寵姫マリーネの宝物2
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月14日〜02月20日
リプレイ公開日:2006年02月19日
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●オープニング
話は海戦騎士ルカード・イデルを主賓に迎えての、あの宮中晩餐会に遡る。
着飾った大勢の殿方に奥方、騎士に淑女がひしめく大広間には、セレ分国から訪れたエルフの貴族、リシェル・ヴァーラ子爵の姿もあった。爵位は子爵にすぎぬとはいえ、彼女は名門の一族の出にして才知と人徳と気品とを兼ね備え、加えて美貌の持ち主でもあるが故に人気は高い。セレ分国では勿論のこと、ウィル国内においてもリシェルを慕う者は少なくない。
マリーネ姫にとってもリシェルは別格だった。だから姫はリシェルのために、分国王ジーザムと自分の次に位置するほどに高貴な席次のテーブルを用意した。さらに、王宮にごろごろ転がっているありきたりの子爵が相手なら、平気で自分のテーブルに呼びつけるところを、リシェルに対してはマリーネ自らがそのテーブルに出向き、恭しく挨拶したのである。
その時、リシェルは冒険貴族として知られるハーベス・ロイ子爵および、彼に雇われた冒険者たちと歓談の最中だった。
「まあ、マリーネ姫。お久しぶりですこと。実は私たち、ヒュージドラゴンの羽根のことを話していたのです」
「ヒュージドラゴンの羽根?」
「そうです。つい最近の噂ですが、ヒュージドラゴンの巨大な羽根がシーハリオンの麓に幾つも降ってきたというのです。こちらのハーベス・ロイ子爵様は近々、フロートシップに乗ってシーハリオンの巡礼の旅に出ようと計画中で、そのついでに噂が本当のことなのかどうか確かめてみたいとお考えなのです」
「まあ! あの偉大なるヒュージドラゴンの羽根が幾つも降ってきただなんて! もしもその噂が本当ならば、私はヒュージドラゴンの羽根を使って、羽根のコートを作って差し上げますわ! そして1着目をエーガン・フオロ国王陛下に、2着目と3着目をコハク・セレ分国王陛下とジーザム・トルク分国王陛下に、そして4着目を貴方にプレゼントして差し上げますの! もちろん5着目は、ルカード・イデル様のプレゼントに!」
「流石は才女の誉れ高き姫様。そのお考えは常人には想像もつかぬほどに独創的で、感服いたします」
すかさずマリーネを持ち上げるハーベスであった。
「ハーベス。シーハリオンの巡礼にはいつ出発するのです?」
「近々、フロートシップの馴らし運転も兼ねて、まずは国境に近い宿場町ウィーに向かい、事前の準備を行います。その後、セレ分国王陛下から通行許可を頂きましたなら、セレ分国領内を経由してシーハリオンの麓へと向かう計画です」
「私も国王陛下にお伺いを立て、陛下がお許しになりましたなら、共にシーハリオンへ向かいましょう。その日の訪れを楽しみにしています」
そう言うと、マリーネは一礼してその場より辞した。リシェルもハーベスも、姫の言葉は単なる社交辞令だと受け取っていた。しかし、二人は間違っていた。
「姫様、宿場町ウィーに向かうのは考え直した方が宜しゅうございます」
取り巻きの侍女の一人が、マリーネの髪を梳きながら御進言する。
「何故です? 何か理由でも?」
「あの町にドラゴンが出たからです」
一瞬、マリーネは呆気にとられ、侍女は続ける。
「噂によれば、空飛ぶ大きなドラゴンがどこからともなく現れ、町の上空を何度も旋回して去って行ったとか。町の者達は、今にもドラゴンが襲って来るかもしれぬと恐れおののいたということです。他にも色々と不吉な噂があり、たとえば血塗れのヒュージドラゴンの羽根が空から降ってきたとか」
侍女は髪を梳く手を止め、マリーネの反応を見る。マリーネの言葉はつんつんした声で返ってきた。
「あの町の住人は、私が町を訪ねるのをよほど嫌がっているようですね。だから、そんな噂を流して私を寄せ付けまいとするのでしょう? 許せませんわ」
「そうですわね。事によると町の者達は、王家に対する謀反でも企んでいるかもしれませんわ」
「きっと、そうに違いありませんわ。そういうことなら、このマリーネが調べて参ります。そのように話をすれば、国王陛下もお許しになるはず」
侍女はにっこり微笑んだ。
「さすがマリーネ様、よく分かっておいでですね」
「当然でしょう? 私は頭が良いのです。ハーベスと同じように、私も自分のフロートシップに乗って町に行きましょう。ドラゴンの噂が本当かどうかを確かめ、もしも反逆者が隠れているなら捕らえます」
「では、良きご旅行を」
マリーネの髪を整え終えた侍女は退出し、入れ違いにお抱えの絵師が現れた。
「注文した絵はどのくらい進んでいますか?」
「下絵の中程でございます」
書きかけの絵を示す絵師。絵には立ち姿のマリーネ姫と、あたかも忠犬のごとくにマリーネの足下の地べたに座って寄り添う少年の姿が描かれていた。
「画題は『愛犬ぱこぱこ子爵殿に懐かれる麗しきマリーネ姫』でございます」
マリーネの脳裏に晩餐会の光景が甦る。ペットの称号と共に絹の首輪を付けられた天界人の少年を前にして、必死で笑いを堪える下級貴族たち。自分達よりも遙かに上席に居るが、妬みどころか憐憫を覚える者もいるようだ。イスも与えられず床に座って食事する少年に、御挨拶と称して恭しく喉や頭を撫でる一人一人の顔がリアルに甦り、思わずマリーネもくすりと思い出し笑い。その後で絵師に告げる。
「完成を急ぎなさい」
「はっ」
絵師が退くと、マリーネは手元の呼び鈴を鳴らす。現れたのは取り巻きの衛士の一人。
「海戦騎士ルカード・イデルを呼びなさい。ウィーの町へ同行させ、フロートシップの指揮を取らせます。ついでの暇つぶしに、冒険者達も連れて来るよう命じましょう。私は退屈するのが嫌いです」
「承知しました」
衛士は下がろうとしたが、それをマリーネが呼び止める。
「そういえば、先の晩餐会に乱入したあの娘はどうなりましたか?」
「取り調べたところ、反逆者の一味であることが判明。牢にぶち込み、さらに厳しく取り調べを続けております」
「そう。下がりなさい」
マリーネの口調には、もはや娘には何の興味もなさそうな響き。
「事の経緯はそういうことです」
自ら訪れた冒険者ギルドのカウンターで、海戦騎士ルカード・イデルが礼儀正しく告げる。
「マリーネ姫がウィーの町を訪れるにあたり、お乗りになるフロートシップを指揮せよとの命が、この私に下りました。姫にお仕えする侍女に衛士、フロートシップを動かす鎧騎士、それに私の配下の海戦騎士も同行します。冒険者たちの主な役割は、マリーネ姫が退屈されぬようお相手することですが、船の中での雑用と町での調査もその仕事に含まれます。ドラゴンや反逆者の噂もありますが、できることならドラゴンとの戦いは避けたいし、証拠もなく人々を疑って引っ立てることも避けたいところです。ですが、姫を守るためとあらば、やむを得ぬ手段を取ることに躊躇いはありません」
「承知致しました、ルカード様。では、良き旅を」
ギルドの事務員はにこやかな笑みと共に言葉を返し、ルカードが用意した依頼書をギルドの掲示板に張り出した。
『宿場町ウィーをご訪問されるマリーネ姫に同行する冒険者を求む。役割はマリーネ姫のお相手。並びにフロートシップ内での雑用と町での調査。ドラゴンや反逆者に出合っても、怖じ気づかぬだけの度胸ある者を歓迎す。但し、不要な戦いは極力避け、何よりも姫の安全を最優先すべし。緊急時、姫の安全に必要と有らばゴーレムグライダー使用を許可する』
●リプレイ本文
●下町の酒場にて
いつか来た下町の酒場。冒険者街から歩いてすぐの場所。
「マリーネ姫様が空飛ぶ船にお乗りになるなんて、いや大したものだねぇ」
噂は早々に広まっていた。
「なら、空飛ぶ船にお乗りになる姫様を見物に‥‥」
「馬鹿をお言いでないよ! 衛兵に捕まったらどうすんだい!」
そんな噂話が交わされる中、店で弾き語りしていたバードも話の輪に入る。
「実はわたくしも、姫様とご同行することになりまして」
「おや、あんたが! これは土産話が楽しみだねぇ!」
和やかに話は続くと思いきや、突然の怒声が雰囲気をぶち壊した。
「何が姫様だ、あのクソ女! 可愛いシーネを牢屋にぶち込みやがってぇ!」
店の中は一転、水を打ったような沈黙に包まれる。
「黙れ馬鹿野郎! てめぇも反逆者になりてぇのか!? 川の水で頭冷やせ!」
髭面の親爺が怒鳴り、酔い潰れた若者を担ぎ上げた。店の女将もそそくさとバードの手に金を握らせる。
「悪いけど、今日はもうお帰りよ」
店を出てしばらく歩くと、見回り中の衛兵に呼び止められた。
「またこんな所にいたか。遊び歩きも程々にしろよ」
それ以上の文句は言わないが、顔は覚えられたらしい。
「はい、気をつけます。では」
衛兵に一礼し、バードのセデュース・セディメント(ea3727)は冒険者街に足を向ける。手の中には銅貨がたったの5枚。
「今日の稼ぎもこれだけですか。お寒いですねぇ」
●出航準備
王都をぐるりと囲む城壁の外。フオロ城の雄姿を間近に臨む場所に設けられた発着所に、3隻のフロートシップが並ぶ。全長60mにもなる巨大な木造船、それが3隻も並んだ様は壮観だ。
「これが、マリーネ姫のお乗りになるアルテイラ号です。あれほどの大きさがありながら、その速さはさながら竜の飛ぶが如しとか。フロートシップに乗るのは、私にとっても初めての経験です」
船の指揮官となる海戦騎士ルカード・イデルが、背後に列をなして付き従う冒険者たちに説明する。
「宿場町ウィーまでは徒歩で10日余り、馬でも3日はかかります。それをこの船はたったの1日で行けると聞いていますが、私も実際に乗って確かめるまではとても信じられません」
姫お付きの衛士も船の下見に来ていたので、リセット・マーベリック(ea7400)は声をかけて訊ねた。
「姫様のことでお聞きしたいことが」
「申せ」
「国王陛下のご威光はこの国を遍く照らすとはいえ、意欲はあっても能力が足りずに姫の不興を買う方がいるかもしれません。無為な騒ぎが起きれば陛下の敵を利するだけ。そこで現地の領主へ伝えるため、姫の好き嫌いなどを教えて頂けないでしょうか?」
「姫は身分低き者どもとの顔合わせを好まれぬ。だが、子どもだけは別だ」
それを聞いて、姫は子ども好きな方なのだなとリセットは思ったが、続く衛兵の言葉に言葉を失った。
「子どもは便利だ。盾にも人質にもなるし、毒味役にも使える。訪ねる土地の者の中に姫の命を狙う者がいても、土地の子どもが姫を取り囲んでいれば、そう易々と手出しはできまい。食べ物の好みについては同行する料理人に聞け」
アルテイラ号の隣に停泊するミントリュース号は、ハーベス・ロイ子爵の乗船。一足先に宿場町ウィーに向かい、準備を調えるのがロイ子爵の役目だ。その船は出発の準備を終え、出発の時を待ばかり。甲板には話し合うユパウル・ランスロット(ea1389)とロイ子爵の姿。今回の視察行にあたっては連絡を密にし、情報共有を図るための相談は無事にまとまった。
「では、後ほど」
「うむ。ウィーの町で会おう」
船を下りるユパウルと入れ違いに、甲板から下ろされた折り畳み階段をリセットが駆け上る。先ほど聞き出した姫の好みをロイ子爵に伝えに来たのだ。出発に間に合ったので、フライングブルームを使いウィーの町まで飛ぶまでもなかった。
「このことは他に漏らさないようお願いします。それから‥‥」
姫の好みについて伝えた後、姫の歓迎にあたっての自分の計画を告げる。ロイ子爵は強い関心を示した。
「それは面白い! ならば、私の船に乗りたまえ。先に現地で準備することもあろう」
その誘いを受け、リセットはミントリュース号の船上の人となる。
続いて、ジャイアントのカッツェ・シャープネス(eb3425)がやって来た。連絡係に雇ったシフール便配達人、ユニとココナの2人をその肩に乗せて。
「わーっ! 大きい!」
「こんな大きな船が空を飛ぶなんて信じられない!」
はしゃぐシフール2人に、カッツェはしっかり言い聞かせる。
「船の中では行儀よくするんだぞ」
「大丈夫だよ! 僕たちプロの配達人だもの!」
ミントリュース号にユニを乗せると、カッツェはココナと共にアルテイラ号へ向かう。
やがてミントリュース号の出発時刻が来た。巨大な船体がゆっくりと空に浮かび上がる。船の速力は忽ちに増し、しまいには放たれた矢の如き速さとなって、その船影は西に延びる街道の先に消えた。
アルテイラ号の出発にはまだ時間がかかる。寵姫のお道行きに恥じぬご大層な飾り付けに、大量の食材や飲料水の搬入など、準備が大変なのだ。
雇われた人夫に混じり、飲み水の樽をごろごろと転がして行くヴィクトリア・ソルヒノワ(ea2501)の姿がある。
「あなたが手伝ってくれるんで、助かるわ」
お目付役の侍女も、このジャイアントの冒険者ににっこり。その横を通り過ぎて行くのは、仲間に作らせた弁当を山ほど篭に詰め込んだユパウルだ。
甲板からは隣の船がよく見える。騎士要請学院の訓練船で、今回の視察行に随行することとなったフロートシップ、ジニール号である。その甲板では騎士学生たちが、格闘訓練やゴーレムグライダーの発着訓練に励んでいる。
「次は船室の飾り付けを頼むわ」
「はいよ」
侍女に答えて、ヴィクトリアは大きく背伸び。
「さあ色々有るらしいけど、頑張ろうさねえ」
やがてアルテイラ号の出航の時が来た。幾人もの従者に囲まれたマリーネ姫の、いつにも増して煌びやかな姿が発着場に現れた。整列し、敬礼で迎える冒険者たちの中には、新しく仲間となった天界人、華岡紅子(eb4412)と草薙麟太郎(eb4313)がいる。道中で失礼なきよう、2人とも既に最低限の礼儀作法を学び、指揮官ルカードへの挨拶もきちんと済ませていた。
「全員、乗船したな? ‥‥何、冒険者が1人来ていない? 構わん。出航時間に間に合わぬ者は置いて行くのが船の決まりだ。では、いざ出発!」
海戦騎士ルカードの指揮の元、マリーネ姫と大勢の同行者を乗せたアルテイラ号が動き出す。壮大なフオロ城を頂く王都の姿がぐんぐん遠ざかる。
「何とか無事に乗れましたね」
甲板に立つ麟太郎は、ほっと一息の表情。
「町の外に出るいいチャンス。あの騎士様もイイ男だし♪」
答える紅子の瞳に映るは、部下の海戦騎士を率いて甲板を行くルカードの姿だ。
●御姫様のお食事時
空飛ぶ船といっても、そう高い所を飛ぶわけではない。万が一、船から人が落ちても命に関わらぬよう、アルテイラ号の飛ぶ高さは家の屋根ほどの高さだ。時速100キロは出せる船だが、やはり安全のために速度は程々に抑えてある。航路も直線ではなく、街道に沿って飛ぶ。町を離れれば森や平原が延々と続く土地柄、街道を見失うと迷子になる危険が大きい。時には街道を行く旅人の真上近くを飛んだりするが、空飛ぶ船の姿を見た旅人は皆驚いたように足を止める。船に掲げられた王家の紋章旗を見て畏まり、敬礼する者もいる。その街道の道幅もさほど広くはなく、野道から森道に変わる時には丈の高い木の下に隠れたりするので、そういう時は船の高度を上げて森を飛び越えることになる。
「前方に森! 上昇開始!」
船の見張りに立つ海戦騎士の声が響き、アルテイラ号がゆっくり上昇し始める。やがて、船の真下に森が現れる。
甲板に立つファリム・ユーグウィド(eb3279)はしばし、眼下に広がる森に見とれていた。城の尖塔ほどにも高い大木の先端が、手を伸ばせば届く程に近づいて見える。しかしファリムはやらねばならぬ事を思い出し、見回りにやって来たシャルロット・プラン(eb4219)に訊ねた。
「空いている時間、弓の訓練をしたいのだが。適当な場所は無いだろうか?」
「殊勝な心掛けですが、船の上では無闇に飛び道具を見せぬ方が宜しいかと。姫を狙う反逆者ではないかと、衛士に疑われるやもしれませぬ」
答えたシャルロットは、さらにもう一つ言い添える。
「くれぐれも船から落ちぬようお気をつけ下さい。木の枝に引っかかれば命は助かりますが、降りるまでが面倒です」
船を操縦する鎧騎士は腕がいいとみえ、揺れをほとんど感じない。船内の装飾は豪華。揃えられた調度品も全てが一級品。窓から外さえ見なければ、さながら王宮の一室にいるかの如き心地がする。
今はお昼時。重厚なテーブルには出来たての温かな料理が並ぶ。勿論、テーブルで一番いい席に座るのはマリーネ姫。その右隣は海戦騎士ルカードの席だが、姫の左隣はカルナックス・レイヴ(eb2448)の席となった。その愛想の良い物腰に加え、先の晩餐会での活躍により、姫に好感を持たれたらしい。神聖魔法の使い手ということで、衛士たちも一目置いている様子だ。もっとも姫に最も親密な距離にいるのは、言うまでもなく『愛犬ぱこぱこ子爵』こと山下博士(eb4096)である。先代の愛犬がそうしたように、寄り添う如くに姫の足下に侍っている。
食事毎に姫は冒険者の中から話相手を選び、食事を共にしながらその話を楽しむ。最初の話し相手に選ばれたユパウルは、多少なりとも心得のある服飾や絵画のことを話して聞かせた。
「ユパウルも絵を描くのですか?」
「はい。手遊び程度には」
「仮に私が貴方に、美しき絵を献上せよと命じたら、何を描きます? 美しき花? 美しき鳥? それとも美しき娘かしら?」
マリーネは予想以上に話に乗ってきた。美しい物への関心は人一倍とみえる。ふと、マリーネはユパウルの顔を見て微笑んだ。
「よく見れば貴方は凛々しく美しいお方。絵筆を握るよりも、絵の中に住まう方が相応しくありませんこと?」
「お戯れを。しかし絵の中に暮らすのも、そう悪くはないかと‥‥」
話すうちに妙な方向に話が進んで行く。そう感じたユパウルは頃合いを見て話を切り上げ、後をセデュースに譲った。
「それではこのセデュース、ドレスタットのドラゴン騒動の話をお聞かせ致しましょう」
セデュースの話の種は、ジ・アースにいた頃に聞いた噂話。ドラゴンの宝が悪魔に奪われ、その宝を取り戻さんとするドラゴン達が町に押し掛け大騒動。しかし最後にはヒトとドラゴンが手を携え、悪魔を倒して宝を奪い返した。──と、元となった噂話に自分なりの脚色を加え、面白可笑しく話して聞かせると、姫は夢中で聞き入る。
話の途中、姫がその意味を尋ねてきた言葉があった。
「ドラゴンの宝を奪った『悪魔』とは、どういうものかしら?」
「人々を惑わし悪の道へと引きずり込む、世にも恐ろしき魔物です。その住処は地の底の地獄にあり、その姿形は身の毛もよだつほどに醜悪なのですが、時には美男美女に化けて人を騙すこともあるのです」
「ああ、分かりました。この世界の『カオスの魔物』は、貴方の故郷の世界にもいるというわけですね?」
姫の言葉はセデュースの理解をも促した。悪魔はこの世界にも存在する。カオスの魔物として。
セデュースの話が一段落した頃、海戦騎士の一人がルカードへの報告に現れた。
「アルテイラ号の航行は順調です。この分なら今日の夕方にはウィーの町に到着するでしょう」
それを聞いて動揺したのはマリーネ。
「夕方に到着だなんて早すぎます! 私は今宵、この船の寝室のふかふかなベッドで眠ることを楽しみにしていたのに!」
すかさずルカードが対応した。
「分かりました。歓迎の準備が整わぬうちに着いてしまう恐れもありますので、町への到着は明日の朝となるように計らいましょう。直ちに船の速度を緩めます」
ルカードの命令が操縦室へと伝わるや、窓から見える景色の流れが格段に遅くなった。
「ルカード。今度は貴方の話を聞かせてください。そういえば貴方は、この春にもハンの国へ赴かれるのですね?」
求められたルカードの顔に、柔らかな微笑が浮かんだ。
「私とハンの国との関わりは、私の幼少の頃にまで遡ります」
始まったルカードの話に、カルナックスはじっと耳を傾ける。話題はハンの王家に近い貴族筋との深き親交。困窮の最中で出合い、時には苦労を共にし、今は美談として語られるまでになった仲。しかしカルナックスは心中の警戒心を捨てない。
(「有象無象が敵に回るよりも、彼やリシェルのような者がマリーネに害意を持っていた時の方がはるかに恐ろしい」)
ことに、外国の王族に近しい貴族を知古に持ち、ウィル国王や分国王からも将来を嘱望される気鋭の海戦騎士とあっては、なおさらだ。
だが、人の本音はこのような場ではなかなか露見せぬもの。それを知る為とあらば、時には裏からの探りを入れることも必要となろう。
●持てる者と持たざる者
同乗する海戦騎士達は麟太郎に好意的だった。
「これが船の操縦室だ。‥‥おっと、今は操縦中だから入れない」
話によればこのフロートシップは最新型で、ゴーレムのそれに類似した球形の制御胞に鎧騎士が乗り込んで操縦するという。船は通常、正操縦士1名と副操縦士2名の合計3名で操縦されるが、緊急時には1人でも動かせるそうだ。
船の格納庫にあるゴーレムグライダーも見せてもらった。
「航空力学と精霊魔術の融合ですね。これこそ異文化交流の粋じゃないですか」
思わず機体を手で撫でたくなったが、それは海戦騎士に止められた。
「後で何かあったら責任問題になるからな。まあ、緊急時のために使用法だけは教えておこう。機体に跨り、そして念じろ。運が良ければ墜落せずに飛んでくれるぞ」
冗談めいた言葉を口にして、海戦騎士は笑った。
マリーネ姫の食事の後は、侍女や衛士たちの食事の番。いつもは慌ただしく済ませるのだが、今回は冒険者たちが大いに手伝ってくれるので、仕事が減った分だけ時間に余裕がある。まめまめしく手伝いを行ったヴィクトリア、紅子、ルティエ・ヴァルデス(ea8866)の3人も食事のテーブルに招かれ、そこでセデュースが面白可笑しく語る話を共に楽しんだ。料理の食材は姫が食した後の残り物も同然だが、料理人の腕がいいから味も上々だ。
「不味い料理を出したら首が飛びかねませんからね。自然と鍛えられますよ」
これはテーブルを共にした料理人の弁。食事が終わる頃には、冒険者たちはマリーネの取り巻きたちとうち解けて話し合う仲になっていた。
「俺は貧乏貴族の出でな」
衛士の一人が言う。
「俺に限らず、貴人の付き人にはそういう境遇の者が多い。そんなわけで世の中の苦労もひとしきり経験済みだ。困った事があったら相談に乗るぞ」
「ところで、先の晩餐会に乱入して捕らえられた娘ですが‥‥」
セデュースが訊ねるや、にこやかだった衛士の顔が真顔になる。
「その事については何も知らぬ方が身のためだ」
食事が終わると、侍女の一人がルティエに言いつけた。
「船底の使用人の部屋まで食事を運んでくれない?」
仰せの通りにと返事して、ルティエは食事を持って船底へ。固いパンと薄いスープだけの素っ気ない食事だ。教えられた部屋をノックすると、かび臭い臭いと共に扉が開く。部屋には荷運びや雑用に雇われた男どもが詰め込まれ、無愛想な顔でルティエから食事を受け取った。扉が閉じた後、しばしその場に留まったルティエの耳に、男たちの罵り声が聞こえてくる。
「あの冒険者ども、俺達の仕事を奪いやがって。これじゃろくな給金も貰えねぇぜ」
●お姫様の晩餐
船体を照らしていた夕日も漆黒に変わった頃、船内では豪勢な晩餐の時を迎えていた。
いつものようにマリーネの両脇の席にはルカードとカルナックス、そして足元には愛犬ぱこぱこ子爵こと博士。
マリーネが食事をする傍らで、博士は甘えたように身を寄せ料理を覗く。いやしい気持ちからの行動ではない。
しかしマリーネは苦笑をもらして自分の皿のものを取り分けて博士の足元へ置いた。
博士はその皿を覆うように身を丸くすると、事前に折っておいたシルバーアローの矢尻を料理の中に突っ込んだ。中に砒素が仕込まれていないか調べているのだ。何の変化も現れなかったことで博士はホッとし、料理に手をつけた。
その様子を眺めていたカルナックスは、博士が食事を始めると視線を周囲に巡らせた。そうしながら、彼はマリーネのことを思った。
(「母親が殺害されてからの日々を、いつか自分にも同じようなことが起こるのでは、と不安がっているのか? ‥‥いつかマリーネを庇護してくれそうな人物や、安全な嫁ぎ先を見つけるまで彼女を護るのが、俺の使命だ」)
カルナックスは心の中で固く決意した。
その後、博士がゴーレムや飛行の勉強をしていることを告げると、リーベ・レンジ(eb4131)が騎士養成学校の話を始めた。
「いやはや、今まで見知らぬ同士だった者が、同じ部屋で起居していくうちに打ち解けられるのは自分でもびっくりしました」
当然荒っぽい内容も含まれていた。おもしろそうに聞いていたマリーネが、からかうよに博士を見下ろす。
「子爵様も行ってみますか?」
怖気づいたように首を振る博士に、リーベは余裕の笑みを見せたのだった。
次に、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が天界製の伊達眼鏡を披露。
「これは天界の技術を利用して作られた『眼鏡』というものです。ぱこぱこ子爵殿もお付けになっておりますな。‥‥試しにご着用なさいますかな?」
マリーネはしばらく眺めた後、侍女に代わりにそれを付けさせた。
珍妙なものでも見たように首を傾げるマリーネ。あまりお気に召さなかったようだ。そしてそれをぱこぱこ子爵に受け取らせようとしたが、子爵は首を振って拒否する。
「今度はもっと、子爵様のお気に召すものを」
と、ベアルファレスに返した。
食事が終わり、解放されたルカードにファリムが声をかけた。マリーネの母親についてである。
「今は亡き先王レズナー陛下のお后様のお従姉妹様にあたるお方で‥‥」
内容は、その女性がいかに素晴らしい当時の王妃だったかということだった。
相槌を打ちながら耳を傾けていたファリムは、ふと胸中の心配をもらした。
「王は何故姫のウィー行きを許したのでしょう。風霊祭で大勢の人が集まるでしょうに‥‥」
ふとルカードはファリムの先を止めた。
「気をつけられよ。王宮は伏魔殿。そこに出入りする全ての者が善人とはかぎらぬ」
直後、カッツェが雇ったシフール配達人が到着した。先行するロイ子爵からである。
「もうこんなところまで来ちゃったなんて!」
フロートシップの速さに呆れ、全速を出されたらとてもついていけない、と配達人はこぼす。フロートシップ間の連絡はゴーレムグライダーか風信器の方が良さそうだと、カッツェは理解した。
●おとぎ噺
晩餐の後。マリーネはぱこぱこ子爵を連れて寝室へ。男を寝室に伴うとは言え、なにぶん少年。しかも首輪の鎖に引かれている。先代もこうして姫が寝るまで傍に侍っていたのだ。姫と愛犬を護るため、冒険者、侍女、護衛の者が出入口を固める。
「ぱこぱこは天界では学生だったんですってね。天界の歴史にとても詳しいとか。何か面白い話は無いですかしら?」
間違いではない。歴とした小学生である。ぱこぱこである博士はちょっと考え込んだが、拙いながらもゆっくりと天界の話を始めた。
「ぼくの国に秀吉と言う一代で庶民から王様となった人がいました。ある日自分の権勢を自慢して山のような宝物を諸侯に見せびらかして自慢しました。そして家康と言う分国王に向かって『今度そちの宝を見せて貰おう』と言うと、家康は『このような宝物は何一つ持っていません。しかし自分のために火水をいとわず戦ってくれる家来がいます。これが私の宝です』。と言いました。後に家康は秀吉の息子と戦って滅ぼし王様になりました。秀吉が自慢した宝物は、家康の宝物にかなわなかったようです。マリーネ様?」
博士は仔犬が甘えるような目でマリーネの顔を見上げる。優しいけれども悲しげな光りが、博士を映す両の目に浮かんでいる。博士は堪らず目をそらし、出入口を固める者達を見た。そして、すうっと息を吸い込むと
「マリーネ様も頼もしい宝物をお持ちですね」
ぱこぱこの言葉に宝達が気を悪くしよう筈もない。一瞬護衛の目元が弛み、侍女達はくすりと笑った。マリーネは博士の頭をひとつ撫で、
「貴方にも、私の宝を見せてあげましょう」
姫が宝箱から取り出したのは、色とりどりの大粒の宝石の数々。国王陛下より賜った寵愛の証。
「これは私の愛する宝物。人間の家来とは違い、嘘をつくことも裏切ることも謀反を企てることもありません。この美しい輝きを見ているだけで、私は安らぐのです」
そう言うマリーネの声は、心なしか寂し気であった。
「マリーネ様‥‥」
呟く博士のその声に、マリーネは、
「そうそう。おまえを忘れてましたわ。私が眠りに就く間、おまえの話を聞かせておくれ。その二人の王者のお話を‥‥。一代で庶民が王に登りつめるなど、良く出来たおとぎ噺ですわ」
博士は、拙い言葉をやり繰りして、秀吉の物語を語りだす。やがてマリーネは眠りにつくと、お付きの侍女がぱこぱこ子爵の鎖を引いて寝室から連れ出した。
●無断使用厳禁につき
シャルロットは、自分の行動が無駄に終わってくれればと願っていた。明け方の凍える様な格納庫に立ち、じっと時が過ぎるのを待つ。
「この様な事をして、ただでは済みませんよ」
「これは異な事を。マリーネ様の無聊が、緊急事態では無いと?」
囁く声が聞こえ、現れる2つの人影。リーベは仁王立ちで立ちはだかるシャルロットに気付き、ぎょっとなって後ずさった。
「マリーネ様をグライダーに乗せようという話、本気だったのですね。ルカード艦長から『そういう馬鹿者を見つけたら即刻、船倉に放り込め』との指示を頂いています」
背後から現れる、ヴィクトリアとルティエ。
「抵抗はしないでよ、手荒な真似はしたくないからね」
敢え無く取り押さえられ、連行されて行くリーベ。両脇を抱え上げられ、運ばれて行く様は哀れを誘う。
「マリーネ様もご自重を。御身に何かあれば何百人という人間の首が飛びます。御自身だけのお体でないこと重々ご承知ください」
厳しく釘を刺したシャルロット。マリーネはつんと目を逸らしたまま、駆けつけた侍女達と共に格納庫を出て行った。
リーベは本当に船倉に放り込まれ、厳重な監視の下に置かれた。覚悟していた事とはいえ‥‥。
「寒いな、ここは」
薄暗く埃臭い狭い部屋の中で、震えているしかない彼である。
●マリーネ姫の歓迎
先行していたリセットが、フライングブルームに乗って船に戻って来た。
「間もなくウィーの街ですね」
降り立った甲板で、道中が無事に終わろうとするのを想い、安堵の声を漏らす。
「(! あれは‥‥)」
遙かなる空の高みを横切る大きな影。
「ド、ドラゴンだぁ!」
乗組員達は大童。しかしその騒ぎも一瞬のこと。ドラゴンの姿は流れる雲の真上に消えた。
「あれが‥‥ドラゴン‥‥」
ノルマンで見たどんなものよりも巨大な存在。恐怖ではなく畏敬の念が湧き起こるドラゴンを、リセットは初めて目にしたのだ。
「マリーネ様のお守りはしっかり頼んだよ」
ヴィクトリアに見送られ、冒険者達はフロートシップを降りた。ただヴィクトリアのみが甲板に残り、長身を生かして人ごみの中に不審人物がいないか見渡す。マリーネの姿をひとめ見ようと押し寄せてきた人々の中に、背の高い男がいた。羽飾りのついた毛皮の服をまとっている。
「ずいぶん変わった恰好だねぇ」
後で聞いたところによれば、その男は山の民の祈祷師であるとのことだった。
マリーネとお付きの者達が下船した頃合いを見計らい、リセットはマジカルミラージュを発動。空に蜃気楼が現れる。巨大な虹のアーチと、その上に浮かび上がる歓迎の文字。
『マリーネ様に竜と精霊のご加護を』
町中から見ることができる蜃気楼だ。魔法は大成功。おかげでマリーネのこの町に対する印象は格段に良くなった。そして、もっとも間近に姫の感動を見たのは警備に当たっていたルティエだった。少し下がった位置で周囲に目を光らせていた彼は、上空に現れた幻影にマリーネが歓声を上げて喜んだのをはっきりと見ていた。
●宿場町にて
甲板から町の賑やかな様子を眺めただけで、シャルロットは船内に戻った。主だった人々が出払っている中、不審な動きが無いか監視に励む彼女である。待機組の侍女や使用人が、不必要な場所に潜り込んだり何かを探ったり、はたまた伝承鳩を飛ばしたり‥‥そんな諜報活動を行っていないか、みっちりと張り付いて見逃さぬ構え。と。
「そんなところで何をしておるか!」
逆に衛士に見咎められてしまった。
「なんと、シャルロット殿であったか。不埒な鎧騎士を捕らえた働きには感謝致すが、あまり余計な詮索をするものではありませんぞ」
懇々と諭されて、落胆しながら戻っていると。
「あのね、今日はなんだか妙な視線を感じるのよ」
「え、あなたも? 嫌ね、鼠でも住みついたのかしら‥‥」
侍女達の間に妙な噂まで立っている。失敗失敗、と自分に拳骨をくれるシャルロットだ。
一方、マリーネの宿泊する領主の館では。
マリーネに用意された部屋を調べ、入室を促したベアルファレス。マリーネを一目見ようと塀の外にたむろする人々を一瞥し、彼女に囁いた。
「お気をつけ下さいマリーネ様。彼らは常々貴族に嫉妬心を抱いております。それが憎悪と敵意に変わる事は少なくありません。民とはそういうものです」
横目に彼を見たマリーネの表情は、そんな事は言われるまでも無いと語っているよう。
「つまらない事を言っていないで、務めを果たしなさい」
は、と頭を垂れるベアルファレスだが、その点において彼に抜かりは無かった。仲間、海戦騎士、衛士、そしてルカードと密に連絡を取り合い、警護を強固なものとする、その要となって奔走していた。彼の働きは、海戦騎士や衛士たちの認めるところだ。
「『騎士道』は行動で示しませんとな」
彼らに対しても、実にソツの無い対応。大いに株を上げたのだった。
「不穏な町と聞いていたのに、平穏なものだね」
手持ち無沙汰な感がありありと見えるカッツェに、そうでなくては困る、とルカードが静かに笑う。マリーネの部屋では、外出できない彼女に代わり、存分に町の空気を吸って来た紅子が、その報告などを。
「町の人々は至って王家に好意的、マリーネ様のお越しを心より喜び、お祭りを楽しむ事で頭は一杯です。謀反なんてとんでもない、例え企てる者がいたとしても、賛同する者は無く頓挫してしまうでしょう。施政に対する不満にしても、精々酒場で聞かれる愚痴程度のもの。我が身の不遇を為政者のせいにする、その慰めまで奪ってはいけませんわ」
一片の曇りも無い笑顔で語る紅子。平然と嘘を語ってこの動じなさは見事な才能と言う他無い。
「そう、そういう事ならば良いでしょう」
満足げな様子に、内心ほっと胸を撫で下ろす紅子。お偉い女性の接待ほど気を遣うものは無い。
しかし実のところ、火種になりそうな案件はいくつかあったのだ。山の民が引き起こした騒ぎもその一つ。町の調査に出たユパウルは、先行していた冒険者たちから話を聞かされ、山の民が携えてきたという血塗れの羽毛も見せられた。もっともそれが本物の羽毛かどうかは定かではない。同じくファリムは調査がてら、町の店を当たってみたが、ここは辺境の町。姫へのプレゼントになりそうな品は見当たらなかった。
●船内裁判
ウィーの町での視察中には、二つの驚くべき事があった。一つはセレ分国貴族のリシェルが、フロートシップの領内通過を認める分国王からの信書を携えてきたこと。もう一つは町を発つその日に、あのドラゴンが再び姿を現したこと。しかしドラゴンの再度の出現は皆にとって、姫の前途を祝福する吉兆のごとくにも感じられた。
かくしてマリーネ姫と冒険者たちは帰路につく。しかし王都に到着する前に、片付けておかなければならない事がある。鎧騎士リーベに対する処分の決定だ。裁くのは船の責任者、ルカードという事になる。
「最初に訊ねるが、あの行為は本気だったのか? それとも冗談のつもりだったのか?」
「もしも本気だとしたら?」
問い返したリーベに、ルカードは噛んで含む様に言って聞かせる。
「貴公を王家への反逆の疑いある者として、厳重に取り調べねばならない。姫を誘うと見せかけて何処かへ連れ去るつもりだったか、それとも空から突き落として墜死させるつもりだったか。事は貴公一人の問題では済まない。累は貴公の所属する騎士団にも及ぼう」
そんな、と笑いかけてルカードの真剣な眼差しに気付き、ようやく事の大きさを悟って愕然とするリーベ。自分ひとりの事ならば、如何な重罪に問われようとも心を偽るものではないが‥‥。リーベの真意など改めて問うまでもなく、行動を見れば一目瞭然。これは、ルカードが差し伸べた救いの手だった。
「あれは冗談のつもりでした」
そう答えるしか無かった。リーベは支給品であるサンソードとゴーレムマスターを没収され、さらに罰金も課せられた。王族を無断で連れ出そうとした者に対する罰としては、破格の軽さと言えた。