寵姫マリーネの宝物6〜王都編2
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:13人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月25日〜06月30日
リプレイ公開日:2006年07月03日
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●オープニング
●悪代官の屋敷
ウィルの貴族街に立ち並ぶ豪邸の中でも、王領代官レーゾ・アドラの邸宅はひときわ目を引く。大きな屋敷だけに、そこで働く使用人の数は村1つ分にもなるほど。そんな中で、あどけない顔をした見習い奉公人の少年が、今日も料理長の旦那に叱りとばされている。
「馬鹿野郎! せっかくの魚を台無しにしやがって! お殿様の昼餐までに市場に行って買い直してきやがれ! 間に合わなきゃ、てめえはクビだ!」
市場までは遠い。少年は財布を握りしめ、大慌てで屋敷から通りへ飛び出す。運が悪いことに、彼は勢いよく走ってくる馬車に気付かなかった。
「うわぁーっ!」
「ヒヒィーン!」
少年の叫びと馬のいななきが重なった。馬の足が少年を蹴り飛ばし、続いて馬車の車輪が少年を下敷きにした。
貴族街の通りは騒然となった。事故を目撃した貴婦人達が悲鳴を上げ、急停車した馬車の回りにはあっという間に人垣が出来た。
少年は動かない。服は裂け、流れ出た血がその横たわる大地を染める。貴婦人達は恐ろしげに顔を覆い、殿方の間からは嘆息が漏れる。
「あの子はもう助かるまい」
馬車の扉が開いた。最初に姿を現したのは金色のマスクで目元を隠した男。続いて、やはり似たような銀色のマスクの男が現れた。彼らは何者ぞ? 好奇心の篭もった周囲の視線が2人に集まる中、さらに一段と奇態な姿が馬車より現れた。
その男は馬のマスクを被っていた。馬の生首そのままのマスクを頭からすっぽりと被っているものだから、まるで馬が礼服を着ているように見える。その奇抜さに人々は唖然としたが、すぐにその視線は金色のマスクの男に集まった。
金色のマスクの男は瀕死の少年の側にかがみ込み、大きく口を開けた傷に右の手をかざす。左の手は銀色の十字架をしっかと握りしめていた。
「母なるセーラよ。この傷つきし子羊を救い給え」
祈りの言葉と共に男が唱えたのは神聖魔法の呪文。少年の傷はみるみるうちに塞がり、半ば閉じかけていたその目がぱっちりと見開いて、自分の命を救った仮面の男を見る。
「あなたは‥‥」
「我は神聖騎士オーラム・バランティン。我は母なるセーラ神の使徒」
と、騒ぎを聞きつけてやって来た料理長が、おろおろと進み出てオーラムの前に跪いた。
「と‥‥とんだ失礼を! これは小僧めの命をお救い下さったお礼でございます! どうかお布施をお受け取りになって下さい!」
平身低頭して金袋を差し出すも、オーラムは受け取らずに言い聞かせる。
「そなたの負債はセーラ神の僕たるこの私にではなく、母なるセーラ神に対して負うべき物。その負債は金品によらず、汝の善行を積むことによりて返すがよい」
そしてオーラムを先頭に、風変わりな格好をした3人はレーゾの屋敷の中へ姿を消す。見守る誰も彼もが予想外の展開にしばし我を忘れ、その場に立ち尽くしていた。
●祝賀会近づく
噂は程なく寵姫マリーネの耳にも届いた。
「そんな事があったのですか。オーラムという天界の神聖騎士、評判に違わぬ高潔なる士と見ました。ところでオーラム卿と一緒にいたあとの2人は、如何なるお方なのでしょう?」
その質問に答えたのは、長年姫に仕えている衛士長。
「銀色の仮面の男はアルゼン・バランティン卿。オーラム卿の弟君で、やはり天界の神聖騎士です。あとの一人、馬のマスクを被った奇妙な男は、黒馬の騎士スレイプ。天界ではオーラム卿に仕えていた騎士ということです」
「是非とも会ってみたいですわ。そのお二方もオーラム卿と縁あるからには、さぞや立派な方々なのでしょう」
オーラムは代官レーゾの元で頭角を現し、今やレーゾの右腕ともいうべき立場を得た男。かつてレーゾが姫のご機嫌伺いに上がった時、オーラムも一緒だった。その智恵者の評判に違わぬ典雅な立ち振る舞いに、姫は好印象を覚えたものだ。
「お会いになりますか? レーゾ・アドラ閣下が催される祝賀会には、あのお三方も出席なさるはず」
ちょうどレーゾの屋敷では、ルーケイ伯の盗賊討伐戦の勝利を祝うべく、祝賀会の準備の真っ最中。その最中に起きた椿事である。
「祝賀会に行くのがますます楽しみになりましたわ」
下品な代官レーゾを嫌い、彼の者の催す晩餐会など一度も自分から足を運んだことのない姫ではあったが、今度の祝賀会だけは話は別だ。何しろ姫がその後見人となり、何かと目をかけているルーケイ伯の祝賀会なのだから。
すると、やはりこちらも長年姫に仕える侍女長が、案ずるように言う。
「今度の祝賀会には、とてつもなく評判の悪い代官達も大挙してやって来ますわよ。王領アーメルの代官ギーズ・ヴァム卿、王領北クイースの代官でレーゾの兄者のラーベ・アドラ卿、そして王領ラントの代官グーレング・ドルゴ卿。ああいう手合いの集まる伏魔殿では、くれぐれもお気をつけ下さいまし」
勿論、姫の心は変わらない。
「竜の爪の下をかいくぐり、竜の顎にも手を触れたこの私が、評判の悪い代官ごときを恐れてどうします? 祝賀会には必ず行きます。ああ、それから‥‥」
姫は大事なことを思い出し、付け加えた。以前、冒険者から提案された親衛隊と調査室の件である。
「私の親衛隊と王家調査室についても、この祝賀会を機に正式に発足させましょう。提案者の熱意を見込んで、それぞれの組織の代表者には彼ら2人を任じます」
●知多真人
冒険者ギルドに地球人らしき格好をした若者がふらりとやって来た。
「御用向きをお伺い致します」
営業スマイルで迎える事務員に、若者は言う。
「いえ、依頼をお願いしたいのではなく‥‥マリーネ姫様に近しい、王家情報室の提案者の方に伝言を頼みたいんです。僕は知多真人、地球人です。冒険者ギルドにも籍を置いていますが、今はもっぱら月例新聞のお手伝いをしています」
「ああ、月例新聞の方でしたか」
宮廷図書館の片隅に張り出されている新聞のことを、事務員は思いだした。
「僕の仕事はギルドの報告書に目を通し、記事のネタを拾い集めて編集長のところへ持っていくことです。そうしてこれまで、いくつかの事件をピックアップして新聞記事として発表してきました。ですが、ここ最近のウィル国内の複雑な動きを見るにつけ、事件を単発的に取り上げるこれまでのやり方では不十分だと感じたのです。
僕としてはウィルの複雑な情勢をもっと分かりやすく解き明かし、人々の隠れた声を取り上げるような記事を出したい。でも如何せん、人手が足りません。どうしようかと悩んでいたところ、王家情報室の話を知りました。
僕としても、ぜひともその情報機関との協力関係を結びたいんです。そこで、その提唱者の方にアポを取っていただけないかと‥‥」
「分かりました。この依頼書にそのことを書き足しておきましょう」
ギルドの事務員は、マリーネ姫からの依頼書の末尾に知多真人のことを書き加えた。
「有り難うございます。王家情報室との協力がうまく行けば、僕の方からも小さな依頼を出せるでしょう。有力者へのインタビューを頼んだり、コラムの執筆をお願いしたり。貧乏なので、あまり報酬は出せないと思いますが」
そう言いながらも、知多真人は実に満足そうな面もちだった。
●リプレイ本文
●対面
扉を衛士が開くや、アリア・アル・アールヴ(eb4304)は緊張の面持ちで足を踏み入れる。
そこはエーロン王子の居室。非公式ながら直に顔を会わせるのは久々だ。
「話を聞かせろ」
「ルーケイ盗賊残党に関して、投降受入れの策がございます」
聞いて王子は微かに眉を顰める。鎧騎士アリアと言えば自分に忠誠を誓う冒険者だが、過去に山賊助命嘆願を不適切な形で行い、手酷い譴責を与えた男。その彼も東ルーケイ盗賊討伐戦に参戦した事により、今では感状1枚の勲を立てた。その話はちらりと耳にしている。
「伯に話は通してあるのだろうな?」
「はい。伯経由で投降を受ける事になりますので、伯と限定的な契約を結ぶ事になります。その事に対して殿下の認可を頂きたく‥‥」
「好きにしろ。だが、不始末をしでかしたら首を刎ねられる覚悟をしておけ」
エーロンはぞんざいに答えたが、最後に一言付け加えた。
「今度はしくじるな」
●入命金
冒険者街に近い下町酒場に、今日もセデュース・セディメント(ea3727)の姿がある。
「かくして悪逆非道の限りを尽くしたる毒蜘蛛団にも、今や大いなる裁きが下りたのでございます。おお! 空からはグライダー。おお! 装甲チャリオットの快進撃。悲鳴を上げて逃げ惑う毒蜘蛛団の背後から大きな足音立てて迫る巨大な影は、巨人のごときバガンではありませぬか!」
今日披露するのは歌ではない。先の討伐の有様を巧みに語り聞かせていた。語りの合間には景気づけにリュートをボロロンボロロンとかき鳴らす。その熱き語り口調に引き込まれ、客は一言たりとも聞き漏らさじと耳を傾ける。
「‥‥と、これが山ほどの悪行を積み重ねたる盗賊の首領の、あまりにもあっけない最後でございました」
ボロロボロロボロロロロン♪ 最後にファンファーレよろしく、盛大にリュートを響かせた。客達もまた盛大に拍手喝采。恭しく一礼するセデュースだが、今日の拍手は随分長く続く。
「いや、お見事! あんたぁ、王宮の晩餐会でも人気者になれるよ!」
などと、客の親爺が褒めちぎる。
「ところで、話は変わりますが」
セデュースは幾分、真面目な面持ちになり
「愛すべきシーネ嬢と悪態氏の事でございます。この私めがその筋の方から聞き出しましたところ、お二人の釈放には入命金が必要との事。何とぞここは皆様のご協力をお願い致します」
深く頭を下げ、テーブルの上に帽子を逆さにして置いた。
「いいとも、他ならぬあんたの頼みだ!」
「俺達も一肌脱ぐぜ!」
帽子に投げ込まれるコイン。尤も銅貨ばかりがじゃらじゃら。カンパは丸ごと店の女将に差し出した。
「これで、お二方の釈放祝いの宴を開いてあげて下さい」
自分は店を出て、衛兵詰め所へ向かう。そこには先客がいた。護民官のエデン・アフナ・ワルヤ(eb4375)である。その話し相手を勤めていた衛兵隊長の目が、じろりとセデュースを睨んだ。
「来たか、セデュース。護民官殿は囚人どもの面会に来られたのだ。話が終わるまで待っておれ」
高圧的な口調でセデュースに言うと、衛兵隊長は護民官との話を再開する。
「面会の際には反逆者どもの嘘や芝居に騙されぬようお気をつけを。釈放や身元請負の約束は不用意になさりませぬようお願いします」
対し方が違う。国王より頂いた護民官の肩書きの威光もあろう。
二人の話が終わるのを見計らい、セデュースは衛兵隊長の前に進み出た。
「シーネ嬢と悪態氏の件ですが、私の方で入命金を用意致しました」
懐より金袋を取り出し、中味の金貨を1枚1枚テーブルに並べる。その数を衛兵隊長はしっかり数えた。
「しめて100ゴールドか。あの二人の入命金には十分すぎる額だな」
全てセデュースの支払だ。
「保証人は私でも大丈夫なのでしょうか?」
訪ねた途端、衛兵隊長は呆れたような声を上げる。
「お前がか?」
その様子を見て、護民官エデンが口添えした。
「そちらの方も冒険者ギルドに所属する冒険者。騎士身分として遇されるはず。資格に不足はありません」
「では、この者が二人の身元保証人となるよう取り計らいましょう。但し、釈放後に問題が起きた時には、全てこの者にその責を負ってもらいます」
衛兵隊長の許可を貰い、エデンとセデュースは獄に通された。中は暗く、空気は淀み、不快な異臭が漂う。
手始めに幾つかの雑居房を回った。広めの部屋のそれぞれには数人から十数人の囚人がぶち込まれている。
「護民官殿がおまえ達の話を聞いて下さる。話したい事があれば遠慮なく言え」
護衛として付き添う衛士が囚人達に求めた。
「まず、現状を説明しましょう」
エデンは最初に、招賢令の発令に始まる数々の改革や、護民官制度の設置など、現状を簡潔に説明した。続いて囚人達の事情聴取を始める。囚人達の声がよく聞けるよう、雑居房に座り込む彼らの傍らに屈み込み、その訴えに耳を傾けた。
「いつ、ここから出られる?」
「家族に会いたい」
「せめて、外の光に当たりたい」
囁き声で口々に訴える囚人達。しかしエデンが最も聞く事を望んでいた、投獄された原因や反抗の理由については、囚人達は口を閉ざして何も語らない。
ここは牢の中。衛兵達は目を光らせ聞き耳を立てている。仮令相手が護民官とは雖も下手な事を喋れば後でどんな仕打ちを受けるか分からない。その恐れが囚人達にはあったのだ。
続いて2人の冒険者はシーネと悪態氏の元へ向かう。下町の娘シーネも、悪態の渾名をセデュースに付けられたその恋人も、共に王家への反逆の嫌疑で牢にぶち込まれたのだ。
せめてもの情けか同じ監房に閉じこめられて居たが、酷くやつれて見えた。
「良き知らせです。あなた方はもうじき釈放です」
セデュースの言葉にも、シーネは弱々しく微笑むきり。悪態氏も押し黙ったままだ。一体、何があったのだろう?
●贈り物
その日、オラース・カノーヴァ(ea3486)はあちこち出歩いた。闇市で買い取った5人の子供の奉公先、ククスの奉公先。いきなり顔を出したオラースに、子供達は吃驚し、その後はにかんだような笑顔を見せた。
「いやあ、お忙しいところをわざわざお越し頂きまして」
それまで乱暴な口調で子供を使っていた奉公人達も、オラースの姿に気付くや愛想笑いで迎えるが、その陰に困惑している素振りも見える。相手が騎士身分の者とあっては、無下な扱いは出来ぬのだろう。ともかく、保護者が監視人として頻繁に訪れる事で、雇い先の大人達が子供達に対する責任を意識してくれれば良い。
「さて、お次は‥‥」
子供達と会った後、オラースが足を向けたのは貴族街にある一軒の店。各種の贈答品を扱う商店で、貴族達も贔屓にする高級店だ。
始めて入る店なので、内心少しばかりドキドキ。
「どなた様で?」
「王都警邏隊のオラースだ。今日は客として来た」
「おお、あなた様が。お名前は存じております」
店主は名を聞くや、愛想良く対応した。彼の名声は結構に広まっているようだ。
「マリーネ姫殿下にルーケイ伯、そして誉れ高きバガンの操手でありますルエラ様への贈り物でございますか。ならば、こちらの品は如何でしょう?」
店主が勧めたのは、ジェトの高級紅茶とジェト産の砂糖のセット・高級化粧箱入り。箱には見事な竜の浮き彫りが掘られ、小粒の宝石がちりばめられている。紅茶を飲みきった後は宝石箱や小物入れに使えるスグレモノだが、お値段のほうも1つで10Gと相当に値が張る。
しかし贈る相手がマリーネ姫に、今は立派な名士となった冒険者仲間とあっては、ケチな買い物は出来ない。口さがないお歴々も集まる祝賀会で手渡すのだから、それ相応に見栄えがする物が良い。
「これを3つ頼む」
受け取った紅茶入りの化粧箱の一つを手に取り、その重さを確かめてふと漏らすオラース。
「これが1個10ゴールドの重さか。軽いもんだねぇ」
●シェリーキャンの恵み
貴族街でもとりわけ眺めの良い場所にその店はあった。『シェリーキャンの恵み』と言うのがその高級レストランの名。やって来る客は貴族や裕福な商人ばかりだが、その中に混じって鎧騎士リーベ・レンジ(eb4131)の姿がある。
「リーベ様でございますね。お部屋へご案内致します」
店員が奥の部屋へ案内する。この手の高級店は貴族の密談にも供されるとリーベは聞いていた。遂に自分もそう言う世界に足を踏み入れるまでになったかと、内心でわくわくしたりもする。
見目良い調度品の並ぶ小部屋。テーブルには食前酒と前菜が用意されている。勿論、お代だって馬鹿にはならない。駆け出し冒険者の1週間の稼ぎが、たった1回の食事で吹き飛ぶ程だ。
リーベが会食に招いた月例新聞編集員の知多真人は、テーブルに着いてリーベを待っていた。
「興味深く読ませて頂いています。先ずは乾杯といきましょう」
給仕が二人の杯に薫り高いワインを満たし、早々と姿を消した。
「乾杯」
カチン、と杯を鳴らして飲み干すと、早々にリーベは本題に入る。
「ところで、どうでしょうか? 諜報に携わるものが公の場──しかも、新聞にその姿を顕すと言うのは、その隠密性を非常に欠くものではないか、と思えるのですよ」
「そうとは言えないでしょう? 諜報と言うものは、表の顔と裏の顔を巧みに使い分けて行うものです。人知れず隠れて行うばかりが諜報じゃない。かの明石元次郎閣下のように、時には堂々と名乗り、堂々と相手から情報を引き出す事も必要です」
と、リーベの問いに答える真人。
「そうですか。しかし、あくまで貴族階級の民衆に対するイメージの操作に使いたいなら、話は変わってくると思いますが‥‥。その辺り、どう考えておられますか?」
「それは私どもの役目ではありません。民衆には字の読めない者も大勢いるし、そもそも張り出されている宮廷図書館に足を運べる身分じゃない」
ここで、リーベは質問の内容を少しずらす。
「穿った見方をすれば、貴方が我々の前に現れたと言う事は、諜報部の諜報に関する姿勢を試す我らが偉大なる国王陛下の試し──とも受け取れるのですが。お前達は本当に隠密の意味を判っていてこの仕事を行うのか? と言うご賢察とね」
ここで真人ににっこり笑い、
「天界人の格好は、誰でも行える事ですからね」
「僕が天界人になりすました陛下の密偵だと? だけど天界人の言葉は‥‥ああ、そうか。ここは言葉が自動翻訳される世界だから。話し言葉での区別はつけられないようですね。では、決定的な証拠をお見せしましょう」
真人は手荷物の中から新聞を取りだした。もちろんアトランティス人にはとっては見慣れないアイテムだ。
「見てください。ここに僕がいます」
新聞を広げ、掲載されている写真の一つを指さす。そこに真人の姿があった。真人の知人らしき大勢の者と一緒に写っている。
「ボランティアでカンボジアに行った時の写真です。大学新聞で取り上げてくれたんで、こうして記念に持ち歩いているんです」
いかな国王陛下の密偵とはいえ、こんなアイテムの偽造能力は無いだろう。それに真人の言葉には色々と聞き慣れない単語がある。彼は正真正銘の天界人なのだろうとリーベは判断した。
冒険者酒場の食事とは比較にならぬ高級料理を堪能し、会食を終えて玄関口に向かうと、お供を連れた恰幅のいい男とすれ違った。高級な礼服に身を包んだその男は、暫し射るような眼差しで二人を見つめたが、やがて微かに笑うと店の奥へ消えた。
「今のお方は?」
店員に尋ねると、
「王領ラントの代官様でいらっしゃいます、グーレング・ドルゴ様にございます。いつも当店をご贔屓頂いております」
悪代官と名を馳せた男だ。真人は黙ってリーベと顔を見合わせ、お互いの姿をまじまじと見つめてから口を開いた。
「天界人の若者に、パラの鎧騎士。ここに出入りするには、僕達はあまりにも目立ち過ぎる組み合わせでしたね。多分、顔も覚えられたでしょう」
●代理人
戦勝祝賀会の前日。冒険者街にあるカッツェの家を訪ねてきた男がいた。
「海戦騎士ルカード・イデル殿の名代、ティース・バレイだ」
カッツェはルカードとの再会を望んでいたのだが、出向先のハンの国から戻って来れないと言う。
「そんな訳で部下の俺が、国王陛下へのご報告の為に帰国したついでに参上仕ったと言う次第だ」
「あちらで何かあったのですか?」
気掛かりになって尋ねると、ティースは声を顰めて答えた。
「これだけは言っておこう。ハンの国南部の情勢は不穏さを増すばかり。近い将来、我々も覚悟を決めて事に当たらねばならぬかもしれん」
そう言うと、深刻な表情を和らげた。
「ところで、貴公からの手紙は読んだ。教えを乞いたいと言う者に会わせてくれるか?」
ここでカッツェがルエラ・ファールヴァルト(eb4199)を紹介する。ティースとルエラはこれが初対面。礼儀正しく自己紹介すると、ルエラは用件を伝える。
「グライダーで使用する事を検討しておりますので、何卒、発光信号など船の交信方法のご教授をお願い致します」
その求めに応じ、ティースは先ず簡単な手旗信号の合図を教えた。面舵いっぱい、取り舵いっぱい、前進、後退、停止、戦闘準備、戦闘開始、等。
「これと同じ要領で、夜であれば松明やランタンの灯りを手旗の代わりに使う事ができる」
しかしルエラが求めていたのは、光の点滅によって情報を伝達する信号。地球で言うならモールス信号の類である。この事を指摘すると、ティースはこう答える。
「そういった信号による通信も不可能ではないにせよ、通信の内容は一目で分かるような簡潔なものに限る。長くなればなるほど、誤読や見落としが多くなるからな」
他にも色々と教えたい事はありそうだったが、ティースは忙しい。
「残念ながら、今日はこれまでだ。次は晩餐会で会おう」
別れを惜しみつつ、ティースは冒険者街を後にした。
●お着替え
戦勝祝賀会の始まりは夕刻。しかしオラースは早いうちから会場となるレーゾの屋敷に足を運んだ。仲間の冒険者達も姿を見せ始めており、オラースは早々にお目当てのルエラを見つけた。彼女には色々と借りがある。
「有り難う。俺は借りを作りっぱなしだ。物で返せるとは思っちゃいないけど、気持ちだ。受け取ってくれ」
「でも、これって‥‥?」
紅茶の化粧箱を受け取り、そのあまりの豪華さに戸惑うルエラだが、既にオラースの姿は消えている。忙しい人だと思い、ルエラは苦笑した。
「ここにいたか」
ドアが開き、オラースが顔を出す。ここは男性用の着替え室。主賓のアレクシアスは着付けの真っ最中で、レーゾの侍女達がまめまめしく礼服を整えたり、髪を櫛で梳いたり。
「取り込み中で済まないが‥‥」
「いいや、用事はすぐ終わる」
そう言って、贈り物の紅茶を差し出す。
「有り難う。子供の件の申し出本当に嬉しかった。ほんの気持ちだ。受け取ってくれ」
豪華な贈り物に侍女達はときめく。
「まあ、なんて素晴らしい!」
「流石はルーケイ伯様。贈り物の格も違いますわ」
流石にアレクシアスも照れ笑い。
「しかと受け取ったぞ」
と、そこは冒険者の流儀で簡単明瞭に答えた。
一方、女性用の着替え室は賑やかだった。マリーネ姫はホストのレーゾにとって、主賓の中の主賓。その着付けだけでも仰々しくも大忙しなのに、大輪の花のごとくに咲き誇る姫の隣には、咲き誇る花がもう一つ。小ぶりだが可憐なその花は、瑠璃姫ことルリ・テランセラ(ea5013)。天界の伯爵令嬢と言う触れ込みは、既に侍女の誰もが知っている。
「でも、天界の伯爵令嬢様が、なぜわざわざアトランティスに?」
「きっと、止むに止まれぬお家の事情があったのでしょう」
陰ではそんな噂話も飛び交う程。
そのルリといえば、さっきから大鏡に見入りっ放し。大貴族の館でしか見られない大きな化粧鏡の中には、ホワイト・プリンセスで雪の妖精のように着飾ったルリがいる。
「髪を上げた方がいいかしら? それとも下ろした方がいいかしら?」
マリーネ姫もルリの着付けが楽しそうで、ルリの髪を持ち上げたり下ろしたり。そのうち、自分もルリのような白いドレスを着てみたいと言い出した。
「そうだわ。献上品の中に白いドレスがあったはず」
早速、引っ張り出したホワイトドレスは、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)からの献上品。同じく彼の献上品である香水「エターナルピュア」をドレスにかけ、その香りにうっとりしていると、侍女が言う。
「このドレス、祝賀会には地味すぎはしませんか?」
「ならば、色とりどりの宝石で飾りましょう。白いリボンでアクセントをつけるのもいいかもしれないわ」
献上品の中には、ルエラから贈られた涼風扇と香水「ストロベリーミスト」もある。当のルエラは今、付き人兼護衛としてルリの傍らに控える。献上品は、先日の会合の際に姫の気分を害した事へのお詫びとしてだったが、姫は涼風扇がことのほかお気に入りになった様子。
「これは不思議な扇よ。仰ぐと涼しい風がそよぐの」
ルリに向かって扇を仰ぐと、涼しい風がふわりとルリの頬を撫でる。
「‥‥あ、ほんと」
「でしょう?」
次にマリーネはストロベリーミストを手に取った。
「ルリにはこの香りが似合うかも知れないわ」
香水をかけるのは付き人の役目。ルエラはマリーネから香水を受け取ろうとしたが、その手が届くよりも早く、マリーネはルリのドレスにささっと香水をかけた。
甘いイチゴの香りがふんわりとルリを包み込んだ。
長々と続いたお着替えの儀式もようやく終わった。着替え室の扉が開かれ、マリーネ姫が外へ一歩を踏み出すと、そこには姫のご登場を待ちかねていた大勢の来客。その一番前にオラースの姿があった。
「ご機嫌よう」
「お会い出来て光栄の極みです。ささやかながら、献上品を携えて参りました。お受け取り頂ければ、このオラースにとっても無上の喜び」
普段は使わぬ敬語で挨拶し、献上品の紅茶を差し出すと、
「ありがとう、オラース」
姫は極上の微笑みと共に受け取った。その時オラースの背中にはちくちくと刺すような嫉妬の視線が。この野郎、抜け駆けしやがって──と、多くの目線が雄弁に文句を呟いている。
●戦勝祝賀会
祝賀会の始まりまであと少し。屋敷の大広間には、王都の近辺でもとりわけ裕福な領地を持つ4人の代官が勢揃い。口さがない世人は彼ら4人を指して悪代官4人衆と呼ぶとか。
4人まとめて八つ裂きにしてやる──そんな気概を心に抱き、出席したオラースではあったが、ホストである代官レーゾの側に控える怪人物に目を奪われた。馬のマスクをかぶった男である。
「あれがククスの話に出てきた馬頭の男か? そんな奴ぁいねぇだろ、と思っていたが‥‥まさか本当にいるとはな」
そして、いよいよ主賓入場の時が来た。楽師達の奏でる調べに迎えられ、大広間に姿を現す一同。しかし来客達は、その先頭に立つ者が被る異形の仮面に息を飲み、あの者は誰ぞと囁き合う。鬼面を被りしその男はベアルファレス。その後にはルーケイ伯とマリーネ姫、さらにルリとルエラが続き、護衛のカッツェがその背後を守る。カッツェの隣には、姫の信頼するカルナックス・レイヴ(eb2448)の姿。
そしてベアルファレスは大広間の正面に立つ。
「何故にそのような恐ろしき仮面を?」
怪訝そうに問うレーゾに彼は答えて曰く。
「この仮面は、私が自らのエゴを抑制し国の為に邁進する為の証。ウィル国の大いなる繁栄が成されるまでは決して外しはしないと誓いました。御許し下さい」
続くは開会の演説。
「先の討伐戦はほんの始まりに過ぎず、ルーケイ平定には未だ多くの障害が立ちはだかっています。しかし、伯ならばそれらの障害を乗り越え、彼の地に秩序と安寧をもたらしてくれる事でしょう」
そして鬼面の男はマリーネ姫に場所を譲り、姫は誇らしく宣告した。
「今日は私にとり、大いなる喜びの日。私は栄えある戦勝祝賀会のこの日を、我が親衛隊並びに王家調査室の発足の日とします」
そして姫はベアルファレスと草薙麟太郎(eb4313)の名を呼ぶ。呼び出された二人は姫の前に立て膝つき、王家への忠誠と任務への献身を誓う。騎士の叙任式に倣い、マリーネはその手にする宝剣の平でベアルファレスの肩を軽く叩き、厳かに宣告した。
「汝を我が親衛隊の隊長に任じます」
続いて姫は、麟太郎の肩を剣の平で叩き、宣告する。
「汝を王家調査室の室長に任じます」
さらに二人には、それぞれ親衛隊と王家調査室の印章が授けられた。
次に控えるのはマリーネ姫親衛隊における、最初の隊員の任命式。
「過去の悲劇を顧みて、私はこの親衛隊を発足いたしました。私もその代表として精励する所存です。また、王家調査室は現在の様々な情勢に対し、光明たる答えを指し示す事でしょう」
前置きの言葉を述べると、
「カッツェ・シャープネス(eb3425)、前へ!」
鬼面の親衛隊隊長はカッツェを呼び出し、彼女が誓いの言葉を述べると、姫より借り受けた儀礼用の長剣でその肩を軽く叩いた。先に姫がそうしたように。
●信濃の歌
宴は将に盛り也。
「ウィル全ての人が、貧しさの中にある豊かさや厳しい現在が中に秘めている未来の幸せを確信し、取るに足りないと思ってた仕事が、実はウィルを支えているんだって誇りを持てれば、もっと良い国に変わって行けるような気がするんです」
言って歌うのは山下博士(eb4096)。
♪信濃の国は十州(じっしゅう)に 境連ぬる国にして
聳(そび)ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺 四つの平(たいら)は肥沃の地
海こそ無けれ物多(ものさわ)に 万足(よろずた)らわぬ事ぞなき
木曽の谷には真木(まき)茂り 諏訪の湖(うみ)には魚(うお)多し
民の稼ぎも豊かにて 五穀の実らぬ里やある
しかのみならず桑採りて 蚕(こ)養いの業の打ち開け
細き寄す処(よすが)も軽(かろ)からぬ 国の命を繋ぐなり
旭将軍(あさひしょうぐん)義仲も 仁科五郎(にしなのごろう)信盛も
春台(しゅんだい)太宰先生も 象山(ぞうざん)佐久間先生も
皆この国の人にして 文武の誉れ比(たぐい)なく
山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽ず
道一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき
古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い♪
ホストのレーゾは拍手喝采して褒めちぎり、周りの取り巻き達もこれに習う。
「真に素晴らしい曲と詞ですな」
声や歌を誉めぬ所がホストの配慮である。しかし博士の真摯な態度に感じたか、アドラ家の一人として同席していた騎士アーゴン・アドラは、
「子爵殿。ちと、お耳を拝借」
耳に何やら吹き込むと、祝賀会のために雇われた楽師長を呼びつけた。
●花と蝶
エデンの入念な根回しにより、祝賀会はマリーネ姫とアレクシアスの華麗なる晴れ舞台となった。姫が真っ先にダンスのパートナーとして選んだのはアレクシアス。既に日は沈んだが、煌々と照らす燭台の光が大広間より夜の闇を追い払う。その暖かき光に包まれ、全ては夢の中の光景のよう。
軽やかにステップを踏み、優雅に舞い踊る二人の姿にルリは見入っていた。回りで踊るその他大勢など目にも止まらぬかのように、ただ伯と姫だけを。
「ルリ。今度は貴方の番よ」
姫がルリを誘い、アレクシアスの手を握らせる。そしてダンスが始まった。
「うっ‥‥!」
「あっ‥‥!」
アレクシアスが顔をしかめ、ルリが小さく叫ぶ。足を踏んづけたのだ。‥‥あ、また踏んだ。‥‥あ、またまた踏んだ。
「リードするから、足はその位置のままで」
ルリがダンスに馴れていないのを知り、余計な動きをしないで済むよう巧みにリードする。ルリは美しき花、伯はその回りを飛び回る蝶。端からはそのようにも見える。
「まあ、お上手ですこと」
褒め言葉ついでに、招かれた淑女の一人は代官達に訊ねた。
「どなたか、瑠璃姫様のお相手を?」
代官達は皆、苦笑しながら首を振る。誰も痛い思いはしたくないらしい。
心ゆくまでダンスを踊ると、ルリは気分転換にバルコニーへ出た。夜風は爽やかで、空には針のような月の輝き。ふと、スレナスのことを思い出す。
「スレナスさん‥‥大丈夫かな‥‥?」
「僕なら大丈夫さ」
いきなり返事が聞こえたのでびっくり。いつの間にかルリの後ろに立っていた。
「どうやって、ここへ?」
「君のためなら、たとえ竜の口の中だろうと忍び込んでみせるさ」
そして、囁くスレナス。
「心配はいらない。僕はそんな簡単にやられはしないから」
すると、大広間から呼ぶ声がした。
「ルリ様! そこに誰かいるのですか!?」
「あ‥‥今、スレナスさんが‥‥」
一瞬、ルリはスレナスから視線を外し、やって来たルエラを見た。しかし視線を戻した時‥‥その場所には誰もいなかった。
●出立
華やかに盛り上がった祝賀会にも、やがて終わりの時が来る。
「では、これを持ちまして‥‥」
閉会の辞を述べようとしたレーゾだったが、客を送り出す楽師の曲がうち合わせとは違うことに気付いた。このメロディーは、先に博士が歌ったメロディー。
騎士アーゴンの粋な計らいだった。
客の殆どが帰った大広間で、シャルロット・プラン(eb4219)はマリーネ姫に呼び止められた。
「もっと私の近くにいてくれたら、もっと早く声をかけられたのに!」
「何とぞお許しを。なれど、私は一介の鎧騎士に過ぎませぬ故」
「少し話しましょう」
暫し夜の庭園を散策。護衛達は着かず離れずで姫に付き従う。
「これからどうするのですか?」
「まずは国内各地を巡り、己自体を磨きたいと思います。騎士としてまた一介のゴーレム乗りとして」
「貴方にも親衛隊にいて欲しかった」
「既にカッツェがおります。安心して身を任せられますよう」
屋敷の玄関口にて、海戦騎士ティースが手招きしていた。シャルロットは姫に別れを告げる。
「いずれ戻ります」
「待っています」
毅然とした姫の顔を、微かな月光が照らしていた。
暫し夜道を歩き続ける騎士2人。すると、不意に暗がりから呼び止められた。
「暫くぶりだね、シャルロット。それにティース」
現れた二人連れの姿に、シャルロットは少なからず驚いた。騎士学院教官カイン・グレイスに正騎士エルム・クリーク、よもやこんな所で再会しようとは。
「なぜ、ここへ?」
「野暮なことを訊ねてはいけない」
笑って答えるカイン。どうやら祝賀会へ探りを入れに来たのだろう。
「姫とはもういいのか?」
「姫は‥‥お優しい方です。近くで勤め続ければ、相応の地位を下賜頂けるかも知れません。『お家再興が悲願』ならそれも良かったでしょうが‥‥。私はただ、民のため逝った父の名誉を、父の代わりに晴らしたかった。お家再興は手段の一つに過ぎません。与えられたと思われるのは避けたいのです」
「君らしいな」
暫し流れる沈黙。言葉に出し切れぬ思いは、ただ沈黙に託すのみ。
ややあって、ティースが言った。
「ところで、例の祝賀会で素晴らしい歌を知った」
早速、覚えたばかりのメロディーを口ずさんでみせる。
そのメロディーに耳を傾けつつ、一行は歩き出した。最初、ティースの独唱だったメロディーは、いつしか4人の合唱に変わっていた。
●陥穽
祝賀会は終わった。しかしカルナックスにとっての正念場はこれからだ。今まではマリーネ姫に近い位置に立ち、守りを果たした。しかし親衛隊が発足した以上、彼らの面子を保つためにも、自分はこれまでのような立ち位置にはいられない。
「今のような立場で動けるのも、これが最後だろうな」
翌朝。カルナックスは城へ赴き、居室の姫を訪ねる。
「今年初め、晩餐会にて私が捕縛した娘のことを覚えておいででしょうか? 私はあの娘の身元引受人となり、入命金を支払いたく思います」
「何故‥‥!?」
予想通り。姫は納得いかず疑念を示す。
「それが聖職者の勤めなれば。狼藉者を更正させるために、その身を預かるのです」
口ではそう答えたが、それはあくまで表向きの理由。真の理由は、姫の心の闇を完全に払う為。その為には、牢にいる彼女の存在が不可欠と推測してのことだ。
根気よく説得を続けると、仕舞いには姫も折れた。
「いいでしょう。貴方がそう言うのであれば」
許可を貰うや、カルナックスは娘の身柄を引き取りに、衛兵隊長の元へ向かう。ところが、衛兵隊長はカルナックスに告げた。
「既に身元引受人は定まり、入命金も支払われました。入牢中の二人については程なく、彼の者に引き渡されるでありましょう。カルナックス殿のお手を煩わせるには及びませぬ。ですが、是非ともお願いしたいことがございます」
衛兵隊長は声を顰め、囁く。
「牢にぶちこまれている間、あの者たちは心を入れ替え、謀反人どもの首魁の逮捕に協力するとの同意を得ました。この千載一遇のチャンスを、お見逃しになることなきよう」
「謀反人どもの首魁とは?」
「あの者達を陰で操っていた『黒鳥の君』を名乗る男です。ですが正体については察しがついております。反逆の罪によりその身分を剥奪されて以来、ずっと行方をくらまし続けている元ラントの領主、レーガー・ラントにございます」
同日。セデュースはマリーネ姫のご機嫌伺いに訪れ、別件の依頼で知ったカティア・ラッセのことを話して聞かせた。
麟太郎は情報室室長として最初の報告を姫に為す。
なお、アリアは領地経営のボードゲームを作ろうと苦戦中だ。
※信濃の国 詞:浅井洌(きよし)/曲:北村季晴(すえはる)詞曲共に著作権消滅