●リプレイ本文
●フォロ城の一室
「え?」
執務方の役人の言葉に戸惑いを隠せず、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)はその青い瞳を大きく見開いた。
目の前に次々と羊皮紙を積み上げられて行く。
「ですから、これとこれとこれとこれとこれが、途中通過される際の領主や代官の方々に戴く通行許可証の分。それを一通り揃えましてから、こちらの持ち出しに関する申請書に用途等子細を認め、それらを添付されます様、お願い致します」
「こ、これ全部?」
「はい。ここで一つご忠告申し上げますが、各領主様より通行許可を戴く際、心付けを添えられた方が宜しいかと」
恭しく頭を垂れる役人。
「心付け?」
「袖の下ですよ‥‥皆様、街道の警備にそれなりの出費をされる訳ですから、それ相応の‥‥私からは申し上げられませんが、コホン!」
そう言って、役人は指を1本立てた。
「1Gですか?」
「桁が一つ違います」
「10G‥‥お一方につきですか?」
そこで役人は、周囲を気にする素振りでそっと声のトーンを落とした。
「人一人が通行するのと訳が違います。物が物ですから、少なくともそれくらいは包みませんと、すんなり頼みを聞いては下さらないでしょう。また、この城の中においてもその数倍は‥‥さすれば男爵様の必要な書類も、一ヶ月程で揃う事でしょう」
「い、一ヶ月!?」
バガン一台、ニネアへ持ち込む為の手続きを個人で行おうとすると、何と手間、金、時間のかかる事か。
それが当たり前の様に話す役人。
拝金主義的傾向は、王城を中心に広がる腐敗の輪。
領内を通過するには、各諸侯の通行許可を得なければならない。付き合いのある領主達ならば、その辺はスムーズに事を運べるだろう。ルーケイ領内ならば一諾で済む。が、その外はまた別の諸侯の勢力圏。
また、バガンを運送する方法も考えねばならない。専用の大型の馬車かフロートシップを用いねばならないが、期限に間に合う為には、どう考えてもフロートシップでなければ無理な日程だった。
●ニネア
ウィルを出立してから二日目、緩やかな丘陵に広がる鬱蒼とした森を抜け、一行はようやくニネアの領内へ。
この界隈の森は竜が住むと言う。人とそうでない者達の領域が入り混じるアトランティス。森は人にとり最も身近に存在する異界。その中を抜ける道は、人界と異界が交錯する地。
そして、一行は再び人の勢力圏へと戻るのである。
何十頭という羊の群が、コロコロという鈍い鈴の音を響かせながら草を食む。
羊飼い達が犬と共に、それを追う。
風紋が、生い茂る草木をさわさわと撫で、目に見えて吹き寄せて来る。
「ほっわわーん♪ 気持ちの良い風ー☆」
草や木の息吹、羊や犬の臭い。清涼なる風が、様々なモノを運ぶ。
唾広のとんがり帽子を押さえ、小津野真帆(eb4715)は胸一杯に吸い込み、馬上で思いっきり手足を伸ばした。
「ああ、そうだな‥‥」
小柄な真帆を前に乗せ、長渡泰斗(ea1984)は馬首を進め、空の眩しさに、照り返す丘陵の濃い緑に目を細める。
色とりどりの花が我先に咲き乱れ、蝶や蜜蜂が飛び交っている。
くるっと振り向いた真帆は、後から続く皆に目を輝かせながら言葉を投げかけた。
「ねぇねぇ! みんなはどんなお城になったら良いと思う〜? わたしはね〜、お花がいっぱい咲いてる、綺麗なお城になったら素敵だと思うな〜♪」
そんな素朴な想いに、暖かな微笑が帰って来る。
「ふ〜ん‥‥あれは出迎えだろうか?」
鼻歌混じりにロバを進めていたドワーフ、ローシュ・フラーム(ea3446)は、ぎょろりそれを見やると馬首を巡らせ、後続の仲間へハンマーを振ってそれを知らせた。
陸を駆け下る数騎の騎士。
「若いわね」
エルフの白銀麗(ea8147)は、一目見てそう呟いた。
三人の騎士は、皆若い人間。
「は、初めまして」
「やあ、お嬢さん」
伊達眼鏡の奥から覗き込む様に、結城絵理子(eb5735)は同い年くらいの三人の若者を眺めた。皆血色良く、にこやかに自然な雰囲気。その中の一人が馬首を巡らせながら口上を述べる。
「私はカリメロ家の騎士、ヘクターの息子、アスター! 冒険者ギルドから派遣された方々とお見受けした!」
「如何にも! お出迎えご苦労!」
若い戦闘馬の横腹を軽く叩き、アシュレー・ウォルサム(ea0244)は前に進み出、ギルドからの依頼書を慎重に紐解いて見せた。 それを確認するアスター。
「お待ちしておりました。これよりは我等がご案内致します」
そう言ってから、アスターは不思議そうな顔で一同を見渡し、最後にはファング・ダイモス(ea7482)をジッと見据える。
「何ですか?」
「あ、いえ‥‥今回は、あの竜とか髑髏とか、独特の面頬を着けた巨人の方はいらしてないのですね」
ファングの問いにアスターは微笑を返す。
「心当たりが無い事は無いですが‥‥」
口ごもるファングは、最近出来た腕のアザの辺りを撫でた。
「それはきっとヘクトルさんの事ですわ」
「ヘクトル?」
振り返るアスターに、エルフのマリーナ・アルミランテ(ea8928)は微笑みながら馬を寄せた。
ポンと手を叩くファング。
「ああ、最近では髑髏刑事とか名乗っている!」
「今頃はローリーで、馬上試合のお手伝いをしてる頃だわ。何やら色々と買い込んでいたみたい。張り切ってましたわ」
その赤い瞳に微笑みかけられ、若い騎士達は少し気恥ずかしそうに俯いた。
「そうですか。母が、冒険者が来ると聞き、お会い出来るのを楽しみにしていたのですが‥‥すいません、私事で。さあ、参りましょう」
そう言って、アスター達は、馬を巡らせ先へと進み出し、その後に皆が続く。
「やれやれ、ようやくそのカリメロ城とやらにお目見え出来る訳だ」
軽口を叩く伊藤登志樹(eb4077)。
足元で白猫のブランシェがにゃあと鳴き、腕の中で子狐のミラージュの柔らかな身体が身じろぎする。
「よ〜しよしよしよし。もちょっとだからな」
そう言って腰を落とし、ブランシェを抱えあげた登志樹は、両腕で二匹を抱え込む様にして、セブンリーグブーツを。たちまち馬並の速度で走り出すと、白やマリーナの連れて来た二匹の後を追う様に、緑の丘を駆け上がって行った。
●カリメロ城跡
木々の間を抜け、カリメロ城跡の外壁が見えて来ると、自然その足も速まった。
「わぁ〜! お花がいっぱい♪ 凄い凄〜い♪」
中庭に抜けるや、真帆は鞍から飛び降り、サクサクと手入れの行き届いた芝生の上を駆け抜ける。
「庭師をなさっていたモッズさんのお仕事ですわね」
軽やかな足取りでマリーナも続いた。ここに立つと草木の喜ぶ様が伝わって来る様で、どうにもウキウキしてくる。
「趣味は悪く無い様ですね。ですが‥‥」
白もこれに続きながら、長く修復が為されていなかった領主の館を見上げた。
「やれやれ。これはまた随分とまあ、派手に壊されてるねぇ」
焼け落ちた建物を見上げ呟くアシュレー。火事で焼け落ちたと言うのは本当らしい。
●霊廟の巨石
「瓦礫を動かしてま〜す☆ 危ないですよ〜♪」
「真帆ちゃん、凄いわ☆」
「大した物ねぇ〜♪」
真帆はサイコキネシスで手頃な石を持ち上げると、にこにこしながら地下からの階段を駆け登った。ここでは、地の精霊術師でもあるモッズが百年以上に渡りここに居る為、誰もが真帆の魔法を自然に受け止めていた。見慣れているのである。
「おかしなものだ‥‥」
フッと微笑み、シャリーアもぐっとその手に、かつて柱の一部だったであろう石を持ち上げた。
「おや? これは‥‥」
手伝いに来ているのは、いずれもカリメロ家に縁の者達。騎士の奥方も大勢が参加していた。
「えへへ〜☆ 横を通りま〜す♪」
にこにこと独楽鼠の様に走りぬける真帆を、泰斗は微笑ましく眺めつつ、巨石の下に今も残る赤い血の跡に目を戻し、霊廟の一画に懐から取り出した袋から、塩の小山を築き、その横にアルミ缶の発泡酒を供えた。
(「カリメロ家のご先祖の皆様、永のお眠りの所をお騒がせ致します。どうか、お心安らにお許し下さいます様、かしこみお願い申し上げる‥‥」)
そうして泰斗の手を合わせる様を、この二ネアの地の者達は別段不思議がる事も無い。
精霊信仰のアトランティスの人々にとり、そこには常に何らかの精霊が存在し、それを敬う事は当然の事。そして、それが精霊魔法として具現化する世界なのである。
「私もご一緒して宜しいですかぁ?」
泰斗は黙って絵理子に頷き、一緒になって石櫃の霊廟に祈りを捧げた。
「ふむ。木の根が入り込み、岩の合わせ目がずれたのだな」
ローシュは岩の端々に見れる根の跡に手を這わせた。こすれた感じは、崩落した時のものだろう。
「どうですかな?」
モッズの問いに、ローシュは顎鬚を撫でながら唸る様に答えた。
「如何な巨石と言えど、木々の根がゆっくりと張り、少しずつ動かす事もあるのだが。木の根が既に除去済みならば、この岩をつるし上げ、より強固な土台を組み直す事は難しい事ではない」
「それは良かった。幾星霜の時節を経て、カリメロ家を支えた岩です」
見渡せば、霊廟の天井はアーチ状に組まれたもの。
その上に置かれた大岩が落ち、これを取り除かぬ事には、その支柱を組み直す事も出来ない。
「元の場所に使うのは論外と思ったが‥‥どうだ、アシュレー?」
「ん〜? まぁ、大丈夫かな? 流石はドワーフの仕事ってトコだね」
スクロールを丸めながら立ち上がったアシュレーは、傍らで腕を組むファングを見上げた。
「と言う訳で、バーストアタックは中止だ。力仕事の方を色々手伝って貰えるかな?」
「無論、心得た。おお〜い!! 岩を持ち上げて、再利用するぞ〜!!」
上に向って大声で吼えるファング。その声はビンビンと大気を振るわせた。
覗いていた白は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ひい〜! もの凄い大声だわ」
「あははは‥‥大丈夫かよ」
ひょいと背後から、白の両脇に手を差し込んで持ち上げる登志樹。
「あら、ありがとう♪」
「白は軽ぃ〜からな。これぐらい平気さ。それより残念だったな」
「何がかしら?」
「ははは! 派手に吹っ飛ばすつもりだったんだろ? まぁ、こうなったら、あの建材で」
そう言って、近隣から集められたのだろう。城の梁にでも使えそうな数本の建材を指差した。
「あれを三角に組むとするさ! これで横木一本よりも重い物が吊るせる筈だ。ロープと滑車は重さに耐えられたみたいだしな」
それから登志樹は二匹がじゃれつく足元の工具箱をひょいと拾い上げ、油の染み込んだ布で覆われた、鉄製の滑車へと歩み寄った。
「さてと‥‥その前にちょっといじっておくか‥‥な♪」
肩を怒らせニヒッと笑う様は、正にその辺にいそうなチンピラ風だ。
「あら、面白そう。どうするの?」
白は目を細め、どうなる事やらと、その手遊びを眺める事にした。
●グロウリング砦の技術者
マリーナはこのカリメロ城跡のそこかしこを見て回り、色々と脳裏に思い浮かべては、頭の中の消しゴムでごしごし消していた。
「しっかりした基礎‥‥これはそのまま使えそうね‥‥」
蔦が絡まってはいるが、石組みはしっかりしている。
「漆喰は塗りなおさなけれど、それは当然ね‥‥でも‥‥」
(「これからはゴーレムの運用も考えないと‥‥そうすると‥‥」)
ゴーレムグライダーの発着に必要なスペース。フロートチャリオットやバガンを配置するにはどうすれば‥‥
ハッと我に返って、それらを一旦消した。
「いけない! 成る丈、元のお姿に再建して差し上げるんだったわ。もう‥‥」
コツンと自分の頭を叩き、マリーナは赤い舌をペロリと出した。
そこへ、アシュレーがふらりと現れる。
「やあどうだい?」
「これから、昔のお城の姿をご存知の方に、どんな感じだったのかお尋ねしようと想うの」
「ふ〜ん‥‥そう言えば、モッズさんは昔からこの城に居たんだよね」
「あら? そう言えば‥‥」
苦笑するマリーナ。
「まぁ、やっぱり城だけあって結構広いからねえ。修理も結構かかりそうだ。ああ、地下の石は再利用する事になったよ」
「聞こえたわ。あれだけの大声ですもの」
コロコロ笑うマリーナに、肩をすくめてみせるアシュレー。
「じゃあ、そっちは任せて、俺は賄の手伝いでもしようかな?」
「どうぞご自由に。でも、何でもしてくれる旦那さんって素敵よ。彼女も幸せ者ね」
「え? そう? いひひひ‥‥」
スッと夜の色ボケ帝王の素顔が。やれやれとマリーナも肩をすくめて見せた。
●金の卵
「これは?」
シャリーアが地下から転がる様に飛び出し、手にしたそれを天にかざした。
「何々どうしたの?」
真帆もびっくり。シャリーアの手にした物を眺めた。
「金‥‥卵?」
それは金で出来た、ふちがギザギザの卵半分のネックレス。
「あらまあっ!?」
「みんな、おいでよ!」
「こりゃ、姫様の卵じゃないかい!?」
手伝いに来ている奥様達もそれを見て大騒ぎ。
「何の騒ぎですか?」
モッズも地下から姿を現した。
「実は瓦礫を片付けていたら、その下からこんな物が‥‥」
シャリーアがかざしたそれを見、モッズは目を開いて驚いた。
「レイナードが崩落に巻き込まれた時に、その身から離れたのです。シャリーア様、お手柄です。それは当家の家宝。見つけて戴き感謝致します」
「凄いですわ!」
「ありがとうございます、シャリーア様!」
口々に褒めそやされ、戸惑うシャリーア。わぁ〜っと真帆も目を輝かせる。
「凄いね、シャリーアさん♪」
「そ、そうかな‥‥?」
思わずシャリーアは照れ隠しにぽりぽりと頬を掻いた。
●再建への一歩
「オーエス♪オーエス♪」
真帆の掛け声。馬の嘶き。ファングの筋肉も異様に盛り上がる。
「皆さ〜ん! 頑張って下さいねぇ〜!」
天幕を張った絵理子は、奥様達と一緒に、その下におしぼりや井戸から汲んだ冷たい水等を用意して、そこから声援を送る。
そして目の前にはぐらぐら煮立つスープ☆
食材は奥様方が持ち寄った物。
眼鏡が白く曇るものの、ゆっくりゆっくりかき混ぜる。
「愛情〜♪ 一指し〜♪ 隠し味〜♪」
パラパラと濃い目の味付け。うふふと微笑む絵理子である。
「それ!」
登志樹の合図。斜めに吊るされた岩の下へ横から丸太が二本三本と差し込まれる。 それから岩はゆっくりと降ろされ、その上で大人しくなった。
「さて、これで土台の工事が出来る」
パンとローシュが手を叩いた。