様!?」
「お忍びの旅行で王都見物の最中でしてな。これは、ここだけの秘密ですぞ」
「さっすが。男爵様ともなると、おつき合いの幅も広くなるねぇ」
「まあ、ここはお気軽に。いつも『男爵様』の私に対するようにお相手して頂ければ‥‥。時に、シフールのメル君は?」
 尋ねると、背中から声が。
「ここだよ。そろそろ来る頃だと思ってたんだ」
 メルはマリーネ姫の所へすうっと飛んで行き、しげしげと顔を見つめ、
「ふぅん。誰かに似てるかな?」
「これこれ」
 と、セデュースはメルをたしなめた。
 お近づきの印に乾杯と勧められたワインの杯、姫はぐっと飲み干して一言。
「変わった味ね」
 でんと山盛りに盛り付けられた料理、姫は一口食べて一言。
「これも変わった味ね」
 酒も料理も、お付きの料理人が姫の食卓に出す物と違って、味は庶民的だしお値段も安い。
「でも、ここは賑やかで楽しいから好きよ」
 演奏や会話で店の雰囲気を盛り上げているのはセデュースだが、彼はあえてマリーネを特別扱いすることはせず、店の客達との会話も自然な流れに任せた。そのうちに客の方から尋ねてきた。
「最近、マリーネ姫様はどんなご様子だね?」
「それはもう、幼いオスカー殿下のご養育にかかりっきりで。オスカー殿下もすくすくとお育ちになっておりまする。ですが、やはり子育てというものは大変なもので‥‥」
「そうかい。やっぱり姫様の子育ても、うちらと同じだねぇ」
 客達はセデュースの言葉に頷きながら聞き入っていたが、自分の事が話題になっていると知るや、マリーネも耳をそばだてる。すると客の一人が声をかけて来た。
「時に男爵令嬢様。あなたはもうマリーネ姫にお会いになったかい?」
「‥‥いいえ」
 咄嗟にそう答え、尋ね返した。
「どんな方ですの?」
「そりゃもう立派な方で。お〜い男爵様、姫様のことを男爵令嬢様にも話してやりなよ! いつものあの魔法も見せておくんな!」
 で、求められたセデュースはにこにこしながら姫のテーブルにやって来た。
「それではご要望にお答えしまして。まずはあの話から‥‥」
 これまで何度も酒場でそうして来たように、セデュースはファンタズムの魔法を使い、テーブルの上に幻影のミニチュアを作り出した。聖山シーハリオンを目指すフロートシップに、空を飛ぶドラゴン。
「さぁて皆様、お立ち会い。これから語りまするはマリーネ姫様のシーハリオン巡礼行、聖山に住むドラゴンや竜人ナーガ族との、世にも不思議な邂逅でございます」
「いよっ! 待ってました!」
 歓声を上げながら、客達はセデュースの語りに聞き入る。でも一番熱心に聞いていたのは、当のマリーネ姫だったかも知れない。
 こうして酒場での時間は楽しく過ぎて行き、いよいよお別れの時になるとマリーネ姫は名残惜しそうに女将や客達と挨拶を交わした。
「男爵令嬢様、また来ておくれよ」
 女将の言葉に送られて帰路についたが、姫はふと傍らのケンイチ・ヤマモト(ea0760)に声をかけた。
「あなた、今日はリュートを弾かないのね」
「お忍びの視察ですから。今日は護衛と連絡係の仕事に専念します」
「折角、来てくれているのに。何か物足りないわ」
 などと言っていた姫だが、思い出したように付け加えた。
「オスカー、今頃どうしてるかしら?」

●適性試験
 マリーネ姫がお忍びの視察に出かけている頃。ロイ子爵の屋敷ではマリーネ姫親衛隊への入団希望者2人に対する適性試験が始まっていた。
 前もってベアルファレス・ジスハート(eb4242)は知人の冒険者に、2人の剣の腕前を試して貰ったのだが。
「トルクの騎士はそこそこには使えるが、フオロの元騎士の方はまだまだ未熟だぜ」
 と、そんな評価を受け取ってもいた。
「では、これより面接を行う」
 ベアルファレスが面接官となり、入隊希望者2人の素性を本人の口から明かさせる。先ずルージェ。彼女は代々のフオロ分国王に仕えて来たルアン家の出自だが、ルアン家は先王エーガンの治世下で王の不興を買い、身分を剥奪され領地を没収されたという。
「騎士の家に生まれた子として、私は父より武芸を、母からは女としての礼儀作法を学んだ。その父も母も今はいない。父は騎士身分を失いし後、賊に殺された。母は病を得て亡くなった。そして今の私には養い育てるべき者達がいる」
「先王に恨みを持っているか?」
「無いと言えば嘘になる。しかし、今さら恨んでも仕方が無い」
 その言葉に嘘は無かろう。今は平民とはいえ、その人物を見るにルージェは騎士の名に恥じぬ資質がある。
 続いてカリーナ。彼女が自ら語るその素性も、先にカイン総監が語ったものと大差無かった。
「これまでトルクの騎士として如何なる働きをして来たか、教えてくれるか?」
「それは出来ませぬ。我が主君ジーザム陛下と交わしたる黙秘の誓約がありますれば。なれど陛下の元で、私は竜と精霊の前に恥じぬ生き方をして参りました」
 ルージェにも親衛隊隊員としての資質ありと、ベアルファレスは判断した。
 面接で2人の語った内容は羊皮紙に記録し、証拠として残す。
 続いては、空戦騎士団団長シャルロットのテスト。
「剣の腕を見せてもらしましょう」
 入隊希望者2人に剣の勝負を求め、最初に対したのはルージェ。
 ところが、シャルロットとルージェの剣の腕はほぼ互角。3本勝負で1本目は相打ち。2本目は激しい打ち合いが続いたがなかなか決着がつかず、仕舞いにシャルロットは息切れ気味。
「あなたの実力は良く分かりました」
 勝負を切り上げ、続いてカリーナと対する。
「参ります」
 1本目。剣を打ち合わせるや、いきなりカリーナが猛攻。シャルロットの剣を叩き落とした。続く2本目もカリーナの剣に首の急所を取られ、あっという間に勝負はついた。剣にかけてはカリーナの方がずっと上だ。
「騎士団長殿。もっと剣の腕を磨いた方がいい」
 遠慮会釈もないカリーナの言葉。
「あなたの言う通りですね。努力しなければ」
 そう返事すると、再びカリーナが言う。
「それでも素直なのは貴方の取り得だ」
 そう言えばカリーナの太刀筋、以前に見たカイン総監の太刀筋に似ていなくもない。共にグレイス家で剣の手ほどきを受けたのならば当然か。
「少し話をしませんか?」
 ルージェを誘い、シャルロットは軽く自分の身の上話を。
「私にも父がいません。亡くなった父の最期の姿、今でもよく覚えています」
「‥‥そうですか」
「だからこそ‥‥」
 しかしルージェは、続くシャルロットの言葉を押し止めた。
「先王の治世下で、どれだけ大勢の子ども達がその父や母を失ったかご存じですか? 特別扱いは無用です」
 ともあれ試験の結果は上々。この結果に満足し、立会人のアレクシアスは宣告する。
「2人とも剣の腕前については申し分無い。明日は実地試験を行う。マリーネ姫は身分を隠して某貴族の主催する晩餐会にご出席なされるが、諸君らは護衛として姫をエスコートするのだ。その結果をもって入隊の可否を決める」

●晩餐会の椿事
 そもそもお忍びでの晩餐会出席は、アレクシアスの発案によるもの。お忍びで庶民に接することで得た数々の教訓を、貴族の社交界でも生かせるようにとの心遣いからだ。ロイ子爵に掛け合い、子爵の伝で王都に滞在するウィエ貴族のなにがしが主催する晩餐会の招待状を手に入れた。
「マリーネ姫にはロイ子爵の遠縁という触れ込みで、ササン分国出身の男爵令嬢ベティーヌ・ロインを名乗って頂きましょう」
 調達した馬車で一行は貴族街の屋敷に到着。ここが晩餐会の会場だ。予め、ベアルファレスはルージェに言い聞かせる。
「マリーネ様を殴るのは無論ならん。殴るのなら私を殴れ。この仮面を叩き割るくらいのものでも受け止める覚悟はある」
「では、お言葉に甘えまして‥‥」
 ぼがあっ!! ルージェは本気で殴った。
「うっ!」
 反射的に体を逸らせて衝撃を吸収したので大事は無かったが。見れば仮面を素手で殴ったものだから、ルージェの拳に血が滲んでいる。
「これで積もり積もった遺恨も、半分ほどに減りました」
「おい、手を怪我しているぞ」
「これしきの傷、手袋で隠せば済みます」
 ルージェとカリーナの他、招待者であるロイ子爵、冒険者の本多風露とルエラを伴って、姫は屋敷の中へ。ところが晩餐会の主役はウィエ貴族、会場は貴族のお気に入りの者達ばかりで埋め尽くされ、男爵令嬢を装ったマリーネ姫は蚊帳の外。仕方ないので壁際に立っていると、晩餐会に招かれた貴族令嬢達のひそひそ話が耳に入って来た。
「あら、あそこに壁の花が咲いてるわ」
「どこの田舎貴族の娘かしら?」
「ダサいドレスね」
「それに部細工な顔」
 実は当人にも聞こえるよう、大声出してのひそひそ話。嫌味である。
「もう我慢出来ないわ!」
 嫌味な令嬢達に反撃しようと足を向けかけたマリーネ姫だが、それをルージェが止めた。
「あれしきの事で腹を立ててどうする?」
「でも‥‥」
 さらにカリーナも忠告。
「今の貴方は男爵令嬢のベティーヌ。言いたいヤツには言わせておけ。その代わり、あのろくでなし共の顔をしっかり覚えておけばいい。仕返しはまたの機会に」
 仕方なく姫はその場に留まり、恐い表情で見返してやると、また大声のひそひそ話。
「あら! 恐い顔してこっちを睨んでるわよ!」
「聞こえたのかしら? 随分とお耳がいいこと」
 マリーネ姫、再び令嬢達の所に向かおうとしたが、またもルージェに止められる。
「あんなクソどもの挑発に乗って、晩餐会で騒ぎを起こす気か?」
「駄目! もう我慢出来ない!」
 すると、いやに落ち着いた声でカリーナが言う。
「仮にあれがカオスの魔物だとしたら? この程度の挑発に踊らされるようでは、貴方は命が幾つあっても足りなくなる」
 マリーネ姫ははっとして足を止め、カリーナの顔をまじまじと見つめる。するとカリーナは目線を姫の背後に向け、微笑んだ。
「おや? 意外なお方が現れた」
 その言葉に姫は振り向くと、何と玄関口にウィエ分国王エルートの姿があるではないか。どうやら気晴らしにふらりと訪れたらしい。その姿に気付くや、屋敷の中の誰よりも早く姫はエルートに一礼。そこは長年、王城で暮らして来た姫だ。宮廷作法に則った見事なその立ち振る舞いは、エルートの気を引いた。
「おや? そなたは誰であったかな?」
 エルートは姫に歩み寄り、その顔にじっと見入る。
「何処かで見たような顔だが」
「いいえ、エルート陛下とお会いするのは初めてでございます」
 姫のその言葉にエルートは微笑んだ。
「姫よ、今はそういう事にしておこう」
 ここへ来てようやく、屋敷の者がウィエの王の来訪に気付き、慌ててやって来た。
「陛下、ご来訪に気付かず失礼致しました」
「何、気まぐれで足を向けたまで。気にするな」
「して、こちらのご令嬢は陛下のお知り合いで?」
「今ここで知り合ったばかり。だが、今宵の晩餐会はこのベティーヌと共に過ごすぞ。ささ、大広間に参ろう」
 エルートとの出会いは偶然。しかしその粋な計らいで、男爵令嬢ベティーヌことマリーネ姫は、王と並んでその日の主役となった。

●魔物襲来
「今頃、マリーネ姫はどうしているだろう?」
 ロイ子爵の屋敷で山下博士(eb4096)が呟いた。今、彼はアレクシアス共々お留守番。オスカーの子守りをしながら晩餐会に出かけた姫が帰って来るのを待っている。姫の留守がばれぬようにと、アレクシアスが博士に被せたのは金髪のカツラ。それで姫に化けている。ついでにドレスも姫の物を着用。姫に仕える衛士や侍女達の動きもいつも通り。‥‥おっと、オスカーに伝染病を移さぬよう、手洗いは念入りに。石鹸を使い仕上げは古ワイン。
 コンコンと窓の扉を叩く音。連絡係兼偵察担当のディアッカが、姫からの伝言を届けに来たのだ。
「貴族のお屋敷で一泊した姫は、今し方屋敷を出ました。もうじきお戻りになります」
「分かりました」
 ディアッカが飛び去った後、博士は何気なしに屋敷の庭を見やっていた。庭では博士の連れて来た2匹のペット、トカゲのような生き物とグリフォンとがのんびりしている。
 ‥‥おや?
 博士の目に空を飛ぶ2匹のカラスが映る。カラスはペットの間近に舞い降りた。恐くないのか?
「あっ!」
 突然、ペットが暴れ出した。カラスがペットを攻撃している。鋭い嘴で目を狙ってつつき、ペットは逃げ回りつつ噛みついて反撃。なのにカラスは食いちぎられることもなく、平気で飛び回っている。
「レックス! デュランダル! 落ち着いて!」
 ペットの名を叫び、博士は庭に走る。するとカラスは攻撃の矛先を博士に転じた。
「うわっ!」
 博士は両手で顔を覆って嘴の攻撃からガード。その視界の隅に映ったカラスの姿が、別の何かに変じ、その手が博士の体を押さえつけた。怪しげな呪文の声が響く。博士の精神は混乱して何も分からなくなり、体から一気に力が抜けて行く。
「山下!」
 異変に気付いてアレクシアスも庭に走る。だが、オスカーを避難させたことでタイミングが遅れた。彼の目の前には二人の女、そして囚われの身となった博士がいる。博士は死人のようにぐったりして虚ろな表情。
「こいつはマリーネ姫ではないわね? マリーネ姫はどこ?」
 博士を捕らえた女が言う。何故か、女は何一つ身に付けぬ裸だ。しかしその全身から発散するのは色気ではなく妖気。カエルを飲み込まんとする蛇の如くにアレクシアスを睨み付けるその表情は猛々しく、アレクシアスは直感でそれが人外の者である事を悟った。
 女の背後にはもう一人の女がいる。同じく裸だが、こちらの表情には怯えの色。
(「魔物に誑かされた人間か? もしや、姫を襲撃した悪女か?」)
 アレクシアスは帯剣したサンソード「ムラクモ」を引き抜く。鋭い爪の生えた女怪の手が博士の目に伸びる。
「坊やの目玉をえぐり取って欲しい? 悪あがきはよしなさい」
 その時。アレクシアスは博士の左手首が光るのを見た。だが、続く活劇に注意は逸らされた。
「アレク!」
 空からの叫び。続いてサンレーザーの光が女怪を撃つ。空からの監視を続けていたディアッカとユラヴィカが、騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだ。
「シフールめ! よくも!」
 女怪は叫び、仲間の女に怪しげな魔法の呪文を飛ばす。女は猛々しい鷲に姿を変え、空に舞い上がる。さらに女怪も鷲に変身。博士を放して仲間の後に続いた。

●魔物の魔法
(「風露さんは姫の側から離れないで!」)
(「藤咲さん! 応援頼みます! 敵は空の上です! ユラヴィカが苦戦しています!」)
 ディアッカがテレパシーの魔法を使い、姫に付き従う仲間には姫から離れぬよう呼びかけ、分散して警戒に当たっていた仲間達には応援を願う。呼びかけを受けて駆けつけた深螺藤咲、ケヴィン、ケンイチ、オラース・カノーヴァ(ea3486)が見たものは、街の上空で仲間のシフール達を攻撃する2匹の鷲。さしものユラヴィカも、素早く飛び回り連続攻撃を繰り出す鷲の動きに翻弄され、サンレーザーの有効打を撃ち出せない。
 仲間に加勢せんと、ケヴィンが赤枝のスリングで石を打ち出す。しかし目標との間に距離が有りすぎ、スリングの射程では命中には至らず。
「抜かった! 弓矢を持ってきていれば!」
「私のムーンアローの魔法で‥‥」
 呪文を唱えかけたケンイチ。しかし目標物は似たような2匹の鷲。ムーンアローという魔法の特性上、複数の対象に使用すれば矢が自分に戻って来ることに思い当たり、思い止まる。
「私に任せて下さい!」
 藤咲は火の精霊魔法を使いこなすジャパンの志士。ファイヤーバードの呪文を唱え、全身に魔法炎を纏い、炎の鳥の如く空へと飛び出した。狙うは鷲の一匹。体当たりは見事に命中。鷲を空中で弾き飛ばすと、同じ目標に対してさらにもう一度、さらにもう一度。鷲が地上に落下するまでに、計3回の体当たりを喰らわせた。
 仲間達は鷲の落下地点に急ぐ。鷲は民家の屋根に落下し、そのまま路地へと転げ落ちた。冒険者達が路地に踏み込むと、そこには‥‥。
「何だこりゃ?」
 オラースが呆れた声を上げる。そこには傷ついた裸の女。地面に蹲り、怯えた目でオラース達を見つめている。
「油断するな。こいつは魔物だ」
 小太刀「備前長船」を抜き放ち、ケヴィンが女に近づいた。
「おまえに手出しはさせないわ」
 その声は背後から聞こえてきた。見れば、あの女怪がいつの間にかそこにいた。
「「「おまえ、その刀で『仲間を』『殺しなさい』」」」
 女怪の声がケヴィンの頭の中で反響する。
(「何だ、この声は?」)
 声には得体の知れぬ力が篭もっていた。抗おうとすると、とてつもない抵抗感を覚える。
「「「聞こえないの? 『仲間を』『殺しなさい』」」」
 二度目の声で、ついにケヴィンは声の命令に屈した。小太刀の切っ先は女からオラースに向けられる。そして、そのまま一気に突っ込んだ。
「やべぇ!」
 オラースが素早く動く。ケヴィンの攻撃を何度もやり過ごし、ようやくその体を取り押さえる。
「何をしているの!? 敵はどこ!?」
 戻って来た藤咲は、争い合う仲間の姿を見て仰天。敵はとっくに行方をくらましていた。

●姫のご帰宅
 ロイ子爵の屋敷に戻ったマリーネ姫が真っ先に行ったことは、オスカーの安否を確かめること。
「オスカー‥‥ああ、良かった。無事だったのね」
 オスカーを抱いて一安心。しかし、続いて冒険者達から魔物との戦いの一部始終を聞かされ、姫は顔を曇らせる。
「そんな事があっただなんて‥‥」
「ですがご安心を。姫には心強い護り手がいます」
 アレクシアスはルージェとカリーナの2人を示す。2人は親衛隊の入隊試験に合格し、ルージェは護衛としての帯剣を許された。さらに2人にはルエラとベアルファレスから武器と防具の一式が贈られた。
「これで諸君らは、晴れて親衛隊の一員だ」
 前後不覚に陥っていた山下博士も無事に回復。
「本当にもう大丈夫なの?」
「大丈夫です。これしきの事で。ところで、留守の間にこんな物を作ってみました」
 ベッドに寝かされた博士を見舞いに来た姫に、博士はお手製のゲームを示した。これは領地経営のシミュレーションゲーム。羊皮紙にインクで図を書き、使用人に頼んでコマやサイコロなどの小道具を作ってもらった。博士が地球で遊んだゲームを参考にして作ったものだ。同様のゲームは、かなり以前に鎧騎士アリアも製作を試みていたが、こういった事にはゲーム知識のある地球人の方が向いている。凶作豊作の割合や、一粒の種から採れる収穫について現実を元にモデル化した。ロイ子爵らからも話を聞いて、貴族の交際費なども割り出した。
 現在ゲームは歴史的事実として彼が覚えている知識を総動員して、かなりシビアなもので、開墾治水による収穫UPや産業育成も出来る。
 特徴を挙げれば何をするにもまず資金。富や武力を蓄えすぎると主君に警戒され、武力が弱すぎると盗賊が領民を襲う。税を重くすると逃散や領民の没落を起こし、税率を下げすぎると凶作や飢饉の蓄えも不足する。交際費をケチると敵に攻撃され、使いすぎると当然財政は悪化。
 農業を基本に置くべきだが天候に左右される。土地を整備しても3年くらいは雑草が生えやすく収穫は増えない。開墾しすぎると土地が痩せて行く。また、職人の育成には金が掛かり、商人の育成には領民の所得格差の拡大、すなわち社会不安(領民忠誠の低下)を伴う。
 テストプレイングを行ったロイ子爵も、たかが遊技であるのに本気で考えねばならぬほどのものであった。大阪商人の始末と金を土芥の如く使うべき領主の決断を試され、イベントとして合戦もあり、それも如何に経済的に勝利を収めるかが重視されている。一言でテーマを語れば『富国強兵』となるであろう。

「まだ未完成ですが。このゲームが完成すれば、オスカー殿下が名君となるお役に立つと思います」
「面白そう。完成、楽しみにしてるわね」
 早速、マリーネ姫は目を輝かせる。
 姫が落ち着いた頃を見計らい、
「僭越ながら」
 と前置きして、ゾーラクはオスカーの健康診断ついでに育児についての助言を為す。
「オスカー殿下の眉間のなでなでとか、耳の周りこしこしとか、微妙なスキンシップも試してみては如何でしょう?」
「こんな風に?」
 早速、言われた事を試してみる姫。オスカーはくすぐったいような、気持ちいいような表情で。
「それから昼間に遊んだり、絵本の語り読み、お歌を聞くこともお好きなようですし。色々試してみて下さい」
「絵本? 地球人の子育てって凄いことをするのね」
 思わず口にする姫。中世ヨーロッパレベルのこの世界では、贅沢に慣れた姫にとっても本は非常に高価な物品なのだ。
「要は愛情を持って育て、いっぱい遊び、基本的な生活習慣を教え、子供が振り返ったときにはしっかりと見守って、その都度褒めてあげたり、安心させてあげたりを積み重ねていくのが必要かと存じます。‥‥それから、これをオスカー殿下に」
 ゾーラクが献上したのはシフールのぬいぐるみ。
 こうして、姫のお忍びの視察は終わった。
「その経験は姫の宝物のひとつとなりましょう」
 と、アレクシアスは姫に言葉を贈る。道は険しけれど、常に強くある必要は無い。立ち止まって安らぎを得る事も必要。──そう彼は思う。
「時に、母君が姫を褒められる時はどうなされてましたか?」
「私を抱きしめて頬ずりを。そして右のほっぺたにキスを」
 アレクシアスは姫の肩に手を伸ばし、言われたように頬ずり。そして右のほっぺたにキス。
「‥‥では、私は己の戦場へ参ります」
 姫は暫く驚いた表情でいたが、
「ご武運を」
 との言葉で信頼するルーケイ伯を送り出した。

●懸念
 アレクシアスが屋敷を去って後。
「エーロン陛下より話を承って参りました。シム海の離宮におわす先王エーガン陛下のご病状は、以前すぐれぬとのこと」
「そう‥‥」
 報告するベアルファレスの言葉を、姫は心苦しそうな面もちで聞いている。
「この前の晩餐会でも、もう誰も陛下の事を口にしない。みんな陛下の事を忘れてしまったのね」
「ですが、エーガン陛下への憎しみが消えた訳ではなく。民のエーガン陛下への憎しみの矛先が貴女様にも向いているのが現状。どうすべきか我々も助言を与えますが、マリーネ様もこの状況を真摯に受け止め、自ら考え行動して下さい。それが民を導く者の在り様です」
「難しい話は明日にして。今夜はもう休みます」
 マリーネは半ば無理矢理、ベアルファレスを立ち去らせた。
「さて、次はカイン総監の元に向かうか」
 今の時間ならまだ総監は起きているだろう。報告ついでに、仲間のカッツェが迷惑をかけた事も謝っておこうとベアルファレスは思った。
「しかし彼女の持つ不信感も理解出来る。隠し事は無い様にしたいな‥‥」

●付記
 アネット邸占拠事件に加わった子ども達については、エーロン分国王の決裁により、その身柄をゾーラクに引き渡された。彼らの今後については別の依頼書で触れることになろう。また、人質にされたとき光った博士の左の手首は、アレクシアス以外誰も見ていないと言う。