寵姫マリーネの宝物1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:13人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月30日〜02月06日

リプレイ公開日:2006年02月05日

●オープニング

 ここは、ウィル王国の王都に設立されたばかりの冒険者ギルド。ジ・アースからやって来た冒険者、地球からやって来た冒険者、そしてアトランティスの出自ながらも冒険者としての登録を果たした鎧騎士を前にして、ギルドの事務員が説明を続ける。
「‥‥さて、この首都ウィルはエーガン・フオロ国王陛下のお膝元。それだけに冒険者の皆様には次の5ヶ条の心得をよく心に留め、冒険者の名に泥を塗ることのなきよう切にお願い申し上げます」
 そう前置きして、職員は冒険者心得を読み上げる。

《王都ウィルにおける冒険者心得》
・国王陛下には常に敬意を払い、決して失礼のないよう振る舞うこと。
・国王陛下に仇為す反逆者の動きには、絶えず警戒すること。
・依頼とは無関係な冒険者の単独行動は禁止。
・許可された場所以外の立ち入りは禁止。
・冒険者ギルドとその関連施設内での行動は、他人に危害や迷惑を及ぼさない限り原則自由だが、その行動には責任を負うこと。

 そしてギルドの職員はにこやかな愛想笑いと共に、長く続いた説明会を次の言葉で説明を締めくくった。
「では皆様のご活躍に、私どもも大いに期待を寄せさせて頂きます」
 話はこれで終わったかと思いきや‥‥。職員は思いだしたように付け加えた。
「ああ、それから‥‥。ギルドの出入り口には冒険者目当ての物売りが集まっていますが、無闇に彼らから物を買ったり、彼らにくっついて外の街に行ったりしないように。ここ最近、色々な事件があったもので、街中の至る所で衛兵たちが目を光らせており、後で面倒なことになりますから」

 依頼の受付開始までには暫し間があった。冒険者たちは暇な時間を、もっぱら仲間とのお喋りや武術の稽古で過ごしたり。そんなこんなで数日が経過したある日。
 ギルド内にたむろする冒険者の横を、ささっと走り抜けていく影一つ。
 ネコ耳の頭飾りをつけた娘だ。ジ・アースからの冒険者で、その名をタンゴと言う。
 何気ない素振りでギルドの門を抜けるタンゴ。そのまま外の街へ向かおうとした途端、門の外に立つ厳つい衛兵に誰何された。
「待て。どこへ行く? 冒険者の単独行動は禁止だぞ」
「ちょっと、そこでお買い物よん」
 門の前に群がっていた物売りの子ども達が、タンゴの姿を見て色めき立つ。
「お花を買ってくださーい!」
「パンを買ってくださーい!」
 タンゴ、にっこり笑って懐から金袋を取り出したが、次の瞬間、わざとらしく落っことした。じゃらじゃらじゃら、こぼれた中味が派手にぶちまけられ、子ども達がわっと群がった。
「わーい! お金だ! お金だ!」
 タンゴは黄色い悲鳴を張り上げた。
「きゃーっ! 金貨ばらまいちゃったーっ!」
 それを聞いて目の色変えたのは、門番の衛兵たち。
「何っ!? 金貨だとぉ!?」
「こらぁ! ガキどもは下がれぇ!」
 力づくで子ども達を押しのけて地面を見れば、金袋からぶちまけられたのは──。
「何だ、銅貨ばかりじゃねぇか!」
 吐き捨てて周囲を見れば、タンゴの姿はどこにも見当たらない。衛兵たちの顔色が変わった。
「うわ、逃げられた!」

 タンゴは物陰から物陰へと走り抜け、路地裏で囁かれる人々の話に耳を傾ける。現国王への不満、苦しい生活への嘆き。この場に足を運ばなければ耳にすることの出来ない下々の声だ。ふと、その耳が気がかりな会話を聞きつけた。
「だめだよ! 直訴なんて!」
「いいえ、もう決心はついたの。今度、お城で開かれる晩餐会で‥‥」
 その時、大通りから大勢の駆けつける足音が。
「不良冒険者が脱走したぞー!」
「手分けして探せぇ!」
 大勢の衛兵達が、下町に乗り込んで来るのが見えた。タンゴはにっこり笑って両手を上げ、衛兵たちの前に進み出た。
「ごめんなさ〜い。降参するわ〜。ちょっとした悪戯心だったの〜」

 かくしてタンゴはギルドに連れ戻され、事務員からきつ〜くお説教を喰らう羽目に。
「まぁ〜ったく! いったいこれで何度目ですかぁ!」
 そこへ訪問客。
「まあ、ずいぶんとむさ苦しい所ですこと」
 やって来るなり一声発したのは、豪奢なドレスに身を包み、侍女に護衛の衛兵をぞろぞろ引き連れた貴族令嬢。その姿を目にするや、事務員は姿勢を正し、恭しいお辞儀で迎えた。
「これはこれは、マリーネ・アネット様! この冒険者ギルドにお越し頂き、私共も光栄の極みにございます!」
 このマリーネ姫こそ何を隠そう、ウィル国王の寵愛を一身に受ける寵姫であった。その姿は大輪の花のごとく燦然と輝き、その輝きを誰もが仰ぎ見る。
 マリーネは事務員ににこりと笑み、続いてその隣のタンゴに蔑むような視線をちらりと向けて訊ねた。
「これが脱走常習犯として噂の不良冒険者ですか?」
「はい。私どもも手をいささか焼いて‥‥痛ァ!」
 さりげなく事務員の足を踏んづけたタンゴ、にっこりと笑いを浮かべ、
「あらごめんなさぁい。足が滑っちゃってぇ〜」
 ばしいっ! 言った途端、マリーネの平手打ちが飛んだ。タンゴの右のほっぺに手形の跡が赤々と付くほどに。
「痛ぁ〜い!」
「あらごめんあそばせ。うるさい蝿を追い払おうとして、つい手が。でも手癖の悪い飼い猫には、きつい躾が必要ですことよ」
 ばしいっ! またも平手打ち。今度はタンゴの左のほっぺに真っ赤な手形。
「なにするのよ〜っ!」
 掴みかからんばかりに迫ったタンゴだが、それをマリーネお付きの衛兵たちが押し止める。
「マリーネ様に手出しをしたら、ただで済むと思うなよ!」
 マリーネの瞳に宿る輝き、それは捕らえたネズミを弄ぶ猫の目の輝きだ。いや、タンゴは捕らわれのネズミではなく、捕らわれたネコと呼ぶべきか?
「さてさてこの不躾な猫ちゃんを、どうしたものかしら? 杭にくくりつけて野ざらしの刑? それとも簀巻きにしてドブに放り込む? ‥‥そうだわ、いいことを思いついたわ。近々催される晩餐会で、晒し者の刑に処してあげましょう。貴方は晩餐会で座興の猫ダンスを踊りなさい!」
「はぁ!? 猫ダンスを?」
 間抜けな声を上げたのは、ギルドの事務員。
「その通りよ! この不良猫娘のネコ耳飾りによく似合うネコの着ぐるみに、鎖付きのネコ首輪もプレゼントしてあげるわ。さあ、ペンと羊皮紙を持ってきなさい!」
「はい、ただ今!」
 事務員が差し出した依頼用の羊皮紙に、マリーネはさらさらとペンを走らせ一文をしたためる。

『此の度、シムの海の英雄・海戦騎士ルカード・イデル殿をお招きして催される宮中晩餐会にて、不良冒険者の公開処刑を行う。よって処刑を楽しく盛り上げる冒険者を求む。不良冒険者を徹底的に笑い物と為し、きつく懲らしめるべし』

(「あ〜あ、マジで依頼しちゃったよこの人」)
 心中で呆れながらも事務員は依頼書を受け取り、横目でちらりとタンゴを見る。タンゴは何食わぬ顔で、天井見上げながら呟いた。
「ま〜、何とかなるわよねぇん」

●今回の参加者

 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2369 バスカ・テリオス(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2501 ヴィクトリア・ソルヒノワ(48歳・♀・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb3279 ファリム・ユーグウィド(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3425 カッツェ・シャープネス(31歳・♀・レンジャー・ジャイアント・イスパニア王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4255 富嶽 源(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●冒険者街のすぐ側で
 冒険者街を出てかなり歩いた所に、その酒場はあった。
 店の中の空気は陰気で、旦那衆が愚痴を垂れながら安酒を呷っている。
「畜生、やってられねぇぜ‥‥」
 唯一、活気がいいのは弾き語りのバードの奏でるリュートの音くらいのもの。
 すると、店の外が騒がしくなった。
「反逆者をひっ捕らえろ!」
 ぞろぞろ現れた衛兵どもが通りを駆け抜け、ごみごみと入り組んだ路地になだれ込んで行く。
「また貧民街で騒ぎだよ。あの時みたいな恐ろしいことが起きなきゃいいけど‥‥。さあ、今日はもう店じまい。あんたも面倒に巻き込まれないうちに帰りな」
 店の女将にそう言われ、バードは外に出た。
 しばらく歩くと衛兵に呼び止められた。
「貴様! 何者だ!? ここで何してる!?」
 バードは臆することなく言葉を返す。
「わたくしはセデュース・セディメント(ea3727)。ジ・アース人の冒険者ですが‥‥」
「ならば冒険者街にお戻り願おう。ここは冒険者がうろつく場所ではない」
 セデュースはやむなく冒険者街に足を向ける。
「今日の稼ぎはこれだけですか。お寒いものですね」
 見つめて呟くその手の中には、たった3枚の銅貨のみ。

「そんなわけで下町での情報収集には苦労しましたが、次のことが分かりました。エーガン国王の統治の初期の頃、下町を視察中の国王を狙った襲撃事件が発生。国王は無事でしたが、王妃とマリーネ姫の母君とが巻き添えとなってお亡くなりになったのです。それ以来、王と庶民との対話の場は設けられていません」
 セデュースのもたらした情報は衝撃的だった。この王国の抱える傷は相当に深い。
「さて。タンゴとやらに会いに行きますか」
 タンゴは冒険者ギルドの片隅にのほほんと座っていた。
「あら、お久しぶりねぇん」
 冒険者たちの中にリセット・マーベリック(ea7400)の顔を見つけ、タンゴはお気楽な口調で挨拶。
「まずは事情を説明してもらおう」
 訊ねたユパウル・ランスロット(ea1389)は、リセットから次のように聞いていた。タンゴはジ・アースのさる領主を補佐していた有能な人物であり、この世界に来ているはずのジ・アース人の仲間を捜していると。
「この国でどう動けるか把握したかった訳か? もしやスレナス殿を捜してるのか?」
 だが、タンゴの返事はそっけない。
「この世界では私はただの冒険者。ジ・アースでのことはとりあえず無関係よ」
「ところで‥‥」
 ルティエ・ヴァルデス(ea8866)が訊ねる
「下町で何か見たり聞いたりしなかったかい?」
「あ〜そういえば、誰かが話してたわねぇ。今度の晩餐会で直訴がどーとかこーとか」
 その返事に一同、顔を見合わせた。

●初めての晩餐会
「晩餐会の会場は『琥珀の間』だ。関係ない場所をうろうろするなよ」
 用向きを伝えられた衛兵は、事前の下見にやって来た冒険者達を城の中へ通す。しかし広いフオロ城、どこに何があるのかも、誰に案内を頼めばいいのかも分からない。仕方なく門を入った所でうろうろしていると、騎士の装いの初々しい若者がリセットに声をかけてきた。
「もしや、貴女はセレ分国よりおいでになる貴族令嬢、リシェル・ヴァーラ様のお知り合いの方でしょうか?」
 エルフの彼女を見て、そう思ったらしい。
「いいえ、私はジ・アースからの冒険者です。晩餐会の会場が分からず、困っているのですが‥‥」
「では、この私がご案内しましょう。申し遅れましたが、私は騎士学院学生のシャート・ナンです」
 案内は手際よく、一同は『琥珀の間』に辿り着いた。
「これは‥‥!」
 冒険者たちは息を飲む。初めて見る『琥珀の間』は、琥珀色の木材で見事な内装の施された大広間。壁には趣向を凝らした木彫りのレリーフが並び、置かれたテーブルはそのどれもがドラゴンの姿を優雅に象ったものだ。
「この『琥珀の間』は、先王レズナー陛下の時代より使われてきた由緒ある大広間。壁のレリーフもテーブルも皆、レズナー陛下の偉業を讃えてセレ分国より寄贈された国の宝です」
 説明するシャートの立ち振る舞いは見事なもの。それを見てリセットは頼んでみた。
「宜しければ、この国での礼儀作法を教えていただけませんか?」
 事前にノルマン人のルティエからマナーを教わっていたが、この地では色々と勝手が違うはず。
「畏まりました。では、基本の挨拶から始めましょう」
 シャートは快く応じ、にわか仕込みながらも冒険者達は、王宮でのマナーを習得することが出来た。晩餐会の始まりにはまだかなり間があるが、既に大広間には礼服姿の騎士の一団が早々と姿を見せている。
「あの方々はルカード・イデル殿と、その戦友の達です。あなた方冒険者の皆様も、この地では同じく騎士身分。対等の者同士ですので話をするに堅苦しくなることはありません」
「では、主賓殿に挨拶を」
 シャートに紹介されるや、カッツェ・シャープネス(eb3425)が真っ先に歩んで行く。
 ルカードの側まで来ると、先に教えられた通りに挨拶。右手を折り曲げ、手の平を左胸に当てて軽く会釈すると、ルカードも同じ挨拶を返してきた。
「私はカッツェ・シャープネス。ジ・アースよりこの世界へ参りました。宜しければ座って話しませんか?」
 改まった口調でテーブルを示したが、ルカードは辞退した。
「騎士なる私が、招待主を差し置いて先にテーブルに着くことはできませぬので。ですが、今なら話はできます。晩餐会が始まれば、私はマリーネ姫の元から離れられなくなるでしょう」
 そういうわけで、二人は立ち話。
「ジ・アースでは『冒険者は野蛮だ』などと吹聴する向きもあります。ですが、正しい冒険者を目指すべく養成学校があり、正義のために生きる冒険者も少なくはありません」
「それは私どもとて同じこと。大貴族の中には『たかが騎士ふぜい』と蔑む者もおりますが、この国には先王レズナー陛下の設立なされた騎士養成学院があり、騎士道にその身を捧げんと学院の門をくぐる若者たちは、決して少なくはないのです。かく言う私も没落貴族の出自ながら、故郷の町の人々の支援あって騎士学院で学ぶ機会を得、今はこうして海戦騎士の身分にあります」
 そんな話をするうちに、給仕たちがテーブルの飾り付けを始め、早めにやって来た来賓たちがルカードの周りにも集まり出した。
「失礼ながら、話はこれまでとしましょう。私には相手を務めねばならぬ方々が数多くおります故」
「では、機会あらば後ほど」
 カッツェは話を切り上げたが、冒険者たちの依頼主であるマリーネはまだ現れない。やがて大広間は着飾った人々で一杯になる。貴族に騎士に大商人、そしてその奥方に令嬢たち。招かれた客達の殆どが出揃ったであろう頃合いになり、ようやくマリーネが姿を現した。それまで静かな調べを奏でていた宮廷楽師たちが、一段と高らかにファンファーレを鳴り響かせる。大勢の取り巻き達を引き連れたマリーネは、着飾ったその姿を真昼の太陽のごとくに輝かせて、居並ぶ来客たちの見守る中を進み行く。その歩みに合わせて、次々と会釈する人々の頭の動きが、さながら海の波のようにも見えてくる。マリーネはさしずめ、盛大に波を立てながら人の海を行く豪華船といったところか。
 マリーネの歩みは大広間の中程で止まった。彼女の目の前には、立て膝を付いた不動の姿勢で出迎えた騎士がいる。海戦騎士ルカード・イデルだ。マリーネが優雅に右の手を差し出すと、ルカードはその手の甲に恭しく口づけした。会場の誰もが注目する中、マリーネから海戦騎士に言葉がかけられる。
「海戦騎士ルカード・イデルよ。貴方の成し遂げたる数々の武勲、耳にしております」
「お褒めに与り、光栄至極にございます。マリーネ姫より晩餐会の主賓として招待されるはまたとない栄誉。このルカード、一番に城へ駆けつけて姫様をお待ちしておりました」
 ルカードはマリーネの手を取り、用意された中でも一段と大きなテーブルへと案内した。まずマリーネがテーブルに着き、続いてルカード、さらにマリーネと親しい貴族たちが着席する。その後も大勢の偉そうな者たちが、入れ替わり立ち替わりでマリーネのテーブルに挨拶に訪れる。冒険者たちはなかなか出る幕がない。それでも辛抱強く待ち続け、ようやく依頼主の元へ進み出る機会を得た。
「最初に私が声をかけます」
 凛々しく礼服に身を包んだファリム・ユーグウィド(eb3279)が言う。ハーフエルフの耳は、今は髪の下に隠している。
「では、俺はファリムの右に」
 と、同じく礼服姿のカルナックス・レイヴ(eb2448)。
 そして冒険者一同はマリーネの前に進み出る。皆は先ず、騎士の礼に倣って立て膝を付き、頭を垂れて深々と一礼。
「依頼を受けた冒険者たちでございますわ」
 取り巻きの侍女の一人がマリーネに耳打ちした。
 マリーネは座ったまま、皆の先頭に控えるファリムにその右手を差し出した。先にルカードがしたように、ファリムはその手の甲に恭しく接吻。
「礼儀作法はわきまえているようですね。先ずは名乗ることを許しましょう」
 そう言葉をかけるマリーネの声には冷たい響き。歳は14だと聞いてはいたが、丹念の化粧を施されたその顔はいやに大人びて見える。美しき仮面のごとくに取り澄ました大人の顔だ。
「初めましてマリーネ様。私はファリム・ユーグウィドと申します。女の身でありながら男のごとくに装っていますが、こういうのはお嫌いですか?」
「いいえ、強き女は好きです。貴方にはその礼服をまとうだけの強さがあるのでしょう?」
「お褒めに与り、恐縮でございます」
 ファリムは一礼して下がり、続いてカルナックスが一礼。
「名乗りなさい」
 マリーネの命令調な言葉に、カルナックスはにこやかな笑みをもって答えた。
「クレリックのカルナックス・レイヴにございます。以後、お見知りおきの程を。実はこの度、お近づきの徴として天界の珍しき品を献上差し上げたいと、携えて来た者がおります」
 カルナックスが手招きし、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が進み出る。
「お会いできて光栄の極みです、マリーネ様。天界人のベアルファレス・ジスハートと申します。ベアルとお呼び下さい」
 献上品は、地球から持ち込んだソーラー腕時計。マリーネに直接渡そうとしたが、受け取ったのは傍らに控える侍女。
「確かに受け取りました。では、ファリムとカルナックスはここに。残りの者は下がりなさい」
 召使いに命じるような口調で言葉を返すマリーネ。このお姫様、献上品には馴れきっているようだ。

 ヴィクトリア・ソルヒノワ(ea2501)はかなり遅れてやって来た。
「ああ、勝手が分からないもんだから、すっかり遅くなっちまった。ああ、あれが主催者だね?」
 マリーネは大勢に囲まれているので、すぐに居場所が分かった。礼服姿のヴィクトリアはゆったりした足取りでマリーネに歩み寄る。
「何。とりあえず自分が何をされたら不愉快かと考え、それをしない様にすれば、最低限の礼儀になるさねえ」
 マリーネの前に立つと、胸を張って丁寧に挨拶。
「あたいは、ジ・アースはイギリスから来た、ジャイアントナイトの称号持つヴィクトリア・ソルヒノワ。晩餐会にお招き、感謝するねえ」
 すると、マリーネは不機嫌な顔でぷいと横を向く。
「え!?」
 横合いから歩み寄ったファリムが、ヴィクトリアの耳に囁いた。
「この地では、格下の者が格上の者より遅れて来るのは不作法。格下の者が格上の者へ先に声をかけるのも不作法なのです」
「そうだったのかい。また随分と堅苦しいねぇ」
 すると、マリーネと共にテーブルに着いていた、凛々しい騎士が立ち上がって挨拶した。
「初にお目にかかります。私は海戦騎士のルカード・イデルと申します」
 ヴィクトリアの顔がほころび、一礼してテーブルに着く。
「宜しかったら、武勇伝など披露してもらえるかい?」
 話を向けながら皿の上の料理に手を伸ばすと、その手をカルナックスがぴしゃりと叩く。
「痛!」
 手を引っ込めてカルナックスの顔を見て、続いて辺りを見回して、ようやくマリーネとその取り巻きたちが白い目で自分を見ているのに気付いた。
 カルナックスはにっこり笑ってマリーネに取りなす。
「不躾者が失礼を致しました。これ以上のお目汚しなきよう、ここはこの私めが取り計らいまする」
「どういうわけだよ?」
 不満気なヴィクトリアの耳に、再びファリムが囁く。
「格上の者から勧められる前にテーブルに着くのも不作法。格上の者をさしおいてゲストを横取りするのも不作法です」
 これにはヴィクトリアもげんなり。すると、カルナックスがその背中を押し、普段の口調で耳打ちした。
「悪いが、俺の言う通りにしてくれ。今はマリーネの歓心を買うべき時なんだ」
「まあ、仕方ないね」
 馴れぬ新天地で状況を見極めるため、ここは我慢。
「とりあえずルカード殿の戦友たちの所に行ってくるか」
「それがいい。彼らが相手なら礼儀作法にさほど気を使うこともない」
 離れ行く仲間を見送ると、カルナックスは艶やかに着飾った大広間の淑女たちに目を転じてほくそ笑む。
「いや、こっちの世界も美女がいっぱいで全く嬉しい限りだ」

●分国王ジーザム・トルク
 貴族界での成功を望む者であれば、国王陛下に近しいマリーネと少しでもお近づきになろうと欲するのは当然のこと。麗しき寵姫の周囲には、貴族界デビューしたてのご子息やらご令嬢やらがずらりと控え、マリーネに声をかけられる瞬間を今か今かと待っている。その列の中に居た山下博士(eb4096)になぜマリーネが声をかける気になったかというと、鎧騎士用の高級鎧であるゴーレムマスターを着こなしながらも、もじもじと顔を赤らめる少年のその姿が、あまりにも可笑しく見えたからだ。
「貴方、何をそんなに真っ赤になっているの?」
「き、きれいだから‥‥」
 マリーネはくすっと笑い、その笑いはそこに居並ぶ者達にも広がっていく。
「貴方は天界人? こちらにいらっしゃい」
 はいと答えて博士が進み出た瞬間、右のご子息がその背にさりげなくひじ鉄を喰らわせ、左のご令嬢がさりげなくその足を踏んずけた。抜け駆けされて嫉妬したのだが、不意の攻撃をくらってよろめいた博士の姿に、またも笑いが起こる。
「ゴーレムに乗る前に、自分の足でしっかり歩く練習をしなさいな」
 言いながら、マリーネは自分の真正面の席を示す。取り巻き達が向ける視線は、珍獣を見るような視線。次は何をどう喋ればいいのか博士は悩んだが、タイミング良く助けが現れた。
 分国王ジーザム・トルクがやって来たのだ。
「分国王陛下に、敬礼!」
 先ほどまでとはうって変わって、凛としたマリーネの声が響く。宮廷楽師達による勇壮なシンフォニーが鳴り響く中、堂々と歩むジーザムには紛うことなき王者の威厳と貫禄とが備わっていた。大広間に居合わせた全ての者が敬礼し、マリーネとルカードもテーブルを離れ、身を低くしてこの禿頭の分国王を出迎える。ジーザムは重みある声で二人に言葉をかけ、導かれるままに大広間の最奥のテーブルへと歩む。そこは最も高貴なる場所、国王と分国王のみが主となることを許されるテーブルであった。
 ジーザムには同行者がいた。齢30歳ほどの、端正な顔をした男である。身に纏う礼服の格調の高さからも、その男がジーザムに近い筋の人物であることが見てとれる。
「あのお方は如何なるお方かな?」
 座興の準備を進めながら訊ねるベアルファレスに、給仕が恭しく答える。
「ジーザム陛下の異母弟であらせられるルーベン・セクテ殿でございます。陛下と同じく、高潔にして公正なるお方であると伺っております」
 その言葉には単なるお世辞以上の響きが籠もっていた。

●公開処刑
 ジーザムのテーブルから遠く離れたテーブルでは、ルカードに付いてきた海戦騎士たちがどよめいていた。
「おお! 我らがルカード殿がマリーネ様共々、ジーザム陛下と同じテーブルに招かれた!」
「何たる光栄! 何たる名誉!」
 それまで海戦騎士たちと武勇談に興じていたヴィクトリアも、首を伸ばして奥のテーブルを見やる。
「あれがジーザム陛下ねぇ。‥‥おっと、仲間が呼んでる。座興の始まりだ」
 大広間の中央には舞台が設えられ、先ずベアルファレスがそこに立つ。
「皆様方、ここに珍妙なる猫ダンスが始まりますぞ。どうかご注目を」
 続いて富嶽源(eb4255)とルティエとユパウルとが、不良冒険者のタンゴを引っ立てて現れた。見せしめのため、タンゴにはネコの着ぐるみ。さらに首輪と尻尾付き。強引に首輪の鎖を引っ張る源。対するルティエは恭しくタンゴの手を取り、ユパウルは貴婦人のドレスの裾を持ち上げてエスコートするように、タンゴのネコ尻尾を持ち上げて進む。その姿の滑稽さにあちこちで笑い声が。ここでベアルファレスはマリーネに一礼。
「不届きなる猫をお連れいたしました、マリーネ様」
 煤を練ったインクを使い、タンゴの顔にネコのヒゲを黒々と描き込む源。笑い声がさらに高まる。
「悪いが、こっちも仕事なんでな」
 ついでに何か隠し持っていないかと、タンゴの体に手を伸ばした途端。
 ばしいっ! 源は思いっきりひっぱたかれた。
「フン‥‥未だ礼儀をわきまえぬとは。やはり知性も猫並みという事だな」
 源に代わってベアルファレスが首輪の鎖を握り、弄ぶようにじゃらじゃら揺らす。
「フフフフ‥‥さあ、踊れ!」
「フニャアーッ!!」
 いきなりタンゴはベアルファレスに飛びかかり、押し倒した。暴れるタンゴを源が取り押さえようとし、ルティエとユパウルはなだめすかす。その3人を相手にして、タンゴは猫のような身軽さでぴょんぴょん飛び回る。その有様はまさしく猫ダンス。源に蹴りを加え、ルティエを平手打ちし、ユパウルをうなり声で脅すと、タンゴは舞台から飛び降りて逃走を図る。その前に立ちはだかり、襟首を掴んだのはヴィクトリア。タンゴの耳元にこっそり囁く。
「ここは我慢をし。一歩退いてこそ得られる物はあるさ。ここで遭ったのも何かの縁。あたいらに手伝える事があれば、何なりと言い」
「ふん!」
 タンゴはそっぽを向いた。
 大広間は今や笑いの渦の中。マリーネも大笑い。しかしそこは分国王の御前、失礼を詫びてテーブルを離れる。すかさずマリーネに料理の盆を差し出すカルナックス。盆を受け取った姫が舞台に上がるのを見てニヤリと笑う。事の進展は自分の望む筋書き通り。悪趣味なノリだが、この辱めに対するお偉方の反応を見れば、その人物の真価も推し量れよう。
「芸を見せたご褒美です。さあ、お食べ。ネコのように」
 床に置かれた盆に、手と足とを使ってにじり寄るタンゴ。そして盆の上の料理に食らいつく。またも湧き起こる大笑い。
 続いてリセットとファリムが舞台に上がり、タンゴを立ち上がらせる。
(「このお芝居を継続しますか?」)
 チャイナドレスに先祖伝来の勲章を輝かせたリセットは、声を出さずに唇の動きだけで伝える。
(「おだまり」)
 タンゴも唇の動きだけで言葉を返す。
(「プライドを一時休眠させて、道化に徹してください」)
(「余計なお世話よ」)
 ファリムがタンゴの頭にネズミを載せる。厨房の料理人に頼み、リンゴを削って作らせたネズミである。タンゴの背後には木の板が立てられた。
「それではネコの頭上のネズミを、見事に仕留めてみせましょう」
 見守る来客達に挨拶すると、リセットはナイフを投げつけた。ナイフは大きく逸れ、タンゴの首筋ぎりぎりで板に突き刺さる。見守る者達は目を見張り、息を飲む。
「あら、当たりませんわね」
 続くナイフも次々と狙いを逸れ、タンゴの体ぎりぎりで板に突き刺さる。勿論、観る者にスリルを味合わせる演出だ。
「それでは、私が」
 リセットに代わってファリム。手にする弓を一杯に引き、ためらわず矢を放った。
 ゴン! 矢が板に突き刺さる音。頭上のネズミは見事に貫かれ、盛大な歓声がファリムを包んだ。

●ジーザム馬車を引く
 不良冒険者への辱めはますますエスカレート。舞台が取り払われ、馬車が持ち込まれる。
「これより不届きなる猫めに、へとへとになるまで馬車を引かせてご覧に入れます」
 貴族の馬車である。小型だが馬に牽かせるだけあって重たい。マリーネが意気揚々と馬車に乗る。
「さあ、お前たちもお乗り」
 誘われて、侍女たちもはしゃぎながら乗り込み、馬車はますます重たくなる。
「さあ、お牽き!」
 高飛車に命じるマリーネ。タンゴが牽き具を抱え、歯を食いしばって1歩2歩と足を進め、馬車の車輪がごろりと回り、途端にタンゴの足が滑った。無様に転んだタンゴに嘲笑の嵐。さらにマリーネの嬌声が追い打ち。
「あはははは! 怠けないで馬車をお牽き!」
 その有様を見て、セデュースは嘆息。凝らしめは程々にしてタンゴに名誉回復の機会をと思っていたのだが、その頼みをマリーネは聞き届けなかったのだ。
 アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)も離れた場所から様子見。ルカードは何をしているかと目をやれば、分国王に一礼してテーブルを離れるのが見えた。すかさず彼女はルカードに近づき、声をかけて迫る。
「女性をあの様にして辱めるのがこの国の騎士道なのか」
「少なくとも私の騎士道は違う。かくのごとき辱め、分国王と席を同じくして見物するには堪えぬ」
「今の言葉、マリーネ姫にも聞かせてやりたいものだ」
 ルカードは何事か言いかけた。だが言葉は出ず、黙って唇を噛む。
「誰か、彼女の代わりに馬車を引く、強く逞しく義侠心に篤い騎士の中の騎士様。偉大なる君主にして吾らが主、エーガン大王陛下の第一の家臣として、大王陛下の次に万歳と、並び褒め称えられるに相応しい真の騎士様はいらっしゃいませんか!?」
 馬車の前で博士が呼びかけている。彼こそはこの処刑方法の考案者。しかしながら真に憎い口上である。その声を聞き、ルカードの足が馬車に向かう。野心あふれる若い騎士や、誉れ貴き幾人かの騎士も歩み出る。だが、彼らの歩みは突然に止まった。
 分国王ジーザムまでもがテーブルを離れ、馬車へと歩んで来たのだ。見守る誰もが息を呑む。度の過ぎた羽目はずしぶりにお怒りになったか? その顔はかつて見たこともない程に険しい。
「あ‥‥!」
 ジーザムが牽き具に手をやり、肩に担ぎ上げた。その渾身に力がみなぎり、皆があれよあれよと見守るうちに馬車が動き出す。1歩、2歩、3歩、4歩、ジーザムの歩みを止まらない。気がつけば馬車は大広間を出て、その先の広い廊下へと乗り出していた。
「ジーザム陛下! ジーザム陛下!」
 馬車の上でマリーネが泣き叫ぶように声を張り上げる。大広間にいた者たちも、分国王の名を呼びながら大慌てで後を追う。騒ぎを聞きつけてやって来た衛兵たちも、馬車を引くジーザムの姿を見るなり、その後を追いかけて行く。
 馬車は城の中を一回りして、大広間に戻って来た。
 馬車を止めるや、勢いよく牽き具を床に投げつけるジーザム。マリーネが馬車から飛び降り、ジーザムの前にひれ伏す。そして侍女たちも。しばし、息の詰まるような沈黙が続く。
「マリーネよ」
 ようやく発せられたジーザムの声は、驚くほど穏やかだった。
「民を率いて王道を行くとは、重き馬車を牽きて長き道を歩むが如し。そなたもその事をわきまえても良き年頃であろう」
「お言葉通りでごさいます、陛下」
「いつかそなたにも、重き馬車を牽きて試練の道を歩む時が来よう。その時のために、今日のことを忘れるでないぞ」
 そう言葉を残すと、ジーザムはマリーネに背を向け、遠ざかってゆく。
「ジーザム分国王陛下が御退出なさいます! 分国王陛下に敬礼!」
 マリーネの声が響く。皆が敬礼する中、ジーザムは大広間を退出。お供のルーベンもそれに続いた。
「ジーザス教の聖典に、次の言葉がある。『いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい』とな」
 アルクトゥルスのさりげなく呟きを、ルカードは聞き逃さなかった。
「まさしく、それが騎士道だ」
 ジーザムの姿を見送りながら、博士は中国で上演される芝居の一場面を思い出す。
――太公望は車に乗り、文王に車を曳かせた。文王は280歩で、梶棒を落としてしまう。太公望は「すぐ拾い上げて曳き続けよ」と叱咤する。再び曳くが、後ろから助ける者がいる。449歩で目がくらんで尻餅をついてしまう。この結果、周の天下(西周)は280年続き、挫折する。その後再興し(東周)449年続くが、この時は常に覇者の助けを借りければならなかった。――
 王が馬車を引いて歩いた歩数が王朝の続く年数。もしもジーザムがウィルの国王となれば、その王朝はさぞや長く続くやも知れぬと思った。

●侵入者
「やれやれ。とんだ騒ぎだったな」
 ジーザムの姿が廊下に消えるや、ルティエは大広間に視線を戻す。そして気付いた。
 来客の中に、粗末な服を着た娘が紛れ込んでいる。
「今の騒ぎの間に紛れ込んだな」
 ルティエが娘に近づくや、娘は逃げるように駆け出す。
「待つんだ!」
 娘が駆けて行く先にはマリーネ。自分に近づいて来る娘の姿を見て、その表情が凍り付く。リセットも娘を制止しようとするが、間に合わない。
 マリーネの傍らに控えていたカルナックスが動いた。その手にはホーリーシンボルの十字架のネックレス。高速詠唱でコアギュレイトの呪文が放たれる。
 唐突に娘の体が床に倒れた。彫像のように硬直して動かない。
「ご安心を。神聖魔法の力により、不埒者めを取り押さえました」
 恭しく一礼するカルナックスを後目に、怖々と娘に歩み寄ったマリーネが、爪先でその体をつつく。それでも動かないのを確かめるや、マリーネの顔に怒りの色がありありと浮かぶ。
「持ち上げよ!」
 命じられた衛兵たちが、動かぬ娘の体を立ち上がらせる。やにわに、マリーネは娘の体に蹴りを入れた。
 ぱこ! 間の抜けた音がした。博士がとっさにマリーネと娘の間に割り込んだのだ。マリーネの足は博士の着るゴーレムマスターの硬い皮に跳ね返されていた。
 ぱこ! マリーネの再度の蹴りが、再び高級鎧に跳ね返される。
「なぜ、邪魔をする!?」
「貴女に暴力を振るわせたくありません。本当は優しい人だから‥‥」
 ばしいっ! マリーネの平手打ちが飛んだ。思わず口元を押さえる博士。その指の間から赤い血が‥‥。
「あ‥‥!」
 顔色を変え、後退るマリーネ。カルナックスが博士の口の中を覗き込む。
「どれどれ? おや、歯が折れてますな」
「‥‥心配いりません。抜けかけていた乳歯ですから」
「では、私めのリカバーの魔法で。‥‥さあ、もう大丈夫。血も止まりました」
 そうする間にも硬直した娘は衛兵たちに連れ去られ、マリーネは決まり悪そうな顔で博士を見ていたが、やがてその顔に鼠をいたぶる猫のような笑いが浮かぶ。
「私を守ろうとする忠犬のごときその心意気、見上げたものです。ならばそれに相応しき称号を授けてあげましょう。貴方は今日から私のペットにおなりなさい!」
 見守る人々のあちこちから失笑がくすくす聞こえ始める。やがてマリーネが運ばせた絹の首輪が填められるに及び、宮中を揺るがす大笑いに変わった。
「昔飼っていた犬のものです。貴方はその名を襲ぐのです。さぁパコパコ。今から貴方は子爵です。何時でも私に話しかけてくることを許しますよ。先代もそうでしたから」
 子爵と言っても格式身分であり寸地の封地も持たない。宮中の貴人に飼われる愛玩動物は、参内資格を持たせるために便宜上貴族の位を与えられているのである。犬扱いとは言え子爵は子爵。笑いを堪える下級貴族からの礼を受けた。

「見つけましたよ、猫さん。あなたにお手紙です」
 やって来たシフール便の配達人が、タンゴに手紙を渡す。
「あ、そう」
 素っ気なく受け取るタンゴ。それは長渡泰斗という冒険者からの手紙だった。

「やっと終わったね」
 晩餐会の終わった後で、ヴィクトリアはほっと一息ついた。ルカードはマリーネの見送り。馬車に乗り込むマリーネの手の甲にうやうやしく接吻。やがて馬車が発ち、その姿が道の向こうに見えなくなると、ルカードは待っていた海戦騎士たちの所に帰ってきた。
「堅苦しい晩餐会も終わったことだし、これから気心の知れた者同士で飲みにいかないか?」
 誘いをかけるヴィクトリア。カッツェも持ち寄ったシェリーキャンリーゼを示す。
「これは『シェリーキャンの涙』と称されるほどの、上質の貴腐ワイン。 これ以上の美酒はございません。どうか私達の友として、酒を酌み交わす機会を戴けないでしょうか?」
「喜んで。さて、酒を酌み交わす場所はどこが宜しいかな?」
 ヴィクトリアの答は決まっていた。
「冒険者酒場だね。友同士で語り合うなら、あそこが一番さ」
 その晩、海戦騎士と冒険者は夜遅くまで語り明かし、持ち寄ったシェリーキャンリーゼはすっかり空になった。