竜の力を継ぎし者1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月31日〜02月07日

リプレイ公開日:2006年02月06日

●オープニング

 最初にその噂を聞いた時、耳を疑った。
「聖山シーハリオンが不吉な轟きを発し、天から血にまみれた巨大な竜の羽根が降ってきただと?」
 噂を伝えてきたのは、辺境の宿場町ウィーからやって来た旅の者。さる宿場でそのような噂を耳にしたという。
 その噂が届いた先は、冒険貴族の通り名を持つハーベス・ロイ卿の耳。辺境の出自ながらも進取の気概に富み、冒険とも呼ぶべき遍歴を重ねて財を成したる人物である。以後ハーベスは、耳から入ったその噂のせいで頭を悩ませることになる。
「これは如何なることであろうな?」
 まずは、長年自分に仕えてきた執事に尋ねてみた。
「噂が真実であるならば、これは凶兆と言うべきでしょうな」
 執事ならずとも、誰もがこう答えたであろう。ウィルの北方にそびえるシーハリオンの山は、このウィルのみならずセトタ大陸の全ての国で崇められる聖山。そのシーハリオンを住処とし、全身を鳥のような羽に覆われたヒュージドラゴンも、偉大な竜として崇められる存在である。その10mにも及ぶ巨大な羽毛も、十数年に一度落ちてくることがあるとか。そのシーハリオンが不吉な轟きを発し、血塗れのヒュージドラゴンの羽根が降ってきたとは、これを凶兆と言わずして何と言おう。
「ですが旦那様。このご時世でございます。大きな声では申せませぬが、フオロ王の暴政甚だしく、虐げられたる者たちの憤懣がますます膨れあがりゆく昨今。王を諫めようとする何者かが、凶兆にかこつけたそのような噂を意図的に流したのやも知れませぬ。王が暴政を改めねば、今に竜と精霊の大いなる怒りが下ると。そのような風評を広めんがために流されたものでありましょうか?」
「ふむ‥‥」
 しばし黙り込むハーベス。先ほど執事が述べたような事は、当然ながら予想がついていた。しかしハーベスはその先に考えを巡らせ、やがてハーベスの口から言葉がこぼれ落ちる。
「果たしてその噂が真か否か。これはシーハリオンの麓まで行って、確かめねばなるまいなぁ」
 執事の顔に苦笑が浮かぶ。
「やれやれ。また、旦那様の心に住まう冒険の虫が騒ぎ始めましたな。旦那様、たかが噂でございますぞ」
 ハーベスは、ははと笑い、
「なぁに、私も久々に遠出する口実が欲しかったところだ。このところ、フオロ王のお膝元から聞こえてくるのは気の滅入る話ばかり。それを毎日聞き続けていたら息が詰まる。ここは心機一転、シーハリオン巡礼の旅に出て心の洗濯をするのも悪くはなかろう? それにこれは、かのジーザム卿の元に集った冒険者達の力量を試す良い機会でもあるしな。卿の開発したフロートシップという乗り物にも、ぜひとも乗ってみたい」
 ジーザム・トルクが首都ウィルに設立した冒険者ギルドの話は、ハーベスも耳にしていた。ハーベスにとっても冒険者ギルドは魅力的な存在であり、何かの折りにその力を借りたいと願っていたが、冒険者たちの実力の程はまだまだ未知数。それを知るにはシーハリオンへの巡礼の旅が恰好の試金石となるはずだ。
 さて、シーハリオン巡礼を実現するに当たっては、解決せねばならぬ課題がいくつかある。その一つが、セレ分国王の通行許可を取り付けることだ。セレ分国はウィル王国を構成する六分国の一つ。ウィルの北部に位置するエルフの国である。シーハリオンへ向かうには、その領内を通過しなければならないのだが、設立されたばかりの冒険者ギルドとセレ分国との間には、まだ正式な協定が結ばれていない。武装した冒険者たちを乗せたフロートシップがその領内を通過するに当たっては、ハーベス自らがセレ分国王にお伺いを立て、通行許可を得る必要があるのだ。
「そういえば近々催される宮中晩餐会に、セレ分国の貴族が出席されるという話を聞いたな。晩餐会の前後も首都ウィルに逗留されるはず。セレの分国王陛下に話を取り次いでもらう良い機会だ。いや、そればかりではない。かの不吉なる噂についても、相手がシーハリオンにより近いセレ分国の貴族であれば、より詳しき話を聞き出せるやも知れぬ」
 思い立ったハーベスは、自分にとって初めての依頼を冒険者ギルドに出した。

『シーハリオン巡礼の旅に同行する冒険者を求む。先ずは首都ウィルを訪れるセレ分国貴族殿を歓迎し、セレ領内通行許可についての分国王陛下への取り次ぎを願う。顔合わせの場では決して失礼の無きよう、心せられたし』

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1131 シュナイアス・ハーミル(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb2002 山吹 葵(48歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb3469 クロス・レイナー(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb4123 エルリック・シャークマン(30歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4209 ディーナ・ヘイワード(25歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4380 クロウ・ランカベリー(38歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

麻津名 ゆかり(eb3770

●リプレイ本文

●晩餐会の前に
 ここは依頼人ハーベス・ロイ子爵の屋敷。冒険者たちへの事前説明が始まる。
「最初に、一番肝心なことから話しておく」
 鎧騎士シャリーア・フォルテライズ(eb4248)は、そう前置きして話を始めた。長らく王都ウィルに住む者はともかくとして、アトランティスにやって来たばかりのジ・アース人や地球人達は知っていることより知らないことの方が多い。しかも一番肝心なことは、公の場で容易く口にできるとは限らない。
「現国王エーガン・フオロ陛下の治世の初期、反逆者どもが下町を視察中の国王陛下を狙い、襲撃を仕掛けた。幸い国王陛下は難を逃れられたが、不幸にも王妃殿が巻き添えとなり、お命を落とされた。お亡くなりになられたのは、さらにもう一人。それはマリーネ姫の母君である」
 話に聴き入っていた冒険者たちが嘆息を漏らす。この度の宮中晩餐会の主宰者であるマリーネ姫が、かくのごとき過去を背負っていたとは。
「ここまで言えばお分かりであろう。晩餐会では決して事件のことを語ってはならぬ。王妃殿やマリーネ姫の母君について、話題を持ち出すこともならぬ。では、宮中での一般的な礼儀作法について話そう」
 シャリーアは表情を和らげ、初心者向けにマナーの説明を始めた。例えば、宮中では序列にうるさく、格上の者から言葉をかけられる前に格下の者から話しかけるのは不作法に当たること。また、格下の者が格上の者より遅れて来ることも不作法に当たること。話は挨拶の仕方からテーブルへの着き方、さらには乾杯の作法にまで及んだが、最後にシャリーアは次の言葉で話を締めくくった。
「難しく考える事は無い。微笑みを絶やさぬ振る舞いを心がけるのが、万国共通のマナーだ」
 続いては鎧騎士レイ・リアンドラ(eb4326)による、ヒュージドラゴンの説明だ。彼は前もって、宮廷図書館などで文献を調べておいた。
「ヒュージドラゴンはこのアトランティス世界全体の監視者であり、均衡の守り手であるとされています。自ら世界に介入することを良しとはしませんが、世界の均衡を破壊する事態が起きた時には、バランスを回復するために実力行使することがあるといわれています。その住処は、天高く聳える聖山シーハリオンだと言われています。
 伝承によればヒュージドラゴンの大きさは100メートルを越え、体の表面は羽毛で覆われており、形こそ違えど翼にも鳥のような羽が生えているといいます。
 ドラゴンには大きさ順の種類があり、小さな順からタイニー・スモール・ミドル・ラージ・ヒュージとなります。ラージ以下には人間界でも遭遇することがありますが、ヒュージはまず滅多に姿を見ることはありません。ただしその存在が空想されたものではなく、現実のものだという証拠は幾つかあります。ごく稀に遙かなる高空を優雅に飛んでいる姿が見られたり、シーハリオンへ昇ろうとした冒険者たちが目撃したりしているからです。また、十数年に一度あるか無いかのことですが、その10mにもなる巨大な羽毛が天から落ちて来ることもあるのです。
 アトランティスには、7体のヒュージドラゴンが住んでいるといわれています。うち6体はそれぞれが精霊の力に対応しているとされ、地・水・火・風・陽・月の名で呼ばれます。さらにその6体の頂点に立つとされるドラゴンは、『ドラゴン・オブ・レインボウ(虹のドラゴン)』と呼ばれています。運が良ければ‥‥本当に運が良ければですが、我々はシーハリオンで彼らの姿をこの目にするかもしれません」
 説明の最後をそのような言葉で飾りながらも、レイは思った。大いなる竜の姿を拝むことは、奇跡でも起きぬかぎり叶わぬことであろうと。、
 さらに貫禄ある40代の鎧騎士バルザー・グレイ(eb4244)による、シーハリオンとその周辺地域についての説明。皆の前に大きな地図が広げられる。
「ご覧のように聖山シーハリオンは、ウィルの国、リグの国、エの国、チの国の4ヶ国に取り囲まれている。これらの国々の起源はおよそ500年も昔に遡り、このセトタ大陸の覇権を巡って戦争を繰り返してきた。時には王朝が滅んで新たな王朝が興り、時には国の名前までもが変わったが、この数年間は比較的に平和な状態が続いている。そして聖山シーハリオンの周辺は、いかなる国の王権も及ばない聖域だ。険しい山地故に足を踏み入れ難く、極めて実りの少なき土地故に定住に適さないことも、そこが聖域であり続けた理由の一つである。しかし空飛ぶ乗り物であるフロートシップが発明された今、シーハリオンへの旅は格段に容易くなろう。我らがフロートシップでシーハリオンを目指すことが他国の王に知られれば、彼らも少なからぬ関心を寄せるはず」
 4ヶ国の国境を見下ろすように聳える聖山シーハリオン。場所が場所だけに、うかつに踏み込んでは国際問題にもなりかねない怖さがある。
「しかし、たとえフロートシップをもってしても、シーハリオンの頂上を極めることは不可能であろう。なぜなら吹き荒れる嵐の壁がシーハリオンをぐるりと取り囲み、外界から隔てているからだ。そして‥‥」
 バルザーの指が地図の一画、ウィルの国の北部に位置する分国を示す。
「ここがエルフの国、セレ分国だ。分国王コハク・セレ陛下は聡明なるお方とお聞きしておる。ただし大きな声では言えぬが、近年のウィル国王エーガン陛下は名声よりも悪名ばかりがはびこる有様。我らはそのエーガン陛下のお膝元で暮らす民ということで、セレ分国の者の中には我らに悪感情を抱く者が居るやもしれぬ。その事はしかと心せられよ」
 バルザーの説明を聞き終え、ジ・アース人のシン・ウィンドフェザー(ea1819)はふと呟く。
「しかし参ったね。依頼を請けたは良いが、まさか宮中晩餐会なんて堅苦しい行事に参加させられるとは‥‥。そうだ、クロウ」
 シンは傍らの地球人、クロウ・ランカベリー(eb4380)に声をかけた。
「こいつの使い方、教えてくれないか?」
 示したのは携帯電話。福袋で入手したアイテムだ。
「使い方は、こうだ」
 クロウは馴れた手つきで操作し、時計に計算機にカメラとしての使い方を教えてやる。
「これはまた面白いアイテムだな」
「ただしバッテリーが切れると使えなくなるから、気をつけてくれ」
「バッテリー? そうか、このアイテムには寿命があるのだな」
 シンはジ・アース人なりに理解した。
「しかし、俺は地きゅ‥‥いや、天界からこちらに来てしまったわけだが、世界は違っても問題が山積みというのはどこも変わらんな」
 クロウの嘆息を聞き、ジ・アース人のクロス・レイナー(eb3469)が言う。
「僕も同感です。できればこの世界での国際情勢について、もっと聞きたかったのですが」
「俺もだ」
 同意を示したのは、同じくジ・アース人のグラン・バク(ea5229)。
「話に聞くところ、ウィルと他国のみならず、ウィル国内の6分国の間でも様々な確執が存在する様子。しかし俺たちはこちらに来てから、いきなり軟禁も同然の状態に置かれ、その手の情報になかなか手が届かぬ」
 それを聞きつけ、鎧騎士バルザーが諭した。
「今、全てを知ろうとすることが、必ずしも良き結果をもたらすとは限らぬ。ことに国と国の関係のような、微妙な問題についてはな。まずはじっくりと自分の足で歩き、自分の目で確かめ、その上で人から聞いた話を吟味して結論を下すがよい。知識を得るに、決して焦ってはならぬぞ」

●いざ晩餐会へ
 晩餐会の始まる時刻が近づいた。
「では皆の衆、行くとするか。‥‥ん? ちょっと待て」
 馬車に乗り込もうとしたハーベス卿は、同行する山吹葵(eb2002)の恰好に気付いて足を止めた。執事が葵に駆け寄って注意する。
「貴方様はそのお姿で晩餐会に向かうおつもりですか?」
 この地に来て早々に教育的指導されてしまった葵。その恰好ときたら、六尺褌一丁の上にローブを羽織っただけ。これでは無理もない。
「拙者はこれがいつもの恰好でござるよ。拙者のいたジ・アースのジャパンと、この世界のサンの国とやらが似ているようでござるが。どうでござるか?」
 葵、服じゃなくてチチを見せつけ。執事は渋い顔。
「ここはサンの国ではなく、ウィルの国でありますぞ。とにかくそのお姿では晩餐会にお連れする訳にはいきませぬ。ただ今、服を用意致しますが、決してそれを脱いではなりませぬぞ!」
 ひとしきり小言を言ってから、執事はハーベスの耳に囁く。
「宜しいのですか? あのような者までもお雇いになって」
 しかし、ハーベスは澄ましたもの。
「これだけ人数が集まれば、その中に変わり者の一人や二人、混じっていても不思議はあるまい。存在自体が無礼極まりないが、天界人ゆえ目こぼし出来ぬ訳でもない。別して手酷い無礼なき限りは置いておこう。それにあの者、礼儀作法はともかくとして力仕事には役立つであろうしな」
 馬車に乗り込むと、ハーベスはシンに声をかける。
「先導を頼むぞ」
「心得ました」
 そして一行は出発した。駿馬フュルギヤに跨ったシンに続き、2台の馬車に分乗したハーベス卿と冒険者たち。その後からも馬に乗った冒険者たちが続く。屋敷から城まではさほどの距離ではないのだが、そこは仮にも貴族の端くれ。晩餐会へ向かうに歩いて行っては恰好がつかぬというわけだ。
 程なく、皆は城に到着。馬車の後をついてきたシュナイアス・ハーミル(ea1131)も自分の馬から下り、城に向かおうとしたところをハーベスに呼び止められる。
「そんな野暮ったい代物を担いでおっては、ご婦人方とダンスも踊れぬぞ」
「ああ、これですか」
 シュナイアスは担いでいたクレイモアを肩から下ろす。長さ2mにもなる大剣だ。
「邪魔なら、入口で預けようかと」
「だが、騎士身分の者が剣も携えず丸腰であっては恰好がつかぬ。他に剣は無いのか?」
 言われて、シュナイアスは荷物の中から日本刀を取り出す。
「これなら如何に」
 サンソードによく似たその剣を見て、ハーベスも満足。
「うむ。それなら申し分ない」

●琥珀の間
「ハーベス子爵殿、お待ちしておりました。会場は『琥珀の間』でございます。晩餐会をお楽しみ下さい」
 城の衛兵は慇懃にハーベス卿を迎え、一行を城の中に通した。
「城の中は広いからな。しっかり私の後について来ねば、道に迷うぞ」
 笑いながらハーベスは言うが、城の何処に何があるかはすっかり熟知しているらしく、後に続く冒険者たちは迷うことなく『琥珀の間』に辿り着いた。
「見ての通り、この『琥珀の間』は琥珀色の木材で内装が施されておる。セレ分国に産する銘木だな。壁のレリーフは、先の大戦争であるカオス戦争を題材としたものだ。テーブルを見たまえ。皆、竜の形をしておるだろう? これらはシーハリオンを守護するという7匹のヒュージドラゴンを模したものだ。レリーフもテーブルも皆、先王レズナー陛下の偉業を讃えてセレ分国より寄贈された国の宝だ」
 冒険者たちを連れて大広間を歩きながら、蘊蓄を語るハーベス卿。爵位を持つ貴族ならいざ知らず、ウィル生まれの鎧騎士でもこのような高貴な場所にはそう易々と足を踏み入れることはできない。
「そしてあれが、これから我等が目指す聖山シーハリオンだ」
 ハーベスの指が大広間の正面を示す。そこには一段と大きなテーブルが置かれ、その背後に巨大なレリーフが飾られていた。その中央に彫り込まれたのは、まさしく天を突くがごとき山。斜面があまりにも急角度なので、山というよりも巨大な槍の穂先に見える。その頂上は雲に隠れるどころか、天を貫いてその先の別世界につながっているかのよう。その神々しいばかりの聖山の周囲には、その守護者である7匹のヒュージドラゴンが彫り込まれている。鱗ではなく、鳥の羽のような羽毛を持つ巨大な聖竜だ。
「あれが、この世界の霊山でござるか」
 聖山のレリーフをもっと良く見ようと、葵が近づこうとする。それを執事が止めた。
「あの『虹』のテーブルの置かれたる場所は、国王陛下と分国王陛下のために用意されたる特別な場所。陛下に招かれぬ限り、あそこに近づくことはなりませぬ」
 シュナイアスは興味津々でレリーフのドラゴンに見入り、次いでドラゴンを象ったテーブルの一つ一つに見やる。
(「成る程。ジ・アースでは大いなる恐怖であったドラゴンも、この世界では畏怖され敬われる聖獣か。これは晩餐会で迂闊にドラゴン退治の話など出来ぬな」)
 既に大広間にはかなりの人が集まっていた。主賓である海戦騎士ルカード・イデルも、戦友の海戦騎士たちと共に早々とその姿を見せている。だが、主賓とはいえルカードは騎士身分。その彼もこの大広間では爵位を持つ貴族のお偉方に取り囲まれ、きびきびした態度で挨拶を交わし、話に応じ、時には冗談の一つも言う。しかも相手に失礼があってはならず、名前や爵位を間違えたりするのはもってのほか。至るところに気を使わねばならぬその苦労は、並大抵のことではなかろう。
「どれ、私も挨拶に参るとするか」
 言って、ハーベスはルカードに足を向ける。
「ルカード一人なら私の方から呼びつけてやるのだが、あのようにお歴々に囲まれてしまっては、こちらから出向かぬわけにはいくまい」
 その言葉に地球人のクロウは思う。これが貴族社会というものなのかと。
「ハーベス殿、私もお供します」
 鎧騎士レイが申し出た。有力者達に積極的に挨拶する良い機会だと考えたのだ。続いて鎧騎士エルリック・シャークマン(eb4123)も。
「ハーベス殿、私もお供を」
 もとから、ハーベスをしっかり護衛すると決めていた。
「よかろう。付いてくるがよい」
 ジ・アース人のマリウス・ドゥースウィント(ea1681)も、ハーベスに同行を申し出ようかと思ったが、ルカードの様子を見て止めておいた。ルカードから色々と伺いたいこともあったのだが、ああもお偉方に囲まれてしまっては、騎士身分に過ぎない自分の出る幕はない。
 しかし仲間にはティアイエル・エルトファーム(ea0324)のように、晩餐会という場に心をときめかせている者もいる。
「いろいろな人と出会えるからわくわく〜☆ セレ分国かぁ、エルフの国なんてあるんだね♪ こういう場所ってやっぱり緊張するかも‥‥ううん、頑張れティオ、これもセージへの一歩なんだから」
 年若いウィザードの彼女が独り言を呟いていると、鎧騎士バルザーと目線が合った。
「主宰者のマリーネ姫様は、まだお姿を見せないのかな?」
「マリーネ姫のごとくに国王陛下に近きお方ともなれば、斯様に早き時間には現れぬものだ」
 相手がマリーネ姫でもなければ、毒舌家のバルザーはもっと辛辣な答え方をしたであろう。そのバルザーとて、伊達に43年もの年月を生きてはいない。戦場での戦いとは形態は違えど、宮廷での社交もまた戦いであることなど当に心得ている。

 ハーベスのお歴々への挨拶回りも一段落。
「さて、次に話をすべき相手は‥‥」
 言って大広間を見回したハーベスだが、護衛の鎧騎士エルリックと目線が合ってしまった。
「我々と話をなさるのはお嫌いでしょうか?」
 砕けた口調で訊ねる。これにはハーベスも笑った。
「嫌いでも話さねばならぬ相手も山ほどおる。話すほどに疲れる相手もな」
「貴方が楽になるのであれば、お話をお聞きしますよ。いつどきでも声をお掛け下さい」
「はは。しかしそこは晩餐会。お供との話に夢中になって、お偉方を蔑ろにするは不作法であるしな。いずれそなたとは、ゆっくり話す機会もあろう」
 エルリックは貴族の称号を持つ目の前の人物に、ますます好感を持った。
「私は不慣れですが、いつかゴーレムグライダーを駆り、貴方を乗せてゆけたらと思います。精進しますので待ってて下さい」
「うむ。今にそなたのゴーレムグライダーに乗り、ドラゴンと並んで空を飛ぶ日が来るやもしれぬな。楽しみだ」
「私も竜と対峙できる日を、不安はあれどもやはり期待と希望を胸に‥‥」

●セレ分国貴族
 ハーベス卿の待ち人は、かなり遅い時間になって現れた。
「旦那様、お見えになりました」
 執事が目ざとくその来訪を告げる。優雅に着飾ったエルフの淑女が、幾人もの従者を引き連れて大広間の入口に姿を見せていた。
「これはこれはリシェル・ヴァーラ子爵様。お待ち申しておりました」
 ハーベスが一礼し、合わせて冒険者たちも敬礼する。
「ハーベス子爵殿、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう」
 リシェルはまずハーベスに微笑み、次いで冒険者の一人一人に微笑みかける。口調は他の貴族たちと比べて砕けているが、その立ち振る舞いには優雅そのもの。冒険者たちは皆、この女性に好感を持った。
「さて、我々はここで立ち話でもしながら、マリーネ姫様を待ちますか」
「そうしましょう。マリーネ姫ももうじき、お姿をお見せになることでしょうから」
 ハーベスとリシェルがそんな会話を交わして程なく、マリーネ姫は『琥珀の間』にその姿を現した。それまで静かな調べを奏でていた宮廷楽師たちが、一段と高らかにファンファーレを鳴り響かせる。大勢の取り巻き達を引き連れたマリーネは、着飾ったその姿を真昼の太陽のごとくに輝かせて、居並ぶ来客たちの見守る中を進み行く。その歩みが大広間の中程で止まった。彼女の目の前には、立て膝を付いた不動の姿勢で出迎えた海戦騎士ルカード・イデル。マリーネが優雅に差し出した右の手の甲に、ルカードは恭しく接吻。マリーネからルカードに言葉がかけられ、ルカードがそれに答え、そして海戦騎士はマリーネの手を取ってテーブルへと案内する。
「ほう、あれは『日』のドラゴンのテーブルであるな」
 ハーベスは目を細め、さらに一言言い添える。
「位の高さでは『虹』の次に位置するテーブルだ」
 マリーネを始め、主立ったお歴々を『日』のテーブルに着かせると、ルカードはハーベスとリシェルの元へやって来た。
「リシェル・ヴァーラ子爵様、並びにハーベス・ロイ子爵殿。この『琥珀の間』にて相見える機会を得たこと、光栄に存じます」
 恭しく二人に敬礼するとルカードは、まずリシェルの手を取ってテーブルへと導き、続いてハーベスをテーブルに着かせる。冒険者たち供の者はその後に続いた。
「おお、これは『月』のテーブル。『日』の次に高貴なるテーブルではないか」
 ハーベスはさも満足げ。
「マリーネ姫も、真に良き場所を選んでくれましたわ」
 リシェルの言う通り。来客をどのテーブルに着くかせるかは、晩餐会の主催者たるマリーネの采配によって決まるのだ。
(「やれやれ、大変な世界に来てしまったものだ」)
 地球人クロウは今更にして思う。いや、現代の地球にだって上下関係にうるさい支配階級の文化は残っているのだろうが、少なくともクロウの感覚では、形式に凝り固まった中世ヨーロッパ的な貴族社会の文化など、とっくに死滅したはずのもの。だがクロウは今、そのただ中に放り込まれているのだ。
(「何はともあれ、ハーベス卿の近くにいれば、俺のいた地球とこっちの世界の違いを理解しやすいというもの。この依頼に参加して正解だったな」)
「冒険者達の中には、エルフの方もいらっしゃるのね」
 リシェルに声をかけられたのはエルフのディーナ・ヘイワード(eb4209)。鎧騎士ながら、今はドレスで着飾っているディーナは優雅に一礼。
「始めてご尊顔を拝します。ディーナ・ヘイワードと申します。若輩者ですがよろしくお願いお願いいたします」
 続いてリシェルはジ・アース人のエルフ、ヴェガ・キュアノス(ea7463)に声をかける。セーラ神のクレリックとしての正装、白と瑠璃色の法衣を纏ったその姿に心を惹かれたようだ。
「貴方はジ・アース人の信仰する神に仕えるお方とお見受けしますが」
「如何にも。わしはクレリック。神より力をお借りし、人々に救いの道を示す存在、かの。こちらの世界で斯様な出会いを為し得たことも、神のお導きによるものであろう。わしにとっては大きな喜びじゃ」
 対応は上品に、にこやかに。本当はハーベス卿に自分のエスコートを頼みたかったのだが、お迎えするセレ貴族が女性であることを知って、それは止めておいた。それでも相手は十分、ヴェガに印象づけられた様子。
 さらにリシェルは、ティアイエルに言葉をかけた。
「あなたもエルフですね?」
「はい。名前はティアイエル・エルトファームといいます」
 その次は鎧騎士シャリーア。
「貴女は地球という天界からの方かしら?」
 チャイナドレスにショールにスカーフといった彼女の出で立ちを見て、リシェルはそう思ったらしい。
「いいえ、私は鎧騎士です。天界の方々との友好を促すため、天界渡来の品々を身につけて見ましたが、お気に召されませんでしょうか?」
「いいえ、良くお似合いですよ。天界人とまるで見分けがつきません」
 リシェルに好印象を持たれ、シャリーアも一安心。
「私は、このような華やかな場は初めてで‥‥」
「最初は誰でもそうですわ」
 言って、リシェルはさらにエルフの鎧騎士ハルナック・キシュディア(eb4189)へ言葉をかけ、ハルナックは礼儀正しくそれに答える。そしてリシェルは5人のエルフの冒険者をテーブルに着かせ、セレ分国から付き添って来たエルフのお供達もこれに同席。
 そこへ挨拶に訪れた者がいる。
「あら、シュスト。お久しぶりね」
「お久しゅうございます、リシェル・ヴァーラ子爵様。そしてハーベス・ロイ子爵殿、ご機嫌麗しゅうございます」
 丁寧に挨拶するそのエルフには初々しい騎士学生たちが付き添っており、彼らの挨拶も見事、礼儀作法にかなっていた。
 リシェルはさも親しげな様子を見せ、皆にその者を紹介した。
「紹介しますわ。ウィルの騎士養成学院で教鞭を取る、シュスト・ヴァーラです。私もシュストも、同じ一族の出なのです」
 しかし柔らかなリシェルの表情とは対照的に、シュストはなぜか仏頂面。
「シュスト。私と貴方の間柄なのだから、堅苦しいことは抜きで。貴方もここで話に加わらない?」
「騎士学院の教官たる者、礼儀作法を蔑ろにしては示しが尽きませぬ。久々の再会、嬉しゅうございますれども、私にもお相手をせねばならぬご来賓がおりますので、これにて失礼を」
 一礼してシュストは去ってゆく。が、騎士学生の中にはそこに残った者もいる。
「ごめんなさい。昔っから、ああいう人なの」
 リシェルはすまなそうに笑った。

●リシェルを囲んで
 エルフが大勢いることの気安さも手伝って、リシェルを囲んでの話は弾む。ジ・アースでの冒険談に、鎧騎士の訓練に、ジ・アース人の信ずる神の話と、話題は尽きない。ことに地球人クロウの話す数百人乗りのゴーレムグライダーやら、鋼鉄製の船やらの話には、誰もが一段と興味をそそられて聞き入った。話だけではなく酒もずいぶんと進み、ティアイエルの携えてきたシードルは早くも空に。そこで詩酒『オーズレーリル』を取り出し、その詩酒たる由縁を語って封を切ろうとしたが、それをリシェルに止められた。
「詩作を為すには、さらに良き時と場所とがあります故」
 そしてリシェルはセレ分国産の上物のワインを勧め、その酔いが回るうちに皆の口はますます饒舌になる。
 テーブルは相当に広かったが、席の多くはエルフの者たちで占められたので、椅子に座れぬ冒険者たちはハーベス卿やリシェルの側に立つなどし、さりげなく話に加わったり、あるいは聞き役に徹したり。その合間にも酒の杯は幾度も空になる。
「拙者、酒はあまり強くないでござる‥‥。でも、旨い酒でござるな。ここは一つ、得意の横笛を披露するでござるよ。
 酒ですっかり上機嫌になった葵が、得意顔で自慢の横笛を披露。しかしその音が響き渡った途端、その珍妙なる音色に誰もが妙な顔つきになる。
 はっきりいって下手である。だが、本人にその自覚なし。
「しばらく外で酔いをお醒ましになるがよろしいかと」
 鎧騎士ハルナックが葵の手を引いて大広間の外へ連れ出し、一人で戻って来ると低地調にお詫び。
「失礼をば致しました。が、そこは風習の違い、文化の違いということでご容赦を」
 リシェルはくすすと笑った。
「天界にも色々な方がおりますのね」

●不吉なる噂
 大広間のテーブルは皆、壁際に置かれている。中央の広い場所は、ダンスや座興の見せ物のための場だ。今、そこでは礼服姿の殿方達が、着飾った淑女たちの手を取り、宮廷楽師たちの奏でる軽やかな舞いに合わせて優雅なダンスを踊っている。
「さて、我が武勇を示すのもいささか場所が悪い。今宵は舞踏にて、ご容赦を。習い立てではありますが」
 グランの求めにリシェルは快く応じ、共に広間の中央へ。優雅にステップを踏み、グランはリシェルをリード。
「ところで、なぜこの世界に?」
「夢、です」
「夢?」
「ええ、夢に女性が出てきて『お願い助けて』と」
 冗談とも本気とも読めない口調で、グランはさらっと流す。
「よく耳にする話ですわね。でも、それが正夢であることも多いのですわよ」
 リシェルも同じ調子で言葉を返してきた。
「貴方はダンスは踊られないのですか?」
 リシェルのお供の一人、礼服で装ったエルフの女性騎士が、ダンスを見守っていたマリウスに訊ねる。
「求められれば、と思いましたが」
 女性騎士の顔に上品な笑顔が浮かぶ。
「騎士の装いでなければ、この私が誘ってあげましたのに。残念ですわ。礼服姿の騎士同士が手を取り合って踊っても、滑稽なだけ」
 この言葉にマリウスも笑いを誘われる。
「よろしければ、私のお相手を」
 マリウスに誘いをかけたのは、ドレス姿のディーナ。
「喜んで」
 マリウスはディーナの手を取り、踊る人々の中へ。
 暫くすると、グランとリシェルが戻って来た。
「あら?」
 『月』のテーブルの意匠として彫られているルナードラゴンの首を見て、リシェルは訝しむ。
「今、気がついたけど、ここに銀の留め金が。この前、訪れた時には無かったのに」
 給仕を呼んで訊ねてみると、こんな答が。
「このテーブルだけ、なぜかドラゴンの首に裂け目が出来てしまいまして。だから留め金で補強してあるのです。他のテーブルは何ともないのですが」
「そうですか。不思議なこともあるものですね」
「そういえば‥‥」
 ティアイエルはまず、リシェルお付きの騎士に訊ねる。
「シーハリオンのことで、不吉な噂を聞きました。まさかとは思いますが‥‥」
 騎士は眉根を寄せる。
「貴女も、あの噂のことを?」
 二人の様子を見て、レイはリシェルに直接訊ねてみることにした。
「噂によれば、偉大なるヒュージドラゴンの血塗れの羽根が、聖山の近くに落ちてきたそうですね」
 リシェルの顔が僅かに曇る。
「そうなのです。去年の終わり頃からそのような噂が。血塗れの羽根だけではなく、赤や青など色とりどりの羽根が幾つも降ってきたと噂する者もいます。しかし、今は冬。噂の真偽を確かめようにも、聖山への道は雪で閉ざされ、その麓へ辿り着くことはできません」
「だが、フロートシップの力があれば、話は別」
 口を開いたのはハーベス卿。
「実は近々、フロートシップに冒険者たちを乗せ、共にシーハリオンへの巡礼の旅に向かうことを考えておってな。その旅のついでに、噂の真偽も確かめたいと思うておる。しかし、シーハリオンに向かうにはセレ分国内を通過せねばならず、先ずは賢王として名高きセレ分国王陛下の許しを得ねばならぬ。宜しければ、親愛なるリシェル・ヴァーラ子爵様に、そのお取り次ぎをお願い申したいのだが、如何であろう?」
 レイも言い添える。
「設立間もない冒険者ギルドをセレ分国王陛下に理解していただくには、陛下ご自身の目でお見定めになることが最も確実かと思われます。貴殿のお力をお借りできないでしょうか」
 リシェルは快く了解した。
「他ならぬロイ子爵殿と私との仲です。出来る限りのことはしましょう。噂の真偽について、私の確かめたいと思っていたところです」
 これにハーベス、レイともども感謝の言葉を述べ、その後でレイは誰ともなしに訊ねる。
「ウィル王国の混乱だけでなく、聖山シーハリオンでも何かが起こっているのでしょうか? 天界人、ゴーレム、そしてシーハリオンの異変‥‥時代が大きく動き出そうとしているのかもしれません」
 そのレイの言葉を、シャリーアは黙って聞いていた。晩餐会に足を運ぶ前、知人の天界人に占ってもらったタロットの結果を思い出しながら。
 タロットに訊ねたのは、落ちてきた羽根の持ち主であるドラゴンの未来。そしてタロットの結果は、『死』を暗示するカード。もっとも占い手の天界人は、シャリーアを安心させるようにこうも言った。死は新たなる誕生の始まりでもあると。それは一つの時代が終わり、新たな時代が始まることにもつながると。
「血塗れのヒュージドラゴンの羽か‥‥。巨大な竜を害せるモノが居るのだろうか?」
 気が付けば、シャリーアはそう呟いていた。