マリーネ姫と王国の試練5〜新たなる出発

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月04日〜03月09日

リプレイ公開日:2007年03月16日

●オープニング

●誕生
 精霊歴1040年1月21日の朝。マリーネ姫は先王エーガン陛下の御子を出産した。暴徒にカオスの魔物の襲撃という波乱をくぐり抜け、難産の末に生まれたのは男の子。
 姫より名付け親に選ばれたルーケイ伯は、赤子に『オスカー』の名を贈る。これはルーケイ伯の故郷たる異世界ジ・アースにおいて、ルーケイ伯と縁深き貴族の少年の名。
 しかし赤子に贈られた名前はそれだけでは無かった。赤子に贈られたもう一つの名前は『ルーネス』。赤子が生まれる直前、姫はルナーヒュージドラゴンの夢を見た。このことに不思議な因縁を感じ取った姫は、ルナーに因んだこの名を生まれたばかりの我が子に贈ったのである。これらの経緯により、生まれた赤子の名は『オスカー・ルーネス・アネット』となった。
 ご出産の忙しさも落ち着いた頃。マリーネ姫の主治医たる天界人の女医はエーロンに願い出る。
「産後の経過が安定してからが大前提ですが、先王陛下に姫様と御子様の御姿を一目御覧いただきたく願います。現在の病状はいかなるものでしょうか?」
 去年の終わり。ウィル国王エーガンは伝染病への感染を理由に王位より退けられ、その時からずっとシム海の離宮に隔離されている。隔離されるよりも少し前、かの女医は先王に拝謁もしたのだが、その時に罹患の兆候を掴めなかったのが残念でならない。
「あの伝染病に特効薬は無い。運がよければ、そして我が父君の体力が続き、また父君に回復への強い意志があれば、やがては病も癒えよう。しかし、その時がいつになるかはまだ判らぬ。病が長引くであろう覚悟はしてくれ」
「せめて肖像画だけでもお届け出来ればと思います」
「そのくらいの事ならしてやれるだろう」
 と、エーロンは請け負った。

●隠蔽
 王城に近い王都内の某所に、マリーネ姫親衛隊隊員第1号である彼女はずっと隔離されていた。
「あたしも伝染病を患った」
 冒険者ギルド総監カインに彼女がそう申し出たからだ。
 彼女には目論みがあった。自分も伝染病にかかったことになれば、先王が隔離されている離宮に自分も隔離されるかもしれない。そうなれば先王と接触するチャンスも生まれよう。勿論、そう首尾良く事が運ぶとは限らない。伝染病を持ち出した事で、既に彼女には危険人物との嫌疑がかけられているかもしれない。
 しかし、この部屋に隔離されてからというもの、毎度の食事が差し入れられる以外、部屋を訪ねて来る者はいない。仕方なくベッドに身を横たえ、天井を見上げながら心の内で独り言つ。

 秘密裏もいいさ。
 でも何故私らを頼ろうとしない。
 何をそんなに隠匿を図ろうとしている。
 何を恐れて何を隠して何を欺こうとしているのか。
 殺すなら殺すでいいさ。
 殺すというなら此方から死すだけ。
 舌を噛むなりナイフを突き立て自害を。
 必要とされない英雄は死すだけ。

 姫に慕われてるからこそ命をかけて。
 姫とお子の新しい世界の為に。

 伝染病を持ち出してまで、離宮に向かおうとした冒険者達の行動を阻止したカイン。あからさまな隠蔽の匂いとその理不尽な行動に、彼女は怒りも覚えていた。しかし蛇蝎のごとき非情さで、自らの手を汚すことも厭わず己の信念を貫こうとするカインに、心惹かれるものもあり‥‥。
 考え事に耽っていると、部屋のドアが開いて二人の女医が入って来た。マリーネ姫のご出産に立ち会った主治医とその助手だ。開いたドアの外を見れば、そこにカインが立っている。
「カイン総監!」
「話よりも検査が先です」
 有無を言わず検査が始まり、女医二人は判断を下した。
「身体検査の結果ですが、彼女は健康そのものです」
「ありがとう。わざわざご苦労様でした」
 女医二人を送り出し、部屋にはカインと彼女の二人きり。
「あなたが言い出した伝染病の件は、これで無かったことにしましょう」
「またそうやって‥‥!」
 彼女は言い抗ったが、カインは穏やかな口調で先を続ける。
「先王陛下の伝染病、あなたも薄々その真相に気付いていることと思います。ですが、今は黙っていなさい」
「どうあっても隠し通す気? あの時の同じように?」
「王国を守る為には、時に名誉なき仕事にも手を染めねばなりません。名誉なき仕事については黙して語らず、墓場まで持って行くのが世の定めです。それから、あなたにこれを」
 カインから彼女に小箱が手渡される。開けてみると、中には銀のナイフが入っていた。
「あなたが姫にプレゼントしたものになるべく形が近い物を選びました。そのナイフをあなたに贈ります。今後、あなたにもそれが必要になってくるでしょうから」

●男爵様
 姫のご出産に伴い、これまでの功績が認められて2人の冒険者が男爵位を賜った。そのうちの一人はなんと、いつの間にか下町の酒場『妖精の台所』の人気者になっていたジ・アース出身のバードである。お触れを下々に告げ報せるため城から下町へと使わされた使者は、当然ながら酒場にもやって来た。
「これまでの事はさておき、あのお方も晴れて男爵位を賜れたのだ。今後は男爵様とお呼びし、くれぐれも失礼無きようにな」
 使者が帰ると、酒場の女将も常連達も思案顔を付き合わせる。
「男爵様になったのはおめでたいけどねぇ‥‥」
 これからは気軽に声もかけられそうにない。それより、これまで通り店で演奏してくれるのかどうかも判らない。なにせ相手は男爵様なのだ。

●波乱は続く
 ご出産の日から早1ヶ月余り。この1ヶ月には色々な出来事があった。かつてのフオロ城はトルク城と名を改め、既に新ウィル国王ジーザム・トルクの執務が始まっている。城引き渡しの直前に魔物騒動があった事もあり、姫は早々と城からお引っ越し。引っ越し先は長らく使われていなかったアネット家の屋敷だが、屋敷の準備が整うまで暫くの間は、シーハリオン巡礼行でご縁の出来たハーベス・ロイ子爵の屋敷で世話になる。
 ところが、引っ越し先の屋敷で事件が起きた。地球人サヨリーナにそそのかされた連中が屋敷を占拠し、衛兵達と派手な立ち回りを演じたのである。
 結局、この事件は冒険者達の手で解決されたのだが。
「気にいらん!」
 姫に使える衛士長にとっては気に入らない事だらけだ。事件解決の為とは言え、冒険者があっさりと屋敷に潜入できてしまったのも気にいらない。冒険者のいらぬ口出しのお陰で、お騒がせな連中に寛大な処置が為された事も気にいらない。しかし一番気に入らないのは、サヨリーナの背後に黒幕がいたこと。しかも黒幕の連絡員は魔法を使って壁をすり抜け、屋敷の中のサヨリーナと連絡を取っていたらしい。
 さらに、城からも不穏な報せが入る。姫のご出産の折り、姫の天幕に暴徒をけしかけた挙げ句に捕らえられた悪女が、城の地下牢から忽然と姿を消してしまったというのだ。
「これはカオスの魔物の手引きか!? こんな事が続いた以上、屋敷の守りを徹底的に固めねば!」
 衛士長は強く訴え、そんな訳で屋敷は徹底的な改修工事の最中。お陰で姫は今もロイ子爵の屋敷にご逗留の身である。
 そんな折り。とある日の晩餐で、シーハリオンから王都にやって来た竜族達の事をロイ子爵が何気なく話題にすると、姫は強く興味を示した。
「ナーガの特使達が3人に、ドラゴンパピィが2匹もやって来たの!? 是非とも会ってみたいわ!」
 言い出したら収まらないのが姫の性分。それより先にやるべき事もあるだろうに。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7147 高円寺 千鶴(44歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●ルーケイ伯の忠告
 ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)がわざわざやって来て、その来訪の意を告げた時、衛士長は少なからず驚いた。姫ではなく自分に話があるというのだ。
「アレクシアス殿にわざわざご足労いただくとは‥‥」
 これが並の冒険者だったらきつい小言の一つや二つ口に出すところだが、アレクシアスは衛士長が自分よりも格上と認める冒険者の一人。来訪に敬意を払い侍女長ともども彼を迎え入れ、その話を傾聴した。
「ウィルを治める王は変わった。ウィル国王がジーザム陛下に、フオロ分国王がエーロン陛下に。自然、姫の立場や生活も大きく変わる。姫に仕えるお前達もそれに沿うように変わらねば、姫も慣れぬ生活に心を痛めるやもしれぬ」
「はっ。ご忠告、痛み入ります」
 ルーケイ伯の言う通り。マリーネ姫の立場や生活は大きく変わった。そのことを痛感しているのは、他ならぬ衛士長に侍女長であろう。これまでは国王エーガンの庇護を受け、寵姫という立場で警戒厳重な城の中で守られて暮らして来た。しかしエーガンが退位して後は、姫も先王の実子を儲けたという強みはあれど、かつてのような国王の後ろ盾は無くなった。今後は自分の住む屋敷の事を始め、さまざまな事に自分で責任を持ち、自分で決断を下さねばならない。
 そういう環境の変化があるので、衛士長もさまざまな騒動や冒険者の言動が余計に気になるのだ。アレクシアスにもその事は察せられたので、衛士長と侍女長の気持ちを気遣って言い置く。
「数々の事件も国の変遷期における不安定さが招くものもあると思われる。冒険者は良くも悪くも個性的なので受け入れにくいのかもしれないが‥‥依頼においてはウィルの諸問題の解決に務める者達。共に頑張って貰えれば、と思う」
 衛士長も侍女長も日常的に姫とオスカー殿下を護り、影に日向に支えとなって務める者。アレクシアスとしてもそんな彼らを軽んじるつもりは無い。
 勿論、衛士長も侍女長もこの言葉を好意的に受け止めた。
「おっしゃる通り。我々にとっても冒険者達は頼みとすべき姫の守りです」
「これからも良き間柄でありますよう」
 そしてアレクシアスが懸念するのは、姫とオスカーの身辺にカオスの魔物の影がちらつくこと。心の不安定はカオスの付け入る隙となりかねない。だからアレクシアスは衛士長に、カオスの魔物と戦う為の武器を託すことにした。
「カオスの魔物が現れればこれで姫と殿下を守って欲しい」
 その言葉を添え、衛士長にシルバーダガーを渡す。そして衛士長と侍女長に頭を下げ、
「姫と殿下を宜しく頼む」
 その態度に衛士長と侍女長は感服した。
「勿体なきお言葉。必ずや姫と殿下をお守り致します」
「伯のお言葉、決して忘れませぬ」
 二人の態度にアレクシアスは胸をなで下ろす。冒険者との軋轢が多少はあったとしても、この様子なら今後も上手くやっていけるだろう。

●ルエラの贈り物
 アレクシアスに続き、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)も衛士長のところにやって来た。20本ものベルモットを携えて。
「これはいつも職務を忠実に果たし、マリーネ姫様をお守りしている事へのお礼です。皆様の食前酒としてお召し上がり下さい」
「おお、これは!」
 衛士長はいたく感激。自分の日頃の働きがこういう形で評価されるのは、やはり嬉しいものだ。
「お心遣いに感謝する。有り難く受け取らせて頂こう。姫の身辺が落ち着いたら、是非とも貴殿と飲み明かしたいものだ」
 さらに、ルエラはライトニングスピアも進呈する。
「魔力を帯びた武器です。この槍ならカオスの魔物相手でも戦えます」
「どれ」
 衛士長は槍を手に取り、その扱い心地を確かめる。
「うむ、悪くはない。流石はルエラ殿、姫を守るために何が必要かを良く心得ておいでだ。俺もこの武器で命をかけて姫を守ることで、貴殿のご厚意に答えよう」
 衛士長はルエラに深く感謝の意を表した。

●警戒厳重
 アネット家の屋敷は改修工事の最中。そこにベアルファレス・ジスハート(eb4242)の姿がある。彼は改修工事のサポートをすべく屋敷を訪れたのだが、彼の提言により屋敷のドアノブなど金属製の部品は、出来る限り銀製のものが使われることになった。カオスの魔物が嫌う銀を多用することで、カオスの魔物除けとするのである。
 衛士長も工事の捗り具合を確かめに、しばしば現場を訪れていた。
「出来ることなら屋敷を囲む塀の高さを2倍にして、塀の内側には分厚い鉄板を敷き詰めたいところだが、予算を考えるとそれは無理だ。そこで鉄板替わりに丸太を並べ、さらに地中にも杭を深く打ち込む。これで怪しげな魔法を使い、壁をくぐり抜けて侵入してくる不届き者は防げるはずだ。話によれば例の魔法では土や石をくぐり抜ける事はできても、木や金属には邪魔されてしまうということだからな」
 衛士長は、先に冒険者が過去見の魔法で発見した不審者のことをひどく気にしていた。不審者が使用していたのは恐らく、アースダイブの魔法であろう。
 しかし衛士長に付き添うカルナックス・レイヴ(eb2448)は、色々と意地悪なツッコミを入れる。
「では、不審者が空を飛んできたら?」
「矢を射かける」
「壁をよじ登ってきたら?」
「ううむ‥‥壁の下に罠を仕掛け、下りてきたところを仕留めるか」
「数で押し寄せる暴徒には?」
「網でも投げつけて身動きを封じてしまえ」
「訓練されたスパイに潜入されたら?」
「そうなった時の安全な避難部屋を設ける」
「ゴーレムさえ使う者には?」
「ゴーレムだと‥‥!?」
 衛士長、流石にこの質問には言葉を詰まらせる。
「いくら何でもゴーレムなど‥‥」
「テロリストと呼ばれる連中の噂を色々と聞くが、彼らは天界人さえも利用するということだ。そんな天界人がゴーレムを強奪して屋敷に強襲をかける可能性だって、まったく無いとは言い切れないだろう?」
「‥‥ううむ」
 頭を抱え込む衛士長。その姿を見て、カルナックスは諭した。
「最低限の保安はあって当然だが、想定される全ての敵に対応するのは所詮無理だ。変にその辺りに拘りすぎると、アネット屋敷が物々しくなりそうでマリーネには似つかわしくない。オスカー殿下が暮らす場所でもある以上、センスにも気を配り、貴族の屋敷らしい美観を保ちたいところだ。むしろ屋敷そのものよりも、そこでマリーネと共に過ごす人材の育成に力を注ぐべきではないだろうか?」
「‥‥ううむ。確かにそうだ」
 カルナックスの言葉に衛士長は納得した。
 ロイ子爵の屋敷に戻ると、試みにカルナックスは衛士達に侍女達そして乳母を集め、どうすれば姫のお屋敷が住みやすくなるかのアイデアを求めた。
「花を植えてみては?」
「伸び過ぎた木の枝は剪定を」
「せっかく貴族街にあるお屋敷なのだし。晩餐会を開いて貴族達を招くのも宜しいかと」
 そんな意見が次々と出される。ありがちな意見かも知れないが、これは自ら考え環境を整えていくための最初の一歩。もはや国王の庇護に頼るのではなく、自分達が率先して事を進めていくのだ。姫を取り巻く者達の中にそんな連帯意識が芽生え始めるのを見て、カルナックスは快く感じる。今はカルナックスが上手く誘導しているが、やがては彼らだけでも事を運べるようになるに違いない。

●姫の子育て
 オスカーの乳母として招かれた女性は、かつてマリーネ姫に仕えながらも結婚して引退した元侍女。オスカーの誕生により乳母契約が結ばれ、再び姫にかしずくことになった。歳は26歳で既に3児の母。一番下の子は生後7ヶ月で、まだ授乳期にある。
 その乳母が言うには、オスカーは自分の生んだ赤ん坊と比べて小さい感じがするという。
「でも、赤ん坊はあっという間に大きくなるものですから」
 姫の主治医の高円寺千鶴(eb7147)と助手のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が健康診断を行ったところ、確かにオスカーは平均的な赤ん坊よりもいくぶん小さめの印象を受けた。母親である姫の年齢は出産時に14歳。未成熟な母体から生まれたのだから致し方ないが、健康という点から見ればオスカーは優に合格点。出産から2ヶ月を経た姫の健康状態も良好である。
「オスカーをうまく寝かしつけるにはどうすればいいかお教えしましょう」
 と、ゾーラクは姫に助言を為す。
「最初にオスカー殿下を毛布できつめに包んで毛布ごと抱っこするんです。そうすると、オスカー殿下は毛布で抱っこされている気分になるでしょう? 眠ったなと思ったらベッドに下ろして、腕枕でしばらく添い寝するんです」
「こう?」
 言われた通りに姫はやってみた。動作はぎこちないけれど楽しそう。
「頃合を見てそおっと腕を抜くと‥‥あら?」
 オスカーはぱっちり目を見開いてしまった。頭では判っていても、姫の子守りの腕はまだまだ。
「私がやってみましょう」
 今度は乳母の番。教えられた通りにやってみると、これが大成功。それまでなかなか寝付かなかったオスカーは、今ではすやすやと寝息を立てている。
「‥‥すごいわ」
 乳母の子守りの手際よさに姫は感心。さらにゾーラクは姫にアドバイスする。
「日中は部屋の中で陽精霊の光を浴びさせ、明るい所で過ごさせて今が昼間だとオスカー殿下に認識させてあげると、夜泣きの回数は減るはずです。昼間寝ている間、一緒にお昼寝をされてはいかがでしょうか? 基本的に赤ん坊は夜行性です。夜に備えないといけませんし、姫様のお
体がもちませんから」
「お昼寝? いいかもしれないわ」
 オスカーが生まれてからというもの、姫は子育てに夢中。毎日が新しい発見と驚きの連続で、オスカーが側にいれば退屈する暇もない。
 それでも姫には悩みがあった。母乳の出が悪いのだ。
 以前、山下博士(eb4096)が姫に与えた母乳についてのアドバイスもプレッシャーになっていないか? そう思った博士は姫に詫びを入れたついでに助言した。
「たとえお乳は出なくても良いんです。マリーネ様がお与えになるものは、単なるお乳では無くオスカー様への愛情。だっこしてお乳をふくませるのは、その証なんです。愛情の源の、心はここにあります」
 と、博士は自分の左胸を指し示す。
「オスカー様にマリーネ様の心臓の音をお聞かせください。お腹の中でずっと聞いていた音です。それを耳にするとき、オスカー様はマリーネ様に愛されていることを実感できるはずです」
「オスカー!」
 安楽椅子に座す姫は我が子の名を呼ぶ。オスカーは乳母にあやされていたが、姫は乳母からオスカーを受け取ると、自分の左胸がオスカーの耳元に来るように抱きしめた。
「?」
 オスカーはきょとんとしている。
「聞いてごらんなさい。心臓の音よ」
 姫に言われても、オスカーはまだ言葉が判らない。やがてオスカーは、姫の胸に頭を擦り寄せてねだる仕草を見せる。心臓の音よりもおっぱいが欲しいようだ。
 姫は胸をはだけ、乳母のそれに比べたら小さな乳首をオスカーの口に含ませてやった。
 母乳のことには主治医の千鶴も気遣っていた。彼女は姫お付きの料理人に掛け合い、姫の母乳の出がよくなるよう料理についての助言を為した。何よりも高タンパクの食事、但し食材は新鮮なものをと。

●酒場の男爵様
 セデュース・セディメント(ea3727)が馴染みの酒場『妖精の台所』へやって来ると、自分を迎える店のみんなの雰囲気が違う。
「これはこれは男爵様!」
「この小さな店にようこそおこしくださいました!」
「高貴な方々の暮らし向きには疎い故!」
「粗相がありましたらご勘弁を!」
 皆が皆、ぎこちない敬礼で迎え、固まった表情で馴れぬ言葉を口にするので、
「は?」
 思わず、言葉にならぬ声で尋ね返してしまった。
「いえ、その‥‥お城から使いの者がやって参りまして」
「高貴なご身分になられたのだから、今後は失礼があってはならぬとお達しがありまして」
 と、顔馴染みの常連客が口々に言う。店の女将も。
「ほんとにおめでたいことだよ。店で楽しく歌ってくれたあなた様が、今では男爵様。こうやって店に足を運んでくれるだけでも、とってもありがたいことだよ」
 などと柄にもつかぬことを言うので、セデュースは言ってやった。
「ここにこうして立っている私が、以前と変わったように見えますか?」
「そりゃもう、男爵様だし‥‥」
「前よりも貫禄がついたような‥‥」
 などと、皆は最初のうちは言っていたが、
「でも、よく見るとあんまり変わってないような‥‥」
 セデュースは言ってやった。
「変わったのは私ではなく、皆様でありますぞ。変わること自体は決して悪いことではございませんが、これは少々頂けませんな。私が爵位を賜ったとて、何も変わるものでもありません。領地を頂いた訳でも、何かお役目がある訳でもなく、姫様の元に比較的自由にお邪魔する権利を貰ったようなもの。姫様らのご様子を皆様に、皆様のお話を姫様により伝えやすくなったというだけの話です。それにそもそも功績自体も、あの公開出産の場において難産の姫様を歌声で勇気づけた皆様全てのものであり、自分は代表で受けたようなもの」
「それじゃあ‥‥」
「これまで通りで結構。遠慮なさらず、堅苦しく畏まらず、お気楽に」
 常連客が一人また一人と、もじもじしながらセデュースに求めた。
「それじゃあ男爵様。久々にあんたの歌を聴かせてくれんかね?」
「んだ。いつものように皆で楽しむべ」
 セデュースはにこりと笑い、
「では姫様が目出度くご出産なされたことを祝し、あの歌をば」
 クレセントリュートを爪弾き歌い始めたのは、皆には既にお馴染みのあの歌。
「おお麗しのマリーネ姫♪ 拙き我が歌をお聴き下さい♪ お耳触りは覚悟の上♪ お耳を塞がず最後まで♪」
「いよっ! 男爵様!」
 いつもの酒場のノリが甦る。女将に常連客の笑顔も元のまま。だけど変わった事が一つだけある。それはセデュースへの掛け声に『男爵様』という言葉が加わったこと。

●心の安らぎ
 ロイ子爵の屋敷の昼下がり。天気は日増しに春めいて暖かくなり、庭に植えられた数々の花木も蕾の膨らみが目立ち始める。そして姫の目の前にも、蕾の膨らんだ鉢植えが一つ。アレクシアスから姫への贈り物である。
「まだ蕾ですが、きっと綺麗な花を咲かせるかと。王都の花屋の御墨付きです」
「ありがとう」
 挨拶に参じたアレクシアスに礼を述べ、姫は暫し目の前に置かれた鉢植えを見やる。あと4、5日もすれば綺麗な花を咲かせるだろう。
「それからカッツェのことを。事情あって今日この場には来られませんでしたが、彼女も姫の健康を気遣っていました」
「そう。カッツェが‥‥」
 姫は何か言いたそうに見えた。姫なりにカッツェの身を案じているのだろう。しかし、言葉には語られず仕舞い。語るべき言葉が見付からないのかも知れない。
「オスカー殿もお元気そうで何より。また一段と大きくなられたようだ」
 アレクシアスはオスカーにも一礼して嬉しそうに笑う。もともと子供好きなのだ。すると姫も顔を綻ばせ、腕に抱いたオスカーに優しい眼差しを送る。
「でしょう? こうやって抱いてみると、少しずつ大きくなっていくのが分かるわ」
 傍らではマリーネ姫お気に入りのバード、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が愛用のリュート「バリウス」を奏でている。春の陽光にも似て気分が安らぐメロディー。
「今日のオスカーはとても機嫌がよさそうね。オスカーにも音楽が分かるのかしら?」
「あ〜、あ〜」
 不意にオスカーが声を出した。言葉はまだ喋れないけれども、気持ちよさそうな声。
「まあ、オスカーが!」
 姫は驚いたようにオスカーを見る。そしてケンイチに訊いた。
「オスカーったら歌を歌いたがってるわ。そう思わない?」
 ケンイチはリュート爪弾く手を休め、にこやかに答える。
「そうかも知れません」
 試しにリュートを派手に鳴らしてみる。
 ぽろろろろろろ〜ん♪
 低音から高音へと至る滑らかな旋律。それは春風の気まぐれが引き起こし、静かな浜辺に突然うち寄せた大波のようで。勢いよく押し寄せたと思ったら、調和の取れた心地よい余韻を残して静かに引いていく。
「あ〜、あ〜」
 またもオスカーが気持ちよさそうに声を上げた。
「ね。オスカーったら、やっぱり歌いたがってるわ」
「もしも姫が望まれるのなら、オスカー殿下を音楽に親しませるのも良いかも知れませんね」
 そんな話をするうちに、姫とケンイチはこちらにやって来る来訪者に気付いた。ご機嫌伺いにやって来たセデュースだった。
「まあ、セデュース! 来てくれたのね! 街の酒場のみんなはどうしてるかしら? 聞かせて下さらない?」
「いやぁ、つい先日もこの私めの歌を披露して参りましたが‥‥」
 屈託ない口調で、姫に下町の酒場の様子などをご報告。ついでに爵位を賜ったことに対する困惑もお耳に入れる。
「ある方には立派な首飾りと映る品も、別の者には首輪に見えることもございましょう。で、ここは、爵位の辞退を申し出るのが筋ですが‥‥」
 姫は神妙な表情で、セデュースが次に語る言葉を待っている。セデュースはにっこり笑って続けた。
「姫と民を繋ぐ役割として、また姫の側に道化の一人も居ても良いだろうということで、敢えてお受け致しましょう」
 姫も笑った。
「セデュースがそう言ってくれて、とても良かったわ。ところで、あれからリュートの腕前も少しは上がったかしら?」
 この質問に、セデュースは恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「ははは。普通に腕を磨いても普通の詩人となるだけです。ましてや、姫のお側にはすこぶる腕の良い楽師殿もおられますし」
 と、傍らのケンイチを目線で示す。すると姫は言う。
「いいえ。セデュースは私にとって、とっくに特別の詩人になっています。下町の酒場ばかりではなく、たまには私の前でも歌って下さい」
「いや、勿体なきお言葉」
 セデュースは恐縮して一礼したが、これ以上の賞賛の言葉は無いというものだ。

●子供達の居場所
 地球人サヨリーナに扇動され、アネット邸占拠事件に荷担した子供達は、街の牢屋に収容されていた。冒険者達の取りなしにより、マリーネ姫は子供達に対する寛大な処置を約束。そのお陰で子供達の扱いは他の囚人に比べて格段に良く、十分な食事と寝心地の良い寝場所とが与えられていた。牢番達も子供達を決して乱暴には扱わない。
 それでも子供達にとって、監禁生活は堪えるのだろう。ゾーラクが面会に訪れた時、子供達は誰もが不安そうにしていた。
「僕たち、いつ外に出られるの?」
「もう暫くの辛抱です」
 少しでも慰めになればと思い、『かすていら風味の保存食』をおやつとして子供達に分け与えた。牢番も別段、文句をつけてはこなかった。
「おいしい!」
「こんな味、初めて!」
 子供達は珍しいおやつに夢中。口にほおばるやそれまでの不安の色が消え、表情は喜び一色になる。そもそもアトランティス世界の生活レベルは中世ヨーロッパ並みだから、甘い物が庶民の口に入る機会は数少ない。地球人からすればたかがありふれた保存食だが、子供達にとっては滅多にないご馳走なのだ。
 しかし、至福の時はあっという間に過ぎる。面会も終わり別れの時が来ると、子供達は悲しそうな顔になってゾーラクに懇願した。
「また、会いに来てね」
 一方、ルエラはカーロン王子に拝謁を求めてこれを赦されたが、その席で次の事柄について打診した。
 まず、レーガー・ラント卿の復権について。
「オラースさんが『レーガー卿復権のことを心配していると伝えてくれ』と申しておりました。今すぐには無理かもしれませんが、卿の復権のことをオラースさんに代わってお願い致します」
 ルエラは献上品を携えてもいた。エーロン分国王に贈る彩絵檜扇と、レーガー卿に贈る鉄扇を。
「これらの品を送り届けて欲しく存じます」
「後ほど送り届けよう」
 献上品を受け取り、カーロンはルエラに告げる。
「レーガー卿の復権についてはまだまだ時間がかかろう。現在もなお監視下に置かれてはいるが、レーガー卿の立場は昔と比べたら遙かに安全なものになった。今は焦らずに待っていて欲しい」
 次にサヨリーナ一味のうち、子供達の身元引受先について
「あの子供達をネバーランドで引き受けられないでしょうか?」
「ネバーランドか。あれについては、そろそろ仕切り直しが必要だな」
 チルドレンギルド・ネバーランドは中心者が不在のまま、長いこと現状維持でやって来たが、新しい局面を迎えた今となっては建て直しを行った方がいいとカーロンは忠告した。
「ともあれ、子供達の受け入れが無事に行われるよう、お膳立てはしておこう」
 そして、王都に来ているナーガ族やドラゴンパピィと、マリーネ姫の交流についての打診。
「この件についても善処して頂けるよう願います。ついては山の民のしきたりに則り、ナーガ族達に友好の証として塩を送り届けてもらえるようお願い致します」
「良かろう」
 カーロンは快諾し、ルエラは自費で購入した上質の塩をカーロンに託す。
「そして、これは殿下に」
 最後に、ルエラは『鷹のマント留め』を献上。するとカーロンが言う。
「実はルエラに伝えるべき事がある。いつぞやの返事だが‥‥」
 カーロンの言葉が何を意味するか、ルエラはすぐに思い当たった。アネット邸占拠事件も無事に解決した2月14日。ルエラは地球製のカーロン王子にバレンタイン・カップを献上し、告白したのだった。

「カーロン殿下が私をいつも守って下さるように、
 私も殿下をお守りしていきたいのです。
 そのことを、お許し頂けますか?
 返事は、今でなくて構いません」

 そして今、カーロンから返事を貰う時が来たのだ。
「あの言葉はこのカーロンへの忠誠の証として受け取ろう。ところで天界(地球)に伝わる『パレンタインの日』について色々と調べてみたが、この日の贈り物に対しては『白の日』に返礼を行うらしいな。その日にはまだ早いが、これを受け取るがよい」
 カーロンが手ずからルエラに差し出したのは、一包みのクッキーだった。王族に仕える料理人がこしらえた特別製だ。
「有り難き幸せ」
 恭しくルエラが受け取ると、カーロンはルエラに告げる。
「これはバレンタイン・カップにより結ばれし縁。かの聖なる器にちなみ、今後は『聖バレンタイン杯の騎士』を名乗るがよい」
 色々調べたにせよ、エーロンの理解には妙に誤解も混じっているようだ。が、それはそれでいいかも知れない。

●姫の処断
 アネット邸占拠事件の首謀者サヨリーナとレフト君、そして子供以外の地元民協力者ももまた牢屋にぶち込まれた身。ベアルファレスは彼らに尋問を試みたが、
「腐ったブルジョワの手先に話すことなんか何もないわ!」
 サヨリーナは相変わらず強情で口をきこうともしない。しかしレフト君の方は協力的で、
「今だから話しますけど。僕とサヨちゃんを支援してくれたのは、ウィル解放戦線という革命組織です。アトランティスに飛ばされた地球人達が中心になって作られた組織で、アトランティスの地元民達も大勢参加しているみたいです。サヨちゃんと僕はそれぞれ、この組織のシンパをやっているジプシーとバードの方から魔法を習いました。組織のリーダーはシャミラっていう女性らしいですけど、直接に会ったことはありません。でも、僕達には組織の連絡員がついていて、食料とか生活必需品とか必要な物は連絡員に頼んで取り寄せてもらっていました。食料の一部は、罠で動物を捕まえたりして自前で調達していましたけど‥‥」
 と、彼の知る事を詳しく話してくれた。但し、生憎と連絡員はレフト君にも素性を隠しており、かの者が地球人である事しか分からないという。
 尋問の最後に、ベアルファレスは彼らの一人一人にこっそりと告げた。
「姫の赦しがなければ謀反人は処刑になる。命が欲しかったらこれから面会するマリーネ姫に今回の事を『深く反省している、イタズラでやったのだ』と訴える様にな。言う通りにするかどうかはお前達で決めるがいい」
 ベアルファレスの尋問が終わると、今度は山下博士が牢屋にやって来た。尋問というよりも、サヨリーナとレフト君の話を聞きに来たのだ。
「嘘ーッ! あなたみたいな子供が腐ったブルジョワの手先だなんて!」
 博士の姿を見てサヨリーナは唖然。さらに、彼が子爵位まで得ていることを知ると、もはや二の句も継げない。
「よろしかったら、あなた達の考えを聞かせてくれませんか?」
 博士に求められ、サヨリーナは自分の考えを滔々と述べ始める。
「とにかく! この国を腐ったブルジョワに任せてはダメ! 人々のためになる政治が行われるべきなのよ!」
「じゃあ、どうしたらいいんです?」
 と、博士は問い返す。
「それを実行するためにお金が掛かるようなら、財源はどうしますか? 誰かを犠牲にするというならば、その人の立場にあなたがいたらどうしますか?」
 流石にレフト君の方は飲み込みが早かった。博士と会話を続けるうちに、彼から言わんとしている事に気付く。
「つまり、この世界はさまざまな問題を抱えている訳ですが、その改革を下手に地球の常識でやろうとすると、弱い立場の人にしわ寄せが行くわけですね?」
「そういうことです」
 因みにブルジョワと言う代物は産業革命の産物で、社会制度が中世であるこの世界には存在しない。領主も相応の負担を求められる商売であり、大商人と雖も金が勝手に子供を生んでくれるような世界ではないのだ。
 しかしサヨリーナの方は、
「私は革命戦士だもん‥‥私は救世主だもん‥‥私は‥‥」
「あれ? さっきから何をぶつぶつ呟いているんですか?」
 尋ねた博士にレフト君が答える。
「ああ、また自分一人だけの世界に閉じこもっちゃったんですね。いつもの事です。思いこみが激しくって、論理じゃなくて飛躍で物事を考える人ですから」
 ともあれ占拠事件の加担者達は、サヨリーナを抜かして全員が姫への謝罪に同意。ベアルファレスは話を姫に持っていく。
「マリーネ様、ここで寛大さを御見せすれば、民との隔たりも少しは緩和されるものではないかと存じますが」
「見せましょう。私の寛大さを」
 ベアルファレスの言葉に心をくすぐられたようで。姫は牢屋を訪れ、サヨリーナを除く事件の加担者達と対面した。
 姫を前にして真っ先に詫びを入れたのはレフト君。
「事情を知らなかったとはいえ、度の過ぎた悪戯にこの世界の人々を巻き添んでしまった事を深く反省します」
 潔く罪を認め、深々と頭を下げるその殊勝な態度に、姫は好感を覚えたのだろう。
「犯した罪の償いを果たすなら、必要以上の罰は与えません」
 微笑みさえ浮かべて、レフト君以下の一同に宣告した。

●唆された天界人
 さて。唯一、改心しないサヨリーナに対する処断であるが。
「サヨリーナとレフト君の2人については今後、天界人冒険者として登録しては?」
 根回しにカインを訪れた際、シャルロット・プラン(eb4219)はそんな意見を出してみたが、カインは首を横に振る。
「冒険者として登録するということは、冒険者に認められた権利を2人に授けることになります。例えば武器を所持しての領地通行権などを。しかしあの2人はマリーネ姫の屋敷を勝手に占拠するという不始末をしでかした身。しかもそのうちの1人は未だに事件に対する反省もない様子では、おいそれと冒険者への登録は行えません」
「しかし、今後も『唆された天界人』というケースが出てくる可能性は大いにありそうです。その為の対策も今後、必要となるのでは?」
 カインは意味ありげに微笑んだ。
「それもそうですね。対策は考えるとしましょう」
 話のついでに、シャルロットはこんな意見も出してみた。
「前国王時代は隣人への密告が推奨されてました。これからは、逆に横暴な衛兵がいれば市民から通報させ監視させる仕組みがあってもよいのでは?」
 するとカインは答える。
「今の王都には護民官がいます。そういう事があれば、話は護民官に伝わるでしょう。たとえそういう仕組みの必要性があったとしても、今は護民官が実績を積み上げるのを待つべき時かと私は思います。さて‥‥」
 カインはおもむろに総監室の机から離れる。
「そろそろサヨリーナに会いに行きますか」
「では私も」
 そしてカインとシャルロットはサヨリーナが収監されている牢屋に向かう。この話の続きは後ほどに。

●消えた悪女
 エーロン分国王の伝を頼り、ゾーラクは城の地下牢へと案内してもらった。マリーネ姫ご出産の折りに暴徒をけしかけた悪女は、この地下牢から忽然と姿を消してしまったのだ。
「牢に窓は無く、出入り口は一ヶ所。その出入り口も番兵がしっかり見張っていた。番兵は信用できる男だから、脱獄の手引きなどするわけがない」
 と、彼女を案内した衛兵は説明する。
「すると、これはカオスの魔物の仕業?」
「恐らく‥‥」
(「パーストの魔法が使えたら、悪女が消えた時の様子が判ったのに」)
 しかし悪女が姿を消したのは、ゾーラクのパースト魔法の効果が及ぶよりも以前。それがゾーラクにとっては口惜しい。