●リプレイ本文
●冒険者ギルドにて
「ペットを入れる檻はご自分で用意なさって下さいね」
冒険者ギルドの受付嬢は満面の笑みで、そう答えた。
「小熊は当然として子狐も?」
「ペットの扱いに関しては、上の方で大体の骨子が決まりつつありますが、今の所は皆様各自で考えて実行して戴けると、大変ありがたいです」
「そうだよね。じゃあ、何とかするか?」
「宜しくお願いします」
何となくチンピラ風の伊藤登志樹(eb4077)は、顔をしかめつつもシニカルな笑みを浮かべ、ウィンクしてその場を後にする。
「さ〜て、これなら大丈夫」
表では、軍用馬のエルクラストのバーディングに繋いだ小さな檻に、ファング・ダイモス(ea7482)が布を被せ、その上からポンポンと軽く叩き何事か囁いていた。
その言葉に応えるかの様に、不思議な輝きは布の下で明滅を繰り返し、何となく気持ちた伝わる様な気がする。
「さて、じゃあいくか、エルクラスト」
ぽんぽんと頭を撫で、巨人の巨体で跨ると、立派な体躯の軍用馬が遠目からはまるでポニーの様に可愛らしく見えた。
●プリシラ姫とカリメロ城にて
吊り上げられていた大きな岩が、今、ゆっくりと基礎の上に。
「ゆっくりだ! ゆっくりと!」
それを足で踏み、微調整するドワーフのローシュ・フラーム(ea3446)指示に、アシュレー・ウォルサム(ea0244)やセシリア・カータ(ea1643)、白銀麗(ea8147)、深螺藤咲(ea8218)、ファングらの手綱を引く腕に緊張が走る。ふんばる愛馬の鼻息も荒く、かつかつと蹄を鳴らす。
「グイン! カミュ! 頑張って!」
不思議とセシリアも全身に力が入る。
この日はプリシア姫も様子を見に来ていた。
「皆さん、頑張って‥‥」
手に汗握るとはこの事だろう。
「モッズさん‥‥」
「うむ」
傍らに控えたモッズも、小津野真帆(eb4715)やマリーナ・アルミランテ(ea8928)も真っ白になる程に手を握り締め、この光景に見入っていた。
お手伝いに来ている周辺の家々の者と共に、結城絵理子(eb5735)も炊事の途中、腕をまくったエプロン姿のままに一塊になって、少し離れた所から見る。
そしてこの一月かけて修繕した支柱に大岩が乗ると、ローシュは登志樹と共に、大きな木槌を手にそこかしこを慎重に小突いて回る。
やがて二人は頷き、拳を突き合わせた。
その後、作業が一段落してから、皆でプリシラ姫を囲んだ。
「皆さん、ご苦労様です。少しずつですが、懐かしい姿が甦るのは嬉しいです」
そう言って安堵の微笑を見せるプリシラ姫の胸には、前回発見された金の半分卵のペンダントが光っている。
簡素な麻のドレス姿のプリシラ姫。
その前に集う人々の中より、藤咲が進み出た。
「プリシラ姫様、カリメロ城再建は防衛拠点の作成上、重要な大仕事と聞きます。ならば、僅かでも力になるために、我等は馳せ参じましょう。カリメロ家、ならびにプリシラ姫様の為に頑張ります」
それは、そこに集う者達、一人一人の胸の内にある想い。
プリシラ姫はその言葉に微笑み、小さく頷き、己の胸のペンダントを手にした。
「ありがとう。こうして思い出を一つ一つ取り戻す事が出来たのは、ここに集う皆さんの想いの力。そして、このカリメロ城も、今は雨ざらしですが、かつて以上の素晴らしい姿を取り戻す事と信じています」
(「はい! 勿論ですとも!」)
スッと爽やかな風を肺一杯に吸い込み、皆、誇らしげにプリシラ姫を見上げた。
穏やかな陽光の下、花壇からハーブや花々の穏やかな香りが、辺りを包んでいる。
「ほっわわーん♪ じゃあ、次は石探しだね☆」
ぴょんと伸びをする様に、真帆は思いっきり跳ねてプリシラ姫やモッズの前に。
「よ〜し! 今回も頑張ってお手伝いするよ♪」
「お願いしますね」
「うん! 精霊の事、色々教えてね、もっずさん♪」
「うむ。真帆は基礎は納めておるのだろう?」
「う〜ん‥‥でも、レースの時とか上手く投げられないし‥‥」
「サイコキネシスでか。成る程のぅ。あれは手で投げるのと要領は同じじゃからの。そっちの練習もせねばの」
「え〜、そうなの〜?」
とんがり帽子で顔を隠す真帆に、モッズは何度も頷き、その頭をぽんぽんと撫でた。
そこで騎士の奥様方と絵理子が顔を合わせ、にこやかに動き出す。
「では、姫様。そろそろ軽いお昼に致しましょう☆」
「「「簡単なものですが、どうぞ皆様、召し上がって下さ〜い!」」」
「まぁ、嬉しい☆ 楽しみだわ」
プリシラ姫にそう言われると、もうみんな、はりきるしかない。
ある者は木のスープ皿とスプーンを配り、またある者はずん胴にたっぷりの羊肉と香草のスープを鼻歌交じりにかき混ぜ、絵理子は木のカップを配りながらも肩から下げた胃袋の水筒から少し醗酵が進んだ酸味のある乳を配って回った。
「石を採りに行くんですよね? みんなでお弁当を用意してますから、後でそちらの感想も聞かせて下さいね」
「ふむ。そうか。ならばありがたく頂戴するとしよう」
適当な所へ腰掛けたローシュは、そんな絵理子へにこやかに顎鬚を撫でて答えた。
そこで絵理子は声を低くする。
「ところで、ドワーフって普段、何を食べてるの? 石?」
「が〜っはっはっは‥‥さして人と変わらぬがな」
すると目をまんまるくさせ、絵理子は唇をすぼめて驚きの息を漏らした。
「そ〜なんだ〜☆ 良かった、石を食べてるとか言われたら、どうしようかと思った! じゃぁ安心ね♪ 絵理子特製のスタミナ弁当だから、残しちゃや〜よ☆」
「おお、人が喰える物ならば、何でも大丈夫だ。後で戴こう」
「も〜、そんな風に言わないで! きっと、美味しいんだから!」
「ん?」
ちょっと苦笑を浮かべ、絵理子は次へと、まだ配ってない者を探して歩き出した。
●楼閣の基礎を考える
羊皮紙に大雑把な設計を書き上げ、アシュレーは軽やかな足取りで、城壁の外側を歩いた。
「ふんふふんふ〜ん♪」
幸せの絶頂。正に『新婚さんいらっしゃ〜い♪』状態である。
「あ、モッズさ〜ん!」
離れた森へ出発しようというモッズを、門前で呼び止めた。
「これを見て下さい! たった今、書き上げたのですが、抜け穴とかどうします!?」
「抜け穴‥‥」
う〜んと唸るモッズ。すると横からローシェが口を挟んだ。
「いや。今は楼閣を築き上げる事が肝心。あたら高きを目指す段階では無いと思うのだが」
「うちもローシェさんの意見に賛成ですわ。楼閣は森の木々より高く城壁の四隅のどれか、もしくは総てに。抜け穴を作るのは、それらを完成させた後でも、可能な拡張工事なのではないかしら?」
たおやかに子犬を抱きかかえ、マリーナはその設計図に目線を這わせた。足元を愛犬のカミーノが尻尾をふりふり、身体を摺り寄せる。そんな仕草に微笑みながらも、マリーナは前回書き上げたものを取り出し、それと比較検討する。
そんな様に、アシュレーはモッズに問い掛けた。
「実はグリフォンを所持しているんだよね。次、荷運び用のために連れて来てもいいかな?」
するとモッズはかなり驚いた様子。
「グリフォンを所持しているのですか? 流石は天界人。それは余程の方で無いと、所有する事すら難しいとされる。さる国では王位を継承する為の儀式にすらなっていると聞き及びます。それ程に高貴な存在。荷運び用などと、本当に宜しいので?」
高貴?
アシュレーの薔薇色の脳細胞は、色々な所をスルー。
彼の感覚では、ここに連れて来ても問題ないかも知れないのだと理解した。尤も、実際にどうであるのかは判らないが。
●石材を求めて
白は、目を凝らして洗い出した岩肌を睨んだ。
「不思議だわ」
「何がだ?」
ローシェが聞き返すと、白はフンと鼻息を放ち、周囲のなだらかな丘陵地を見渡した。
「普通、ジ・アースで見られる岩石は、その土地がどういう因果でかを物語る物よ。この近辺もなだらかで古い地勢に思えるけど、どうしてこんなに大きな岩がごろごろしてるのかしら?」
「ふむ。もう少し山の方ならば、このサイズの岩も見受けられるが、古の文明が巨石を用いて儀式の為の祭事所を築くのは良く見かけるものだ。こちらで、過去に何が行われ様が、さして問題ではないのだがな」
そう言ってローシェはハンマーで石を叩き、その響きに耳を傾ける。
「ふむ、悪く無い」
「おかしいわ。この手の岩は、もっと高い山の近くにある筈なのに。私、高い所から、全体を見るわ」
いびつな文様を見せる変成岩のくすんだ岩肌を一瞥し、白は見る間に一羽の鷹へと変じて見せた。そして羽ばたくや、たちまち風を受けて空の高みへと舞い上がった。
「これは驚きだわい」
見送るローシェは、呆れた口ぶりで顎鬚を撫でた。
「要はどう感じるかだ。我等ウィザードが、そこにある精霊感じ、どう働きかけるか。その結果として、魔術はある」
杖を突き、モッズは身振り手振りを交えて真帆に基本的な話をしていた。
こくり頷く真帆は、ローシェ達が掘り起こそうとしている巨石を見上げる。
「そして働きかける精霊の性格を、より掴む事も大切になる。地は集まり、積もり、混ざる性格がある。火は他を変え、水は流れ形定まらず、風は拡散し広がる。判るかな?」
「ねぇねぇ! モッズさん。私ね、精霊力って『慈しみの力』かなって最近思うの♪ だから草花や動物が自然と周りに集まるような石とか、その上でみんながピクニックしたくなっちゃう石には精霊力があるんじゃないかって思うんだけど‥‥合ってるかな?」
するとモッズは大いに笑った。
「ははははは」
「え〜、違うの〜?」
ぷうっと頬を膨らます真帆に、モッズは首を左右に振った。
「あながち間違いとは言えぬ。地と水は、生命に深く関わっていると言われておる。我等は常に大いなる精霊の胸に抱かれておる様なもの。そして、精霊にも精霊なりの心がある。想い慕われれば、それは強い絆となろう。自然と生き物が集まるのは道理じゃ。逆に、恐れ嫌うならば、その地の赤子は育たず、麦の実りも悪くなろう。そして悲しいかな、人は己に理解出来ぬとなると、恐れ、厭うのだ」
「じゃあ‥‥」
真帆はぺたりとその巨石に頬を、全身で抱きしめる様に四肢を広げた。
「石の精霊さん、動かしちゃってゴメンね。でも、お花がいっぱい咲いてるお城だから、きっと精霊さんも気に入るよ♪」
その巨石は、頬を寄せるに冷たくも、深い存在感をもって真帆の全身を受け止めているかの気がし、真帆は瞳を閉じ、そのまましばしの時を過ごすのであった。
「そんなものかね」
「はははは、我等は年をとり過ぎましたかな?」
ローシュとファング、手を休め、額の汗を拭う。
「おやおや? 何か楽しい事でも?」
そこへコロを馬に引かせ、アシュレーと藤咲も戻って来た。
「やれやれ。ここにもハッピーな奴が一人おったわ!」
「ん? 俺?」
クスクスと、口元を隠しセシリアも笑う。
その後、掘り起こした岩の上で、正式名称、結城さん特製『元気もりりもりスタミナ弁当』に皆で舌鼓を打ったのは言うまでも無い。
●木材を求めて
幾つかの岩にめぼしをつけ、後をローシュらに任せたモッズは、翌日は倒木を採りに近くの森へと足を踏み入れる。
その鬱蒼とした森は、朝靄がかかり、草木の葉はたっぷりと水を含み、青々とした色彩を辺り一面を満たしていた。
マリーナは胸いっぱいに緑の匂いを吸い込み、その耳をゆっくりと動かした。
「気持ちの良い森。ああ、何て素敵なんでしょう」
エルフの感性ならではの反応。赤い瞳を輝かせ、そっと下ばえの草に唇を寄せる。
「確かに獲物がいっぱいいそうですね」
ファングは狩人の感から、そこかしこに残る巨大な獣の痕跡に、背追うギガントソードの柄に指を這わせる。一体何が居るのやら。
「そろそろかのう‥‥」
そう言ってモッズは、一行の足を止めさせた。
「何があるのです?」
「皆、静かにな」
藤咲の問いに、モッズは真剣な表情。真帆やマリーナ、そしてファングは何かあるなと思い頷いて見せた。
モッズはその場に座り込み、朗々とした声で森へと語りかけた。
古の盟約に従い 我はかしこみかしこみ願い奉る
カリメロの血筋たる者の為 いくばくか森の恵を譲り受けたい
人里に 新たな秩序を築かん為 焼け落ちた城の再建を為さんが為
どうかこの願い 聞き入れ給え
すると、朝靄が一層に深くなった様な気がした。
否、気の性ではなかった。
馬が汗をかき、落ち着かない。
「どうしたの? 大丈夫よ」
セシリアはそんなグインとカミュの身体を撫でさすり、小声で話し掛ける。
藤咲も、同様。
マリーナの犬、カミーノやディスケレも、尻尾を丸めて身体を摺り寄せる。
「まぁ‥‥こんなに怯えて‥‥」
「恐くない恐くない‥‥」
真帆もそんなカミーノの頭を撫でながら、不安げにモッズの背中を見上げた。
ファングは、大地より感じる揺れに、モッズの語りかけた相手の正体を推測する。
「この森の主か‥‥」
大気をその息吹が揺るがす頃には、木々の間、霧の向こうに巨大な影が。
「ああ‥‥」
真帆とマリーナは勿論、セシリアや藤咲も息を漏らす。それ程に巨大な双眸が、霧の中より一行を見つめ、そして去った。
●色々試してます
カリメロ城跡の中庭。
焚き火の炎で、薄手の革で作った袋は、見る間に空へ舞い上がった。
「この様に暖かい空気は軽く、物を持ち上げる力が生まれる。まぁ、将来的にゴーレム以外で、空を移動する手段があると重宝すっかもな」
登志樹は大勢の人を集めて、実演してみせていた。
そんな登志樹に、モッズは感慨深げに語りかけた。
「面白い物を見せて貰った。成る程、煙突から煙が昇るのに蓋をする様なモノかな? 確かにあれは上へと昇っていく。その力と言う訳か。だが、それでどれだけの物が持ち上がるのか?」
「う〜ん‥‥実用サイズに大きくすると燃料が問題だな。それと、それだけの袋をどうやって用意するか。力が大きくなると、普通の布じゃ、きっと裂けちまう。まぁ、これはまだまだ先の話で。それとは別に鉄パイプの方だが‥‥」
「あれは、どうなんだろうね? 作るとして、どれくらいかかるか。多分、材料や労賃を考えると、少なくとも1本サンソード2振り分くらいはかかるんじゃないかね? 長さや太さにもよるがな」
「そりゃ‥‥」
「大雑把に見積もって1本100Gぐらいか? コロに使うには何十本必要かの? 天界の技を、こちらで再現すると城がまるごと買えそうじゃなぁ」
カラカラと笑うモッズに登志樹も苦笑い。頭をぼりぼりと掻いた。
●アシュレー
建材の大部分が揃いつつある。
倒木をコロにし、ようやく城の近くまでに最初の大岩を運び込む。そこでその日の作業は終りとなる。今のところ、呼び寄せた現地のドワーフの見立てで、カオスの穴は開いていない。
森の中からも倒木を数本引き出しては、天日で干している。太いもの程、充分に乾燥させねば、裂けて使い物にならなくなる。
その間、楼閣の基礎工事となるだろう。
「アシュレーさ〜ん☆」
疲れて戻った人々に、家族の出迎えがある。汗を拭き、ねぎらいの言葉を交わす。
そんな中に、絵理子ののほほ〜んとした声が響いていた。
「ん? どうしたの〜?」
「えへへ、ちょっと遅れたけれど‥‥」
そう言ってアシュレーの手を引く絵理子。
「あらまぁ‥‥」
「微笑ましい事」
訳知り顔の騎士の奥方達。
もうすぐ日も暮れるだろう。
色彩の変わりつつある中、二人の影が城内へと消える。何事かと、仲間も追った。
「アシュレーさん。お誕生日、おめでとう♪」
「わぁ〜、凄いや。ありがとう、絵理子さん☆」
絵理子が火の落ちた釜戸から取り出して見せたのは、胡桃や干し林檎や干しぶどう等をふんだんに練り込んだ、フルーツケーキ。まだほんのりと温みがあった。
「そうか、そういう事か。おめでとう!」
戸口から様子を見ていたファング達も、口々に祝福の言葉を述べて、アシュレーのあちこちをもみくちゃにした。心なしか、カリメロ城も嬉しそうに、夕映えに染まっていた。